広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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転換点(ターニング・ポイント)

「・・・・・・まあまあ、そんなに硬くならないで。リラックス、リラックス。・・・・・・オレンジジュースでいいかい? あ、おねえさん。ぼかぁフルーツパフェで」

 

 そういうと、ウエイトレスの女性に注文を伝え、改めて自己紹介をする。

 

「はじめまして。S.A.Dの隊長なんぞをやっております。四ツ葉堅一郎と申します。いやはや、帰宅途中に突然声を掛けてしまって、ほんとスイマセン。おまけにこうして、お茶まで御一緒してくれる。いやあ、良い人だ。あなたは」

 

 四ツ葉はそういって孝一を褒めちぎる。だが、そんなおべっかが聞きたいのではない。孝一が知りたいのはもっと別の事だ。その為にわざわざこの中年男性の誘いに乗って、喫茶店にまで同行したのだ。

 

「・・・・・・そんなことより、さっきの話の続きを知りたいです。・・・・・・えっと、”スタンド”?って、なんですか? それに四ツ葉さんの組織のS.A.Dってなんです? そんな組織、聞いたことありません。それに勧誘って?どうやって僕のことを知ったんですか?」

 

「待った待った。・・・・・・そう興奮しないで・・・・・・。順を追って説明しますから」

 

 四ツ葉は両手で待ったのジェスチャーをして、孝一をなだめる。そして、孝一が静かになったのを見計らって話し始めた。

 

「・・・・・・まず最初の質問。”スタンド”についてですが。・・・・・・広瀬さん。あなた最近この学園都市で起こりつつある異変にお気づきですか?」

 

「異変?」

 

「この学園都市の能力ではない。もっと超常的な何か。その能力は通常の人間には視認することは不可能で、犯罪を立証することも難しい。ですが、”それ”は確かに存在するのです。・・・・・・

そう、君と同じような”能力”を持った人間が増加しているのですよ。そしてその能力の事を、我々は”スタンド”と呼称しています」

 

「!?」

 

 少なからず、孝一は衝撃を受けた。確かに、ここ数ヶ月で能力に目覚め、複数のスタンド能力を持った相手とも遭遇した。しかしそれでもごく少数。孝一達のような存在は、まれなものだと思っていたのだ。しかしそうではなかった。こうしてS.A.Dなる組織が出張ってきたということは、それなりの数の同能力者の存在を、上層部が認知しているということ。その人数は? 50人? 100人? それよりもっと?

 

「・・・・・・とはいっても、このスタンド能力を認知している人間は、上層部の方でもそうはいません。むしろ眉唾だと一笑に付す連中の方が多いほどです。それでも、一部能力者の暴走を危惧している人間がいるのもまた事実。だからこそ我々の組織、S.A.Dが結成されたのです」

 

「・・・・・・つまり、結成されて間もない、出来立てのホヤホヤの組織って事ですか?」

 

「その通り。だから今、隊員が不足している状態でして・・・・・・。そこで有能そうな人材を、こうしてスカウトしに来ている訳なんですよ」

 

 ウエイトレスが「おまちどうさまでした」といって、注文の品をテーブルに置く。四ツ葉は一時小休止といって嬉しそうに、パフェ頬張りだした。この男、見かけと違い、かなりの甘党のようだ。

 孝一も喉が渇いたのでオレンジジュースに口をつけ、一息入れる。そこである事が疑問に思ったので、質問してみる。

 

「あの、S.A.Dって『スタンド能力を持った人間の犯行を未然に防ぐ組織』だと認識していいんでしょうか?

だとしたら、あなたも・・・・・・?」

 

 そういって孝一は四ツ葉を観察する。この中年男性にそんな能力があるとは思えなかったからだ。だが、四ツ葉は事も何気にこう答える。

 

「はい。そうですよ。私もスタンド能力を持っています」

 

 そういうとポケットから携帯を取り出す。するとその画面の中から、小さな妖精の様なものが浮き上がってきた。その妖精は全部で5体おり、頭部に当たる部分は小型のカメラのようなもので出来ていた。そいつらはしばらくフワフワと辺りを漂うと、再び携帯の中へと戻っていった。

 

「・・・・・・実を言うと、君のことを知ったのも、こいつらのお陰でなんですよ。サマルディア共和国の大統領がバイオテロに巻き込まれた事件でね? 事情聴取されている君の隣にスタンドの姿を確認しまして・・・・・・どんな能力なのかは企業秘密。もし君がS.A.Dに来てくれるなら、お教えしますよ」

 

 安い挑発だ。そう孝一は思った。そんな誘惑に、普通の人間は乗ってこない。だけど、不思議と耳を傾けずにはいられない。

 

 「・・・・・・孝一君。人を助ける事ができる能力を持った人間が、それを行わないことを、私は罪だとは思いません。だけど、軽蔑はします。この学園都市には、潜在的に人に危害を及ぼす可能性を持った人間が、巨万(ごまん)といます。大抵の事件の8割はアンチスキルが対処してくれるでしょう。でも残りの2割は? スタンド絡みの事件は、事件性も認められず、認知もされないのが現状です。今はまだ表立った被害は出ていませんが、いつ何時スタンド能力を悪用する人間が現れるとも限らない。孝一さん、お願いです。私どもに力を貸しては頂けないでしょうか?」

