真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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59話:その期待は戦場にて

     

 戦争が始まった日、我々は初め興奮に包まれた。

 

 これで長きに渡る憂鬱と沈滞の時代は変わるのだと。これからは数多の英雄が誇りを胸に、戦場で武勇と知略を競い合う……そんな栄光に包まれた輝かしい時代になるのだと信じて疑わなかった。

 若い兵士は勇敢に戦って武勲を立てる事に憧れ、領内に残った民も社会の変革を期待して熱狂的に軍隊を送り出した。

                 

 あの頃の我々は何と単純で無垢だったのだろう。

 誰もが新年を迎えるまでには終わると考え、残った人々にこう言ったのだ――「来年の正月は、豪華になりますように!」

 

                         ~とある曹操軍将校の日記より~

  

 

 ◇

 

     

 青州を出し抜き、防備の手薄な北東部から徐州へと侵攻を開始した北部同盟軍。その計画を知りながらも「青州が落ちない限り北部は安泰」と思いこんでいた徐州側の対応が間に合わなかった事もあり、快進撃を続ける同盟軍を止められる者はおらず一時は琅邪城を落とす勢いであった。

 

 だが、青州軍もやられてばかりでは無い。軍師・諸葛亮の提案で青州軍は臨時にゲリラ部隊を編成、包囲の合間を縫って同盟軍の補給拠点・都昌に対する襲撃を敢行した。これに対して曹操軍は楽進将軍の指揮する追撃隊を向かわせたものの、突如として出現した青州黄巾党を前に退却せざるを得なかった。青州黄巾党は都昌を徹底的に略奪、補給拠点を失った同盟軍の進撃スピードは大幅に低下した。以降、同盟軍は兵站線の防衛に多数の兵力を振り向けざるを得ず、これに公孫賛軍の南下も加わって同盟軍の戦略には大幅な狂いが生じることになる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 徐州・琅邪城――

  

 つい二ヶ月ほど前に関羽ら一行が建設したばかりの要塞陣地は、一ヶ月を超える戦闘を経て完全に廃墟と化していた。彼方には多数の黒煙が立ち上り、今もなお炎上している区画もある。至る所に人の死体が放置され、矢倉や建物は破壊され朽ち果てていた。連日の戦闘による疲労と人員の欠乏のため、死体を焼いたり邪魔な建物を除外する余裕すらないのだろう。

 

「また、増えてる……」

 

 徐州方面軍指揮官の一人、許緒は消え入るような声で呟いた。

 彼女の視線の先には、いくつもの粗野な天幕が所狭しと並んでいた。付近にはボロ布を体中に巻きつけた兵士達が死んだように眠りこけており、すぐ隣には包帯を赤く染めた負傷兵が捨て置かれている。

 

「どこも似たような状況だ。圧倒的に物資が不足している」

 

 隣を歩いていた彼女の上官――夏侯惇が目の前にある光景の原因を答える。

 

「今や我々の補給線はズタズタだ。徐州軍だけじゃない。戦争による治安の悪化をいい事に、盗賊や黄巾党の残党までが我々の補給線の襲撃に加わっている」

 

 先月、徐州牧・陶謙は曹操軍の徐州侵攻に対抗するため、大規模な飢餓作戦を発表した。特別攻撃隊――選抜された正規軍兵士や、勢力の大きい盗賊からなる――は出身地別に組織され、地元の地の利を生かして徹底的なゲリラ戦を展開。敵補給部隊を奇襲し可能なかぎりの損害を与え、増援が到着する前に素早く撤退するという一撃離脱戦法を展開した。

 曹操軍もこれに対抗して騎兵からなる即応部隊を編成するも、地の利を知り尽くした徐州軍は巧みに沼地や森林に隠れたため、うまく罠にでも嵌めない限り壊滅させる事は難しかった。

 

 結局たいした進展もないまま時間だけが過ぎていき、備蓄した物資も日に日に少なくなっていく。やがてそれは将兵の心身を蝕み、ついには恐れていた命令拒否や脱走兵までが発生していた。

 

「春蘭さま、もし今の状態が続いたら……」

 

「その先は言うな。特に部下の前では、な」

 

 上に立つ者の義務として、部下に弱音を吐いてはいけないという不文律がある。先輩としてまだ経験の浅い許緒を戒める夏侯惇だったが、そんな彼女いえども内心穏やかという訳では無い。補給の不足、飢えと疲労、負傷と疫病、戦闘による死の恐怖……そんな極限状況に一ヶ月以上も置かれれば、どんなに屈強な兵士だろうと消耗する。

 

