真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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 ※最後の所に少し追加した個所があります。あとサブタイトルも変更(1/10)
  
 


44話:再起動

「……というわけで、私たちと同盟を結びませんか?」

 

 あれから一週間後、田豊から命を受けた顔良は西涼に派遣され、州都・武威にて馬騰との交渉が行われていた。

 

「い、一緒に内乱を鎮圧して、苦しんでる司隷の民衆を助けましょう!」

 

 経験不足ゆえか、いかにも覚えたて、といった口調で一気にまくしたてる顔良。“苦しんでる民衆を助けましょう”とか、不審な事この上ない。

 

 洛陽会議で決められた事の一つに、荒廃した洛陽をいかに復興するかがあった。結局、恩賞金の分配など諸侯の利害が複雑に絡み合った結果、復興作業は曹操と馬騰が担当する事となる。2人にはそれ以外にも宮廷の警備など様々な権利が与えられたものの、もちろんバカ正直に斜陽の漢帝国の為にせっせと働くはずもない。司隷を我がものにせんと、水面下で互いに争っていた。

 

「同盟かぁ……それで、ウチらには何の得が?もっとも、そっちの言葉がパチモンじゃなければの話やけどな」

 

 傍らの椅子に座ったまま、張遼が胡散臭げに問いかける。彼女は現在、馬騰軍の騎兵隊を率いているが、もとは董卓軍の将。かつて袁紹陣営の策謀によって悪役に仕立て上げられ、まとめて殺されかけたのだ。多少の私怨混じりの不信感を抱くのも仕方無い。

 だが、顔良は張遼の言葉をやんわりと聞き流し、ターゲットを馬騰のみに絞る。彼女さえ説得出来れば、所詮一将軍でしかない張遼がなんと言おうと問題ない。

 

 馬騰は先ほどから友好的な笑みを崩していないが、実の所こういった本心を表に出さない相手の方が厄介といえる。もっとも沈黙を保っているという時点で、状況を静観しながら最後に勝ち馬に乗ろうという魂肝が見え見えだが。

 そんな彼女にエサを与え、釣り上げるのが今回の顔良の仕事だ。

 

平和維持活動(・ ・ ・ ・ ・)への参加により、司隷の秩序を回復させたあかつきには、その功績をもって馬騰殿を正式に涼州牧へ昇格させるよう朝廷に陳情することを約束します。もちろん、報酬もはずみましょう。」

 

 顔良はストレートに報酬をチラつかせる。

 馬騰は涼州における事実上のトップだが、正式な州牧ではない。これは彼女の母親が羌族の出身であり、ハーフである馬騰の州牧就任には多くの保守派が反対していたためだった。

 

「我が主君、袁本初様は異民ぞ……いえ、“漢帝国の周辺民族”との融和を目指しております。彼らと漢人との融和は、馬騰殿にとっても望ましい話ではないでしょうか?」

 

 実際、袁紹が東夷や西戎と呼ばれる異民族に対して、友好的な態度をとっているというのは事実だった。幽州の北に住む遊牧民、鳥丸には印綬を与えるなどして、友好関係を保っている。鳥丸は幽州の国境地帯を巡って長年公孫賛と対立しており、同じく公孫賛と争っている袁紹とは軍事同盟すら結んだという。

 自身が羌族とのハーフでもある馬騰は、かねてから漢人と異民族の融和を唱えており、列強の一角である袁紹の支援は大きい。

 

「うーん、申し出は嬉しいんだけど……」

 

 なんとも微妙な苦笑いを浮かべる馬騰。

 

「なんていうかねー、前にもどっか似たような話あったわよねー?」

 

「(ぎくっ……!)」

 

 笑顔で迫ってくる馬騰を、心なしか青い顔で迎える顔良。

 

「今、話題沸騰中の李傕と郭汜って、確か長安周辺で争ってた気がするんだ。要するに私たちが皇帝陛下を助ける為には、まずあの2人を潰さなきゃダメなの。

 でも、戦ったら仮に勝っても兵力減っちゃうし、そうなると曹操が奪いに来ても自力で守れない……つまり、誰かの助けがいるのよねー。」

 

