真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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68話:界橋の戦い

 

 華北に広がる大平原が、黄金と純白の二色へと塗りつぶされてゆく。

 南に展開する金色の波は、8万を超える袁家の勇者達。これに対し、北から風のようにさっそうと現れたのは、白き甲冑を纏いし人馬一体の精鋭部隊――公孫賛が誇る『白馬義従』だ。

 

 彼らは弓矢と軽装の防具・刀剣で武装した騎兵であり、遊牧民の専売特許である高度な達人技『騎射』を行える数少ない部隊であった。しかも征服した遊牧民で編成された弓騎兵が2000これとは別におり、重装騎兵と軽装騎兵も加えれば2万に達する。この当時にそれだけの騎兵を保持している群雄は、天下広しといえども公孫賛と馬騰の2名のみ。公孫賛が『白馬将軍』と呼ばれるのは伊達では無かった。

 

「困ったなぁ……僕の戦略ではこんな博打要素の強い決戦にはならないハズだったんだけど」

 

 部隊を展開させる公孫賛軍を眺めながら、袁紹軍の陣で小さくぼやいたのは1人の軍師だった。繊細な文学青年といった風貌の男の名を沮授といい、『監軍』という言わば参謀総長にあたる重要人物である。袁紹軍の軍事ドクトリン「第17計画」も骨子は彼の発案でもあり、有能な人物には間違いないのだが――

 

「予想より敵が多い……連中の国力では騎兵は多くて1万5000程度のはず。それが何で2万も……兵站への負担は歩兵22万人分なんだぞ!? しかも僕らはたったの(・ ・ ・ ・)8万7000しか居ないとか冗談じゃない」

 

 眼鏡をかけ直しながら、ぶつぶつと呟く沮授。

 

「青州があと一月早く降伏していれば、豪族の離反もなく公孫賛軍はせいぜい4万程度の軍しか用意できなかったはずだし、日和見を決め込んだ豪族も僕らに参加するはず。そうなれば僕が3年もかけて作り上げた計画通り、12万の圧倒的戦力で、僕の研究から導き出された攻者3倍の法則を達成できたというのに!」

 

 単細胞な袁紹と対照的な理屈っぽいオタ……研究者気質の持ち主なだけに、どうも数値上のデータや軍事理論に囚われ過ぎる上、専門以外の視野が狭いのが難点だ。『第17計画』の頓挫も、彼が外部の政治的干渉や兵の疲労など、理論として定量化できない要素を全て排除した事に原因が求めらる。

 

「うわぁ、沮授のにーちゃんってば、また小難しいことぼやいてるのかー。 ていうか、今日これで何度目だっけ?」

 

「7回だ。文醜君の前では3回目だけど」

 

「いちいち数えてたんだ……」

 

 何かかズレてる文醜と沮授の問答に、何かを諦めた様な表情の顔良。優秀な人には違いないのだろうが、どうして袁家はこうもクセのある人間が多いのだろうか。

 そんな彼女の悩みを沮授が知る由もなく、聞き手を得た彼は自論を熱く語り始める。

 

「そもそも、このような開けた場所では敵の騎馬戦力を最大限に活用されかねない。いいか、騎兵の速度は歩兵の約2倍。そして僕が古今東西の戦闘の文献を整理した結果、戦力は兵力×速度の二乗となる!つまり敵の実質的な戦力は2万×2の2乗+3万×1の2乗=11万で、僕たちは8万×1の2乗+0.7万×2の2乗=10.8万しかないんだ!」

 

「ほとんど変わらないじゃん」

 

「そういう慢心が命取りになるんだ、文醜君! 戦争は博打じゃない。精強な兵士を従え、圧倒的な数を揃え、完璧な計画を作り、誰にもケチをつけられないような華麗な勝利を収めること! それが僕の理想とする戦争の姿だし、現実もそうあるべきだ」

 

「あれ? その戦争観、前にどっかで聞いたような……」

 

 まんま袁紹の言葉である。

 

「だが袁紹様と来たら――「なーにを、さっきからグチグチと言っているんですのッ!?」」

 

 噂をすれば影。大きな声がした方角に目を向けると、当の袁紹がこちらへ向かってくるのが見えた。

 

「えっ、袁紹様!? 何故ここに……じゃない、その…本日もご機嫌麗しゅうございます」

 

