真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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第八章・新世界への扉
73話:見えない敵


     

 陳留の街はずれにある酒場――表面上はそうなっている――では、非公式の会談が開かれていた。 曹操が程昱ら軍師たちに命じて作らせた極秘施設のひとつで、あまり表沙汰にはできない事情を扱っている。

 

「ほほー、そのような申し出ならば大歓迎なのですよー」

 

 とぼけるようにそう語る程昱に、目の前に座る客人は皮肉げな声で答える。

 

「いやなに、そちらには何度もお世話になっています。このぐらいの協力は当然のことですよ。友人が困っている現状で、支援を惜しむつもりはありません」

 

 客人と彼の所属する勢力が、自分たちに接触を図ってきたのはつい先週のことだ。徐州戦役で疲弊した曹操軍だが、程昱のもとにはこうして協力を申し出る客人が度々現れる。

 

「袁家は勝ち過ぎました。北も、南も。 そうは思いませんか?」

 

「そうですねー。あの2人が天下を統一してしまったら、それこそ悪夢だと風も思うのですよ」

 

 程昱の返答を最後に、客人は満足そうな表情で退室した。袁家を抑える――その一点で利害は一致しているはず。付け加えるならば、同盟者は自分より弱い勢力であることが望ましく、徐州戦役で疲弊した曹操軍は理想的な番犬に映っていたのだろう。今の曹操軍は昔に比べれば弱体化しているが、その分手綱は握りやすいという訳だ。

 

「まぁ、あの華琳様がこのまま黙っているとも思えませんけど」

 

 程昱は口元を手で覆い、くすりと笑う。たしかに徐州では少なくない犠牲を払った。だが、それを教訓として曹操軍は変わりつつある。より強く、より統一された覇王の兵士へと――。

 

「しばらくは踊ってあげましょう。能ある何たらは爪を隠す、ですよ」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 徐州・下邳にて――。

 その日の昼下がり、下邳城にあるオフィスでは諸葛亮がいつものように仕事に精を出していた。眠気に負けじと目蓋をこすりながら、大量の書類に目を通していく。袁家から大運河建設の資金を調達したはいいが、仕事はまだ山ほど残っているのだ。とりわけ最近になって頻発するようになった事件が、建設中の大運河に対する襲撃だ。現政権への不満から既得権益層の反発まで、表向きの原因は様々だが、背後に曹操や劉表などの影がちらついている。どれも一筋縄ではいかない相手ばかりだ。

 

 特に曹操軍はとりわけ厄介な存在だった。徐州から主力部隊を撤退させたとはいえ、未だに琅邪城には沢山の兵士が駐屯しているし、それが及ぼす悪影響も見過ごせない。反体制派や反乱分子がそこに逃げ込んでしまえば、諸葛亮らは手を出せないからだ。例えば先の運河襲撃事件も、実は曹操側が仕組んだ陰謀なのではないかという陰謀論がかなり幅を利かせている。

 

 しかし疲弊した徐州にもう一度戦争をやる余裕はなく、曹操軍もそれを見越して様々な策略を張り巡らせていた。数え切れないほどのテロ事件に加え、いくつもの反政府組織を支援している。戦後復興に手一杯だった徐州政府はこれを完全に取り締まることができず、徐州に多額の債権を持つ袁家は不満を募らせていた。

 中には徐州を完全に併合しようという過激な意見もあり、曹操陣営による破壊工作をどれだけ防げるかは徐州政府の目下の課題となっている。その対策に頭を悩ませていた折、ドアを叩く音に気づいて顔をあげると、扉から連絡係が顔を出した。

 

「劉書記長がお見えです」

 

 諸葛亮は驚いたような表情をして、慌てて窓の外を見る。すでに太陽は45度ほど西に傾いており、事前に予定されていた劉勲との面会時刻まであと僅かだ。

 

「分かりました。通こちらにして下さい」

 

 連絡係が劉勲を連れてくるまでの短い間に、諸葛亮は急いで身だしなみを整える。机の上にある鏡を見ながら跳ねている髪の毛を撫でつけたり、シワの出ないように漢服の乱れを直す。

 しばらくすると短くドアがノックされ、高級感のある革のバッグを片手に、劉勲が軽やかな足取りで入ってくる。諸葛亮が挨拶しようとすると、劉勲が人差し指を唇に当てて制した。

 

「結構よ。せっかくのお忍びなんだし、今日は堅苦しい挨拶は無しで――ね?」

 

