広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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ついに完結です。いつも思っている事ですが、ホント、エネルギー使うなぁ・・・・・・


解放

 アンジェロを殺すことは出来ない。そんな覚悟も責任も負えない。

 

 かといって気絶させれるという保証もない。

 

 だったら・・・・・・自分の心のままに動こう・・・・・・

 

 正しいと思うことをするんだ。

 

 自分の脳天に目掛けて振り下ろされるハンマー。それを見た刹那、孝一は決断した。

 

 act3を体内に戻し、替わりにact1を出現させる。

 

「ムゥッ!? 形状が変わった?」

 

 エコーズの突然の変化に一瞬戸惑うアンジェロ。その隙にact1は両手から文字を形成する。作りだした文字は夏の祭りなどで打ち上げられる花火の音。遥か上空からでも下っ腹に衝撃が起こるそれを、柳原の体に貼り付ける。そうすれば、中に潜んでいるアクア・ネックレスといえどもただでは済まないだろう。だが、これを行えば、柳原に拘束されている涙子と音瑠もただではすまない。それでも、現状を脱するためには、この方法しか今の孝一には思いつかなかった。

 

「いけえっ! act1っ! 柳原に文字を貼り付けろっ!」

 

 エコーズが柳原にむけて文字を投射しようとした直前・・・・・・!

 

「うああああんっ。 孝一君っ!! たすけて!!」

 

「えっ!?」

 

 柳原の拘束から逃れた涙子が孝一の所に・・・・・・。エコーズの斜線上に走りよってくる。そしてガシッっと孝一に抱きついた。

 

「え・・・・・・? え・・・・・・?」

 

 あまりに突然のことに、孝一は涙子の行動を阻止できなかった。涙子はガッチリと孝一を捕まえ、離さない。

 

「切り札ってもんは、最後までとっとくもんだよなあ。お互い・・・・・・」

 

 その声がし終わったとたん、孝一の後頭部にアンジェロの放ったハンマーが打ち下ろされた。

 

「俺がアクア・ネックレスに憑り付かせていたのは、始めっからこの女だったんだよぉ! 柳原は脅して従わせていただけだ。やっぱりお前はアマチュアだぜ。戦い方ってもんを知らねぇ! 世の中、騙しあいなんだぜぇ!?」

 

 アンジェロは最初からまともに戦うつもりはなかったのだ。彼は当初、act3が柳原を攻撃したのなら、その瞬間涙子の体を食い破り、act3に襲い掛かるつもりだった。一瞬の隙を突けば、倒せない相手ではないと踏んだのだ。しかし、孝一はエコーズをアンジェロが今まで見たことのない形状--act1--へ変化させた。これを見て直感的にヤバイものを感じ取ったアンジェロは、涙子を操作し、孝一の前に躍り出させた。涙子の記憶を読んだ限りでは、この孝一は少なからずこの女に好意を持っている。そんな彼女が目の前に躍り出たら、必ず油断する。アンジェロはそう踏んだのだ。・・・・・・結果、その通りになった。

 

 孝一は床に倒れこみ昏倒し、アンジェロがその場に立っている。それが全てだった。

 

 アンジェロは自身の勝利にしばし酔いしれていると、やがて冷静さを取り戻し、残された獲物を見定める。とはいっても、残っているのは音瑠一人だけなのだが・・・・・・。

 

(これじゃあ、おもしろくねえな)

 

 そう思ったアンジェロはアクア・ネックレスに命令を出す。

 

「う・・・・・・。げぇえっ・・・・・・!!」

 

 とたんに涙子の口から、アクア・ネックレスが排出される。ビチョ、っと床に産み落とされたそれは、ガサガサと生物の様に動き、柳原の喉元に飛び掛った。

 

「ぞ、ぞんば(そんな)!? ぎょうりょぐ(協力)じだら。だずげでぐでるっで」

 

 鮮血が当たりに一面に撒き散らされる。

 

「約束? ああすまん。そりゃ嘘だ。俺は始めからお前を助ける気は、さらさらなかったんだ」

 

