真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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 話の整合性を取るため、今まで劉璋と書いていたところを、その父の劉焉に修正しました。


43話:臨界状態

            

 司隷――

 

 洛陽と長安という2大都市を有し、歴代王朝の都が何度も置かれた中華の心臓部である。だが、その繁栄ももはや過去のものだった。

 

 先代皇帝であった霊帝は宦官を重用し、民衆に重い賦役を課して民心は完全に離反した。外戚と宦官の争いも絶えず、独立色を強めた諸侯は帝国からの独立を志向するようになる。中央へ流れる富は激減し、霊帝の崩御後に実子の劉弁と劉協との間で皇位継承争いが発生。その後は董卓軍が都を占領し、裏で操っていた張譲らの暴政によって一層衰退していった。

 

 やがて各地で中央への不満が高まり、最終的に全国から集まった反董卓連合軍によって董卓政権は瓦壊。とはいえ連合もかなりのダメージを負い、董卓軍残党の全てを一掃するには至らなかった。

 戦後に新たな秩序構築を目的とした洛陽会議が開かれるも、各諸侯が己の利益を優先したために、主目的がパワーバランスの維持へと変化。司隷は旧董卓軍系の李傕と郭巳、李儒によって共同統治される事となる。洛陽会議以降、3人は司隷を分割して統治していたが、その統治能力は皆無といってよく、盗賊を取り締まるどころか、軍が農民から略奪する有様であった。

 

 このうち、李傕と郭巳の人は幼馴染で同僚でもあり、お互いの家に宿泊する仲であった。洛陽会議後もそれは変わらず、民衆が苦しむ一方で、互いに酒宴を開き、豪奢な生活を送っていた。

 

 

 しかし郭汜が頻繁に李傕の家に外泊していた事から、郭汜の妻は夫に対する不信感をつのらせていた。郭汜の妻は、李傕が郭汜に妾を与えているのではないかと疑い、2人の仲を裂こうとしたのだ。

 ある日、郭汜の食事の中に味噌で作った偽の毒薬を混ぜ、夫が口に運ぶ直前に取りだし、あたかも李傕が黒幕であるかのように工作。結果、郭汜は妻に謀られ疑心暗鬼に陥り、李傕と対立する。同僚であった李儒が2人をなだめようとするも失敗し、ついに2人の間で戦闘が開始されたのだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ――郭巳、浮気を疑った妻に謀られ李傕と対立。司隷は内戦状態に――

 

 

 このニュースは電撃的なスピードで中華全土の諸侯に伝わり、漢帝国の心臓であった司隷は瞬く間に心筋梗塞を起こしてしまった。

 何より問題となったのは、他でもない皇帝の身柄だ。李傕らの内ゲバに巻き込まれる事を嫌った朝廷は、あろうことか并州の白波谷に割拠していた白波賊や匈奴の一派と同盟、その力を借りて洛陽への逃亡を画策する。とはいえ、異民族や山賊に守られた朝廷を、他の諸侯が放っておくはずもない。現に朝廷は、有力な保護者を必要としている。

 外交状況は盛大に下降変動し、今や全ての諸侯が司隷の一挙一投足に注目せざるを得なかった。

 

「完全に想定外の事態」 ――曹操の公式声明文より

 

「もうやだこの国」 ――劉勲の言葉より 

 

 劉勲が作り上げた洛陽体制――バランス・オブ・パワーに基づく秩序の構築では、各諸侯が話し合いによって妥協点を探り、今まで様々な紛争や領土問題を処理してきた。

 だが、それはあくまで“全ての諸侯が自領の利益を優先し、合理的に行動する”という前提があっての話。男女間のもつれが開戦理由になるなど、外交官の誰もが予想し得なかった。普段は冷静な者たちですら、この時ばかりは困惑を隠せなかったという。

 

「わけがわからないよ」 ――劉表の発言より

 

「解せぬ」 ――同僚にあてた田豊の書簡より

 

 対立の直接的な決定打となったのは、、李傕から郭汜に送られきた食事の中に毒(本当は郭汜の妻が味噌をこねて作った毒の様なもの)が入っていた事だった。つい数年前まで戦乱の世だったことは未だ諸侯の記憶に新しく、食うか食われるかの世界で生き残るべく、郭巳は開戦を決意。これに漁夫の利狙いの宮廷貴族や、皇帝を李傕達の手から解放しようとする忠臣達の思惑が複雑に重なり合い、今回の事態を招いてしまった。

 

 ただ一人『天の御遣い』のみが、いかなる情報筋によってか事を知り得ていたらしい。司隷の内紛について報告を受けた際には、“やはり歴史は変わらず、か……”と静かに呟いていたという。

