広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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気が付けば、11話も話数を重ねていた第三部。
こんなに続くことが出来たのも、ひとえに皆さんの暖かい声援のおかげです。




アルジャーノン

--ここは、何処なのでしょう?

 

気が付くと、エルは真っ白な雲の上を、てくてくと歩いていました。

辺りは陽が当たっていて、ぽかぽかと、気持ちいい風が吹いています。

ここがお話に聞く、天国というものなのでしょうか?

 

しばらく歩いていると、大地が見えてきました。そこはあたり一面、見たことのないようなお花が咲いていて、とても美しい所です。お空の上なのに、どうして地面があるのかは、謎ですが…

 

もし、ここが天国なら、先に行ったはずの私の妹達も、ここに来ているのでしょうか?

エルは辺りをきょろきょろと見渡し、妹達の姿を探してみます。

 

すると--いました…。同じ姿をした、エルの妹達が…。みんな、とても楽しそうに辺りの草花と戯れています。

これから、エルもここで過ごすんですね…。妹達と、皆で幸せに…

ここには、なんのしがらみもありません。エル達をいじめる悪い人も、暗く、じめっとしたお部屋も、何もありません。

 

…でも、何かが足りません…なにか、とても大切なものを忘れているような…?

それはなんだったのでしょう…。よく、思い出せません…

 

すると、いつの間にかエルの妹達が、エルの周りに集まっていました。

そして、下のほうを指差します。

 

--下?--

 

見ると、いつの間にか地面に泉が湧き出ています。その泉は、とても透き通っていて、エルが覗き込むと、中の光景を簡単に見ることが出来ました。その光景とは--

 

 

◆◆◆

 

 

「ぐ…!…あぁぁぁ…」

 

壁に追い詰められた佐天涙子が音石に捕まり、体を持ち上げられる。

 

「捕マエタ!!!アッハハハハハ!!!」

 

音石は大声で笑い、破壊された頭部の辺りから、電気をスパークさせている。

 

バチッ!バチッ!

 

やがて、大量の電気が、音石の顔の辺りに集まってくる。そしてそれは次第に、顔の形を形成していく。

 

「ア、ア、ァ、ア~…。コウヤッテ、オ目ニカカルハ、初メテダロ?佐天涙子?…始メテミタダロ?俺様ノゴ尊顔ッテ奴ヲ?」

 

「う…?きっ…恐竜?」

 

佐天ははっきりと見た。大量に発生している電気の中に、恐竜のような顔が映っているのを。

 

「ドウセ最後ダカラ、俺ニ残サレタ全テノ電力ヲ、頭部ニ集中サセタ…。コノ電力ナラ一般人ニモ、俺ノ姿ガ認識出来ルハズ…。ダガ、オ陰デ体内ノ電力ハ、スッカラカンダ…。活動限界マデ、残リ10分ッテトコカナ…」

 

そして、佐天を掴んだまま、音石は孝一の方へ歩き出す。

 

「待ッテロ、ヒロセ、コウイチィ…!」

 

その顔は、復讐心で、醜くゆがんでいた…

 

 

◆◆◆

 

 

--思い出しました…。どうして忘れていたのでしょう…。孝一様と、涙子様が、大きな体をした何かに、襲われています。何とかしなくては…。でも、どうすればいいのでしょう?エルにはその方法が、分かりません…

 

すると、妹の一人が、エルの前に小さなケージを差し出しました。

 

--これは?--

 

<私達が育てていた、はつかねずみ…。彼らは無事、この大地で子供を出産しました…。この子は、たくさん生まれた子供達の内の一人です。この子をあなたに差し上げましょう。きっと、あなたの力になってくれるはずです>

 

そういって、エルにそのケージを手渡しました。中には、とても可愛らしい、真っ白な子ネズミがいました。

子ネズミは、エルと目が合うと、とても嬉しそうにケージの中を、回りだしました。

 

<この子もあなたを気に入ったようです。…それでは、行ってらっしゃい>

 

そういうと妹達は、エルをぐいっと泉の中に突き落とそうとします。

 

--あうっ。怖いです。やめてください--

 

そういっても、妹達は止めてくれません。むしろもっと力が強くなり、エルはもう泉の中に入る寸前です。

 

