真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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 今回は曹操と公孫賛あたりの近況報告を


37話:諸侯たちの輪舞曲

    

                

 世間一般には、青州黄巾党の活発化が今回の勅命の原因とされている。

 だが本当の事の発端は、2年前に締結された曹操・袁紹同盟にあった。

 

 もともと青州は公孫賛派と、袁紹派、いずれにも属さない青州黄巾党の3グループに分かれていた。しかしながら、この時点では3者はまだ均衡状態を保っており、大規模な武力抗争には至っていなかった。やがて洛陽会議にて、公孫賛寄りの中立派である孔融が州牧となり、両者を仲介する事が決められた。

 

 だが、そこに曹操・袁紹同盟が発表された事で状況は大きく変化する。

 

 同盟の結果、袁紹派の影響力が拡張され、孔融や公孫賛派はそれを警戒。逆に袁紹派は、青州は袁紹陣営に吸収されるべきだと考えており、覇権を望む袁紹はその動きを支援する。袁紹・公孫賛間の権力抗争は北方にまで及び、并州でも両派閥の間で激しい駆け引きが行われ、バランス・オブ・パワーを国是とする袁術陣営にとっては目が離せない状態であった。

 

 

 ――我々は中華と漢王朝の一員として、青州が直面する多くの課題への取り組みを支援する。

 

                         ――劉勲・公孫賛・陶謙による共同声明

 

 この状況に際し、勢力均衡を外交の基本とする袁術陣営は青州でのパワーバランスが崩れる事を危惧。書記長の劉勲は陶謙・公孫賛らと共同声明を発表すると共に、資金の追加支援を約束した。

 その意を汲んで資金提供を受けた孔融は、続けざまに青州黄巾党の討伐を決行。賊討伐の功績を立てる事で、公孫賛派の盛り返しと均衡の再構築を狙っていた。

 

 

 記録によれば孔融軍討伐部隊5万に対し、青州黄巾党の総兵力はおよそ30万とされる。

 数の上では黄巾軍が有利だが、基本的に黄巾党は農民やら張3姉妹の追っかけやらが集まった寄せ集めの暴徒に過ぎない。青州兵もその一つであり、その実態は疫病に戦乱、官僚の腐敗や飢えに苦しむ、飢餓農民や難民、そして流民の群れだった。

 

 しかし、いつ死ぬかもしれないというギリギリの状況に置かれた人間は強い。「生きる為」という人間の本能、最も基本的な欲求の為に戦う彼らは、しばしば正規の官軍すら退けた。

 また、青州黄巾党兵士30万の背後には100万人もの家族が控えており、その存在も青州黄巾兵の強さの秘密といえよう。これに戦闘経験の豊富さと団結力が加わり、青州黄巾党は官軍に劣らぬ戦闘力を誇っていたのだ。

 

 

 一方の孔融は、かの孔子の子孫にあたり、類まれなる文才を持つ人物として有名であった。しかし政治家としては二流であり、その政策には机上の空論が多く、実行力に欠けていたという。

 かつての劉勲同様――“あらゆる兵科を有機的に結合し、臨機応変にして柔軟な戦術を駆使。戦場を自由自在かつ縦横無尽に支配しつつ、 機知に富んだ少数精鋭で愚鈍な大軍を翻弄し勝利する”――といった、ほとんど英雄譚か兵法書の中でしか通用しないような戦術を展開。

 兵の能力を超えた無謀な指示で、当然のごとく自軍を大混乱に陥らせ、あっさりと物量差で押し切られてしまったのだ。

 

 

 

 

 そこに目を付けたのが、隣の兌州に君臨する若き野心家・曹孟徳であった。

 

「青州では反乱鎮圧の見通しが立っておらず、黄巾党の更なる脅威拡大を阻止する為、我々は現状打開に必要なあらゆる追加措置を取らねばならない。」

 

 陳留太守だった頃に曹操は黄巾党の本陣を殲滅しており、一般人に紛れて脱出しようとしていた張3姉妹を極秘裏に確保。彼女はそのツテを使い、青州黄巾党の囲い込みを狙っていた。

 無論、それだけでは無い。現実問題として青州黄巾党はたびたび曹操の治める兌州にも侵入・略奪を繰り返しており、いずれ討伐する必要はあったのだ。

 

 加えて言うなら洛陽会議によって認められた『諸侯の権利』――諸侯の領内における主権と、相互内政不可侵の原理――によって、曹操軍は軍事活動を行う大義名分を封じられており、青州黄巾党の討伐はそれを覆す格好の材料になり得る。

 