 本人の登場を目にして、別人のようにかしこまる沮授。意外に律儀なのか、ただ単に小心なのか。……たぶん後者である。

 

「お、おはようございます、麗羽様」

 

「麗羽さまチーッス」

 

(文ちゃん……)

 

 最後になんか変なのが混じっていたが、とりあえず全員が袁紹に頭を下げた。

 

「みなさん、御機嫌よう。今日もいい天気ですわね……――じゃ、ありませんわッ!」

 

 カッと目を見開いて吠える袁紹。

 

「沮授さん、まーーーた懲りもせずに作戦に文句を言ってましたわね!? 決戦延期の話でしたらもう聞き飽きましたわ! いいこと? 袁家に“撤退”の2文字はありませんし“敗北”の2文字もありえませんッ!」

 

「いいえ!何度でも言わせてもらいます! 歩兵主体の我が軍では、野戦で騎兵主体の敵に勝ち目はありません。もっと戦力が揃うまで待つか、せめて陣地戦に持ち込んで騎兵の機動力を削ぐべきです」

 

「開けた場所の方が、敵の小細工がよく見えますわ!動きさえ分かれば対策もとれます! 数はこちらの方が多いのですよ!」

 

「兵力では勝ってますが、戦力では敵の方が上です。動きにくい場所か城に籠れば騎兵の戦闘力は半減し、後は純粋に数の勝負。敵の実質戦力は2万×1の2乗+3万×1の2乗=5万で、我が軍は8万×1の2乗+0.7万×1の2乗=8.7万と、最低でも2倍近くの戦力で戦える計算になります!」

 

「城に籠っている間に、敵軍が増えないという保障はありませんわ!」

 

 顔に皺をよせて理屈をこねる沮授と、身振り手振りを加えながら威勢良く叫ぶ袁紹。対照的な2人のスタンスを表すような討論を、顔良と文醜は「また始まった…」と呆れ顔で見つめていた。

 

「そもそも!戦力で勝っている上に率いる大将が名門なら、勝つのは当たり前です!策も軍師も必要ないですわ! 不利な状況でこその軍師ではありませんの!?」

 

「おっ、なんか姫様が珍しくカッコイイぞ?」

 

「でも冷静に考えると、要は丸投げなんじゃ……」

 

「聞こえましたわよ、2人ともッ!?」

 

 顔良を一喝して黙らせると、袁紹はその剣幕のまま矢継ぎ早に言葉を繰り出してゆく。

 

「それに、ここで戦わずして逃げれば、わたくし達は全ての冀州豪族からの信頼を失います!袁家こそが冀州の庇護者であるという信頼を!! いつ訪れるか分からぬ好機を待つより、今何が出来るかを第一に考えなさい!」

 

「それは……」

 

 バツの悪そうに眼鏡をいじる沮授。袁紹にしては筋の通ったもの言いに、つい反論のタイミングを逃してしまう。しかもよくよく考えれば、戦略的には理が通っているのだ。

 戦術面から見れば戦力が揃うまで待つのが道理だが、政治も含む戦略面から見れば必ずしもそうとは言い切れない。モタモタしてる内に公孫賛に鞍替えする輩も出てくるかもしれないし、何より領土が荒らされているのに敵を恐れて何もしない、となれば袁家に対する期待と支持は地に墜ちる。筆頭軍師である田豊が今回の出兵に反対しなかったのも、そういった政治面を考慮しての事かもしれない。

 

「……仕方ありません。ですが、僕が反対した事実は記憶して頂きたい」 

 

 結局、沮授は不承不承ながら頭を下げて承諾の意を示す。

 後に華北の覇権を決める決戦が始まる、数刻前の話であった。

 

 

 ***

 

 

 『界橋の戦い』は公孫賛と袁紹という2つの群雄が、華北における覇権を決定づけた戦として後世の記録にも残されている。両軍合わせて13万もの大部隊が激突し、戦場が平原であることを考えれば虎牢関の戦いをも上回る最大級の野戦であった。

 

 袁紹は当時の常識にならい、最もオーソドックスな布陣――歩兵を中央に配置し、両翼を騎兵でかためる――で部隊を展開させた。騎兵は補助戦力として位置づけられており、兵数が少ない事から走・攻・守のバランスのとれた槍騎兵が中心となっている。主力は中央の歩兵部隊であり、重装歩兵5万5000は横広に3段が配置(前衛、中衛に戦時動員の兵を2万づつ、後衛に常備兵1万5000)され、この後ろに1万の親衛隊(豪族軍ではない、袁家の直属部隊)という厚みのある配置だ。これに加えて後方に軽装歩兵1万5000が予備として温存されている。

