真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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78話:充たされた毒盃

    

 古来より中華の支配者は、自らを神格化しようと努力を重ねてきた。俗世から離れた高貴なものであるというイメージが人民に畏怖と敬意の念を抱かせ、それが支配を容易にすると考えたからだ。

 そうした中にあって、名門袁家はまこと世俗的であった。陰謀と策略、暴力と破壊の血塗られた歴史がひたすら続き、正義感の強い人間ならば嫌悪感を覚えざるを得ない。少なくとも、人徳と慈愛の鏡とは言えぬ。そうであるなら民から貪欲に搾取したり、敵を謀略で貶めたりするはずがないからだ。

 

 それを最も分かりやすく体現した組織が、賈駆の指揮する保安委員会だった。中華最大の秘密警察・諜報機関であり、その役割は軍民の監視、領内外における非合法工作活動、反乱分子の弾圧に粛清などと多岐にわたる。

 いわゆる「穢れ仕事」の総締めとでも呼ばれるような不人気部署だったが、賈駆などにとっては思いのほか居心地の良い職場だった。任務の重要性からほかの部署以上に実力主義で、それゆえ過去の経歴や男女・民族・年齢・身分などの差別を受けることもないからだ。何らかの理由で社会から排除された人間も多く、元董卓軍兵士や亡命貴族、元犯罪者に脱走兵などあらゆる種類の人間がいたが、評価の基準は実績だけだった。

 

「やっぱ気になる?」

 

 賈駆が声のした方を振り返ると、保安委員会・第2総局長の張繍の姿があった。女性の平均より小柄という以外はごく平凡な体格と、やや乱れた栗色のミディアムヘア。年齢は見たところ少女と女性の中間ぐらいで、つり目がちの瞳は鮮やかな琥珀色だった。麻で編み上げられた活動的な服装をしており、すばしっこい印象を与える。

 

「何の話?」

 

「そりゃ孫家の事だよ。監視の数を倍にしても、なーんの粗も出てこない。正直、ちょっと焦ってるんじゃないかと思って」

 

 余計なお世話だ、と賈駆は内心で舌打ちした。同時に張繍の鋭さに戦慄の念を禁じ得ない。机の横には分厚い書類の山が積み上げられており、孫家関連の監視報告書がほとんど。そして張繍の指摘通り、ここ数週間にわたって監視を続けた調査員の全員が、孫家に何ら怪しいところは無いという結論で締めくくっている。

 

(でも、そんな(・ ・ ・)はずない(・ ・ ・ ・)……)

 

 物理的な証拠は何も無いが、賈駆には確信があった。四六時中ずっと監視しているのに、孫家の全員が尻尾を出さない。疑わしい手紙や発言はおろか、最近ではそもそも孫家の人間そのものを見かけないような気もする。

 

 ――だからこそ、余計に怪しいのだ。

 

 まるで、自分たちから何かを隠しているような……。

 恐らくはそういう事なのだと、賈駆は推測していた。

 

 孫家は何かを企んでいる。だから周到に身を潜め、隠れるようにして袁家から距離をとっているのではないか――。

 

 そう考える一方で、裏付けとなる証拠は何も出てこないのも事実だった。これといった変化も起こらず、段々と自分の行動が馬鹿馬鹿しくなり、杞憂だったのではないかと思えてくる。

 

 保安委員会本部棟から北北西にしばらく行けば、孫家の屋敷がある。賈駆が2階にある自室の窓から、篝火に照らされた孫家の屋敷を見やると、木造のごく普通の建物が目に入った。いかにも平凡な豪族の居館といった佇まいで、多数の警護兵に囲まれた政庁にいる自分の方が、むしろ危険人物に思えるほどだ。

 

「詠ちゃんもさ、ひょっとして孫家はシロなんじゃないか――とか思ってたりする?」

 

 またもや内心に土足で踏み込まれ、賈駆は張繍を苦々しげに見つめた。張繍としては悪気があって言った訳ではないらしく、純粋に思ったことを口にしているだけらしい。そうだと分かっていても、やはり図星をつかれていい気分はしないものだ。

 

「ボクの推測はともかく、証拠がなければシロだって認めるしかないでしょ。劉勲も物的証拠を掴むまで粛清は控えろって言ってきたし」

 

 数日前、賈駆は劉勲に豫州の動向を告げていた。孫策の従弟で州牧をつとめる孫賁が名士の一部と結託し、袁家に対する反乱を起こそうとしているという情報を。それを聞いた劉勲は唖然とし、混乱しつつ「疑心暗鬼を引き起そうとして、意図的に流された噂じゃない?」と否定も肯定もできぬ様子であった。