「皇帝陛下の意志を踏み躙り、世を乱す賊を放置していれば、やがて漢王朝の威光は失われてしまうでしょう。一刻も早く彼らを討伐し、漢王朝が健在である事を知らしめねばなりません。」

 

 孔融の敗北を聞いた曹操はすぐさま朝廷に対し、上記の意見を具申する。献帝を保護して以来、曹操は洛陽会議で決定された「被災地の復興支援」を盾に司隷にも軍を駐屯させ、強い影響力を維持していた。軍事力をチラつかせつつ、もっともらしい正論を説く事によって、曹操は巧みに朝廷を説得。見事朝廷から、青州黄巾党を討伐する勅命を得たのだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「ようやく勅命を得たが、むしろ問題はこれからか……」

 

「御意。四方を囲まれている我らが安全に動くには、近隣諸侯の行動抑制が最大の課題です。」

 

 中華の地図を眺める曹操と、その傍らに控える荀或。彼女達を悩ませているのは、曹操の本拠地・兌州の地理的な位置だった。北の冀州は袁紹の領土、東北には青州が、東には劉備軍の駐屯する徐州が、そして西には司隷があり、南の豫州は袁術が実効支配している。兌州には「四戦の地」という別名があるが、その名にふさわしい地政学上の脆弱さを誇っている。

 

「どういう心変わりかしらないけど、よりにもよってあの麗羽が最大の味方になるとはね……」

 

 曹操が示唆しているのは、2年前に結ばれた袁紹との同盟のことだ。事実、北の雄・袁紹との接近によって曹操陣営の持つパワーは、以前にも増して強大化している。

 猛訓練によって作り上げた強力な軍隊に、反乱を悉く叩き潰して実現した中央集権化。未だ封建制の強く残る他諸侯にはそれだけでも脅威であるというのに、豊かな人脈・資金・資源を持つ袁紹陣営との良好な関係が加わるのだ。しかも皇帝を救い出したという功績まであげており、今の中華で最も注目されている諸侯といえば、曹操を置いてほかに無い。

 

 

 しかしながら、自陣営の強大化は曹操にとって、必ずしも喜ぶべき事態とは言えない事が後に判明した。当時の曹操軍、および袁紹軍の抱えたジレンマは後世においてなお、多くの学者によって様々な研究がなされている。

 

 例えば曹操の領土――周囲を全て他州に囲まれた兗州は、常に多正面戦争の危険に晒されている。故に曹操軍が安全保障を確保する為には最悪の状況、すなわち“隣接州全てを同時に敵に回し、同時に戦える”だけのパワーを持たねばならない。実際、曹操軍首脳部はこのロジックに基づき、富国強兵政策を進めたものの、あまりにも急拡大した曹操陣営は却って各諸侯の警戒と不安を招く事となったのだ。

 

 ――つまり、隣接州全てと同時に戦争して敵を打ち破れるほど強ければ、曹操軍が隣接州1つ1つを個別に撃破する事はそれ以上に容易いということ。

 

 自国の軍拡は平和維持に必要な安全保障だが、他国の軍拡は平和に対する脅威である。なぜならば自国の軍事力は防衛の為のものだが、他国の軍事力は侵略の為のものだからだ――程度の差こそあれ、基本的には誰もが自国の軍隊は専守防衛的であり、侵略してくるのは外国の側だと思っている。

 

 すなわち曹操軍が自らの安全保証を追求すればするほど、周辺の諸侯にとっては脅威となり、対曹操連合の結成を促進してしまう。曹操軍が最悪の事態を想定して準備した事が、却ってそれが現実となるのを助長し、むしろ自身の安全を脅かす主因に変わってしまったのである。

 

 

「華琳様、私に考えがあります。ここはひとつ、袁紹にも出兵を呼びかけてはいかがですか?」

 

「青州への“黄巾党討伐戦”に、麗羽たちを巻き込むつもり?」

 

「はい。もとより袁紹陣営は青州に強い影響力を持っていますし、これまでの動きから他諸侯への介入にも積極的です。これに皇帝の勅書もあれば、袁紹の自尊心をくすぐるには十分でしょう。」

 

 袁紹はああ見えて、やはり名門袁家の後継ぎなだけあって皇室への忠誠心は人一倍強い。かつて袁家に仕えていた荀或には、袁紹を含めた袁家を説得できる自信があった。

 

「許可するわ。桂花、これより冀州の麗羽の元へ向かい、青州への出兵に加わるよう説得してきなさい。」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 1週間後――幽州、易京城

 

 

