真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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 序章からさかのぼって数年前の話になります。ややこしい構成でスミマセン(汗)。第一章からは時系列順に話が進んでいきます。


第一章・嵐の前の静けさ
01話:彼女の日常


                

   袁術による仲帝国の建国から、しばし時を遡る。 

 

 

 漢王朝末期、この時代になるとかつて栄えた漢帝国の面影はもはやどこにもなかった。

 後漢では、最初の2代の皇帝を除くすべての皇帝が20歳以下で即位していた。当然、そんな若い皇帝に政治ができるわけがない。ゆえに政治の実権は外戚や豪族たちが握っていた。

 

 

 その後、時代の流れの中でしだいに宦官に権力が集中するようになっていった。国の未来を憂う者たちの中には宦官に対抗した清流派士大夫もいたが、大規模な粛清に遭い、彼らもまた後漢の衰退を止めることは出来なかったのである。

 

 また、この時期の政治は賄賂政治とも揶揄され、出世するには上に賄賂を贈ることが一番の早道だった。そしてその賄賂の出所は民衆からの搾取であり、当然の結果として反乱が続発した。

 官僚は堕落し、国は乱れ、大地は荒れ果て、政治は腐敗していた。

 

 

 

 ここは荊州南陽郡。この時代では人口も多く、それなりに豊かな土地である。その中でもひときわ目立つ、やたらデカイ城にの中にバカ殿、もとい少女がいた。

 

 彼女の名は袁術、字を公路という。

 後漢より続く最高位の官職である大尉・司空・司徒の三公を四代にも渡って輩出してきた名家汝南袁氏の一族である。部下である孫堅が殺害した南陽太守張咨の後に入って南陽太守に就任、汝南袁氏の本来の地盤である河南の南部に勢力を築いていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とかいうとなんかカッコよく聞こえるのだが、よくよく考えてみればあんまし大したことはしていない。

 正直、部下が勝手に政府の役人殺して南陽群を乗っ取った時期を見計らい、親の七光りで横合いからそれを掠め取っただけである。本人は特に何もしちゃいない。というか、むしろ下手に張り切ってもらわれると逆に困る。経験則上、ろくなことがあったためしがない

 

 袁家のお姫様として幼いころから甘やかされ、立派なワガママ娘への階段を一直線。ついでに親戚の袁紹と同じく、びっくりするぐらいのBA☆KAである。おかげで最近では周囲にワガママでアホの子であることが袁家の証拠である、との共通認識が出来つつあった。

 そんなわけで袁術の部下達は今日も彼女がのん気に蜂蜜水をがぶ飲みする姿を見て、安心しながら仕事に取り掛かるのだった。

 

 そして、それを冷めた目で見つめている人物がいた。健康的な褐色の肌をした女性――その名を孫策、字を伯符という。彼女は袁術軍がこの南陽を占領する際に大きな功績を挙げた孫堅の娘である。現在、孫家は袁術に仕えているため、彼女も一族の代表として顔を出しているのだった。しかし、彼女の袁術に対する視線は、控え目に言っても友好的とはいえないものだった。

 

 (いい気なもんね。私たち孫呉のおかげでこの地を奪えたというのに、それをあたかも自分の手柄のように……)

 

 当然の反応である。誰だって手柄を横取りされていい気はしない。だが、それを表に出すほど孫策は愚かではなかった。

 今はまだ雌伏の時だ。今の孫家にはまだまだ力が足りない。

 

(呑気に蜂蜜飲んでられるのも今のうちよ。)

 

 心の奥で密かに燃える野望を隠しながら、孫策は素早く思考を切り替え、再び袁術の方へ向き直った。

 

 

 

 一方の袁術の方はというと、さっきから冷めた目で自分を見ていた孫策の目線にまったく気が付いていなかった。今、彼女の関心はすべてたった一つのことに向けられている。

 

「蜂蜜じゃ!妾は蜂蜜を所望するのじゃ!」

 

 もはや南陽でこの言葉を聞かない日はない、というぐらい家臣たちにはお馴染みの声が聞こえる。そしてその声に答えるのは――

 

「はぁ~い、只今お持ちしま~す。」

 

 ――彼女の隣に立つ、藍色の髪をショートにした女性だった。その世話役、教育係であり、袁家の武将でもある彼女の名は張勲、真名を七乃という。

 

「ちなみにお嬢様、お嬢様が毎日飲んでおられる蜂蜜水ってすっごい高級品なんだって知ってました?」

 

「こ~きゅ~ひん?」

 

「庶民には手の届かないほど高いモノだってことで~す。たぶん普通の人は一生かかっても、お嬢様が一日に飲む量に届かないんじゃないんですか?」

 

 (この年になって高級の意味も分からないなんて、さすがお嬢様♪)

 

 心の中で教育係としての自覚が全く感じられない感想を呟く張勲。そもそも袁術がアホの子になったのは、だいたいこいつのせい。ちなみにそんなんでもクビにならないところが袁術軍クオリティーである。

 これを能力の無い人間でも採用されちゃうダメ組織と見るか、この社会情勢の中でそんな人間でもなんとか養っていけるぐらい、余裕のある組織と見るかは人それぞれだったりする。

