真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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84話:出会いと再会

      

 一刀は目覚めた。しばらくの間は記憶が混沌としていて、闇を見つめているしかなかったが、次の瞬間にはハッとして飛び起きた。どうやら自分は道端の木陰で眠っていたらしい。隣では、糜竺が死んだように眠りこけている。あたりを見回し、まだ覚めきらない頭で状況を整理しようとする

 

(そうか、自分は揚州から逃げてきて……)

 

 騒乱の中、弩から放たれた矢を何本か体に受けている。重傷を負いながらも何とかで近くにあった小屋に逃げ込んで、留めてあった馬を盗み、死に物狂いで北まで駆けてきた。糜竺以外の使節団のメンバーとははぐれてしまった。

 

(早く、宛城にいる朱里に伝えないと……)

 

 一刻も早く諸葛亮に伝えなければならない。気持ちばかりがつのるものの、一刀の体力は限界だった。それでも一刀はふらつく足で立ち上がり、奇跡的にまだ逃げないでいた馬に近づく。倒れそうになるのを必死でこらえ、目を無理やり開けて意識を保つ。

 

(俺は今、どこにいるのだろう……?)

 

 付近を見渡すと、老朽化した家々が遠くにちらほらと見える。どれも徐州で見る建物より大きく、石造りで頑丈な作りだ。昔はさぞかし立派な建物だったのだろうが、今では所々が崩れかけて穴だらけになっており、少しでも使えそうな建材は悉く盗まれている。昔は広間だったらしい空間では、子連れのヤギが草を食んでいる。

 

 恐らく、数年前まではどこかの貴族が大農場でも経営していたのだろうが、戦争による不景気で没落して放棄されたのだろう。雑草が生え放題になっている荒れ地も、かつては多くの奴隷がせっせと商品作物を作っていた大農園だったのかもしれない。眼下に広がる廃墟の姿は、夕闇の中でいっそう荒涼とし、不気味にさえ思えるほどだった。

 

(たぶん、袁術領のどこかなんだろう)

 

 なんとなく周囲を見渡して、一刀はそう判断した。朽ちた建物が点在する荒野の中に、真っ直ぐな砂利道が見えたからだ。袁家の行ったあらゆる利己的な施策の中で、一刀が評価できる数少ない分野が交通網の整備であった。商業に聡い袁家は物流ネットワークを非常に重視しており、道路の整備に努めた。特に袁家のそれは馬車の走行を想定して、真っ直ぐで幅の広い道路である点が特徴だ。この点は軍事目的優先で道路を敷いた曹操、資金不足によって貧弱な道路しか作れなかった徐州と大きく違う。

 

 とにかく、宛城に行こう。夜道は危ない。一刀は眠っていた糜竺を起こし、出立の準備をする。

 開発の進んだ袁術領で野犬や熊などに襲われることは稀だが、とにかく夜は恐ろしいものだという感覚が一刀を怯えさせていた。闇に覆われた夜は、死の領分。人がどれほど自然を征服しようと、それだけは変わっていない。

 

「行くぞ糜竺、いつまでも寝てるわけには行かない」

 

 一刀はそう言って、馬に跨ろうとする。それを止めたのは、眠りから覚めた糜竺だった。

 

「……糜竺?」

 

「いやぁ、ここから先に移動するのは無理みたいですね。なんせ敵に囲まれてるもんで」

 

「――え」

 

 一刀は耳を疑う暇すら与えられず、続いて左肩に大きな衝撃を受けた。肉が避け、骨が砕かれる音。

 

「――ッッ!!?」

 

 声にならない悲鳴を上げながらも、一刀はなんとか馬から倒れずにへばりつく。左肩を見ると、一本の太矢が刺さっていた。反射的に隣の糜竺に目を移すと、こちらは寸でのところで茂みに隠れることに成功したようだった。懐から吹き矢を抜き、反撃に移る。

 

「ぐぁ……っ!」

 

 どさっ、と倒れる躯を、一刀は信じられない思いで凝視した。襲撃そのものに対してではない。倒れた襲撃者に対してであった。山賊や夜盗の類ではない。金のかかる弩を装備して鎧まで着込んだ襲撃者は、正規兵のそれ。

