広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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経過報告

経過報告①

 T-01を投与して一日。5名とも原因不明の高熱に襲われる。あらかじめ各被験体の家に設置した監視カメラから確認。これはマウスやチンパンジーなどの実験結果により、当初から予想されていたことであるので特に異常なことではない。恐らく二、三日中には高熱は収まると予想される。このまま観察を続行。

 

 経過報告②

 被験体5名の内二名に異常発生。

 

 被献体ナンバー04・渡奈辺美晴 

 被献体ナンバー05・小松崎莉奈

 

 共に意識が回復せず。こん睡状態に陥る。5時間後、ナンバー05の死亡を確認。遺体を回収する

 こととする。

 他の被験体は、高熱から回復。スタンド能力が発現したかどうかは不明。観察を続行する。

 

 

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 経過報告⑤

 被献体三名から、スタンド能力を確認。詳細は追って報告。

 

 

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 被献体ナンバー01・高井直人の場合--------

 

 ・・・・・・原因不明の高熱で高井がベッドで寝込んでから一週間経った。そこで高井が見たものは、自分をじっと見つめる巨大な”怪物”だった。

 

「うひゃっ!?」

 

 思わず高井はベッドから飛び上がり、後ろの壁に頭をしこたまぶつけてしまった。

 

「~~っ!!」

 

 だがそんな高井の動揺とは裏腹に、その怪物は高井に何もしない。ただじっと、彼を見つめているだけである。

 その様子を見て、少し冷静さを取り戻した高井は、まじまじと怪物を観察する。

 

 ”そいつ”は良くファンタジー映画とかで見るワーウルフ(人狼)そのものだった。狼の頭部、毛むくじゃらの体毛で覆われた鋼のような体。触れるものを全て切り裂くような鋭い鍵爪。そいつが人間の様に二足歩行でた立ち、高井を見つめている。

 その時ふいに、一週間前の事が思い出された。

 

 廃ビル。

 集められた5人の男女。

 にやけ顔の怪しい男。

 試験管。そして、投薬・・・・・・

 

「もしかして・・・・・・。こいつが・・・・・・。こいつが・・・・・・」

 

 新しい能力。

 

 ワナワナと高井は身震いし、そしてこの狼の怪物に命令してみる。

 

「お、おい・・・・・・。右手を、あげろ。・・・・・・いやっ。挙げてくれません?」

 

 すると

 

「--------」

 

 ソイツは高井の命令を忠実に守り、高々とその右腕を上げた。

 それを見た高井は・・・・・・

 

「すっ・・・・・・。スッゲー!!」

 

 大きくガッツポーズをし、全身で喜びを表現する。

 

「すげえっ! すげえっ!! これが、俺の・・・・・・才能! 能力!? ・・・・・・イヤッホーーっ!!」

 

 周囲の住民の迷惑も顧みず、高井は声の限り叫んだ。その時----

 

「ちょっと、高井さん。あんたうるさいよ」

 

 隣部屋に住んでいる男が、部屋のドアを開けて入って来た。どうやら鍵をかけずに寝込んでしまっていたようだ。

 

「あ・・・・・・。すいません」

 

 思わず高井は謝ってしまうが、何か変だ。男は目の前の”怪物”の事など目もくれずに、こちらに抗議をしてきているのだ。やがて男は言いたいことを言い尽くすと「次はないですからね」と言い残し、部屋を後にした。

 

「もしかして・・・・・・お前の姿は、俺以外には”視えない”のか?」

 

 ・・・・・・それって・・・・・・すごくね?

