真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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第四章・世界を止めて
32話:英雄達の会合


 洛陽、王宮――会議室

 

 公式には、董卓は洛陽の戦乱から逃げる際に死亡したとされている。戦闘終結から数日後、都で董卓本人だと思われる死体が発見され、連合の陣に届けられた。もともと董卓自身はあまり表舞台に出てこなかった事もあり、本人確認は彼女と面識のある捕虜――呂布、張遼、陳宮、賈駆、そして華雄――の証言に委ねられ、後日、正式に董卓の死亡届が作成された。

 

 悪人・董卓は死んだ。しかし反董卓連合はすぐには解散せず、そのまま洛陽の町に止まり続けた。

 とはいえ、戦火によって廃墟と化した洛陽では家を失った住民の世話すらままならず、30万を超える反董卓連合軍を受け入れる余力など無きに等しい。

 

 物価は高騰し、当然の如く商人による買い占めが行われインフレが加速する中、まともに物資を供給できたのは近くに豊かな領地を持つ袁術陣営ぐらいのもの。もっとも、その袁術陣営が音頭をとって物資を買占め、値段を吊り上げている元凶なのだが。

 おかげで洛陽の民衆に物資が行き渡らないどころか、袁術軍から物資を購入できない貧乏な連合の兵にいたっては、手当たり次第に民衆から略奪する始末。ハッキリ言って、董卓軍がいた頃より状況は悪化していた。

 

 

 なぜ反董卓連合軍はそうまでして洛陽に留まるのか?当初の目的も達成された今なお、諸侯が廃墟と化した首都に残る理由はただ一つ……ひとえに、戦後処理会議の為であった。

 そう、戦争とは戦場が全てでは無い。戦争の始まりと終わりは共に、会議室で決められるのだ。

 

 

 

 

 会議室の中央には、上質な木材で作られた大きな机が置かれ、それを取り囲むように諸侯の座る席が配置されている。会議が始まるまではまだ時間があり、だいぶ空席が目立つ。

 

 陳留太守・曹操が会議室に入って来た時、既に席についていたのは僅か3人。義勇軍の劉備と『天の御遣い』、孫家次期当主の孫権、そして汝南袁家書記長の劉勲だけだった。劉備は一刀と何やら話し込んでおり、孫権は生真面目に手に持った書類に目を通している。劉勲の方はと言えば、ずっと手鏡で髪型やら化粧やらをチェックしており、なんともまとまりの無い光景だった。

 

 

「……失礼するわ。陳留太守・曹孟徳よ。」

 

 決して大きくは無いがよく通る声で、曹操は部屋に入るなりそう挨拶した。彼女としては軽い挨拶程度の気持ちだったのだが、それだけで部屋の空気がガラリと変わる。

 反董卓連合軍における高い作戦立案能力、そして皇帝を保護したという圧倒的な功績で持って、今や曹操は天下に高く名乗りを上げていた。既に目先の利く人間は、曹操こそが次の時代の中心に位置する者との認識を強めている。そんな彼女を前に緊張するなという方が無理だろう。

 

「あら、曹操ちゃんじゃない。久しぶりだけど元気してた?」

 

 しかしどこにでも例外はあるもので、劉勲だけは明るく挨拶を返した。部屋に入って来た曹操に気づくと、にっこりと笑いかけた。

 

「まぁ、それなりにね。劉勲の方こそ、相変わらずそうで安心したわ。」

 

「お~い、それ遠回しに進歩が無いって言ってなぁい?」

 

 言い方に不満があったのか、劉勲は口を尖らせてそれを示す。

 

「そう言う意味じゃなくて、今も昔もオシャレに余念が無いなと思っただけよ。」

 

 そういって曹操は劉勲をまじまじと見つめる。

 パリッとした背広に、襟を開けた薄めの白いワイシャツ、やや短めのスカートと黒いストッキング。天の御遣い曰く“どこのOL?”といった出で立ちだが、本人の話では張勲の着てるのと同じ種類の制服を改造したものらしい。