 それを聞いた張繍は「ふぅん」と唇を尖らせる。

 

「でも劉勲ちゃんってああ見えて、なんか妙にお上品な所あるじゃん?」

 

「上品?」

 

「そ。ビミョーに緩いっていうか、ヌルい感じ」

 

 とてもそうは思えなのだが、張繍に言わせれば劉勲にはどうも甘いところがあるらしい。敵に寛容であるという意味ではなく、回りくどい上に生ぬるいのだ。例えば張繍にとって敵とは滅ぼし抹殺すべき対象だが、劉勲にとっては買収し逆利用すべき存在。戦争などもっての外で、血を流すことを無粋で野蛮な行為だと軽蔑している節すらある。外交官か政治家としては、それでも良いのかもしれぬ。そこは「アメとムチ」という言葉で表現されるように、厳格さと妥協の両方を使い分けてこそ一流とされる世界だ。それゆえ劉勲は不服従の態度を見せ始めた豪族たちについても、物理的な排除には慎重な姿勢を崩さなかった。

 

「だけど劉勲の言う事にも一理ある。仮にも一州の州牧を排除するともなれば、それなりの根拠が必要よ? 事を急げば、世間から軽挙妄動ととられかねない。そうなれば、反乱分子が喜ぶだけよ」

 

「少しくらいなら、悦ばせたげてもいいんじゃない?」

 

 張繍はごく自然に声を低めた。口元には無邪気な――それでいて残忍な笑みが浮かんでいる。 一見すると活発そうな明るい少女、といった印象を与える張繍だが、伊達や酔狂で秘密警察の実働部隊を動かしている訳ではなかった。むしろ直接指示を下して屠った人間の数は賈駆の数倍はあり、内実は虐殺者のそれ。特に抵抗も無いらしい。

 普段の人懐っこい表情とのギャップに、賈駆も始めの頃は戸惑うことが多かった。しかし慣れてくると、それがとても自然な事のように思える。純粋無垢な瞳で「お腹がすいた」と訴えかけてくる乞食の子供が、鶏を見つけた途端に嬉々として血塗れでそれを貪るような……彼女が発しているのは、そういった“悪意のない殺意”なのだ。

 

 張繍の中で殺人という行為は、食べる・寝る歩く・話す・調理する・本を読む・書類を整理する、といった日常的な行動と何ら変わりがなかった。人格が完全に破綻しているという訳ではなく、単に「人の命を奪う」という行為をタブー視していないだけ。「命の重み」が常人より軽いだけで、本人に言わせれば「歩く時に、いちいち潰した蟻の事なんて気にしない」という程度の感覚であった。ゆえに張繍は無意味な殺戮や拷問を愉しむような嗜好こそ無いものの、簡単な理由で無造作に虐殺を行い、それを何とも思わないような歪みを持っていた。ベテランの捜査員すら神経を擦り減らすスパイ狩りを、この少女はハンティング感覚で嬉々として執行できる。ゲーム感覚で人を殺められる、その歪さゆえに張繍は袁家の剣として機能していた。

 

「張繍、劉勲はこのまま静観するつもりだと思う?」

 

「ないない」

 

 賈駆の問いに、せせ笑うように返す張繍。

 

「あの人の性格的に、多分まずは取引でしょ。そんで時間稼ぎながら、相手をじっくり観察。イイ感じならそのまま交渉開始、無理っぽかったら裏工作、みたいな」

 

 典型的な南陽人の行動だった。経済的センスに長けた彼らは基本、論理的合理性と利己主義に基づいて行動する。一般的には賢い行動といえるが、それゆえに愚かな人間の行動を予測出来ないという弱みを孕んでいた。端的にいえば、どんな相手であろうと利を示せば取引に乗ってくるだろうという思い込みが、楽観的ともいえる期待に繋がっていた。

 

「焦ってるのは劉勲ちゃんも一緒だから。もし軍が反乱を潰したら、それは軍部の功績。逆に交渉で懐柔できれば、劉勲の外務人民委員会の発言力が上がる。黙って見てるだけってのは無いと思うな。もっとも――」

 

 張繍は流し目で賈駆を一瞥した。

 

「自分が反乱軍なら、その間に時間稼ぎと情報収集でもするけどね」

 

