【短編】誘われて隣人になり、気付けば通い妻になっていた話 作:ウルハーツ
掃除を終えて、洗濯も終えて、夕飯に決めたカレーも殆ど完成。後はお姉さんが帰って来たら一緒に食べるだけとなった時、私は時間を潰す為にテレビを付ける。お姉さんからテレビなどは勝手に使って良いと許可は貰っているから、気兼ねは無い。私の部屋にはテレビが無いから、お姉さんの優しさは非常に助かる。テレビが無くても生活に大きな支障が出る訳では無いけれど、ニュース等が見れないとどうしても世間の情報についていけなくなってしまうから。ネットでは知れない事もある……筈。
「あ……これ、先日の?」
何気なくチャンネルを切り替えていた時、とあるバラエティ番組でリモコンのボタンを押していた私の指は止まった。普段余りバラエティ番組を見る方では無いけれど、その内容が『新田 美波のお部屋訪問!』となっていれば話は別。新田 美波とは間違い無くお姉さんの事であり、テレビの番組でお姉さんが部屋の紹介をした事は本人から聞いている。時間は私が学校に行っている間で、その日お姉さんは休んだらしいけど……番組の放送日までは聞いて無かった。今日だったらしい。
『ここが新田さんの住むマンションなんですね!』
楽しそうに部屋を訪問するリポーターらしき女性が喋るけれど、画面の殆どがモザイクになっていて場所は殆ど分からない。当然だろう。今人気があるアイドルの家の場所まで公開する事は流石にしない。そんな事したら過激なファンが押し寄せる可能性もあるから。モザイクでも特定出来る人はしてしまう可能性もあるし、中々今回の仕事はお姉さんも勇気を出したのかも知れない。
『この部屋が私の住んでいる家です』
『新田さんは1人暮らし何ですよね? 何時頃から1人暮らしを?』
『1年以上前からですね。大学に通うのに実家からでは無理があって……それで始めました』
今私が居る部屋の扉を見せ乍ら話をするお姉さん。部屋の番号は映さずに【新田】と書かれた表札だけを映した後、質問するテレビの画面を見て私は不思議な感覚になっていた。今映っている映像は数日前に取られたもの。当然扉の向こうに今ここに居る私が居る訳が無いのだけれど、今実際に外に居るのでは? と思ってしまう。でも今窓から外を見れば既に真っ暗で、対照的にテレビ画面に映る部屋の扉に反射して見える空は明るい事が時間の違いを証明してくれる。
『それでは、お邪魔したいと思います!』
女性がそう言ってお姉さんが招き入れる為に開けた扉の中へ入り始める。私には見慣れた廊下などを通って入ったのはリビング。今私が座っている席がそこには映って、でも当然乍らそこに私は居ない。窓の外には微かにモザイクが残っているけれど、部屋の中は隠すことも無く基本晒されていく。並んでいる写真に気付いて女性が質問すれば、お姉さんは微笑みを浮かべて答え始めた。
『そこに映っているのは私の両親と弟、そして幼馴染の子です』
『なるほどなるほど。今も地元の方にいらっしゃるのですか?』
『いえ、幼馴染の子は一緒にこっちに来たので今でも交流してるんです』
弟君やお姉さんたちの両親、そして私の事を話すお姉さんの姿に何処か気恥しい様な気を感じ乍らも私はテレビを気付けば見続けていた。
『そうなんですか。それにしても綺麗にしてるんですね! 本棚もきっちり整頓されてますし……何か拘りはあるんですか?』
『えっと……ご、五十音順です』
『ふむふむ。あ、この本は栞が挟んでありますね。今読んでる本ですか?』
『え? それはその……そ、その通りです』
『難しそうな本ですね!』
苦笑いを浮かべるお姉さんの姿に私は何とも言えなかった。部屋の掃除は基本的に私がしているし、参考書やその他の類の整理も私がする事が多い。目を付けられた1冊の本は私が読んでいた本で、分かり易く栞を挟んでいたのだけど……お姉さんは余り知らないから答え方が少し不自然に見える。そしてその後も部屋の中を見回していく女性リポーター。時々目に付いたものについて質問されれば、スムーズに返す時もあれば困った様子を見せる時もあるお姉さんの姿に察した。テレビ画面の端にはワイプと呼ばれるものがあって、それはスタジオなどで映像を見ている人達が映っている。偶にお姉さんも映っていて、これは間違い無く後で質問されると。
『次は寝室です』
『普段新田さんが眠る場所ですね! どんな所なのでしょうか?』
