真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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第九章・革命の空へ
87話:対なる選択


       

 孫権はここ3か月近く、必要が無い限り外出は避けるようにしていた。彼女ばかりではない。呂蒙ら他の家臣も同様に、屋敷と職場を往復する以外の遠出は避けている。不用意な外出で秘密警察の目を引きたくない、というのもある。

 孫家の屋敷から見える港――宛城には淮河から運河が引かれている――に入港する舟は、見るからに数が減っていた。港ばかりではなく、街も閑散としている。

 

( 随分と寂れたものだ )

 

 孫権は自室の窓から、宛城の街を見下ろしながら思う。

 

 ここ一ヶ月、商人も移民も依然と比べて少なくなった。商品が売れなくなり、多くの店が閉店した。商店街もほとんどの店が閉じており、開いているところも開店休業状態。倒産した商会も続出し、巨額の借金を抱えて破産した投資家の自殺が相次いでいた。もう一度人生をやり直そうにも、債権者がそうした経歴のある人物をブラックリストに載せてしまい、社会的に抹殺されたも同然の状態にされてしまうからだ。経営不振の商会や農園から解雇された労働者は凄まじい数にのぼり、辛うじて職を得た者も農奴のような身分に身をやつしていた。街にはあぶれた貧困層が行く当てもないまま、道端で物乞いをしている。

 

 この年、袁家は経済危機の中にあった。その原因となったのは、頻発する暴動と反乱である。

 

 曹操の徐州侵攻に端を発した戦争は華北の経済を麻痺させ、交易を含む商業は大打撃を受けた。治安の悪化に伴う輸送コストの上昇は貿易量を押し下げ、比較優位に基づいた地域分業体制を築きつつあった袁術の経済圏は最大の不利益を被った。投資も同様にして冷え込み、基幹産業であった金融部門は大ダメージを受ける。商業・金融セクターの不振は、そのまま袁術の基盤であった都市の弱体化に直結し、袁家の統治能力そのものを低下させた。もはや袁家は従来の方針――自由化と規制緩和によって経済全体を活性化させつつ、都市部を中心とする商業・金融業を抑え、その投資や融資によって他の産業を支配下に置く――に頼った経済支配を維持できなくなっていた。

 

 貨幣の価値が下がり、貿易量も低迷したまま回復の兆しが無く、高利貸しの融資ですら滞っていた。倒産する商会や廃業する商人が続出し、失業率もうなぎ登り。中央人民委員会議は景気刺激策を講じ、公共投資などの財政政策を行うも、状況は好転しなかった。必然的に、袁家の統治能力に疑問符がつく。

 

 統治の基本はアメとムチである。アメを与えられなくなった袁家から、傘下の豪族が離脱しようと考えるのは当然の帰結といえた。経済危機によって困窮した民衆もまた、不満の矛先を袁家に向けて暴動を引き起こす。袁術領全体が蜂の巣をつついたような騒ぎになり、豫州ではついに大規模な反乱まで起こる始末。袁家はそうした反社会的活動を武力によって封じ込めるも、防衛・治安維持関連の予算はとんとん拍子で上昇した。

 

 

 陰謀説が幅を利かせるのも、こうした苦しい時期である。

 

 曰く、敵の工作員が経済の弱体化を図って活動している。あるいは、重要な情報を工作員が漏えいさせているだとか、自分たちにとって不利な協定ばかりが結ばれるのはどこぞ州牧の陰謀である。あるいは売国官僚が他州の商人の便益を図るから、地元商人の経営が苦しくなる、等々だ。

 

 工作員が国益を脅かしているのならば、行政はそれを取り締まる責任と義務がある……保安委員会の職員たちは、まったくの正義感と郷土愛から、徹底的な工作員狩りと反政府分子の炙り出しを実行した。

 愛すべき祖国が危機にあるのに、暴動や反政府活動を起こして社会を乱すなど言語道断。全ては守るべき国のため、故郷のため、友と家族のため。正義感に溢れた秘密警察たちは疑わしい人物を逮捕し、反政府的な組織には容赦のない弾圧を加えた。