 あり得ない話ではなかった。孫家が裏で暴動を扇動し、反乱を決意しているのなら、下手な交渉は付け入る隙を与えるだけになる。――もっとも、本当に孫家が黒幕だとすればの話だが。

 

「劉勲ちゃんはさ、いろいろ考えすぎなんだよ。証拠とか、そんなのどーでもいいのに」

 

「……張繍、まさか今の本気で言ってるんじゃないわよね?」

 

「いんや、本気だけど」

 

 張繍はどことも知れぬ方角へ目を向けたまま続ける。

 

「だって証拠ないんでしょ? だったら誰が犯人(・ ・ ・ ・)でも不思議(・ ・ ・ ・ ・)じゃない( ・ ・ ・)って事(・ ・ ・)だよねぇ(・ ・ ・ )

 

「っ――!?」

 

 戦慄する賈駆に、張繍は屈託のない笑顔を向けた。賈駆はその狂喜に満ちた様相を見つめ、さらに深まった警戒心と嫌悪感を持て余す。この少女は災厄を歓迎し、事態が大きくなる事を望んでいるのか――。

 

(それじゃぁ、まるで全ての人が敵みたいじゃない……!)

 

 心の中で吐き捨て、視線を窓の外に戻す。暗くなった宛城の街並みが目に入った。そう、以前に比べて活気の減った市街地が。今では夜になると、死んだように人の動きが消える。つい数か月前まで「眠らない街」とも呼ばれたのが、まるで嘘のような変貌だった。

 

(……敵、か)

 

 考えれば考えるほど、張繍の言葉が反芻される。たしかに、そこら中に敵がいるみたいだ。他の諸侯、信用ならない地方豪族、不満を持つ人民、袁家内部の裏切り者……敵は何処にでもいて、だからこそ何処にもいないのかもしれない。今や、あらゆる人間が潜在的な容疑者だ。

 

「ここ最近で、どれだけの事件があったか覚えてる? よーく思い出して。何回、暴動が起きた? 何度、怪しい事があった? 何人、ヒトが死んだ? こんなに異常事態が続くのが、普通だと思う?」

 

 賈駆は脳内で何度も「でも」を連呼したが、はっきりと異議を唱えることは無かった。

 張繍の指摘でひとつだけハッキリと肯定できるのは、今がとてつもなく異常だという事だ。経験と直感から、それらには何か因果関係があるはず。逆に袁家で起こっている異常事態の全てが無関係である、と断言することは出来なかった。

 

「南陽じゃ何をするにもタテマエが大事らしいけど、最近いい加減ウンザリしてきたし。何も無理して劉勲さんお得意の社交会に付き合わなくても」

 

 張繍は唇の端をわずかに上げて、舌なめずりをした。

 

「むしろ皆に、『西涼式』を教えてあげたらどう?」

 

 ぱぁっと期待に目を輝かせる張繍を、賈駆は困惑の眼差しで見つめる。彼女の論理展開は矛盾に満ちているが、しかしその齟齬を指摘できない。それは理屈ではなく、直感の領域がそう告げているのだ。

 今の袁家は、明らかにおかしい。何かが狂っている――と。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 豫州・許昌

 

 その日は州牧である孫賁の主催で、豫州の有力者たち呼んだパーティーが開催されれていた。既にメインの宴はつつがなく無事に終了し、残った人々が気の合う人間同士で二次会を開いている。それらは上等な個室で行われ、部外者には聞かせられないような話を、内密にするにはもってこいの場所だ。そう……例えば“反乱”とか。

 

「おい、例の噂聞いたか?俺んとこの地元じゃその話でもちきりなんだが。」

 

 部屋にはざっと10数名ほどの人間が集まっている。誰もが、表向きは漢帝国とそこから豫州の統治を任された袁家に忠誠を誓う、地方の豪族達だ。

 

「アレかね?最近話題になっていた、なんたら取締法とかいう?」

 

「『弩弓刀剣類所持取締法』ですわよ。本当に、名前だけは御立派なことで」

 

 彼らの話題の中心に上っているのは、最近段階的に実施されている、新しい法制改革について。袁家主導で行われたこの法案では、犯罪抑止と治安回復を目的として、武器の所持を大幅に制限。その取り締まり対象は、武器本体の所持から購入・譲渡・輸出入など多岐にわたる。

 

「名前はともかく、これはゆゆしき事態だ。あの制度が現実となれば、我ら豪族は袁家の小間使いに墜ちてしまう!」

 