 

 ともあれ、最も危惧されたのは長安にいた献帝の身柄だったが、幸いにも楊奉や董承といった一部の指揮官の働きもあり、無事に身柄を確保される。だが、都の外にいる李儒らのこともあってか、洛陽への移動は諦めざるを得なかった。長安市内に至る門という門は完全に閉鎖され、都は皇帝を守る陸の孤島と化す。

 この吉報に各諸侯はひとまず胸をなでおろしたが、状況は依然として予断を許さなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「……ふん、願ってもいない状況が向こうから舞い込んできたか。我らにとって都合のよい環境とはいえぬが、不都合ともいえぬ。故にこの機会、逃す訳にはいくまい。」

 

 考えようによっては、危機とはチャンスでもある。劉勲の作り上げた洛陽体制に閉塞感を感じていた諸侯は、これを機に一挙に状況を打開しうようと画策する。

 

 冀州の州都・南皮では、早速この動乱を利用すべく会議が開かれていた。袁家は自身も名門の出身であることから、基本的には名士優遇政策をとっている。世論の形成者であり、官僚でもあり地元豪族でもある名士を優遇することで、権威と支配地域の安定が得られるからだ。

 

(ここ、冀州は北・西・南の3方を囲まれている。最悪3正面作戦の恐れがある我らにとって、支配地域の安定は最重要課題。そのために名士の支持は何としても得なければならん)

 

 基本的に名士たちの理念は「漢王朝の健全化と復興」であり、田豊は皇帝を保護する事によって彼らの支持を得ようとしていた。

 

 

「田豊さん、ずいぶんと張り切っていますわね。何か楽しい事でもありましたの?」

 

 一方で謁見室の玉座に座り、退屈そうに頬杖をついている女性の名を袁紹という。従妹の袁術と並ぶ、名門袁家の当主候補でもある。

 

「司隷で戦闘があり、今や全ての諸侯がその行く末に注目しております。念のため我が軍にも動員をかけるべきかと。」

 

「動員?戦争でも始めるつもりですの?」

 

「場合によっては」

 

 田豊は間髪入れずに即答する。

 

「今回の件、時間が勝負です。かの曹操はなど既に、皇帝陛下の身柄の安全確保を名目に動き出しているとか。そればかりでなく、益州や西涼でも怪しい動きがあるととの情報を得ております。出遅れれば、司隷は諸侯の草刈り場と化すでしょう。」

 

 特に益州牧・劉焉は、長男・次男・四男が長安で献帝に仕えており、内乱への介入はほぼ確実だ。馬騰を首領とする西涼連合も司隷西部に強い影響力を持っている以上、これを座して見るという選択肢は無い。

 

「よっしゃ、もっかい司隷に殴りこむんだな!さっすが田豊のじーさん!」

 

 袁家の2枚看板の一人、文醜はガッツポーズを決め、すでにノリノリである。

 

「文ちゃん、だから長安には皇帝陛下がいるんだよ!?乱暴な事は止めた方がいいって」

 

 同僚をおさえながらも、顔良の方はやや緊張気味。なんといっても司隷は皇帝のお膝元、そこで内戦が始まったとなれば一大事だ。得られるものも大きい反面、わずかな手違いが命取りにならないとも限らない。

 

「左様。開戦を決意なさるには、いささか気が早いかと。迂闊に行動を起こしても、得られるものはありませんぞ。」

 

「まどろっこしいのは苦手ですわ。何か考えがあるのでしたら、はっきり言いなさい。」

 

 政治家特有の回りくどい言い方にしびれを切らした袁紹は、詰問するように田豊に詰め寄る。

 田豊は一礼すると、今後の予想とそれに対して袁家の取るべき方法を語った。

 

「何より先に対処すべきは、血気にはやる曹操を置いて他にありますまい。

 かの者が持つ、軍事の才は確かなもの。加えて彼女の治める兌州は治安も良く、経済規模でも司隷を上回るかと。我らが捨て置けば、一番に皇帝陛下の元へ辿り着くのは間違いなく曹操であろう」

 

 曹操が優れた戦略家であり、戦術家でもある事は、反董卓連合戦の実績から明らか。李傕と郭汜も自身はそれなりに有名な軍人だが、配下に有能な人間が少なく、兵に至っては質・量ともに曹操軍に劣っていた。

 更に田豊が指摘したように、国力では明らかに曹操の方が勝っている。そもそも司隷は人口が兌州より100万人ほど少ない上に、主要なインフラ等が戦乱で完全に破壊されていた。李傕らにも統治能力は無く、長安ですら盗賊や死骸が溢れ返っているほどだ。