 

 

 そして血の滲んだ(滲むような、ではない)努力と献身の結果、ついに保安委員会は黒幕のひとつを突き止めた。

 揚州――多数の移民受け入れと耕地開発、そしてインフラ整備によって近年急速に成長している地域。そこに住む豪族と民は以前から非協力的であったが、ついに虚偽の報告をされるに至って袁家の寛容も限界に達する。

 

 袁術と人民委員会は揚州における大規模なパージの必要性を感じ、大規模な軍を派遣した。

 

 紀霊や孫策らを含んだ派遣軍は長江を渡り、揚州軍の重要拠点だった牛渚要塞を陥落させ、大量の食料や軍需物資を奪取。更に孫策は侵攻を続け、劉繇の部将・薛礼が守る秣陵城(後の呉の都、建業)を制圧する。揚州軍は笮融・于慈などに反撃させるも、孫策は伏兵を用いてこれを逆襲、敗走させることに成功した。袁術軍は順調に進撃を続け、揚州の州都・曲阿まであと一歩という所まで迫りつつあった。

 

 しかし、この時点で既に袁家では戦費の過剰な負担が原因で財政が破綻しかけており、戦争継続派と講和派に分裂。人民の間でも思い戦費負担に耐えかねて厭戦ムードが漂い始めていた。

 

 付け加えると、戦争を通して優勢だったのは袁術軍だったとはいえ、純粋な戦闘以外では多くの不利な面も抱えていた。たとえば揚州とそれより北の袁術領の間には長江が流れており、袁術軍は援軍や物資を長江を越えて運ばねばならず、袁術軍には港湾から一歩離れれば兵站の問題が常に付いて回ることとなった。一方の揚州軍は簡単に兵や食糧を補充でき、その環境に順応できた。

 解決策としては略奪があげられるが、広大な揚州の統治には地元住民の支持が不可欠。中央からの指示を受けた政治将校たちによって略奪を禁じられた袁術軍は、軍事的に大きな制限を抱えることになる。

 

 しかも南陽の人民委員会が戦争の情報を受け取るには長い時間がかかり、現地の将軍が本部からの指令を受け取る時には情勢が変わってしまっていることが多々あった。それを防ぐには現場に指揮権を委譲せねばならないものの、軍を潜在的脅威と見なして文民統制(シビリアン・コントロール)を徹底していた袁術軍には無理な相談であった。

 

「姉様たちが華々しい戦果をあげる一方で、民の問題は放置されたまま。戦争に勝って、本当に腹がふくれるならば良いが……」

 

 いつの時代であっても、不況のしわ寄せがいくのは貧困層で、多くの人間が職を失って路頭に迷い、職があっても労働環境は大幅に悪化していた。

 「自由放任」の名の元で弱肉強食が徹底された袁術領では、福祉制度が全くと呼んでいいほど整っていない。職を失って収入源を絶たれ、日々の食べ物にも事欠く有様になった人々が街にあふれても、食糧が配給されることはない。

 

(袁家は、いや江東の地はどうなってしまうのだろう……)

 

 袁家は各地で戦い続けているし、華北の戦乱をきっかけとした景気後退も未だ回復の兆しが無い。中華の富を独占し、中原を差し置いて経済の中心地となった江東は、『黄巾の乱』以降最大の不況に喘いでいた。

    

 

 

 ◇◆◇

 

    

   

 一刀と諸葛亮は4人の警官と共に、格子窓のついた頑丈そうな馬車に乗せられていた。保安委員会本部まで護送されると、手錠を嵌められたまま大法廷室のような場所に連行される。扉の両脇には鎧を着込んだ衛兵が4人おり、何人たりとも通さぬよう斧槍を交差させている。

 