<…生きてください…。20体いた私達の中で、あなただけが唯一、自己を確立したのです。私達には、死にたくないという感情も、空をきれいだと思う心も、友達も、ついに得る事が出来ませんでした。でも、あなたはそれを得る事が出来たのです。それは私達が望んでやまなかったもの。人として生きる、証。…だから、生きて。私たちの分まで…>

 

そしてついにエルの体は、泉の中に落とされてしまいました。

 

「!?」

 

とたんに、とてつもない浮遊感と同時に、下に落下していく感覚が襲ってきます。

 

<…その子の名前、アルジャーノンって言います。あなたに忠実な、あなたの心そのもの。困ったことがあったら、名前を呼んで下さい。きっとあなたを助けてくれます…>

 

そしてエルは、元いた世界に、再び戻る事となったのです…

 

 

 

◆◆◆

 

 

「…キュー。キュー」

 

意識を取り戻したエルが見たものは、血だらけになった孝一の姿だった。孝一は仰向けになり、虚ろな視線を天井に向けている。

 

(孝一様。孝一様が大変です。早く、お医者様に見てもらわないと…)

 

エルは何とか孝一を抱き起こそうとする。しかし--

 

(? おかしいです。体が言うことを利きません。まるでエルの体ではないような?)

 

はつかねずみは孝一の顔をしきりにぺろぺろと舐めている。

 

(…もしかして、アルジャーノンですか?)

 

エルがそのはつかねずみに問いかけると--

 

「チュッ!」

 

はつかねずみ・アルジャーノンが元気に答える。

 

(あれは、夢ではなかったのですね…。でも、困りました…。これでは孝一様を助けられません)

 

エルがほとほと困り果てていると--

 

「コウイチィィィィ!!!」

 

何か大きくて、嫌な感じのするものが、孝一の名前を呼びながらこちらに近づいてきた。

エルはその姿を一瞬見て、すぐに"悪いもの"だと認識する。

 

(悪いものが、近づいてきます。孝一様を、いじめるつもりです。どうしよう…。どうしたら…)

 

その時エルは、妹達の言葉を思い出す。--何か困ったことがあったら、名前を呼んで--

そしてエルは藁にもすがる思いで、このはつかねずみの名前を呼ぶ。

 

(…アルジャーノン…。アル!…お願いです。孝一様を、助けてください。このままだと、孝一様が、殺されてしまいます。どうか、力を貸して…)

 

すると--

 

「チュー!!」

 

アルは勢い良く孝一の周りをくるくると周り、勢いをつけて、ある場所を目指して駆け出していく。その場所は、ガラスに覆われた実験室。エルの本体が眠っている所だ。そしてエルの姿を発見すると、勢い良くその体に向かって、ジャンプする。

その瞬間、エルの体に吸収されるようにして、アルの体は消えていった。

 

 

◆◆◆

 

 

ドサッ。

 

「あぐっ!」

 

右手に掴んでいた佐天を音石は離した、その代わりに、今度は孝一の体を掴むと、天井高く持ち上げる。その腕からは、孝一のものである血が滴り落ちていく。

 

「ハハハハハハッ!!!ツイニ掴ンダァ!!オイ。マダ死ヌナヨ!死ヌノハモット絶叫ヲアゲテカラダ!!」

 

「…うう、…孝一君…」

 

音石に持ち上げられた孝一を、佐天は這い蹲るような形で見上げていた。

地面に落とされたとき、頭を打ったのか、額から血を流している。

 

「…」

 

対する孝一は、すでに意識の無い状態だった。

さっき徳永に撃たれた腹部のダメージが酷く、血が止まらない。

 

「スデニ"死ニ体"ッテヤツカァ…。マアイイ、佐天涙子サエ無事ナラ…。活動限界マデ残リ少ナイ。遊ブノハ止メテ、トットトブチコロサネェト…」

 

そういって音石は、右腕の力をだんだんと強め、孝一を握りつぶそうとする。

 

「サヨナラ。広瀬孝一」

 

そういって、さらに拳に力をこめた瞬間!

