真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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02話:錬金術師と孫呉の絆

                 

 

「……さて、そろそろ頃合いか。よく見ておけよ、蓮華。」

 

「はい、母さま。」

 

 

 攻撃を知らせる銅鑼の音が鳴り響くのと同時に、孫家の紅の旗を掲げた5000の軍勢が一斉に動き出す。その目標はかつて彼女が追い出した“元”南陽郡太守、張咨の残党軍。張咨自身は既に死亡しており、旗頭を失った残党が敗北するのは時間の問題だった。

 

 

 

 そして見晴らしの良い位置から、それを見下ろす二人の女性がいた。そのうちの一方、妙齢の女性を孫堅といい、言わずと知れた孫家の当主であった。そしてもう一人、まだ幼さが抜けきっていない少女のほうを孫権という。双方とも同じ褐色の肌を持ち、桃色の髪をしているのが特徴的だった。

 

 傍目にもわかるようにこの二人は親子であり、孫堅はまだ実戦経験の浅い次女である孫権に戦場のなんたるかを教えるため、この戦いに参加させたのである。

 孫家の次期当主として幼いころから戦場に引っ張り出していた姉の孫策と違い、孫権にとっては今回が初めての実戦であった。孫権は次女であり、孫策が存命の限り家督を継ぐことは無い。それゆえ、今まで特に戦場に向かわせたことは無かったが、最近になって孫堅の考えが変わり、実戦経験を積ませようということになったのだった。

 

 

「蓮華、今回の我らには勝因が3つある。それが何だか分かるか?」

 

「……はい。まず第一に『天の時』。」

 

 南陽群を奪うにあたって張咨を殺害した後、孫堅はすぐに残党の掃討を行わなかった。張咨が死んだとはいえ、彼はもともとこの土地の太守、それなりの軍勢を保持していた。しかもこの簒奪に異議を唱えさせないため、張勲からは残党は全て始末しろとの命令が来ていた。

 それゆえ、下手に掃討を急ぐと張咨軍が死兵と化す可能性があったのだ。孫堅軍が負けることは無いだろうが、それでも捨て身の兵を相手に戦えば被害は増える。

 

 

 そのため、孫堅はしばらく残党を放置していた。逃げ場がないとなれば張咨軍は捨て身で戦うが、孫堅軍が追ってこないとなれば話は違ってくる。彼らの旗頭となるべき張咨は死亡しており、後継者は決まっていない。いや、決まってはいるのだがこの時代に後継者として認められるためには、ある程度の功績を示さなければならないのだ。だが、彼の子供はいずれも大した功績をあげておらず、それゆえ部下に後継者として認められていなかった。

 

 

(家督を継いでも後継者として認められる功績をあげていなければ、家臣たちもそれに従う義務は無い。となれば多くの者は勝ち目の薄い戦いにわざわざ命を賭けようとはしない。)

 

 

 孫堅が予想したとおり、張咨軍内部で積極的に仇討ちをしようという一派とそうでない派閥が対立し、その足並みは乱れていた。実際、張咨軍の間では連携がほとんど取れていないのが遠目にもよくわかる。

 

 

「第二に『地の利』。」

 

 今回の戦では袁術軍からすでに詳細な情報を得ていた。どうやら敵軍の脱走兵から手に入れたらしい。ゆえに敵軍の部隊配置などはあらかじめ分かっており、忠誠心の薄い指揮官を調べてそれを攻撃すれば容易に敵の陣形を崩壊させられる。

 

 

「そして第三に……」

 

「「『人の和』です。」。」

 

 そう、孫呉の強さの秘密は彼らを結ぶ絆――信頼関係にあった。孫堅は若い頃に各地を転戦した彼女の軍は実戦経験が豊富であり、苦楽を共にした孫堅軍は固い絆で結ばれていた。士気と錬度においてこれに並ぶ軍は、今の中華にほとんど存在しないだろう。

 

 

 

 孫権の目の前には魚鱗の陣を組み、紅の旗を掲げながら張咨軍をやすやすと引きちぎっていく自軍の姿があった。そしてその先頭に立つのは彼女の姉である孫策だった。すでに「孫呉の小覇王」としてその名を知られつつある彼女を目にした敵軍には戦わずに逃げ出す兵士すらいる。旗頭を失い、雑多な兵士の寄せ集めの張咨軍が孫呉の精鋭に勝てる見込みなど存在しないに等しかった。

 

 

 

「これが、我ら孫呉の強さだ。」

 

 

 

