どうやって戦わせようかと思案しまくりで、本当に難しかったです。
広瀬孝一は自分のエコーズの弱さを知っている。
力はさほどなく、近接戦闘向けではない。おまけに打たれ弱く、防御力にも難点がある。
自分でも思うが、あくまで誰かのサポートをしてこそ、その真価を発揮できる能力なのではないだろうかと考えている。
だからこうして同じ能力者である、サーレの体から出てきた能力『クラフト・ワーク』と対峙してみて思ったことは、
『より強大な敵と戦う場合は、自分の弱点を受け入れ、それを生かした戦術を取る』ということだった。
「act2!」
そう叫び、孝一は手近に落ちていた石を拾い、サーレに向かって投げつける。
「?何のマネだ?そりゃぁ?」
そういってその石を『クラフト・ワーク』で払いのけようとする。
しかし
バチィィィィ!
石から電流が発生し、とたんにサーレの腕に、衝撃が走る。
「ぐああ!?」
「言い忘れてましたけど、僕のエコーズの能力は、物や物体に、音の文字を貼り付け、
それに触れた対象に同じ効果を体験させる事が出来るんです。」
サーレの左腕は焦げ、煙が立ち昇っている。
(貼り付けた文字を実体化する能力?しかも何個も?マズイじゃぁねぇか!
こりゃあ、どこに罠が張ってあるか、わからねぇぞ…)
警戒するサーレに対し、孝一はさらに説明をする。
「射程距離は百メートル。どんな物体にも、何個でも、この文字は付けることが出来ます。」
もちろんこれは嘘である。基本act2のしっぽ文字は、一回付けたらその能力を解除しない限り、再び使用することは出来ない。act1と違い連続使用は出来ないのだ。射程距離の件もブラフである。
(だけど、それは僕だけが知っていることだ。僕は弱い、だけど、弱者だからこそ出来る戦い方もある。)
だからあえて能力を説明し、警戒心を煽った。
警戒心を煽る。それが最も重要!
ブオォォォォォ!
サーレの後方から車の近づく音がする。ジャックたちの乗った軽自動車だ。
その車は、まっすぐにサーレ達の方向に向かい、突っ込んでくる。
「ふざけんなよ!?こんなのクラフト・ワークで固定しちまえば…」
そういって車を固定しようとかざした手が、ピタッと止まる。
その車の上の方に、エコーズact2と交代したact1がいる。
そしてサーレに向かい、音の文字を投げつける。
ドシュッゥ!
「チィッ!」
その攻撃を、サーレは身をよじり何とかかわす。そして真横を通り過ぎようとする車の車輪部分に
クラフト・ワークで攻撃…
…しようとして、手を止める。
先ほどの孝一の能力を見ていたサーレは、車自体にも何か仕掛けが施してあると警戒して、
能力を使用するのを躊躇ってしまったのだ。
そして、そのまま車が通過してしまうのを許してしまう。
車は孝一を回収すると、そのまま廃ビルの前に止まる。そして三人はそのままビルの中に進入していった。
◆
「はぁ…はぁ…これで、第一段階は終了ってとこ?」
ビルの二階。そこで物陰に身を潜ませた佐天は、同じく身を隠している孝一に尋ねる。
先ほど孝一は、車から降りる際に、佐天にこのまま車を前進させるよう言っておいたのだ。
「とりあえずね。…正直、あんな何もない所で、しかも近接戦闘なんて、
僕のエコーズじゃ百パーセント勝てない。…それよりこうした物陰に隠れての戦闘の方が
勝率はグンと増す」
「それで?第二段階は?」
ジャックは尋ねる。
「…いま、考え中です…」
「……」
沈黙が、辺りを包んだ。
その時、バリィンと孝一たちのいる階層で、窓ガラスが割れる音がする。
たぶん、サーレが入ってきたのだ。そして孝一に話しかける。
「…冷静になって考えたらよぉ…文字を何個でも貼り付けられて、それに触ったら実体化して攻撃を受けるって、おかしくねぇか?
そうだよなぁ?それなら何で辺り一面に罠をばら撒いてないんだぁ?
ブラフ、なんだろ?本当はよぉ」
コツコツという音が次第に大きくなってくる。恐らく、後数分で孝一たちの所まで来てしまうだろう。
(隙を見て物陰から襲い掛かるか?いや、だめだ。触れられた瞬間に体を固定されてしまう。
基本的に近接戦闘は不可能だ。ならact2の文字を床や壁に貼り付け、罠を張るか?
