「勝負にもならない! ……ってねー、にゃはは」
「ひぇ~~~~! これはお宝映像です~!」
とある休日の昼過ぎ。初夏訪れを感じる新緑の風の下、大きなライブを控えた少女たちは有志でレッスンスタジオを借り、その練習に打ち込んでいた。
これはそんな中での一幕。
5thライブ二日目組――その中でも同い年の海美、ジュリア、恵美がこの一室を借りていたのである。せっかく集まれたこともあり当日の大まかな陣形や歌割を確認していたが集中力はそう長く保たず。休憩と称して恵美が海美のソロ『恋愛ロードランナー』を踊っていると、さきの嬌声が響いたのだった。
サビでキメた恵美、後ろで見ていたジュリアと海美。もちろんその中の誰も先程のようなドルオタ絶叫を上げる訳もなく、三人が揃ってレッスン場の入り口に目を向ければ、そこには見覚えのある独特なハイテンションツインテール。
「うわっ出た」
「なんですかそのゴキブリみたいな扱い」
「いつここは虎牢関になったんだ?」
「呂布でもないですよ」
松田亜利沙である。
登場早々散々な扱いを受ける彼女へ、海美は不思議そうに尋ねる。
「ありりんどうしたの? びっくりしちゃったよ」
「海美ちゃんの優しさが身に染みます~!」
幸せのムチとアメと言わんばかりの落差に身を悶える触覚系女子。しかし海美も驚くのも当然で、彼女ら三人は二日目組としてこの場を借りていたのであって、松田亜利沙がここに居る筈はないのである。
「いえ、実は偶然なんですよ。ありさも隣のスタジオを一人で借りてたんですけど……隣から『恋愛ロードランナー』の恵美ちゃんカバーが聞こえたもので!」
見れば確かに亜利沙の服装は見慣れたレッスン着だった。汗もにわかに帯びている。……片手には恵美の声を聞いて即座に用意したであろうハンディカメラが握られていたが。
「ありさ、ラッキーでした!」
「さすが妖怪壁に耳あり障子に目あり」
「えへへ、そんなに褒めても何も出ませんよぅ」
「ついでに前科もたくさんあり」
「誰が前科持ちですか」
散々な言われようである。だが送検(プロデューサーへの報告)が行われていないだけで事案はいくつも起こしているのであながち間違いでもないのが問題である。
「試しに亜利沙、今の使って地下アイドルみたいな名乗りしてよ」
「ひどい無茶ぶりですね恵美ちゃん」
「亜利沙には無茶ぶりしていいって聞いたから」
「誰に」
「可憐」
「おっ、これはどちらが上か分からせる必要がありそうですね」
この瞬間、亜利沙が保持する秘蔵の篠宮可憐谷間ファイルが何らかの形で火を吹くことになることが決定したのだが、それはそれ。無茶ぶりとは言え亜利沙はアイドルなので求められれば応えない訳にはいかない。何故なら彼女はアイドルだから。
「では行きますよ……」
「おーおー、やったれやったれ」
一人ギターを弄りながら冷たい声援を浴びせるジュリアに軽く虚しい視線を向けたのも束の間、亜利沙は自分に可能な最大限の地下アイドルっぽさ――或いはぶりっ子から安直さへの潜在スキル継承的な何か――を押し出して、きゃるるんと決める。
「壁に耳あり障子に目あり、ついでに前科もたくさんありあり! 松田亜利沙です☆」
ある意味アイドルらしさの極北とも言えるようなあざとさが四人で居るにはあまりにも広いレッスン場に響く。受け取り手の反応も様々である。
「……本当にやるとは」
「恵美ちゃんが言ったんですよ」
一瞬唖然とした後に口を抑えて笑いだす恵美。
「いやーかわいい。さいこうだよありさ」
「ジュリアちゃん本当に聞いてました?」
「きいてたきいてた。あたしにはできねーなー」
「足の爪弄りながら言われても説得力皆無なんですけれども」
「あっ、小指伸びてる。切らなきゃ」
「せめてこっちを見て」
全く興味を示していないジュリア。
それに対して温かい声援もあって。
「ありりん、今の凄く女子力あるっぽい感じする!」
「海美ちゃんの中で女子力がどういう定義してるのかさっぱりですけどありがとうございます~! 亜利沙には海美ちゃんしかいません~!」