「ひ、どおぉ・・・・・・。ゲヴォォオオ!?」

 

 それが柳原の最後の言葉になった。彼はアクア・ネックレスによって喉元を食い破られ、そのまま絶命してしまった。

 

「さて・・・・・・そろそろ正気に戻ったかい。お穣ちゃん? あのままアクア・ネックレスで体内から食い破っても良かったんだが、それだとぜんぜん面白くネェ。だから、”あえて”元に戻してやったぜ」

 

 アンジェロはゲホゲホと床に吐瀉物を吐いていた涙子に、話し掛ける。

 

「げほっげほっ。あ・・・・・・れ・・・・・・?あたし、なんで・・・・・・?」

 

 柳原に拘束されて、それからの事が思い出せない。涙子がしばし混乱していると、いつのまにか涙子の体に音瑠が抱きついていた。

 

「音瑠ちゃん・・・・・・?あたし・・・・・・」

 

 --どうしてここに? そう訪ねようとして、涙子はハッと目を見開いた。そこにハンマーを持ったアンジェロがこちらを見上げでいたからだ。そして、その足元には孝一が・・・・・・

 

「いやあぁぁぁっ!!? 孝一君っ!!!?」

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・あぅ・・・・・・」

 

「おっ。まだ生きてる。しぶといねぇ。・・・・・・どうやら当たり所が悪かったみたいだ。あ~あ。ヘタに抵抗しなけりゃ。楽にあの世に行けたのによぉ。って、聴こえてねぇか・・・・・・」

 

 そういってポイッとハンマーを投げ捨てたアンジェロ。

 

「あのボウズは後できっちり殺すとして・・・・・・ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、なぁ!!」

 

「あぅっ!!」

 

 アンジェロは音瑠の首を掴むと、そのまま自分の顔の所まで高々と持ち上げる。まるで首を吊っているような形になり、苦しさのあまり音瑠が足元をジタバタとさせる。

 

「あッ・・・・・・ぎッ・・・・・・」

 

「そっちの嬢ちゃんは逃げていいぜぇ。鬼ごっこをしよう。俺がこのガキをバラバラに解体し終えたらスタートだ。どこに隠れようが、必ず探し出してやるからよぉ。せいぜいうまく隠れるんだな」

 

 そういって涙子に一瞥をくれると、音瑠の首をさらに強く締め上げた。

 

「ガキの体は柔らかくってよぉ。ちょっと締め上げるとすぐに首の骨が折れるんだ。ニワトリ締め上げんのと同じで、”コキッ”てよぉ」

 

「やっやめてっ!!代わるからっ。私が代わりになるからっ!!音瑠ちゃんを離してっ!!」

 

 そういって涙子はポカポカとアンジェロの体を殴りつけるが、まるでアリがゾウに挑むようなもの。その攻撃は、アンジェロにはまったく届いていない。だが、さすがに耳元でギャアギャと騒ぎ立てられるのは、うっとうしい。

 

「うるさいよ。お前」

 

 そういうと、まるで虫を払うかのように左の手のひらで涙子の頬を打った。

 

「ガッ・・・・・・!?」

 

 衝撃で涙子は壁に頭を打ちつけ、そのまま起き上がって来なくなった。

 

「いけねぇいけねぇ。強く殴りすぎたかな?気絶させちまったよ。おい、起きな。これじゃ面白くねぇだろ。俺を楽しませろよ。おいっ」

 

 そういって、アンジェロはおもちゃを捨てるかのように、ポイッと音瑠を放り投げると、涙子の元まで近寄り、バシバシと頬を2、3度打った。

 

 

「ゲホゲホっ!・・・・・・。う、うぅぅぅぅ」

 

 アンジェロから解放された音瑠は、ずるずると四つんばいで這い、アンジェロからより遠くに逃れようとする。音瑠には訳が分からなかった。突然入ってきたこの大男がいきなり孝一と涙子に襲い掛かり、自分をどうにかしようとしているのだ。不意に、音瑠は童話で読んだある生き物を思い出した。

 

 --悪魔--

 

 姿形こそ違えど、凶器の表情を浮かべ音瑠達を襲ってくるアンジェロは、まさにそれだった。

 

(たすけてっ。たすけて!ぱぱ、ままっ!!こういちおにいちゃん、おねえちゃんっ!)

