広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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ホント、勢いだけでここまで漕ぎ着けました。



破壊する者

「煙が…なくなった?」

 

佐天がぽつりとつぶやく。

先ほど立ち昇っていた紫色の煙はなくなり、周囲の状況と割れた試験管さえなければ、とてもウイルスが撒き散らされたとは信じられないだろう。

 

「ハァッ…ハァッ…」

「ちくしょう…マジかよ…」

 

しかし、このウイルスを認識することが出来る孝一とサーレには別のものが見えていた。

 

 

「ぐぅるるるるるるるるる…」

 

そいつの顔は獰猛で、まるで全身から怒りががこみ上げているかのような表情をしている。

口からはよだれを垂らし、全ての生き物を憎んでいるかのように、目の前に移る孝一達を睨み付けている。

その両手の拳にはレポートにあった六つのカプセルが張り付いている。あの中に、殺人ウイルスが入っているのだ。

 

「こ…孝一君?いるの?そいつが、目の前に?」

 

『パープルヘイズ』を認識できない佐天は孝一にそう尋ねる。

 

「絶対に…絶対に、動いちゃ、ダメだ!動いたら、まずソイツから攻撃してくる!」

 

そういって、佐天に釘をさす。

その時、『パープル・ヘイズ』を放出した張本人である男が立ち上がり、悪態をつく。

 

「何だ?何も起こらないではないか!くそっ、ヤツラめ!私を騙したのか!?

…こうなったら、私の手で直接!」

 

そういって、懐からナイフを取り出し、逃げ遅れた大統領を殺害しようと振りかざす!

…その隣に『パープル・ヘイズ』がいることも知らずに…

 

ガシッ

 

突然何かに頭を掴まれた男は、くるりと正面を向かされる。

 

「何だ?私の…体が…!?」

 

「うそ!?からだが!」

 

佐天の目には、見えない何かに男の体が浮かび上がらせられているように見えた。

 

いる!何か分からないが、自分の正面に、得たいの知れない何かが!!

だがそう思っても、どうする事も出来ない。それが男を恐怖に陥れた。

 

「ヒ…ヒィッ…」

 

パープル・ヘイズは左手で男の頭を押さえつけながら、ゆっくりと右腕を引く。

 

 

「!?」

「この、馬鹿野郎が!」

 

あいつを攻撃して、もしカプセルが割れたら!

孝一とサーレはとっさにエコーズとクラフト・ワークを出現させ、パープル・ヘイズを攻撃しようとする。

しかし、どうやって?どう攻撃する?そう迷っているうちに、パープルヘイズの右ストレートが男の顔面に伸びていく。

 

「こんのおおおおおお!!!!」

 

その時、佐天が男に向かってタックルを食らわせ、床に弾き飛ばした。

その瞬間、パープル・ヘイズの拳が空を切る!

 

「ウギャオオオオァァァァァァァァァ!!!」

 

獲物を勝手に横取りされ、パープル・ヘイズは怒りの声を上げ、佐天を睨み付ける。

そして今度は標的を佐天に定め、向かっていく。

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 

さすがに佐天を攻撃されるとあっては、孝一も黙ってはいられない。とりあえずact1の音の攻撃で

パープル・ヘイズをけん制しようと文字をぶつける。

 

ぶつける文字は、『大音量のギター音』!

 

その文字は確実にパープル・ヘイズの体にヒットする。

しかし…

 

ズルゥッ

 

確実に張り付けたはずの文字が、パープル・ヘイズの体から零れ落ちていく。

 

「!?ば、バカな!?効かない?僕の音文字が!?相手がウイルスだからか?

…だとしたら、act2!!」

 

孝一はエコーズをact2に変更し、転がっているコップに音文字を貼り付け、相手に足元に投げつける!