「そっ、それで?」

 

「ぶっちゃけ面倒な戦闘はこっちに押しつけて、恩を着せて皇帝だけかっさらう気でしょ?」

 

「ナンノコトデスカ?」

 

「……なぁ、顔良。悪い事は言わん、嘘はつかんといた方がええで。」

 

 対峙する2人の女性。蛇に睨まれた蛙とは、まさしくこの事か。どちらも営業スマイルを維持し続けているが、その優劣は明らかだった。張遼は頭の後ろで手を組みつつ、ニヤニヤ笑いを抑えきれずにいた。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「そうだよね?」

 

 馬騰は口調こそ柔らかいが、眼光が危ない色をしている。顔良は作り笑いを顔に張り付けたまま、その場で固まる事しかできなかった。

 

「(ごめんなさい、田豊さん。普通にバレてました。)」

 

 馬騰に李傕らの相手をさせ、皇帝を狙う曹操と反目させる。そうやって稼いだ時間を使って軍を編成し、武力を背景に“公平”に仲介すれば良い。たとえ馬騰軍と曹操軍が戦闘になっても――それで両者が疲弊すれば儲けものだ。どちらにせよ、時間さえ稼げれば袁紹に有利な展開となる……馬騰の語った推測は、まさに田豊が狙ったシナリオだった。

 

(どの道、司隷はいずれ戦場になります。会議での引き延ばし戦術など、所詮は問題の先送りに過ぎません。諸侯もそれを承知で参加して、準備が整えば即離脱する……かといって、わたし達だけで攻め込むのも非現実的ですし……)

 

 顔良は思案する。劉勲の作り上げた洛陽体制の本質とは、足の引っ張り合いだ。今は一人勝ちに近い曹操がやり玉に挙げられているが、袁紹が一人勝ちに近づけば皆こぞって敵に回るだろう。今回の場合なら曹操に使ったのと同じ手法、すなわち諸侯会議によって動きを妨害されるはず。しかもその先鞭をつけたのは、他ならぬ袁紹なのだ。まさか断るわけにもいくまい。

 ゆえに顔良たちは、同盟者を必要としていた。そこそこの軍事力を持ち、自分達と利害が相反せず、ある程度制御可能な諸侯――それが馬騰だった。

 

 

「やっぱりねぇ……まぁ、別にこのぐらいで恨んだりはしないから安心して。別に私は皇帝陛下をどうこうしようとまで考えてないから。」

 

 流石に脅し過ぎたと反省したのか、馬騰は表情を緩める。相手を利用して使い捨て――その程度の話は政治の世界では日常茶飯事だ。

 

「といっても、確かにこのまま曹操に司隷をとられると、私たちも交易とかで困っちゃうのよねー。うちの家計と同じで、基本赤字だから。まったく、ビンボーってやーね」

 

「姐さんとこの家計、赤字やったんか?」

 

「逆に聞くけど私と翠ちゃん、家計簿とかつけるような女に見える?」

 

 だしぬけに真面目な顔で見つめられ、張遼は何とも言えない表情になる。

 

「まぁ……言われてみれば確かに、あんたら親子じゃ無理そうやな。」

 

「ちなみに主な借入先は月ちゃんと、後は音々音ちゃんよ♪」

 

 ついでにサラッととんでもない事をのたもう馬騰。友人、それも自分よりずっと年下の少女から金借りるとか、健全な大人のやる事とはとても思えない。

 

「賈駆っちがいたら翠もろとも、確実にシバかれてたやろうな。ホントありえんわー」

 

 まぁ、2人ともそこまで浪費家でも無いから、借りたといっても恐らく小額だろう。ただ、社会常識的にいろいろダメだろ、と思う張遼であった。

 

「……つか、借金返せるんか?」

 

 むしろ返す気あるのか。

 

「たいじょぶ、たいじょぶ。そのうち利子までつけてちゃーんと返すわよ!」

 