…それも望み薄だ。相手は当然こちらを警戒している。周囲に文字が張り付いていないか当然警戒する。
それに、一回外したら、僕に攻撃手段がなくなる…)
エコーズの攻撃は、その姿を見ることが出来る者からしたら、避けるのにさほど苦労はない。
腕力のないエコーズの攻撃は、例えるなら、小学校の低学年が、ボールを投げつけてくるようなものだからだ。
しかも距離が離れていくほどその命中率は下がっていく。
相手に確実に自分の攻撃をヒットさせるには、最低でも五メートルは近づかなくてはならない。
しかし今回はそれが出来ない。近づいた瞬間、相手の射程距離に入り、確実に捕まってしまう。
捕まるという事は敗北と同じだ。
(一撃だ。相手を倒すには、一撃で確実に相手にダメージを与えなければならない。
くそ、考えろ!何か策はあるはずなんだ!考えるんだ!広瀬孝一!)
そして、ある事を考え付く。しかしそれは佐天さん達を危険にさらすことになる…
◆
ブロロロロロロ
ビルの外で、車の発進する音がする。
それと同時に、孝一が物陰から飛び出し、サーレと対峙する。
「…佐天さん達は、脱出しました。あの銀のアタッシュケースに入っていた書類を持って、アンチスキルの所にね。僕は、あなたが彼女らを追わないように足止めとしてここに残りました」
「…嘘だな。正義感の強い坊やたちは、仲間を見捨てるマネなんぞ、出来る筈がねぇ…
そこらへんの物陰に、潜んでるんだろ?」
それは正解だった。あの音はact1の能力で発生させた、偽りの音だ。
観念したのか、佐天達も物陰から姿を現す。サーレを取り囲む形で。
「それで?三人で取り囲んで、一斉に飛び掛るつもりかい?言っとくが、俺の能力は触れたものならどんなものでも何個でも、その場に固定できる。その坊ならいざ知らず、俺の能力を見ることも出来ない譲ちゃん達を固定させることなんぞ、造作もないことだ」
そう言って「試してみるかい?」とばかりに挑発するまなざしを三人に向けるサーレ。
「くっ!このぉ!」
堪えきれなくなったのか、ジャックがサーレに向かい、拳を振り上げ、殴りかかろうとする。
その瞬間『クラフト・ワーク』が出現し、ジャックの体に触れる。
とたんにジャックの体はまったく動かせなってしまう。
「あ?ぐっ…?」
「人質をとった。これで終いだ。坊やたちは、こいつを見捨てられない。」
勝負あった。サーレはそう実感した。その時佐天が口を開く。
「…私達は、アタッシュケースに入っていたレポートを読みました。それにはあの試験管の中身が、細菌兵器であると書かれていました。…何でなんですか?大勢の人が死ぬんですよ?それが分かっていて、どうしてこんな事が出来るんですか?」
「譲ちゃんには分からねぇだろうな…組織の歯車として生きるって事がよ…
大人になるとよ、色んなしがらみが発生する…その中でも信頼って奴が一番大事でよぉ…
信頼を得るってのは大変だぜぇ…積み上げるのに時間がかかって、
崩れ去るのは一瞬と来たもんだ。そして失った信頼は二度と取り戻せねぇ…
この仕事が失敗したら、俺は信頼を失う。それだけは出来ねぇ」
「だから?人が死んでもいいって言うんですか?そんなのあなたの都合じゃないですか!
世界と秤にかけることなんて、決して出来ない!」
そういって佐天はサーレに平手打ちを食らわそうとしたのか、右手を大きく広げてサーレに向かう。
「おっと」
その右手をサーレは難なく掴む。
能力で固定するまでもなかった。
「あっ!?」
「世界?ずいぶんと大げさだな。譲ちゃんの気持ちも分かるが、おとなしくしてな。
とりあえず、三時まで、俺に付き合ってここに留まってもらう。」
(三時?三時に何があるんだ?)
その孝一の問いに答えるには、サーレを倒すしかない。
しかしどうやって?
「許さない…そんなあなたの都合で…この街のみんなを…友達を…巻き込むなんて…
絶対に、許さない!」
そう佐天は激昂し、掴まれていない左手の手のひらを、サーレの体に近づけ…
「?」
「だからあなたから絶対に、情報を聞き出し、計画を阻止します!」
そして触れた。
「!??????ッ」
とたんにサーレの体がすさまじい衝撃に襲われ、吹き飛ばされ、壁に激突する!
