真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

3 / 106
劉勲

          

 ――これは、夢だ。

 

 

 そう、夢を見ていた。

 

 いつのことだろう。

 

 ガタン

 

 夢を、見ていた。

 

 ――平凡な毎日の夢を。

 

 

 

 これは――

 

 そんな夢に出てくる平凡な日々の一つ

 

 ガタン

 

 体が、揺れる。

 

 ここは、どこだろう?

 

 ガタン。

 

 再び、体が揺れる。

 

 目の前に人がいる。

 

 前にも

 右にも

 左にも

 

 ガタン、ゴトン。

 揺れは収まるどころか、だんだんと激しくなる。 

 

 

 周りの人たちは誰なんだろう?

 

 

 

 知らない。

 名前は知らない。

 場所も分からない。

 なのに――

 

 

 ――妙な懐かしさを覚えるのはなぜなんだろう?

 

 周りにいる人に、ではない。

 今、自分のいるこの場所でもない。

 

 なのに、どうしてだろう。

 

 どうして、胸が、胸がこんなにも

 

 この光景を見ているだけでこんなにも――

 

 

 

 

 いや、それとも――

 

 この懐かしいのはこの「光景」のほうだろうか。

 

 そう、これはかつて忘却の彼方に追いやったはずの――

 

 

 ――置き去にされた想い出。

 

 

 

 そうだ、アタシはたしか――

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「同志書記長、朝です。」

 

 自分の名を呼ぶ副官の声が聞こえる。

 

「……同志、そろそろ起きてください。」

 

 アタシは正直、朝に弱い。いわゆる低血圧というやつだ。だから部下に毎日こうして起こしてもらっている。

 いつものように部下に起こしてもらって、今日もまた一日が始まる。

 

 起きなきゃいけないっていうのは解る。だが頭では理解しても感情が納得しない。眠い。モーレツに眠い。いつの時代でも人間、朝早く起きなきゃいけないということに人種や性別、貧富の差は無く、たとえ大きな力を手に入れようとも、それはそれで相応の責任が求められ――

 

 

 

「――今朝、密偵から報告がありました。曹操率いる魏の本隊がここから100里※ほどの距離に迫っているそうです。」

 

 

 

「!!」

 

 副官のその言葉に、自分でも気付かないうちに布団から飛び起きたのがわかった。先ほどまであった眠気などとうに消え失せていた。

 

「そ、そんな……?100里ってすぐそこじゃない!」

 

 許昌から南陽まではそう遠いわけではない。だからと言って2,3日で来れる距離かというと、そうでもない。最低でも一週間はかかる。南陽が陥落したという報告を聞いたのはつい一昨日のこと。明らかにありえない進撃速度だ。だが、相手はあの曹操だ。

 

「……こんなの、ありえない!う、ウソでしょ?」

 

「ええ、これは紛れも無いウソですね。」

 

「いくら曹操だってこんなこと………………へ?」

 

 いまなんていったコイツ?

 

「おはようございます、同志書記長。」

 

 目の前には満面の笑みの副官。

 

 

「…………どちら様でしょうか?面会ならまた後ほど別の機会にでも」

 

いま(・ ・)の私の名前は閻象です。まったく、何度言えばこの名前を覚えてくれるんですか?」

 

 今度はうって変わってあきれる副官の閻象。

 いや、だって副官多いんだもん。別にいいじゃん。

 

「よくありません。部下の名前を覚えるのは司令官としての義務であり責務でもあります。」

 

 いってくれるじゃない。こんにゃろう。落ち着け、アタシ。

 だがここは“名門”劉一族の当主として恥ずかしくない行動をせねば。どっかの引きこもり貴族のごとく常に余裕を持って優雅たれ。

 とっさに口元を扇子で隠し、軽く微笑みながら聞き返す。

 

「ふぅ……あら、そーいうアナタは部下の名前を全員覚えてるの?」

 

「しょせん副官ですから。別に司令官じゃないので。」

 

 テヘッ♪とかいう効果音が付きそうな顔であっさりスルーしやがった。書記長、もとい上官に対する敬意とかないワケ?

 

「あと、寝起きでぼさぼさの髪のまま、大きな隈ができた目で睨まないでください。ただでさえ悪人面なんですから。それに第一印象って結構大事なんですよ?人間の印象の大部分は見た目で決まるって知ってました?」

 

 く……、黙っておけば人のこと悪人面とか、好き放題言いやがって。なんか深い恨みでもあんの?つーか絶対アタシにケンカ売ってるでしょ?