「その自信たっぷりな様子が、ウチは逆に不安や……」

 

「いつか翠ちゃんが」

 

「最低やこの母親っ!?」

 

 馬家の家計はともかく、もともと西涼は豊かな土地ではない。シルクロードを通じて砂漠の彼方にある国と高級品を取引したり、やせた土地で家畜を細々と放牧して食いつないでいる人間がほとんど。

 税収は少ない上に安定せず、しかも異民族との慢性的な戦争が財政事情を圧迫している。たまに収入が増えても、すぐに異民族との戦費で消えてしまい、民間には一向に還元されず、それが更に貧困を促進するという悪循環。

 

「まっ、それも洛陽体制が完成するまでだけどね」

 

 ふと思い出したように、馬騰は付け加える。

 5年前、董卓を助ける条件として、彼女は劉勲と協定を結び、袁術陣営との接近を図っていた。お互いに関税を撤廃した結果、取引量は年々拡大し、物資不足に喘いでいた西涼にもあらゆる商品が並ぶようになる。自由貿易によって穀物生産は大打撃を受けたものの、代わりに比較優位にある畜産や羊毛産業、西域との中継貿易が発達し、何より経済規模そのものが拡大したことは西涼人を物質的に豊かにした。

 

「そして西涼と南陽を結ぶ街道が通るのはここ、司隷なのよ。万が一にも切断されたら、こっちは堪んないって事は分かるでしょう?」

 

 ふと真面目な顔に戻った馬騰の問いに、顔良もこくりと頷く。

 

「最大の貿易相手との通商経路を断たれれば、経済的には大打撃。しかも自由貿易と分業によって穀物などを南陽に依存しているから、場合によっては餓死者すら出かねない……」

 

「そっ。だから、司隷は誰にも渡せないの。食料なんてウチじゃほとんど作れないし、作っても売れないしねー」

 

 朗らかに答える馬騰。だが、その裏にどれだけの苦悩があったことか。

 法家・農家・儒家の思想によれば「富の源泉は農業であり、国の要」とされている。それゆえ中央から派遣された文官達の中では、農業重視・食糧自給率の向上が思想の主流を占めていた。しかし馬騰ら西涼人に言わせれば、そのような考えは現実を無視した理想論そのもの。砂漠と草原が大半を占める西涼ではどうあがこうとも、豊かな土壌に支えられた中原や江南の農業に敵わない。

 

「私たちは貧乏だから。等価交換――何かを得るには別のものを犠牲にしなきゃいけない。何でもかんでもムラなく自給自足ってのは無理なのよねー」

 

 補助金漬けにしてゴリ押しで自給率を上げろ、という話もあったが、その為の資金を捻りだすには増税せざるを得ず、結局負担が民へ行く。同じように関税で輸入品を追い出したところで、輸入すればもっと安く手に入る商品を必要以上の金を払って買わざるを得ない。こういった余計なコストは最終的に国民所得と購買力を押し下げ、生活レベルを低下させてしまう。

 劉備達のように「国内産業が未発達だから、十分な競争力をつけるまでは保護が必要」との意見もあるが、補助金と高関税に守られた農民に生産意欲が湧くはずもない。しかも大抵の場合、貿易相手から報復措置を取られて国内輸出産業が壊滅する。徐州のように、もともと生産性の高い土地なら多少の非効率には目を瞑れるが、西涼ではその数倍の負担がのしかかってしまう。

 

 結局のところ、農業の基本は『適地適作』であり、その原則からかけ離れた農業はいずれ限界が来る。だから土地が痩せていれば第2次・3次産業に特化させ、それで稼いだ資金でもって1次産品を輸入する――それこそが、持たざる者が生きる知恵。必要なもの全てを自力でまかなうなど、資源大国の驕りでしかない。

 

「だからね、仮に曹操を追い払ったとして、次にあなたの主君が司隷を占領したりすると、それはそれで困るの。私たちは絶対に“通商の自由と安全”を確保したいって事、分かってくれた?」

 