 初老の豪族が怒りもあらわに憤慨する。確かに袁術は南陽群の太守であり、豫州の政治経済を裏で操っているのも袁家だ。だが彼ら地方豪族は本来、袁家の家臣でも何でも無い。

 

「確かにあのふざけた制度には、我々の力を削ごうという魂胆が見え見えだ。もっとも、袁家の奴らは“治安維持の為”などとほざいているようだが」

 

「そもそもだな、本来袁家と我々の間に優劣は無いはずなのだ。地位や家柄が多少高いからといって、袁家があたかも皇帝のごとく振舞って良い道理は無い!」

 

 彼らに言わせれば、袁家も自分達と同じ一豪族に過ぎない。力の大小こそあれ、対等な地位に立っているはず。それゆえ袁家に敬意は払っても、無条件の服従を求められる義務は無い、という考えだった。

 

「だが、西部の連中はもう取りこまれたらしいぞ。自発的な協力もだいぶ進んでると聞く」

 

「どうせ大金を積まれたんだろ?カネをバラまいて多数派工作やってから、民主主義的に多数決で合法的にゴリ押しする――袁家の常套手段だ。」

 

「それもあるが、西部の豪族は元から商人寄りだからな。安全な都市部で呑気に長年暮らしていれば、軍事力の重要性も忘れるだろうし、平和ボケもするだろうさ」

 

 基本的に豫州の経済は、洛陽に近い西部で都市・商工業が発展しており、逆に東部は農村主体となっている。経済発展に伴って西部の豪族は段々と商工業に重点を置くようになり、今ではその大半が都市在住の不在村地主。収入の大半を都市から得ているため、黄巾党の乱でも大した被害を被っておらず、安全を脅かされた事も無い。

 その点、農村に立脚した東部の豪族は、自力で領地を守ったという事もあってか自治意識が高く、軍事力の重要性を痛感していた。また、同時期の袁術軍が敗走に敗走を重ねて全く役に立っていなかったことから、東部の豪族の間では袁家に対する不信感も燻っていた。

 

 

「やはり、と言うべきか……だいぶ盛り上がっているみたいだな。これなら……!」

 

 ヒートアップしてゆく豪族達を、孫賁は高揚を隠しきれない思いで見つめていた。このような会話は、今回が初めてでは無い。近頃では東部の豪族が集まる度に、袁家への不平不満が噴出していた。

 話の流れは、確実に反袁家へと向かっている。まさに、自分が望んだとおりの方向へと。

 

「袁家は商業発展の利益をダシに、豪族達を手懐けるつもりだったようだが……これがその限界か」

 

 カネの力はありとあらゆる人間を魅了する。国家、民族、人種、宗教を超えて不変な唯一の価値だと言っても良い。ゆえに大金は圧倒的な力であり、袁家はそれをチラつかせることで、豪族達をコントロールしようとしたのだ。

 実際、目論見そのものは非常に的を得ている。しかしながら、豪族全員(・ ・)がその恩恵にあずかれるわけが無い。どれだけ袁家が豪族に配慮しようと、必ず取りこぼしは存在する。そして利益や成功から取りこぼされた人間は、成功している人間を逆恨みするものだ。

 

 実のところ、豫州東部の豪族達も貧乏なわけではない。あくまで西部や南陽の豪族と比べれば収入が少ないだけで、全国レベルで見れば充分に豊かな部類だ。劉勲らが主導した、規制緩和で流入してきた大量の難民・移民の酷使によって収入は着実に増えている。

 

 とはいえ、人は遠くの貧乏人より近くの金持ちと自分を比べてしまうもの。一刀のいた世界でいうならば、東ドイツがそれに相当するだろう。年3%の成長率、世界で10~15番のGDP、東側陣営1位の国民所得があったとされ、食料自給率なども高かった。

 しかし皮肉なことに、隣に世界で3番目に豊かな西ドイツがあるせいで、ほとんどの東ドイツ人は自分達が豊かであるとは感じなかった。人口が西ドイツの4分の1、国土は半分、ルール地方のような工業地帯もなく、西に比べるて大戦による被害が大きかった事を考慮すれば、賞賛されてしかるべき偉業であったにも関わらず――だ。

 

「最近の袁家は商人ばかり優遇しているよな。ったく、いつオレ達豪族が商人の下に付いたってんだ!」

 

「その通り!こういう時には一度、連中に我ら豪族の力を分からせてやらねばならん!」

 

