真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

71 / 106
幕間:責務の在処

    

 無数の機材と人員を載せた馬車の隊列が、その周囲を取り巻く護衛兵に守られながら、崩壊した下邳の町へと進んでゆく。街の付近を流れる泗水には、これまた数え切れないほどの物資を積んだ舟が停泊していた。

 

「袁術さん達が強大だっていうのは知識としては知っていましたけど、改めて目の当たりにすると……」

 

 諸葛亮の言葉に、複雑な表情を浮かべる劉備ら一行。曹操が撤退してからも下邳に留まった彼女らの前に、袁術軍が到着したのは2日前のこと。続く3日後には徐州軍残存部隊が下邳に駆けつけ、徐州における南部連合軍の総兵力は15万(地方の守備隊を除いた実稼働兵力はこの半分だが)に達していた。

 もっと早く来てくれれば――今更ながら、そんな「もしも」を思わずにはいられない。徐州では「自由貿易と引き換えに袁術の庇護下に入った」との認識が強く、曹操と共倒れになってからやっと出動した袁術軍への強い不信感が根強く残っていた。

 

「北部では戦闘が続いているそうですが、今の所はまだ曹操さんが用兵の妙で凌いでいるみたいです」

 

 聞くところによると、猛然と追撃した華雄隊が待ち伏せにあって大損害を被ったらしい。敗走中にもかかわらず統率のとれた反撃が出来た曹操軍も驚異に値するが、長い平和に慣れ切ってふやけた袁術軍の経験不足が露呈した戦いでもある。加えて指揮官が華雄と紀霊という猛将タイプしかおらず、本来なら知略面で2人を補佐をするべき人間が不在であったのも問題であった。

 

「そういえば孫権さんも来てるって聞いていたけど、どうしたのかな?」

 

「どうも徐州豪族との折衝で忙しかったそうですね。軍事と政治の両方が出来る将は、彼女しか居なかったそうですし」

 

「つまり孫権が豪族を取り込み終えたとき、徐州にいる曹操軍の命運は尽きるって事か」

 

 相変わらず、政治を軍事より優先させる劉勲らしい舵取りである。もっとも、地元豪族の取り込みを行わずに軍事目標優先して失敗した例が曹操軍の徐州進行であるため、兵站と背後の安全確保という意味では間違ってはいない。それが吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知るところだ。

 

 

「――やっと見つけた。 ちょっとそこのあんた達、こっち向きなさいよ」

 

 背後から気の強そうな少女の声が聞こえたのはその時だった。

 

「少しボク達に付き合ってくれない? 重要な話があるの」

 

 振り返ると、徐州には余り見られない服装の少女が自分達を手招きしている。豪華な金色刺繍の施された絹製の上質な文官服に、肩章や飾緒など数々の服飾品――袁術陣営の人間だ。

 

「あなたが劉備ね?」

 

 何人もの軍服を着た男に護衛されながら、少女は劉備ら一行に詰問する。他にも文官が数人付いて来ていることから、それなりに高い地位の人物なのだろう。

 

「袁家の政治保安委員会議長・賈文和よ。そちらは小沛城主・劉玄徳とお見受けしたのだけれど、間違いないわよね?」

 

「え? あ、はいっ! そうです、けど……?」

 

 突然の来訪者にどもる劉備だったが、賈駆は軽く彼女らを一瞥しただけで平坦な調子で続ける。

 

「徐州牧・陶謙の遺言に従い、我ら袁家に州牧の証たる金印を無事届けた件、深く感謝する。しいてはその功績を讃え、袁家から感謝の印として謝礼を献上したい」

 

 形式ばった台詞を口にすると、賈駆は傍にいた部下に命じて大きな木箱を持ってこさせた。そのまま蓋を開け、中にぎっしりと詰められた銀貨を見せる。

 

「劉備殿は数年に渡って小沛(沛国)を問題無く統治した経歴があり、その功績を見込んで引き続き留任を依頼したい」

 

「え? あ……ありがとうござい「――ただし」」

 

 感謝の意を述べようとした劉備を遮り、賈駆はひときわ大きな声で高圧的に告げる。

 

「徐州軍は先の戦争で壊滅状態にあり、その職務遂行能力に大きな不安が残ると判断される。よって曹操の脅威から人民を防衛するため、要地である沛国に兵4000を駐屯させることを我々は強く望む。なお、駐屯地と駐留軍予算の3割は沛国側の負担とする。 ――返答は?」

 

 淡々と告げられた安全保障条約とその内容に、絶句する劉備たち。

 

「え、えーっと、文和…さん?」

 