 馬騰の話に顔良はなるほど、と首を縦に振る。

 つまり、彼女は間接的にこういっているのだ――協力して欲しければ、将来的に交易の安全を確保できるようにしろ、と。

 

 顔良は顎に手を当て、考えるようなポーズを取る。

 実のところ、この要求は田豊との打ち合わせで既に予想されていた。

 

 外交交渉の基本は、相手の望む物を提供すること。相手の実情をどれだけ理解できるかが、成功のカギとなる。その点、田豊が今回の交渉に望むべく用意した切り札は、馬騰の抱えている諸問題を一気に解決するものだった。

 

「……ここだけの話ですが、我々には必要な()()を提供する用意があります。」

 

「どういう事かな?」

 

「そちらに皇帝陛下をどうこうする気が無い限り――馬騰殿に『征西将軍』および『西域都護』の位が与えられるよう、宮廷で取り計らうとのことです。」

 

 ガタッ、と傍らで張遼が身を乗り出した音がした。馬騰は表情こそ変えなかったが、わずかに息を飲んだのを顔良は見逃さなかった。

 

「それは……一考の余地があるわね。私たちは兵士を、そっちは官職を。それぞれ取引、か」

 

 征西将軍とは、涼州および司隷西部における最高指揮官の事を言う。現代風に言えば大将クラスの方面軍司令官であり、司令部たる征西将軍府は長安に置かれるのが常であった。

 一方の西域都護とは、西域を統括する事を目的に作られた官職であり、西域の道路全般と屯田の管理、交易の保護が主な業務。加えて先の話にあったように馬騰が正式な涼州牧になれば、名実共にに西涼の支配者だ。

 

「一考の余地どころの話やないで!洛陽が半壊した今、漢の実質的な首都は長安や!そこの軍と西域を統括するっちゅうことになれば……!」

 

 ――事実上の独立国すら打ち立てられる。

 

 そうなれば、もう中央の都合で振り回される事もない。交易の安全は勿論、辺境の民であるがゆえに腐敗した中央官僚や宦官に苦しめられる事もなくなるのだ。それは不当な搾取に喘いでいた、西涼人全員の願いでもあった。

 また、羌族とのハーフである馬騰は、中華に住む全ての異民族の希望でもある。彼女が西域の統括を一手に担う事になれば、漢人と異民族との融和は大きく進むだろう。

 

 それだけに、事は入念に進めねばならない。馬騰は高揚する気持ちを抑えながら、慎重に言葉を選んだ。

 

「……軍の動員については、私の一存でどうにかできる問題じゃない。けど、諸侯会議では必ず(・ ・)袁紹の支持を約束する。とりあえず、こんな所で今日は手打ちにしない?」

 

 外交交渉で“必ず”という言質を取った意味は大きい。馬騰本人がはっきりと明言した以上、少なくとも諸侯会議における涼州の支持は取り付けたことになる。逆に言えば、ここまでが彼女にとって譲歩できるギリギリのライン。これ以上の要求は高慢と取られるだろう。

 この辺りが落とし所だと判断した顔良は、馬騰に一礼し感謝の言葉を述べる。

 

「高名な馬騰殿の英断、感謝いたします。袁紹様も喜ばれるでしょう。派兵については、こちらも急かす気は一切ございません。満足のいくまで検討なさってください。……ですが、なるべく早い方が袁紹様も喜ばれるということも、覚えておいて下さい。」

 

 

 数日後、武威を去った顔良は南皮に帰還する。司隷に大きな影響力を持つ馬騰からの支持を得た事は、諸侯会議で曹操に対する大きな抑止力になるはず。袁紹陣営は田豊の策に従い、着々と外交上における立場を強化していった。

 

 同じように各地の諸侯の下には、次々と司隷の内乱を伝える報告書が届けられる。政治と外交、軍事と経済。混沌とする状況の中、それぞれの諸侯が異なる思惑を胸の内に秘め、次なる一手を打とうとしていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 幽州、易京城――

 

 

「なぜだ……なぜこうなったんだ……」

 

