広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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3歩進んで2歩下がるという感じで、まったり進行中です。


名前を得て

…男の前に現れた、にこやかなビジネススーツの男は、自らのことを「佐伯」と名乗った。

 

「あ、もちろん偽名ですので、あしからず」

 

「…それで、私を捕まえに来たのかね?」

 

こうやって、自宅の研究室まで押しかけ、劣化複製(デッド・コピー)の事も知られてしまったのだ。当然、何もないでは済まされないだろう。

しかし、そんな男の言葉をビジネススーツの男は否定する。

 

「いえいえいえいえ。何か誤解なさっているようですので、申し上げておきます。私どもは、あなたを如何こうするつもりなど毛頭ありませんよ」

 

そういって、敵意はないとばかりに大げさに頭(かぶり)を振って見せる。

 

「…では、どういうつもりなんだね?」

 

男の意図が見えない。一体自分をどうしたいんだ?そう男が思っていると。

 

「徳永さん。実は我々も、表沙汰に出来ない研究をしていましてね、お互いすねに傷を持つもの同士、ここは一つ、共同戦線といきませんか?」

 

そういって徳永と呼ばれた男に、資料を渡す。

 

「なんだね?これは?」

 

「…使い方によっては、莫大な富を生み出す事の出来る金のたまご、といった所でしょうか?」

 

そういって男はニッコリと微笑んだ。

 

「”R”事件というのをご存知ですか?銀行やジャッジメント支部を襲った、無差別襲撃事件。」

 

男は唐突にそんなことを話し出す。

 

「あ、ああ。だが犯人は捕まったはずではないのかね?」

 

今頃は堀の中だろう。徳永はそう思った。だが何故そんな話を?

 

「実は我々は、あの事件の犯人である少年を確保しましてね。それが実に興味深い。彼は世間一般で言う所のレベル0・無能力者だったのです。だがしかし、あれほどの犯罪を、いともたやすくやってのけた。それは何故か?実は彼には、この学園都市には存在しない、特殊な能力を持っていたのです。」

 

「特殊能力?」

 

「そう。彼は電気と同化し、吸収できるという能力を所有していました。特に興味深いのが、我々の肉眼では認識することの出来ない、像(ビジョン)のようなもの、彼はそれを自由自在に操り、犯行を繰り返していたのです。

その像(ビジョン)は、我々が所持する超光学のカメラでも、はっきりとはその姿を認識することが出来ない。ですが、確かに、それは存在するのです。」

 

そういって男は持っていたトランクから、ある容器を取り出す。

 

「これは…」

 

「…捕獲した少年。音石アキラ。彼の体を解剖し、分解した所、通常の人間には存在しない、未知の成分を発見することに成功しました。この成分にはまだ名前はありません。恐らく、地球上のどこにも存在しない成分でしょう。我々が知りたいことは、ただ一つ。音石明から抽出し、合成されたグロブリン。これを人体に投与したらどうなるのか?この反応が見たいのです」

 

徳永はそこまで聞いて合点がいった。

 

「その為に、私の劣化複製(デッド・コピー)を使うつもりなのだね?」

 

「はい。ご理解が早くて助かります。もちろん、施設などこちらで提供させていただき、あなたには、それなりの金と地位を用意させて頂きます」

 

 

…とんだ所から、うまい話が転がり込んできた。これはチャンスだ。これに乗らない手はない。どの道、劣化複製(デッド・コピー)は研究データさえ取れれば、廃棄処分するつもりだったゴミなのだ。それが金を生み出す…。素晴らしい事だ。

それに、うまくいけば、この新しい研究データで、さらに大儲け出来る…

 

徳永は即決した。

 

ビジネススーツの男が帰宅した後。いまだ培養液のなかで眠る劣化複製(デッド・コピー)に、徳永は話しかける。

 

「喜べ。廃棄処分されるはずだったお前達に、活躍の場を与えてやるのだ。せいぜい私と、私の研究の礎となって、儲けさせてくれ。死ぬまで、永遠にな」

 

そういって徳永は哂った。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「…んっ…」

 

カーテン越しに差し込む陽の光が顔に当たり、エルは目を覚ました。そしてゆっくりと、ベッドの上から上体を起こす。服は、孝一から借りたのだろう。少し大きいサイズのパジャマを着ていた。

 

「ん、にゅ…」

 

眠い眼をこすり挙げると、どこからともなく、いい匂いがしてきた。とたんにエルのお腹から、クゥ、とかわいらしい音が聴こえてくる。

 

「あはよう。待ってて、今朝食を作っているから」

 

エルが起床したのに気づき、孝一は厨房でエルに声を掛ける。

 

「おはようございます。とても、おいしそうな匂いがしますね。何を作っているのですか?」

 

「昨日のチキンライスが残っていたからね。それを利用して、ライスグラタンを作っているんだ」

 

「らいすぐらたん?不思議な響きです」

 