 長い睫毛からのぞく翠の瞳に皮肉っぽい色をたたえ、劉勲はにっこりと微笑む。諸葛亮は彼女に脇にあるソファをすすめると、自らも傍に座る。

 

「それで、用件というのは……?」

 

「建設中の運河が襲撃を受けたって話は知ってるわよね?」

 

 諸葛亮は深刻な表情で頷く。あの事件では徐州の人間が15人も死んだのだ。実行犯は捕まったが、彼らの自白するところによれば、まだ裏には黒幕がいるらしい。この計画には徐州の未来がかかっているだけに、諸葛亮としても自体の収拾を図る必要があった。

        

「何か新しい展開があったのですか?」

 

「ええ。ちょっと見てくれる?」

 

 劉勲はバッグから一枚の紙を取り出すと、諸葛亮にもっと近くに寄るよう手招きする。紙に書かれていたのは、犯人からの押収品リストだった。

 

「これは、前に私が賈駆さんに送ったものですね。なるべく多くの取り調べ調書を送ってほしいと頼まれましたが……」

 

 本来なら徐州で発生した犯罪は徐州政府が担当するのが普通なのだが、何せ大運河建設は半分近くが袁家の出資で成り立っている。捜査に協力しろと言われれば、諸葛亮に断れるはずもなかった。

 劉勲はリストを手に持ったまま、諸葛亮にも良く見えるように肩を寄せる。

 

「ほら、ここを見て。押収された武器の一覧よ。投げ槍、矛、薙刀……土地を奪われた農民の報復なのに、使われた武器はやけに軍用品が多いと思わない?」

 

「たしかに……! 普通なら、農民たちは鍬や鋤といった農具を武器にするはず。軍用品を使っていたとなれば、誰かが手引きしている確率が高いかと」

 

 どうやら陰謀論は真実であったようだ。特に疑わしいのは曹操だが、劉表など他の諸侯である可能性も外せない。

 

「賈駆ちゃんもそう言ってたわ。それに、もし本気で大運河建設を妨害しようとしている黒幕がいるなら、こんな一度の襲撃で満足するはずがない、ともね」

 

 一度の決戦より十度の小競り合い――インフラ破壊などのゲリラ戦では継続的に被害を与えることが重要だ。となれば黒幕は次の襲撃のために、まだまだ多くの武器を溜めているはず。どこかに武器倉庫があるはずだ……そう考えた賈駆は、コラボレーターを使って手当たり次第に情報を集めた。

 

「そしたら広陵郡に新しく建てられた寺院に、大量の武器が運び込まれているらしいって話が出て来たの。情報提供を受けただけで、まだ確証は無いんだけど……どこか心当たりはあるかしら?」

 

「寺院……ですか」

 

 諸葛亮が呟く。当時の中華では、仏教はまださほど広まっておらず、今でいえば新興宗教扱いだ。黄巾の乱によって大損害を受けた諸侯は、当然ながら新興宗教をマークしている。仏教や五斗米道といった新興宗教の広まりは、徐州政府も依然から潜在的危険因子として危険視していた。

 

「ひょっとして……」

 

「何か知ってるの?」

 

 劉勲が好奇心に満ちた声で問いかけると、諸葛亮は嫌なものでも思い出すように、苦々しげに口を開いた。

 

「笮融さん、という人がいるんですが……広陵で仏教保護に篤く、しかも要注意人物といえば彼しかありえません。昔は陶謙様のもとで物資輸送の監督官を務めいたのですが、裏でそれを私物化して不正蓄財していた人物です」

 

「本当?だったら話が早いわ! 今すぐにでも逮捕してもらえないかしら?」

 

「ですが、具体的な証拠もなしに逮捕なんて……」

 

 ためらいがちに言葉を濁す諸葛亮に、劉勲は問題ないとでもいうように快活に口を開く。

 

「そんなもん拷問室に連れてけば欲しいだけ出てくるわよ。そうね、急いで自白させたいなら関節脱臼させるか、逆さ吊りがいいんじゃないかしら。あんまり外見に痕残らないし」

 

 自らが口にした拷問の様子を想像しているのか、うっとりするようなポーズを取ってみせる劉勲。鋭い犬歯がのぞき、見開かれた緑の瞳には嗜虐の色が浮かんでいる。

 

「後はそうねぇ、念のために家族も捕まえといて、目の前で拷問するってのはどう? こっちは逆に視覚効果重視で、ヘラで1枚づつ爪剥がすとか」

 

「劉勲さん!」

 

 諸葛亮はうんざりした声で劉勲の言葉を遮った。

 