 

『ドオォゥン!!』

 

イメージしたのは、地雷などを敵が踏んだときに発生する音。当然貼り付けた音は、孝一がイメージしたようにパープル・ヘイズの左足を吹き飛ばした。

 

「そんな…」

 

孝一は愕然とした。吹き飛ばしたはずの左足から紫色の煙が発生し、なくなった足を再生させている。

そして、バランスを崩し、四つんばいに倒れていたパープル・ヘイズは、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

                      ◆

 

 

…簡単な任務だと思った。ブツ引き取って、相手を目的の場所まで運び、任務終了。

その後は、バーでビールでも飲み、気に入った女がいたら声を掛け、朝までしっぽりとお楽しみ。

そんな当たり前の、簡単な仕事だと思っていた。…それが、何なんだよ!こりゃあよぉ!!!

何で、俺はこんなとこで、化け物退治をやってんだ!?今日は仏滅かなんかか?

じゃなきゃあ、史上最悪の厄日だぜ!!

 

パープル・ヘイズと対峙している幸一を遠巻きに見て、サーレは震えていた。

今までやばい仕事はあったが、今日ほどやばい仕事は恐らくないだろう。

なにせ、失敗したら、世界は死滅するのだ。

 

(にげてぇ…正直、おっかねぇ…)

 

足ががくがくと震えている。その時、ふっと、サーレは孝一の顔を見た。その顔は相手を正面から見据え、決して諦めていない。

 

(やめろよ…なんでそんな表情が出来るんだよ…)

 

しばらく考え、サーレはそれがかつて自分にも存在した、十代の輝きだと知る。

青臭く、未熟で、根拠のない自信と野望にあふれていたかつての自分。それでも、目の前には無限の可能性があると、自分の歩む道に自信を持っていたあの頃…

 

(あいつは…あの頃の俺と、おんなじ目をしてやがる…ったくよぉ…)

 

そうぼやき、頭をかく。

 

(後輩が頑張ってんのに、先輩がこのざまじゃ、カッコつかねぇじゃねぇかよぉ!)

 

自然と、足の震えは止まっていた。

 

 

 

                     ◆

 

 

「くっそぉおお!!」

 

ドシュ! バシュ!

 

何度も、何度も、パープル・ヘイズに対し、エコーズact1は攻撃を加える。

しかし、どのようにしても、何をやっても、『パープル・ヘイズ』にダメージを与えられない!

その間にも『パープル・ヘイズ』は孝一との距離をじわじわとつめていく。

 

(ちきしょう!不死身か、コイツは!

音の攻撃もだめ!体を吹き飛ばしてもだめ!

攻めようがない!!)

 

そしてついに、孝一はact1での攻撃を躊躇してしまう。

その瞬間!

 

ガシィ!!

 

パープルヘイズは狙っていたかのように、act1に飛び掛り、両手でガッチリとキャッチしてしまう。

 

「しまっ…!!」

 

「ガァるるるるしゅるるるる!!」

 

そして、

 

ガブゥッ!!

 

act1の左肩に食らい付き、引きちぎった。

 

「!?…ヵ・・・ハ…ァ…!!」

 

孝一の左肩から鮮血が噴出する!!

そのあまりの激痛に、孝一は声にならない悲鳴を上げる。

 

「グゥワギャァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

そしてパープル・ヘイズは狂ったかのように両手に掴んだact1を床に何度も何度も叩きつげる。

 

そのたびに孝一の口から、鼻から、額から、鮮血が滴り落ちていく。

 

「ゴホォッ!!グヘェッ!!」

 

そのあまりの激痛に、ついに孝一はその場に倒れこむ。

 

(だめだ…意識が、飛びそうだ…このままじゃあ、ウイルスの前に、こっちが死ぬ…)

 

その朦朧とした意識の中で、孝一は見た。こちらに右拳を突きつけ、カプセルの一つを発射した、パープル・ヘイズを!

 

「ぁ…ぁ…」

 

すべてがスローモーションになった世界で、孝一は自身の死期が迫っていることを悟った。

 

(もう、だめなのか?)