しかし、エルの目は期待に輝いていた。その目は孝一の作るものに間違いなどあるはずがないと言わんばかりである。

昨日の残り物のチキンライスをグラタン皿にいれ、牛乳とコンソメを投入しレンジで加熱する。加熱後、とろけるチーズや適度にダイス状にしたベーコン、やアスパラ、トマト、その他適当な具材をいれ、塩胡椒で味付けする。そして再び加熱すれば…

 

「はい。熱々のグラタンの出来上がりだよ。熱いから、気を付けて食べてね」

 

そう言って、テーブルに座ったエルの前にグラタンとスプーンをおく。

 

エルはしばらく熱々のグラタンを見つめて、

 

「…孝一様は、凄いです。一つ一つはただの食材や調味料なのに、孝一様の手にかかれば、この様に、おいしい食べ物に変化させることが出来る。とても凄い能力です」

 

「いや、そんなに褒められても…」

 

孝一は学園都市では無能力者に該当する。その為、支給される奨学金は微々たる物だ。料理の技術は、その際に支払う生活費を少しでも節約するために、嫌でも身に付いてしまったものである。だからこれは孝一にとって、当たり前の事。

しかしこうやって素直に褒めてもらえると、悪い気はしない。孝一はそう思った。

 

 

◆◆◆

 

 

「さて、ご飯も食べたし、外に買い物に行こうか」

 

朝食を終えた後、孝一はエルにこう話を切り出す。

 

「カイモノ?かいものとは何ですか?」

 

エルは買い物の意味が分からず、ちょこんと首をかしげる。

 

「君の日用品とか、生活に必要なものを購入することが出来るお店があるんだよ。

とりあえず必要なものは、今日中に揃えたいからね」

 

「それは…ここに置いて頂けるということなのでしょうか?」

 

エルは期待と不安の入り混じった声で孝一に話しかける。

 

「うん。…君に名前を付けた時から、僕は覚悟を決めたよ。君を絶対に、見捨てないって。だから、君が居たくないというまで、ここに居ていいんだ」

 

「…孝一様は、何故、エルにそこまでしてくださるのですか?」

 

そんなの決まっている。だから孝一は自信を持って、エルにこう答える。

 

「友達だからさ。友達が困っていたら、力になりたいと思うのは、当たり前だろう?」

 

「トモダチ…何故でしょう…始めて聞く言葉のはずなのに、何故か耳に心地いい…

そして、胸がとても温かくなります…」

 

そういってエルは胸に手を当て、しばらくの間、目を閉じ、その言葉をかみ締めていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

「…孝一様。あれは何ですか?」

 

第七学区の路上。ショッピングセンターに向かう途中で、エルは周囲の建物や、信号機、はたまた清掃ロボにまで興味を示し、孝一に質問してくる。そのたびに孝一は、「あれは○○だよ」とエルに教えてあげた。

 

エルは今、急速に世界というものを学習している。狭い研究施設の中が世界の全てだった少女は、初めて外に飛び出し、この世界のことを知った。

 

青い空。

白い雲。

風の音。

地平線も見えないくらいに立ち並ぶビル群。

路上を行き交う人々。

 

 

その全てがエルには新鮮で、光り輝いて見えた。

 

 

「…ええ。そうです。ちょっと体調不良で、2,3日休みたいのですが…はい。すみません」

 

エルが周囲のものに興味を示している間に、孝一は学校に連絡して、休む旨を伝える。

これから数日は、忙しくなりそうだったからだ。

 

さすがに制服はまずいと思ったのだろう。孝一は現在、私服のパーカーを着ている。対するエルも昨日始めてあった時と同じ、大きな帽子と、男向けのだぼついた服を着ている。そのエルの姿を見て孝一はある事を考える。

 

(エルを逃がした人というのはどういう人なんだろう?)

 

分かっているのは、エルがとある研究施設に居たということと、エルを逃がした人が居るということ。

恐らく施設側の人間が、彼女を探しているという事のみである。正直、それだけでは打つ手がない。これからずっと、彼女を守る気があるなら情報は必要だ。

 

後でそれとなく聞いてみるか。孝一はそう思った。

 

 

◆◆◆

 

メールの着信音がなったのは、孝一達がショッピングセンターに着く直前であった。件名を見ると佐天涙子とあった。そういえば、佐天さん達には言ってなかったな…などと思い、孝一はメールの中身を開いてみる。

 

 

 件名 かぜですか?

 

 本文 しばらく休むって?大丈夫?後でお見舞い行こうか?

 

 

まずいなぁ…。孝一はそう思った。自宅にこられるのは、まずい。エルの事がばれてしまうじゃないか…

なんて返信しよう…とりあえず…

 

 

 件名 結構きつい風邪みたいです

 

 本文 酷い風邪で、うつるといけないからしばらくは、家に来ないほうがいいよ。

 

 

(これでいいか?とりあえず返信だ。)

 

そう思い返信ボタンを押す。

 

するとすぐさまメールの着信を伝える音がする。

 

 

 件名 嘘はいけません

 

 本文 昨日はあんなに元気だった人が、突然風邪になるなんて事あるはずないじゃん。

    また何か変な事件に、巻き込まれたんでしょ?