 

 

「……で、何しに来たのよアンタ。寝込みでも襲いにきたの?」

 

 適当に返してみるも、閻象は楽しそうに柔らかな顔で頷いた。

 

「ええ、中々良かったですよ。書記長も寝てれば案外可愛らしいですね。」

 

「ふ~ん、興奮しちゃったんだ?そんなにガマンできなかったの?」

 

「といっても、ヒゲが生えてたので結局萎えましたけどね。」

 

 えっ、マジ!?

 思わず近くにあった手鏡を取って確認するが、特にそれらしきものは見当たらない。

 

「……つーか、よくよく考えたら女の子にヒゲとか生えないわよ!産毛ぐらいならあるけど、ちゃんと毎日処理してるし!」

 

「無理して話を合わせようとするから、揚げ足取られるんですよ?おとなしく“こ、この変態っ!なんてコトしてくれるのよ!?”とか言ってあたふたと慌てていれば良いものを」

 

 閻象はやれやれ、と首を振ったあと、急に何かを考え付いたように上を見る。

 

「……そういえば、思い出したので一つ忠告しましょう。ムダ毛の処理とか、そういう生々しい話題は異性の前でするもんじゃないですよ。」

 

「アナタが始めたんじゃない、今のヒゲ話!」

 

 なんか頭に来たので資料を丸めて投げつけるも、閻象はそれをひょいっと避けた。それから宙を見上げて嗚呼、と嘆くようなポーズをとる。

 

「いやはや、こうやって少年はまた一つ大人になって世の中の裏というのを知っていくのですね。悲しいものです。」

 

「アナタはそんな年でもないでしょうが……」

 

 目の前にいる男、閻象の年齢はおそらく30代あたり。もっとも、穏やかで品の良い顔立ちな為、年齢不詳の感があるが少なくとも“少年”とかいう歳ではないはず。

 

「そうはいっても、いくつになっても男性は女性に夢を持ちたいものですよ」

 

 まぁ、気持は分からなくも無い。問題はどの程度の“夢”を抱いているのかであって、所謂“キモい妄想”との分岐点はそこなのだろう。

 

 

「で?……具体的にはどんな夢もってんのよ?」

 

「気になりますか?」

 

「ま、まぁ……後学の為にとりあえず……」

 

 語尾悪く聞いてみると、閻象はフムと顎に手を当てる。

 

「そうですね……酒飲んだり下品なことは言わないとか、処女だとか便所に行かないとか」

 

「いつの時代のアイドルよっ!特に最後のヤツ!」

 

「……あいどる?」

 

 閻象はアイドルの意味を理解しかねているようだったが、自分の意見が否定された事は理解したらしい。

 

「古い……古過ぎるわ……!」

 

 自分の前世では、そんな事をのたもう人間はもはや少数派だと思っていただけに、凄く久々な感じがする。

 

 

「……やっぱダメしょうか?」

 

「ダメ。」

 

「即答ですね……」

 

 どうやら閻象にとってはそれなりにショックだったらしい。まぁ、面と向かって古臭い的な事を言われれば、確かに落ち込むだろうけど。

 

 

 

「そういえば、そろそろ朝食の時間でしたね。今お持ちしましょう。」

 

 しばらくして、気を取り直した閻象が朝食を持ってくれた。結局、閻象には特にこれといった用は無かったらしく、ただ単に起こしに来てくれただけらしい。もっとも、暇を持て余してからかいに来た、というのもあるだろうが。

 朝食の給仕などは本来、副官の仕事の範囲外なのだが、こういうさりげない気配りができる男は高ポイントだ。が――

 

「……なんでマーボーなのよ。」

 

 目の前に置かれた皿には、赤黒い物体が並々と注がれている。より正確には麻婆豆腐などの原型となる、中華山椒と唐辛子を大量に使った料理。「辣味」という唐辛子系のヒリヒリする辛さと、中華山椒系ののピリッとした「麻味」の二種類の辛さでつくられる味を「麻辣味」といい、ソレを使った料理は麻辣ナントカという。

 

「こちらは麻婆(マーボー)ではなく、麻辣(マーラー)です。」

 

「知ってたわよっ!……じゃなくて、何で朝っぱらからこんなもん食わせんのよ?ガッツリした料理は胃にもたれるでしょ……」

 