 部屋は重々しい作りで、得も知れぬ威圧感が伝わってくる。光りは2つの大きなアーチ状の窓から入ってくるが、それでも室内は薄暗く、いくつもの蝋燭がゆらゆらと不気味に揺れている。壁には巨大なプロパガンダ用レリーフが飾られており、兵士を引き連れた袁術が労働者と農民を導く様子を描いたものだった。

 

 法廷の前方には高い壇があり、大きな木製のテーブルが置かれている。そこは劉勲を始め、袁家の高官が何人か座っていた。袁渙、周瑜、賈駆などもいる。劉勲は気怠そうに顔を上げ、咳払いしてから口を開いた。 

 

「じゃあ大体みんな揃ったようだし、始めましょうか。賈駆ちゃん、説明して」

 

「はい、同志書記長。ボクたち保安委員会は、以前から複数の徐州政府要人の監視を続けてきました。もともと不穏な動きが目立っていた上、ここ最近は特にその傾向が強くなっていたためです。内乱未遂と思しき行為も見られます」

 

「事実無根だ! 俺たちは別に内乱なんて……――ぐぅッ!?」

 

 反論しようとした一刀に、横にいた刑務官が痛烈なボディブローをくらわす。諸葛亮が悲鳴を上げ、一刀は腹を抱えて椅子に倒れこんだ。

 劉勲は無感動に手を上げて刑務官を静止すると、「静粛に」と告げる。

 

「弁明の機会は後であげるから。今はちょっと黙っててくれる? ――賈駆ちゃん、続けて」

 

「はっ。最初に疑問を抱いたのは、徐州政府が揚州へ使節団を派遣した時でした。使節団の派遣そのものは同志書記長と外務委員会の正式な要請によるものでしたが、問題はその後です。運河襲撃事件について揚州政府に協力を仰ぐ、というのが当初の目的だったにも関わらず、使節団はそれとは異なる行動をとっていたのです」

 

 賈駆の黒い瞳が、諸葛亮たちをジッと見つめる。

 

「使節団は会談もそこそこに、なぜか曲阿の街中を歩き回っていたのです。しかもその間ずっと、傍には揚州政府の人間が同行していました。そう、すぐに反乱を起こすことになる揚州政府の人間が」

 

 人民委員たちがざわついた。揚州が反乱を起こした今となっては、接点があっただけで容疑をかけられる。

 

「その後は以前に報告があったように、笮融に襲われたそうですが……ボクたち保安委員会はそこに疑問を感じました。どうして、彼だけが生き残ったのかと。そして今日の夕方、療養しているはずの容疑者が、何故かまた領事館から出かけたのです。しかも行先は貧民街。明らかに不自然な状況でしたので、すぐに該当地区を封鎖するよう警官を動員しました」

 

 賈駆は手に持った書類をめくる。

 

「しかしそうしている間に、容疑者たちを尾行していた警官が何者かによって襲撃を受けたのです。しかも現場にいた警官の報告によると、手練れの戦闘員だったとか。そのために警官6名が殉職し、4名が負傷するという惨事を招いています」

 

 張勲が片手を上げ、質問する。

 

「その襲撃者というのは?」

 

「身元確認を進めている最中ですが、反乱軍の一人、廬江太守・陸康である疑いが濃厚です。つまり容疑者は、大胆にもここ宛城で反乱分子と接触していたことになります。その後は事前に報告のあったとおり、反乱分子と共に警察を襲撃していた所を逮捕しました」

 

「ま、待ってください!」

 

 一方的な証言を止めようと、諸葛亮は顔面蒼白になりながら抗議する。

 

「私たちは襲撃なんてしていません。放っておけば秘密警察の方が死んだ廬江太守を殺しかねなかったからです! 事情聴取のためには、生かす必要が……!」

 

 賈駆が胡散臭そうな目で諸葛亮をみる。

 

「ボクの部下はれっきとした保安委員会の正規職員よ。その捜査に落ち度があったとでも?」

 

 当たり前だ、という言葉が出そうになるのを諸葛亮は堪える。そもそもあんな残忍で暴力的な組織が、幅を利かせている時点で信じがたい。

 