「今朝、袁術から書簡が届いたと聞きましたが……状況から察するに同盟の手紙ですな?」

 

 趙雲は諸侯のパワーバランスを思い浮かべながら、先ほどから手紙と睨めっこしている公孫賛の方を見やる。

 

 曹操が朝廷から勅命を得て、その気になればいつでも強硬策を取る気でいる事は知っていた。青州に権益を持つ公孫賛陣営としては、当然ながら見過ごす訳にはいかない。一方で袁紹は并州にまで影響力を伸ばしており、南陽郡と豫州を支配する列強・袁術からの同盟要請はまさに渡りに船と言えよう。

 

「より正確に言うと、青州の孔融も交えた3者による『3州協商』だそうだ。誰が書いたのか知らないけど、こういった回りくどい外交文書を見てると頭が痛くなってくるよ。」

 

 公孫賛はやや複雑な表情で書簡を見つめる。袁術の提唱してきた『3州協商』の内容は物資の優先的融通や、資金援助、相互貿易協定、敵対勢力に肩入れしない事など。比較的緩やかな同盟で、軍事援助などは含まれていない。

 

「どうも見たところ、連中は現状の維持に躍起になってるらしい。最近じゃ誰構わず同盟を結んで、曹操の野望を阻止しようとしているみたいだ。」

 

 袁術は一方で、孔融・陶謙との間に『3州関税同盟』なる経済同盟の締結も進めていた。現代風に言えば、多国間FTAやEPAなどに相当するもの。経済的な意味もあるが、同時に政治的な意図――曹操への牽制――も多分に含まれている。

 

 

「それはそうとして……星、公孫度の動きはどうなんだ?幽州から本格的に独立すべく、密かに軍拡を進めているという話だが……」

 

 一通り手紙を読み終えると、公孫賛は顔を上げて趙雲を見つめる。

 公孫賛を悩ませている問題の一つに、遼東太守・公孫度の独立問題があった。ここしばらくは大人しくしていた公孫度だったが、最近では鳥丸の騎兵を雇い入れるなどして、武力による対立も辞さない態度を示している。戦争も時間の問題だ――そんな噂が幽州の民の間でまことしやかに囁かれていた。

 

「残念な事に、その話は事実でしょうな。何でもこの頃、冀州から遼東に向けて大量の船が出ているだとか」

 

「冀州となると……考えられるのは袁紹か……」

 

 州境を巡り、袁紹とは長年にわたって争ってきた仲だ。ライバルの領内で起こった独立騒ぎという絶好のチャンスを逃すはずは無い。潤沢な財力にモノを言わせて、独立運動を助長するだろう。

 

「鳥丸の動きがここのところ活発なのも、やはり無関係ではないようだな。」

 

「左様。主に敵対する二つの勢力が足並みを揃えて不穏な動きを見せている事、そしてここのところ冀州から頻繁に使者が出入りしている事。これらが単なる偶然であるはずがない。裏で糸を引いている人間がいないと見る方が、よほど不自然でありましょう。」

 

 確信するような趙雲の口調は、黒幕が袁紹であることを示唆していた。袁紹とは利権がかぶっている事もあり、長年争っている不倶戴天の仲だ。公孫賛が困って一番得をする人物といえば彼女しかいない。

 

 

「その袁紹と仲が悪い諸侯といえば、やはり従妹の袁術か。敵の敵は味方、その意味じゃこの同盟は結ぶべきなんだが……。ただ、袁術はなぁ……」

 

 はぁ、と息を吐きながら公孫賛は頭をかく。

 

 袁術本人は暗愚なバカ殿という評判だし、その配下もロクデナシばかり。人間的に信用できない上、お互いの領地はかなり離れている。果たして袁紹と戦争になった時、本当に助けてくれるのか甚だ疑わしい。

 それに袁術軍は『数で押す事しか知らないダメ軍隊』との認識が一般的だし、反董卓連合戦で共に戦った趙雲の評価は“ただのカカシですな”という散々なモノだった。

 

 だが軍事的には頼りにならずとも、政治・外交・経済の面で袁術陣営と結ぶメリットは多い。漢代では政権安定のため名士を優遇するのが常であったが、公孫賛は軍事力と君主権力確立のために名士を冷遇し、代わりに商人を重用している。袁術との同盟は、自らの支持基盤の強化にも結びつく。加えて南陽商人達による金融資本は様々な弊害を孕みつつも、袁術領内で巨額の富を生み出しており、資金援助は相当な額が期待できるだろう。それに、少なくとも同盟を結んでおけば交渉のテーブルでは袁術の支持が期待できる。会議を有利に進めたければ、味方は多いに越したことは無い。