「そんな残酷な事はしません。“疑わしきは罰せず”、それが徐州政府の方針であり、州牧・劉玄徳様の意思です。笮融さんを尾行して、もし証拠が集まったら法にのっとって逮捕します」

 

 劉勲は静かに諸葛亮を見つめた。興奮した表情が消え、一瞬だけ深い軽蔑の色が走ったかと思うと、いつもの注意深い冷静な目に戻る。

 

「そう、分かったわ」

 

 劉勲は軽い溜息をつくと、無造作に垂れていた髪を片方の耳に掛けた。耳元のピアスが小さく光沢を放つ。

 

「なら、この件は諸葛亮ちゃん、アナタに任せるから。賈駆ちゃんと人民委員会にはアタシから伝えておくから、なるべく早く犯人をつきとめて」

 

「構いませんが……なぜ私に?」

 

「アナタの事を信じてるからよ、諸葛亮ちゃん」

 

 そう言う劉勲の声は、内心ではあまり期待していないかのように無感動に響いた。まるで値踏みするような――出世に役立ちそうな部下を見定めている上司に近い感じとでもいえばいいのだろうか。

 

「もし犯人を見つけ出して運河を早急に完成させる事が出来れば、見返りは充分あるわ」

 

 暗にその逆もあり得るという意味を含ませ、劉勲は謎めいた笑みを見せた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 劉勲からの要請に従い、諸葛亮はすぐさま捜索部隊を編成し、北郷一刀がその任にあたることになった。劉備の側近と目されている一刀であるが、関羽・張飛のように将として軍に常勤しているわけでもなければ、高級官僚として諸葛亮や鳳統と同じ政治・事務作業を担当しているわけでもない。要は無任所大臣に近い形で、「人手が足りない時に特命を与えて、いろいろな業務を処理させる」という便利屋のような扱いである。

 

「あれから4日間、張り込みの収穫はゼロか……」

 

 その日の夕闇が訪れる頃には、今までの努力の全てが空振りに終わるのではないかと、そんな鬱屈した感情が一刀を苛んでいた。時間だけがのろのろと過ぎてゆく。

 

 4日前、一刀は諸葛亮に言われた通りに広陵に赴き、そこで確かに新しく建立された仏教寺院を見つけた。早速、その内部をしらみつぶしに捜索したのだが、出てきたのは大量の巻物と仏具、法衣といった陰謀とは無関係のシロモノばかりだった。

 もうひとつの捜索目標である笮融の屋敷でも捜査を行ったものの、年老いた家老と使用人が何事かと訝しげな顔をして一刀たちを眺めるばかりで収穫はなかった。彼らに当主の居場所を問うと、一刀たちが来る2日ほど前に行き先を告げずに出たきり、屋敷には戻ってこないという。

 

 タイミングとしては出来過ぎている――確証こそないものの、笮融が何らかの手段で逃走した可能性はかなり高いと一刀は見ていた。諸葛亮が袁家から聞いた報告によれば、身内に裏切り者が潜んでいるかもしれないという。もし笮融がクロで、内通者の助けでこちらの意図に気づいたならば、今頃はとっくに別の拠点を構えているだろう。あるいは裏で糸を引いている黒幕 (もしいるとすれば)の元に報告にでも言っているのかもしれない。

 

(クソッ、ギリギリで逃げられたか……?)

 

 それでも逃走先が分からない現状では、笮融が帰還する事に一縷の望みをかけて張り込みを続けるしかなかった。部下の兵士たち笮融邸と寺院を監視させると共に、広陵中の関所にも見張りを置いたが、今のところ成果は上がっていない。

 その上この手の仕事は退屈で、兵士たちにとにかく評判が悪い。毎日それぞれに割り振られた巡回経路を延々と回り続けるか、何時現れるとも知らぬ犯人を待って同じ監視場所で何日も寝泊まりする羽目になるからだ。必然的に士気も上がらず、不平を漏らす部下たちを宥めるのに一刀も苦労していた。

 

「北郷さん、自分達、いつまでこの手の捜査を続けなきゃいけないんですかねぇ?」

 

 糜竺という名の役人が、一刀に不満げに漏らす。彼の前にある机の上には大量の書類――ここ数週間の間に広陵郡の関所を通過した物資の出納記録がある。これを整理して、武器の搬出入量やその経路を調査するのが彼の担当だった。よほど面倒なのか、始終ひっきりなしに貧乏ゆすりをして一刀をイライラさせていた。

 

「何遍見ても怪しい記録なんてありませんよ。だいたい向こうがもし本気でやってるなら、馬鹿正直に関所通って武器を運んだりしませんって」

 