 戸惑う彼女らの様子を見て、賈駆は失望と苛立ちの混ざった複雑な表情を見せる。

 

また(・ ・)か……ったく、徐州人って本当バカばっか。なんでボクがこんな連中の尻拭いなんか……)

 

 劉備達の反応は、賈駆にとって意外でもなんでもなかった。既に彼女は複数の徐州豪族と個別に似たような安保条約を締結させていたが、ほとんどの徐州豪族は劉備達のような反応を見せるのだ。自分の行動を省みることなく、図々しく見返りだけを求め、その為の対価の支払を渋る……。

 

「で、返答はどっちなの?」

 

 戸惑う劉備を意に介する事無く、賈駆は一方的に要件だけを告げる。我ながら態度が悪いと思うが、こちらが今まで徐州から受けた仕打ちを考えれば、このぐらいは許されるだろうとの判断だった。

 

「ええっと、その……なんでわたし達が駐留軍の予算を負担しなきゃいけないんですか?」

 

「さぁ? 知らないわよ。ボクは劉勲から伝言を頼まれただけだし、後で外務人民委員会にでも問い合わせたら?」

 

 冷然と言い放つ賈駆。暗にこれ以上は話せないという意志表明でもあり、また立場の差をわきまえろという事でもある。しょせんは一城主である劉備と違い、人民委員である賈駆は遥か高みの存在なのだから。

 

「で、でも……」

 

「何か問題でも? 劉備同志(・ ・ ・ ・)

 

 その瞬間、劉備はガラリと空気が変わったのを感じ取る。見れば、賈駆をはじめとする袁術陣営の面々の表情に友好的な色は一切ない。あるのは不信と疑惑に満ちた暗い感情だけ……。

 

「っ――!?」

 

 賈駆はいきなり劉備の胸倉を掴むと、凄みのある眼つきで彼女を睨みつける。

 

「はっきり言わないと分からない? 今のは命令(・ ・)なんだけど?」

 

 ドスの利いた賈駆の脅迫に、劉備は顔色を失う。

 

「わ、わたしは……」

 

「そっちの意見なんて聞いてないの。ボクの言葉に“はい”か“いいえ”でさっさと答えて。それとも……ここまで(・ ・ ・ ・)御膳立て(・ ・ ・ ・)してあげ(・ ・ ・ ・)てるのに(・ ・ ・ ・)、まだ足りないの?」

 

「えっ……? 御膳立てって……」

 

 何を言われたのか理解できない、といった様子の劉備。それを見た賈駆の視線が微妙に険しくなる。冷静さこそ失っていないが、劉備らへの苛立ちは隠しようもなかった。知らずと、溜まっていた不満が声に出てしまう。

 

「……前々から思っていたけど、劉勲の対徐州政策はあんた達に有利過ぎるのよ」

 

「俺達に有利……?」

 

「だってそうじゃない。ボク達がわざわざ徐州の人命と財産を守って(・ ・ ・)あてげる(・ ・ ・ ・)んだから。こっちは1万もの軍隊を、たった3割の負担で提供してあげようって言ってるのよ?」

 

 

(こいつら、方便とかじゃなく本気で自分が徐州救ってる気になってるのかよ……)

 

 少なくとも、賈駆はどうやら真面目にそう信じているらしい。徐州の平和のために。袁家が責任を持って軍を送るってあげるのだと。それを聞いた一刀は深々と溜息を吐いた。

 

「まさかとは思うが、本気でそう信じてるのかお前らは? そうだとしたら呆れて呆れて物も言えないな」

 

 徐州を植民地にしようとしている連中が、何を恩着せがましく言っている? 袁術の推し進めた自由貿易のおかげで徐州の農民は没落し、領内の土地や商会は次々に南陽を拠点とする外資系商会に買収された。さんざん自分達の都合を押しつけ、徐州を食い物にしてきた帝国主義の権化が、今さら徐州の人命と財産を守るだと? 笑止、徐州の民を奴隷として搾取し続けるための占領軍と『思いやり予算』を図々しく要求しているだけではないか――そう鼻で笑うと、一刀は更に言葉を重ねた。

 

「いくら袁家のプロパガンダ……情報操作に洗脳されたとはいえ、自分の正義を妄信するのも大概にしろ」

 

「情報操作って……ボクの方こそ、あんた達が何言ってるのか分からないんだけど? こっちは徐州に多額の投資をしてあげた(・ ・ ・ ・ ・)し、外交と軍事でも庇護して(・ ・ ・ ・)あげてる(・ ・ ・ ・)。曹操に占領されずに徐州の今があるのは、ボク達のおかげでしょ?」

 

「おかげ……か」

 