何とか色々な質問に答え終えたお姉さんが次に導いたのは私に入らない様言っていた寝室。特に嫌がる様子も無く寝室へ先導するお姉さんの姿を見るに、余り大した理由で寝室の出入りを禁じている訳では無いらしい。やがて部屋の扉に辿り着いたお姉さんがその扉を開けば、ベッド以外『何も無い』部屋がそこにはあった。
『ベッドだけ、ですか?』
『はい、寝室なので。基本的にはリビングで過ごしますし、この部屋は殆ど何も置いて無いんです』
正に【無】とでも言えるぐらいに何も無い部屋。何でお姉さんは私にこの部屋に入って欲しく無いんだろうか? カーテンも何も無い、ベッドと無地の枕と無地の布団だけの部屋。私の部屋と同じ形だから押し入れなども存在しているけれど、テレビに映る様子を見るに殆ど使っていないのかも知れない。
その後、部屋の訪問を終えてマンションから出たお姉さんとリポーターの女性。やがてその映像が終われば、スタジオと思われる画面に切り替わった。そこには見た事のある芸能人達に交じってお姉さんの姿もあり、当然話題はお姉さんの家について。私の予想が当たれば、部屋について一部分かっていなかった事を聞かれると思うんだけど……。
「ただいま~」
「あ、お帰りなさい」
続きを見ようと思っていた時、玄関の扉が開いてお姉さんが帰宅する。テレビの内容は気になる事もあるけど、それよりも働いて来たお姉さんを迎える方が優先。私はテレビを消して、お姉さんを迎える為に立ち上がった。
学校が終わって放課後を迎えた時、私は夕飯の内容について考えていた。今日はお姉さんが何時もより遅くなるかも知れないらしい。少し前にカレーは作ったから、それとは違う物。でも帰って来た時に冷めていては働いて来た人に失礼だし……何にするべきだろう。
「偶にはレシピ本でも買ってみるかな」
基本的に考える料理は家でお母さんが作っていた物を真似る事が殆ど。分からない時はその料理限定で調べる事もあったけど、レパートリーを増やす意味ではレシピが沢山載っている本を買うのが手っ取り早い。一度本を買って、それを読んでからスーパーに寄って食材を揃える。お姉さんが遅くなるのなら時間はある筈だし、問題無い筈。
やる事を決めた私が向かったのは、この街に来て最初に気になった古本屋。友人と言って差し支えない人が偶にそこで店番をしているけれど、今日がその日とは限らない。そもそも大学生の筈だから、まだ帰っていないかも知れない。足を進め乍ら考える事数分、私は目的の古本屋に到着した。
「いらっしゃい。ん、君は……」
「こんにちは」
「あぁ、こんにちは」
入って最初に出迎えたのは本とカウンターの向こうに座る男性。確か叔父さん、だった筈。何度か顔を合わせた事はあるけれど、殆ど話をした事なんて無い。私は挨拶と同時に頭を下げてレシピ本を探す為に中へ足を進める。お客としてここに来る事が殆どだから、友人目当てで無いと向こうも思った様子。片手に携帯を持ってレジに来るお客を待つその姿を尻目に私は更に奥へ足を進めた。
「レシピ本は……」
指で本の列を目視と同時になぞる様に確認しながら、やがて目的の本が並ぶ場所を見つけ出す。2,3人程居るお客の殆どが立ち読みをしている様子だけど、本屋で働く友人を持つ者として私がそれをする訳には行かない気がした。適当に何冊か買ってお店を出よう。そう思って手を伸ばした時、私の持っていた携帯が微かに震える。誰かからメールが来た合図だった。
【鷺沢 文香】
『すぐ帰りますので少し待ってて貰えますか?』
何故私がここに来た事を知っているのだろう? 待つ事自体は別に大した問題ではないけど、その理由が……いや、心当たりはある。と言うよりもそれしか無い。今現在カウンターの向こうで客がレジに来ない間適当に時間を潰している友人の叔父さんなら、知らせる事が出来る。態々知らせる必要があったのか聞きたいところだけど、今は返信するべきだろう。私は了承の意を返信して、レジに向かった。
「お会計をお願いします」
「うん。それと待つなら2階を使って良いよ」
「ありがたいですが、良いのですか? 赤の他人を勝手に上げ、剰え1人にしてしまって」
「お客さんを1人にするのは僕も気が進まないけど、ここを開ける訳にも行かない。それに文香の友達である君なら大丈夫さ」
「……分かりました、お邪魔致します」