 常識で考えればその通りなのだが、万が一ということもある。そう考えて関所の記録を調査させた一刀だったが、努力もむなしく空振りに終わったようだった。広陵中の関所を調査しても武器が大規模に出入りした記録はなく、特に怪しい案件もない。

 

「別の何かに偽装して運び出しているって事はないか? 例えば、ここ数週間で急に特定の何かの搬出が増えたりとか……」

 

「無いですね、いつも通り平常運転ですよ。むしろ何も無さ過ぎて逆に怪しくなるぐらいです」

 

 あっさりと否定される。

 

「これだけ広陵中をひっくり返して何も見つからなきゃ、やっぱどっかから密輸されてるんじゃないんですかねぇ?」

 

 糜竺が投げやりに言う。その態度はともかくとして、武器が密輸されているのではないか?という疑問は否定できなかった。笮融が単独犯で自前で武器を作ったという可能性もゼロではないが、それらしき証拠は見つかっていないし、そもそも動機が不十分だ。状況から考えて曹操か劉表あたりが黒幕で、笮融はその手駒として動いていると考えた方が現実的といえる。となれば武器も外部から密輸されてると見るべきなのだが、問題はその運搬手段が分からない事だった。

 

「密輸っていうのは普通、小さくてかさばらないモノでやるもんだろ? どうやって関所も通らずに、武器みたいに重くて大きいモノを大量に運ぶんだ?」

 

「馬車とか?」

 

「だから、そんな大袈裟なものが通れる道路には全部関所があるって」

 

「じゃあ……人力?」

 

「真面目に考えてくれ。人力とか、逆に悪目立ちするだろ」

 

 というより人件費とか密輸作業員の食費などを考えると、コスト的に割に合わない気がする。曹操にしろ劉表にしろ、遠い自分の領土から遥々マンパワーで大量の武器を密輸するなんてアホな真似はしないだろう。

 

「船?」

 

「一度に大量に運べる分、まだそっちの方が可能性があるな………」

 

 続きを言おうとした所で、一刀の動きが止まった。糜竺の方も貧乏ゆすりを止め、2人で目を見合わせる。

 

「「――それだ!!」」

 

 2人で同時に叫ぶと、急いで部屋の隅にあった箪笥の中から地図を引っ張りだす。糜竺が徐州を中心にした中華東部の地図を見つけると、一刀は彼の手からそれを奪うように手に取り、書き込まれた河川の位置をじっくりと確認する。

 

「わかったぞ。恐らく……」

 

 目をしばたたき、一刀はもう一度地図を見た。広陵郡は徐州の最南端にあり、そこから南に行けばまだ未開の地の残る揚州が広がっている。そして両州の間には、互いを隔てるように流れる広大な河――長江があった。

 

「笮融は武器を揚州から運び込んでいたんだ……」

 

 

 **

 

 

 案の定、次の日に一刀達が長江沿岸の船乗りに聞き込みを行うと、近頃は知らない船を度々見かけるという。「知らない」というのはきちんとした港に停泊市に来ないために素性が分からない、という意味であるため、船乗りたちの間でも揚州からの密航船ではないかという疑念がもたれていた。

 

 

 一刀は急いで下邳に戻り、事の次第を伝えるために諸葛亮の執務室へと向かった。

 諸葛亮は突然現れた一刀に驚いた顔をしたが、興奮冷め止まぬ一刀の推論を聞くと表情を曇らせた。

 

「広陵郡では決定的な証拠は見つからなかった。ですが、代わりに別の手掛かりが見つかったと……そういうことですか? 揚州に犯人、あるいはその協力者がいるかもしれない、と」

 

「ああ。朱里、これは偶然なんかじゃない。広陵で笮融と大量の武器が消失したのとちょうど同じ時期に、長江近辺で密航船の目撃回数が増えているなんて、まぐれにしては話が出来過ぎてる」

 

 一刀が顔を紅潮させながら言う。諸葛亮の表情の変化にも気付いていない。

 

「多分、笮融は揚州から長江を渡って武器を運びこんでいたんだ。でも俺達が捜査を始めたから、危ないと感じて揚州に脱出した。その際、証拠となる武器も一緒に船に乗せて輸送したんじゃないか?」

 

 諸葛亮は目を閉じ、何かを考えているようだった。次に目を開いた時、その表情はどちらかといえば困り果てた様子で、諸葛亮は一刀ゆっくりと口を開く。

  

「それは、もしそうだとしたら……私たちは微妙な立場に立たされるかも知れません」

 