「朝からそういう脂っこいものを食べれば、食欲が無くなって痩せるらしいですよ?」

 

「あー、ソレなんか聞いたことあるかも。アタシも昔試したことあるし。」

 

「どうだったんですか?」

 

「へ?……いや……まぁ……効果が無かったワケじゃないけど……」

 

 思わず口ごもる。実は、異性には少し話づらい理由がある。

 

「ああ、なるほど。なんとなく想像つきました。」

 

「……」

 

 悔しい事に、コイツがこういう笑顔でうんうんと頷いている時は、だいたいロクなことが起こらない。例えば、知られたくない事を知られたり。つまり――

 

「痩せたには痩せたが、痩せてほしい部分の脂肪が減らなくて、むしろ減ったら困る部分から脂肪がどんどん抜け落ちたと。」

 

「ぐぅ……」

 

「胸とか」

 

「表出ろっ!」

 

 

 この副官、確かに有能なのだが、それが逆に困る。頭が回り過ぎる部下は考えものだ、とはよく言うが、そんなものだろう。知られたくない事まで勝手に悟られていい気はしないし。

 

「まったく……なんでこんな可愛げのない子に育っちゃたのかしら?子供の頃はもっと素直な子だったのに……」

 

 

「子供の頃……」

 

 一瞬、不思議な言葉を聞いたかのように、閻象が動きを止める。

 

 

「何よ?アナタだって子供時代ぐらいあったでしょう?」

 

「まぁ……無い事は無いですが……」

 

 そういえば、アタシは閻象のプライベートに関しては殆ど知らない。自分に仕えてしばらく経つが、家族や友人関係、過去の思い出などは秘密警察で洗っても出てこないのだ。分かったのは彼が仲帝国領内の出身では無いことと、それなりに『いいところの出』だということだけ。

 もっともこの戦乱の時代、流れ者の個人情報など本人が明かそうとしなければそう簡単に出てくるものでは無い。ただ、閻象の場合はどことなく『答えたくない』以前に『答えられない』といった感じが強いのだ。

 

(といっても、今のところアタシの害になるような行動をとってる訳でもないし、しばらく放置しますか……)

 

 釈然としないものはあるが、今すぐに考えるべき事柄は他にある。そう、この許昌包囲戦だ。

 

 

 

 話は変わるが、アタシはいちおう指揮官だ。要するに戦いが終わってからもやることが多い。

 戦闘可能な兵とそうでない兵の分別とか、消費した矢の本数、そして本国への報告書など書かねばならない書類は山ほどある。……どーせ張勲の事だからろくに見ちゃいないだろうけど。それでも運が良ければ、増援でもよこしてくれるかもしれない。

 傍目には城を包囲している袁術軍が有利に見えるが、実のところ不利なのはこっちなのだ。

 

 まず、第一に速度重視の奇襲作戦だったから、基本的に装備が貧弱なこと。その分、機動力は上昇しているが今は攻城戦なのでたいして役に立たない。

 

 第二に補給線が貧弱であるということ。こちらもやはり機動力を重視したため、食糧などはすべて現地調達であり、長期の包囲戦に耐えられないということ

 

 第三に南陽が陥落したことにより、曹操軍の本隊がこちらに迫ってきており、下手をすればこちらが逆包囲されかねないということ。もともと南陽で曹操の主力をひきつけてその隙に敵の首都を奪おう、という算段だっただけに、これが一番堪える。南陽城の陥落は少なくともあと一か月ぐらい先だと、ここにいる袁術軍の指揮官の誰もが思ってたはずだが、結果はこのザマだ。

 

 第四に、ここに来る途中で敵軍にバレて奇襲を受けたため、部隊の再編成が必要になり、曹操軍が近隣の部隊を許昌に呼び込んで守りを固める時間を与えてしまったということ。正直、この時点で奇襲の効果はすでに半減している。それでも作戦を続行したのは「数で押せばなんとかなるだろう」という甘い考えと「敵の首都を奇襲できる」という大きすぎる誘惑に逆らえなかったからだ。

 

 

 

 「はぁ~……」

 

 思わずため息をつく。

 

 バカだ。

 

 なんてバカで浅はかだったんだろう。

 

 ……アタシってほんとバカ。

 

