【短編】誘われて隣人になり、気付けば通い妻になっていた話   作:ウルハーツ

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 金曜日。その日、お姉さんが高熱に倒れた。毎日忙しそうにアイドル活動へ励んでいた事で、しっかりとした休息が取れなかったのかも知れない。今日もお仕事があるって話は聞いていたけれど、真っ直ぐ歩く事も難しそうな程にフラフラなお姉さんを流石に行かせる事は出来ない。だから私はお姉さんには無断で、勝手に携帯電話を借りて電話をする。掛ける相手はお姉さんの担当をしてくれているという『プロデューサーさん』。お姉さんの携帯電話から掛けている事で、少なくとも出てはくれると思う。そうで無いと、困る。

 

『はい、もしもし?』

 

 何とか無事に出てくれた事で、私はお姉さんが熱を出した事を伝える。……だけどプロデューサーさんは簡単には信じてくれなかった。私について聞かれて正直に答えても、お姉さんに代わって欲しいと言われる。でも今のお姉さんは真面に話が出来るかも怪しい程に荒い息をしていて、だけど頑張って行こうとしてる。多分、電話に出たら『行く』って言い出すと思う。

 

 プロデューサーさんの様子が徐々に私を怪しんでいるのが分かった。お姉さんはアイドルで、変な事に巻き込まれてるんじゃないかって心配しているのが分かる。それはとても大事な事なんだけど、この場合はどうやって証明すれば良いんだろう? お姉さんに無理にでも休むって言わせるのは、それはそれで怪しまれそう。

 

『? 済まない、美波に関する大事な……あぁ。そうだが』

 

「?」

 

 困っていた私の耳元で、プロデューサーさんが電話越しに誰かと会話を始める。相手の声は聞こえないけれど、何度か会話をする内に自然とプロデューサーさんとその人物が電話を代わった様子。訳も分からないまま黙って待っていると、少し不安そうに相手は名前を名乗ってくれた。

 

『もしもし、文香です』

 

「文香さん?」

 

『事情はプロデューサーさんから聞きました。後は私の方で話を通しておきます。なので美波さんの事、お願いします』

 

「うん、ありがとう。文香さん」

 

『困った時はお互いさま、です』

 

 文香さんが代わりにプロデューサーさんと話をしてくれると聞いて、私は心底安心した。文香さんは私とお姉さんの関係を知っているから、きっとプロデューサーさんに誤解無く伝えてくれる。

 

 私は感謝を伝えつつ、電話を切った。そして意識が朦朧としている様子のお姉さんに一応、お休みをさせてもらえた事を伝える。取ってしまえばこっちのもの。お姉さんは諦めた様に力を抜いて、私はまず初めにお姉さんが寒くない様に毛布を掛け直す。……向こうは文香さんがやってくれる。だから私は、お姉さんが元気になる様に頑張ろう。

 

 お姉さんは今、リビングのソファで横になっている。私が朝、お姉さんの部屋へ入ったらここで倒れていた。毛布を掛けてはあるけれど、ここだとしっかり休む事は出来ないと思う。何とかしてお姉さんを寝室へ運ばないと。私にお姉さんを抱えられる力は多分、無い。それにどうしてか寝室へ入る事をお姉さんは許してくれない。最初に『寝室へ行こう』と言っても、『駄目』の一点張り。

 

「……それじゃあ、私の部屋に行こう。私のベッドなら、良いよね?」

 

「ぅ、ん……ぉね、がぃ……」

 

 お姉さんの寝室が許されないなら、私に思い付く方法は私の使っているベッドへ連れて行く事だけだった。遠回りにはなってしまうけど、ここで寝続けるよりは絶対に良い。私はふらつくお姉さんの身体を支えながら、お姉さんの部屋を出て隣の部屋へ。朝起きて一応は直してあった私の布団へ連れて行ってから、改めて横になってもらう。出来るだけ早く準備を済ませて、お姉さんの部屋から必要な物を持って来た上で鍵も閉めないと。

 

 生きていれば風邪を引く事も、熱を出す事も誰もが大概は経験する。そしてお姉さんや弟君が熱を出した時、看病した経験だってある。風邪薬も常備しているし、冷えピタ……は無いけどおしぼりはあるから水で冷やして頭に載せれば代わりになる。汗を沢山流すと思うから、着替えは取り敢えず2回分用意。身体を拭く用のタオルもすぐに使える様に出しておいて、他に必要な物は……。

 

 

 

 

 