 

 何やってもばれない。自分には火の粉はまったくかからない。

 

「おっ・・・・・・おっ・・・・・・。おっしゃーっ!!」

 

 高井は再び歓喜の雄たけびを上げる。

 

 隣の住人が再び怒鳴り込んできたのは、言うまでもなかった。

 

 

 

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 被献体ナンバー02・古谷敦(あつし)の場合--------

 

 早朝のモノレールの中。学校に通うため、かなりの学生が車内にいるその中で、二組の女子学生を見つめる小太りな学生がいた。その学生は、楽しくおしゃべりをしている彼女達に近づくと、突然----

 

「きゃあっ」

 

「な、なにすんのよっあんたっ!」

 

 学生は、いきなり女子学生のスカートをめくると、そのまま彼女を抱き寄せ、彼女の胸部をわしづかみにしても揉み拉いた。女子学生はあまりのことで反応が遅れてなすがままだ。その時、彼女と一緒にいたもう一人の学生が冷静さを取り戻し、持っていたスポーツバッグでその人物を殴りつけた。

 

「なにすんのよっ! 変態!! このくそ野朗っ!」

 

 そして彼は異変に気づいた周囲の学生によって取り押さえられた。被害にあった女子学生は、カタカタと振るえ、涙顔で親友の少女に抱きしめられている。

 そんな様子を見ても、取り押さえられた彼はどこ吹く風だ。

 

「ふへへへへっ。これが女の子の感触かぁ~。いいなぁ。もう一回触りたいなぁ。良し、もう一回トライだ」

 

 そういうと、取り囲み、汚いものでも見るかのような目で自分を見ている連中に挨拶をする。

 

「それじゃ。みなさん。また会いましょ。”リセット”」

 

 周囲の人物には見えなかったが、彼の真上にはさっきから、ドクロ顔の物体がプカプカと浮かんでいる。そのドクロは彼の”リセット”という言葉を受けて、自身の能力を発動させる。

 

「・・・・・・OK。”ワンス・モア・アゲイン”発動」

 

 ドクロがそういうが早いか、周囲の景色や人が歪みだし、完全に消え去る。そして----

 

 彼--古谷敦(あつし)の自室がそこにあった。

 現在朝の7時。もちろん彼を拘束していた学生達も、被害にあった女子学生も、そこにはいない。全ては”まだ起きていない”出来事なのだ。

 

 高熱を出して一週間目の今日。古谷敦には、通常の人間には見えない”もの”が見えていた。そいつはドクロを連想させる顔をしており、プカプカと敦の上空を漂っていた。そのなんとも奇妙な光景に、敦はすぐに順応した。これはあの薬の効果だとすぐに分かった。

 このドクロは自分の意思があるらしく、人語を話してきた。そして、 能力について説明してきた。それは”時間を1時間ほど巻き戻す”というものだった。確証が得たかったので、敦は室内にあった電気スタンドを破壊し、能力を発動させてみた。すると周囲の景色が歪み、気が付くと、自室は少し暗くなり、破壊したはずの電気スタンドは元に戻っていた。時計を見ると6時。ちょうど1時間、巻き戻った事になる。

 彼は笑った。自分の身におきた幸運に、軽く小躍りした。そして、今に至る----

 

 

 

「あーーっ、ひゃっひゃっひゃっ。やってやった。やってやった。ついにチカンをやっちまった~!すんげ気持ちいい~」

 

 そういうと敦は右手をニギニギとし、先程の女子学生の感触を楽しんでいる。

 

「・・・・・・マッタクヨー。オ前、順応力高スギ。コレデ”何回目”ダヨォ~。”時間ヲ巻キ戻シタノ”」

 

「5回? ・・・・・・いや、6回だっかな? 覚えてねえよ、そんなの。さて、また、”あの”モノレールに乗りこもーっと」

 

 そういうと敦は、着ていたパジャマを脱ぎ捨て、いそいそと制服に着替えだす。

 

「・・・・・・ホント。バイタリティ溢レル野朗ーダ」

 

 

 高ぶる気持ちが抑えられない。

 

 もっと試したい。もっと色んな事が出来るはずだ。あれも試したい。これも試したい。

 

 何かしても、全てを”なかった”事に出来る。誰にも迷惑がかからない。

 

 ・・・・・・ああ。何て最高なんだろう。

 

 

 そして、彼はこの未知なる力に酔いしれながら、自室を後にした-----

 

 

 

 

          ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「・・・・・・悪いけど、そーゆーの興味ねーんで」

 

「あっ・・・・・・ちょっ・・・・・・」

 

 いうが早いか、男子学生は席を立ち、中年男性からすばやく離れ、店内から姿を消した。

 