 

 だが、彼女を助けてくれるものは、誰もいない・・・・・・

 

「ひっ、ひっぐ・・・・・・。うえぇぇぇぇぇ・・・・・・」

 

 とうとうこらえきれなくなり、音瑠は泣き出してしまう。

 

 その時--

 

「・・・・・・ととっ!!」

 

 床に落ちた人形のトトが音瑠の視界に入った。音瑠は必死にトトに所まで這いより、ぎゅっ、とその胸の中に抱きしめる。

 

「トトっ! トトッ!! うええええええん!!」

 

 自分を守ってくれる人間は、もういない。彼女にとって、頼ることが出来るのはもはや人形のトトだけだった。

 

 「トトッ!あくまがっ、あくまがでてきたのっ。あくまがでてきてこういちおにいちゃんと、るいこおねえちゃんにひどいことしたのっ!!こんどは、ねるのばんなのっ。おねがいっ。ねるたちを、まもって!!」

 

「・・・・・・なにをぶつくさ言ってんだ、ガキィ!?」

 

「ヒッ・・・・・・!?」

 

 声のしたほうを、音瑠がおそるおそる振り変えると、そこには調理用のナイフをもったアンジェロがいた。

 

「あ・・・・・・あぅっ・・・・・・」

 

 音瑠は歯ををガチガチとさせながら、トトをぎゅっと握り締めた。

 

「あの姉ちゃんを起こそうと思ったがよぉ、気が変わった。先にお前をを料理して、その姿を見せて、泣き叫ばせてから殺すことにしよう。・・・・・・そこで、だ」

 

 ギラリと光る調理用ナイフを音瑠の頬に当て、アンジェロはさも名案を思いついたかのように、微笑む。

 

「お前の生皮を、こいつで剥いでやる事にした。生きたまま、じわりじわりと、リンゴ剥くみてぇになぁぁ!!」 

 

「や、やだぁぁあああああああ!!」

 

 アンジェロは音瑠の首を押さえつけ、床に叩き付けると、どこの皮から剥いでやろうか思案する。そして--

 

「・・・・・・決めたっ。頭だ!そこから全身を剥いでやろう」

 

 びゅっ、とナイフを持ったアンジェロの腕が振り下ろされる。

 

「たすけてぇ・・・・・・トトっ!!ととぉ!!!」

 

 

 ブシュッ。 という音と共に、鮮血が当たり一面に飛び散った・・・・・・

 

 

 

 

 

 鮮血が、滴り落ちる・・・・・・。だが、それは音瑠の額ではない。

 

「は・・・・・・? あ・・・・・・?」

 

 それはアンジェロの右腕から。ナイフを持ったアンジェロの腕が第2関節ごとごっそりと削り取られている。いや、噛み千切られている?

 

「・・・・・・とと・・・・・・?」

 

 そこで音瑠は見た。自分の目の前に立ちはだかり、二足歩行で立ち上がっている。クマの人形を。

 

「ウギャギャギャギャギャギャギャ!!」

 

 クマの人形は、音瑠が抱きかかえていた時よりも、倍くらいの大きさに膨らんでおり、ボタンの目は弾け飛び、中からギラリと光るもう一つの目が覗いている。そして、可愛らしい×印の口からは紐が解け、代わりにギザギザ状の、のこぎりのような歯が見え隠れしていた。その口がもごもごと動いて、やがて、ペッと、アンジェロの持っていたナイフを吐き出した。

 

「あああああああ!? お、俺のぉ!?俺のっ、腕がぁああああああぁ!?無くなってるぅぅうううう!?」

 

 あまりの激痛に、アンジェロはこらえきれず絶叫をあげる。

 

