もう少しお付き合いくださいませ。
「くっそぉぉ!!足が、足が痛てぇよぉぉぉお!!」
ズルズルと痛む足を引きずりながら柳原は一人愚痴を垂れる。
(あのガキを甘く見ていた。まさか、能力者だったとは・・・・・・)
柳原はとにかく金品を物色中であるはずの大泉と合流するべく、彼のいる4階へと足を進めていた。今の彼はとにかく何かに当り散らしたかった。その対象として大泉の存在がいつもあった。
柳原はこれまでにも何度も、機嫌が悪いと大泉に八つ当たりをしていた。だがそれを大泉はいつも笑顔で受け流してくれていた。彼がこれまでコンビを解消しなかったのは、大泉のそういう所が気に入っていたからである。
「・・・・・・大泉?」
その大泉が4階の階段下でうなだれていた。表情は後姿なので見えないが、服が血まみれだ。そして、うなだれた上のほうの窓ガラスが割れており、カーテンがゴオオ、と嵐の音と共にたなびいている。廊下も雨のしずくで水溜りが出来ていた。
「大丈夫かよ?おい、大泉・・・・・・」
どこか怪我でもしたのだろうか?柳原はそう思い、大泉の方に手をかける。すると--
ゴロリと
彼の頭がまるでボール玉の様に転がり、柳原のクツにぶつかった。
「ヒッ!」
思わず柳原は尻餅をついてしまう。
誰が?
なぜ?
どうして?
まったくわけが分からない。
「・・・・・・あ~あ、取れちまった。せっかくキレイなオブジェだったのに・・・・・・」
思考がうまく働かず混乱した柳原に追い討ちをかけるように、彼の後ろの方で声がする。
そこにはかなりガタイのいい大男がいた。ソイツは怪我をしているのか、服に大きな血のシミを作っていたが、さほど気にしてはいなかった。その男は腕組みをしながらニヤニヤと、柳原の無様な様子を見てほくそ笑んでいる。
「お、おまっ・・・・・・お前がやったのか!?大泉を!?どうして!」
「俺じゃあねえよ。このドジは大方、敵の攻撃を受けたんだろうぜ。ま、ご愁傷様といったところかな。そんなことより、自分の心配をしたほうがいいぜぇ~」
そういうと、大男は柳原を素通りして大泉の死体の前にしゃがみこみ、四つんばいの状態になった。そして
ズジュルルルルルッ、と死体から湧き出ていた血をすすりだした。
「オエッ・・・・・・!!」
あまりの衝撃と気持ち悪さに、柳原は吐き気を催した。大男はそんな柳原を尻目にスクッと立ち上がると--
「な、なにすんだ!?やめ・・・・・・!!ムグゥ・・・・・・!!」
大男は柳原の唇を奪った。そして、口に含んだ血液を柳原の体内へと流し込む。とたんに鉄の嫌なにおいが口中に広がる。同時に、自分の意識がだんだんと薄らいでいく。
「ん・・・・・・ガ・・・・・・ぁ」
プハっと大男が唇を離す。その口にはクチャクチャと先ほどの血液とは違う何かが入っている。
「いけねぇいけねぇ・・・・・・思わず”喰”っちまったよ」
そういってブッ、と吐き出した先には、噛み千切られた柳原の唇があった。
「・・・・・・」
あまりの激痛に、”何故”か柳原は耐えていた。いや、”何”も感じてはいないようだった。その証拠に、彼は白目を剥きながらもスクッと直立不動の体制をとり、大男の命令を待っているようだ。
「覗かせて貰うぜ、お前の”脳みその記憶”・・・・・・ガキが3人にジジイとババアが2人か、そのうちの一人は、俺と同じような”能力”をもってやがるのかぁ。だが、俺様の敵じゃあねえぜ、この俺の”アクア・ネックレス”の前じゃあなぁ!!」
大男こと”片霧安十郎”(かたぎりあんじゅうろう)はそういうと、血にまみれた顔で、ほくそ笑んだ。
「おねえちゃん。おしっこ」
「ん~?」
食事を終え、音瑠と人形遊びをしていた涙子は途中で疲れて寝てしまったようだ。音瑠がゆさゆさと肩をゆする声で、その意識を取り戻す。
「おしっこいきたい」
音瑠はもじもじとふとももをすり合わせている。どうやらそうとうガマンしていたようだ。
「大丈夫?我慢出来そう?」
「ん・・・・・・だいじょぶ。がまんできる」
音瑠は「んっ」と顔をこわばらせて涙子にそういうが、色々と危なそうだ。
「よし。じゃあ急いでいっちゃおうか?」
涙子は音瑠の手をとりドアの鍵を回す。その時、ふっと頭の片隅に、あの柳原の下卑た笑い顔が浮かんだ。
(まさか、待ち伏せしてないよね?)