 ほっそりとした体、ゆるいパーマがかかった金髪に、綺麗に透き通った緑翠色の瞳。バッチリとキメた化粧と、膝上までのスカートから、すらりと伸びた足。

 

「でしょ!やっぱアタシってば可愛い?綺麗?結婚したい?今この場でコクってもいいわよ?」

 

「あのね、劉勲……一つ、とても大事な話があるの。」

 

 そう言って曹操は劉勲の顔を覗き込む。鋭い青碧の眼が標的を逃がすまいと、劉勲を捉えている。劉勲の指がびくっと震え、視線が迷ったように左右に揺れた。

 

「な、何かな?」

 

「洛陽に来てから、ずっと思い続けてたことなのだけど……やっぱり、ここで話すことにするわ。」

 

「え……?ちょっ、ちょっと待っ……!」

 

 劉勲はいつもの彼女らしくも無く、おろおろした様子で曹操から目を背けてしまう。かと思えば、不安げに振り返り、弱気な目で曹操を見つめる。その頬はかすかに赤く染まっており、緊張を抑えるように唇を噛んでいた。

 

「ひょっとして……ここじゃ嫌なのかしら?」

 

「そっ、そんなコトないわよ!ただその、物事には……じゅ、順序という人類が長い歴史の中で経験と理性によって積み上げてきた偉大な……!」

 

「いいから、私のよく聞いて」

 

「う、うん……わかった……」

 

 劉勲は持っていた手鏡を、そっと机に置く。目を伏せ、どこか落ち着かない様子で髪をいじっている。

 

「よ、よーしっ、どっからでも掛かってきなさい!お姉さんがしっかりと、始皇帝陵より3割ぐらい広い心で受け止めてやるわ!」

 

 急に明るい口調でそう言うと、劉勲は再び顔を上げた。はよ言わんかい、とばかりに年上ぶって先を促す。目で催促してくる彼女の意を汲んだ曹操は、思ったことをストレートに言った。

 

 

 

「今日ここに“江東の小覇王”、孫策はいないのかしら?」

 

 

 

「……………チッ」

 

 あからさまに劉勲が不機嫌そうな顔になり、何か言いたげに曹操を睨んだ。

 

「確か孫家は今、袁術の客将として仕えてるはずよね?劉勲も袁術の部下として仕えてるなら、何か知ってるんじゃないかと思って。」

 

「はぁ~……アナタねぇ……」

 

 先ほどまでの明るい様子から一転してジト目で睨んでくる劉勲に、曹操は怪訝そうに眉根を寄せていたが、やがて合点が言ったように手を叩く。

 

「それとも知ってるけど、政治的な事情があって言えないって所かしら?」

 

「あーもう!違うわよ!そう言う事じゃなくて……!」

 

「?」

 

 歯切れ悪そうな劉勲の様子に多少興味をそそられたのか、曹操はじっと彼女を見た。再び曹操に真っ直ぐ見つめられ、劉勲がうろたえる。

 

「だから……えーっと、知らなくは無いんだけど……や、やっぱり知らない事にしとくわ……」

 

 目が合うと劉勲は目の下を赤く染め、ぶすっとした表情で俯いてしまった。傍から見ればただ拗ねてるようにしか見えない劉勲の仕草――けれども、その背中にはほんの少しだけ寂しさが滲んでいた。

 

「その……事情があるから……知ってても教えてあげない。これでわかった、曹操ちゃん?」

 

 苛立たしげに、寂しげに、そして投げやりに話を打ち切る。

 それっきり、劉勲はツンとしたまま沈黙の姿勢を崩そうとはしなかった。

 

「そう……それは残念ね。一度孫策とは会って話がしたかったのだけど……」

 