普段であれば同じ16歳の集まりでも反応が芳しいのが何人かいるのだが、生憎それは一日目の面子。さすがフェアリー属性と言わんばかりのクールな美少女の反応との差に思わずひしっと抱き合う亜利沙と海美。お互いある程度運動したこともあってその尊い光景はなんだか良い匂いすらしそうである。嫉妬したのか、ジュリアも冷やかしが入る。
「おっ、百合営業かー?」
「お世辞でもないからジュリアちゃんそういう台詞は慎んで」
「恵美、あたしたちも百合営業するか?」
「それはそれで尊いのでやってください」
「このドルオタチョロいなー」
露骨にやるわけないだろ、と吐き捨てるジュリア。しかしこの話題で何かを思い出したらしく、亜利沙は海美の頭を犬が如く撫でながら口を開く。
「そう言えば百合営業で思い出したんですけど」
「アタシ嫌な予感がする」
「奇遇だな、あたしも」
妙に冷めてる現代っぽい女子高生が声を合わせる中で、亜利沙がとある提案をするのだった。
「『愛してるゲーム』、やりませんか?」
「あたしパス」
「アタシも」
「反応が早くないですか」
さながらプリンの気配を感じた茜ちゃん……と絶句する亜利沙。しかし、しかし! この場にはもう一人いるのである。そしてその一人は今日がそういうタイミングだったのか――亜利沙の話に見事食いついた。
「えっ、何そのゲーム!?」
「ちょっと海美……」
「フフフ、これは活きのいいサニーゴが一匹釣れましたね」
不気味に笑うさまは密漁者そのもの。対する釣れたアローラのサニーゴ……ではない、高坂海美は興味津々にクール系美少女二人へ反論する。
「だって『愛してるゲーム』だよ? なんだか女子力高そう!」
「女子力高けりゃ何でもいいのか海美?」
「でもなんだかこのゲームやったら女子力モリモリ上がりそうじゃない!?」
「サイヤ人かな?」
戦闘力じゃあるまいし、と頭を抱えるジュリアだったが海美にはそんなこと関係なく、彼女は亜利沙に腹筋を撫でられながら尋ねる。
「ルール知りたい!」
「おっ、反応良いですね海美ちゃん! 説明しましょう!」
……と言ってもこの『愛してるゲーム』、さほど説明するほどでもない。ルールは至極単純である。集まった中で、順に「愛してる」と言っていき照れたら負けというものだった。こんな単純なものが流行るのだから世界は分からない。
「……という訳です」
「女子力高そう……」
もう女子力が何だか分からない段階である。「女子力 とは」でGoogleに尋ねたくなる次元に突入しているが、ともかく海美にはこのゲームが女子力の高いものだと映った。事実、Twitterなどで女子高生の間で流行っているらしいので嗅覚は鋭いのだが。
となれば開催するのが摂理。海美は目をキラキラさせながら恵美とジュリアを仰ぐ。
「ジュリア、めぐみー!」
「海美が堕ちた……きたねぇぞ亜利沙!」
「何とでも言うがいいです! 錦の旗は亜利沙に
千早相手であればこの時点で勝利だったのだが。
しかし海美の熱視線もあって、結局のところ恵美とジュリアも巻き込まれてしまうのだった。やってることとしては事務所で暇してる時と変わらないのである。
「ではこの順番で行きましょう」
仕切る亜利沙によってじゃんけん開始、瞬く間に順番が決まり四人は円に成るように座る。隣り合う人間が愛を囁く対象で、順番としてはジュリア→亜利沙→海美→恵美である。
「よりにもよってあたしからかよ」
「ジュリアちゃんこういうの得意ですから!」
「誰も得意に挙げた覚えないから」
「でも先日、CSで白瀬咲耶ちゃんとやってましたよね? このゲーム」
「よくチェックしてるな……」
「ありさですから」
どんなマイナーなバラエティーもアイドルが出ると聞けば見逃さず、しかもそれが新進気鋭の王子様系アイドルと自社アイドルのイケメン対決なら尚更である。案の定その放送は数々の女性ファンの阿鼻叫喚を生んでいた。
もちろんその企画でルールを把握しているジュリアは「仕方ないな」と呟くと亜利沙をじっと見つめる。
そしてそのまま口を開く――と思いきや亜利沙に突然のアゴクイ、そのままあわや口付けと言わんばかりの距離まで顔を近付け、一言。
「愛してるぜ」
「ひ、ひぅ……!」
撃沈!
