真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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26話:開戦

「行くぞ、全員続けぇ!」

 

 

 

「「「うおおおおおぉぉぉッ!」」」

 

 

 夏侯惇の号令と共に、曹操軍は華雄軍に対して攻撃を開始。夏侯惇自らが最前線で剣を振い、彼らの士気はいやおうにも高まる。

 

「いいか、ここが正念場だぞ!絶対に隊列を崩すな!」

 

 続いて、敵に臆することなく突撃を続ける自軍に、夏侯淵が声を張り上げる。

 曹操軍を代表する猛将二人に率いられた曹操軍は魚鱗の陣で、劉備軍と対峙する華雄軍に斜めから突っ込んでゆく。曹操軍から見て反対側では、孫策軍も概ね似たような行動をとっていた。

 現在、劉備軍は自軍を上回る数の華雄軍に対して善戦しているが、それも時間の問題だ。華雄相手に関羽が一騎打ちを挑むことで、『華雄』を止めることには成功したものの、『華雄軍』には押され気味であり、劉備軍兵士は消耗を余儀なくされていた。

 

 曹操はこれを支援するべく、華雄軍の側面に自軍を突撃させた。曹操軍は劉備軍との連携行動を想定しておらず、直接的な支援は無用な混乱を引き起こす可能性が高い。

 そこで、華雄軍の側面を突くことにより、華雄軍の勢いを抑えて間接的に支援することとなった。

 

 

 もっとも曹操は、この時点では劉備軍にそこまで期待している訳では無く、この作戦はむしろ劉備軍の敗走に備えたものと言える。劉備軍が突破された場合、正面から敵を迎え撃つと、こちらに向かって敗走する劉備軍が自軍の邪魔になる上、勢いに乗った華雄軍の衝撃力をもろに受けるからだ。

 

 また曹操は華雄軍が、側面に展開された部隊に対応できない事も見抜いていた。

 情報伝達技術の進んでいないこの時代、軍隊は一度作戦を決めると、後はその通りに機械的に動くことしかできない。戦闘中に作戦を変更しようとすれば、兵士が混乱して隊列や連携が乱れる恐れがある。例え側面から攻撃を受けているのが分かっていても、軍の崩壊を防ぐためには当初の行動を続けるしかないのだ。

 更に劉備軍を突破したとしても、華雄軍の行く先には無傷の袁紹軍7万が待ち構えている。戦況は曹操の目論見通り、連合優位に傾いていった。

 

 

 

「右翼、苦戦中!このままでは我が軍は分断されてしまいます!」」

 

「左翼も孫策軍と思しき軍勢の猛攻を受けており、これ以上持ちこたえられません!」

 

 

「くそッ!やはり、ここまでなのか……!?」

 

 

 戦力差からして当然と言えば当然だが、状況は華雄軍にとって不利になりつつあった。事実上の奇襲に成功した華雄軍にとっての不幸は、前線に配置されていたのが劉備軍に曹操軍、孫策軍という極めて即応展開能力のある軍だったことだろう。

 

「……董卓様を救出する為に耐えていたとはいえ、せめて私の勇名に対する侮辱を振り払うまではっ!」

 

 それでも華雄は一騎打ちを止めようとはせず、再び戦斧を振り上げて関羽に襲いかかる。「命を惜しむな、名を惜しめ」というのはこの時代の武人にとっては別段珍しくも無い概念だ。華雄もまたそうあらんとするも、状況がそれを許さない。

 ただの寄せ集めの義勇軍だと思っていた劉備軍が予想外に粘り、華雄軍が勢いを失った所への曹操、孫策軍の反撃。董卓軍の中でも西涼出身の兵は未だに奮戦していたが、官軍の兵には動揺が広がっていた。所々で脱走兵や命令不服従者が出始め、戦列は崩壊の危機に達していたのだ。

 

 そして――

 

 

「華雄将軍!退却の合図です!」 

 

 汜水関の方から、退却を告げる銅鑼の音が鳴り響く。振り返ると、汜水関の城壁の上では数人の兵士が退却を示す旗を振っており、門からは退却を支援するために張遼隊2万が出てくるのが見えた。

 

 

「華雄、もうええやろ!撤退や!」

 

 張遼は、一騎打ちを続ける華雄に向かって声を張り上げた。

 

「早よ逃げんと間に合わん!勝負はこれで仕舞いや!」

 

「くっ……まだだ!まだ勝負は終わっていない!」

 

「もう遅いわ!今は誇りや敵の撃破より、味方の退却を優先せい!」

 

張遼の騎馬隊が襲撃をかけた事により、曹操軍と孫策軍には一時的な動揺が広がっている。だが、それもいつまで持つか分からない。曹操軍と孫策軍の錬度の高さは、張遼隊の突撃を見事に耐えている事から、華雄でも十分に理解できた。退却するなら今しかない。

 

「仕方ないか……。華雄隊はこれより退却を開始する!みんな、遅れるなよ!」

 