 本当に残念そうに呟くと、曹操は気を取り直して孫権に目を向ける。

 対する孫権はしばらく呆気にとられていたが、気を取り直すと席を立って自己紹介を始めた。

 

 

「お初にお目にかかります。私は孫家次期当主、孫仲謀。以後、お見知りおきを」

 

「孫仲謀――江東の虎・孫文台の娘にして、孫伯符の妹。思慮深く慎重で、部下の意見をよく聞き入れる人物と聞いているわ。……つくづく孫家には優秀な人間が多いわね。」

 

 何かを期待するような口調で、曹操は孫権を正面から見据える。

 只者では無い――孫権はとっさにそう直感した。鮮やかに金髪に、全てを突き刺すような鋭い眼光。小柄ながら、全身から溢れんばかりの覇気を纏ったその姿は、良く知る姉のそれと同じもの。

 

「……陳留太守殿のお言葉、ありがたく受け取らせて頂きます。」

 

 孫権は曹操に一礼すると、再び席に付く。本音を言うと、まだまだ話足りない知りたい事、聞きたい事も沢山ある。

 が、隣で劉勲が睨みを利かせている以上、とりあえず無難な対応に留めようというのが孫権の判断だった。

 

 続いて劉備と一刀が立ち上がり、改めて挨拶する。

 

 

「前にも会議で会ったと思うんですけど、わたしは平原の相で劉玄徳と言いますっ!……あとは、ええっと……汜水関の時はお世話になりましたっ!」

 

 緊張しながらも、ぺこりと頭を下げて礼を言う劉備。曹操は一瞬、不思議そうな顔をしていたが、ややあって苦笑を浮かべる。

 

「いいえ、礼には及ばないわ。むしろ私から礼をしたいぐらいよ。」

 

 実際、曹操は当初義勇軍を囮としてしか見ていなかった。結果的には劉備軍を助けたのかもしれないが、本来なら礼などされる立場に無いはず。それでも律儀に感謝をする辺りが、劉備の劉備たる所以なのかも知れない。

 

 

「……それで、貴方の名前も聞かせて頂こうかしら?」

 

 続けて曹操は、劉備の隣にいる北郷一刀に目を向ける。曹操の探るような視線に、一刀はつい気後れしそうになりながらも、何とか踏み止まる。

 

「俺の名前は北郷一刀だ。みんなには『天の御遣い』って呼ばれてるな。」

 

 天の御遣い――その名は占い師・管路の占いによって都ではちょっとした噂になっていた。『世が乱れし時、流星に乗り天より御遣いが舞い降りる』、と。

 

「そうは言っても、俺自身は特に占いがどうとか信じちゃいない。桃香や他の仲間の為に、自分が出来る事をやってるだけだ。」

 

「ええ、それが良いでしょうね。占いを信じる・信じないは個人の自由でしょうけど、それに振り回されているようでは駄目。運命は自分で切り開くものよ。」

 

 元から鋭い曹操の視線が、更に強さを増す。

 

 ――格が違う、流石は未来の英傑。

 

 未来知識だけでは無い。感覚的にそう感じた一刀は、無意識に身構える。まさかこの場で襲ってくることも無いだろうが、思わず警戒せずにはいられないほどの覇気だった。

 

 野生動物の縄張り争いでは、視線を先にそらした方が負けだという。今の状況は限りなくそれに近いもので、曹操は何を考えているか分からない表情で見つめ続けている。負けじと一刀も視線を返し、そのまま双方無言で睨みあう。

 

 

 

「曹操ちゃ~ん、そういう言い方はどうかな~?ほら見て、3人とも怖がってるじゃない。無駄な威圧感振り撒いてないで、もっとみんなで仲良くしようよー。」

 

 ようやく機嫌が治ったらしく、劉勲が茶化すように曹操を諌める。

 

