新たなる始まり   作:親潮

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序章となります。


再会

 

ふと、目が覚めた。

日がまだ昇っていない薄暗い時間である。外に人気はなく、次世代ディーゼルエンジンを積んだ車が走る音も聞こえない。

昼間のみならず夜中まで騒がしい大通り沿いの商店街も、流石にこの時間帯は静かなようだ。

もう一度寝ることも検討したが目は冴えてしまっている。腕にしがみついて何やら呟いている叶葉を起こさないようにしつつ、金翅の九曜——もとい宿真一は布団から抜け出した。

 

 

 

 

「んむぅ………………む?」

窓から差し込む光が少女のあどけない寝顔を照らした。一度寝ると余程のことがない限り目を覚まさない彼女だが、その精緻極まる体内時計により必ず定時に起床する。ごそごそと動いたのち、寝ぼけた様子で布団から這い出てきた。

「……真一………?」

 

旅立ってからは日常となっているが、叶葉と九曜は隣で寝ている。もともと狭い部屋に7人で寝ているから自然とそういう並びになるのだ。ちなみに、眼が覚めると叶葉が九曜に抱きついているなどということは日常茶飯事である。気まずさと若干の恥ずかしさが混じる顔の九曜は、叶葉が起きるまで他の同行人の見世物になっている。

閑話休題。

 

「真一!?」

真一がいない。寝起きでぼやけていた頭が一気に覚醒し、即座に立ち上がる。

大の字でいびきをかく仁を踏まないように玄関へ行き、靴がないことを確認すると安堵したように大きな溜息をついた。どうやら靴も履かずに外へ出るような状況になった訳ではないらしい。

「まったく、こんな朝早くからどこへ行ったんですか…」

一言呟いてから素早く普段着に着替え、叶葉は商店街の大きくなりつつある喧騒の中へ踏み出していった。

 

 

 

ここは海に面したとある都市である。大きさこそ八洲の帝都には及ばないものの、そこに棲まう人間は負けず劣らず多い。また西洋・東洋の中継地点の役目を担っているらしく、実に多種多様なものが市場に溢れている。都市の中心部を突っ切る幹線道路を見れば、大型の運送用トレーラーが慌ただしく往き来しているのが見られるだろう。もっとも、鶏もまだ寝ているであろうこの時間では静かなものであるが。

——何処を見ても、八洲のような戦後の荒廃した雰囲気は漂ってはいない。

「戦争、か」

人々が寝静まった住宅街を歩きつつ、真一は独り言ちた。

 

全てが終わったあの秋の日から、そしてその次の春から2年が経った。叶葉を仲間に加えた鬼虫一行はそのまま海を渡り、大陸に行動範囲を移した。当然、海中に没した筈の鬼虫は八洲に居てはいけない存在だったからである。帝国が万が一を考えて彼らを指名手配していた可能性も決して低くはない。

大陸に到達した時の叶葉の顔を思い出し、真一は仏頂面を少し緩めた。未知の世界に踏み入るのは叶葉にとって初めての体験であるらしく、走り出したりなどはしないものの辺りをキョロキョロと見回しては目を輝かせているようだった。思えば、それからもう2年ほども経ったのである。各地を転々としながら世界を見て回り、ここ最近はこの街に拠点を構えている。

そうしてこれまでのことを反芻しながら歩いているうちに、いつのまにか海沿いの道に出ていた。

 

「………!」

 

 

———何か、ある。

 

 

センサーに引っかかった反応に、真一は弾かれたように顔を上げ、次いで全速力で走り出した。本体のみとなったとはいえ、鬼虫の身体能力は人間の比ではない。一瞬で並みの自動車をも超えるスピードに到達した。

巴による整備のおかげでセンサーの感度は衰えていない、むしろ以前より強化されている。それでも真一はその反応を疑わざるを得なかった。

 

視えた。

 

形は歪みフジツボなどがこびりついてはいるが、それは記憶にある金の輝きを失わず波打ち際に静かに横たわっていた。

砂を巻き上げつつそれの前で足を止めた。

 

「…………久しぶりだな」

 

今となっては懐かしい、聞き慣れた電子信号が返ってくる。

胸に込み上げた熱いものの正体を、九曜は知らなかった。

 