 必要な物は大体、家にあった。急いで買い物に行かなくても良いと分かってから、取り敢えずはお姉さんの看病を続ける。……実は大事な事を1つ忘れてたけど、もう考えても仕方ない。連絡の1つくらいはするべきだったとは思うけど、焦ってたから。

 

 そんな事よりも、看病を続けている間にお昼の時間が近づいて来る。思えば朝ご飯を食べてない上に、お姉さんは弱ってる。だけど食べないと弱ってしまう一方だから、少しでも何か食べさせないといけない。となればここは定番のお粥。食べ易いように玉子粥にしようと思う。

 

「少し待っててね」

 

 大分穏やかな呼吸をする様になりながら眠るお姉さんを寝室に残して、私はキッチンへ立つ。ご飯もある、卵もある。多分味が不味くなってると思うから、下手に濃い味にしてしまうと辛い筈。だからここは食べ易い程度の薄味が良いかな。思えば看病をする事はあっても、こうして病人にご飯を作る事は無かった。ここに来る前は、お姉さんのお母さんが作ってくれていたから。だけど今、お姉さんに作れるのは私だけ。下手な玉子粥を作る訳にはいかない。

 

「……よし」

 

 気合いを入れて、病人食を作る。食べ易い様に、それでいて少しでも栄養が取れる様に。こっちへ来てから沢山料理をしてるから、自然と頭も身体も動いてくれる。感覚だけでお手本も何も無いけれど、少しして出来たのはお母さんが作ってくれた様な玉子粥だった。味見として食べてみると、思い出したあの味と似ていて少し嬉しくなる。これならきっと、問題無い。

 

「玉子粥を作ったけど、食べられる?」

 

「うん、ありがとう……ごめんね」

 

「謝らなくていい。お姉さんは何時も頑張ってるから、仕方ない」

 

 寝室に戻って小さく声を掛けてみる。寝ていたならそれはそれで起きるまで待つつもりだったけど、どうやら目は覚めていたらしい。少し身体を起こして座る体勢に変えたお姉さんの傍へ近づいて、私はベッドの脇へ腰かける。1人用のベッドだから端っこに座るしかないけど、それでも食べさせるには問題無い位置。

 

「ふぅ……ふぅ……はい」

 

「ぁ、む……うん、美味しいよ」

 

「良かった。自分で食べられそう?」

 

「……食べさせて?」

 

「ん、分かった」

 

 弱々しくも笑って答えたお姉さんに私はもう1度スプーンで玉子粥を一口分掬って、冷ます為に息を吹き掛ける。普段甘えてくれないお姉さんの甘える姿はちょっと珍しいから、こんな時くらいは存分に甘えて欲しい。何度か食べては口元を拭って、それを繰り返す内に気付けば作った分全てをお姉さんは食べ切っていた。

 

「ご馳走様」

 

「うん。汗は大丈夫?」

 

「ちょっと……拭きたいかな」

 

「分かった。待ってて」

 

 器をキッチンへ持って行ってから、替えのパジャマと共にタオルと桶にお湯を入れて寝室へ戻る。そこにはもう服を脱いで上半身を晒したお姉さんが居て、私はタオルを桶のお湯に入れてから絞ってお姉さんに渡した。だけどお姉さんは私をジッと見て来るだけで、受け取ってくれない。……これは、多分そういう事だと思う。

 

「分かった」

 

「んっ……」

 

 身体に掛かっていた布団を少し退けて、私はお姉さんの身体にタオルを当てる。強過ぎない様に気を付けながらお姉さんの身体を拭えば、少しだけくすぐったそうにお姉さんが声を出した。思えばお姉さんの身体をこうして見るのは久々かもしれない。別に変な気は起きないけど、同性として羨ましくは感じる。特に胸とかは『美しい』って言葉が正に似合う感じ。そんな事を言い出せば、お姉さん全体がそうなんだけど。

 

「寒くない?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

 一度タオルを洗ってもう1度絞り、今度は背中の汗を拭う。染み一つ無い肌は本当に綺麗。腕や首元も拭って、残るは下だけ。でも流石にそこは本人がやるべきだから、私はタオルを再度洗ってからお姉さんに渡した。

 

「部屋から、出てるね」

 

「ぁ……うん」

 

 ちょっと残念そうな声が聞こえた気もするけど、私は寝室を出てから次に何をしようか考える。すると私の携帯が鳴り始めた。相手は……奏?

