「って茜ちゃん思うワケよ」
「な、なんですか藪から棒に……」
とある祝日の昼下がり。外は雨が降りしきり、暇を持て余したうら若き乙女たちは何をするでもなく、まるで高校の休み時間のようにただただ控室にたむろしていた。
これはそんな中での一幕。
鬱屈とした外には目もくれず、持参のノートパソコンで何やら作業をしていた亜利沙へ、座ったソファの後ろから茜がそう睨んだのである。野獣さえも彷彿とさせるギラリとした鋭い眼光。
「そんなことより茜ちゃん今PCの画面見ました?」
「ううん、茜ちゃん何も見てないよー」
早速話題を露骨に逸らすも冷や汗ものの松田。対する飄々とした野々原。
「更衣室で撮影用の衣装に着替える育ちゃんをどう考えても常識的でない角度から撮った写真数枚を何重にも保存しているところなんて見てないよー」
「ばっちりじゃないですかー!」
違法行為を摘発されそうになって更に止まらない松田の滝汗。しかし彼女にはどこか安心感もあった。大丈夫ですありさ。写真にアクセスするにはパスワードが必要です。いくら茜ちゃんの慧眼と言えどそこまでは――
「『1ku_chang_2xB』」
「ごめんなさい……ありさが悪かったんです……データだけは見逃してください……」
「亜利沙ちゃんのそういう全く反省しないとこ茜ちゃん嫌いじゃないぜー」
まぁ今回は見逃してやろう、と器の大きいところを誇示する茜に、亜利沙は涙せんばかりの勢いで感謝する。こうしてまた一つ765プロの事件が一つ握り潰されたわけだが、本題はそこではなかった。
茜もそれに気付いて本題を繰り返す。
「ねぇねぇ亜利沙ちゃん」
「どうしました茜ちゃん」
「16歳って魔法少女として結構ギリギリじゃない?」
「な、なんですか藪から棒に……」
やり取りまで完璧な再現VTRである。このタイミングから読み始めた読者様にも大変分かりやすい作りだ。初心者に優しい。
「『藪から棒に』なんて語彙、今どきの女子高生使わなくないかな亜利沙ちゃん?」
「それはそうカモ……じゃあ『矢庭に』?」
「おっ、余計遠くなったねー! 社長でも使わないんじゃないかなそれ」
ちなみに両方とも『突然に』という意味である。松田亜利沙は語彙力の高いオタクであった。七尾百合子には及ばないもののその語彙力は16歳組の中ではトップクラスである。
「さっすが語彙力に自信ネキだね亜利沙ちゃん!」
「茜ちゃんにそう言われるなんて、ありさ僥倖です~!」
「見せつけていくぅー!」
外で降りしきる雨はもう春になろうと言うのに雪に変わりつつあった。そしてそんな様子も知らぬ盛り上がる控室の空気にようやく一人物申す。
「あのなぁアカネ、亜利沙……」
「いたんだジュリアン」
「いたんだ、じゃねぇよずっとギター弾いてたろうが」
雪のちらつき始めた窓辺でやれやれと肩を竦めるのは語彙力の低いタイプの16歳ジュリアだった。練習中なのか、膝の上にはアコースティックギターが鎮座している。
「てっきり良い感じのBGMかと」
「誰が良い感じのBGMだ」
「用がないならそのままBGMに徹しててほしいなー」
「用がなかったら誰が話し掛けるかバカネ」
辛辣ながら愛のあるやり取りに亜利沙は夫婦漫才に似たそれを感じていた。彼女らの中では最早千鶴さんの高笑いくらい見慣れた光景である。
ジュリアは「そもそもBGMじゃないし」と付け加えながら、二人のやり取りを見るに見かねて申す。
「さっきから話が逸れまくってて見るに堪えない」
「そ、それは申し訳ないですジュリアちゃん……」
「む。言われて見れば確かに」
逆に言えば言われるまで気付かなかったということである。
と言う訳でまた最初から。
「16歳って魔法少女として結構ギリギリじゃない? ……って茜ちゃん思うワケよ」
「なんですか矢庭に……」
少しアドリブを加える辺り松田亜利沙もアイドルとして板についてきた感がないこともないこともない。
「ずばり! 茜ちゃんは亜利沙ちゃんがトゥインクルリズムにいることに物申したい!」
説明しよう!