『▶︎告 / —●%?———蜂 / #@帰還セリ』

 

 

あの日失った筈の半身『蜂』の頭部、そのさらにほんの一部がそこにはあった。

 

 

 

 

疎らに人がいる通りに出たはいいものの、機械でもない叶葉には真一が何処にいるかなどわからない。こんなこともあろうかと巴月に渡されたれーだーとかいうものを取り出す。巴月によれば真一の識別信号をキャッチして方角を指し示してくれるらしい。

確認する。

「海岸みたいですね?」

道の脇で1人呟くと、叶葉は海岸に向けて歩き出した。そう遠くない場所である。朝の散歩気分でも問題はないだろう。

 

少し歩くと海が見えてきた。

観光業も盛んな国だけあって海の保全には力を入れており、朝日を浴びて輝く海はさながら宝石のようであった。

その波打ち際に、見慣れた背中を発見した。

思わず声をかける。

「真一ーー!」

真一が振り向いた。最近ますます柔らかくなった仏頂面が、その赤い瞳が、揺れている。

叶葉ははっとした。

今目元に光ったのは————?

「真一!」

打って変わって焦りの混じる声でもう一度呼ぶと、叶葉は走り出した。たかだか十数メートルである。すぐに駆け寄ると、心配そうに真一の眼を覗き込んだ。

「……どうか、しましたか?なみだが…」

さて、困ったのは真一である。本人に泣いていたという自覚はない。目元を擦り、

「ぼくは泣いていない」

咄嗟の否定。しかし叶葉の眼は誤魔化せない。一瞬でいつもと変わらない表情に戻った真一に詰め寄る。

「泣いてました」

「泣いていない」

「泣いてました!」

「泣いていない」

「泣いてました!いつも見てるからわかります!」

「………」

胸の奥を掴まれたような感覚と同時に埒があかないと思った真一は、話を変える。

「…これを拾った」

両手に収まる程度の金色の塊を見せる。

「これは……蜂ですか?」

叶葉も蜂の姿を幾度も見た身である。原型などとっくに失ったものを一目で言い当てた。

「そうだ。副脳も一部ではあるがまだ生きている。だが…」

「なんでここにあるか、ですね」

そう、あの時鬼虫は太平洋のど真ん中に沈んだ筈だ。他ならぬ真一がそれを行ったのだから間違いはない。叶葉もそれは知っている。

潮流や嵐で運ばれたと考えるのが妥当だろうか。

いずれにせよ、これは一大事である。

 

 

 