 

「……華琳さんはこの動きを予想していらしたのかしら?」

 

「恐らく、ある程度までは。公式声明では“想定外”などと言っておるが、それにしては都合が良過ぎる。何事にも聡いあの小娘のこと、いずれ司隷で内紛が発生する事を考慮していても不思議はありますまい。」

 

 袁紹の問いに、忌々しげに答える田豊。青州への出兵が完全なブラフだったとは考えにくいが、あの曹操ならば袁術あたりが干渉してくる事も予想できていたはずだ。

 ならばどう転んでも良いよう、保険を複数掛けていたとしても不思議はない。今回の件も、その保険の一つが成功したというのに過ぎない――という可能性(・ ・ ・)はある。……流石に男女間のもつれが原因で内紛が発生する、とまでは予想していなかっただろうが。

 

 

「なーなー、じーさん。曹操に抜かされるのが嫌なら、先にあたしらで陛下を保護すればいいんじゃねーか?あたしもそろそろどっかでひと暴れしたいしなー」

 

「……文ちゃん、絶対に自分が戦いたいだけだよね?」

 

 文醜の内心はともかく、曹操より先に皇帝を確保するというのも一つの手ではある。だが田豊、いや袁紹陣営にはそれが出来ない理由があった。

 

「確かに、それも一つの案ではある。だが……残念ながら、我らにはまだ戦争の準備が出来ていない。初期動員完了まで、一番少なく見積もっても一ヶ月半はかかる」

 

 この時代において、軍とは常備軍では無い。わずかな親衛隊などを除けば、軍は基本的に傭兵や豪族の私兵をかき集めることで、始めて成り立つ。つまり袁紹がこの場で開戦を決意しても、必要な兵士が集まるのはずっと先の話になってしまう。

 

「片や曹操はかねてから青州黄巾党を討伐するという理由で、動員が既に一度完了済み。青州出兵の中止に伴い段階的に平時編成に戻している途中だったが、情勢の変化によって動員解除を停止し、まだ動員が解除されていない兵力をそのまま西の司隷方面へ振り向けたとか」

 

 豪族を冷遇し、中央集権化と軍事力の拡大を図った曹操軍は、ただでさえ動員速度が他国より素早い。まだ動員解除されてない部隊はそのまま投入できるし、一度動員したノウハウがあるため再び地方から兵士を動員するのも早いだろう。ゆえに兵士の動員速度では、曹操に敵わないと田豊は結論付けた。

 

「それに公孫賛の動きも気になる。長年敵対してきた彼女のこと、我らの目が司隷に注がれた隙に、何かしら仕掛けてこようと不思議はない。

 ただでさえ兵が不足している中で、公孫賛に備えつつ、司隷に攻め込むという2正面作戦は愚行の極み。かといって片方に力を注ぎ込めば、もう片方を失う事になる。

 それならいっそ――」

 

 そこで田豊は一呼吸した後、再び口を開いた。

 

 

「――新たな皇帝を即位させればよい」

 

 

 ゆえに、わざわざ急いで危険に冒す必要は無い。田豊はそう述べた。

 それはつまり、場合によっては現皇帝が死んでも構わないということ。これには流石の袁紹も絶句する。

 

「でっ、田豊さん!?あなた何を考えていらっしゃいますの!?そんな、皇帝陛下を……」

 

「例えばの話です。姫様が以前推薦した劉虞殿ならば、適任でしょう。」

 

 劉虞というのは皇族の一人で、三公の一つである大司馬にもなったほどの人物だ。もともと袁紹は現皇帝である劉協ではなく、劉虞を皇帝に推していた。現在は幽州に赴任しており、反公孫賛派として袁紹とも協力関係にある。

 

「皇帝陛下に関しては、我々で確保できれば申し分ないが、無理に確保せずとも奪われなければそれでよい。仮に亡くなられたとして、こちらで別の皇帝を用意すれば良いだけのことだ。」

 

 言い方は悪いが、現皇帝……つまり献帝は替えの利く人間だ。皇族の血を引いているという生まれが大事なのであって、皇帝本人に価値があるわけれは無い。皇族の血を引く者が残っていれば、ばっさり切り捨ててもどうにかなる。実際問題、諸侯に先んじて皇帝を奪取し、安全な場所で保護するのには多大な労力を必要とするが、暗殺なら遥かに少ない労力で済む。