 

「な、七乃!それはまことか!妾の民が一生かかっても妾の一日分の蜂蜜も飲めないというのは?」

 

「はい。というか、私たちでもそんなに蜂蜜飲みませんし。」

 

 この時代、蜂蜜は高級品である。より正確には、現在進行形で高級化している。その理由は社会の不安定化にあった。

 ただでさえ食糧が不足気味の後漢末期において、生活必需品でもない蜂蜜をわざわざ買おうという庶民はいない。せいぜい、結婚式など特別な行事の時に少しふるまわれるぐらいである。需要がほとんど無ければ、当然農家は養蜂から手を引く。

 ゆえに不景気→需要減少→養蜂家の収入減→養蜂家の減少→蜂蜜の希少化→蜂蜜の値上がり→さらなる需要減少、といった負のサイクルが繰り返されていた。

 

 

「むむむ……。なんと、妾の民が蜂蜜も食べられんほど苦しんでいたとはのう……。」

 

  珍しく(・ ・ ・)、自分の民の現状を聞いて苦悩する袁術。繰り返すが 珍しく(・ ・ ・)

これに対して袁家の家臣達からは感嘆の声が上がる。これまでにない真剣な表情で民のことを思う主君の様子を見た家臣達は――

 

「え、袁術様が悩んでおられる!」

 

「本当だ!よもやワシの生きているうちに袁術様が頭を使う日が来ようとは……。」

 

「大丈夫ですか、袁術様!どこか具合の悪いところでも!?」

 

「何か悪いものでも食べられたのでは!?あるいは熱でもあるのでは……」

 

「そこの衛兵!何をしておる!ボケっとせんで早く医者を呼ばんか!」

 

 ――彼らなりに主君の心境の変化を感じ取って、その身を案じてたようである。それぞれが勝手に失礼な言葉を叫びつつ。

 おまけに彼らが感嘆した原因は「民を想う」とかじゃなくて「袁術様が頭を使っている」ことにあるらしい。彼らの記憶にある限り、袁術が物事を思い悩むというのは未知の体験だったのだ。

 

 

「さすが美羽様、ちょっと悩んだだけでみなさん動揺してますよぉ~。普段の美羽様がいかにノータリンかが、よくわかります♪正直、私もびっくりですよー。明日は空から魚でも降ってくるんじゃないんですかぁ?」

 

「む?この妾が直々に民のことを考えたのだから、空から魚ぐらい降って当然じゃろ?」

 

「きゃ~、美羽様、いつも以上に言ってることが意味不明ですぅ。」

 

 

 他国の家臣が見れば、思わず頭を抱えたくなるような光景である。しかし、当の本人達はいたって大真面目なので余計にシュールに見える。

 しかも本当に医者が来た。

 

「美羽様、じっとしていてくださいね。これからお医者さんが熱を測りますから。」

 

 袁術の額に手を当て、熱を測り出す医者。当然だが、熱なんかあるわけない。

 ……知恵熱とかはありそうだけど。

 

「うぅぅぅ~。わ、妾は別に何ともないのじゃ~!いい加減静まれ、ばかものー!」

 

 さすがに怒ったのか腕を振り回しながら、怒鳴る袁術。だが、涙目で顔を真っ赤にした状態では威厳のかけらも無い。むしろ――

 

 

 

(やばい、可愛い!何この可愛い生き物!抱きしめたい!そしてもふもふしたい!)

 

 老若男女問わず、張勲を筆頭にどーでもいい妄想が膨らんでいた。だが、これが袁術軍クオリティー。気にしてはいけない。

 

「ところでお嬢様?」

 

「なんじゃ?」

 

「結局どうするんですか、蜂蜜?」

 

「おお、忘れるところじゃった。みなの者!妾の話をよく聞くのじゃ!」

 

「ははっ!」

 

 一瞬にして静まり返り、袁術の言葉に耳を傾ける家臣たち。先ほどまでのバカ騒ぎが嘘のように静まる。一瞬の沈黙の後、その静寂を破るかのように袁術の口から放たれる言葉がその場に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からこの日は『蜂蜜の日』じゃ!」

 

 

 

 

 

 やっぱり袁術はバカ殿だった。

 

 

 

「美羽様、なんですか『蜂蜜の日』って?……………………………だいたい予想つきますけど。」

 

「なんか言ったかのぉ、七乃?」

 

「いえいえ、なんでもありませ~ん。」

 

「うむ、ではこの妾が直々に説明してやるのじゃ。」

 

 椅子にふんぞり返ったまま、得意げに説明を始める袁術。

 

「この『蜂蜜』の日にはな、妾の民に蜂蜜菓子をふるまうのじゃ!皆が蜂蜜のおいしさを知れば、蜂蜜を作る者も増えるじゃろう。蜂蜜を作るもが増えれば、蜂蜜も増え、妾ももっと蜂蜜が食べられるという事なのじゃ!」

 

「さすが美羽様、無意識に事態を悪化させることに関しては中華一♪びっくりするぐらい、こちらの意図が全然伝わってませーん。」

 