トゥインクルリズムとは、765プロの新しい企画であり、要するに魔法少女のユニットである。センターを小学生女児の中谷育に据え、脇を固めるのが七尾百合子と件の松田亜利沙である。
「ギリギリ、って言うと……?」
茜の突然の台詞に驚愕する亜利沙。聞き返された茜は、なんだか難解なことを考えてる風の顔を作りながら答える。
「16歳、つまり亜利沙ちゃんは高校一年生なわけじゃん?」
「はい、そうですケド……」
「はっきり言ってギリギリじゃない? その……16歳で変身しちゃうのって。しかもフリフリの魔法少女だぜ?」
「あぁー……」
茜の言葉に深く何かを感じ入ってしまったジュリア。少し眉をひそめつつも、なんだか「わからなくもない」みたいな顔を浮かべている。
対する亜利沙は若干焦る。
「そ、そんなこと……!」
「亜利沙ちゃんはツインテで若干幼く見えるけどさ……ね?」
ね? はさながら徳川まつりである。
「亜利沙お前身長いくつだっけ」
「な、なんですかジュリアちゃんまで……154cmですけど……」
「あー……年考えなければギリギリセーフか」
「なんですかその意味深な」
困惑する亜利沙の肩に、ぽんと茜の手が置かれる。
「女子高生だし『少女』は許されると思うよ茜ちゃんも。……でも魔法少女はなー」
「なんですかその小馬鹿にした顔」
「うさぎちゃんもなぎさちゃんもまどかちゃんも中学生だよ」
「そ、それを言われると……」
松田亜利沙、一気に追い詰められる。ああ無情、七尾百合子とは一つしか変わらないのに何故こんなことに。しかしありさはあきらめません。言い返してみせます!
「そ、そうです! 百合子ちゃんとは一年しか変わらないんですから、大丈夫なはずです!」
「ほう……言うね亜利沙ちゃん」
「い、言いますよぉ! ジュリアちゃんだってギリギリセーフだって!」
「年考えなければなー」
最早亜利沙の中でもこれは自尊心との戦いになっていた。しかしそこで、茜がニヤリと笑う。
「そこまで言うなら仕方ない……茜ちゃんも亜利沙ちゃんを正気に戻すために策があるよ」
「ありさは正気ですけど……策?」
ジュリアも亜利沙も頭にハテナを浮かべる中、茜は不敵な高笑いと共に高らかに告げた。
「ではお見せしよう、『16歳の魔法少女』がいかなることになるかを! ウミミン、二人を連れてくるのだ!」
「了解茜っち!」
茜の声に、控室の方から高坂海美の返事があったかと思うと、その海美が二人の16歳を引き連れてやってくる。そう、そこにあったのは――
「見たまえ亜利沙ちゃん! 魔法少女ぷりてぃ☆めぐみんと魔法少女まじかる☆かれんちゃんだよ!」
そう、そこに連れてこられたのは同じく16歳アイドルの二人。
件のトゥインクルリズムにも繋がったと言われる今から数年前に舞い込んだ迷番組『大変身! 魔女っ子ファンタジー』という作品、その中で来たプリティーなピンクのフリフリ衣装に再び身を包んだ『魔法少女ぷりてぃ☆めぐみん』こと所恵美と、どこから仕入れたのかその色違い衣装に身を包んだ『魔法少女まじかる☆かれんちゃん』こと篠宮可憐の姿がそこにあった。
「や、やっぱりこれ恥ずかしいってば~……!」
「む、無理です……! 見ないでください~……」
リボン多めのフリフリ衣装にミニスカという、女の子の憧れ的衣装ではあるのだが、しかし16歳組の中でもずば抜けてスタイルの良い二人が着るとアレとかソレが足りず『16歳の魔法少女』が如何なるものかを突き付けてくれる――気がする。
「どうかね亜利沙ちゃん」