そして
「…」
その衝撃の凄まじさから、サーレの意識はそこで途絶えた。
『ドオゥゥゥッン!』
佐天の手のひらから、文字が浮かび上がりact2の尻尾に戻っていく。
孝一はact2の文字を佐天の左手に張り付かせ、油断したサーレに触れるという作戦を考えていたのだ。
うまくいく確立は五分五分だったが、何もしなければ確実にやられていた。
勝利か、敗北か、部の悪い賭けだったが、ともかく孝一たちは勝ったのだ。
「ありがとう、佐天さん。こんな危険な作戦に付き合ってくれて、あと、ジャックさんも
敵に捕まってくれて、ありがとうございます」
「なに、お安いご用さ。こんな俺でも誰かの役に立てたんだからよ」
一方の佐天は心臓の動悸が治まらず、先ほどまでエコーズの文字が張り付いていた手のひらを見つめている。
「佐天さん?どうしたの?」
そう訝しがる孝一に佐天は、
「ははっ。なんか、ちょっとした、能力者になった気分」
そういって笑った。
◆
「……う?」
目を覚ましたサーレが最初に見たものは、自分を見つめる三人の顔。
自分の体を見ると、ロープでグルグル巻きにされている。
もっとも、『クラフト・ワーク』を使用すれば難なく脱出できるのだが、
今の状況ではそれは難しそうだ。
「…俺は、やられたのか…」
油断した。相手に攻撃力が無いと思い、圧倒的に自分が有利だと思い、過信した…
プロにあるまじき行為だ。
だが、捕まってしまったものはしょうがない。
「悪いが、何もは話すわけにはいかねぇ…守秘義務ってものがあるからな」
「さっき、あなたに勝ったら、情報を教えるって、言ってませんでしたか?」
そう孝一が尋ねる。
「覚えてねぇな。悪いが大人は嘘つきなんだよ…」
そういってそっぽを向くサーレに孝一はかまわず話を続ける。
「あなたはさっき、この仕事は信頼が大事だといってましたよね?
信頼は積み上げるのに時間がかかって、崩れ去るのは一瞬だって」
「?何の話をしている?」
そう訝しがるサーレに孝一は『パープル・ヘイズ』のレポートを見せる。
「結論から言うと、あなたのクライアントは、あなたを利用しました。
あなたにこのウイルスの真の恐ろしさを教えず、ただの爆弾だと言ったのでしょう?
嘘の情報を教えたんです」
レポートの中身を見せられたサーレの目が見開かれる。
(都市部壊滅?人類消滅?
一体何の冗談だ。これは?
この小僧の言うとおり、俺はクライアントから爆弾の類だとしか教えられていなかった。
大統領を暗殺する。その為だけに使うと。それがただの試験管だとわかっても俺は特に疑問にも思わなかった。爆弾がウイルスに変わっただけ…毒性は一過性のもの。すぐに消滅する。そうあの男は言っていた。
俺は無意識に、無自覚に、あの男の言うことを信用していた…)
「この業界で大事なのは信頼だとあなたは言っていました。許せますか?
この男はあなたの信頼を裏切ったんです。それどころか、世界そのものを、壊そうとしている」
そういって孝一は、サーレを縛っていたロープを解く。
だが自由になったサーレは逃げようとしない。
(そうだよなぁ…許しちゃいけねぇよなぁ…裏切り者には、きっちり報復を!
何より、俺の故郷を、帰りを待っている女達を、全て崩壊させる?
ふざけんなよ!そんなこと、誰が許すかよ!)
「だからこそあなたに協力して欲しい。正直、僕たちだけでは『パープル・ヘイズ』の居所も、
止める手立てすら分からない。でも、あなたなら、あなたの協力があれば、世界を救うことも可能です」
サーレの心は揺れている。孝一には直感で分かった。
そしてダメ押しとばかりに、こうサーレに言い放つ。
「どうですか?たまには世界を救うヒーローになってみるのも、悪くないんじゃありませんか?」
孝一君マジ策士!ということでサーレさんが仲間になる話でした。
サーレさんは詰めの甘い、プロとしてはちょっと抜けているイメージがあったんで。
こういう感じになってしまいました。