「うわははは、当然じゃ!名門袁家の血を引く妾はどんなことでも中華一なのじゃ!」

 

「おー!美羽様、見事に自分にとって都合のいいことしか聞こえてな~い。その一言でみなさん完全に固まっちゃってますぅ~。」

 

 家臣達が固まるのも無理のない話であった。

 たとえ袁術ひとりがどれだけ蜂蜜を消費しようが全体で見ればたいして影響はない。いくら高級品といえども所詮は食べ物、財政が傾くほどのことはないのだ。

 

 しかし、庶民全体に蜂蜜をふるまうともなれば、話は大きく変わる。大量の蜂蜜の確保のみならず、蜂蜜菓子職人の派遣や、かかる諸経費、治安維持対策など多くの予算と時間、そして人員を必要とする。正直、シャレにならない。

 だが、そんなことに気付く袁術ではない。というか、逆に気付いたら袁術ではない。

 

「みんな妾の策略のあまりの素晴らしさに声も出ないのであろう。ふはははは!」

 

「あらあら、『策略』なんて難しい意味の単語知ってたんですねー。感心しましたぁ~。」

 

「うわははははは!七乃、もっと褒めてたも。『蜂蜜』の日を決めて蜂蜜を増やす。うむ、これぞまさに、一石二鳥にゃ……」

 

 

 (あっ、噛んだ。)

 

 何とも言えない微妙な空気が周囲に漂う。だが、一応これでも主君なので笑い飛ばすわけにもいかず、どうしようかと顔を見合わせる家臣達。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 静まる空気。固まる家臣たち。笑っては、いけない。

 

「……なのじゃ!」

 

 そして言い直した!

 

 

 

 

 

「……冥琳、私もう帰りたい。」

 

 思わず、親友の名を呟く孫策。

 

(私達には、孫呉の夢があるっていうのに。なんで、こんな……)

 

 こんなバカ騒ぎに付き合わなきゃならないんだろう。

 

 

 ……なんか悲しくなってきたからやめよう。

 そう決めた孫策の目に映るのは、やっぱりいつものバカ殿とその愉快な仲間達の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「あっ、そういえば孫策さん。ちょっと話さなきゃいけないことがあったんですけど」

 

 ふと思い出したかのように、張勲が気軽に孫策に話しかける。最初に伝えろよ、とか内心で思いながら孫策も言葉を返す。

 

「何かしら?私たちに用件があるなら早めに言って欲しかったのだけど。」

 

「はーい、今度から気をつけまーす。」

 

 全く反省の色が見えない張勲。基本的に彼女は何事においても袁術のことが最優先なので、他のことは後回しにしがちなのだ。おかげで重要な案件を忘れたり、袁術の気分次第で急な変更が多発したりと部下の苦労は絶えない。それは袁家の客将となっている孫策達も例外ではなかった。

 

「で、何なのかしら?」

 

 どうせロクなことじゃないだろう、と思いつつ適当に返事を返す孫策。

 

「えーっとですね。来週あたりに孫策さんたちには張咨さんの残党を掃討してもらいます♪」

 

「……は?」

 

 先ほど話しかけてきたときと同様に、唐突に次の指示を出す張勲。そのまま、孫策のことなど気にも留めない様子で張勲は話を続ける。

 

「といっても具体的な話については私もまだ知らないんですけどね。詳しい話はあとで紀霊さんあたりから聞いてください。じゃ、私はこれからお嬢様と『蜂蜜の日』について話さなきゃならないんで。」

 

 そういって一方的に話を打ち切り、蜂蜜水を飲んでいる袁術のもとへと向かう張勲。その後姿を見送りながら、孫策はふと思った。

 

 (……なんというか、本当にロクでもないわね。)

 

 唐突に指示された張咨への攻撃。張咨はかつての南陽太守であり、彼は死んだものの、その息子達がいまだに袁家に対する抵抗を続けていた。衰えたとはいえ、かつての太守だ。兵もそれなりにいる。

 現在の孫家は袁家にたいして反乱を起こさないように兵力を各地に分散させており、すぐに動ける兵力は少ない。一週間程度で集められる兵士には限界があった。なのにこんな適当な指示で攻撃していいんだろうか。

  しかも指示を出した当の本人、張勲にとっては訳のわからない『蜂蜜の日』のほうが大事らしい。改めて、袁家の客将になったことを後悔する孫策であった。

 

 

 

 

 ――ちなみに、結局『蜂蜜の日』の方はどうなったかというと、張勲の提案で春節(旧暦における正月)に蜂蜜菓子を食べることを奨励するに止まったのだった。ただし、そのために蜂蜜職人には一定の補助金を出すことが決定された。この結果として南陽には蜂蜜菓子職人が多く集まるようになった。

 その他にも張勲が

 

  「一年が蜂蜜のように甘くなりますように、との願いをこめて

           新年に蜂蜜菓子を食べると良い年を迎えられる」

 

 とかもっともらしい理由をこじつけたこともあって徐々に庶民の間にも浸透し、この地方では春節に蜂蜜菓子を食べる習慣ができたのだった。

 

 

 




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