ある河原にて
ある休日の午後。孝一は河原の土手でゴロリと寝そべり、空を眺めていた。
白い雲と青い空。さわやかな風。河原では、子供たちがラジコンを飛ばして遊んでいた。
そんな気持ちのいい午後だというのに、孝一の表情は暗かった。実は孝一がこの場所にいるのは、ある人物に呼び出されたからなのだが、当の本人は、約束の時間になってもまだ訪れていなかった。
「はぁ・・・・・・」
「はぁ・・・・・・」
ため息が重なったた。孝一が寝そべったまま土手の上を見る。
「あ・・・・・・」
「あ・・・・・・」
ある男子学生と目が合ってしまった。彼はちょうど孝一がいる土手の上を通りがかっており、孝一とまったく同じタイミングでため息をついてしまったらしい。・・・・・・なんというか、少し恥ずかしい。
見ると男性の服は少し薄汚れ、ビニール袋からはグチャグチャに潰れた卵のパックらしきものが見えた。どうやら盛大に転んでしまったらしい。
「派手に、転んだみたいですね」
なんとなく親近感のようなものを覚えた孝一は、何気なくその学生に声を掛ける。
「あはははっ・・・・・・・いやあ、お恥ずかしい。ちょっと野良犬に追いかけられて、その後凶暴女に勝負を吹っかけられて、せっかく撒いたと思ったら、小石に足をとられてこのザマだ。・・・・・・うう~。せっかくタイムセールで勝ち取った、黄金のタマゴちゃんだったのに・・・・・・」
話しているうちに何かがこみ上げてきたのか、学生は顔を歪ませていた。良く見ると目元から涙がにじみ出ていた。
「それは、散々な目に合いましたね・・・・・・」
かける言葉が見つからない・・・・・・。声掛けなきゃ、良かったかな・・・・・・
でも、不謹慎だが、彼を見ていたら自分の悩みが本当にたいした事のないように思えてきた。世の中には、こんなにもついてない一日を送った人物がいるのだ。それに比べたらこれから起こる出来事なんて、どうとでもなる。
「あははは・・・・・・はぁ~・・・・・・。それじゃ・・・・・・。はぁ・・・・・・」
学生はどんよりとした表情を浮かべて、がっくりと肩を落とし、とぼとぼと帰路に着いた。
(さようなら、ツンツン頭の人。あなたのお陰で気持ちが少し、軽くなりました)
孝一は心の中で男子学生に礼をして、彼の後姿を見送った。
◆◆◆◆◆
「ごめん。遅れた」
孝一を呼び出した張本人、御坂美琴が現れたのはそれから30分後だった。彼女は、額から流れる汗をぬぐうと、率直に孝一に詫びを入れた。見ると心なしか、息が上がっている。
「どうしたんですか?御坂さん・・・・・・。寝坊でも・・・・・・」
「孝一君。いきなりでゴメン。 あなたに聞きたい事があるの」
孝一の言葉をさえぎり、美琴は話を進めようとする。その表情は真剣そのもの。一切のごまかしも、言い逃れもきかないという意思がありありと見てとれた。
「あたしはあんまり回りくどい言い方はしたくないから、単刀直入に聞くわ。 ・・・・・・孝一君。あなた、あたしに隠し事してない?」
・・・・・・やっぱりその話だったか。孝一は「ついにきたか」と、心の中で覚悟を決めた。
今から数ヶ月前、孝一はある少女と出会った。彼女は御坂美琴のクローンであり、実験動物として処分される運命だった。そんな運命を嘆いた一人の研究者の手によって、彼女は研究所から逃れることが出来、孝一達と交流を持つようになった。だが、その矢先、組織の手により、彼女は囚われてしまう。孝一はそんな彼女を仲間達と共に奪回したのだが・・・・・・
「・・・・・・大体1ヶ月くらい前かしらね・・・・・・。黒子が寮を無断外泊したの。正直驚いたわ。あの子があたしに連絡もいれず、そんなことをするなんて思いもしなかったもの。そしたら重傷を負って病院に担ぎ込まれたって言うじゃない・・・・・・。ほんともう、ビックリよ」
美琴はそう吐き捨てると、少し自虐的な笑みを浮かべる。