 

そう孝一が諦めようとした、その時。

 

 

「諦めるんじゃねぇ!!」

 

そう言ってサーレが孝一の前に躍り出て、クラフト・ワークを出現させる。

その手には、テーブルクロスが握られている。

 

「クラフト・ワーク!!そっとだ!このカプセルを割らねぇ様に、そっと包み込め!!」

 

そして、しっかりとカプセルを包み込むと、テーブルクロスごと空中に固定する。

 

「おい!孝一!無事かぁ?」

 

「…あんまり…ハァ、ハァ…無事ってわけには…行かないですけど…」

 

抉られた左肩を抑えながら、孝一は何とか起き上がる。

 

「ギャオォォオォォオオゥォォォォォォ!!!!」

 

パープル・ヘイズは、自分の思いどおりに孝一が死ななかっため、怒りの雄たけびを上げ

周りにあるテーブルやイスなどを無茶苦茶に殴ったり蹴ったりしている。

 

その隙にサーレは孝一に話しかける。

 

「孝一。実際に戦ってみて、どうだ?アイツにダメージを与えられそうか?」

 

「正直、お手上げです。どこを破壊しても、どんな攻撃を仕掛けても、あいつはたちどころに再生してしまう。サーレさんこそ、どうです。何かあいつを倒すいいアイデアがありませんか?」

 

だめ元で、孝一はサーレに尋ねる。

するとサーレは浮かない顔をして、

 

「一つだけ、ある。」

 

とつぶやいた。

 

 

                      ◆

 

 

「一つだけ?」

 

「ああ、あのレポートにはこう書いてあった。『一瞬でもウイルスが日光に触れた瞬間、ウイルスは死滅する』ってなぁ。それってよぉ、あいつ自身にも、当てはまるんじゃねぇのか?あいつ自身も試験管の中から出てきたウイルスだろう?」

 

そういってサーレは『パープル・ヘイズ』を一瞥する。

 

「あいつを良く見てみな、どういうわけか、窓ガラス周辺には、まったく近づかねぇ…」

 

窓ガラス周辺。そこには日光がさんさんと差し込んでいる。

 

「それじゃあ、アイツを窓ガラスに誘い込めば!」

 

打開策が見つかった!そう思い孝一は歓喜する。これで希望が見えてきた!

だがそんな孝一の回答をサーレは「それじゃ80点だ」と否定する。

 

「アイツは恐らく、細切れにしても、細胞が一欠けらでも残っていたら、たちどころに再生する。

窓ガラスに誘い込んだとしても、どうしても影の部分が出来てしまう。そうしたら、そこから復活するだろう。完全に消滅させるには、まったく影のない所で、日光に当てるしかない。」

 

「そんな!?そんな所、どこにも…」

 

そういって孝一はハッとする。

 

「もちろん俺の言っていることが全て間違いだという可能性もある。それくらいこの作戦は、非常に分の悪い賭けだ。

それでも、乗ってみるかい?」

 

サーレが孝一に、ニヤリと笑いかけた。

 

 

                      

                      ◆

 

 

(…終わった…すべて、終わった…)

 

大統領補佐官だった男は、呆然としてその場にしゃがみこんでいた。

彼は殉教者になるつもりでいた。大統領と共に、自身もウイルスに感染させ、地獄まで道ずれにする。

大統領の死と共に指導者を失った改革派は勢力を失い、我ら保守派が再び政権に返り咲く。その為に礎になるつもりだった。しかし、売りつけられたウイルスは不発で、周囲ではテーブルが突然浮かび上がったり、破壊されたりといった奇妙な怪現象が発生している。ナイフは何者かに奪い取られ、直接大統領を殺害する事も、叶わなくなってしまった。

 

(かくなる上は…)

 

そういって落ちている割れたガラス片を掴むと、男は喉元にそれを突きつけようとした…しかし…

 

「死ぬなぁあああああ!!」

 

そう叫ぶ佐天にガラス片を叩かれ、

 

バシィッ!!

 

頬を思い切り殴りつけられた。

 

「安直に、死に逃げようとするな!!あんたは生きるんだ!生きて、責任を取るんだ!!