 いつまでこの不毛な戦闘は続くのだろうか――視線の向こう、廃墟と化した琅邪城では何時終わるともしれない命の削り合いが続いていた。

 

 

 ◇

 

 

「それで、話っちゅうのは一体……?」

 

 曹操軍の本営、その中には怪訝な顔をする李典がいた。彼女は攻城兵器の設置や土木工事を担当する工兵部隊の指揮官であり、堅固な防衛ラインである琅邪城の攻略には彼女達の存在が欠かせなかった。

 現在、北部同盟軍は琅邪城の30%ほどを支配下に治めており、そこで一度戦闘を停止している。その理由は、本作戦の総司令官たる曹操が配下の武将を一度に召集したからだった。

 

「単刀直入に言うわ。李典、工兵の作業をもっと急がせられないかしら?」

 

 曹操は僅かに焦りを含んだ声で問う。

 

「特に攻城兵器。歩兵部隊にこれ以上の死傷者を出せば、士気の低下は無視できなくなる。それを防ぐには、やはり攻城兵器を揃えて集中投入するしかないの」

 

「まぁ無理っちゅう事はないけど……今やったら敵さんの弩兵から集中砲火を受けるで?」

 

 李典が心配そうに答えた。現状ではまだ敵戦力の無力化に成功しておらず、そんな状態で攻城兵器の設置作業をすれば弩兵の格好のターゲットになる。

 

「……だけど、出来ない訳じゃないのね?」

 

 改めて、確認するような声。藍色の瞳でじっと自分を見つめる主君の意図に気づき、李典の顔から血の気が引く。曹操は言外に工兵に作業を強行するよう命じているのだ。

 

「で、でもなぁ……今この状況で作業なんかしたら……」

 

 優秀な工兵が多く失われてしまう――そう言おうとして、李典は口を噤む。表面上は隠しているものの、曹操の顔には隠しきれない疲労の色がある。彼女とてこのような強硬策は不本意なのだろう。だが、替わりになる作戦が無いのもまた事実であった。

 

「分かってるでしょう?このままだと、兵站がもたないのよ。今はまだ付近の農村から強制徴収(・ ・ ・ ・)した食糧があるからいいけど、包囲戦を続けられるだけの量はないの。そして兵糧以上に軍需物資が足りないわ」

 

 その指摘は正しく、徐州方面軍の兵站は危機に瀕していた。

 徐州侵攻に参加した同盟軍の内実は、曹操軍5万7000人および袁紹軍5万2000人の約11万人。大して豊かでもない徐州・琅邪国にこれだけの大兵力が駐屯するのだ。時の戦争の常として現地調達に多くを頼っていたが、それだけで賄いきれるはずもなく、青州から送られてくる兵糧に補給の大部分を依存している。また、防具や武器といった現地調達不能な消耗品、更には兵士への給料や各種日用品はどうしても本国からの輸送に頼らざるを得なかった。

 

 

 そのため北部同盟軍は千数百両の荷馬車と数千頭の馬および牛を用意して戦争に臨むも、南下を始めて間もなく、現地における物資調達が著しく困難であることが明らかになった。

 

 まず第一の理由は、劉備たちが徐州で行った『綱紀粛正』にある。貧困問題の原因が貴族や役人の職権濫用や横領にあると考えた彼女達は、そういった不正行為を働いたと思しき現地有力者を裁く裁判を行い、彼らの財産の大部分を農民に『再分配』した。この結果として彼らの力は大幅に弱体化し、北部同盟軍が侵攻した際に、通常行われる手段である「現地有力者貴族への協力要請による円滑な物資調達」が不可能になっていたのである。

 そのため北部同盟軍は各地の村へ略奪部隊を派遣するしかなく、しかも徴集ノウハウをもたない兵士による非効率で収奪的な現地調達はすぐ限界に達したのだ。加えて劉備達の手によって行われた所得再分配(・ ・ ・ ・ ・)――人気取りの為の大地主叩き&バラマキ政策という批判もあるが――により、民は徐州政府への忠誠心が強く極めて非協力的であった。

 

 第2の理由は、袁術との自由貿易協定である。保護関税政策に守られて非効率的だった徐州農業の大部分はこの時期に没落しており、ごく豊かな地域を除いて耕作放棄地が相次いでいた。特に小麦と米といった主要作物についてその傾向は顕著であり、痩せた土地で政府の保護抜きに存続できる農業といえば換金作物の栽培のみ。付加価値は高くとも腹の足しにはならない。

 

 