「まあ、あたしも人の事いえないくらい、無茶をした事もあったし、無断外泊する事もあったけど・・・・・・。知らなかったわ・・・・・・。自分があずかり知れない所で、自分だけが蚊帳の外に置かれているって事が、こんなにももどかしいだなんて・・・・・・」
バチバチっ、と美琴の体から放電現象が起こる。髪の毛は逆立ち、その視線は孝一を射抜くように捕らえて離さない。
「・・・・・・この一ヶ月、黒子は何も話そうとしなかった。あたしがどんなに尋ねても、どんなに電撃を当ててもね・・・・・・。でも昨日、ようやく話してくれたわ。・・・・・・ああ、そういえば、伝言を預かっているの」
美琴は冷酷な笑みを浮かべ伝言を伝える。
「”広瀬さん。この一ヶ月、ひたすら耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでおりましたが、もう限界です。黒子には、おねえさまの愛は重過ぎました。ガクッ” だって」
なんてこった。白井さん・・・・・・
一ヶ月も耐えるなんて・・・・・・。とてつもない精神力だ。僕はあなたに敬意を表します。
孝一は白井の境遇を思い、心の中で深く敬礼した。
「孝一君。知ってること全部、洗いざらいしゃべってもらうわよっ!」
美琴はそういうと、体から発生させた電気の束を、孝一目掛けて解き放った。
「うわぁああ!? ちょっ・・・・・・」
最後の言葉はいえなかった。孝一は避けるまもなく、美琴の電撃をまともに受けて黒焦げになってしまった。
「うう・・・・・・むごい・・・・・・」
「ちょっとちょっと・・・・・・。何で避けないのよ。あんなの軽いジャブじゃない。君の能力で何とかできるでしょ?」
美琴は拍子抜けした顔をして、地面に倒れこみ、プスプスと黒煙を上げている孝一を見下ろした。
「・・・・・・ううっ。美坂さんは。勘違いしてますよ。・・・・・・確かに僕は”エコーズ”っていう能力を持っていますけど、それ以外は普通の人間なんですからね。美坂さんみたいに、電撃で相殺したり、大ジャンプで避けたりなんか出来ないんですから。・・・・・・正直、さっきの攻撃も、”何か光った”くらいにしか僕は感じませんでしたね。勝負になんてなりませんよ。悪いけど」
「そうなんだ。なんか、ゴメンね? あたしの知っている”あいつ”はこんな攻撃くらい楽に避けていたから、つい誰でもできるもんだって思い込んじゃった・・・・・・」
そういって美琴は手を差し出し、孝一を起き上がらせた。
「あ~あ。なんか気が抜けちゃった・・・・・・。君とはもっといい勝負が出来ると、思ってたんだけどなあ・・・・・・」
「すいませんね役者不足で。基本的に僕の"エコーズ"は戦闘向けじゃないんですよ。むしろ、戦闘のサポートに向いているタイプなんです」
美琴は完全に毒気を抜かれたといった表情をして、大きく伸びをした。何だろう、この”失望させちゃった感”は・・・・・・。
向こうが勝手に攻撃を仕掛けたのに、孝一はなぜか居た堪れない気持ちになった。すると、美琴はさっきまでの快活な表情から一転、どこかしょんぼりとした表情を浮かべ、孝一に尋ねてきた。
「一応、勝負はあたしの勝ちだけどさ・・・・・・。やっぱり、話してくれない? あたし、そんなに信頼置けないかな・・・・・・」
その表情を見て、孝一は決断した。
・・・・・・決めた。打ち明けよう。
元々”エル”の事を隠していたのは、美琴とエル、両方の為だと思ったからだ。もしある日自分のクローンが
人体実験の道具にされ、何十体も虐殺されていると知ったなら。その人間はどう思うのだろう。決していい気分にはならないはずだ。そしてもしそのクローンが自分の目の前に現れたら? 大抵の人間は拒絶の反応を示すのではないだろうか? 孝一達が懸念しているのはそこであった。もし美琴がエルを目の前にして、エルを拒絶するような暴言を吐いたら?
