「ひぃいいいいい!?」
和喜は台所まで行くと包丁を取り出し、右手に突然出来たこの不気味な生物を切り離そうとする。
「おいおい。せつねえなぁ。俺はお前なんだぜ? お前が生み出したスタンドなんだぜ? 酷いことはやめておくれよ、パパァ~!?」
出来物はギャハハハ、と笑い、和喜を馬鹿にし続けている。
「・・・・・・なんで、・・・・・・なんでこんなことにぃ!? なんで!?」
「おいおい。脳みそ腐ってんのか? ちっと考えればすぐに分かんだろぉ? それともぼくちゃんは一から十までまでママに教えてもらわなきゃ理解出来ないんでチュカぁ!? 本当はあの薬のせいだって理解してるんだろぉ!?」
「うあぁぁあああああああ!!」
和喜は絶叫すると、包丁を高笑いし続ける出来物に向かって振り下ろした。だが--
そこで和喜は信じられないものを見た。
その出来物は、包丁が当たる瞬間、突然ぱっくりと口を広げたのだ。そして、その口を器用に使い包丁を咥えると、信じられない力で和喜の手から奪い取ってしまった。
「ひぃーっ・・・・・・ひいっ・・・・・・ひっひっ・・・・・・」
その異常な光景に、和喜は悲鳴とも笑い声ともつかない声を漏らす。そんな和喜を前にして、その出来物は咥えていた包丁をペッと吐き出すと、こう告げた。
「これからよろしくなぁ。パパァ。・・・・・・安心しな。お前の不安材料は、全て取り除いてやるぜ。俺の為にもな」
そういってその出来物は、口を吊り上げて笑った。
・・・・・・いつの間に出来たのだろう。口の間からするどいギザギザ状の歯がのぞいていた。
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・・・・・・振り返ると、この約半年の間に色々な事があった。ある日突然エコーズという能力を得て、そこから始まった奇妙な出来事・事件の数々。それが元で出会った様々な人たち。それは敵として立ちはだかったり、あるいは味方として、孝一をサポートしてくれたり・・・・・・。
だからなのだろう、こんな夢を見るのは・・・・・・。
夢の内容は、チリペッパーが巨大化したり、駆動鎧が闊歩していたり、はたまたパープルヘイズが大量に増殖していたりしているというものだった。特にストーリーらしいものはなく、ただ延々と街のビルを壊したりして暴れまわっているだけ。そうこうしている内に、そしてそれを迎え撃つために、突然空から孝一のクラスメイトの佐天涙子と初春飾利が、巨大なロボットにのってやってきた。彼女達は自分の機体を変形し、合体させ、音石達と戦っている・・・・・・
なんだこりゃ。我ながら支離滅裂すぎる・・・・・・。そう孝一は苦笑した。だけど何かおかしい。自分は夢を見ているはずなのに、これが夢だということを自覚している。
「? なんだ、これ?」
その時、孝一の後ろの方で声がした。
「・・・・・・あなたの夢って、とってもおもしろいね」
「!?」
その瞬間、全ての景色が渦を巻くようにして捻じ曲がり、変わりにだだっ広い草原が出現した。
見渡す限り一面が草原の景色。周囲には黄色や赤の花が咲き乱れ、遠くでは木々の緑が太陽を美しく反射している。
「・・・・・・子供の頃、家族と行った北海道旅行。その思い出を再現してみたの。綺麗でしょ?」
「え? え? え?」
そこには、一人の少女がいた。前髪と両面がきれいにそろえられたボブカットの少女は、柔らかい表情で孝一を見つめている。その光景はさっそうと広がるこの草原に驚くほど似合っていた。唯一違和感があるとすれば、彼女の肩に奇妙な物体がいることだろう。そいつは三頭身くらいのミニマムサイズで、死神のような仮面とマントを装着して、ちょこんと彼女の肩に乗っている。
「・・・・・・”スタンド”っていうらしいよ? 私みたいな能力を持った人達の事を。広瀬孝一君」
「スタ・・・・・・ンド?」
「君も持ってるんでしょ? 悪いけど、君の夢、覗かせて貰っちゃった」
そういうと少女はペロリと舌を出し、悪戯っぽい表情で幸一を見つめる。
「・・・・・・自己紹介がまだだったね。私の名前は、渡奈辺美晴(ミハル)。君と同じ、スタンド能力者だよ」
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「それで、その・・・・・・ミハル、さん? あなたはどうして僕をここに呼んだんですか?」
至極当然な質問をミハルにぶつける。
この少女に敵意はない。
だとしたら、一体何が望みなんだ?