 袁紹軍の戦術は単純にして明快だった。すなわち優勢な歩兵戦力をもって、しゃにむに中央を突破するというもの。重装歩兵の生みだす衝撃力と耐久力は強力無比であり、装備に劣る青州軍相手に無敵を誇った戦法だ。

 

 対して公孫賛軍の布陣も中央に歩兵、両翼に騎兵を置くのは袁紹軍と同様だったが、両翼の騎兵は先頭に白馬義従、側面には弓騎兵と軽騎兵が、後列には重装騎兵が控えていた。公孫賛の意図は両翼包囲にあり、中央で歩兵が敵主力を拘束している間に騎兵同士の戦闘で素早く勝利を収め、側面から敵を包囲することだった。

 

 片や歩兵の優位を前面に押し出した正面突破、片や騎兵の優位を生かした両翼包囲。しばしば後世の教本にも載せられるこの戦いは、両軍ともに堅実で基本に忠実な戦いとして大いに参考にされるほど。

 逆にいえば普通すぎ、用兵学の観点からの評価は決して高くはない。とくに袁紹軍では、本来なら暴走しがちな軍を統制せねばならない総大将が一番積極的に突撃を煽っていた事もあり、無為無策と思われても仕方ないだろう。

 しかし統率論の観点から見れば、決して間違っているとは言い難い。界橋の戦いは、古参の指揮官ですら経験がないほど兵の数が多く、その制御は困難を極めた。また袁紹軍の大半が傘下の豪族による連合軍である事からも、下手に策を弄する方が混乱を引き起こす可能性があった。

 

 ◇

 

 ――袁紹軍・中央

 

 重装歩兵6万5000対軽装歩兵3万。中央部に限って言えば、戦力差は圧倒的だった。

 ならば、このまま勢いで押すべし。袁紹はためらうことなく正面突撃を命令する。

 

「全軍前進っ! さぁ、袁家の兵に恥じない戦を見せるのです!!」

 

 堂々たる号令に対する返答は、数万の兵士が生み出す大地の鳴動。勝利を求めるときの声が張り裂けんばかりに響き渡り、その熱狂は次々に兵士達の心を侵食してゆく。

 

 数の優位というのは、それだけで兵の士気に直結する。指揮官クラスならまだしも、先月まで畑を耕していたような兵卒には小難しい戦術など分かりはしない。

 

 ――数は力。力こそが強さ。戦では強い方が勝つ。ならば、正面から正々堂々と。

 

 単純短絡、それ故に明瞭明快。軍師や軍事評論家から蔑視されるであろう知性の欠片もない戦法だが、その“分かり易さ”は教養などない一般兵にとって非常に力強く映ったのだ。

 

「「「うぉぉぉおおおおおっっ!!」」」

 

 士気の高い兵による力攻めほど厄介な攻撃はない。興奮した猛牛の如く、一心不乱に駆けだす袁紹軍兵士たち。敵の矢を防ぐために左手に持った盾をやや上に掲げ、右手に持った槍か剣を正面に構え、雄叫びを上げながらの全力ダッシュ。まさに気合いと筋肉に頼った脳筋戦法だが、時として下手に小細工を弄するより有効な攻撃と化す。

 そんな彼らと対峙する事になった、公孫賛軍軽装歩兵は不幸と言う他ない。もともと装備で劣る上、数も士気も敵の方が上なのだ。ばたばたと人が倒れ、戦列が崩壊する。運が良ければ鎧の隙間を突いて袁紹軍兵士をしとめる事も出来たが、すぐに完全武装の新手が仲間の仇打ちとばかりに切りかかってくる。損害と消耗を気に留めていないかのような袁紹軍の奔流が、公孫賛軍の戦列を呑み込まんとしていた。

 

 ◇

 

 しかし両翼ではこれと同様の光景が、今度は立場を変えて再現されていた。

 

「行くぞッ! 正面突撃しか能のない連中に、本当の戦を教えてやれっ!」

 

 馬蹄を轟かせながら、騎馬の大部隊が迫りくる。それを統率するのは、冀州でもその名を知られた趙子龍。名将の指揮する精鋭部隊の雄姿に、袁紹軍兵士は固唾を飲む。

 