 曹操ら他の諸侯にその身柄を渡すぐらいなら、いっそ皇帝ごと死んでもらった方が袁紹陣営にとっては好都合なのだ。

 

「無論、これもあくまで選択肢の一つ。しなくて済むならそれに越したことはありませぬ。――いずれにせよ、我らにとって最大の問題は、他の者が袁家を超える権力を握ること。そして今、まさにそれが現実になろうとしているのです。それだけは、何としても防がなければなりませぬ。」

 

 一通り説明を終えると、田豊は袁紹の答えを待つ。進軍速度では曹操に勝てない事が分かったらしく、袁紹はおもむろに口を開く。

 

「まっ、まぁ、陛下の話はともかく……華琳さんに先を越されるのはわたくしとしても許す訳にはいきませんわ。」

 

 身も蓋もない田豊のマキャベリズムにドン引きしながらも、とりあえず要点だけは掴んだ袁紹。皇帝については保留にしたものの、ひとまず自領を公孫賛から守りつつ、曹操の活動を抑える、という戦略目標では彼女も合意した。

 

「これ以上、あのちんちくりんな小娘ばかりにいい思いをさせてたまるもんですか!華琳さんが陛下を救出するのを華麗に妨害しなさい!」

 

「“華麗に妨害”って……」

 

「何でも“華麗に”って付ければカッコよくなると思ってるからなー、姫は」

 

 2人の言葉を聞いて顔を少々引きつらせながら、袁紹は話を先に進めようとする。

 

「とっ、とにかく!まずは全力で華琳さんの邪魔をしますわよ!」

 

「えいえいおー」「おー」

 

「あなた達、本当にやる気はあるんですの……!?」

 

 こめかみに青筋を浮かべ始める袁紹。従妹の袁術もそうだが、全体的に袁家の当主は部下からの扱いが軽い――もっとも、尊敬されるような功績がない、と言われればそれまでの話ではあるが。

 

(若いな……だが、その若さと元気が羨ましくもある)

 

 賑やかに騒ぐ彼女達を見て、田豊はふっと柔らかい表情を一瞬だけ浮かべる。既に高齢の田豊から見れば、3人ともまだまだ子供だ。――自分にも孫娘がいれば、あんな感じなのだろうか。

 

 小さく頭を振って、田豊は思考を切り替える。

 

(曹操を抑える為とはいえ、表だって非難するのは不味い。下手に不興を買えば、あの小娘の矛先がこちらに向くやもしれぬ。)

 

 前回、青州問題で曹操とは一悶着あったばかりだ。客観的に見て袁紹側に落ち度は無かったとはいえ、問題の当事者は主観的にモノを見てしまうもの。袁紹陣営が青州出兵に反対した事は、曹操陣営では裏切り行為として見なされていた。

 その騒ぎの熱も冷めないまま、今回の騒動だ。立て続けに2回も曹操軍の行動にいちゃもんをつければ、向こうは間違いなくこちらを敵対勢力と断定するだろう。

 

 袁紹陣営としては曹操を刺激せずに、彼女の侵略行為を止めるという高度な戦略目標を達成せねばならない。

 

「姫さま。曹操を抑える為にも、ここは他の諸侯と会議を開く事を提案します。場所はここ、南皮で。」

 

「ふむふむ、それから何ですの?」

 

 袁紹は純粋に興味がありそうな様子で田豊に問いかける。

 

「何だと思いますかな?我らの本拠地、南皮に諸侯を集めて会議を開く利点とは?」

 

「……田豊さん、このわたくしを試してますわね?」

 

 田豊は子供になぞなぞを教えるように、勿体ぶった言い方で袁紹に質問する。袁紹はむっ、とした様子でむくれるも、珍しく必死に脳を動かす。

 

「……諸侯に会議……南皮……」

 

 一人でぶつぶつと呟く袁紹。反董卓連合戦の後、田豊ら家臣達の努力もあってか袁紹は為政者としてゆっくりと、だが着実に成長していた。たしかに頭の出来は良くは無いが、一方で部下をよく信頼しその進言に素直に従うといった長所も持ち合わせている。曹操に対する子供っぽい対抗心も、悪い方向に向かわなければ向上心へと繋がり得る。

 

 田豊は袁紹のそういった面を好ましく思いつつも、今回は敢えて自分で考えさせる事にした。素直さは長所なのかも知れないが、もう少し自分の頭で思考する訓練をして欲しい。有能な部下が常に得られるとは限らず、また部下同士で意見が割れる事もあり得る。自分の力だけで袁家を引っ張っていかねばならない場面に出くわした時、最後に頼るべきは自分の頭なのだから。

 

