「アタシ、可憐のこと嫌いになりそう」
「ふぇっ!?」
とある一月十五日、夕方。
晩御飯を求めて賑わい始めるファミレスの一角で、机に突っ伏しながら漏らした恵美の一言に、手洗いから戻ってきた可憐は驚いた。
「ど、どうして……? 恵美ちゃん、私何かしちゃったかな……?」
いつも通り、レッスン終わりに駄弁りながら到着したファミレス。毎度のことながら何をするでもなく、ただただ恵美とゆっくりするこの時間が可憐は好きだったのだが――もちろん、彼女としては嫌われるような覚えはない。
何かしちゃったのかな。一人でトイレに行っちゃったのがまずかった? もしかしたら今までの積み重ねなのかも……。『長い間連れ添った夫婦の離婚理由は今までの不満の積み重ね』って莉緒さんも言ってたし……め、恵美ちゃんに嫌われちゃったら私、どうしたら……!
おどおどびくびくしながら、恵美が返事をするコンマ数秒の間に猛回転する可憐のマイナス思考。宇宙で刑事な特撮番組であればそのプロセスをもう一度振り返っているところだったが、しかしそんなことはなく、恵美はふくれっ面とジト目で可憐を見上げた。
「可憐のSSRが出ない……」
「あぁ、そっち……よかった」
拍子抜けした可憐は胸を撫で下ろしながら(幸い撫で下ろす胸には困らない)、恵美の対面に腰を下ろした。しかし恵美はそうは思わなかったようで、
「よくないよーっ!」
と再び机に突っ伏していた。左手を伸ばし人差し指の先に自身のスマホがある様子は『ピックアップ止まるんじゃねぇぞ』的な彼女の心境を表していた。なお、彼女のスマホの画面にはSR一枚の十連結果が映し出されている。
「可憐ほしいよ……もう四十回も回してるよ……」
「あ、ありがとう恵美ちゃん……」
憐れむように机の上の恵美の頭を撫でる可憐。
「で、でも私は恒常だから、狙うなら春香さんに――」
「――そういう問題じゃなくない!?」
「ひぅっ!?」
可憐としては慰めたつもりだったのだが、それが恵美のハートに火をつけてあげてしまったらしく、ガバリと上げた顔とアイドルらしからぬ見開かれた恵美の瞳に可憐が小さく悲鳴を上げる。
「可憐はさぁ! 自分の価値がわかってないよねぇ!?」
「め、恵美ちゃんに言われたくないけど……」
この十六歳コンビ、自己評価の低さには定評がある。
「もちろん春香も欲しいよ!? でも可憐も欲しいの!」
「欲張りだね……」
「ちなみに志保と真はもう引いた!」
「お、おめでとう……」
そこまで一気にまくしたてると、また力尽きたように恵美は机に突っ伏す。なんだかそういう玩具みたいだなー、と可憐は他人事だった。うっ、ぅっという泣き真似と共に、悲壮な声が机から這い上がってくる。
「可憐は……? 可憐はガシャ回してないの……?」
「わ、私……? 私は……」
可憐は鞄から自身のスマホを取り出し操作すると、自身のミリシタの所持カード欄を見せた。目の前に置かれた可憐のスマホに「あっ良い匂いする」と呟きながら、恵美は覗き見て、可憐は苦笑していた。
「ごめんね、恵美ちゃん」
「引いてんじゃん!!!! 可憐の裏切り者! ばか! うわーん! もうしらない!」
悲鳴と共に再び突っ伏して机をどんどんと叩く恵美。駄々っ子のように暴れた(それでもドリンクは零さない)あと、小さく「……ばかって言ってごめん」と付け足した恵美に、らしいなぁと思う可憐だったが、恵美の可哀想な感じが可憐の嗜虐心を刺激する。
「ねぇねぇ、恵美ちゃん」
「ん……? どったの……?」
可憐はいつもより数段優しい声色と共に、ジレハの海美に勝るとも劣らないソフトタッチで恵美の肩を叩く。呼びかけられて見上げた恵美の目には、満面の笑みで笑う可憐と彼女のスマホに映し出された覚醒後【魅惑のエレガントタイム】の一枚絵が映った。
「私、篠宮可憐だから。……250ジュエルで引けちゃった♪」
「もーほんっとにばか! 可憐きらい! おめでと! うわーーん!!」
満面の笑みで煽られた恵美は額を強打せんばかりの勢いでまた突っ伏し、煽った側の可憐は「ごめんね……」と謝りつつもなんだかとても楽しそうだった。
「可憐それ響の前でも言えんの……!?」
「響ちゃんには…………い、言えない……」
我那覇響。自身のSSRが実装されてもう半年近く経とうとしているが、未だに入手出来ていなかった。年末のフェスで50連したにも関わらずSSRすらなかったのは伝説の不憫エピソードである。閑話休題。
突っ伏した恵美は止まるんじゃねぇぞ感のあるポーズのまま泣き言を並べ始めていた。
「ひどい……アタシはすぐ来てあげたのに……」
「そ、そうだったね……その節はどうも……」
恵美のSSRは二人とも所持していた。双方当然のように4凸である。
「どうして……アタシ可憐に何かした……?」
「な、何もされた覚えはないよ……」
潤んだ目で見上げられて図らずも恵美の珍しい表情にときめく可憐だったが、ガシャで来ないのをここで言われても困るのだった。現実でどうにか出来るなら響はとっくに報われている。