 自身を取り囲む状況に、公孫賛は一人、絶望していた。窓の外に目を向ければ、いたるところに羊毛で作られたテントが見える。この地方で、そういった移動式家屋を使う人々は決まっている――鳥丸族と呼ばれる、遊牧民だ。

 

「ふむ、現状はまさに四面楚歌。相当マズい状況だと言わざるを得ないでしょう」

 

 目を閉じた状態の趙雲がうんうん、と首を縦に振る。彼女の言葉通り、公孫賛軍はリアルタイムで絶賛戦闘中。文字通り孤立無援の状態で、完全に包囲されていた。

 

「なんとなく、こんな状況になるような気はしてたんだよなぁ…ハハハ……」

 

 虚ろな目で宙を見つめる公孫賛。

 袁紹は後顧の憂いを断つべく、公孫賛と長年に渡って戦い続けたライバル、鳥丸族へ大規模な援助を実施する。多額の資金と武器を得た鳥丸はすぐさま侵攻を開始し、前々から独立の動きを見せていた遼東太守・公孫度と劉虞を始めとする反体制派が呼応。公孫賛軍が鳥丸討伐に向かったタイミングを見計らい、ドサクサに紛れて反乱を起こしたのだ。

 自身の運の無さは自覚していたが、こうも不運が積み重なるとは予想外だった。

 

「司隷での内乱を、かつて三公を輩出した袁家が見過ごすはずが無い。当然その他は手薄になるから、今度こそ青州で巻き返す時だと思っていたのに……」

 

「――見事にしてやられた、といった感じですな。まぁ、確かに時期が悪かったと言えばそうでしょうが」

 

 李傕が内戦を起こした直後、公孫賛は公孫範、田楷の2人の将を青州へ派遣している。狙いは青州における影響力強化と袁紹への牽制。2人とも貴重な司令官クラスの人材だったが、実際に軍隊を送ったわけでは無いため、他の諸侯から警戒を買うような事は無い。だが国の要人を派遣したという事実は残り、それは青州を同盟相手として重視しているというメッセージになる。

 また、袁術と同じく公孫賛の支持基盤は商人だ。青州への介入の裏には、『3州協商』――青・幽・豫の3州間で結ばれたFTA――の中で主導権を握り、交渉を幽州に有利に進める事で、領内に住む商人の支持を得ようという計算も含まれていた。

 

「青州に恩を売ると共に袁紹を牽制し、領内の支持基盤も固めるという3重の策。悪くはありませぬが……最大の誤算は、袁紹が諸侯会議を招集した事かと」

 

 公孫賛に限らず趙雲も、袁紹は真っ先に司隷に出兵するものだと考えていた。彼女の性格から考えて曹操に抜かれる事は認められないであろうし、動員で後れを取っている以上、幽州への対応は後回しにせざるを得ないだろう、と。

 だが予想と異なり、袁紹陣営は諸侯会議による時間稼ぎ戦術を採用。今はまだ召集段階とはいえ、曹操の動きを一時的に封じる事に成功。しかも田豊の策はこれに止まらず、ほんの僅かに出来た時間的余裕すらも活用して公孫賛を追い込んだ。

 

「かねてから袁紹が、裏で反体制派を支援していることは知ってたんだ。だからこそ、向こうが仕掛けてくる前に打って出ようと思ったんだが……。何故こうも思惑が裏目に出る……」

 

 ままならぬ現実に、公孫賛は頭を抱える。

 もちろん彼女とて、領内の警戒を怠っていたわけではない。自慢の白馬義従1万騎を含む、5万の兵士を指揮下に置いていた。しかし南の袁紹が北上してくるリスクを考えれば、どうしても主力部隊は幽州南部に貼りつけねばならず、その他の正規軍も異民族対策に回されてしまえば、残るは二戦級の部隊ばかりとなってしまう。