「ふーん、砂浜にねぇ」

動かないベルトコンベアに座って蜂の頭部を弄っていた巴月が、胡散臭げな声を発して眼を閉じた。

一行は真一の連絡を受けて街外れの廃工場に集まっていた。太陽は既に直上まで昇り、崩落した天井の穴から光を注いでいる。

「ですが姉御ォ、そんなことがあるンスかね?あんときャほぼ治ってた筈の蜂がバラバラになって見つかるなンてこたァ、普通はありえねェッスよ」

「それもそうなのよね…」

仁が口にした疑問は、そのまま一同が考えていることと一致した。

万全ではなかったとはいえ、鬼虫である。たった2年で装甲が劣化、さらに内部機関まで断ち切られるなどということは余程のことでもない限り有り得ない。

ここで初めて静馬が口を開いた。

「最近、あの海域で火山活動が活発になり始めたらしい。噴出物に影響された可能性はないとも言えん」

「かざんかつどう?ふんしゅつ…?」

聞き慣れない単語にミナが戸惑う。

「海の底からマグマがどばーって出てくるのよ、どばーって。そんでそれがこの子を溶かしちゃったんじゃないかってこと」

「そんな簡単な話かね?お前の作ったもんがそんなことでダメになるとは思えねえがな。それにしても乱雑極まりねえ説明だな、伝わったようだが」

納得したように頷くミナを眺めつつ、巴月の適当な説明に呆れる才蔵。彼も事の真相には興味が湧いたようである。

才蔵は疑ったが、海底火山の影響は確かに信憑性の高い話だ。いくら一騎当千の鬼虫でも、マグマのような超高温の物体に晒されては無事では済まないだろう。

「一先ず、それをどうするかを考える必要がある。理由は考えても仕方ないことではないか」

真一の提案に皆が頷く。

——1人だけついていけてない者がいるが。

「ちょちょ、待ってください!」

叶葉である。

6対の目に見据えられてたじろいだが、そこは叶葉だ。もう一度口を開く。

「そ、その言い方だと捨てることも考えてるってことですか?今は違うけど、元は真一の相棒さんなんですよね?もったいないといいますか、かわいそう、とか…」

「あいも変わらず優しい嬢ちゃんだな?」

才蔵に茶々を入れられたが、尻すぼみになる言葉はしかし、真一の心境を表してもいた。

自らの意思で相棒に別れを告げたあの日、気持ちの整理はついた筈だった。が、やはり少し心残りがあったのだろう。戦争が終わり役割はさえ無くなったが、長年共にいた己の半身である。再び戻ってきた彼を手放したくない気持ちが無いと言ったら嘘になる。

「ガキはすっこんでろっつってンだろが…」

仁がボソリと呟いた。叶葉がビクッと縮こまる。

少々話が逸れるが、仁は真一と仲が良くない。黒塚部隊との一件で真一のことを認めはしたが、やはり元々の相性が悪いのか口論になることも珍しくない。また、真一は真一で叶葉を軽く見る仁が嫌いなのである。それはともかく。

仁の発言に真一が反応した。一瞬で仁の目の前に移動すると、赤眼でじろりと睨みつける。

「言葉に気をつけてもらいたい。叶葉が怯える」

「あァン?てめェにゃ関係ねェだろうがよ」

「大いにある。叶葉はぼくの——」

そこまで言って急に口を閉ざす真一を、仁が訝しげに眺めている。2人の様子を伺っていた叶葉は、ここで巴月がニンマリと笑うのを見てしまった。次の瞬間、真一の横に巴月がササッとにじり寄った。

「あっら〜真ちゃんったら隅に置けないわねえ!それで叶葉ちゃんとは何処までいったの?まさかもう最後まで——」

「真ちゃんはやめろ。ぼくは真一だ。それに叶葉とはそのような不純な関係ではない」

先程のような曖昧な反応をしない真一にがっかりしたようで、巴月の矛先は叶葉に向かう。

「じゃあじゃあ、叶葉ちゃんは真ちゃんのことをどう思ってるの?」

「んなっ!?……いえその、真一とはそういうわけではなく…」

迷惑な話である。しかし真面目な叶葉は答えようとして真っ赤になっている。

「その辺にしておけ、巴月。話が逸れている」

「ともえ、しつこい」

静馬とミナに言われて漸く引っ込む巴月。

「ともかくよォ、アイツらとはあの日にケジメつけたんだろ?今更になって一緒に居たいだなんて女々しいこと言わねェよなァ?」

「………」

鬼虫の本体達は誰も皆同じように己の半身を信頼し、深く愛していた。だからこそ、帝国の手の届かない深海に彼らを葬ったのだ。仁も例外ではない。彼が相棒のお気に入りだった軍歌を時々口ずさんでいるのを真一は知っていた。仁の言うことも間違ってはいなかった。

「ぼくは、」

「いいんじゃない?」

何か言おうとした真一の言葉を遮り、巴月があっさりと許可した。

「べっつにぃ、それを使って悪さをしようってんじゃないのよん?自律判断は真ちゃん1人でできるからって、蜂の彼もここまできて機能停止じゃ浮かばれないわよ」

「真ちゃんはやめろ」

事実ほぼ副脳1つだけしか残っておらず、本体の大部分が失われている、というかむしろこちらが欠片と言うべき状態なのだ。帝国の戦力をも蹴散らした兵器といえど確かにこれでは何も出来ない。ノイズ混じりではあるがまだ生きているのなら、無理に捨てようとすることもない。

「仁ちゃんもそれでいいわよね?」

姉御にこう言われては仁も認めるしかない。

「はァ、姉御がいいンなら俺も構わねェです」

その他には特に反論もなく、会議はお開きとなった。

 




初めて二次創作、いや小説を書きました。
出来るだけ原作の雰囲気に沿うよう意識しましたがいかがでしたでしょうか?
先の展開はまだほとんど考えておらず書き続けられる自信も無いため、この投稿への評価や感想次第で連載するか否か決めたいと思います。
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