「来るか」

 

 そう呟いたのは、生真面目そうな容姿の若い女性武将だった。自軍を質・量ともに上回るであろう公孫賛軍騎兵が、わき目も振らず自分の部隊に突っ込んでくるのを見ながら、左翼騎兵指揮官・張郃は表情を硬くする。

 

 もともと騎兵戦力では質・量ともに勝ち目はない。そのため主力の歩兵が中央突破を成功させるまでの「時間稼ぎ」が、彼女らに与えられていた戦術目標である。極めて妥当な判断であり、戦術の常道とも呼べる配置と指示。だが、それゆえに敵にも読まれ易い。

 

「我が軍の魚鱗と対になる包みの構え……敵の狙い、鶴翼と見た」

 

 魚鱗と鶴翼、突破と包囲。古今東西の戦を極限まで突き詰めると、先の2つに集約される。そして勝利の女神は、この競争を先に制した者に微笑む。 

 

「忠猛なる袁家の将兵に告ぐ! 聴力をもって知覚せよ!」 

 

 張郃は太刀を抜いて天にかざすと、兵に向かって高らかに呼びかける。

 

「我らはこれより、敵騎兵の更に外へと廻り込む! つまりは迂回だッ! 」

 

 騎兵という兵種は、基本的に側面からの攻撃に対して脆弱である。そこで張郃は敵騎兵の更に外側に移動することで、自軍より遥かに優勢な公孫賛軍右翼の側面を脅かそうと考えた。迂回攻撃に成功すればそれでよし、逆にこちらの意図が見抜かれていても敵兵力は引き剥がせる。張郃らの部隊を残したまま袁紹軍歩兵部隊を包囲するなど、逆包囲して下さいと言っているも同然の愚行だからだ。

 

「全騎進めぇっ! 敵側面に向かって進めぇッ!」

 

 張郃の号令を受け、袁紹軍騎兵が一斉に弾かれたように飛び出す。総勢3500の人馬が一体となって疾走し、華北の乾いた土を巻き上げる。

 

「華北の騎馬武者達よ、 敢えて言わせてもらおう。――戦場に張儁乂ある限り、すんなり包めると思わないことだッ!」

 

 ◇

 

 公孫賛軍の強みの一つは、かつて劉備を受け入れた時に北郷一刀から入手した『鞍』と『鐙』の存在であろう。この発明によって幼少より慣れ親しまなくとも乗馬術が比較的簡単に得られるようになったため、彼女は遊牧民に匹敵する質の騎兵をより多く揃えることが出来たのだ。

 彼女の精鋭部隊・白馬義従はその中でも特に優れた騎兵の集団であり、騎射が出来る正規軍でもある。軽装の防具と刀や槍なども保有しており、作戦よりも自分の命が優先という半傭兵的な遊牧民弓騎兵と違って、いざとなれば近接戦闘も可能であった。

 

「かかれ! 一気に敵騎兵を蹴散らしてやれ!」

 

 右翼騎兵の指揮官である趙雲の号令を受け、公孫越は白馬義従を率いて先陣を切る。彼らの目的は執拗に騎射を繰り返し、敵の陣形と士気を崩すこと。鈍重な重装歩兵にとっては天敵であり、同じ騎兵でさえ相手にするのは一苦労である――はずなのだが。

 

「……っ! 袁紹軍め、逃げる気か!?」

 

 こちらへ疾走していた袁紹軍騎兵が、突如として進路を変えたのだ。先頭の騎兵が斜め左(公孫賛軍からは斜め右)に方向転換したのにつられるように、後続の騎兵部隊も迂回を開始する。

 

(不利を悟って離脱したのか、なら連中は無視して、そのまま敵軍を包囲すれば……)

 

 飛び道具を持たない重装歩兵は、為す術もなく打ちのめされるであろう。そんな誘惑が公孫越の頭をよぎるが、すぐに頭を振って否定する。

 

(そんなうまい話、そうそう都合よく起こるはずもない……。敵の動きにも、何か意味があるはずだ)

 

 そうと分かれば、敵騎兵の意図を掴む事はたやすかった。全体的な騎兵戦力で劣る以上、袁紹軍騎兵が勝つには正面衝突を避けて側面攻撃に勝機を見出す他ない。ここで彼らを無視して歩兵部隊に向かえば、敵の思う壺だ。

 

「――総員に通達! 包囲は後回しだ! 右に移動せよ!」

 