 しかも司令官クラスの人材を2人も青州に派遣してしまったこともあり、連鎖的に起こった反乱の鎮圧に四苦八苦しているのが現状だ。「敵の敵は味方」の論理で袁紹に支援された反乱軍は、鳥丸や鮮卑といった異民族と手を組み、圧倒的兵力差で公孫賛を包囲していた。

 

「……」

 

「……」

 

「まっ、まぁ、この易京城が落ちる事は無いだろうけどなっ!」

 

 ネガティブな気分を振り払うかのように、公孫賛は努めて明るい声を出す。

 

「――なんせ食料300万石、塹壕10段、高さ6丈の城壁十数層、無数の楼閣、本丸の高さは10丈を超える……軽く10年は籠城出来ると評された、完璧な城塞だぞ!?」

 

「我が主よ……何故かそのうち城塞ごと崩落するような気がしたのは、気のせいだろうか?」

 

 誇張もだいぶ混じっているだろうが、公孫賛の籠城する易京城は、中華でも屈指の頑強さを誇る難攻不落の城塞。今すぐ落ちるという事もない。とはいえ、あまり反乱が長引いて出費が重なるようだと、民心まで失いかねない。

 

「いずれにせよ、これ以上、外の騒乱に関わっている余裕はありませぬ。まずは領内の反乱を何とかせねば」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 一方、宛城でも緊急会議が開かれ、人民委員を始めとする政府要人が集まっている。

 

「いやぁ、流石のアタシでもこの展開は読めなかったわ。何よ?開戦原因が“妻の嫉妬”って?」

 

 苛立ちよりも困惑が勝る、といった口調で今回の騒動を愚痴る劉勲。

 外交には自信のあった彼女だが、まさかこんな理由で自身の作り上げた秩序が破られるとは思ってもいなかった。賈駆を始めとする袁家の幹部たちも、内心では似たような想いを抱きながら頭を抱える。

 

「それで、どうするつもり?既に袁紹や曹操、それに馬騰さんなんかはそれぞれ動き始めているみたいだけど?」

 

 南皮で諸侯会議を開催――その招待状は当然、袁術にも届いている。勢力均衡を外交上の至上命題としている袁術陣営ならば、間違いなく曹操を止めに入ると踏んでの招待だった。

 だが、劉勲を始めとする外務官僚の表情は一様に優れない。普段なら積極的に諸侯会議を開こうとする彼女達が、はっきりと参加に懸念を示していた。

 

「なんじゃ?“れーは”の奴が、また良からぬ企みでもしとるのかや?」

 

 不穏な空気を感じ取ったのか、袁術が怪訝そうに首をかしげる。

 

「まぁ、そんなところですかねぇ。政治の世界なんて基本、悪だくみばっかりですしぃ。それが得意じゃないと政治家になんてなれませーん」

 

「ボクも此処に来てすごく実感したわ、それ」

 

 張勲の発言に、賈駆が頷く。考えようによっては会議場の全員を悪人と言ってるようなものだが、あながち間違っていないのが悲しいところ。例に漏れず、袁紹が開催する予定の諸侯会議にも裏があった。

 

 先に結論だけ言えば、袁紹たちは袁術陣営を利用するだけしといて最後には使い捨てる気だ。袁紹の方も曹操の軍事行動を止めたいが、表だって非難すれば彼女の不興を買ってしまう。ゆえに自らは議長というポジションで、中立を装いながら時間を稼ぎつつ、曹操を非難する役回りを、勢力均衡を国是とする袁術に押しつける気でいた。

 

「チッ……あの陰湿クソジジイ、さっさと死ねばいいのに」

 

 だが、その思惑は全て劉勲に見抜かれていた。先日、袁紹からの使者が馬騰の元を訪れたという情報も、これと無関係なはずがない。

 

「どーせ準備が出来たら、今度は曹操とか馬騰とグルになって戦争始めよう、って魂胆でしょ。誰が好き好んでそんな貧乏クジ引くかっつーの」

 

「政治の基本は、『一人一票の原則』を利用した多数派工作。自分を多数派に、相手を少数派に……その原則は外交だろうと変わらないわよ。諸侯会議はやはり、時間稼ぎの為の方便とみるべきね。」