 時間を巻き戻すことができるなら、包囲戦が始まる直前に

“ふっふっふ……この戦いがアタシたちの勝利で終わることはすでに自明の理よ。問題は、どうやって勝利するかってことかしら?せっかくの勝利の美酒なんだから美味しいものにしないとダメでしょう?”とか、いかにも14歳っぽいセリフをのたもうてた自分に背後からタイキックかまそう。

 

 昨日撤退戦で見事な成功を収めたとはいえ、それで終わりではないのが指揮官、もとい現在のアタシの悲しいところなのだ。

 

 

 

「といっても、ぶっちゃけ味方殺しただけですけどね。」

 

「味方だけじゃないもん!敵にもちゃんと被害与えたってばぁ!」

 

「敵にも味方にも被害を出すとか、兵士たちからしてみれば疫病神もいいところです。存在自体が社会の害悪とはまさにこの事ですね。なんで生きているんですか?」

 

 うわぁあああん!今度は存在ごと否定された!

 

 

「ハァ……からかうのも程々にしなさいよぉ。まだ朝なのにすごい体力消耗した気がするんですけど……」

 

「おや、お疲れですか?」

 

「誰かさんのせいでお疲れよ……」

 

 これ以上会話を続けていると今日の仕事にまで響きそうだ。とりあえずマーボー食って気合入れよう。

 

 

「いやまぁ、確かに私も、少し言い過ぎたかもしれません。」

 

「分かればいいわよ。……ったく、女心ってのは繊細なんだから」

 

「粛清した政敵の肖像画を見て悦に入りながら、晩酌するような図太い人間に一番言われたくない言葉ですけどね。」

 

「さっきの反省はなんだったの!?…………って、そうじゃなくて!」

 

「?」

 

「何で知ってるのよ!?誰にも見られないようにコッソリやってたのに!」

 

「“コッソリ”って事は一応、自分がイタい事してるという自覚はあったんですね。」

 

「~~~~~っ!」

 

 目の前にいる『人民の敵』を、割と本気で粛清してやろうかと思っていた時――

 

「緊急報告です!」

 

 突然、兵士がひとり部屋に入って来た。雰囲気と服装からして、秘密警察の人間だ。ひとまずマーボーを食べる手を止め、そちらを向く。

 

 

 

「同志書記長!攻撃準備の第一段階、完了いたしました!」

 

「そう、意外と早かったのね。じゃあ、第二段階も急がせて。」

 

 ちなみに第一段階の完了とは各部隊ごとの集結の完了を意味する。第二段階で必要装備の補給を済ませ、第三段階で配置について命令があるまで待機する。アタシが命令を出すのはその後だ。

 時間にすると、たぶん3時間はかかるだろう。その間に会議と書類の決算をやっておこう。

 

 

 

 自軍の最新情報を手にしたアタシは再び、マーボーを食べ始めるべく、レンゲに手を伸ばす。

 だが、伝令の報告はそれだけではなかった。

 

「それと、もう一つ報告しなければいけないことが……。」

 

「何?」

 

「……特別工作部隊からの報告です。『 例の男(・ ・ ・)をついに発見しました。同志の報告通り、見慣れない服装で城内にいるのを確認。』とのことです。」

 

 

 

 報告を伝える秘密警察の人間は、何を報告しているのかよく分からない、という表情をしていた。。それもそうだろう。戦争中に、国家元首でも無いただの一人の男になんの価値があるというのだろう。

 

 

 しかし、彼の上官――劉勲の反応は異なっていた。

 

 ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。目の前にいるのは見慣れたはずの上官の姿。肉体的な特徴に変化はない。

 だが、その身に纏う雰囲気が、明らかに変わっていた。

 

 

「そう。御苦労さま、下がっていいわよ。」

 

 ゆっくりと広がっていく魔性の笑み。愉悦と加虐衝動が、彼女の全身を包み込んでゆく。

 

「ついに、長かった隠れんぼ遊びもお開きってわけね。」

 

 彼女はこれまで己が辿ってきた道のりを思い返す。そして確信する。やはり、これでよかったのだ。自分の選んだ行動は間違ってはいなかった。

 嗚呼、この瞬間をどんなに待っただろう。どれほど焦がれていただろう。

 

「本当に、長かったんだから……。」

 

 その瞳に映るものは、紛れも無い歓喜と狂気。

 

「うふ、うふふふふ……。」

 

 虐げるように、弄るように、大蛇の如くその口端が裂けていく。

 

「――ようやく、見つけた。」

 

              




 プロローグ的な話は今回で終わりです。次回からは、序章より前の話になります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。