真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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03話:高利貸しの利息に対する経済学的視点からの考察

               

 

 劉勲が孫堅との邂逅を果たして、見事に敵視されてから3年後、彼女は出世して県令になっていた。

 その間に彼女は高利貸しで得た資金と県令としての権力をフル活用し、いくつかの政策を実施していた。おかげで彼女の治める県では収入が増えていったものの、その強引なやり方に異を唱える者は多かった。

 なぜなら劉勲の基本的な手法は『人員整理』と『市場の独占』にあったからだ。

 

 

 

 県令に就任して初めて劉勲が行ったのは大幅な整理解雇であり、無駄とされた事業や部署を廃止・吸収合併させることと、多くの公務員を解雇することで県の財政の健全化を図った。

 

『必要な能力を持つ人員を必要な期間だけ』をスローガンに人員解雇を行った彼女の手法は南陽で広く知られるようになり、不景気もあいまって袁家領内では空前の人員解雇ブームが引き起こされる結果となった。

 事実、人件費は基本的に組織の支出の半分近くを占める。業界によって差はあるものの、これを削ることにより資本力の立て直しを図ろうとする役所や商会、豪族が増大したのだ。

 

 

 

 更に劉勲は、金融業務で得た自身の資産と袁家の豊富な資金力を担保にして、さらに多くの資金を集めて鉱山や商会を買収し、買収先の資産の売却や人員解雇によって負債を返済していった。リストラの長期的な効果には賛否両論があるものの、少なくとも短期的には支出が減ることによって業績は回復する。そして回復した業績によって一時的に増えた資産と信用を元手に、新たな買収を行うのが彼女の典型的な手法だった。

 これを繰り返すことにより、スケールメリットの効果も合わせて事業と規模は肥大化。さらに多くの資金が調達可能になり、弱小な競争相手を駆逐していった。

 

 

 袁家でも、劉勲を始め巨利を得た地方の貴族や商人を中心にロビー活動が行われた結果、大規模な規制緩和に踏み切り、この流れを後押しした。

 

 反対者を豊富な資金力で圧倒し、駆逐するか支配下に置いたのち、独占状態を作り出して利益を貪る。これは袁家に限ったことではなく、袁術の治める南陽群全般に見られ始め、『南陽商人』と呼ばれるようになった彼らは買収とリストラ、独占とマネーゲームによって巨額の利益を得て、今や無視できない新たな勢力と化していた。

 その影響力は南陽に収まらず、中華の各地で利権にハゲタカの如く群がっていた。

 

 

 高利貸しで得た資金を基に買収資金を集め、買収後のリストラによって財政を健全化させる。次にその資産と信用力を担保に更なる資金を呼び込み、更なる買収を行い、市場を独占する。

 そういった南陽商人の手法に対しては、閉塞した中華の経済を活性化させるものとしてそれを賛美する声と、ひたすらマネーゲームを繰り返して物造り精神を軽視した無慈悲な拝金主義との非難の声の両論があり、南陽城では最近台頭してきた南陽商人への対応が議論がなされていた。

 

 

 

 現在、袁家内部には土着の地主や豪族、軍部などを中心とした保守派、士大夫を中心とした中央の役人からなる官僚派、商人や新興貴族を中心とした改革派、そのいずれにも属さない中立派の4つの派閥があり、勢力は保守派・官僚派・改革派・中立派=3・2・2・3となっている。

 しかし今まで主流であった保守派は富を得てのし上がるものと没落する者に分かれ、統制がとれない状態であり、事実上官僚派と改革派の争いに近いものがあった。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 この日、袁家では規制を行うべし、との官僚派の要請を受けて白熱した議論がなされていた。劉勲も改革派の中心人物のひとりとしてこの議論に参加していた。

 

 

「官が民の真似をして商売をするなど言語道断である!」

 

 開会冒頭から、改革派に対して官僚派を中心に非難の声が上がる。

 

 

「実体のない強欲な拝金主義は強者の論理を押しつけ、多くの貧しい民につけを回している!」

 

「そのとおりだ。行き過ぎた経済偏重によって、伝統的な農村社会を崩壊し、人々は退廃的になっている。果たしてこれが健全な社会、統治といえるのか?」

 

 

 もともと、中華では商人を卑しい人間とみなす慣習が根強い。特に法家は、『帝室が介入することで商業を統制し、物価の安定によって帝室の利益を増大させる』といった事を主張していた。よって、その影響をうけた官僚にとって商人の台頭など到底認められるものではない。

 中でも、『カネがカネを生む』と評されるように自らは汗を流すような労働をせず、貧しい人間から不当に搾取していると言われた、高利貸しに対する風当たりは強いものだった。

 

 