 こういった弱点を突くべく、劉備達は青州にて補給拠点への破壊工作を決行した。結果は作戦を立てた諸葛亮が予想した通りとなり、じわじわと効果を現しつつあった。当面は現地調達した物資を両軍と分け合うことで凌いでいるが、当初の倍近い速度で消費されていく物資に軍師達は悲鳴をあげている。一部ではすでに必要最低限の割り当てしか出すことができず、士気の低下が見られるという。

 そして徐州牧・陶謙もこのチャンスを見逃すほどお人良しでは無かった。臨時にゲリラ部隊を多数編成し、北部同盟の補給線へ波状攻撃を繰り返した。地の利を知り尽くした彼らは神出鬼没に補給部隊を襲撃、この攻撃は北部同盟にとって大きな圧力となり、警備に兵力を割かねばならなくなった上に食糧不足をより深刻化させた。

 

 もちろん同盟軍首脳部はこれに対抗すべく、ありとあらゆる手を打った。特に物量戦が基本の袁紹軍にとって、兵站網の壊滅は死活問題とされる。兵站が危機にあると知った田豊はすぐさま南皮へ帰還し、大陸中の商人へ使者を送って兵糧の買い付けている。同時に破壊された都昌軍港を再建すべく、南皮から大量の大工と護衛も派遣していた。

 

 しかし、こういった努力が実を結ぶまでは少なくともふた月を要する。いくら破壊された補給拠点を復活させようとも、兵站ルートが再び機能するようになるには、加えて輸送の安全を保障する必要があった。なぜならこの時代、専門の輜重兵が存在することは稀であり、大半の諸侯は曹操のように現地調達で賄うか、さもなければ『酒保商人』――兵糧の供給や輸送を担う従軍商人に頼るかのどちらかだった。

 袁紹軍は主に後者に頼っているが、彼らも結局は民間人。いくら軍にかかわりが深いとはいえ、命を危険に晒してまで物資を戦場に届けるはずもない。補給線の安全が確保されるまでは、青州からの物資は先細りになるに違いなかった。

 

 曹操もまた、兌州からの兵糧輸送を強化するよう命じているが、かねてから指摘されてたように泰山が大きな障害となって効果は今ひとつだ。

 

 

 加えて問題を更に悪化させているのは、公孫賛と袁術の存在だった。更に北部同盟の大軍が徐州で拘束されている現状を好機と見た公孫賛は、これを機に袁紹の脅威を排除すべく全面攻勢を開始。幽州の州境を超えて騎馬の大部隊が袁紹領へ侵攻した。本拠地が脅かされている事に仰天した袁紹は、すぐさま冀州への帰還を決意。田豊と対策を練っているという。

 

「もともと麗羽たちの『第17計画』では、第1段階として青州の無力化、第2段階で公孫賛軍の迎撃を骨子としている。青州軍の主力が壊滅した今となっては、本当なら麗羽達が徐州に留まる理由は無いのよ。今はまだ同盟相手である私達に配慮してくれてるみたいだけど、いつ本国へ引き揚げてもおかしくない」

 

 加えて南でも袁術が軍を動かす兆候があるという。だとすれば尚更、徐州の制圧は可及的速やかに行われなければならない。袁紹が軍を引き揚げる前に、袁術が参戦してくる前に、徐州を制圧する。これは時間との勝負なのだ。

 

「こちらの損害は物理的な面だけじゃないわ。精神的な面もそう。――信じられる?昨日はついに脱走兵が出たのよ」

 

 一度軍中に広まった厭戦気分はなかなか収まることなく、依然として琅邪城が継戦能力を保持しており、武器・食糧補給の欠乏も考え合わせると、徐州へ侵攻した北部同盟軍は戦闘能力を喪失しかけていた。指導層は士官の信頼を失いつつあり、従軍した貴族は領地への帰還を望み、兵士たちの間では規律が失われかけていた。そして北部同盟の支配が揺らいでいることを感じた徐州や青州の民の間では、再び大規模な反乱が頻発していた。

 

「これは命令よ、作戦を続行なさい」

 

 曹操は苦々しげに命じた。典型的な上意下達の組織である軍隊において、上の命令は絶対。逆らう事は許されない。

 李典は明らかに不満そうな表情をしていたが、自制心によってそれを抑えつけると、素早く敬礼をして前線へと戻った。

 

「劉備と諸葛亮、か……。この私に、あんな不様な言葉を言わせるとはね」

 

 上の命令は絶対だ。だからこそ、それを軽々しく使用することは許されない。伝家の宝刀として、本当に切羽詰まった時のみ使用されるもの。そして命令の強制という最終手段をとったことに、彼女は軽い苛立ちと自己嫌悪を覚えていた。