 目の前で誇らしげに語る孫堅を見上げ、孫権は改めて母への尊敬の念を感じるのだった。

 

 

「文台どの、すでに敵は組織的抵抗力を失っておるようじゃな。」

 

 それまで脇に控えていた黄蓋が告げる。彼女は孫堅につかえる将の中でも最古参の一人である。豪毅な気性で若い武将らの母親的存在ともなっており、、弓の名手としても知られていた。

 

「このまま包囲でもするか?」

 

「いや、その必要はない。祭、各部隊には必要以上の追撃は控えるように伝えてもらいたい。」

 

「承知した。」

 

 主君の言葉に黄蓋は短く答えた。長年孫堅に仕えてきた彼女にはもはや己の主人の考えが言われなくても理解できる。

 

(すでに敵は戦意を失っておる。放っておいても勝手に逃げだすじゃろ。ならば、無駄にこちらの被害を増やすこともあるまい。)

 

 

 自らの仕える主の考えを想像し、そのまま前線に指示を伝えるべく、馬で走り去ろうとした瞬間――耳元に別の女の声が響いてくる。

 

 

 

「ちょっとお~、せっかくいいところなのにぃ~。どうしてこのまま殲滅しないのかなぁ?」

 

 

 

 ややくすんだ金髪をした、まだ若い女性だった。顔には笑みを浮かべているが、その声に友好的な響きは全く無い。

 

 

「劉勲……」

 

「アタシには反体制派をまとめて粛清できる最高の機会に思えるんだけどなぁ。あ、それとも実はアタシみたいな凡人には分かんないスッゴイ秘策とかあるの?」

 

 彼女の言葉に、孫堅の部下たちがざわつき始める。

 ここまで孫堅に対して無礼な態度をとっていることからも分かるように、彼女は孫堅の部下ではない。最近になって孫堅とその軍閥の動きを見張るために袁術軍から派遣された、監視役の劉勲という女だった。

 

 

 今回、張咨の残党掃討にあたって作戦を延期して孫呉の兵士を集める代わりに袁家から出された条件が監視役を置くことであり、劉勲はその監視役の兵士の指揮官であった。

 官位からいえば劉勲の方が劣るものの、家柄と血統、そして袁家との繋がりや人脈からいえば彼女の方が上。さらに袁術からこの場における孫堅の監視を任されており、劉勲に逆らうということは袁術の命令に逆らうことと同義であった。

 

 彼女がこうして自分を挑発している理由は分かりきっている。こちらが挑発に乗せられて反論しようものならば、それを口実に孫呉に対する締め付けを強化するだろう。「反骨の相あり」とか他にも適当な理由をつけて。

 そのぐらい、南陽の攻略で孫堅が挙げた功績は大きすぎた。番犬は強い方が良いが、強すぎて主人に牙を剥かれては困るのだ。

 

 

 

(……まったく、嫌味な女だ。虎の威を借る狐にすぎないくせによく吠える。)

 

 孫堅は軽く舌打ちすると、値踏みするようにこちらを見ている劉勲の方に向き直った。

 

「現在の我が軍は魚鱗の陣で交戦している。交戦中に陣形を変更すれば無用な混乱を生みかねん。すでに敵は敗走を始めている以上、危険を冒す必要はない。」

 

「あら、『江東の虎』とか呼ばれちゃってる割にはやけに弱気なのね。 優秀(・ ・)なアナタの部下たちなら、そのぐらい簡単に出来るでしょ?」

 

「現在の指揮官は私だ。作戦内容に対するこれ以上の介入は越権行為と思われるが?」

 

 青筋を立てながらも、表面上はあくまで冷静に対応する孫堅。だが、その体から放たれる怒気までは隠せていない。これは彼女に限らないことで、娘の孫権も含めてこの場にいる孫呉の人間は残らず劉勲のあまりの無礼さに憤っていた。しかし、劉勲はそんな彼女達の様子に怯むどころか、むしろ楽しむかのように笑顔で告げる。

 

「アナタ、分かってないのね。アタシの役割はアナタ達に袁術様の決めたことを守らせること。そして今回の目標は『張咨とその残党軍の殲滅』。要するに捕虜にするか皆殺しにしろってことだよ。勝っても逃がしちゃダメなの。そこんとこ、お分かり?」

 

 発言を終えると、劉勲は笑みを張り付かせたまま黙り込んだ。

 

(恐らく、南陽を乗っ取ったことの口封じのつもりなのだろう。ついでに孫呉と潰し合ってくれれば、袁家にとって一石二鳥というところか……。) 