 なんという視野の狭い自己正当化だろう。以前に自由貿易を求めてきた孫権はまだ良識が残っていたようだが、袁術陣営の大半はこんなものか。面の皮が厚いにも程がある……既に怒りすら通り越し、一刀の顔には侮蔑の色が現れていた。

 

「危険が去ってからノコノコ出てきた腐肉漁りに、“徐州を庇護してあげてる”とか言われても誰が信用するんだよ。で、今度は“お金を払って下さい。そうしたら軍を送って植民地にしてあげましょう”と来たか。同盟結んだ相手を平然と見捨てるような2枚舌の戯言なら、俺はもう聞き飽きた」

 

 かつて徐州は袁家の主導する『三州協商』に参加し、その際に自由貿易を受け入れる代わりに安全を保障してもらう――本条約が締結された場合、徐州の施政下における、いずれか一方に対する武力攻撃に対し、所定の規定及び手続に従って共通の危機に対処するように行動することを宣言する――という条件で取引したはず。

 

「もう美辞麗句で自分のエゴを飾り立てなくてもいいぞ。さっさと薄汚い本音を言ったらどうだ? 俺達を誑かして奴隷として、曹操の盾として使い潰す、と」

 

 最大限の軽蔑を込めて糾弾する一刀。賈駆の方はというと、もはや体裁を取り繕うともせず、あからさまな敵意をたぎらせる。

 

「………話聞いてた? 条約にある義務は“共通の危機に対処”すること。必ずしも“戦争に間に合うように、充分な数の援軍を到着させる”とかそっちに都合のいいことは書いてない。 だいたい条約にそんな具体的な内容書いたら、絶対何かにつけて“遅い”だの“兵が少ない”だの文句をつけて条約違反だと騒ぎ立てるつもりでしょ」

 

「なるほど、それが袁家のやり口か。他人の心を読むというのは“自分ならこうする”と想像することにすぎない、とはよく言ったものだな。いや、勉強になったよ」

 

 一刀はフンと鼻で笑って肩をすくめる。こういった『マキャヴェリスト』はいつの時代に存在するし、相手がその手の輩と分かれば自然と冷静にも慣れた。

 元より外交において、限られた制限の中で自国の利益を最大化するのは当然のこと。誠実であったり義理堅い必要はなく、ひたすら損得で動くのみ。条約は都合良く解釈するもの………大方そんなことだろうと思っていた一刀だったが、しかし。

 

「ふん、まるでボク達と違って自分は清廉だと言わんばかりの態度ね。そもそもボク達から見れば、安全保障条約にタダ乗りしてる徐州の方がよっぽど悪辣よ」

 

 冷やかな視線を向ける賈駆。その目には失望がありありと浮かんでいる。

 

「逆に聞かせてもらうけど、もし仮にボク達が攻撃されてたら、あんた達はすぐ助けに来てた?」

 

 条約の序文で対処が定められているのは“徐州の施政下における武力攻撃”のみであり、袁術領についてはそもそも言及すらされていない。徐州に対する袁術側の防衛義務が曖昧なのは確かだが、そもそも徐州は袁術領に対する防衛義務を負っていないではないか。賈駆達が「徐州に有利」と称したのは、そういう理由からだ。

 

「もしボク達が徐州に防衛義務を負わなきゃいけなかったとしたら、逆にボク達が第3者に攻撃された時に徐州にも援軍派遣の義務が生じるってこと。 例えばそう、荊州の劉表あたりが攻めてきたら、徐州はボク達を守るために兵を何時ごろ何人ぐらい送る気だったの?」

 

「………他の諸侯に恨まれるのは、自由貿易を押しつけまくるお前たちの日頃の傲慢な態度が原因だろう。まるでお前らが勝手に始めた戦争だろうと、俺達は巻き込まれるのが当然とでも言いたげだな」

 

「今の言葉、いくつか修正して返すわね。“自由貿易の押しつけ”を“曹操の父親を殺した”にすればつい最近あった話になると思うんだけど」

 

 賈駆から言わせてもらえば自分達こそ、徐州が勝手に曹操と始めた戦争に巻き込まれた被害者だ。

 

「あと“曹操への盾にしてる”だっけ? 何をどう勘違いしたのか知らないけど、曹操に目を付けられたのは、ボク達との同盟に胡坐をかいて関係改善の外交努力を怠った徐州の失態じゃない」

 