 

 ――やはり、劉備は危険だ。彼女本人というより、惹かれて集まる周囲の人間が。

 

 曹操はそう結論づけると、目を閉じて今後の動向について思案を巡らせ始めた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 一ヶ月後・琅邪城・外壁――

 

「放てぇッ!」

 

 関羽の号令と共に、200を超える矢が城壁へと押し寄せる敵軍へと降り注ぐ。

 琅邪城攻防戦が始まってから、もう2ヶ月以上も経つ。曹操軍同様、徐州軍も深刻な物資不足と連日の戦闘による疲労に悩まされていた。敵の攻撃は休むことなく続けられ、倉庫に大量に備蓄されていた物資も残量1割を切った。

 

「怯むな!苦しいのは敵も一緒だ!――いや、むしろ敵の方が苦しいはず!落ち着いて戦えば勝てるぞ!」

 

 ただし、敵に比べて幸運だったものもある。徐州軍はもともと消耗戦を想定していために、食糧割り当てなどの各種制度が組織的に整備されていた。そのため3万近くの難民を抱え込みながらも、物資の供給を最低限まで削る事で何とか対処できている。

 対する曹操軍は短期決戦を基本方針としていたため、消耗戦へ移行するに当たって少なくない混乱が生じたという。だが、それで徐州軍の負担が減る訳でもないのが、この戦争の悲しい所であった。

 

(だが、悪い展開ばかりでもない。途中からは工兵の集中投入によって短期決戦を狙っていたみたいだが、ようやく敵も息切れしてきたようだな)

 

 都昌陥落から約一ヶ月、同盟軍は広大な琅邪城全域での攻勢を中止し、作戦正面を限定してそこに集中的に兵力を投入するよう方針を転換した。この変更は効果を上げ、今では城塞の50%以上が敵の手に落ちている。

 

 だが、そこまでが限界だった。

 

 曹操軍本営で李典が指摘したとおり、戦闘の度にベテラン工兵が次々に失われていったのが原因だった。もともとこの新作戦は兵力の集中投入――特に攻城兵器と工兵を要所に重点的に投入し、攻城兵器の打撃力を最大限に高める事を骨子としている。だが、狭い地域に兵を集中させれば敵も同様の配置を取る事は必然であり、その矢面に立たされた工兵部隊の被害は時を増すごとに増えていった。

 そして高度なテクノロジーの産物である攻城兵器の建設は、優れた技術者でもあるベテラン工兵の存在抜きには成し得ない。補充の難しい彼らの連続的な損失は、同盟軍の攻城能力を着実に奪っていったのだ。

 

 

 ◇

 

 

 結局、この日もいつもと同じようにさしたる展開もなく戦闘は終結した。同盟軍の攻撃は日に日に低調なものに変化し、初期の攻勢に見られたような苛烈さは無くなっていた。

 もっとも徐州軍もその点では大した違いはない。一日に使用可能な矢の本数は当初規定の半数まで減っているし、食糧配給の減少によって兵の動きは目に見えて緩慢なものになっている。腹が減っては戦が出来ぬというやつだ。

 

「愛紗ぁぁ~……」

 

 城壁の壁を背もたれとしながら、張飛が情けない声で関羽を向ける。

 

「今日も少ない、変わらない、あとマズいのだ……」

 

 手元の食事の中身を見つめながら項垂れる張飛。

 

「2週間ずっと麦飯とカブの漬物だけ……もう飽きたのだ……」

 

「鈴々、これでもまだマシな方なんだぞ?一般の兵士達の食は一日2回のアワ飯だけだ。彼らのことも考えて、もう少し我慢してくれ」

 

「うぅぅ……でもマズいものはやっぱりマズいのだ……」

 

 事実、客観的に美味しいか否かで判断すれば間違いなく後者だ。比較的優遇されてる兵士達ですらこの有様なのだから、収容された難民たちの生活はより悲惨なものに違いない。 

 

 

 それからしばらく無言で食事を続けていた張飛達だったが、ふと関羽が思い出したように口を開く。

 

「……そういえば雛里、曹操軍が下邳への強襲を計画しているというのは本当なのか?」

 

「……っ!?……あわわ、どっ、どこでそれを?」

 

 不意に投げかけられた関羽の問いに、鳳統は動揺して箸を落としかける。

 

「部下達が噂しているのを聞いた。――それで、実の所どうなんだ?」

 

 鳳統はしばらく言うべきか迷っていたようだが、周囲を確認しながら関羽に近寄ると、周りに聞こえないよう耳元でそっと囁いた。

 

「先週、南陽から発表された声明文の内容は知っていますね?」

 