「行き過ぎた経済偏重の結果、貧困と格差は拡大し、金以外の価値あるものがないがしろにされているのが我々の現状だ。これを黙って見過ごす事は出来ない!」

 

「だいたい常平倉の穀物を使ってしまっては天災のときの救済が出来なくなるではないか!」

 

 

 一方で改革派も負けてはいない。先例を持ち出して反論する。

 

「かつて周の代でも国が利息を取ったという記録がある。別に今始まったことじゃない。」

 

「そうだ!もっと歴史を勉強したまえ!」

 

「なんだと?貴公は私を侮辱しているのか!?」

 

「そうとまでは言っていない!」

 

 

 話がまとまらないまま、どんどんヒートアップしていく会議。だが、一向に方針が決まらず時間だけが過ぎてゆく。

 

 

 一応、袁術が南陽の太守なので議長は彼女が務めている。張勲も軍のトップとして出席しており、何人かが淡い期待を込めて主君らの方を見るものの――

 

 

「七乃ぉ、何やらみんなが難しい話をしているのじゃ。」

 

「そうですねぇ。今日は経済のお話みたいです。」

 

「む~、妾には何のことやらさっぱりじゃ。何を言ってるのか全然わからぬ。」

 

 つまらなそうに足をゆする袁術の顔には、一刻も早くこの退屈な会議室から逃げたい、という欲求がありありと浮かんでいた。

 

 

「でも、これって結構大事なお話ですよ~?一応聞いてた方がいいんじゃないんですか、お嬢様?」

 

「う~、わからぬ話を聞いてどうするのじゃ!そんなの時間の無駄にしかならぬ!なら、聞く意味なんか無いじゃろうに!」

 

「おぉ~、流石はお嬢様!結局は仕事怠けてるだけなのに、何かそう言われるとすごく正論に聞こえますぅ~!」

 

「うわはははは!七乃、もっと褒めてたも!」

 

 

 ――やっぱり全く役に立っていなかった。

 

 尤も家臣達の方もそこまで期待している訳でも無い。というか袁術の場合、むしろ精力的に仕事をした方が事態が悪化するので、口を挟まないでくれた方がありがたい。

 実際、袁家ではそうやって家臣達が勝手に議論して方針を決め、袁術がイエスかノーがだけを判断する形となっている。

 

 

 

「まぁまぁ、落ち着きたまえ。今はそれより先に議論すべきことがあるだろう。」

 

 とはいえ、過激な連中をこのまま放っておくと、感情論や個人への誹謗中傷の場になりかねない。一部の良識ある人々が、互い冷静になるように促す。

 

 

「一つ聞きたいのだが、仮に貸付けを認めたとして、天災の時にはどう救済するつもりだ?」

 

 もっともな意見である。痛い所を突かれた改革派であるが、西涼出身の商人が別の視点から反論を試みる。

 

「だが、放って置いても腐るだけだ。いつ来るかも分からない天災に備えるより、貸し付けた方が有効だと思う。むしろそれを運用して利益を上げ、『天災が来ても食糧を購入できるだけの資金力』を得た方がよいのでは?」

 

 要するに「必要なものが無ければ他から持ってくればいい」ということである。むやみやたらと手を出さず、自力で作れるものだけを作り、作れないものは交易で手に入れる。土地の痩せている西涼では別に珍しいことでもない。

 

 基本的に農耕民族である中華の民は「必要なものは全部自分で作る」という考えが定着している。それゆえ「何か自給できないモノがある」という事に、強い不安を覚えるものがほとんどだ。

 だが、西涼出身の彼にしてみればそういった考えは豊かな土地に住む者特有の傲慢であり、限られた資源をあれもこれもと分散するなど愚の骨頂。限られた資源で何かを得るには何かを犠牲にしなければならないが、犠牲以上の物を得る、それが西涼人にとっての常識であった。

 

 続けて、劉勲が自身の意見を述べる。

 

「確かに必要以上の貸付けは抑えるべき、っていう意見は分かるんだけど、アタシ達だって別に無理やり貸し付けているわけじゃないんだよ?借りるかどうかは各人の勝手だしねー。借りたい、って思う人がいるのにそれを規制するのは結局、民衆のためにならないんじゃなぁい?」

 

 

 その言葉に改革派の幹部たちが頷く。ほとんどの場合、借り手は貸し手に対して良い感情を抱かない。だが、貸し手が居なくなれば困るのは借り手の方なのだ。高利貸しが存在できる理由も、その高い利息を受け入れてでも金を借りたい、という需要があるからである。貸し手はただ、そういった需要に答えて融資資金を供給しているにすぎない。

 

 

 しかし、劉勲の意見に官僚派の中から茶髪の小柄な女性が反論する。

 