 あるいは――()正規軍兵士というべきか。その躯には、所属を表す目印となるものが無かったからだ(袁術にしろ曹操にしろ、大部分の諸侯は敵と味方を判別するために、何らかの目印をつけさせている)。

 

「脱走兵の一団か? いや、待てよ……」

 

 豫州、脱走兵……そこで一刀はある可能性に辿り着く。それを口に出そうとした時、暗がりの中から若い男の声が聞こえた。

 

「――ほう、気付いたみたいだな。察しがいい」

 

 目を向けると、十数人ほどの武装した集団が見える。彼らがどうやって自分たちを見つけたのかは分からない。それほど人数は多くないが、元正規軍兵士の一団ともなれば油断は禁物だ。

 

「……豫州反乱軍」

 

「勝てば解放軍だったんだけどな」

 

 端正な顔を皮肉っぽく歪ませ、リーダー格の男が笑う。

 

「やっと見つけた。いやぁ、なかなか骨が折れたよ。お前たちを探すのは」

 

「探していた……?」

 

「ああ、探したさ。揚州のアホ共がお前らを逃がした、って連絡があってからずっとな。曲阿の広場からまんまと逃げおおせる能力はあるくせに、そっから先はあっちこっちにフラフラと彷徨いやがって」

 

 一刀の背筋を、悪寒が走った。

 

「まったく、これだから中途半端に頭の回るクソガキは嫌いなんだ。これなら揚州のアホ共にやらせないで、俺が直接やればよかった」

 

「お前なのか……? 俺たちが“袁家の工作員”だと揚州兵たちに吹き込んだのは!」

 

 男は肩をすくめ、「まぁ、一応な」と軽く答えた。

 

「言っておくが、考えたのは別の奴だ。俺は言われたことをやっただけさ」

 

 そう言った男はどこか投げやりな態度だったが、もしその言葉が真実ならば聞き捨てならない。彼を操っている黒幕は、豫州反乱軍の残党と揚州の独立派の2つを操っているということになる。それが意味するところを考えて、一刀は生唾を飲み込んだ。

 

「誰だ、お前は?」

 

「おや、まだ気づかないのか? 俺はこれでも、この辺じゃちょっとした有名人だぜ?」

 

 せせ笑う男。一刀は改めてその姿を眺める。長身で、色黒の肌。目は青く、髪の色素はかなり薄い。元は良家の出だったのか、動作にはどこか気品がある……そこまで見て、ようやく一刀はある男に辿り着いた。

 

「そうだ……手配書で見たことがある。たしか――」

 

「危ない!」

 

 次の瞬間、男の仲間たちから一斉に太矢が放たれた。隣にいた糜竺が咄嗟に体当たりしてくれたおかげで、一刀はなんとか鼻の骨を折るだけで済んだ。

 

「北郷さま、ここは私が食い止めます。早く逃げてください!」

 

 吹き矢で敵をけん制しながら、糜竺が肩越しに叫んだ。

 

「でも……」

 

「早く!!」

 

 糜竺に押し切られる形で、一刀は再び馬に跨った。後ろ髪を引かれる思いで一度だけ後ろを振り返り、敵と交戦する糜竺を見やる。ケガと疲労で頭が痛むが、それ以上に胸の痛みの方が優っていた。どんな運命が糜竺を待ち受けているか、十分すぎるほど分かるからだ。

 すまない――馬の腹を蹴る足に力をこめながら、一刀は走る速度を上げた。 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ――徐州

 

 

 張飛は報告書をもって兵舎を出た。年端もゆかぬ少女とはいえ、彼女も一応は将軍なので時折こうした書類を役所に届ける必要がある。この日は袁家の出先機関に、徐州の治安状況を説明した文章を届ける約束となっていた。

 

(変な感じなのだ……)

 

 そう思いながら、呼び鈴を押す。ほんの少し前なら、そんなことなどせずとも、門を開けてから声をかければよかった。しかし最近では昼間でも門は閉じられ、物々しい雰囲気が街を覆っている。

 すぐに門が開く音がして、袁家の役人が顔を出した。彼女は張飛を見るなり、一瞬の間をおいて、わざとらしい笑顔を浮かべた。取り繕ったような、内心を誤魔化す為に装った営業用の笑顔。

 

(何なのだ、いったい……!)