 華雄は苦々しげに退却の号令をかける。

 心残りはあるが、張遼の指摘に間違いはない。そもそも董卓軍の目的は、洛陽の官軍を引き摺りだす為に、偽装退却を成功させることである。そのために華雄も自身への侮辱に耐えていたのだ。ここで我を通した挙句、本来の策を台無しにしては元も子もない。

 

 

「ふぅ……ようやく華雄の猪も退却を始めたか。」

 

 そう言って、張遼はホッと一息吐く。賈駆からは氾水関を放棄し、虎牢関まで退却せよとの指示が内密に出されている。

 

「ウチらの役目は華雄隊が引き揚げるまでの時間稼ぎや!曹操軍と孫策軍さえ止めればコッチのもんやで!」

 

 張遼からの指示を受けて、董卓軍騎兵部隊が攻撃を仕掛ける。ここで張遼隊がどれだけ敵を追い払えるかによって、この退却戦の結果は大きく変わる。

 現在、約4万の華雄軍の正面には消耗した1万足らずの劉備軍が、両側面には魚鱗の陣を敷いた曹操軍2万と孫策軍1万が展開している。氾水関から出てきた張遼は約2万の部隊を二手に分けて正面突撃を敢行。劉備軍は無視して目標を曹操軍と孫策軍に絞り込む。これは劉備軍が既に華雄隊の攻撃によって大きく消耗しており、追撃の危険は少ないと判断されたためである。

 

「敵さんの横っ腹をウチらに晒してる――遠慮はせんでええ!残らず喰い尽すんや!」

 

 張遼の号令を受け、素早く反応した兵士達が一斉に襲い掛かった。

 曹操、孫策軍は華雄隊の側面に攻撃しているが、汜水関から出てきた張遼軍に対しては側面を晒してしまっている。張遼はこれを利用して作戦を立てた。

 

 まず、曹操軍と孫策軍がこちらを迎え撃つ体制を整える前に素早く騎兵が突撃して、敵の陣形を乱す。そして敵に混乱を引き起こさせ、追撃の手を緩めさせている間に華雄軍を後退させる。

 もっとも、曹操軍と孫策軍の方も馬鹿では無い。敵襲に対処するべく、陣形を変えるなり、一旦後退するなりして体勢を立て直すはず。ただし両軍とも、再び反撃に出るまでにはタイムラグが存在するため、その隙に張遼隊も虎牢関に逃げ込むというものだ。

 

 

「報告します!現在、華雄隊の約半数が離脱に成功した模様です!」

 

「そうか。……で、反対側の方はどうなっとるん?」

 

 ちなみに張遼自身は二手に分かれた部隊の内、曹操軍への攻撃を担当する部隊にいる。間に退却する華雄軍がいるため、反対側で孫策軍と戦っている部隊の様子は伝令の報告でしか知る事が出来ない。

 

「今のところ我が軍が押しており、敵の攻撃は低調なものになっています。とはいえ、敵は未だに統制がとれており、執拗に抵抗を続けております。」

 

 曹操軍と孫策軍の兵士は、急な敵騎兵部隊の側面攻撃に防御が間に合わず、予想以上の被害を受けていた。しかし、流石と言うべきか、側面攻撃を受けたにもかかわらず依然として兵士は統制を保っており、崩すのは容易では無い。もっとも張遼とてそこまでの戦果は求めておらず、部下には無理をしないように伝えてあった。

 

 

「よっしゃ!このまま行けば連合の連中も、体勢を立て直す為に一旦引くはずや!敵が後退したらウチらも虎牢関の方に――」

 

 張遼が言いかけたその時、反董卓連合軍の陣地の方から、大きな地響きの音が聞こえた。反射的に音のする方を向いた張遼の目に映ったのは、大量の土煙と地響きを立てて迫りくる馬騰軍の騎兵部隊だった。

 

 

 

 ◇◆◇ 

 

 

 

 汜水関では退却しようとする華雄・張遼軍と、それを逃がすまいとする曹操・孫策・劉備軍の戦闘が続いている。その様子は、曹操軍からの伝令と斥候の報告で全て把握できていた。張遼軍が出てきた事は少々意外だったが、作戦全体に支障をきたすほどでは無い。

 

「さぁて、お待ちかねの狩りの時間ね。」

 

 大地を震わせ、土煙を立てて、戦場へと前進する西涼の騎馬軍団。万を超える騎兵の先頭には、戦場に不釣り合いな笑みを浮かべながら、馬を駆る一人の女性がいた。その名を馬騰、字を寿成という。

 

「目標、前方の敵騎兵部隊っ!みんな、一気に切りこむわよー!」

 

 馬騰は、漢人の父と羌族の母の混血で、後漢の光武帝に仕えた名将の子孫でもある。彼女自身も、勇猛な西涼騎兵を率いるに相応しい能力と経歴の持ち主だ。皇室への忠誠心が厚い事でも知られ、異民族の血が混じっているにも拘らず多くの人の尊敬を受けていた。

 