 

「…チュー」

 

「アン?」

 

いつの間にか音石の肩の辺りに白いネズミの様な物がいた。

ソイツは鋭い歯で鋼で出来た音石の体に喰らいつき、丸い楕円形の穴を開けていた。

 

「!? ナンダ!?ドコカラ来タ!?コイツハ!?」

 

驚いた音石が、白ネズミを振り払おうと、体を揺する。

それを俊敏に白ネズミはかわし、地面に着地する。

 

「チュッ、チュッ!」

 

そのねずみは、遅れてきた主の肩に登り、寄り添うようにしてじっとしている。

 

ヒタッ、ヒタッ

 

やがて、そのネズミの主である少女がゆっくりとした足取りで、姿を現した。

 

「あっ…あ、あ、あああ…。うああああああ」

 

その少女の姿を確認した佐天は、感情が抑えきれず、大粒の涙を零し、泣いた。

だって、佐天は、少女の死をこの目で見た。全身から血を噴出して絶命する瞬間をはっきりと、この目で!

なのに、それなのに…!

 

「エ…エル、ちゃん…。エルちゃんだぁ!!エルちゃんが、生きてる!!生きてるよぉ!!」

 

さっきまで悲しかったのに、いきなり嬉しくなって、生きているのが信じられなくって…。でも嬉しくて…佐天は、自分の感情がどこかグチャグチャになっているのを感じながらも、それでもエルが生きていたことを神様に感謝した。

 

「バ…バカナ…。テメェハ死ンダ!死ンダハズダ!!生キテイルハズガネェ!!」

 

一方の音石は、目の前で起こった奇跡に、戸惑いを隠せないでいた。

死んだのに!全身から血を流して死んだのに!!これでは、佐天にトラウマを植えつけられない!計画が、全てオジャンだ!そう思い、ワナワナと体を震わせた。

 

「…生まれて初めて知りました…。誰かを、これ程までに許せないと思う感情を…。この感情を、誰かにぶつけたいと思う自分を…。これが『怒り』と『憎しみ』という感情なのですね…」

 

そういって少女・エルは、音石を睨み付け、対峙する。

 

「…許せません。孝一様をいじめる人は、誰であろうと、許しません」

 

「ウルセエッ!!許セナキャ、ドウダトイウンダ!!ソノネズ公ガテメエノ能力ナノカ!?ソンナ貧相ナ能力デ、俺様に楯突コウナンテ十年早インダヨ!!殺シテヤル!!モウ一度、アノ世ニ送リ返シテヤル!!」

 

音石が孝一の体を地面に落とす。そして右腕から電撃を放とうと、エルに身構える。

 

「…アル。お願いします」

 

「チュチュッ!チュー!!!」

 

エルのお願いに、アルが胸を大きくのけぞらせて、叫ぶ。

 

その瞬間。

 

ズワァァァァァァァァァ!!!

 

エルの影の中から、大量の黒ねずみ達が姿を現した。

その様子は、まるでネズミの噴水のようである。次から次へと、黒ねずみが湧き出してくる。

あたり一面が、黒い絨毯のように黒一色に染まる。その数およそ300匹!

 

その300匹のネズミが一斉に音石のほうへ、狙いを定める。

その顔つきは、凶暴そのもので、目は凶悪に赤く光っている。

 

「チューーーーー!!!!」

 

そして、アルの号令と共に、黒ネズミたちは一斉に音石に襲い掛かっていく。

 

「ウッジャァアァァァ!!!!」

 

「!!」

 

音石が右腕から電撃を発生させ、ネズミ達に攻撃を仕掛ける。しかし、多勢に無勢、倒せたのは最初の数十匹程度、後から後から湧いてくる黒ネズミたちに、成すすべがない。

 

…音石の体が、少しずつ喰われていく…

体に穴をあけられ、その中から侵入され、体内の、重要な器機が少しずつ食べられていく…

 

ズシィィィィン

 

足の膝関節を食われ、音石が地面に膝をつく。やがて、腰から下が完全になくなると、ネズミたちは一斉に音石の体を覆い尽くす。そして--

 

バリッ、バリィィ!!

 

ネズミたちの背中が割れ、中から昆虫のような羽根を出現させる。そして--

 

ブィィィィィィィッィイィ!