 

 自分は歓迎されていないのだろう。それは最初、気のせいだと思っていたが、今や確信となっていた。泣きたい気持ちを抑え、心の中で袁家を罵る。

 

「張飛様、ですね? 連絡を承っております。まもなく係の者が参りますので、しばらくお待ちください」

 

 袁家の役人は形式ばった応対を終えると、そそくさと門を閉じて事務所の中へと引きこもる。張飛はうんざりしながら頭を上げ、改めて門を一瞥する。櫓からは弩を構えた兵士が数人、外をにらむようにして警戒している。袁家の事務所ばかりではない。よく見ればどの屋敷も同じように、びっしりと兵士と篝火が屋敷と外界を遮断するようにしている。故郷の村では一度だって、あんなものを見たことはないのに。

 

 張飛は担当者の到着を待ちながら、ここ最近のことを考えていた。夜に出歩く人が減り、ずいぶんと寂しくなった。

 

(何か、とても怖いことが起こってる……)

 

 張飛にはそう思えてならなかった。いつも不安な気分で仕事を終え、家に帰ってもやはり落ち着かない。目に見えないところで何か恐ろしいことが起こっている。そして目に見えないのが一層不安だった。

   

 

 **

 

 

「あの……このところ奇妙な噂があるの知っていますか?」

 

 何の話だ、と返した関羽に、龐統は真剣な顔で声を低めた。

 

「工作員」

 

「ああ、それか。そうだな、そんな事を声高に叫ぶ奴もいるな」

 

「でも、袁家で変な事が続くのって、最近ですよね? 戦争が始まってからか、あるいは大運河を作り始めてからか――「落ち着け雛里、大丈夫だ」」

 

 関羽は龐統の手を握った。安心させるように、強く力をこめる。

 

「ご主人様なら、大丈夫だ。きっと生きている」

 

「っ……!」

 

「今は色々な噂が飛び交ってるが、所詮は単なる噂に過ぎん。たしかに普通じゃないぐらい人が死んでるが、工作員なら気を付けていればなんとかなる。だから、大丈夫だと信じろ」

 

「でも、そんな……」

 

「行方不明になったご主人様を案じているのは、みんな同じだ。でも、他に方法は無いだろう? 心配なのはよく分かるが、雛里が不安になって取り乱したら、部下にまで伝播する。だから問題ないと信じて、敢えていつも通りの行動をとるんだ。大丈夫だと部下に身をもって示す、ご主人様だってきっとそう望んでいる」

 

 そうですね、と龐統は目を伏せた。ようやく、心の中でざわめいていたものが落ち着いてきたのを感じた。感謝を込め、関羽の手を握り返す。関羽は微笑んで龐統の手を叩いて立ち上げり、階段を下りて行った。

 

 龐統はそれを見送ってから、椅子に腰かける。安心したのもつかの間、関羽が去ると、一刀が行方不明になったという事実が、揺るぎない現実として湧き上がってくる。自分は取り残されてしまった。だから、あれほど警戒してと頼んだのに。

 

(……工作員か)

 

 朱里に会えなくなって、一刀がいなくなって、桃香も遠くに行ってしまって。袁家から伝播する死の連鎖。伝染病のように、死を広げていく何か。

 

 龐統はふと宙を見据えた。里山で、民家で、街角で。袁家では何かが暗躍している。それは平穏な生活を容赦なく奪っていくものだ。外からか、内からかは分からない。だが袁家に侵入したそれは、いつしか全てを奪っていくのかもしれない。

   

           

 

 ◇◆◇

 

 

 

 一刀が行方不明になってから6日後の夜、諸葛亮は人の騒ぎ声で目を覚ました。身を起こし、窓を開けると冷気が流れ込む。外はまだ真っ暗だった。耳を澄ますと、領事館の入口から大声が聞こえてくる。

 

(こんな時間に何が……?)