自分が仕出かそうとした犯罪に対して!!それが、大人ってもんでしょう!?」

 

「ぅぅ……」

 

年端も行かない少女にそう叱責され、男は俯くしかなかった。

 

 

 

 

 

                          ◆

 

 

 

パープル・ヘイズは怒り狂っていた。先ほどから何度も何度も自分に対し、無駄な攻撃を繰り返すエコーズact2に。

 

「グゥアァアアアアアアオオオオ!!」

 

ブオン!

 

パープルヘイズの攻撃をひらりと回避し、エコーズが懐に入り込む。そして手にしたテーブルクロスをパープル・ヘイズに近づけ、触れさせる。それはさながら、猛牛の突進を避ける、闘牛士のよう。

 

『ドォオオオオン』

 

テーブルクロスにはact2のしっぽ文字が張り付いている。

とたんに大きな衝撃波が発生し、パープルヘイズが後ろに弾かれる。

 

(よし、窓ガラスの真後ろまで誘導した!後は!)

 

aut2が間髪いれず、『パープルヘイズ』に接近し、テーブルクロスを頭からかぶせる!

 

「今です!サーレさん!」

 

その瞬間、サーレがクラフトワークでテーブルクロスを固定し、『パープルヘイズ』の動きを封じ込める。

 

 

「さぁて、…後はアレをやるだけですが…」

 

そういって孝一はエコーズをaut1に変更し、最後の行動に移ろうとする。

その孝一に対し、サーレが声を掛ける。

 

「…こういうのは俺の柄じゃねぇんだが、代わってやってもいいんだぜ?」

 

しかし孝一はきっぱりと否定する。

 

「ありがとうございます。でも、外から来た人に迷惑は掛けられませんよ。この街で起こった事件は、この街の人間が解決しないと」

 

そういって笑ってみせた。

 

(まったく、青臭いこと、いいやがって…)

 

これが単なるやせ我慢だと、サーレには分かっていた。しかしあえてその事は口にしなかった。

 

「分かったよ。サポートは、まかせな」

 

「ええ、よろしくおねがいします…よし!」

 

孝一は両手でパンと顔を張り、気合を入れる。

 

 

 

そして、孝一は行動に移った。

 

「act1!窓ガラスだ!あの強化ガラスを砕くくらい、強力な音を作り出せ!!」

 

act1が孝一の命令に従い、ガラスを破る振動波を発生させる音を作り出し、窓ガラスに貼り付ける!

 

ビシィ!!

 

とたんに窓ガラスに大きな亀裂が発生する!

 

「いくぞ!サーレさん!サポートよろしくお願いします!…ACT2!!」

 

エコーズをaut2に変更し、しっぽ文字を孝一の手のひらに貼り付けて、孝一は『パープル・ヘイズ』めがけ突進する。作り出した文字は、相手を遠くに弾き飛ばす『ドオオオオオンン!!』という文字。

 

「グゥァァッァッァアアアアア!!」

 

目標に近づくと、とたんにパープル・ヘイズは活動を再開し、頭に被っているテーブルクロスを引きちぎろうと、もがきだす。サーレが能力を解除したのだ。

 

(よし!いける!!)

 

「くらえ!!!」

 

孝一は右手を広げ、パープル・ヘイズにしっぽ文字を触れさせようとする。

 

(このまま、窓ガラスから、外に落ちろ!!!)

 

孝一が勝利を確信したその瞬間!!

 

ガシッ!

 

「え?」

 

『パープル・ヘイズ』の両手が、孝一の右腕を掴む!!

 

その瞬間孝一の手のひらがパープル・ヘイズの体に触れた。

 

 

 

『ドオオオオオンン!!』

 

文字に貼り付けたとおりの効果が孝一の手のひらから発生し、『パープル・ヘイズ』と、腕を掴まれた孝一はそのまま窓ガラスまで吹き飛ばされ、そして

 

グワシャアアアアアアアアンン!!!

 

窓ガラスを突き破り、ビルの最上階から投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 




疲れた…
次の話で完結できるといいなぁ…

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