 

 

「・・・・・・やれやれ。ずいぶんと破壊してくれたな。アンジェロ君」

 

「ウフフフ。本当に、酷い有様ですこと」

 

「て、てめぇら!?」

 

 そこには先ほどアンジェロが殺害したはずの、ロルフとメンソンが立っていた。二人はニコニコとした表情を浮かべながらこちらに歩いてくる。

 

「・・・・・・何で、殺したはずのワシらが生きているのか、分からないといった顔だな。簡単なことじゃよ。ワシらも人形じゃからな。他の連中と違って、等身大の人形じゃが」

 

「うふふふ。その証拠に、ほら」

 

 老夫婦はそういうと顔に手をあて、にこやかな自分達の顔を”外した”。その中には、脳みそのような気持ち悪い物体が入っており、ドクンドクンと脈打っている。

 

「おや、顔色が悪いが、どうしたんじゃ?ああ、そうか。出血が酷いのか。じゃが大丈夫。君も、もうじきワシらの”仲間”になるんじゃからな」

 

 老夫婦は自分の”顔”をパチリとはめなおすと、諭すようにアンジェロに話し掛ける。

 

「何いってんだ!?てめ・・・・・・グゥ!?」

 

 体がおかしい。体から、ベキベキと、あり得ない音がしだす。

 

「実を言うとな・・・・・・。ワシらが待っておったのは君なのじゃよ」

 

「正確に言うと、あのたのその”悪意”」

 

「最初に来た5人の内、2人はそこそこの悪意のエネルギーの持ち主じゃった。じゃが、それでも少なすぎた。この屋敷を維持するには、もっと多くの悪意のエネルギーが必要じゃった」

 

「そんな時に、あなたが来た--」

 

 老人達は、まるで種明かしをするようにアンジェロに解説する。もっとも、今のアンジェロがそんな事を聞ける状態なのかは別問題なのだが。

 

 

「他者を傷つけても平気な精神力。邪悪な心。存在しているだけで周囲に悪影響を及ぼす負の存在。それはまさしく、純粋な、悪」

 

「あなた一人で、ゆうに10年はこの屋敷を維持する事が出来る」

 

 

「・・・・・・がッ!!!がぎぎっがっがああああ!!!」

 

 だんだんとアンジェロの体がしぼんでいく。そして体が、顔が、セルロイドの人形の様にテカテカと輝きだす。しだいにアンジェロの体が、何か違うものに作り変わっていく。

 

「・・・・・・言い忘れたが、この屋敷で人形に手傷を負わされたものは、強制的に人形に--ワシらの仲間になってしまう。いかに君が抵抗しようが、もう君は逃れられない。」

 

「大丈夫。可愛がってあげるわ。未来永劫、ずっとね」

 

「ア・・・・・・ギ・・・・・・」

 

 やがて、かつてアンジェロだった”もの”は、小さな人形に変身してしまった。ロルフはその人形をひょいッと持ち上げると、状態を確認する。

 

「フフフ。ずいぶん小さく縮んだもんだなあ。アンジェロ。それにしても、清掃員の服とは・・・・・・君は服のセンスがないのぅ」

 

「うふふふふ。あなたにぴったりのお洋服を、用意してあげますからねぇ」

 

 そういうと老夫婦達は、にこやかに笑い声を上げた。

 

 

 

「ウギギギギギギギギ」

 

「グギャギャギャギャギャギャ」

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒイヒ」

 

 気が付くと老夫婦の周りにはたくさんの人形達が集まっている。そして、あの兵隊型の人形も・・・・・・

 

 彼らは昏倒している孝一と涙子を取り囲み、一斉に銃を構えている。

 

 ・・・・・・生存者は、誰一人として生かして帰す気がないらしかった。そして、隊長の人形が持っているステッキを振り下ろし--

 

「やめてぇぇぇぇええええ!!!」

 