 

 劉勲のぼやきに、賈駆が肯定の言葉を返す。

 他の列強はアテにならない。公孫賛は内乱で動けず、曹操と劉焉は出兵支持。劉表も相変わらずの中立となれば、袁紹のさじ加減一つで会議の結果が決まってしまう。袁紹陣営は最初こそ袁術側寄りの態度で勢力均衡の維持を唱えるだろうが、準備が整えば掌を返したように曹操や馬騰と結んで司隷へ介入するはず。

 

「……別にそれでも良いのではないでしょうか?」

 

 閻象が顎に手を当てて問いかける。

 

「現時点で介入の動きを見せている諸侯は、曹操と劉焉、馬騰と袁紹の4人。いっそのこと我々もこれに加わることで、以前のように連合でも組めば良いのでは?誰も得しませんが、誰も損はしない。違いませんか?」

 

 反董卓連合は、董卓が皇帝を得て一人勝ちするのを防ぐ為に袁紹が作った連合軍。そして連合というものは参加者が増えれば増えるほど、一人当たりの取り分は小さくなるもの。ならば今回も同じようにして連合軍を作ってしまえば、誰かが一人勝ちする事は防げる――そう主張する閻象だったが、その案はやんわりと張勲に否定される。

 

「えーっと、それは厳しいと思いますぅ」

 

 なぜ、というような視線を向ける人民委員達に対して、張勲はもの分かりの悪い子供を諭すような口調で答える。

 

「単純な話ですよ。洛陽会議で司隷の領有権は李儒、李傕、郭汜の3人に分割して与えられています。そしてあの会議を主催したのは劉勲さん……つまり私たち袁家です。自分の主催した会議で決めたことを、自ら破棄すれば信用はガタ落ちですし、あって無いようなお嬢様の名声にも傷が付きますぅ」

 

 現代風でいえば、自国で開かれたサミットで決めた内容を、開催国が率先して破っているようなもの。メンツは丸潰れなうえに、野党とマスコミから集中攻撃されて首相が辞任すること間違いナシだ。

 

「それに出兵するお金も無いですよぉ。特に軍事費なんて、経済が低迷すればガリガリ削られますしぃー。まぁ……いざとなれば予算編成を変更して軍資金を捻りだせない事も無いんですけど、それが大変なんですよねー。あんな面倒くさい会議、来年までやりたくありませーん」

 

 最後は蓋もない理由に落ち着く張勲。

 実際、金なら十分にある。ただ、その大部分の使い道は年一回開催される『人民予算委員会』で既に決定されており、今さら変更するのは困難だ。いちおう予備資金は用意されてはいるものの、戦争をするには到底足りない。借金しようにも予算委員会の許可が必要であり、この期に及んで煩雑な手続きを踏んでいるようでは、曹操軍の進軍スピードに付いていけるはずもない。

 

「なら、やっぱり参加は見送るべきかしら?そうなると……」

 

 賈駆の頭をよぎったのは、他ならぬ曹操軍の存在だ。司隷は李儒、李傕、郭汜に分裂しており、皇帝は洛陽で安全に保護されている。しかも、諸侯の中で動員が完了しているのは曹操軍だけなのだ。

 

(……ボクが曹操だったら、有無を言わさず司隷を占領して、皇帝陛下を確保するわ。恐らく、向こうも同じことを考えているでしょうね。)

 

 仮に袁紹の主催する諸侯会議に出なかった場合、動員の完了している曹操軍はそのまま司隷へ全面侵攻を開始するだろう。一方を解決すれば、もう一方がうまくいかないという典型的なジレンマだ。

 

 

 「うぬ~、よく分からぬが“れーは”が主役の会議に参加するなど、妾は嫌じゃ!」

 

 沈黙が降りたところで、だしぬけに袁術が不満の声を上げた。といっても、ただ単に袁紹が気に食わないだけだろう。袁紹と袁術の不仲は今に始まった事じゃ無いし。

 