「別に脅したつもりは無かったのだけど、そう受け取らせてしまったようなら謝るわ。

 ……それと、3人とも気をつけた方がいいわよ、その女には。一見親切そうに見えるけど、猫被ってるだけで腹の内は知れたもんじゃないから。」

 

「うわ、ひっどーい。何よぉ、人をあたかも腹黒女みたいに言っちゃって。アタシ、この二人とはまだ初対面なのよ?第一印象って、結構大事なのに何てコトしてくれるかなぁ?」

 

「はいはい、分かったから機嫌直してちょうだい。……というか貴女も怒ったり笑ったり忙しいわね。もう少し冷静になりなさい。」

 

「誰のせいよ!?」

 

 頬を膨らませて抗議する劉勲と、仕方が無いといった表情で溜息をつく曹操。その姿は世話の焼ける先輩に振り回される、部活の後輩のようだと一刀は思った。もっとも、話をややこしくすることに関しては、どっちもどっちな気もするが。

 

「なぁ、ひょっとして2人は知り合いなのか?さっきから妙に打ち解けてるみたいだけど……」

 

「うふふ、ひょっとしなくてもアタシ達は知り合いなのだよ、『天の御遣い』君。こう見えても、洛陽では学友同士だったのだ。」

 

 劉勲はおどけるように、芝居がかった仕草で一刀に軽くウィンクした。初々しい男なら頭では分かっていても、思わず騙されそうになる笑顔。

 

「最初はあんまし話とかしなかったんだけどね。たまたま同門のみんなで人物鑑定してもらおうって話になって、その辺からだったかな?麗羽ちゃんともつるむ様になったのは」

 

 この時代、人材を登用する際に人物鑑定家からの評価というものは非常に重要だ。その評価が推薦状替わりとして用いられる事も多く、著名な鑑定家の評価は名士社会では大きな意味を持つ。そえゆえ、現代で言う就職活動の一環として人物鑑定家からの評価をもらうという事は珍しくなかった。

 

「確か曹操ちゃんは『治世の能臣、乱世の奸雄』とかいう、褒めてるのか貶してるのかよく分からない評価をもらってたわね。

 ……まぁ、アタシがもらった評価も『契約の(あるじ)、等価交換の(とりこ)』だし、似たようなもんだから意気投合したんだけど。正直、もうちょっとカワイイ感じにして欲しかったなぁ」

 

 自分に与えられた評価に不満があるのか、劉勲は口を尖らせてわめき始める。

 

「そうだよ、あの鑑定家のオッサンはもっと可愛い系の異名を付けるべきよ。見目麗しい女の子にこんな14歳っぽい異名つけるとか、ホント誰得なの?ねぇねぇキミもそう思わない、カズト君?」

 

 適当な事を言いながら、劉勲は大きく足を組みかえた。短めのスカートから、柔らかな太ももが覗く。図らずも煽情的な光景を目に入れてしまい、一刀は思わず息を飲む。

 

「……な、なんで俺なんだ?」

 

「いやぁ、これと言って深い理由は無いんだけどね。ただ……」

 

 劉勲は軽やかに笑い、甘えるような目をして身を乗り出す。あと少し、どちらかが前に動けばキスでもできそうな危うい距離。

 

「キミならさ、もっとこう……女の子を喜ばせられるようなコト、できるような気がしたから……かな?」

 

「………さ、さぁ……どうなんでしょうね……」

 

 しどろもどろになりながらも、やっとのことで一刀は一先ず無難な返事を返した。ハッキリとしない一刀の答えに、優柔不断な男はモテないぞー、とか適当な事を抜かす劉勲。絶対に楽しんでいる。

 

 

「……劉勲もその辺にしておきなさい。そうやって思わせぶりな事ばっか言ってると、いつか本当に刺されるわよ。どうしても続けたい、って言うなら余所でやって頂戴。」

 

 見ていられない、といった様子で曹操が呆れたように忠告する。口のうまい人間は得てして八方美人の傾向があるが、色恋と金銭沙汰でそれはマズイ。ほっとくと劉備陣営全員を交えて惨劇が起きそうだ。