 音瑠は近くに倒れていた孝一の体にのしかかるようにして抱きついた。その瞬間、兵隊人形の銃口がぴたりと止まる。音瑠の願いをかなえたわけではない。音瑠の前に、銃弾をさえぎるように立ちふさがった”トト”を

みて、攻撃を止めたのだ。

 

「おやおや・・・・・・驚いたな。お前がそんなにこの子に肩入れするとは・・・・・・」

 

 ロルフは両手を広げて立ちふさがるトトを見て感心する。

 

「一緒にいる内に、情が移ったのかい?」

 

 にこやかな顔でメイソンが尋ねる。その問いに、トトは、コクリと頷く。

 

 それを見たロルフはニンマリと笑い、

 

「なるほどなるほど。情が移ったか。結構結構。お前にここまで思わせるとはなあ。童心を忘れない、純真な子がまだ存在していたとは驚きだよ・・・・・・」

 

「・・・・・・皆どうかしら?当面のエネルギーは確保できた事だし。これ以上の搾取は意味がないと思うの。ここは同志の顔を立てて見逃してあげましょう?」

 

 老人達は周囲の人形達にこう呼びかける。

 

「ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ」

 

「ブツブツブツブツブツブツ」

 

 人形達の小声が辺りに木霊する。音瑠達をどうするのか、協議中らしい。やがて、しばらくの静寂の後--

 

「・・・・・・」

 

 人形達は、一人、また一人と、ゾロゾロとその場を後にしていった。

 

「ありがとっ。・・・・・・ひっく。ありがとう、おじいさん。おばあさん。」

 

 両目に涙をいっぱいに浮かべて、音瑠は感謝の言葉を老人達に贈った。

 

「礼には及ばんよ。ワシらはルールに従っただけじゃ。一人の意見はきちんと聞いて、必ず全員の総意とする。仲間同士じゃ争わん」

 

「それに、私達は悪意を持った人間も大好きだけど、それと同じくらい、童心を持った人間も大好きなの」

 

 そういうとメイソンは音瑠の両目に手を当て、目を閉じさせる。

 

「さあ、ゆっくりと息を吸って、心を落着かせなさい。今まで起きていたのは、ただの夢。怖い悪夢。朝になれば、全てを忘れて元通り--」

 

「・・・・・・あっ・・・・・・」

 

 そういって、何かのスプレーを音瑠に吹きかける。すると、急激な眠気が音瑠を襲い、そのまま深い眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・怖い夢を見た。

 

 だが、その内容は忘れてしまった・・・・・・

 

 

 昨日の夜、あれ程猛威を振るっていた嵐は、今朝になると綺麗さっぱり消え去っていた。孝一達は寝ぼけ眼の目をこすり、ラルフ達と朝食をとる。何故だか頭がガンガンする・・・・・・。まるで何かに殴られたみたいに。昨日、寝ぼけてベッドから落ちてしまったのだろうか?

 

 そういえば大泉と柳原の両名がいない。その理由を尋ねると、彼らは早朝、朝早くに出発してしまったらしい。なんでも、抜けられない大事な用事があるとかないとか・・・・・・

 

 

「・・・・・・それじゃあ、僕達はこれで失礼します。どうもありがとうございました」

 

「ロルフさんにメイソンさん。本当にありがとうございましたっ」

 

「おじいちゃん。あばあちゃん。ばいばーい」

 

 孝一達はそれぞれに老夫婦にお礼を述べる。

 

「なんのなんの。久しぶりに若い人のエネルギーを分けてもらって、わしらもいい気分転換が出来た」

 

「又いつでも来ていいのよ。うふふふ」

 

 二人は寄り添うようにして、笑顔で孝一達を見送ってくれる。

 

「・・・・・・そうそう、実は昨日、新しい人形を作ったんじゃ。ちょっと見てみるかい?」

 

 屋敷を出る直前。ラルフはそういって3体の人形を孝一達に披露してくれた。

 

「え?」

 

「これって・・・・・・?」

 

「ヒウッ・・・・・・!」

 