 

 

(うぐっ…しまった、墓穴掘っちゃったぞ…。しかも、するどい…。

 ここは「返信しない」が正解だったー!)

 

ちょっとパニクっている孝一に、エルが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

 

「どうされたのですか?孝一様?」

 

「いや、大丈夫!ちょっとトラブルがあったけど、大丈夫!乗り切れるさ!あはははっ」

 

そういって変なテンションでエルに笑いかける。

 

「?」

 

そうこうしている内に、今度は電話がかかってきた。相手は初春からだ。

 

(今度は初春さん?何で?今は授業中のはずだろ?何で電話なんか?)

 

そう思っても電話に出ないわけにも行かず、とうとう孝一は電話に出てしまった。

 

「…もしもし?」

 

しばらくの沈黙の後。

 

「ふっふっふっ…引っかかったね、孝一君。初春の携帯だからって、油断したでしょ」

 

「げッ!佐天さん…」

 

「げっ!じゃないわよ!どうして君は、何でもかんでも一人で抱え込んで、突っ走って行こうとするかな?

ちゃんと友達がいるんだから頼りなさい!」

 

そういって一喝されてしまう。

佐天は、初春から携帯を借り、トイレに行くといって、教室から抜け出したのだ。

 

「ス…スミマセン…」

 

「よろしい。それで、今どこ?…あっ、待って…後ろのこの音楽は…ショッピングセンターにいるのね?

待ってて、今から初春もつれてそっち行くから!」

 

「ええ!?授業は?」

 

そういう孝一に対し、佐天は…

 

「そんなのサボるに決まってんじゃん!」

 

そういってブチッと携帯をきってしまう。

 

ツーツー…

 

「…」

 

「…あの?孝一様?」

 

後には呆然となった孝一と、そんな孝一を心配して、袖をクイクイと引っ張るエルだけがいた。

 

(どうしよう…。とりあえず、理解者が増えたと見るべきなんだろうか?)

 

 

 

◆◆◆

 

 

「…まったく。困ったことをしてくれたな。何故こんなことをしたのだ。

…まさか、今更くだらないヒューマニズムに、目覚めたとでも言うのではないだろうね?」

 

「…そうよ。情が移ったのよ。私を「かあさま」と、親愛のまなざしで見つめてくるあの娘達にね。あなたも彼女達に囲まれて過ごして見なさい。きっと愛情が湧くわ」

 

「生憎だが、私にはガラクタと一緒に過ごす趣味はないよ。前にも言っただろう?"アレ"は人間でもなんでもない。単価18万以下で製造可能な、ただの消耗品だと」

 

第七学区のとある、製薬会社。

その一室で、安宅は拘束されていた。手には手錠を掛けられ、椅子に座らされている。彼女は、エルを逃がした後、追っ手から逃れきれず、捕まってしまったのだ。

正面の机に座り、尋問しているのはここの所長・徳永。劣化複製(デッド・コピー)を造りだした張本人である。

 

「…君を世話係にしたのは、こちらの失敗だったようだな…まあ、いい。それで?"アレ"は?12号はどうした?どこに隠した?」

 

「知らないわ…。私は、彼女に『生きろ』と命令しただけ。その後どうなったのかは、分からない…」

 

そして小声で、「ひどい母親ね…」と、つぶやき、自嘲的に笑った。

 

「嘘を言うな!目的は何だ!?金か?ゆすりか?残念だが、そのような脅しにはのらんぞ!…おい!」

 

そういって、机のブザーを鳴らす。すると研究所の職員2名が現れ、彼女を立たせる。

 

「連れて行け。殺す以外ならどのような手段でも構わん。とにかく口を割らせろ」

 

そう命令する。

 

「…」

 

男達に連れられ、所長室を出る直前、彼女は

 

「…哀れな人ね…」

 

そうつぶやいた。

 

 

「…」

 

誰もいなくなった所長室で、男は頭を抱えていた。

 

(まずい、まずいぞ。生きているにしろ、死んでいるにしろ、"アレ"が人の目に触れることはまずい。

生きていた場合、学園都市の身分証明書を持たない"アレ"はどうなる?密入国者として取調べを受け、その際身体検査もされるに違いない。統括理事会にも当然情報が行く…。違法にクローンを製造していたことがばれてしまう。そうしたら、私は…私は…破滅だ!)

 

何とかしなければ。そう思うが、一体どうしたら良いのか、見当も付かない。

 

「うううう…」

 

その時、男の頭に、ある事が浮かんだ。そして、勢い良く引き出しを開けると、そこから一枚の名刺を取り出す。緊急時以外には、連絡しないようにといわれていたが、今がまさにそれだ。かまうものか。

男は藁にもすがる思いで、その名刺に書かれている番号に電話をする。

 

「…」

 

しばらくコール音がした後。相手が出た。

 

「…もしもし、『佐伯』さんか?まずい事になった。是非、あなたの力をお借りしたい。」

 

 

 




ようやく話がちょっとだけ、進んだといった感じでしょうか。
なかなかに筆が遅いので、平日の更新は遅れるかもです。

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