 

 

「この際、仕方無いか……。星、南陽の袁術に使者を送るよう伝えてくれ。」

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ。ここだけの話だが……曹操の筆頭軍師・荀或が袁紹の元へ内密に派遣されたらしいんだ。」

 

 荀或はかつて袁紹の下に仕えており、人脈もそれなりにある。現在では兌州の司馬、すなわち軍政の責任者を務めており、それほどの人物が単なる友好アピールの為だけに派遣されるとも思えない。

 

「それは……あまり穏やかでは無い話ですな。」

 

 趙雲は苦笑いを浮かべて、頭を抱えた公孫賛を見やる。

 

「星もそう思うか?」

 

「それはもちろん。荀或どのの役職から考えて最も可能性が高いのは、曹操・袁紹両者の軍事における協力でしょう。元々青州には袁紹系の勢力が力を持っおり、独断で曹操が青州を攻略すれば袁紹も黙ってはいないはず。」

 

「だが、曹操なら占領してから既成事実化する、ぐらいの事はやってのけるんじゃないのか?」

 

 訝しげな顔をする公孫賛。曹操は皇帝を擁している以上、律儀に交渉や会議を守る気はないだろう。確固たる軍事力もあるし、大義名分にしても皇帝の名を出せば大抵の諸侯は黙らせられる。

 しかし趙雲はにやり、と笑ってそれを否定した。

 

「ふむ、それも手ではありますが、問題は時間ですな。万が一戦争が長引けば、袁術を始めとした他の諸侯の干渉は免れますまい。袁紹陣営もそれを期待して曹操に抵抗するであろう孔融らへの支援を行い、その恩を以てして青州への影響力拡大を目指す……違いますかな?」

 

「たしかに……その展開は、有り得るな。」

 

「つまるところ、曹操単独での青州攻略は困難。となれば、袁紹を巻き込む事であちらの顔を立て、袁紹側の支持を得てから青州を迅速に占領・既成事実化を目指すものかと。

 曹操の筆頭軍師殿は、その事前調整の為に送りこまれたと見るのが妥当でしょうな。」

 

 趙雲の言葉を聞き終えると、公孫賛は大きく溜息を吐く。

 

「やはり袁術、というより反袁紹・曹操派との同盟は必要か。各諸侯が連携しなければ、あの2人の野心を抑えられない。」

 

「くくっ、“各諸侯の連携”とはまた……いえ、失礼。別に主を侮辱している訳では無いのだ。ただ、その面子を想像すると笑いが込み上げて来たもので。」

 

 おおかた反董卓連合時か洛陽会議のことでも思い出しているのだろう。にやにやと笑いながら、趙雲は口元を押さえている。

 パッと見ただけでも、会議場にいたのは現実主義者と、軍人に理想論者、脳筋、政治家、商人そしてバカ殿が約2名。あれほどグダグダでカオスな会議は中華の歴史を見ても、そう多くは無いだろう。そんな連中が連携する、などと言われたら笑いだしたくもなる。

 

 だが、勢力均衡とはそういうものだ。国力も政治体制も、そして目的すらもバラバラな国や諸侯が集まり、互いを罵り合って無駄な議論を延々と繰り広る。そして最終的には足の引っ張り合いに疲れて、一人勝ちした者が居ない事に満足して会議を終えるのだ。

 

「まぁ一時的にせよ、幽州を守る為にも外部との協力は不可欠だ。それに袁術達はともかく、袁紹とはいつか必ず敵対するはず。将来を見据えれば、保険として袁術陣営と結ぶのも悪くない。」

 

 公孫賛は言い終わると、幽州の未来を憂うように、窓から易京の街並みを見つめる。

 

 いずれ袁紹との対立は避けられず、単独で戦えば物量に押し潰されるのは必須。目の前に映る街を、洛陽のような廃墟にしないためにも、これは必要な同盟なのだ。

 

 願わくば、勢力均衡による仮初の秩序が一日でも長く続いて欲しい。

 グダグダな会議に政治家が悩まされるだけで平和が保たれるならば、いくらでも頭を抱えてやろう。

 

 

 ――そう、切に願うのだ。

 

    




 曹操って本当に場所悪いです。ドイツもそうだけど、隣接している国が多いと必要以上に警戒買いますからね。結果として他国から難癖付けられたり、逆に軍拡競争になって国民の負担が増大したりと詰みゲーです。つくづく島国が恵まれていると感じた今日この頃。

 何かご意見や感想、指摘があればよろしくお願い致します。

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