しかしその応えはあまりにも理不尽なものだった。
「別に。ただの暇つぶし・・・・・・。というのは半分冗談。ほんとうは、寂しかったから・・・・・・話し相手が欲しかったの・・・・・・私。 私ね? もうすぐ死ぬの」
そういって、ミハルは孝一に目を向ける。その目には、うっすらと涙がたまっていた。
「・・・・・・頭の中にね? 握り拳大位の腫瘍があるんだって。それはこの学園都市の医療でも取り出す事が出来ない。長くもって2ヶ月。お医者さんはそう言ってた・・・・・・」
そういってミハルは、コツンと足元の小石を蹴った。
「それは・・・・・・。なんというか・・・・・・」
言葉が見つからない・・・・・・。
「勿論泣いたわ。・・・・・・ベッドにうずくまってワンワンと。・・・・・・だって、悔しいじゃない? 私、まだやりたいことが一杯あったもの。友達と一緒に色んな所に行きたかったし、ショッピングも楽しみたい。学校の帰りにクレープ屋にいって、バカな話しで盛り上がったり・・・・・・恋だって、したかった・・・・・・」
ミハルは孝一に背を向けてしばらく押し黙る。
「・・・・・・だからね。あのメールが来た時、頭の中では怪しいと思っていたけれど、誘いに乗っちゃったの。佐伯って名乗る人の、人体実験に」
不自然な単語をきいた。なんだって? 人体実験?
「藁にもすがる思いだったの。うまくすれば、私の病気も、それで治るって・・・・・・。でも、それは間違いだった・・・・・・。あの薬を打った日から高熱が続いて、気が付けば意識不明。その時、自分がスタンド能力に目覚めた事が分かったの」
少女はそういうと、肩に乗っていたミニマムなスタンドに命令して、景色を一変させる。その瞬間。孝一達は、遊園地の観覧車に乗っていた。
「私の能力は、他人の夢の中に入り込んで、その光景を見る事が出来るというもの。私は意識不明になった後、病院に収容された。だから病院関係者や患者の夢から、私に関する情報を断片的に繋ぎ合わせて、自分がおかれている状況を確認できた。夢は過去の記憶映像の再現。夢の中では隠し事は出来ないから、・・・・・・そんな時に、君に出会った」
辺りは突然夕暮れになり、外では”蛍の光”の音楽が流れ出す。
「もうすぐ、夢が覚める。・・・・・・あなたに出会ったのは、お願いがあったから。これは、同じスタンド能力をもったあなたにしか頼めないこと・・・・・・」
周囲が少しずつ白く靄のしたものに覆われていく。幸一は自分の意識が次第に目覚めていくのを自覚していく。
「私のほかに、薬の投薬を受けた人数は、4人。それぞれの名前や所在は分からない。でも、彼らも私と同じようにスタンド能力が発現しているのかもしれない。佐伯って人は私達を使って、スタンド能力発現の人体実験をしている。遅かれ早かれ、彼らはきっと”処分”されてしまう。だから、お願い・・・・・・。彼らを助けてあげて・・・・・・私も、能力を使って、情報を集めてみるから・・・・・・」
その瞬間、周囲が光に覆われた・・・・・・
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朝----
自室のベッドで孝一は目覚めた。
夢の内容は覚えている。
「・・・・・・なんとかしろって、いわれてもなぁ・・・・・・」
頭をぼりぼりと書きながら、孝一はそうぼやいた。
考えてみれば、迷惑な話しだ。いきなり人に夢の中へ入り込んできて、4人の男女の行方を捜してくれって・・・・・・? 顔も名前はおろか、住所も分からないのに?