 

「おやおや?曹操ちゃんはひょっとして、アタシの心配してくれているのかな?それならお姉さんは嬉しいぞー」

 

「……昔、洛陽で何度も修羅場のとばっちりを喰らった身としては、嫌でも心配せざるを得ないわよ。いつぞやの時なんか、逆恨みした軍の高官に私と一緒に絡まれたじゃない。」

 

「えー、それってアタシのせい?働いてた酒場でフツーにもてなして接客しただけだよ?」

 

「貴女が“フツーにもてなして接客”とか言うと胡散臭さが半端ないわね……」

 

 思えば、昔から劉勲はどこか掴み所のない女だった。他に、当時よくつるんでいた袁紹とは違った意味で、劉勲も突飛な思考や行動をすることがあった。

 

 

「待て、詳しく説明してもらえないか?その……2人は酒場で給仕でもしてたのか?」

 

「ううん、働いてたのはアタシだけだよ。朝昼に曹操ちゃん達と一緒に勉強して、夕方から酒場で学費稼いでたってコト。」

 

 怪訝そうに首をかしげる孫権を見て、劉勲が簡潔に説明する。

 彼女の話によれば、勉強の為に洛陽まで来たはいいが、資金が底をついたために酒場でバイトする事になったという。とはいえ、この時代における酒場の給仕の立場など風俗嬢と大して変わらないものであり、実際にそうしたサービスを提供する店が殆どだった。

 

「いやー、洛陽って思ったより物価高くてねー。家賃だけで持ってきた金の半分ぐらいは飛んだかしら。で、仕方ないから、その分酒場で稼いだってワケ。なんだかんだでアタシ、結構人気だったのよ?」

 

 基本的に容姿は悪くないし、元貴族ともなれば一種のプレミアがつく。水準以上の美人で明るく社交的な彼女なら、確かにそこらのオッサンに人気が出そうな気がする。

 もしかしたら、劉勲が話上手で商売に詳しいのは、この体験に関係があるのかもしれない。駆け引きに長け、情報を重んじている点も納得できる。

 

「結局、勉学でも武芸でも曹操ちゃんには勝てなかったけど、男ウケだけは負けてないんだから。」

 

「男ウケ“だけ”って……」

 

 えっへんと偉そうに胸を反らす劉勲を、一刀が微妙な顔で見る。

 まぁ、曹操のようにバリバリ働くやり手のキャリアウーマンとかって案外、男としては気遅れして話しかけづらく、結果的にワンランク劣るがすぐヤレそうな女の方がモテるというような噂は聞いたことがある。

 一刀自身は必ずしもそう考えていないが、どっちが話しかけ易いかと聞かれたら、劉勲の方だろう。

 

 

「そうでもないわよ。洛陽にいた頃に劉勲とした討論は中々楽しかったわ。」

 

 あれはいつの日だっただろうか。異民族との戦闘について漢王朝のとるべき対策を討論していた時、見事に二人の意見が割れた時があった。

 

 

“異民族の強さは、やはり騎兵の持つ機動力と攻撃力に依存するところが大きいでしょうね。そう思わない?”

 

“相変わらず華琳(・ ・)ちゃんの指摘は鋭いわねぇ。そっか、異民族かぁ……言われてみれば、アイツら普段から馬乗ってるから、全員騎兵みたいなもんだしね。羨ましいわよねー、漢王朝にはそんな部隊いないし。”

 

 曹操の質問に、劉勲はやれやれといった表情で答えた。当時、涼州では韓遂らによる異民族の反乱が発生しており、いかにして遊牧民の騎馬部隊に対抗するかが盛んに話し合われていた。

 

“確かに子台(・ ・)の言う通りね。今、漢王朝の抱える兵士の数は敵より多いけど、質はひどいものよ。このままじゃ、ただの烏合の衆にしかならない。新たに改革が必要よ。