 

「もしもし、奏?」

 

『えぇ。美波さんが熱を出したって聞いたけど、容体はどうなの?』

 

「朝に比べれば、少し良い。でも油断はしない方が良いと思う」

 

『そう。……一応、文香と一緒に話をつけたわ。明後日までなら休んで平気よ』

 

「そっか。ありがとう」

 

『看病は任せるわ。だけど無理し過ぎて貴女まで熱を出さないでよ?』

 

「ん。気を付ける」

 

 奏からの電話を切って、私は飲み物が減っていた事を思い出してボトルを手に寝室へ戻った。お姉さんは既に替えのパジャマに着替えていて、私は飲み物を追加してから脱いだ後のパジャマを回収すると同時にお姉さんへ明後日まで休みを取れた事を伝える。お姉さんの為に色々な人が力を貸してくれる。話をする中でそれを感じて、お姉さんが凄い人なんだって改めて実感する。

 

 もう1度眠ったのを確認してから、パジャマを洗濯して夕飯の準備もする。すぐには作らないけど、時間になるか食べる余裕が出たら素早く作れる様に。

 

 そう言えばお姉さんの部屋を今日は掃除してない。まぁ、状況が状況だから仕方ないかな。取り敢えず明後日までは安静にして貰うとして、私は何処で寝よう? お姉さんの部屋の寝室が使えれば良いんだけど、許してはくれないと思う。無断で入るのは……嫌がってるお姉さんを裏切る事になるから、駄目。お客さん用の布団なんて無いし、こうなったら床で?

 

「どう、したの?」

 

「!? お姉さんこそ、大丈夫?」

 

「うん。ちょっと、お手洗いに行きたかっただけよ」

 

 お姉さんはそう言ってお手洗いへ行ってから、寝室に戻らずに私の傍へ近づいて来る。寝ていた方が良いんだけど、私が何に悩んでいたのか気になるらしい。そこで私が寝る場所について考えていると伝えれば、お姉さんは少し目を閉じてから告げた。

 

「一緒に、寝ない?」

 

「……」

 

 流石に予想外で驚いてしまった。確かにそれもありだけど……余り一緒に居過ぎると、病気が移ってしまうかもしれない。それが嫌というよりも、お姉さんが治った時に今度は私が迷惑を掛ける訳にはいかない。だから私はお姉さんの提案を断る事にした。お姉さんの部屋で朝に使ってた毛布を被って、リビングで眠れば多分大丈夫。念の為、私も風邪薬は飲んでおこうかな。

 

 

 

 翌日、お姉さんの熱は平熱に戻った。まだ体力は落ちてしまっている様だったけれど、喋る様子も見るに大分病状は良くなった様子。今日1日休めば明日はきっと元気に動けると思って、私は嬉しかった。お姉さんが治ったのは当然だけど、その他に私が最初から最後まで誰かを看病出来たって事実も嬉しかったから。

 

「そういえば、昨日。ずっと看病してくれたけど、もしかして学校があったんじゃ……」

 

「うん。初めてサボっちゃった」

 

「そんな……ごめんね、私のせいで」

 

「気にしない。もっと大事な事があっただけ」

 

 過ぎた事は仕方が無い。お姉さんの事で頭が一杯だったから、連絡する事も頭に無かった。でもそれは私が忘れていただけで、別にお姉さんのせいじゃない。それに熱で魘されるお姉さんを置いて学校へ行くのは、どちらにしても出来なかった。だから、誰が悪い訳でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の看病のお蔭で、私の風邪はすっかり完治した。私の為に学校をサボらせてしまった事は申し訳無いけど、それ以上に嬉しく感じてしまう。

 

 最近、彼女は私以外の誰かと過ごす事が多くなった。私は私、彼女は彼女の生活や時間があるからそれは当たり前の事。だけど新たな交流が生まれる度に、モヤモヤとした感情がずっと私の胸を締め付けていた。……でも今回の件で、私が彼女に取って大事な存在であると感じられた事がとても嬉しかった。

 

「ありがとう」

 

 看病をしてくれる間、忙しなく動いていた事を私は知ってる。私のお願いを聞いて、寝室へ入らない様にしてくれた事も知ってる。そのせいで色々無理をさせてしまったかも知れない。だからこうして、同じベッドで眠る彼女の頬を撫でられる事は罪悪感よりも嬉しさの方が勝っていた。

 

「……皆にも心配、掛けちゃったよね」

 

 携帯には色々な子達からの連絡を知らせる通知が数多くあった。その殆どが私を心配してくれる内容で、彼女達にも大丈夫である事を伝えないといけない。だけど……それは後でも大丈夫。今は私の隣で眠る彼女を眺める事が、私にとって一番に優先するべき事だから。




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