 確認するような鳳統の言葉に、関羽は首を縦に振る。

 開戦後初の袁術陣営による公式声明、その中で始めて義勇軍(・ ・ ・)の派遣が決定されたのだ。北部同盟軍は自軍に動揺が広がらないよう情報統制を敷いているが、噂は完全包囲下にあるはずの関羽達の耳にも届いていた。

 また、徐州では『天の御遣い』北郷一刀の提案により、各諸侯に先駆けて伝書鳩を試験的に運用している。そのため包囲戦の中であっても、外部の状況を定期的に得る事が出来るのだ。

 

「話によれば、義勇軍の到着予定は来月だそうです。もし袁術軍の派兵が真実ならば、琅邪城を包囲している北部同盟軍にとっては最悪の状況でしょう。となれば同盟軍の取るべき戦略は速やかに此処を占領するか、あるいは……」

 

「袁術の増援が辿り着く前に下邳を占領するしかない、か。さもなければ自分達が逆包囲されてしまう」

 

「その通りです。ただ……」

 

 何か気になる事があるのか、鳳統は言葉を詰まらせる。

 

「雛里?」

 

「い、いえっ!何でもありませんっ!ちょっと余計な事を考えてただけで……」

 

「ほう………」

 

 とっさに誤魔化そうとするが、そんな事で騙される関羽ではない。そのままジィッと見つめ続けていると、やがて観念したのか鳳統は小声で語り始めた。

 

「実を言うと……私は曹操さんがそんな事をするとは思えないんです。補給に問題を抱えた約11万の同盟軍、その維持だけでも手一杯な状況で新たな作戦を実行する余力があるとは思えません」

 

 下邳にはまだ1万4000の兵士がおり、攻者3倍の原則に従えば攻略には少なくとも4万人以上の兵が必要となる。加えて2万人の守備隊が立てこもる琅邪城の包囲に6万、占領地および補給線の維持に1万人近くの兵士が拘束される事を考えれば、いささかムリのある作戦だった。兵力的にギリギリできなくはないが、これに時間という要素を組み合わせれば話は別だ。州都である下邳の護りは堅いはずだし、この琅邪城でも後2ヶ月ぐらいは持つ。先に袁術軍が到着する可能性の方が高かった。

 

「それに袁術軍が参戦したとして、すぐ琅邪城救援に向かう保障はありません」

 

 そもそも袁術陣営が約束したのはあくまで『一ヶ月以内の義勇軍派遣』であって、具体的な兵力までは不明。要は「徐州を見捨てなかった」というポーズが大事なわけで、ほんの申し訳程度の数しか送られてこない可能性もある。

 それらを総合して考えると、曹操軍の早期撤退などというのは単なる希望的観測に過ぎない、というのが鳳統の意見だった。

 

「ただ、皆さんの前であまり悲観的な推測を公言するのも……」

 

 いつ終わるとも知れない籠城戦。前線で戦う兵士達は元より、生存ギリギリの環境に身を置く難民たちも心身ともに追い詰められている。ストレスが溜まった兵士と難民との衝突も頻発しており、いつモラルが崩壊していてもおかしくない環境なのだ。

 それでも依然として琅邪城は秩序を保っている。その理由の一つが、先ほどのような増援の存在なのだろう。もうすぐ袁術軍と合流して兵力を整えた味方が助けに来てくれる……その僅かな可能性に全員が一縷の望みをかけている。だからまだ我慢できる。まだ戦える――その気持ちに水を差すような真似は出来なかった。

 

「そうか……」

 

 関羽は成程、と納得したように目を瞑る。

 

「それでも……援軍が来るといいな。私たち指揮官にも、希望を持つ事ぐらいの我が儘は許されるはずだ」

 

 落ち着いた声で、でもほんの少しだけ期待を込めて。

 関羽は自分自身に言い聞かせるように小声で呟くと、明日の戦闘に備えて静かに寝息を立て始めた。

     




 食糧もそうですけど、武器や防具なんかも消耗品なんですよね。槍とか剣は案外簡単に刃零れするもんですし、弓矢はいわずもがな。流石に民家に武器や防具はそうそう置いて無いでしょうし、鍛冶屋や製鉄所もそう都合よく営業してないので、現地調達が出来ず本国からの輸送に頼らざるを得ないのはこーゆう軍需物資なんじゃないかと考えててみたり。
 あとは兵士の給料とか?昔の文献読んでるとたまに「給料を支払うための現金積んだ馬車が盗賊に襲われたので、給料未払いに怒った兵士が反乱を起こした」とかいう描写を見ます。

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