 公孫越は瞬時に判断し、敵騎兵の進路方向を塞ぐように移動する。すると袁紹軍騎兵はそれに気づき、更に迂回しようとし、白馬義従もまたつられて外へ外へと異動する。上空から眺めると、両軍の騎兵隊は主戦場から離れる形になっていた。そう、両翼は中央から分離され、中央部は袁紹軍優位のまま突破されんとしていたのだ。

 

「っ……まずい! 全部隊、一時移動中止!」

 

 ここまで来て、敵の狙いに気づかないほど公孫越は愚かではない。主力たる騎兵隊が遊兵となりつつある現状を改善すべく、部隊を2手に分けて対応しようとする。だがそのためには部隊を一時停止せねばならず――全軍が騎乗して疾駆している最中に部隊を分割しようものなら大混乱に陥る――運の悪い事に張郃はその隙を見逃すような愚将ではなかった。

 

「いざ、推して参るッ!!」

 

 張郃を先頭に、袁紹軍騎兵が右旋回し突撃する。慌てて前方の白馬義従が騎射を開始するも、彼女は気にすること無く馬を走らせた。

 いくら騎射が脅威とはいえ、弓を馬上で扱う以上、その有効射程は100mにも満たない。騎兵が全力で駆ければ、撃たれる回数はせいぜい1度か2度。よほど熟練した弓騎兵ならパルティアン・ショットと呼ばれる移動しながらの騎射も可能だが、ぐらぐらと上下左右に揺れる移動中の馬上でブレずに照準を定める事はほぼ不可能であり、その上で高速移動する敵騎兵を仕止められる確率は更に低い。

 

「真っ直ぐにッ! 一直線にッ――!」

 

 同僚の脱落には目もくれず、槍騎兵の群れが突進する。まずは大きく散開した状態で走り、敵の第一射が終わってから徐々に隣にいる味方との間隔を狭め、速度を上げながら敵と衝突する寸前に最も高速かつ最も密集した形となる。典型的な槍騎兵のランスチャージであり、騎兵の持つ運動エネルギーを最大限に活かす突撃戦法だ。

 

「貫き届けぇッ! 我が無双の一突きッ!!」

 

 そのまま両軍はぶつかり合い、武器と防具の奏でる金属音が大気をつんざく。雄叫びと悲鳴が唱和し、敵味方が交錯する。長大な槍が敵を貫いたかと思えば、別の騎兵の刀で横薙ぎに腕を切り落とされる。

 しかし、全体として見れば袁紹軍が押していた。乗馬と騎射撃の腕では勝る白馬義従だが、接近戦は彼らの本分ではない。混乱は拡大し部隊の連携はとうに失われ、各々の兵士は全速で離脱を図ろうと懸命だった。

 

「我が槍の行く手をォッ! 遮るなァッ!!」

 

 背中を見せて敗走する白馬義従を追撃する袁紹軍騎兵。兵は手柄を立てて一旗揚げようと、将は有力な敵騎兵を一人でも減らそうと、獣のように逃げる獲物を追う。軍馬の数では劣る袁紹軍だが、それだけに騎兵は有力な豪族の子息で構成された精鋭であり、個人の技量では決して公孫賛軍に劣らない。己の武勇を示す絶好の機会とばかりに、兵士達はひたすら敵を追いかけ仕留めることに熱中する。

 

――ゆえに。

 

 

「勝つのは私だ」

 

「――っ!?」 

 

 軽騎兵を率いて追いかける趙雲が端麗な顔にうっすらと笑みを浮かべたのと、前進する張郃の表情から全ての興奮が抜け落ちたのは同時刻であった。




 「界橋の戦い」辺りは公孫賛の全盛期。恋姫原作だといつの間にか袁紹に負けてしまう公孫賛ですが、史実だと初期はむしろ優勢だったとか。

 レギオンとかファランクス的な重装歩兵で正面からガンガン押していく袁紹軍と、騎兵の機動力を活かした両翼包囲を狙う公孫賛軍。「兵力」は袁紹軍の方が多いですが、騎兵が少ないので「戦力」ではほぼ互角となっている点がミソです。現代戦で言えば歩兵師団VS機甲師団みたいなもんですかね?
 兵力と戦力は別物なので単純に「寡兵で大軍を~」みたいに兵数だけで比較できないのが戦史の面白い所だと思ってみたり。

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