 

 急いで外套を羽織り、窓から身を乗り出す。正門の前では兵士たちが集まって、何やら口々に話しているようだった。黒や灰色の制服を着た、袁術軍兵士や秘密警察も一緒にいる。そこに薄明るい茶髪の人影がチラッと見え、命令形の高い声が聞こえた。

 何があったのだろう、と思いながら諸葛亮は小走りで正門へと向かう。領事館の扉を開けて外へ出ると、多くの護衛に囲まれた劉勲の姿が目に入った。柔らかそうな上質のマフラーを首に巻き、厚手の綿生地で作られた白のコートにくるまっている。

 

「劉勲さん! 今夜はどういった要件で……」

 

 劉勲は一瞬だけ愛想の良い笑顔を浮かべると、そのまま無言で視線を地面に落とした。諸葛亮もつられて地面を見る。

 

 ぼろぼろになった男性が、うつ伏せで倒れている。服はあちこちが破けており、体の至る所に傷がある。かなりの重傷だ。しかし、諸葛亮はその人物に見覚えがあった。鼓動が速まるのを感じながら、諸葛亮は地面にしゃがみ込んだ。

 

「ご主人様?」

 

 諸葛亮は倒れている男に近寄り、その顔に張り付いた泥を払う。

 

「ひょっとして、コレって……」

 

 劉勲の眉間に皺が寄る。彼女は大勢の護衛に囲まれながら、汚らわしいと言わんばかりに少し離れた場所に立っていた。ときおり野次馬が覗き込もうとすると、素早く秘密警察が立ち塞がって追い払う。

 

「一刀クン? 揚州で行方不明になってた?」

 

「……はい」

 

 諸葛亮は恐る恐る手を伸ばし、顔を確認する。やはり、一刀だった。良く知ったその顔は、見間違えようもない。だが同時に、夢かもしれない、という恐怖に似た感情も湧き起こる。目を瞑った瞬間、消えてしまうのではないだろうか。祈るような気持ちで、もう一度よく確認する。

 

「間違いありません……揚州に派遣されていた、北郷一刀さんです」

 

 やや硬質の黒髪、細身だが鍛えられた筋肉も、しっかりと手ごたえがある。夢ではない。本当に一刀は自分の元へ帰ってきたのだ。喜ぶと同時に、二度と失うまいと強く思った。

 

「本当に? なら来た甲斐があったわ、諸葛亮ちゃん!」

 

 急に劉勲の表情が明るくなる。倒れている一刀に近づくと、目を素早く走らせながら全身を観察し始めた(ただし、相変わらず触れようとはしなかった)。

 

「どこをどう見ても、何かがあったとしか思えない状態ね。 だいぶ命に別状ありそうだし、これなら気になる話が聞けそう」

 

 劉勲の声は好奇心に満ちていた。

 

「ホントは盛大なお迎え会でも開きたいとこだけど、残念ながらあまり余裕は無いみたいね。たしか、近くに薬屋があったはず。急いで蘇生させれば、まだ間に合うわ」

 

 劉勲は一刀に近寄り、起毛ブーツの先でその脇腹をつついた。

 

「ほら、いつまで寝てるの? 早く揚州で何があったか、皆に教えて!」

 

 しかし一刀は完全に意識を失っているのか、劉勲がどれだけ命令しても、諸葛亮がいくら呼びかけても、まるで反応がない。周囲の兵士たちもどうしていいか分からず、遠巻きに見つめるばかりだ。

 

「どうしましょう、このままじゃ一刀さんが……!」

 

「諸葛亮ちゃん、落ち着いて。まだ脈はあるわ。死んでないなら、なんとかなるわよ」

 

 諸葛亮は立ち上がり、訝しげな目で劉勲を見つめた。

 

「何をするつもりですか?」

 

「今の彼は疲労と痛みで思考が麻痺してるから、それを和らげた後に刺激を与えてあげれば起きるハズ。そうね、濃縮したアヘンか大麻で痛みを緩和して……」

 

「そんなことをしたら、死んでしまいます!」

 

「かもしれないわね。でも、情報は手に入る」

 

 劉勲は右往左往していた部下の一人を捕まえ、矢継ぎ早に指示を出した。

 

「こっちよ! 急いで医者と、できるだけ強い麻薬を持ってきて。それから、記録をとる事務の人間もお願い。 早く! 出血も酷いし、すぐに処置をしないと情報を手に入れ損ねちゃう!」

  