 

 劉勲の考えはまだ少女である孫権でも簡単に読めた。袁家が張咨の残党を始末することを口実に、孫呉の力を削ぎ落とそうとしているのは誰の目にも明らかだった。黙り込む孫呉の面々を見て、劉勲は満足げな表情で続ける。

 

「それに、下手に張咨の残党を逃がすと盗賊とかになるかもしれないわよ?アナタ達が仕事サボったおかげで無実の民が苦しんだりしたら――」

 

 

 

「――もういい。」

 

 これ以上この女の好きにしゃべらせておくと、自分を抑えられなくなりそうだ。。劉勲の言葉を途中で遮ると、孫堅は黄蓋の方に向き直り、素早く指示を出した。

 

「祭、作戦を変更する。皆を率いて敵の残党を包囲しろ。」

 

「……承知した。」

 

 黄蓋も含めて部下達の方はいささか不満そうだったがそれも一瞬のことで、すぐに主の命を伝えるべく戦場へと駆けて行った。後には無表情の孫堅と笑顔の劉勲、そしてそれを睨みつける孫権が残された。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 3時間後、張咨の残党軍は殲滅され、生き残った者たちは捕虜となった。これによって袁術の南陽群における地位を脅かす者は無くなり、袁術は名実ともに南陽群の支配者となったのだった。そして劉勲はそれを上司に報告する文書を作成すべく、自分の天幕へと戻った。

 

 自分の天幕に入るなり、すぐさまその場にへたり込む劉勲。よほど緊張していたのか、額には冷や汗の跡がある。人前では不遜な態度を取り続けていたものの、所詮は小心者なのだ。

 

 

 

 みなさんお元気でしょうか?

 残念ながら自分はすごく疲れています。

 

 袁術軍でテンプレな悪役である政治将校……ゲフンゲフン、いえ見張り役やってる劉勲です。

 さすが孫堅、三国志の英雄なだけあってただ者じゃないですね、あのオーラ。一瞬、本気で死ぬかと思いました。

 鏡見たら、我ながらさっきの威張りくさった態度はどこに行ったのか、と聞きたくなるぐらい情けない顔です。

 まぁ、でもあの孫堅の怒りに対してここまで平静を装っただけでも良しとします。そもそも自分は別に武将じゃないですし。いまのところ、しょせんは文官で中間管理職です。

 

 じゃあなんでこんなことになってるのかというと、袁家における今の自分の立ち場のせいです。

 それについて自分の生い立ちも含めて少し説明をしようかと思います。

 

 

 

 自分は前世持ちのよくある転生者とかいうやつですね。たぶん。

 転生って前世の記憶を持ったまま体だけ変わるものだと思ってたんですけど、自分の場合そうじゃなかったみたい。

 

 想像するにどうも脳とかろくに発達していない赤ん坊になる前のエイリアン的なカッコしてる時期に転生したらしく、なんていうか記憶があいまいなんですよね。そんな状態で転生したもんだから、脳が発達して自我のできる頃にはかなりの記憶を忘れるという結果に。

 

 なので自分の過去とかあんまし思い出せないし。かと思えばしょーもないオタ知識だけはなぜか記憶に残ってたり。転生先はエロゲの世界だと知ったのもこの辺りです。

 

 おかげで小さい頃は苦労しました。知らないはずの出来事や知識に見覚えがあったり、寝ている間に前世の記憶が思い浮かんできたり。父親に連れられて都の高い建物から地上を見下ろした時に「見ろ、人がゴミのようだ!」って言葉がふと思い浮かんだのはいい思い出です。

 

 

 ちなみに生まれた先がそこそこの名門で、まともな食事と教育が受けられたのは幸いでした。次女なんでそこまで親から期待されることも無く、割と自由だったのでまずはこの世界の読み書きから始めました。やっぱ読み書きって子供のうちにやらないとなかなか身に付かないものです。

 中途半端に前世の記憶があるもんで、たまに読みとか発音とかがおかしいんですよね。そのくせ算術とかは圧倒的な速度で解けるもんですから、周りからは変な子だと思われてました。

 

 

 

 そしてこの時代は典型的なムラ社会ですから、仲間外れにされると生きていくのがつらいんです。自分は一応そこそこの名門とはいえ、歴史が長いだけでせいぜい地元の名士ぐらいなもんでそこまで大富豪でもなく、一生親に頼って生きていくわけにもいかないんですよね。