知る事と知らない事。果たしてどちらがお互いにとって幸せなのだろう。
だからエル達を会わせられなかった。
だけど、それももう限界だ。
こうして知りたいと願う人間がいる以上、隠し通すことは出来ない。いずれ何らかの形でバレてしまうだろう。後は、エル達が傷付かないように全力でサポートするしかない。結局、問題を解決できるのは当の本人達だけなのだから。
よしっ。腹は決まった。
そう思ったとたん、気がふっと楽になった。人間、覚悟を決めると気が大きくなるものである。
とたんに先ほど負けた勝負に一矢報いたくなってきた。だから美琴にこう提案してみる。
「美坂さん。もう一回、僕と勝負しませんか? ただしこちらのルールで。その勝負にかったら、全てをお話します」
もちろん勝っても負けても孝一は真実を話すつもりだった。勝負を吹っかけたのはただの、見栄だ。このままやられっぱなしは少し癪だった。
「もう一度? いいけど。一体どうやって勝負するの?」
「いい方法があります」
そういって孝一は河原で遊ぶ子供たちに目を向けた。
◆◆◆◆◆◆
「お兄ちゃーん。これくらいでいいのぉ~」
「そうそう。そのまま運動会のゴールみたいに引っ張って紐を持っててくれる~?」
白い旗を持った二人の子供は「うんっ」と大きな声で返事をした。
「孝一君・・・・・・。マジで、やるの?」
「マジです。これならある程度、平等に勝負が出来ますよ」
そういって孝一はラジコンヘリを「はいっ」と美琴に差し出した。
「うう~。ちゃんと返してね」
「大丈夫大丈夫。このお姉ちゃんは電気操作に関してはプロなんだ。壊すことなんてないよ」
そういってポンポンと不安そうな子供の頭を、孝一は撫でた。
「ま、あたしも嫌いじゃないけどね」
どうやら美琴もこの勝負、というかゲームに乗ってきたようだ。さっきのシュンとした表情から再び、勝気な表情を浮かべ始める。
「じゃあ、もう一度確認します。勝負は上空50メートルからスタート。あの紐を持った子供達の所へ先にゴールした人が優勝。その際、御坂さんはそのラジコンヘリを自分の能力で操作して、僕のエコーズはコイツを纏います」
そういって孝一はエコーズact1に袋をかぶせた。それは新製品の着ぐるみ型エコバックだった。そのエコバック、通称”ゲコバック”ともいい、「ジッパーを、パッチリと閉めるとあら不思議、かわいいゲコ太がお出迎え♪」というキャッチフレーズで有名な新商品だった。それを偶然持っていた子供達の一人にお願いして貸してもらったのだ。そのゲコバックを装着したエコーズは、まるで本当のゲコ太が空に浮かんでいるようだった。
(空飛ぶゲコ太。かわいい・・・・・・)
思わず見とれてしまっている美琴に、孝一は「それじゃ、さっそく勝負しましょう」といい、ゲコ太を上空50メートルまで浮上させる。美琴もあわててそれに従う。
50メートル上空で停止する両物体。道行く人は何事かとその歩みを止めている。子供達はこの前代未聞の勝負に大喜びだ。
「それじゃあ、10秒前からはじめるよー。・・・・・・10!」
子供の一人がカウントを開始する。
「・・・・・・本当はですね。勝っても負けても、美坂さんには本当のことを話すつもりなんですよ。」
「8!」
勝負の直前、孝一は隣の美琴にそう告げた。
「へえ。それじゃ、どうしてこんな勝負を仕掛けてきたの?」
「6!」
美琴がにやりと笑い、孝一を見やる。
「それはですね、やっぱりやられっぱなしは、性に合わないからですよ。どうにかして一矢報いたいんです」
「あっはっはっ。やっぱり男の子だねぇ。嫌いじゃないよ、君のそういうとこ。・・・・・・でも、勝負は勝負。きっちり勝たせてもらうわよ」
「3!」
お互い上空を見やる。ラジコンヘリとエコーズ・・・・・・もといゲコ太は勝負の開始を今か今かと待ちわびている。
「・・・・・・望む所です。負けませんよ」
「ゼロッ!」
その掛け声と同時に、ラジコンヘリとゲコ太。二つの物体は、急降下をはじめた----
とある河原の、少し奇妙な出来事。
美琴とエル。二人がどのような出会いを果たすのか。
それはまた、別の話し----
一話完結の話って前からやってみたかったので、書くことが出来て満足です。
さて、次は長編っぽいやつ書きたいなぁ。でも体力が続くかなぁ・・・・・・