信頼されている……そう考えて間違い無いと思う。確かに人の家で勝手に何かしようとは思わないけれど、過度な信用は重く感じてしまう。提示された金額を支払った後、既に何度か上がった事のある階段を通って古本屋の2階へ。居間になっている場所でちゃぶ台を前に私は袋の中に入れてくれたレシピ本の1冊を取り出した。今の時間が16時だから、18時ぐらいにはここを出ないと夕飯の支度に間に合わないかも知れない。
…………………………
読み続ける事数分。微かに聞こえて来る急ぎ足の足音に集中力が切れ、私は開かれるであろう扉へ視線を向けた。階段を上り終えた足音は更に近づいて来て……扉がノックされる。
「はい」
「はぁ……はぁ……お、お待たせ、しました」
階段どころかここに帰って来るまでずっと急いで来たのだろう。息を切らして微かに汗を額に見せ乍ら黒い髪の間から私を見つめるその目と合い、私はハンカチを取り出す。レシピ本をちゃぶ台に置いて立ち上がり、彼女の元へ近づいてその汗を拭えば、髪の間に見える彼女の綺麗な目が大きく見開いた。
「あ、あの……ありがとう、ございます」
「私の為に急いでくれたのは嬉しいですが、余り無理しないでください」
「ぅ……大学に居たので急いでしまって……ごめんなさい」
本当に年上か疑いたくなる不安そうな表情での謝罪に私は驚いていた。文香さんの通う大学が何処か私は知らない。だけどこの古本屋から一番近い大学はお姉さんが通っているところ。でも一番近いと言ってもそこそこ距離があって、歩いて3,40分は掛かると思う。もしも走って来たとして、今の時間は16時15分。相当な体力と速度が無ければこんな時間に辿り着けない。それに汗もハンカチで拭える程しか掻いて無い。文香さん、意外に運動能力がある……?
「あの、どうかしましたか?」
「……いえ、大した事では無いので。それより何か大事な用件があるんですよね?」
「? そうなんですか?」
「え?」
私はてっきり何か大事な用件があって私にここで留まる様にお願いして来たのだと思っていた。急いで帰って来た事から相当大事な内容だと、そう思っていた。だけど私の言葉に首を傾げて聞き返す文香さんの姿を見る限り……そんな用件は無い様子。
「私は唯、一緒にお話がしたくて……迷惑、でしたか?」
「そういう事ですか……迷惑なんかじゃないですよ。唯、私が勘違いしただけですから」
寧ろそこまでして来てくれた事に友人として嬉しく感じる。息も整った文香さんはちゃぶ台越しに向かいに座る……事無くすぐ隣に腰を下ろし、私が買った本を見た。
「料理の本、ですか?」
「はい。少しレパートリーを増やそうと思ったので。そう言えば文香さんは料理をするんですか? 1人暮らし、ですよね?」
「毎日では無いですけど、偶になら……します。でも定番の物ばかりなので……」
「ちょっとした質問ですので、気にしないでください」
何処か申し訳なさそうにする文香さん。私はそんなつもりで聞いた訳では無いのだけれど、文香さんは力になれない事が申し訳なく感じてしまう様子。誰かの力になろうとする姿は良いと思うけれど、それで自分を責めるのはきっと違う。私は話を変える為にレシピ本の違うページを開いた。
「こういった難しそうな料理は中々やって見ようって気にはなりませんね」
「私もその、1人暮らしだと……手を抜いてしまいがちです」
自分の為に作る料理は自分が満足出来ればそれで良い。だから手間も考慮して簡単で満たせれば良いと考えてしまう事があるのだと思う。私も1人暮らしを始めた時、そう思いそうになった。でも結局私は自分の為だけに料理をする事が少ない。朝はお姉さんと朝食を食べるから2人分。お昼はお姉さんが仕事先でお弁当が出ない日のみお弁当を用意して、ついでに自分のも用意する。出る日は学校の購買等で済ませる。そして夜はお姉さんが帰って来た時に用意できる様に作って、自分も一緒に食べる。やっぱり思い返してみても、私が私だけの為に料理をする事は殆ど無い。……なら誰かの為に作ろうと思えば作れるのだろうか? 例えば今なら……
「文香さんの為に作ってみる、とか?」
「わ、私の為……ですか?」
思わず呟いてしまった言葉に驚きながら聞き返す文香さん。頭の中で考えていた事は当然伝わる訳が無い為、突然の言葉に戸惑うのも仕方ない。私は自分の為に作るのでは無く、誰かの為になら面倒な料理も作れるかも知れないと思った事を。そして今目の前に文香さんが居た故に呟いてしまった事を伝える。
「……それなら今度、一緒に作りませんか?」
「一緒に、ですか?」