「・・・・・・無理だ」
孝一は憂鬱な気持ちで、ベッドから起きた。そしてその気持ちは、通学途中でも、学校の授業中でも晴れることはなかった。
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朝の通学路。憂鬱な表情を浮かべ、一人の学生が歩いていた。右手には、怪我をしたのだろうか? 包帯を巻いている。その学生--内田和喜は、右腕をぎゅっと抑えながら重い足取りで学校を目指していた。
「・・・・・・そんなに緊張するなよ。俺にまかせな。大船に乗った気でいろよ。すべてを解決してやるからよぉ・・・・・・」
「本当に・・・・・・。本当に、助けてくれるのか? どうやって? どうして?」
「どうやって? そんなこたぁ、てめえは考えなくていいんだよ。そんな頭もねえだろう? ・・・・・・助ける理由は俺のためだ。宿主がいたぶられているのは、俺としても気分が悪いからよぉ?」
周りの人間が見たら、右腕に話しかける和喜の姿は、常軌を逸しているように映っているだろう。だが、今の和喜にはそんな余裕はない。あるのはこの異常な現状を、何とかして解決したいという思いだけだ。
「ほおぅら、到着ぅ。一週間ぶりの学校はどうよ? 和喜ぃ?」
出来物がせせら笑う。
コイツと話しているうちに、校門前にたどり着いてしまった。右腕の出来物は、和喜に早く構内に入るようにとせかす。
だが、足がすくんで動かない。どうしても、一歩が踏み出せない。中にあいつらが待っているかと思うと・・・・・・。
「内田君?」
そんな和喜に、背後から話しかける人物がいた。
「・・・・・・委員長・・・・・・」
それは昨日、わざわざ自宅まで、プリントを届けてくれたクラス委員の女子だった。
「内田君。右手、怪我したの? 大丈夫?」
委員長は、和喜の右腕の包帯を見ると、心配そうに手の状態を聞いてくる。
・・・・・・やめろよ。心配する”フリ”なんて。 ぼくになんか、本当は興味ないくせに。
どうせ教師に気に入られる為の点数稼ぎだろ?
「・・・・・・平気だよ。たいしたことない」
和喜は委員長に顔も合わせず、その場所を後にした。・・・・・・自然と足の震えは止まっていた。
「内田君・・・・・・」
後には一人取り残された委員長がいるだけだった。
◆
「けけけっ。冷たいねぇ和喜クン。人に心配されるのがそんなに気に食わないかぁ?」
「うるさい。それより、本当に何とかしてくれるんだろうな」
出来物のからかいの言葉を受け流し、教室へと急ぐ。
「・・・・・・」
ドアの前では学生達の談笑が聴こえる。
「はぁっ・・・・・・。はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・」
扉を開ける指先が震える。動悸が激しい。自分の心臓が高鳴っているのが、分かる。
「っ!」
一瞬の躊躇の後、和喜はドアを勢いよく開ける。一瞬--教室中の全ての視線が和喜に集まった。だが、それも一瞬だ。ドアを開けたのが担任の教師ではないと確認した生徒達は、再び、クラスメイトとのとりとめのない談笑に花を咲かせ始めた。しかし、和喜は理解していた。自分を見つめる4人分の視線がある事に----
(今日で変わる今日で変わる今日で変わる今日で変わる・・・・・・)
和喜は心の中で呪文の様にその単語を唱えると、震える足で教室の中へ入っていった。
◆
◆
◆
◆
「・・・・・・」
授業中、熱弁をふるっている教師をボーッとした視線で眺めながら、孝一は夢であったミハルの事を考える。
この学園都市には人の命を平気で弄ぶことの出来る連中がおり、そいつらは日夜、怪しげな人体実験を繰り返している。
確かにそんな輩は許せないし、何とかしたいとは思う。
だけど----
「僕に、何が出来るんだ・・・・・・」
スタンド能力を持っているとはいえ、一介の学生に出来ることなど、たかが知れている。
(悪いけど、力になれそうもないよ)
だけど、胸のモヤモヤがとれない。--名前。確かあの娘、”ワタナベミハル”っていったな?
どうしよう? 初春さんに頼んで、調べてもらおうか?