 

 おまけに次女だったんで家督と財産の継承権はなく、それをエサに男を釣ることもできない。とーぜん嫁の貰い手なんてできるわけも無い。親の方も「変人」のレッテルを貼られた娘の扱いに困ったようで、結局「都に行って適当に学問を修めて仕官してこい。」とか言って故郷から上京、もとい追い出されました。

 

 

 

 そんなこんなで漢帝国の都、洛陽で適当に学問修めて袁家に文官として仕官しました。ちなみになんで袁家だったかというと、単純にそれ以外に就職できなかっただけです。なんせ今の漢帝国は政情不安定で不景気ですから。新人を雇う余裕のある袁家以外はぜーんぶ面接で落とされました。

 

 前世の記憶があって未来の知識を多少知ってても就職すらままならないとか、本当に世の中って厳しいですね。

 やっぱりアレですか、学歴だけじゃなくて

 

 「素直で誠実かつ、自ら率先して新しいことにチャレンジする積極性があり、

  困難なことにも逃げずに努力し続ける責任感を持ち、周りとの協調性のある人間」

 

 みたいなのが求められるのは、いつの時代でも一緒だと。

 就職氷河期、新卒の内定取り消し、学歴難民、なんか前世の記憶にもあった気がします。

 

 

 結局、洛陽で学問を修めていた時の知り合いに推薦状を書いてもらい、事実上のコネ入社で仕官できました。いやぁ、本当にお世話になりました。

 

 

 

 ともあれ、一旦就職してからは意外と順調でした。最初は算術ができるからという理由で、まずはとある郷の常平倉あるいは広恵倉という倉庫の管理を任されました。

 郷というのは地方区分のひとつで州>群>県>郷>里という感じです。

 常平倉・広恵倉というのは天災による飢饉に対する備えや貧民救済のために穀物を蓄えておく倉庫のことです。

 

 考え自体は悪くないんですが、実際には管理が徹底しなくて蓄えられている穀物が腐っていくことも多かったので、モッタイナイ精神を発揮して蓄えてる穀物の貸付けを行いました。

 

 基本的にこうゆうのって在庫が一定量は下回らないんですよね。なんならそれを貸出して運用してやろうというわけです。なんか政情不安やら異民族の侵入やら飢饉の増加なんかで経済的に苦しい農民が増えたのと、南陽群が都に近く他の地域より貨幣が普及しており、物々交換に比べて流動性が高かったので自分でもびっくりするぐらいカネが転がり込んできました。

 そしてそのカネをまた今度は商人に投資したり、他の諸侯に貸し付けたりしたら雪だるま式にマネーが膨らんでいきました。

 

 

 

 それを各方面のエライ人に惜しげもなく“寄付”したおかげで、今じゃ出世して郷の長官に。常平倉・広恵倉の貸付けの『功績』によって、それなりに名の知れた期待の新人のひとりです。

 ちなみにつけられた渾名は「錬金術師」。自分が「カネからカネを生み出す」のを見て誰かがそう呼んだのが始まりだとか。どう見ても悪意しか感じられません。まぁ、ぶっちゃけ、やってることはただのサラ金、つーかヤミ金の元締めですから間違っちゃいないんですけどね。

 

 できればフツーに富国強兵して、某国旗を書くのがやたら面倒な自由と正義の国みたいな、ぱーふぇくとチート国家が作りたかった……。

 

 

 

 で、なんやかんやで郷の長官になったんですが、そこに張咨の残党軍が逃げ込んできて孫堅が討伐しに来たというわけなんです。自分のところには南陽の現太守である袁術様の命令でそれを見張れ、という命令が来たので仕方なく戦場に出て現在に至ります。

 

 上の意向を現場に伝えるのが仕事なだけに 、当然現場の連中には嫌われるし。かといって下手に現場に合わせて命令違反でも起こしてそれが原因で問題発生したら上層部から責任問われるし。ホントに中間管理職は胃に悪いです。

 

 政治将校ってなんとなく性格悪い奴多いイメージあったけど、確かにこれじゃあストレス溜まって性格悪くもなるのも無理ないかも……。

 

 




 ちなみに政治将校の起源はフランス革命時の派遣議員だそうです。反革命的な将兵を取り締まるべく軍に送られた彼らは、反革命分子と見なした人間を即刻ギロチンにかける権利があったそうです。
 それをトロツキーが真似たのが政治将校だと言われています。

 まぁ、フランス革命とロシア革命って比較してみると結構似てますし。

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