「“れーは”の思い通りになるなんて、妾が許さぬ!妾が袁家じゃ!」

   

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 

「な、何で静かになるのじゃー!」

   

 

 ◇

 

 

 結局、採決が行われた結果、袁術陣営は諸侯会議への参加を見送ることになった。これにより平和的解決への道のりは事実上閉ざされる事になる。何より今まで勢力均衡を担ってきた袁術陣営が自らその役目を放棄したという事は、単なる諸侯会議の中止以上の意味を持っていたのだった。

  

 

 

 ◇◆◇    

 

 

 ――益州・成都

 

 

「来たぞ、ついに……!」

 

 報告書を読んだ益州牧・劉焉は興奮のあまり、体を震わせた。中央へ返り咲く、またと無い機会が巡って来たのだ。長らく溜めこんだものを吐き出すかのように、劉焉は大声で一気にまくしたてる。

 

「董卓の暴政から数年あまり、ついに我らは勢力均衡という名の呪縛から解き放たれる!宦官、外戚、黄巾、董卓、洛陽憲章――長らく中華を蝕んできた癌は、その傲岸さゆえについに自らをも食い潰した!

 今こそ帝政復古の時ッ!再び我ら皇族がこの国の頂点に立つ時が来たのだァアアーー!」

 

 劉焉は皇族の出身でありながら、自ら望んで辺境である益州牧となり、そこで独自勢力を築いた珍しい人物である。似たような経歴を持つ人物には荊州牧・劉表がおり、どちらも中央の腐敗と政争から身を離しつつ、地方で勢力を蓄えていた。また、既得権益層である地元名士を左遷・粛清すべく、外部の人間と手を結んだ点も似ている。劉焉は非益州名士以外にも難民や異民族とも協力し、張魯率いる漢中の五斗米道すらも勢力下に治めていた。

 

「かつて漢を建国した我が先祖・高祖は楚の項羽から逃げ、ここ益州の漢中にて力を蓄えた。……ならば、同じ血を引くこの私に同じことが出来ぬはずがないッ!そう、歴史は繰り返すのだ!」

 

「はい。長きに渡ってこの地で耐え忍び、足場固めに尽力した甲斐がありました。益州の支配は万全、後顧の憂いなく中央へ進出できるでしょう」

 

 主である劉焉の言葉に頷く男の名を張松という。醜男であるがゆえに周囲から白眼視されながらも、非常な博学さゆえに劉焉には重用されていた。もともと益州にコネの無かった劉焉にとって、彼のような「能力はあっても境遇ゆえに評価されない」人間は実に有用だった。

 

 

 そもそも劉焉自身、宦官や外戚に阻まれ宮中では思うように動けなかった経験がある。皇族に生まれながらも皇位継承順位の低かった彼には、国の未来や民の生活を考える為政者としての役割は求められなかった。代わりに権威の象徴として、単なるお飾り以上でも以下でも無い、儀式的な役割のみが求められた。

 だが、中身の無い名士との討論会、慣習となっている社交辞令、有力豪族との上辺だけの交際……その全てが彼には我慢できなかった。

 

 ――これが、こんなモノが栄光ある皇族の役割なのか?

 

 由緒正しき血統こそ全てであり、それゆえ皇族の血は絶対にして最上である――幼少時から劉焉はそう教え込まれ、自らの体に流れる血を誇りに思っていた。そんな彼にとって、宦官達の傀儡になることは到底認められるものでは無い。

 だから、彼は宮中を後にした。力を蓄え、いつの日か再び中央に返り咲くために。

 

 ――そして、今こそがまさに待ちに待った“その時”なのだ。

 

「機は熟したり!――益州全土に動員をかけろッ!中華再生の日は近いぞ!」

  




 三国志だと公孫賛の易京城はなんかスゴイことになってますよね。一時の戦術としてでは無く、長期的な戦略として籠城――乱世が終わるまで高みの見物――を選ぶって中々珍しいので、個人的には結構このアイデア好きだったりします。

 なお、結果はどっかの魔○工房(笑)と似たり寄ったり……

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