 劉勲の目はぎらついており、声も心なしか興奮で上擦っている。とっさに一刀を渡してはならない、と諸葛亮は感じた。劉勲の手に一刀を委ねたが最後、もう二度と戻ってこないような気がした。それだけは耐えられない。

 諸葛亮は無意識のうちに、一刀を庇うように両手を広げて袁術兵たちの前に立ちはだかっていた。とまどうような表情になる劉勲。

 

「何のつもり?」

 

「一刀さんはこちらで保護します。報告は、一刀さんが回復してから……」

 

「回復してから、ですって!?」

 

 きしんだ声をあげる劉勲。

 

「それじゃ手遅れになるじゃない! 大体、回復する保証がドコにあるわけ?」

 

「今の彼に必要なものは、十分な治療と休息です。薬物を投与すれば目は覚めるかもしれませんが、そんな状態で質問してもまとな受け答えはできません!」

 

「っ……警備兵!」

 

 劉勲は一瞬ぎらりと目を光らせ、左右を見て叫んだ。

 

「諸葛亮ちゃんを別室へ連れていきなさい。可哀そうに……愛しのカレが傷ついて、取り乱してるのね」

 

「そんな事……っ!」

 

「でも大丈夫よ、諸葛亮ちゃん。この手の尋問は慣れてるから。後の事はアタシに任せて、今日はゆっくり休んで」

 

 諸葛亮が抗議するより早く、劉勲は指をパチンを鳴らした。背後から屈強な兵士が5人歩み出て、諸葛亮を取り囲む。そのまま諸葛亮を屋敷へと連れ戻そうとした時、わずかに呻く声が聞こえた。

 

「待ってください! 今、動きが……!」

 

「今の声……朱里なの……か?」

 

「ご主人様!」

 

 諸葛亮は兵士たちの間から飛び出し、一刀に駆け寄る。何度も呼びかけると、一刀の体がぴくりと動き、うっすらと目が開いた。

 

「一刀さん! 気づいたんですね! 私です!」

 

「やっぱり朱里か……そうか、宛城に着いたのか」

 

 絞り出すような声が一刀の口から漏れる。しかしまだ意識がもうろうとしているのか、目の焦点は定まっていない。

 

「生きてるなら報告しなさい! 揚州で何があったの? アナタをこんな目に遭わせたのは誰?」

 

 一刀は辛そうに目を開くと、劉勲の姿を認めたようだった。すぐに苦痛に満ちた表情(嫌そうな顔とも言う)になり、数秒の間を置いてから、諦めたように唇を動かした。

 

「笮融だ。揚州の連中とつるんでいるのを見た……」

 

 それだけ言うと、一刀は再び目を閉じてしまった。諸葛亮が一刀の耳元で呼びかけるも、呻くような声が漏れるだけで、やがて一刀は呻き声すらも発さなくなった。今度こそ、本当に意識を失ったようだ。

 再び場を沈黙が覆い、全員が無言で立ち尽くす。劉勲も立ったまま動かない。松明に照らされた顔は、普段より一掃蒼ざめていた。

 

「もし今の話が本当なら、可及的速やかに対策を練る必要があるわね」

 

 劉勲は諸葛亮たちへの興味を失ったように背を向け、部下を引き連れて歩き出す。

 

「まずは揚州の出先に事の真偽を確認するよう、早馬を飛ばしてちょうだい。それから引続き、各方面と対応を調整、情報を共有しながら、問題解決に向けて連携を図りつつ……」

 

 諸葛亮はほっとしたような、釈然としないような気分のまま、劉勲の後ろ姿を見つめていた。それから領事館にいた人間に命じて、一刀を担架で運ばせる。劉勲らが立ち去り、一刀が無事に収容されたのを確認すると、諸葛亮は深く息を吸った。

 

 劉勲たちは、大事な話を聞き漏らしていた。一刀は意識を失う寸前、すぐ近くにいた諸葛亮にだけ聞こえるよう、もう一つの情報を告げていたのだ。

 この事件の裏には、かつての豫州牧・孫賁らの一派が関わっているという、重大な情報を。

    




 劉勲「可哀そうに、愛しのカレが傷ついて取り乱してるのね(すっとぼけ)」

 心神耗弱は基本。

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