「会議をここ、南皮で開くという事は……」

 

「ということは?」

 

 会議というものは、一般的に開催した国あるいは組織の人間が、議長となるのが慣例だ。議長は各参加者の利害を調整し、円滑に会議を運営することが仕事。

 

「(どう考えても、麗羽さまじゃ“円滑な会議の運営”とか無理な気が……)」

 

 袁紹には悪いと思いつつも、内心で失礼なことを考える顔良。とはいえ、あの田豊がその程度の事を計算に入れてないとも思えない。何か考えがあるはずだ。

 

 

「ッ!……分かりましたわ!」

 

 突然、袁紹が大声を上げる。

 

「逆に考えますのよ!つまり、会議を開いて――長く延ばす、ですわね!」

 

「開いて薄く延ばす?」

 

「文ちゃーん、それじゃ鶏肉料理の下準備みたいだよ……」

 

 袁家の二枚看板をよそに、田豊は満足そうにうなずく。

 

「おっしゃる通りです。会議に参加している間は、流石の曹操も勝手な行動はしますまい。」

 

 簡単に言うと、会議を長引かせて時間稼ぎしようという話だ。

 

 国際会議では通常、スマートに問題を解決すれば開催国の名望は高まる。それゆえ一般的には国際会議の開催国は出来るだけ短期間で成果を出そうと躍起になるのが通例。

 だが、現実はそう甘くない。利害の一致しない出席者全員の意をくみ、妥協を重ねて合意形成に持っていくなど並大抵の労力で出来るものでは無い。かつての洛陽会議でも、諸侯の席順を決めるだけでも一週間近く揉めたという逸話すらある。ならば問題が解決しないことを前提に、曹操を会議に招いて時間を稼げばよいのだ。

 

「会議が終わらなければ、曹操も開戦することは不可能。逆に、参加しないまま単独で司隷を独り占めしようものなら、その時は反曹操連合が出来上がるまでのこと。――お見事。流石でございます、姫様。」

 

「おーほっほっほ、それほどでもありますわよ!」

 

 田豊に褒められたのがよほど嬉しかったのか、盛大に高笑いを始める袁紹。田豊の考えの全てを読み取った……とまではいかないだろうが、普段のバカ殿っぷりを知る家臣達から見れば、十分な成長に見えた。

 

 

 ◇

 

 

「さて……残るは仕事は2つか。まずは同盟諸侯の選定をせねば」

 

 未だに高笑いを止めようとしない袁紹を眺めながら、田豊は既に次の工作へと思考を巡らせる。

 会議を思い通りにコントロールしようと思えば、当然ながら多数派工作が必要になる。外交の実績から言えば袁術陣営が思い浮かぶが、3枚舌を駆使するような連中をアテにするのは危険だろう。

 

 つい最近も曹操包囲網の形成を煽っておきながら、自分達だけは勝手に曹操と不可侵条約を結んでいる。各諸侯の対立を扇動しながら、当の本人は高見の見物を決め込んで平和と繁栄を謳歌……露骨な覇権主義を展開する曹操よりも、ある意味タチが悪い。

 出来ればもっと御しやすく、洛陽にある程度の利害を持ち、なおかつ自軍より若干弱いぐらいの力を持つ諸侯が望ましい――田豊はそう考えていた。

 

「……残るは、北への備えだな」

 

 後顧の憂いを断つには冀州の北、幽州を拠点とする公孫賛の動きも封じなければならない。たとえ皇帝を確保しても、本拠地を失ってしまえば本末転倒。諸侯会議を開くにしても、ほぼ敵に回ることが確実な相手が出席しないに越したことは無い。実際に彼女がどう動くかは分からないが、常に最悪の事態を想定して対策を練るのは政治家の仕事だ。

 

「ここはひとつ、異民族でも釣ってみるか……」

     




 今回は主に袁紹サイドの話です。袁紹の戦略課題は

 ①曹操に先越されないように、諸侯会議で時間稼ぎ
 ②ただし会議で主導権を袁術とか曹操に握られると困るので、サクラを用意
 ③仲の悪い公孫賛は動きを封じておく
 ④最後の手段として、困ったら皇帝の命を(ry

 ちなみに史実の袁紹は新皇帝に劉虞を擁立しようとして、当の本人に拒絶されるとか……

 あと李傕と郭汜の争いって、稀に見る珍事件ですよね。史実だと、2人とも仲間割れするまでは徐栄とか馬騰とか劉焉とかいろんな武将打ち破って光っていたのに……。段々巫女さんにハマったり変な方向に行ってしまったのが残念です。

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