「廬江太守を確保しようとしていたのは私たちも一緒です。しかし秘密警察が現れたことで、図らずも流血沙汰となってしまったのです」

 

 諸葛亮は一度深呼吸すると、袁術の目をしっかりと見据える。人民委員たちの目は猜疑心で満ち溢れているが、袁術だけは違うように見えた。今はそこに希望を見出すしかあるまい。

 

「袁術様。徐州が、今まで袁家に真っ向から反旗を翻したことがあったでしょうか? かつて我々は共に曹操の侵略と戦い、江東の秩序を守ってきました。徐州は、今も昔も袁家と共にあります」

 

 袁術はしばらく目をぱちぱちさせていたが、やがて合点がいったような顔になる。

 

「つまり、お前たちは妾の仲間というわけじゃな」

 

「はい! その通りです!」

 

「だ、そうじゃ。 賈駆もそんなに怖い顔をしないで、一緒に仕事すればよかろう。仲良しが一番じゃ」

 

 それを聞いた賈駆は不満げな表情になるも、ややあって低い声を出した。

 

「仲間……そうね、もしボクたちと仲間だというなら、どうして最初から協力を要請しなかったのかしら?」

 

「それは……」

 

 今度は諸葛亮が押し黙る番だった。その気になれば軍に応援を頼むことは出来たはずだし、秘密警察と共同調査にあたることも、劉勲など他の袁家要人と相談することだって出来たはずだ。

 だが、諸葛亮らはそれをしなかった。今までの事から、袁家を信用できなくなっていたからだ。しかしそれを口に出す訳にはいかない。

 

「この繊細な時期にもかかわらず、容疑者は袁家の誰にも報告せず、一人裏でコソコソ動いていた。自分たちの動きを、ボクたち袁家に悟られたくなかった。それこそ、何か後ろめたい事があるからではないでしょうか」

 

 賈駆は一度そこで言葉を切り、「あくまで憶測ですが」と付け加える。

 

「我々の弱体化を狙う工作員によって、すでに徐州政府は乗っ取られている可能性があります。もちろん中には善良な人間もいると思いますが、多数の政府要人に工作員の息がかかっているというような情報も掴んでいます。あるいは徐州政府の中の誰かが、揚州での反乱を煽っていたのかも知れません。それを知る上でも、今回の2人の容疑者は重要な証人となりえるでしょう。保安委員会としては、速やかな取り調べを希望しますが……いかかでしょうか?」

 

 工作員に上層部が乗っ取られている――まるで市井の三文芝居のような筋書だが、驚くべきことに反対の声は無かった。袁渙がフン、と鼻を鳴らす。

 

「当然だな。そもそも軍務委員会としては、前々から徐州政府を疑っていたのだ」

 

 目を輝かせた張繍がそれに続く。

 

「いいね! そうと決まったら、取り調べの担当を決めなきゃ。できれば自分がやりたいでーす」

 

 取り調べ、というフレーズに反応した劉勲も身を乗り出す。

 

「張繍、アンタがやったら供述そっちのけで解体作業になりかねないでしょーが。ここは信頼と実績からいって、このアタシがやるの筋じゃない? そうねぇ、水責めと吊るし責めなんかどう?」

 

「“親指締め”なんかもいいですよぉ」

 

「張勲いいこと言う♪ じゃあ、それも追加しちゃお」

 

 すっかり血の気の失せた諸葛亮たちを尻目に、拷問方法で盛り上がりを見せる人民委員会。軌道修正のために、賈駆は咳払いをする。

 

「それからもう1つ、保安委員会は容疑者が犯人であるという決定的な証拠を掴んでいます」

 

 もったいぶった言い回しの後、賈駆は背後にいる部下に目をやる。彼女の背後に控えていた、一人の警官が前に進み出た。両手で小さな箱を大事そうに抱えている。

 

「これが、その証拠です」

 

 賈駆がその箱を開くと、黄金の輝きが全員の眼に入った。

 

「なッ――!」

「それは……!」

「まさか――」

 