 三者三様の表情を浮かべて孝一達は人形を見た。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 その人形の一体はちぎれた首を補強するため、糸が何重にも縫い付けてあり、もう一体の人形は、造りかけなのか、唇の辺りがちぎれたようになっている。そしてもう一体・・・・・・

 

 その人形は右腕に鍵爪を装着しており、見るからに凶悪そうな顔をしている。

 

「あ・・・・・・あうっ・・・・・・」

 

 何故かそれを見た音瑠が、ガチガチと歯をならし、肩を震わせている。その顔は、どこか青い。いや、それ音瑠だけではない。孝一と涙子も同じだった。何故だろう?この人形を見るたび、震えが止まらないのは・・・・・・。

 

「フフフ。他の2体にはまだ名前を付けとらんが、コイツにはもう付けてあるんじゃ。”アンジェロ”。どうじゃ?いい名前じゃろ? そら、アンジェロ。ご挨拶じゃ」

 

 すると人形の口がパカっと開き、孝一達に挨拶を披露した。

 

「・・・・・・ウ・・・・・・ギ・・・・・・アバヨ、クソガキ」

 

「!?」

 

 その声を聞いたとたん、孝一達は屋敷のドアを勢い良く開け、逃げ出すようにして外に駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

                    ◆◆◆◆◆

 

 

 

「ありゃ?」

 

「へ?」

 

「うりゅ?」

 

 気が付くと、孝一達はビルの裏街道で突っ立っていた。だが、なんでこんな所にいるのか、思い出せない。何かすごい怖い思いをした気がするのだが・・・・・・

 

「・・・・・・あの」

 

 すると孝一達の背後で女性が声を掛けてきた。

 

「うひゃあっ」

 

 それがあまりに突然すぎたので、孝一達はビックリしてピョンと後ろに飛び上がってしまった。

 

「ご、ごめん。その、脅かすつもりはなくて・・・・・・」

 

 孝一達に声を掛けた人物は申し訳無さそうな表情を浮かべて孝一達に謝罪する。それは、ショートカットが良く似合う女性だった。年齢は孝一達より少し上といった感じだろうか。きりりと引き締まった目元とその表情は、どことなく頼りがいがありそうな大和撫子といった感じだった。きっと和服を着たらすごく似合うだろう。

 違和感があるとすれば彼女が軍服の様なモノを着込んでいることだ。襟元の企業ワッペンには、組織の名称だろう。”S.A.D”という刺繍が施されていた。

 

(S.A.D? 聞いた事のない名前だな。どっかの警備会社かな?)

 

 孝一の疑問を尻目に、女性は質問を続ける。

 

「実は、この辺で怪しい男を見なかったかな? 大柄で、身長180cmくらいの、清掃員の格好をした男なんだけど・・・・・・」

 

 

 清掃員? 

 

 大柄? 

 

 身に覚えがない・・・・・・ハズなのに、心臓の動悸が激しくなる。

 

 何故だろう?

 

 だが、わからないものは分からない

 

 孝一達は正直に、「分からない。そんな男、見たことも聞いたこともない」と女性に問いを返す。

 

「・・・・・・そうかぁ。ごめんね。ありがとう。・・・・・・はぁ・・・・・・無断で犯人を追いかけた挙句、取り逃がすなんて・・・・・・隊長が知ったら、また胃に穴が開くなぁ・・・・・・ごめんね。たいちょー」

 

 女性は、がっくりと肩を落とすと、とぼとぼと項垂れながらその場を後にした。どうも、メンタル面が弱い女性のようだ。

 

「なんだったんだろう? あの人?」

 

「・・・・・・さあ?」

 

 孝一と涙子は互いに顔を見合わせて、苦笑するしかなかった。

 

「・・・・・・うう~。おかーさん。おとーさん」

 

 くぃくぃと孝一のズボンを引っ張り、涙目になった音瑠が孝一達に抗議する。

 

「あ」

 

「そういえば・・・・・」

 

 そうだった。これから音瑠をジャッジメント本部まで連れて行くんだった。何で忘れてたんだろう?