その不安を払拭するように頭をブルブルとふり、涙子はドアを開けた。
ォォォォォォォォォォ・・・・・・とまるで何かのうなり声の様に外で風の音が聞こえる。そしてそのたびにガタガタと窓ガラスが振動する。
涙子と音瑠は夜の薄暗い廊下を二人手を取り合い進んでいく。
「音瑠ちゃん大丈夫?こわくない?」
涙子は努めて励ますように音瑠に声を掛ける。というより声を掛けないと自分のほうが怖くてしょうがない。
「だいじょぶ!”トト”もいっしょだもんっ」
音瑠は一緒に連れてきたクマの人形をぎゅっと抱きしめながら、涙子に答える。
この人形は最初にこの屋敷に来た時にあの老夫婦から貰ったものである。音瑠はこのクマの人形をトトと名付け、以来片時も手放さなかった。
(それにしても、夜の廊下って何でこんなにも気味悪いんだろう・・・・・・)
涙子が音瑠と同じ位の年齢だったとき、夜は悪魔や妖精が支配する世界だと本気で信じていた。夜の闇には得体の知れない何かがいて、つねに涙子をこちらの世界に引き込もうとしている。そう思っていた。それは昔に見た怖い話や童話の影響なのだが、実は今でも信じているフシがあるのだ。
「”るいこちゃん。だいじょうぶだよっ。いざとなったらボクがまもってあげるよっ”」
音瑠がトトをぴょこぴょこ動かし、さっきやっていた人形遊びの続きをする。きっと不安そうな顔をしていた涙子を元気付けるためだろう。
「あはは。”うれしいっ。そのときはよろしくねっ。トトちゃん”」
涙子も音瑠の遊びに乗ってそう答える。そうゆうやり取りをしているうちに目的のお手洗い場までたどり着いてしまった。
「一人で大丈夫?付いていこうか?」
「だいじょぶっ。トトがまもってくれるもんっ」
音瑠は元気な声でそういうと、バタンとトイレのドアを閉めた。と思ったら再びドアを開けた。しかし出てきたのは人形のトトだけである。
「?」
「あのね。トトがおはなしあるんだって」
そういって音瑠はトト揺らし、涙子に話があることを告げる。さっきの人形遊びの延長だろうか?