 仮に一刀の推測が正しかった場合、大運河建設を快く思わない者、あるいはその協力者が揚州にいるという事だ。

 

「袁術さん達が一枚岩ではない、という話は知っていますよね? この前の閲兵式後の祝賀会でも、劉勲さんと張勲さん、賈駆さんと周瑜さんがそれぞれが積極的に人脈を作ろうとしていました」

 

 人脈を作る、というのはこの場合、味方を増やすことと同義。そしてあの祝賀会に出席していた袁家の主要メンバーは、全員がバラバラに動いていた。単に分散して効率よく人脈を広げているだけという可能性もゼロではないが、諸葛亮の見た限りでは袁家家臣の間にそこまで強固な仲間意識があるようには思えなかった。となれば、野心に燃える袁家家臣たちのこと。華やかなパーティーの裏で、熾烈なコネクション作りの合戦が繰り広げられていても驚くには値しない。

 

「……ここから先の話は、他言無用でお願いします」

 

 諸葛亮は声のトーンを落とすと、盗聴を警戒するように一刀に近づき、耳元でそっと囁く。

 

「恐らく、袁家内部では再び権力闘争が起こっています」

 

 一刀は一瞬、驚いたように目を丸くしたが、すぐに険しい表情になる。言われてみれば、思い当たる節はいくつかある。

 例えば、この前の軍事パレード後の祝賀会。一刀も劉備の付き添いとして出席していたのだが、いつになく積極的に動く周瑜に違和感を覚えていた。これまでも何度か前徐州牧・陶謙と共に袁家主催のパーティーに参加したことがあったが、いずれも孫家が積極的に動く様子は見られなかった。恐らくは袁家に野心を疑われる事を警戒しての事だと一刀は推測していたが、その時はそんな様子は見られなかった。

 そこから考えられる可能性は2つ。袁家が完全に孫家を信用したか、あるいは何らかの理由で監視を緩めざるを得なかったか――だが、両者の関係を見る限り前者は考えにくい。恐らくは後者だろう。

 

 それに、未来の知識を持っている一刀は、史実で孫家が袁術に対して反逆することを知っていた。勿論その全てがこの世界に応用できるわけではないが、ことに袁家と孫家に関しては史実通りと見て良いだろう。両者の不和は周知の事実であり、巷でも孫家は遅かれ早かれ袁家から独立すると噂されていた。

 

(まさか、それが真相なのか……?)

 

 華北における袁紹の覇権により、軍司令官の張勲は勿論、劉勲もまた外交・経済的に苦境にある。長引く戦争は不況となり、不況は民衆の不満となることから、諜報機関を統べる賈駆も増え続ける反体制派に手を焼いていた。

 もし孫家が本気で反乱を起こすつもりなら、またと無い絶好のチャンスだ。もしかすると、この状況すら彼女らが仕組んだものなのかもしれない。だとすれば――。

 

「袁家と孫家の争いに、俺達も巻き込まれるかもしれないってことか……」

 

 無言で肯定の意を示す諸葛亮を見て、額を抑えながら呻く一刀。いずれ両者が対立するであろう事は予想していたが、まさかこのタイミングで巻き込まれる事になろうとは。 

 

(もし孫家が勝てば、袁家から資金を出してもらってる大運河建設は白紙に戻る……。逆に袁家が無傷のまま孫家の粛清に成功すれば、徐州は完全に袁家に頭が上がらなくなる。かといって、決着がつかずに内乱が長引けば……)

 

 間違いなく曹操に付け込まれる。軍を立て直すべく一旦本拠地に撤退したとはいえ、依然として彼女が脅威であることに変わりはない。

    

「……ひとまず、この話はここまでにしましょう。まだ確信にたる物的証拠がある訳ではありません」

 

 諸葛亮は硬い表情をしたまま、歯切れ悪く言葉を濁す。

 

「袁家には明日、私から今の話を伝えておきます。 それから念の為、雛里ちゃんにも相談しようと思います。万が一に備えて、いろいろ準備する必要も出てくるかもしれません」

 

「俺は? 何をすればいい?」

 

 諸葛亮は顎に手を当てて思案するような仕草をした後、おもむろに口を開いた。 

 

「一刀さんは揚州に向かって下さい。目的は運河襲撃事件に対する捜査協力の依頼という形で、まずは揚州牧・劉繇に会ってもらいます」

         




 前回の投稿から、かなーり時間が空いてしまいました。
 リアルが忙しいです。今後も更新速度は遅れたままかもです。

 最近、朱里さんがワーカホリック気味。

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