なら、漢軍をもっと強くするには――”

 

“ええ、漢軍をもっと強くするならば――”

 

 

 

“――短所である、『質』をもっと上げるしかない。”

“――長所である、『量』をさらに増やすしかない。”

 

 

 

 全く同じタイミングで、二人は真逆の発言をしたのだった。

 

 短所を全てを克服し、バランスのとれた完璧な軍を目指す曹操と。

 弱い所を徹底的に切り捨て、その分を全て長所につぎ込む劉勲。

 

 二人の認識に差は無い。異民族と漢王朝、それぞれの短所・長所を2人とも良く弁えており、最終的な目的も同一だ。しかし、それに至るまでのプロセスは見事なまでに対照的だったのだ。

 

 

「あ、曹操ちゃん地味に覚えててくれたんだ。……つーか、思い出してみると懐かしいわねぇ」

 

「……せっかくだし、昔みたいに討論でもしてみないかしら?議題はそうねぇ……これから戦後処理会議が始まる訳だけど、その先はどうなると思う?」

 

 曹操は椅子に腰かけ、居並ぶ全員を見渡す。正直、実は最初からこれが聞きたかったんじゃないか?という気がしないでもないが、突っ込むのは野暮というものだろう。

 頃合いを見て、曹操は厳かに切り出した。

 

 

「この中華の支配層は大きく分けて3つに分けられる。

 まずは劉氏、由緒正しき漢王朝の皇族。建国より長きにわたる時を経て、実質的な権限はほとんど奪われている。未成年の幼い皇帝が帝位に就くのが、常態化しているのが何よりの証拠ね。

 

 次に中央官僚、要するに外戚と宦官のことよ。皇帝の側近として大きな権力を振るうも、結局は権力抗争によって共倒れ。しかも固有の軍事力を持たないという弱点が、黄巾党の乱によって明らかになってその立場は大きく弱体化しているわ。そして最後に残ったのが――」

 

 誰もが曹操の演説に聞き入っていた。一刀は放心したように彼女を見つめ、劉備は固唾を飲んで見守っている。孫権は無言で頷き、劉勲ですら緊張しているようであった。

 

 

「――私達、地方の豪族ね。漢王朝は今やその根底から揺れ動いている。

 強大な皇帝権力のもと、すべての民を直接支配するという専制体制は崩壊し、地方豪族の協力で辛うじて、国としての体裁を維持しているだけ。かつて光武帝が漢王朝を再興し、国を治めるべく定めた法は、もはや機能していない。

 各諸侯は既に独立国も同様……地方の時代と言ってもいいわ。逆に言えば、地方豪族こそがこの国の未来を握る鍵よ。もし彼らが本気で動いたら、その時こそ――」

 

 曹操は絶対の確信と信念、そして決意をもって言い放つ。

 

 

「――この国の、歴史が動くわ」

 

       




 調べてみたら劉勲と曹操は知り合いらしかったので、その設定を入れてみました。

 にしても、相変わらず邪検に扱われてます。曹操さんも悪気は無いんですけどね……ただ、原作で曹操さんは基本的に小物は相手にしない&なぜか直観で未来の英雄を見抜けるっぽいので、孫権とか劉備とかの方に、先に目がいってるだけです。決して劉勲さんを嫌っている訳では無く、「それなりに面白い友人」ぐらいの印象。

 逆に劉勲さんはツンデレっぽく見えるけど、どっちかとえば無視されたくない、って感じです。小物の彼女は大抵の「英雄」からはout of 眼中なので。
 
 「短所(質)を直す暇があったら長所(量)をもっと伸ばして相殺するの」

 劉勲さんが「質より量」を重視する理由の一つはコレ。曹操さんはこの逆で、短所の克服と長所の伸長、どっちを重視するかは難しい問題です。

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