「”なあに話ってトトちゃん”」
涙子はとりあえず話しに乗ってみることにする。するとトトはこんなことを言ってきた。
「”・・・・・・正直言って、現状はかなり厳しい・・・・・・。君達がどちら側なのか。童心を持った人間なのか、判断付かないのだ・・・・・・。気をつけることだ、これからの自分の行動に・・・・・・”」
「・・・・・・え?」
バタンという音だけを残し、唐突にドアは閉められた。
後には静寂と闇・・・・・・
そして風の音だけ・・・・・・
「クスクスクスクスクスクス」
何かの笑い声が聞こえる。その声は最初、とても小さく、そしてやがてはっきりと孝一の耳元に届いてきた。柳原を追い払った後、ヤツが報復をしに再び襲ってこないかと気を張って監視していたのだが、そんな様子は見られなかった。だがそれと同時に、孝一のエコーズact1が何かを感知した。それがこの笑い声だ。
孝一はエコーズを自身の部屋の外に出し、まるで監視カメラの様に外の情景を見ていた。異常が見られたのは涙子と音瑠が自室のドアを開けた後。彼女達の後を追いかけるように、小さな物音や笑い声が次第に増えていく。そしてついにその姿を捉えた。
「うそだろ・・・・・・」
それは人形だった。それも一体じゃあない。大量の、ラルフが作った手作り人形の群れが、それぞれ武器を片手に涙子達の後を追いかけているのだ。そしてトイレのドアの前で音瑠が出てくるのを待っている涙子に向かって--
「くそっ!」
孝一はいてもたってもいられなくなり、ベッドから飛び上がる。だがそこにも笑い声が木霊する。
「ギギギギギッギッギギギィ」
「ケケケケケケケケケエエケケケケケケケケェ」
「ホホオホオホホオホホホオオホホホホホホォ」
アンティークの隣や棚の上に鎮座してあった人形達が、一斉に孝一めがけて襲い掛かってきた。
あるものは待針で、あるものは鉛筆で、あるものはハサミで、孝一に飛び掛る。
「うわあぁッ!」
孝一はとっさにベッドのシーツを掴むと、襲ってくる人形にかぶせる。そしてその隙にドアノブを回し外に出た。
「ハァッ。ハアッ!!」
孝一は走る。涙子がいる場所まで。トイレまでの距離はそう遠くない、すぐにたどり着ける。だがその為には、あの人形の群れを飛び越える必要がある。
だが廊下いっぱいに広がっているやつらをどうやって飛び越える?
ヤツラとの距離、約10メートル!!
考えろ。
考えるんだ。
広瀬孝一!!。
(そうだ!!)
孝一はエコーズact3を呼び出すと、人形達がいる廊下の壁付近に浮かばせた。
5メートル!!射程距離内!!
そして、孝一自身も壁に向かいジャンプした。
「act3!!ボクを思いっきり引っ張れ!!そして・・・・・・!!」
act3が孝一の左腕を掴み--
「思いっきり放り投げろぉ!!」
孝一はact3の腕力により、人形達を追い越し、そのまま涙子達の下へ向かう。
「佐天さん!!」
「孝一君っ!ドアがっ!ドアが開かないの!!この中に音瑠ちゃんが!!」
「危ないからどいて!」
孝一は必死の形相の涙子をなだめ、act3でドアノブを破壊する。
「・・・・・・お前っ!?」
--そこには虚ろな目をした柳原と、彼に首をつかまれ身動きが取れない音瑠がいた。
--同時刻
屋敷の玄関をノックするものがいた。
「はいはい。おまちください。今開けますよ」
そういって、笑顔を浮かべて来客を歓迎しようとするロルフだったが、開閉早々出迎えたのは、自身に向かって振り下ろされる大型のハンマーだった。
「ッ!!」
ゴキンッと鈍い音がし、ロルフはそのまま動かなくなった。
「おっおじいさんっ」
慌てて駆け寄ろうとするメイソンだったが、直後、大男が取り出したロープにより首を絞められ、それは叶わなかった。
「グッ・・・・・・ガッ・・・・・・」
やがてビクビクと痙攣すると、彼女はそれきりピクリとも動かなくなった。
横たわる老人と老婆の死体を尻目に、大男こと、片霧安十郎は堂々と玄関から侵入を果たした。
「・・・・・・わざわざ玄関から入り直してやったぜ。後3人。お楽しみはこれからだ」
そういって安十朗は狂気にも似た表情を浮かべ、2階を見上げた。
片霧安十郎さんの登場です。片”霧”なのはやはりパラレルワールドであるがゆえ。
ある意味物語を手早く進めるための燃料投下キャラです。
彼がどうしてこの世界に来たのかは、次の話で。