「曹操ちゃんだっけ?連合軍の作戦参謀サマに直々に頼まれてるんだから、期待には応えなきゃねー。」

 

 太陽のように明るい笑顔で、馬騰はにっこりと部下達に笑いかける。すらりとのびた高い背に、しなやかで長い手足。既に一児の母であるが、三十路に達したとは思えぬ若々しさだ。

 

「急がないと逃げられるわよ!ほらほら、翠ちゃんも早くっ!」

 

「わかってるって!逃がしたりするもんか!」

 

 続いて、戦場に別の若い少女の声が響く。細身にも拘らず、重い槍を携えて馬を巧みに駆る少女の名を馬超、先に挙げた馬騰の娘である。

 

 

「馬超隊も母上に続けぇっ!いいか、気を抜くなよ!」

 

「「「はっ!」」」」

 

 馬超の掛け声に応え、西涼の騎兵部隊が一斉に後に続く。その様子を馬騰は目を細めながら、感心するように見つめていた。

 

 

「あらあら、翠ちゃんもキチンと周りに気配りできるようになったじゃない。うーん、ご褒美は蜂蜜菓子でいい?」

 

「ちょ、そういうのは恥ずかしいからやめてくれって!もう子供じゃないんだし……」

 

「あら、翠ちゃんはれっきとした私の子供よ?顔つきとか胸の大きさとか、若い頃の私にそっくり。」

 

 顔は良く分からないけど、胸の大きさは確かに同じぐらいだな……、などと母につられて場違いな事を考えてしまう馬超。常に元気一杯な上に結構子供っぽい面もあってか、娘の自分から見ても母は実年齢より若く見える。知らない人には年の離れた姉妹と間違われる事もしばしばだ。

 

 

「……ていうか母上、なんで蜂蜜菓子とか持ってんだ?どう考えても戦いには必要ないような……?」

 

「いやーそれがねー、一昨日あたりの会議の時に袁術ちゃんの部下やってる張勲が『ほんの粗品ですが』とか言って配ってくれたの。しっかし、これが中々おいしいのよねー。」

 

「へぇ~、袁術ってあんまりいい噂聞かないけど、意外と気前がいい奴なんだな。」

 

 お菓子に釣られる……というような年でもないのだが、美味しい食べ物ならもらって悪い気はしない。

 

「ちなみに袁術ちゃんトコ行けば普通に売ってるわよー。しかも戦時中は期間限定で、まとめて10個買うとオマケが1個付いてくるからお買い得♪」

 

 

 余談だが、袁術軍には実に多種多様な商人が一緒についている。彼らは兵士に食料や武器、炊事洗濯のみならず、賭博に娼婦などの娯楽供給、略奪品の売買などあらゆる商売を行っていた。

 他の軍にもこういった商人はいるにはいるのだが、規模と組織率では袁術軍には及ばない。袁術と繋がりの深い諸侯の中には、こっちの方が安上がりだからと、まるごと袁術軍に兵站業務をアウトソーシングしてしまう者もいた。

 

 袁術軍の方も積極的に従軍商人を組織化して物流・整備・兵站などの幅広い業務を委託し、後方支援の拡充・効率化を図っていた。おかげで人数が時折袁術軍と同等かそれ以上の大所帯になり、進軍速度は連合の中でも最低の部類に入る。

 もっとも、連合内部での担当は基本的に後方支援だけなので、現時点ではあまり問題にはならない。

 

 

「確かに袁術軍には最近、いろいろ世話になってるけどさ……あいつら、本当に一体何しに来たんだ?戦争しに来たってのに商売ばっかりやってて……やっぱり、あたしにはよく分からないな。」

 

 劉備軍などの弱小勢力、あるいは馬騰軍など自国から補給部隊を連れてくるのが困難な諸侯は連合の中で最大のマーケットを持つ袁術軍から物資を調達することで、足りない物資を補っていた。

 とはいえ、基本的に兵站業務のような後方支援は裏方であり、その役割は軽視され易い。馬超のような反応を示す武将も決して少なくは無かった。

 

「うふふ、世の中にはまだまだ翠ちゃんの知らない世界があるのよ。」

 

 まだまだ娘が学ぶべきことは多いみたいだ。馬騰は含みのある笑顔を一瞬だけ浮かべると、再び戦場へ意識を集中させる。

 

「それじゃ、今日も頑張って一仕事終わらせるわよ!みんな、しっかりね!」

   

          




 今回の話では馬騰さんを平均より若めに設定しましたが、当時の結婚は現代人から見れば相当早かったそうですね。15とかで嫁に行くのは当たり前、20までには子供の一人ぐらいは出来ているのが普通とか。まぁ、一般人の平均寿命が30かそこらだし。

 日本だと武田信玄あたりが13歳ぐらいの嫁を孕ませてしまい、出産で死なせちゃった話が有名ですね。
 お巡りさん、コイツです!……現代人が言ってもお門違いなのかも知れませんが、流石にもうちょっと待てよ、って気がしないでもありません。
            

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