孝一は授業の間中ずっとそんな事を考えていた。
◆
「・・・・・・孝一さま? 授業中、ずっと難しいお顔をしていましたね? 何かお考え事ですか?」
昼休憩。そういってエルは両手で孝一の顔を掴むと、そのままジィーっと顔を覗き込んできた。
・・・・・・というか、近い、近すぎるっ。
「うおおっ!?ちっ近いっ。顔が近いぞっ。エル!?」
思わず孝一も両手でエルの頬を掴んでしまう。そのまま引き剥がそうとするが、エルも負けじと両手に力を入れる。
「孝一さま。何か困りごとですね・・・・・・。水くさいです・・・・・・。どうしてエルに相談して下さらないのですか? 孝一さまには返しても返しきれないご恩があります。是非恩返しをさせてください」
「わかった。わかったから、まずはその手を離そうっ!? ね!?」
なんだこれ? 何でお互い顔を引っ張り合ってんだ? とりあえずこの手をどかして・・・・・・
「何やってんの・・・・・・。キミタチ・・・・・・」
「広瀬さん・・・・・・」
そこには呆れ顔の初春飾利と佐天涙子がいた。
◆
「夢?」
サンドイッチを食べながら、初春は興味深そうに孝一に聞き返す。
「うん。簡単に言うと、夢の中で人体実験を受けたっていう女の子が現れて、その子以外にもあと4人実験を受けた人物がいるから、組織に捕まる前に助けてくれって・・・・・・」
「・・・・・・う~ん。でも名前も住所も判らないんでしょう? 正直、今のところ事件性もゼロだし」
涙子がタコさんウインナーを口にほおばりながら、訪ねる。
「そうなんだよなぁ。仮に見つけたとしても、夢の中で警告を受けたから気をつけてって、忠告するくらいしか出来ないし・・・・・・」
野菜ジューズを飲みながら、孝一は愚痴る。
「人探しですか・・・・・・。それだとエルの出番は無さそうです・・・・・・。エルの能力は食べるくらいしか能がありませんから・・・・・・クスン」
オムライスを食べていたエルはしぼんだ声を出してがっくりと肩を落とした。それでもオムライスを食べる手を止めないあたり、エルらしいというかなんというか・・・・・・
「とりあえず、依頼人の女性の名前は分かっているんです。”ワタナベミハル”さん。とりあえずこの名前から調べてみましょう」
サンドイッチを食べ終えた初春は、鞄からノートパソコンを取り出すとさっと検索を済ませる。
「学園都市で”ワタナベミハル”という名前は53名。内、不登校、意識不明者は。3名。でもその二人はいずれも50代と80代の女性。・・・・・・ということは」
画面にパッとその学生の情報が浮かび上がる。
「あっ!この子だっ!」
初春が見せてくれた画面の女性を見て、孝一は思わず叫んだ。さらさらとした、柔らかそうなボブカットの髪。間違いなく夢の中で見たあの女性だった。
「後はこの美晴さんが入院されている病院を検索すれば・・・・・・。え?・・・・・・そんな・・・・・・」
初春は突如キーボードを叩いていた手を止め、孝一を見る。
「渡奈辺美晴さんは、今朝8時過ぎに死亡が確認されたそうです。死因は心臓麻痺・・・・・・」
◆
◆
◆
◆
「・・・・・・結局。全て振り出しかぁ・・・・・・」
学校の帰り道の途中で、孝一は一人ぼやいた。
何か見つかるかもという淡い希望は泡と消えてしまった。手がかりは、ゼロ。なにもない。
「はあ・・・・・・」
孝一がため息をついて帰路に就こうとすると--
「広瀬・・・・・・孝一君?」
くたびれた顔の中年男性が孝一を呼び止めた。
「ちょっと、お話があるんだけど・・・・・・?いいかな」
そういって男性は懐から名刺を取り出し、孝一に差し出してきた。
いきなり現れた男を不審に思い、少し警戒する孝一だったが、とりあえず名刺を受け取った。
「S.A.D(エスエーディー)隊長? なんの組織です?」
どことなく胡散臭いこの男に、とりあえず質問をぶつけてみる。
「特殊能力対策課・・・・・・正確に言うと我々が”スタンド”と呼んでいる未知の能力に対処することを専門にした組織。・・・・・・広瀬孝一君。君を勧誘しに来た。とりあえず、お話だけでも聞いてもらえないかな?」
そういって中年男性は、不敵そうににやりと笑った。
美晴さんの能力は死神13のプチバージョンです。本体の精神力が未熟なので、スタンドのビジョンも三頭身のミニマムサイズになりました。
それにしても、話を広げすぎたかなと後悔。もっとこじんまりとした物語にするつもりだったのに・・・・・・