 元より中華では商人を卑しい職業として見なす風潮が強く、幼い頃から儒教教育を受けた豪族や士大夫の間ではその傾向が顕著である。そんな彼らからすれば、今の袁家は堕落の象徴そのもの。国の担い手たる豪族や士大夫がないがしろにされ、政治や行政はカネと利権をエサに、商人に隷属されているようなものだ。

 

「不穏当な発言は控えたまえ。いくら袁家が商人どもに牛耳られているとはいえ、彼らはれっきとした太守。下手に武力を行使すれば皇帝陛下に対する反逆に……」

 

「いいや、違う。反逆者は袁家の方だ。徳の無い政治を行い、民と政治を堕落させているのは袁家とその利権に群がる商人共。大義は常に、我らの側にある」

 

「そうとも、この中華は皇帝陛下と、陛下から領土を賜った我ら豪族のものだ!断じて商人共のものなどでは無い!金の亡者共の手先になんぞなって堪るものか!」

 

「儒教でも『易姓革命』を肯定している。まさに今がその時だろう」

 

 易姓革命とは、君主が善政を行えずに人心を失ったならば、その地位を譲り渡すべきだという儒教の概念だ。近代に生み出される『抵抗権』の一種と見なすこともできる。つまり袁家は単に領民から支配する権利を譲られているだけで、悪政を行えば、領民の側はいつでも革命によって抵抗できるという考えだ。

 

(……そろそろ、俺の出番か。ここで豪族達の同意を得られれば……!)

 

 高鳴る鼓動を抑え、孫賁は椅子から立ち上がる。いったん深く息を吸い込むと、大きく声を張り上げる。

 

「みんな聞いてくれ!俺達は長いこと袁家と共に、この中華とそこに住む民を支え続けてきた!今の中華の発展は、決して豪族の努力抜きには語れない!……だが、袁家は俺達を裏切ろうとしている!いや、奴らはすでに裏切った!」

 

 豫州牧・孫賁の発言に、豪族達はじっと耳を傾けている。いくら袁家の傀儡、お飾りの州牧とはいえ、名目上における豫州の最高指導者は彼なのだ。その発言には一定の権威と影響力が伴う。

 

「今一度考えてみてくれ!権力闘争ばかり繰り返す人民委員、保身と欲に駆られた官僚、腐敗と汚職にまみれた地方役人――今の袁家は迷走し、大義を見失っているとしか思えない!彼らは豪族の権利を蔑ろにし、商人と癒着して民を暴利を貪っている!俺は州牧として、このような蛮行を見過ごす事は出来ない!」

 

 しだいに熱を帯びてゆく孫賁の演説に、今や全員が聞き入っていた。部屋の中は静まり返り、ただ孫賁の声だけが流れてゆく。

 

「これは反乱でもなければ反逆でも無い、正義の為の決起だ!俺達は決して反乱軍なんかじゃない!袁家と共に腐敗と堕落を一掃し、儒教に基づいた統治を行う事こそが、皇帝陛下に対する真の忠義なんだ!」

 

 その意味するところは、袁家との全面対決。中華全土で13人しかいない州牧の一人が、多数の豪族の前で堂々と対決姿勢を打ち出したのだ。もはや言い逃れはできまい。

 

「そうとも!皇帝陛下に、我らの忠誠心を見せてやろうじゃないか!」

 

「商人の支配から民衆を救うんだ!きっと民も、俺達の気持を分かってくれるはず!」

 

「古き良き中華への回帰を!そのために袁家は排除されなければならん!」

 

 孫賁の耳に、部屋を揺るがさんばかりの歓声が響く。部屋の中を見渡せば、大部分の豪族が顔を赤らめて盛り上がっていた。

 しかし、そんな空気に水を差すように一人の豪族が口を開く。

 

「確かに孫賁どの仰るとおりですな。真の“人民の敵”が袁家であることには、疑いの余地が無い。

 ですが……果たして勝てるのですか?主張はどうあれ、勝たねば我らの大義は認められないでしょう。」

 

 狡猾そうに目を光らせ、彼は孫賁を見つめる。孫賁は袁家との対決を“正義の決起”と称した。だが“正義は必ず勝つ”などと信じるほど豪族達も単純ではない。正義は勝ってから、初めて認められるのだ。

 だが、孫賁は含みのある笑みを浮かべ、懐から一枚の紙を取り出す。

 

「勝算なら充分ある。――見てくれ、これがその証拠だ」

    




 容疑者に証拠がない? 逆に考えるんだ。証拠がない奴はみんな容疑者だと。

 改めて考えてみるとやっぱりおかしい……。

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