「でも、利息4割はさすがに高いヨ。それじゃ返そうとしても返せないネ。」

 

 いかにもインチキ中国人な口調で劉勲に反論する魯粛に官僚派の人間が同意する。この意見には中立派等からも賛成する意見が挙がった。

 

 (前世だとここまで胡散臭い似非中国人って、逆に見なくなった気が……)

 

 ただし反論された当の本人はすごくどーでもいいことを考えていた。

 

「貸付け自体はそこまで問題無いアル。ただ利息が高すぎるのが問題ネ。自由に競争できる状態なら、値下げで顧客を増やそうとする商人が出てくるから、それでも別にかまわないアル。ただ、今は独占状態だから規制する必要あるヨ。」

 

 

 理路整然と反論する彼女こそ、東城県の長、魯粛である。

 裕福な家に産まれたものの、財産を投げ打ってまで困っている人を助け、地方の名士と交わりを結んだという高潔な人物である。さらに冷静沈着で知略に優れ、剣術・馬術・弓術まで習っていたという。

 

 しかし家業を放り出し、私兵を集め狩猟を行って兵法の習得や軍事の訓練に力を入れるなど不可解な行動も多く、郷里の村の長老には、「魯家に、気違いの息子が生まれた」とまで言われていた。

 

 とはいえ、有能な人材である事は間違いなく、東城県の長になったのもその実力見込まれてのことだった。また、その温厚でお人好しな性格から多くの人々と親交を結んでいた。劉勲も例外ではなく、同期で知識人同士ということもあって個人的には深い付き合いがあるものの、政策や思想ではその考え方の相違からよく衝突していた。

 その一方で魯粛は劉勲の合理的で割り切った論理的思考を、劉勲は魯粛の先を見通す先見の明を高く評価していた。

 

 

「ある程度利息を下げれば、借りた人もちゃんと返済できるようになるヨ。長い目で見ればそっちの方がオトクになるネ。」

 

 一通り筋の通っている魯粛の意見に、そうだそうだ、と官僚派の幹部も追従する。だが、今度は劉勲の方が魯粛に反論する。

 

「あのねぇ、商売やってる人間なら客と長く付き合う方が得だってことぐらい分かるわよ。けど、世の中には借金踏み倒したり夜逃げする客もいるの。こっちはそういった危険まで考えて料金設定してるのよ。」

 

「それならちゃんと担保とるがヨロシ。」

 

「一応担保はとってるんだけど、相手が豪族とか商会ならともかく、そこらへんの農民じゃ担保とったって到底元は取れないし。夜逃げなんかされたら、たまったもんじゃないわよ。」

 

 だったら貸すなよ、と心の中でツッコミを入れる官僚派の面々だったが、かといって「信用力の低い人間の賃借を禁ずる。」なんて法律を作るわけにもいかない。

 

 

 

「それなら……ちゃんと借金の取り立てができるようにすればいいアル。今、いい方法思いついたヨ。」

 

 劉勲の意見を受けた魯粛が別の提案をする。彼女の提案はこうだ。

 民間では難しい強制履行を役所が行うと同時に、戸籍を把握して夜逃げを防ぐ。更に債務不履行があった場合、役所は手配書を出して逮捕に協力する。これならば借金を踏み倒される確率はぐっと減るはず。

 

「う~ん、そういうことなら……。」

 

 この提案にようやく劉勲も頷いた。その他の改革派の面々もしっかり借金の取り立てが出来るなら文句は無い。

 衰えつつある漢帝国では、戸籍の管理などもままならない。しかも袁術軍は基本的にやる気が無く、マトモに仕事をする兵士は稀だった。そもそも軍のトップが張勲だし。

 

 商人にしてみれば戸籍もろくに調査していない状態で相手に夜逃げされた場合、ほぼ捕まえられない上に、捕まえる方が割高になるのだ。もともと高い利息はそういったリスクを考慮してのことだった。

 

 

 

「あ、なんか話がまとまったみたいですね。いやぁ~、この会議今日中には終わらないんじゃないかと思いましたよ。」

 

 会議中ずっとサボっていたにもかかわらず、一通り議論がまとまったのを見て仕切りにかかる張勲。ついでに言うと袁術はとっくに寝ていた。

 

「じゃあ、後で公式文書にまとめて提出してくださ~い。お嬢様も、そろそろ起きてくださーい。」

 

「う~……妾と蜂蜜で……かゆ、うま……。」

 

 そう言ってまだ寝ぼけている袁術と共に部屋を出ていく張勲。その姿を唖然とした表情で見送るとともに、残された彼らはある事実に気づく。

 

 

 

 

 

 ……………アンタがちゃんと仕事すれば済む話だったじゃん!!!

                       

 


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