 

 ・・・・・・まあいい。思い出せないって事は、たいしたことじゃないんだろう、きっと。

 

 孝一はそう思い直し、涙子と音瑠を一緒に、ジャッジメント本部へと向かった。

 

--その後。音瑠は両親と無事再会できたことをここに記しておく。

 

 

エピソード・異世界の屋敷 END

 

 

 

 

 

 

 

 

--その屋敷は、次元の狭間にある世界に存在しています。

 

 その屋敷がいつから存在しているのか、誰が作ったのか、知っているものは誰もいません。分かっているのは、屋敷が自身の活動エネルギーを得るために、数年から数十年に一度、現世に現れる必要があるということだけです。

 屋敷は人間の悪意が大好きです。そして寂しがりやです。その為、迷い込んだ旅人の悪意のエネルギーを抜き取ったら、人形という形で自身の僕としてしまうのです。

 この屋敷は今も次元の狭間を揺蕩い(たゆたい)続けています。未来永劫・・・・・・

 

 

 

 

 

 ここではないどこか。

 今とは違う時間。

 

 ある山奥で、一組の夫婦と子供が道を歩いていました。彼らは、旅の途中に車がエンストを起こし、近くの民家へと助けを求めに行く最中でした。夫婦は仲がとても悪く、車のエンストをお互いのせいだと擦り付け合っています。一緒にいる子供はうんざり顔です。

 そうこうしている内に大粒の雨が降ってきました。辺りは暗くなり、風がびゅうびゅうと吹きすさび、ゴロゴロと雷が鳴り響いています。

 

どこか非難する所はないか?夫婦は辺りを見渡すと、目の前に一軒の古びた屋敷が現れました。こんなに近くにあったのに、今まで気が付かないとは、よほど疲れていたのでしょうか。

 

 夫婦は藁にもすがる思いで、屋敷のドアをノックしました。

 

 すると、中からにこやかな表情をした老夫婦が、彼らを出迎えてくれました--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




終わった・・・・・・。
軽い気持ち出始めた短編集でしたが、思いのほか時間がかかり、大変でした。
本当はもっと登場人物の数も多い物語でしたが、話がダレてくるなと思い、ぐっと少なくなりました。(今思えば、削ってよかったです。)

とりあえず、屋敷のステータスを作ってみました。


スタンド名(?):The HOUSE(ザ・ハウス)
本体:なし

破壊力:なし
スピード:なし
射程距離:なし(屋敷内部ならどこでも影響が及ぶ)
持続力:A
精密動作性:なし
成長性:なし

 次元の狭間を漂うスタンド(なのかは不明)。屋敷そのものが意思を持っており、自身のエネルギーがつきかける数年から数十年の間に現実世界に現れ、獲物を自分のテリトリー内へ引き込む。(その際は屋敷と波長が合う人間でなければならない)。エネルギー源は人間の持つ悪意で、悪意を抜き取られた人間は、その後人形にされ、屋敷の僕として働かなくてはならない。(その際、人間としての自我は殆んど残されていない)

 屋敷には簡単なルールが存在する。
 ①・屋敷を訪れた人間は、屋敷に留まることを疑問に思わない。また、出て行こうとも思わない。(思った瞬間、屋敷の都合の良いように、記憶が書き換わる)
 ②・童心を持った人間は、なるべく襲わない。(あくまで”なるべく”であり、そのときの状況・気分次第な所がある。)理由は、きれいな花はいつまでも愛でていたいという、単純な理由。
 ③・獲物を襲う際は、十分な協議を行う。一体でも異論・反論する人形が出た場合は、全員の同意が得られるまで、協議を繰り返す。

 攻撃方法は、人形の特性によってそれぞれ異なるが、屋敷内で一度でも人形に傷つけられた場合は、屋敷の能力により人形に造りかえられてしまう。

以上です。

とりあえず、あと一回短編を挟んだら、久しぶりに長編をやってみようかと思います。意外と短くなるかもしれませんが・・・・・・
ここまで読んでくれた皆様。ありがとうございました。





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