 袁家の人民委員たちが一斉に立ち上がった。法廷に驚愕が満ちる。箱に視線を集中させていた人民委員たちは、三者三様に驚愕の表情を浮かべていた。

 どの顔にも驚きと困惑しか読み取れない。劉勲は混乱とショックで血の気が失せており、袁渙は興奮で血圧が上がった顔を赤く染めている。楊弘は険しく堅い表情で、周瑜は無表情。張勲はすぐに袁術の反応を確認し、袁術はひたすら目を皿のように丸くしていた。

 

「賈駆ちゃん! こ、これがどういう事か、説明してもらえる?」

 

 張りつめた空気の中、劉勲が掠れた声を出す。

 賈駆は眼鏡をかけ直し、おもむろに他の人民委員を見回した。

 

「容疑者がこれを所有していました。かつて洛陽で永遠に失われたとされた皇帝の至宝……伝国の玉璽です」

 

 あまりの出来事に、人民委員たちは言葉を発することすらできなかった。彼らはまず事態の把握に数秒を要し、続いて今後の袁家と自分の身の振り方に思案を巡らせる。その間、彼らの視線は玉璽だけに注がれてた。

 

 ゆえに――――周瑜だけが、薄い笑いを浮かべていた事に気付いた者はいなかったのだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 日の光が、隙間から優しく降り注ぐ。快晴の空の下には、大勢の子供たちがいた。遊び盛りの少年少女たちだが、いつものように鬼ごっこや隠れんぼをする子供はいない。この日は皆、地面に座っていた。まだあどけなさの残る顔で真剣に、中心に立つ年上の少女の話を聞いているのだ。

 

「はい、じゃあ次の字はこれ。読みはね……」

 

 唯一口を開いているのは、桃色の髪をした少女だ。とても穏やかな表情で、語りもおっとりとしている。

 劉備玄徳……現・徐州牧である。慈愛に満ち、誰にでも分け隔てなく接する、人徳の英雄。乱世に降り立った聖母。

 

 そんな彼女は今、雲一つない快晴の空の下、子供たちに読み書きを教えていた。いわゆる青空教室という奴だ。教育による人材の質的向上を目的として、徐州では初等教育が試験的に導入されており、劉備も暇を見つけては子供たちに教育を施していた。

 

「劉備さま、見てみてー。上手にかけたよー」

 

「本当だー! うん、すっごく上手にかけてるよ!」

 

「こっちも見てよ。劉備さまー!」

 

 屈託のない笑顔で、劉備に寄り添う子供たち。劉備も釣られて、晴れやかに破顔する。

 

 徐州における劉備の人気は高い。州牧に就任する以前から、彼女は前徐州牧・陶謙の元で積極的に民のために働いていた。加えて劉備の温和で誠実な人柄、おっとりとした可愛らしい容姿とくれば、民心が靡くのに長い時間はかからない。忙しい公務の合間を探して、普通の領主では行かないような所まで自ら足を運び、積極的に市井の者と会話する。孤児院や治療施設などもよく訪問し、その笑顔で彼らを元気づけていた。

 

 

「りゅ、劉備さまっ! 緊急事態です!」

 

 その和やかな空間は、慌てて駆けつけてきた関羽によって破壊される。

 劉備が驚いた子供たちと共に振り返ると、関羽は一呼吸おいてから有無を言わさぬ様子で口を開いた。

 

 

 **

 

 

 先の戦争で甚大な損害を受けた下邳に代わって、徐州は暫定的に劉備の任地だった小沛を州都としている。その小沛にある劉備の居城では、緊迫した空気が漂っていた。

 

「ご主人様と朱里ちゃんが、逮捕……」

 

 絶望感もあらわに、劉備が呻く。袁家で置かれている苦しい立場を脱するべく、2人が必死に努力していることは知っていたが、まさかこんな事になろうとは。

 

「理由は内乱罪の容疑……2人には工作員の疑いがかけられているそうです。また、袁家は徐州政府に対しても強制捜査の必要性を認めています」

 