「どうせアタシのこときらいなんでしょ可憐……」
「待って待って地のネガティブが滲み出てるよ恵美ちゃん」
「どうせ可憐も『FairyTaleじゃいられない』のアタシのパート面白いって思ってるんだ……」
「それ可奈ちゃんだよね」
「お化けが怖くて泣き虫のアタシのこと見下してるんだ……」
「あの時は本当にごめん……」
「アタシよりおっぱい大きいし……」
「お、おっぱい今関係ないよね……?」
いいもん、アタシの方が三か月お姉さんだもん……そう言いながら机に「め」を指で延々描き始める恵美。可憐としてはどうしたものだろうとドリンクバーで淹れたポタージュを飲んでいると、カップを置いた途端に恵美の手がむんずと可憐の胸目掛け伸びた。
「ひゃっ! ちょ、ちょっと恵美ちゃん……!?」
「アタシ知ってるんだからね」
急に胸を鷲掴みにされて赤面で戸惑う可憐をよそに、恵美はジト目で胸を揉みながら続ける。
「このまえ美也と麗花にぎゅーってされてにやにやしてたでしょ」
「あ、うん……?」
思い返すのは先日のこと。慣れないバラエティーの仕事(765プロだからといって誰も彼もがバラエティー班ではない)を前に緊張していると、それを美也と麗花がほぐしてくれたのである。美也の太陽のような温かな香りと、麗花のふんわりと香るシャンプーの香りに癒されたことは記憶に新しい。
「良かった?」
「よ、良かったよ……?」
胸を揉まれながら何を聞かれているんだ自分は、と可憐が考えていると恵美は少し考えて、胸から手を離し自分の横の席を叩く。隣に座れ、ということだろう。可憐は少し戸惑いながら立ち上がって、恵美の隣に移動する。すると恵美は少し奥へずってから、可憐へと体を預けた。
「ぎゅー……」
「め、恵美ちゃん?」
「……ほら、ぎゅーってしてよ可憐も」
驚く可憐から顔を背けながらぶっきらぼうにそう告げる恵美。その耳が赤くなっているのを見つけて、可憐は微笑みながら自身も恵美の方へ体を預けた。
「……うん。ぎゅーっ」
「……可憐、制汗剤変えた?」
「あ、うん……。今日から新しくしてみたんだ」
「いい匂いする。……あとちょっとだけ汗の匂いもする」
「恵美ちゃんきらい」
「ごめんってば」
「いいよ」
肩越しに可憐の体の柔らかさと、同時に華奢さも感じる恵美。しばらくそうしていると、時間がゆっくり過ぎるように思えて頬も緩む。彼女は大きく息を吸い込むと、「よし!」と拳を握った。
「今なら可憐引ける気がする!」
「が、がんばって……!」
再びミリシタを起動させる恵美と隣で応援する可憐。まだ単発分が残っていたようで、ガシャ画面と睨みあう。恵美は可憐の手を取ると、その目を真剣に覗きこむ。
「可憐、力を貸して。華の十六歳パワーで引こう!」
「は、華の十六歳パワー……う、うん!」
この際細かいことにはツッコむまい、と可憐は恵美の提案に頷く。二人は息を合わせると、同時に単発のボタンを押した。少し長めのロードと同時に早坂そらさんが高レアを告げる。
「恵美ちゃん! そらさんが!」
「いける! アタシいける気がする!」
華の十六歳パワーは見事届いたのか、封筒から飛び出した蝶の輝きは七色。二人が息をのんでその先を見つめる中、浮かび上がったシルエットは――凛々しく、ギターを手にしていた。
「じゅりああああああ………」
「お、おめでとう恵美ちゃん……」
確かに華の十六歳パワーである。一応可憐はSSRを祝ったものの、既所持だった恵美はまた元のように机に突っ伏しながら「ジュリアもきらい……」と完全に八つ当たりをしていた。
可憐としては若干面白いと思わなくもなかったが、それなりに可哀想だと思って、必死にフォローを考える。そして、少しの勇気を出すと、意気消沈の恵美にまた『ぎゅー』をした。
「わ、私はここにいるから……。だ、だめかな……?」
「可憐…………」
潤んだ目で可憐を見つめる恵美。その表情は柔らかいものになっていて、可憐も良かったと安堵して
「じゃあ明日のレッスンのときあの衣装でおどって」
「えっ」
――解決したと思ったら更なる問題を呼び起こしていた。可憐が呆気に取られて戸惑っていると、恵美はいたって真剣な表情のまま続ける。
「アタシが可憐引けない代わりに可憐におどってほしい。あの衣装で」
「い、衣装は無理じゃないかな……?」
「じゃあレッスン着でいい。曲は『ストロベリー・キューピッド』。『おとなのはじまり』でもいいよ」
「え、えぇ……」
両者とも可愛らしい曲調で、これを歌って踊るのかと可憐は気恥ずかしくなってくる。どうにかご勘弁願いたいところだったが、恵美の視線がまっすぐ過ぎて断れそうにない。可憐は完全に陽が落ちて暗くなり始めた外を眺めながら、取り敢えずやよいに相談することを考え始めていた。
後日、結局可憐はジュリアと共に『おとなのはじまり』を歌ったところをプロデューサーに見つかり、危うく公演のセトリを組まれそうになるのだが――それはまた、別の話。