説明しよう。普段であればこういう企画に馬鹿みたいな(褒め言葉)嬌声を上げる亜利沙だが、あまりの破壊力に完全に乙女と化し、情けない声を上げながら今はレッスン室の床に伏せっていた。ポーズで言えばさながらヤムチャか前川みくである。
「……こんなもんだろ。大丈夫かー?」
番組を経たからか普段から言い慣れているのかジュリアは平然としていたが、もちろんキュンとしたのは亜利沙だけではない。
「ジュリア、かっこいいよ~!」
海美は興奮気味に顔を赤らめていた。
「女子力感じたか?」
「いや全く!」
「だろうな」
同じく隣の恵美も真っ赤だった。
「ジュリア、ちょっとえっち過ぎない?」
「誰がえっちだ。恵美だけには言われたくない」
この中で一番えっちなのはお前だ、とは敢えて言わないジュリア。そして亜利沙が早々に
「……亜利沙死んだしまだ続ける必要ある?」
「……生き……てます……」
「続けるよー!」
恵美が平和協定を訴えたものの、まだ高坂国が戦意を持っていたので世界大戦は続行するしかない。今度は海美から恵美に愛を囁くターンである。
「めぐみー……えっとぉー」
さっきまでの威勢はどこへやら、急にしおらしくなる高坂。こういうところが彼女の強さでありズルさである。焦らされる恵美もなんだか妙な気分になってくるのだから、まさに女子力発揮というところだろうか。
「……あの、あのね……」
ゲームだということを忘れさせんばかりの間。そして海美は決心をすると、頬を赤らめながら上目遣いで言い放った。
「あ、あ……愛してるっ!」
「……! ……う、うん」
所恵美、ここでギリギリ耐える。そもそもこのゲームは『言って照れたら負け』が原則なので言われた側が照れても負けではないはずなのだがそこに転がる屍(松田亜利沙。享年十六歳)の影響もあってか、恵美は耐えた。反応が素っ気ないのはそのためである。
さてそうなると次は恵美がジュリアに愛を囁く番だ。
「も~、仕方ないな……」
恵美はやれやれと言わんばかりに頭を掻くと、さっさと済ませてしまおうとジュリアに顔を近付ける。
「あのさ、ジュリア」
「どうした恵美」
「あたし、ジュリアのこと……あ……」
しかしそれは間違った判断だった。
所恵美――気軽に友達を「好き」と評せる彼女だったが、しかし「愛してる」と口にしようとした途端、その言葉の重さに躊躇してしまう。
そう、それがこのゲームの上手いところだった。
「好き」ならともかく「愛してる」なんて早々口にする機会はない。人目を気にせずイチャイチャするバカップルでさえ、それはあまり多くないはずだ。
言葉に「愛」を含んでいるからか、「愛してる」は言葉として口にし辛いのである。
恵美はそれを痛感して言い淀む。言い淀めばジュリアの顔をまじまじと見つめることになる。立ち振る舞いこそカッコいいジュリアだが、その顔は意外と幼く可愛らしい。カッコよさと可愛さの両立にあてられ、そして自分が何を口にしようとしているのか急に恥ずかしくなる恵美。
「……あ」
「あ?」
結果、見つめ返すジュリアに耐えられず。
「…………あっ、アタシ喉乾いたな~。あはは」
顔を真っ赤にしながら部屋の端に置いてあるドリンクを取りに行こうとしたのだが――しかし、それを許さぬ影が一つ。慌てて逃げようとした恵美の手をがっしと掴み、離さない。
「おいおい恵美……まだお前のターンは終了していないぜ!」
おぉ、なんたることか! 裏切りのジュリアである!
ニヤリと口を歪め、さながら決闘者の如き鋭い眼光で恵美を捕らえたジュリアは、ぷるぷると首を振る恵美をもう一度座らせ直す。
「駄目だろ恵美、せめてちゃんと一巡させないと」
「あ、アタシそういうキャラじゃないからさ……」
「いやいや、あたしが聞きたい」
「ばっ、馬鹿じゃないの」
「な? 言ってくれよ……言わなきゃ終わらないしさ」
完全に純情な生娘とそれをたぶらかすバンドマンである。
だが言わなきゃ終わらないということは言えば終わるということ。ジュリアに手を握られたままになり、逃げることも叶わない。恵美は真っ赤になりながら、決してジュリアと目を合わせず、悔しそうに恥ずかしそうに小さく呟いた。
「………………あ、あいしてる」
刹那の静寂。
そして次の瞬間、ジュリアが勝鬨を上げる。
「亜利沙!」
「もちろん録りましたよ~~!」
反応したのは沈んでいたはずの亜利沙。そしてその手にはこの部屋へ突撃してきた際に手にしていたハンディカメラ(起動済み)! もちろんレンズは恵美をばっちり捉えていた。
「ちょっ――――!」
恵美の頬の紅潮が全く別の意味の『恥ずかしい』へと変貌する間に、レッスン室の時は加速する。
「ありさ大スクープです~~! うぇひひひひひひ!」
「あっ、ありりん私も見たい!」
「ちょっと!! 亜利沙!!!!!」
「だめですよ! これは永久保存版です~!」
「亜利沙!!!! 許さないから!!!!」
レッスン室は広く、運動するにはちょうど良く。
十六歳の愛してるゲームは鬼ごっこという別のゲームへと様変わりした。この後恵美がへたり込んで鬼ごっこは亜利沙の価値に終了、しかし亜利沙も合流して再開したレッスンで亜利沙は恵美にしごかれることになるのだが――それはまた、別の話。