「お互いがお互いの為に作ればやる気になるかも知れないですし……それに分担も出来ます。場所はその……わ、私の家はどうでしょう、か?」
文香さんの家が何処にあるのかは知らないけれど、まさかお誘いを受けるとは思わなかった。でも確かに一緒に作ればやる気も出て、大変な事も分担出来る。1度作ってしまえば身体が覚えて次は簡単に作れる様になる可能性もあるから、挑戦する事は無駄じゃない筈。それにしても仮に文香さんの提案に了承するとして、私は文香さんの家に行くという事になる。生まれてこの方誰かの家にお邪魔するのはお姉さんと弟君の家以外に無い。それも2人の家は物心ついた時から行くのが当たり前みたいなところもあったから……正直友人とは言え赤の他人である人の家に行くのは少し緊張するかもしれない。でも何事も経験、の筈。
「今度、お互いの予定を確認して日取りを決めましょうか。決まったらその時はお邪魔しますね」
「! は、はい!」
今日一番と言って良い程に笑顔で答える文香さん。その姿はとても輝いていて同性の私から見ても魅力的で見惚れてしまいそうになる。年上である文香さんに思って良いのか分からないけど……凄く可愛かった。
『美波さんの家、家政婦でも雇ってるの? 絶対誰か家の事やってる人居るでしょ?』
「危なかった……」
元に戻したあの子の映る寝具に包まれ、今日あった出来事の発端となった言葉を思いだしていた。私が参加していたプロジェクトの仲間である双葉 杏ちゃん。彼女はアイドルとして成功した後に印税で生活する事を夢見ていて、世間からはニート系アイドルなんて言われている。そんな彼女は数日前に放送された私の家を公開する番組を見たらしく、私が事務所に着いて彼女と会った際に言われた言葉が先程思い出した内容。……最初聞いた時、背筋が凍った様な感覚を受けた程に衝撃的だった。そしてそれ以上にその場を混乱させる一言が彼女の口からは発せられてしまった。
『もしかして彼氏とか?』
それからその場にいた子達に質問され始め、後から来た子達には『新田 美波に彼氏が居るかもしれない』という可能性の話が広がって……収めるのにかなりの時間が掛かってしまった。何とか放送の中で出て来た幼馴染が家の事を【偶に】してくれていると嘘と本当を混ぜて説明した事で事無きを得たのだけれど、収まった後に杏ちゃんが真剣な顔で私に言った言葉が今でも頭の中で繰り返される。
『杏はさ。アイドルとして成功した後は印税で暮らすつもりだけど、家事とかするつもりは無いんだよね。美波さん、その人紹介してくれない?』
あの放送で幼馴染であるあの子や弟の事等は出たけれど、基本的には一般人だから顔等をモザイクで見えない様にされていた。私の家で家事をやってくれるあの子の性別を知っているのは私だけ。もしこれが男の人からの言葉なら私は空かさず断っていたと思う。だけど杏ちゃんは彼女の性別を知る筈もないし、そもそも男女関係なくこう言うかも知れない。要は見の周りの世話をしてくれる人を雇いたいって事だと思う。確かに彼女は私の家の事を熟してくれる。今まで当たり前の様にそれで過ごして来たけれど、それに対して私は何を返して来れただろう? もし杏ちゃんの言う通りに紹介して、彼女が雇われてしまったら……考えただけで怖くなった。
『ねぇ、美波さん』
『ごめんね』
だから私は杏ちゃんのお願いを断った。駄目な理由として明確なものなんて無いけれど、彼女とあの子を会わせてしまったら私は後悔する。そんな確信が不思議とあったから。幸い杏ちゃんは私の断りを聞いてすぐに諦めてくれた様で、私を少し薄目で見ながらも『仕方ないか』と呟いていた。
「……」
今までずっと一緒に居て、それが当たり前だった。実家からここに来る時に何とか彼女を一緒に連れて来る事も出来て、それはこれからもきっと続く。……だけど今回の件で私は知った。【一緒に居る】という事が私達の当たり前でありながら、【何時でも壊れる】事に。もし彼女が私と一緒に来ない選択をしたら。もし杏ちゃんの提案を受けていたら。
「今のままじゃ……駄目、なのかも」
重くなった瞼を閉じ乍ら漏れ出た言葉は部屋の中に響いて消える。最後に枕に写る彼女の顔を見て瞼の裏側にも彼女を想像しながら完全に目を閉じれば、私はそのまま今日を終えた。
感想や評価をありがとうございます。調子に乗って続いてしまった今作。また続くかは前回同様未定です。
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