「あーあ。まぁた勧誘に失敗しちゃったよ。やれやれ」

 

 とある喫茶店。

 くたびれた感じの中年男性は、そういうと懐からメモ帳を取り出し、キュッキュと名前の欄から、先程の男子学生の名前を削除した。

 

「彼の学校が終わるのが5時か6時だろ~。それまでどうしようかな~。本部まで戻ろうかなぁ」

 

 この勧誘は、隊員人数を増やすために、中年男性が定期的に行っているものだった。しかしその成果の程はあまり芳しくない。まあそれは理解できる。自分がこんな怪しい話を持ちかけられたら、まず逃げる。

 それでもやらざるを得ない。それが中間管理職の辛い所だ。

 中年男性は、あははっと自虐的な笑い声を上げる。

 

「・・・・・・」

 

 周りから白い目で見られるだけだった。

 

「とりあえず本命の彼。何としてでも、話だけでも聞いてもらわないと・・・・・・」

 

 メモ帳に視線を落とす。

 

 そのメモ帳には大量の削除した名前の下に、”広瀬孝一”と書いてあった。

 

 

 

 

 

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 被献体ナンバー03・内田和喜の場合--------

 

 あの薬品の投与を受けて、自分は生まれ変われるんだと思っていた。こんなクソみたいな人生を一変してくれる何か。あの時、和喜はこれで自分は救われると本気で信じた。だけど、待っていたのは原因不明の高熱----。正直、死ぬかと思った。だがそれも、苦難を乗り越えるための試練だと思い、必死に耐えた。----これさえ、この苦難さえ乗り越えれば----

 

 でも、何も変化は起きなかった。

 特別な能力が飛び出すでもなく、急に視界が広がるほど頭がよくなっている。という事もなかった。全てはそのまま、惨めな自分が自室に一人・・・・・・

 

 同じように投薬を受けた彼らはどうなったのだろう・・・・・・

 同じように変化がなかったのだろうか・・・・・・それとも、自分だけハズレを引いてしまったのだろうか・・・・・・

 

「はあっ・・・・・・」

 

 和喜は深いため息をつくと、憂鬱な気持ちのまま、ベッドから起き出す。

 

 一週間も休んでしまった。その間、委員長が一人、プリントを持参して見舞いに来てくれたが、もちろん和喜を心配してのことではない。大方先生に頼まれて、仕方なく和喜の家までやってきたのだ。そうに決まっている。こんなカスの様な自分に、心配してくれる人がいるはずがない。

 

「学校。・・・・・・行きたくないなぁ・・・・・・」

 

 それでも、制服に手を伸ばしてしまう。

 

 そういえばあいつらに30万もってこいって言われてた・・・・・・。でも、一週間も休んでしまった。利子がいくらになっているのか・・・・・・考えるだけでも恐ろしい。

 

 もういいや・・・・・・。今日、学校にいって、あえてあいつらにボコられよう。そうしたらこの世界に踏ん切りがつく。それでいいや、もう・・・・・・

 

 そう思ったときだった。

 

「・・・・・・せっかく産まれたってのに、今日の夜にはもうサヨナラだなんて連れねえ事いうんじゃねえよ。パァパァ~!?」

 

「痛っ!?」

 

 右手の甲が突然痛み出す。良く見ると、小さな出来物が出来ている。そいつは少しづつ大きくなり、やがてぱっくりと口のようなものが出てしゃべりだした。

 

 「ひっ!? なんだ、お前はぁ!?」

 

 和喜はその気持ちの悪い出来物をブンブンと振りながら、なるべく遠ざけようとする。だが勿論そんなことは何の意味もない。

 

「俺はテメエだよ。テメエのヘナチンな精神力から産まれたスタンドさ。生んでくれてありがとうよ、パパァ!? これから仲良くしようぜぇ!!」

 

 

 ・・・・・・ついてない人間というのはとことんついていない。そのことを和喜は身をもって知った。そして、ツキに見放された彼の人生は、その日からさらに昏迷の度合いを深めていくのだった。破滅の足音が、ゆっくりと彼の耳元で聞こえだした・・・・・・

 

 

 

 

 

 


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