「こ、これは……ふぉおおおお……!」
さっきまで追い詰められていたアイドルはどこへやら、目を輝かせ手をわきわき、そこには興奮気味になったドルオタが。
「すさまじいですね16歳の魔法少女……」
「本当にね。茜ちゃんも予想以上で正直目のやり場に困ってるよ」
音無小鳥かプロデューサーがいたら卒倒不可避だったことは言うまでもないだろう。恵美も可憐もそわそわもじもじしているのだからそのヤバさは一層のことである。なお衣装制作協力は青羽美咲。
「ジュリアンはどう思うよ」
「これは……ダメだな。地上波じゃ無理だ」
「そうだね。正直同じ16歳とは思えないね」
「いっそもう軽犯罪だろ」
「だってさ魔法少女諸君」
だってさ、と話題を振られた魔法少女はますます赤面する他はない。ちなみに恵美が白とピンクを基調にした衣装なのに対して、可憐は白と青を基調にした衣装になっている。
「だ、だってこれ元々アタシの衣装じゃないんだってば! 間違えちゃっただけで……もー!」
「め、恵美ちゃんはともかく……どうして私もなんですか……?」
「あっ、いま可憐逃げようとした? ダメだかんね! 逃がさないから!」
「ま、待って恵美ちゃん今は引っ張らないで……! こ、零れちゃうから……!」
少し動く度に色々危うい二人の衣装に、亜利沙も茜もジュリアも目のやり場に困りつつも目が離せないという奇妙な状態にならざるを得ない。本当にこの場に男性がいなくてよかった。
「やっぱり
ごめんね、と言いつつ全く反省の色は見えない茜に亜利沙の言葉が刺さる。
「でも茜ちゃん、
「……なんと」
ハッとした猫の眼の少女はうんうん唸った末に、隣のギター少女へ意味深な目線を向ける。
「……ジュリアン」
「あたしは絶対嫌だからな!? あの衣装着るのも嫌だしあの二人の隣に並ぶのも嫌だ!」
「でも犠牲は必要なんだよ『魔法少女きゅーてぃ☆じゅりりん』……」
「誰が『魔法少女きゅーてぃ☆じゅりりん』だ!」
追い詰められるジュリア。しかしそこへ、予想外の高笑いが木霊する。
「あっはっは、任せて茜っち!」
「その声は……一声返事したっきり何の描写もなかったウミミン!?」
そう、声だけは既に登場しているものの姿は現さなかった海美。そして高笑いと共に登場した彼女は――あろうことか、三着目の魔法少女衣装に身を包んでいた。
「なんか『女子力!』って感じしたから、ちょっと恥ずかしいけど着ちゃった♡」
「着ちゃった♡ ……じゃねーよ。海美お前そんなキャラだったか?」
「どうジュリア!? 似合う!?」
「話聞いてねぇ……似合う? って言われても……」
ジュリアは登場した海美に目をやる。カラーは白と黄色。確かに先んじている二人に比べ爆弾のようなボリュームこそない海美だが、その健康的に艶やかな肢体と少し可愛らしく作った表情は……こう、可憐と恵美が引き立てるような形になってまた別のベクトルになっていた。腰から足にかけてのラインがヤバい。
「……まぁ似合ってるか似合ってないかだけで言えば似合ってるよ」
他二人が似合ってないだけに余計にな、とジュリアは苦笑いするしかない。16歳の魔法少女の『ヤバさ』が茜に言われずとも視覚情報で押し寄せてきていた。
「だって茜っち! これでいいかな?」
「最高だよウミミン! もうウミミンにとっての女子力がなんなのか茜ちゃんにはさっぱりだけどそれでも良い!」
追加戦士だと思えば大丈夫です! と亜利沙も謎のフォローを入れる。最早誰に何を説得しようとしていたのか、控室全体が本題を見失っていた。それほどに三人の魔法少女のViが暴力過ぎたのである。一人はDaだが。