 どうせ戦争になっても同盟を結んだ袁術が曹操を倒してくれる。ならば曹操に譲歩などせず強硬な外交で……そんなモラルハザードが徐州になかったとは言い切れまい。

 『モラルハザード』とは、元は保険業界の用語であり「保険に加入することで事故の損害が補償されるため、加入者の注意が散漫になり、かえって事故の発生確率が高まる」というリスクの事を指す。外交のおいても、大国と安保条約を結んだ事によって「仮に戦争になっても、大国が助けてくれる」という他力本願が醸成され、小国が戦争回避の為の外交努力を怠ってしまうという現象はよく聞く話だ。

 

「……外交交渉を続けていれば、曹操の徐州侵攻は防げたとでも? 違うな、曹操には最初から外交で解決する気などなかったさ。たしかにお前らとの同盟を過信する人間もいたが、徐州要人の大半は話し合いで解決しようと、何度も曹操に使者を――」

 

「あー、誰が正しいとか悪いとか、そういうのいいから。戦争の正当性なんて信じてるのは当事者だけだし、傍から見れば五十歩百歩だから。そうじゃなくて、外交では“戦争をした”事自体が問題なの。どうせ曹操軍と戦っても勝てないんだから、さっさと向こうの条件呑んでれば最小限の被害で抑えられたでしょうに」

 

「ッ……! 自分が当事者じゃないからって、知ったような口を…… 弱者は大人しく強者に食われとけと言われて、納得できる弱者がどこにいるんだよ!」

 

 ああ言えばこう言う。

 そんな押し問答を繰り返す2人を、劉備は沈痛な面持ちで見やる。

 

(どうして……こうなっちゃったのかな……)

 

 今まではずっと、袁術が自分たちを騙していたのだと思っていた。だがこうして賈駆の話を聞いてみると、どうも彼女達は彼女達なりに徐州に配慮をしていたらしいのだ。なのに何故、こうも擦れ違ってしまうのか。

 

 こればっかりは当事者と部外者の違い、と言う他あるまい。戦争などはその最たるもので、部外者にとっては物質的な損得のみが問題であるが、当事者にとっては自己のプライドやアイデンティティーといった人間の内面的な問題でもある。なぜなら当事者は戦争の原因について「自分は正しく、相手が悪い」と思いこんでいる場合がほとんどであり、相手の言い分を認めることと自己否定が同意義となるからだ。もし部外者のように「どっちもどっち」だと見なしていれば、純粋に物質的な問題になっただろうが。

 

(もう少し袁術さん達とも、きちんとお話しするべきだったのかも……)

 

 結局、自分は相手の事情を理解出来ていなかった――今更ながら、そんな単純なことに気づく。

 限定された情報だけで大局を見ようとしても、真実は見えてこない。賈駆の暴言の数々も、袁術陣営の立場から見れば当然のもの。自分達は袁術陣営が何を考え、自分達の行動をどう受け止めているかなど考えもしなかった。当然のことのように「自分の知っている事は、相手も知っているだろう。自分は相手の事を理解しているし、相手も自分の事を分かってくれているはずだ」と思い込んだまま、相手の立場になって考える努力を怠っていたのではないか、と。

 

「――桃香様」

 

「な、何かな? 朱里ちゃん」

 

 しばらく物思いに沈んでいると、諸葛亮から声を掛けられる。

 

「あの2人を見て、何を思いましたか?」

 

 諸葛亮は劉備より頭ひとつ小さく、愛用の帽子に隠れて表情は窺い知ることが出来ない。

 

「ご主人様の言葉と賈駆さんの言葉。その2つを聞いて、どうすべきだとお考えですか?」

 

 自分より年齢の幼い子供とは思えないほど、深刻な声だった。身じろぎ一つしない小さな軍師に、劉備は中途半端に立ちつくす。何と答えるべきか、何度か口を開こうとしてその度に口を閉じる。

 

「……わからないよ」

 

 やっとの事で声を絞り出す。

 

「わたしは……何も知らなかった。何とかしなきゃって思っても、何も知らないから……どうするべきかなんて分からないよ。だから、ただ見ている事しかできない」

 

「……では、見続けて下さい」

 

 そう言うと、ついに諸葛亮が顔をあげた。いつになく真剣極まる表情だった。

 

「たとえ何も出来なくとも、見続けるならできます。 何があっても目を逸らさず、何ひとつとして見逃さないで下さい」

 

 それはまるで罰を告げる審判者のようで。賈駆が一刀を押し切って安全保障条約締結のサインを求めてきた時も、劉備は黙って頷く事しかできなかった。

   




 初めての幕間です。徐州編は袁術陣営からの視点があまり無かったので、そっちの視点から見た徐州戦役を書きたくて……。

 ちなみに賈駆は、陶謙と劉勲の秘密条約は知りません。なので袁術陣営の主観で物事を捉えており、一刀が徐州の主観だけで事情を捉えているのと好対照を為しています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。