 

一斉に羽を羽ばたかせる。

 

そのとたんに音石は絶叫をあげる。

 

「ウギャァァァァァァ!!!」

 

音石の体から煙が上がる。そして、どろりと体が溶け始める。まるで音石の体がアメ細工にでもなったかのようにその体は溶け、音石は灼熱の泉に沈んでいく…

 

(ソ、ソンナ…コンナ簡単ニ、俺ガ…俺様ガ…。ヤラレルナンテ…。コノママ死ンダラ、俺ハ何ノ為ニ生キタンダ?誰ニモ知ラレズ、クタバルナンテ…。嫌ダ!誰ニモ覚エテモラエズ、コノママ死ンデイクナンテ、ソンナノ、寂シスギル…嫌ダ!…嫌ダ…イ、ヤ…)

 

「…」

 

一瞬、音石の体がスパークを起こし、電流が辺りに飛び散る。しかしそれだけだった。やがて音石の体は、完全に溶けてなくなり、後には、溶岩のような灼熱の池だけが残った…

 

「孝一様…」

 

エルはゆっくりと孝一のほうへ歩み寄ると、膝を折り、孝一を抱き寄せた。

 

「孝一様、安心してください。悪い人は、いなくなりました。早く病院へ行きましょう。きっと、元通りになります」

 

「うわああああああん!!エルちゃあああああん!!!」

 

そんな時、佐天が背後からエルを抱きしめた。まるで本当にエルが生きているのか、確認するように、強く強く抱きしめた。

 

「あう…。涙子様。苦しいです…」

 

「何よ!私なんて、もっと苦しかったんだからね!?エルちゃんが死んだと思って、苦しくて、辛くて、胸が張り裂けそうだったんだから!!」

 

そういって涙を流しながら、エルの頬と自分の頬を摺り寄せる。

 

「…すみません。ちょっと、天国へ行っていました…。そこはとてもキレイな所で、そこで妹達に合いました。そこで、エルも一緒に暮らすのだと思っていたら…励まされてしまいました…。エルは、もっと生きないと、だめだそうです…涙子様…エルはこのまま…」

 

「『…生きていてもいいのでしょうか?』何ていったら、怒るからね?…エルちゃん。生きるのに、許可なんて要らないんだよ?誰だって、生きて、幸せになる権利が、あるんだから!ないって言うんなら、私達が与えてあげる!エルちゃんは、幸せになる権利がある!このままずっと、私達の友達として、生きていて良いんだよ!だから、もう、そんなこといわないの!」

 

エルを後ろからぎゅっと抱きしめたまま、佐天はエルにそういって、叱る。エルは短く「…はい」とだけ答えると、そのまま黙ってしまった。ここからではエルの顔は見えなかったが、声が涙声だった。恐らく泣いているのだろう。このまましばらく、余韻に浸りたかったが、そうも言ってられない。こっちには重病人がたくさんいるのだ。早く、病院に連れて行かないと…

佐天はそう思い、エルと一緒に、孝一の肩を持ち、ゆっくりと歩き始める。佐天自身も、足を挫いているため早く歩けないが、それでもここにいるよりはマシだと思った。

 

 

…その後姿を、憎憎しげに見つめている人物がいる。彼は拳銃を持ち、彼女達の後を追って、歩く。

 

 

…これはエルにとって、ある意味通過儀礼となる対峙。

誰かの操り人形だった彼女が、完全に解き放たれるために、必要な儀式。

その瞬間は、今、もう、目の前に…

 

 

 




エルのスタンドの元ネタは、ホラー映画の「フェノミナ」です。
当初は昆虫型のスタンドをイメージしていたのですが、なんかグロイかなぁと思い、はつかねずみになりました。背中に羽があるという設定は、昆虫をイメージしていた時の名残です。

以下はエルのスタンドのステータスとなります。

スタンド名:アルジャーノン
本体:エル

破壊力:B(これは牙による攻撃。必殺技は、A)
スピード:B
射程距離:A
持続力:A
精密動作性:E(ただし、アルに"お願い"した場合はC)
成長性:C

リーダーの白ねずみ(1匹)と、部下の黒ねずみ(300匹近くいる!)からなる群体型のスタンド。黒ねずみは非常に獰猛で好戦的な性格。また、悪食で何でも口にする。一度敵だと認識したものには、躊躇わずに攻撃を開始する。
攻撃手段は、ギザギザ状の頑丈な歯。ダイヤモンドよりも硬く、コンクリートくらいなら簡単に砕くことが可能。
基本的に、リーダーの言うことしか聞かないため、エルは黒ネズミを操作することは出来ない。しかし、唯一意思疎通が可能な、リーダーの白ねずみに"お願い"することで、ある程度のコントロールは可能になる。

必殺技は、『熱殺』。集団で相手を取り囲み、一斉に羽を震わせることで発熱を起こし、相手をどろどろに溶かすことが出来る。ただし、一度この技を使うと、黒ねずみの数が極端に減ってしまう為、一日に一回が限界である。











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