「ではめぐみん、かれんちゃん……事前に仕込んだ台詞言ってみようか! 16歳の魔法少女を見せつけるんだよ!」
「ま、マジでアレ言うの……?」
「茜ちゃん……もうゆるして……」
「何も許さないよ! 今の茜ちゃんはジョーイさんくらい鬼監督だよ!」
ジョーイ・ロータス氏が鬼監督だという話は全くないが、その気迫に押されて二人は渋々了承する。
「茜っち! 私も考えてきた!」
「用意周到過ぎないかなウミミン? 最高! ではいってみよう!」
パン、と柏手もかくやという大きさの音が鳴り響いたのが合図だった。まずは恵美がくるりと一回転して決めポーズ。ただでさえミニのスカートがひらひら舞い踊り色んなものが見えそうになる。台詞はちょっと甘めに作った声で。
「ま、魔法少女ぷりてぃ☆めぐみん、参上! ……もうやだ……」
続いて可憐は飛び跳ねるようにして決めポーズ。ただでさえギリギリの衣装で飛び跳ねるから色んなものが出そうで危ない。台詞は羞恥で震えまくっている。
「ま、魔法少女……まじかる☆かれんちゃん、と、登場……! ……うぅ……」
そのままへたり込んでしまいそうな二人に続いて最後は海美。収まりは二人よりいいはずなのに決めポーズで激しく動くものだから見る方がヒヤヒヤする。特に足。台詞は最早勢い。
「魔法少女すぽーてぃ☆うみみん、ライジン! ……どう!?」
きっと自分で考えてきたのだろう、海美はえへへと可愛らしく笑いながら訊いてみる。若干恥ずかしさはあったのか頬には朱が差していた。
なお圧倒されているのは茜とジュリア。予想以上のものが見られてどう処理しようか迷っているのが茜で、途中色々見えちゃいけないものが見えたのを言おうか言うまいか迷っているのがジュリアだ。
しかしその中で、唯一動くツインテールが一つ。
「ごめんなさいもっかい恵美ちゃんからお願いできます?」
いつの間にか三脚を立てビデオカメラを回しっぱなしで放置、片や自身は被写体の中に移り込まないギリギリまで近づきつつ体勢を限りなく床に近くする亜利沙である。あまりの興奮に口調なんて死んだ。
「もう一回なんて無理だってば~! 亜利沙のばか!」
「ま、魔法少女からの罵り頂いちゃいました~! で、でもそこをなんとか!」
「な、なんとかって言われても…………そ、その角度だと見えちゃうからだめ……!」
「見えても良いんですよ可憐ちゃんぐへへ……」
「どうありりん? 似合ってるかな……?」
「ふぉぉおおお! 最高です海美ちゃん! あー良い! そのまま可憐ちゃんと抱き合って貰えますか!?」
「おっけー! 任せて!」
「う、海美ちゃん、あの……きゃあ!」
始まってしまったのは最早天国の如き撮影会。本題がなんだったのかは露ほども残らず、そこには確実にR15くらいのコスプレをした女子高生とローアングラーと化したドルオタがいるだけだった。
「……おいバカネ、どうすんだよこれ」
「おっかしいなー……こんな予定じゃなかったんだけど」
「あたしは関係ないからな。助けないぞ」
「仕方ない……それじゃあ茜ちゃんがさくっと収集つけてくるから、ジュリアンはBGM係ね」
「誰がBGMだ」
全く、と言いつつジュリアはギターをかき鳴らす。聞こえてくるのはZ×Bのイントロ。
「……なんでアコギからエレキの音がするのかなジュリアちゃん」
「それはあれだ、魔法だよ。あたし魔法少女だからな」
「初耳だよ茜ちゃん」
「今初めて言ったからな」