 鳳統は感情を消した声で呟いた。宛城の徐州領事館とは連絡が途絶しており、どういう経緯で袁家が今回の暴挙に出たのかは分からない。だが、間違いなく袁家はこれを気に徐州を完全な統制化に置こうとするだろう。

 

「今こそ動くべきです!」

 

 関羽が机を叩き、立ち上がった。

 

「理不尽にもほどがある! ここは断固とした行動をとるべきです!」

 

「愛紗の言う通りなのだ! 袁術の好き勝手にはさせないのだ!」

 

 威勢よく対決を主張する関羽と張飛の2人だったが、鳳統は「無謀すぎます」として首を振る。

 

「袁家との全面対決は避けなければなりません。徐州には我が軍と同数の、2万の袁術軍が駐屯しています。琅邪城には曹操軍も残っており、もし衝突が起これば徐州は焼け野原に逆戻りです! 」

 

「では、捕えられている朱里とご主人様はどうするのだ!? 見殺しにはできない」

 

「いま私たちが動けば、それこそ袁家の思う壺です! 袁家は恐らく、私たちの反応まで予想しているはずです!」

 

 激論を交わす関羽と鳳統だったが、その時、張飛が何かに気付いて声を上げた。

 

「愛紗、雛里、桃香! あっちに何か見えるのだ!」

 

 全員が窓に駆け寄る。その視線の先には、400名ほどの武装した袁術兵が見えた。

 

 

 **

 

 

 劉備たちが外に出ると、袁術兵の中から何人かの士官が進み出る。袁術軍の指揮官を務める政治将校が、微笑みを浮かべて口を開いた。

 

「保安委員会より、徐州政府の内部に工作員が紛れ込んでいるという情報がありました。よって、こちらの城塞を一時的に監視下に置かせていただきます。ご理解とご協力を願えますか」

 

 慇懃な口調で、協力を要請する政治将校。もちろん形の上だけで、断れるとは言っていない。

 劉備は勇気を振り絞って口を開いた。

 

「そんな……わたし達は何もしていません! 工作員だなんて……!」

 

「身の潔白にご自身がおありでしたら、なおさら断る理由は無いでしょう。胸を張って潔白であると、ここで我々に証明する絶好の機会では?」

 

 それは詭弁だ――鳳統は苦渋を感じながら、袁家に抵抗できない現実に歯噛みする。

 

 小沛城には1200名ほどの兵士が常駐しているし、郊外にある駐屯地の兵力まで含めれば5000名近くにのぼる。関羽と張飛もいるし、その気になれば目の前の袁術軍を撃破することは容易い。ただし、それは袁術との全面戦争を意味する――。

 

 袁術が保有する現有戦力を、鳳統は18万程度と分析していた。揚州に8万、徐州に2万、豫州に5万5000、南陽郡に3万5000。圧倒的な戦力だが、兵士の8割以上が戦時になって召集された部隊であり、その錬度は低い。

 なぜなら袁術軍では、平時は極限まで兵力を抑えて出費を抑え、戦時に一気に大量の兵士を雇い、数で圧倒するのがセオリーとされていたからだ。つまり袁術軍はその軍資金が尽きるまで、いくらでも追加の兵士を動員できるということ。恐らく、その数は10万を超えるだろう――。

 

「どうされますかな、劉徐州牧?」

 

 政治将校の声につられるように、全員の視線が劉備に注がれた。関羽と張飛は徹底抗戦を、鳳統は忍耐を、それぞれ視線で訴える。熟考の後、震える声で劉備が言葉を紡いだ。

 

「……分かりました。徐州政府は袁家の要請の従って、捜査に協力します。 ただし……くれぐれも手荒な事は慎んでください」

          




  
 >壁には巨大なプロパガンダ用レリーフが飾られており、兵士を引き連れた袁術が労働者と農民を導く様子を描いたものだった――

 ノリで書いてしまったが、想像すると果てしなくシュール

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