 

 四ツ葉はパフェを食べる手を止めると、孝一に対して、深く頭を下げた。

 

 それを見て孝一は------

 

「少し、考えさせてください・・・・・・」

 

 ”申し訳ないんですけど” とはいえなかった・・・・・・。でもその理由は、孝一自身にも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 孝一が四ツ葉と出会う少し前----

 

 「がっ!?」

 

 「オラオラッ!」

 

 内田和喜は校舎裏で、イジメグループ4名から執拗な暴行を受けていた。和喜は取り巻き3人に体を捕まれ地面に膝をつかされている。そしてリーダー格の少年が和喜の腹に何度も蹴りを放っている。そのたびに和喜は体をビクビクと揺らし、ついには嘔吐してしまう。

 

「げぇ!?」

 

「うわ。きったねぇ」

 

 リーダー各の少年はまるで汚物を見るかの表情で和喜を見る。こんな絶望的な状況なのに、和喜の右腕の出来物は、何の反応も示さない。

 

(なんで!? ・・・・・・いったのに! 助けてくれるっていったのにっ!!)

 

 すると出来物の声が和喜の脳内に木霊した。

 

(・・・・・・助けるのは簡単だが、お前はまだ俺と契約してねぇ。・・・・・・誓うか? お前の体の主導権を、俺に譲渡するって)

 

(・・・・・・それって、お前に体を乗っ取られるってことか? そんな・・・・・・)

 

(そう深く考えんなよ・・・・・・。乗っ取るのは一時的だぁ。きちんと返してやるさ。・・・・・・ただなぁ。俺も、自分の体で自由に動く時間が欲しい。その為の契約だぁ)

 

 

 そんな言葉、嘘に決まっている。一度体を渡したら、恐らく乗っ取られる。

 侵食されていくんだ。肉体も、ぼくの精神も・・・・・・

 少しずつ、少しずつ・・・・・・。

 これは、悪魔のささやき、甘い誘惑。

 

・・・・・・ああ。

 どうしてぼくは、搾取される側なんだろう?

 どうして、人間は平等じゃないんだろう?

 

 ・・・・・・疲れた

 ・・・・・・なにもかも

 

(・・・・・・どうすんだあ? 渡すのか渡さないのか? ええ?)

 

 その悪魔の提案に、ぼくは・・・・・・ぼくは・・・・・・

 

 

「なにやってるの!?あなたたち! ・・・・・・先生っ! こっちです!」

 

 その声の主は、クラスメイトの委員長だった。彼女は和喜達の姿を確認すると、こちらの方へ駆け寄ってくる。

 

「ちっ・・・・・・」

 

 リーダー各の少年とその取り巻きは、和喜から離れると、そのまま一目散に逃げ出していった。

 

「・・・・・・大丈夫? ひどい・・・・・・。顔が腫れてる・・・・・・。いそいで保健室へ!」

 

 委員長はそういうと和喜の腕を自分の肩に乗せ、起き上がらせる。教師はやってこない、恐らく委員長がとっさの判断でいった嘘なのだろう。

 

「やめろっ!」

 

 突然、和喜は委員等を突き飛ばし、怒りの声をあげる。

 

「内田・・・・・・君?」

 

「やめろよ! やさしくする”フリ”なんてするな! 本当はどうでもいいくせにっ! むしろ迷惑に思ってんだろ!? 自分の目の前でトラブルを起こしやがってって! ウザイと思ってんだろ!? 馬鹿にしてんだろ!? この偽善者が!!」

 

 こらえきれなくなった感情を委員長にぶつけてしまう。止めようと思っても、もう止められない。

 

「・・・・・・なんで、そんなこと・・・・・・」

 

 委員長はヨロリと後ろに後ずさる。今までこんなに悪意をぶつけられた事がなかったんだろう。顔は真っ青になり、口元は引きつっている。

 

「本当にぼくのことを心配しているなら、なんでっ! 何でもっと早く助けてくれなかったんだ!? これまでぼくがどんな目に合っていても、知らん顔だったくせにっ! ・・・・・・偽善者! 偽善者ぁ!! お前なんて嫌いだ!! 早く、どっかへ行けぇ!!!」

 

 自分の中の醜い部分を全てさらけ出すように、全てのの感情をこめて、委員長を糾弾する。和喜の悪意を全てぶつけられた委員長は、その瞳に大粒の涙をためて、それでもキッと眉毛を吊り上げ、和喜の悪意を受け止める。

 

「・・・・・・その通りよ。・・・・・・あたし、委員長なんてやっているけど、本当はクラスメイトの誰にも興味なかった。トラブルさえ起こしてくれなければそれでいい・・・・・・。そう思ってた。だから、内田君の服がちょっと汚れていた時だって、友達とふざけてただけだと大して気にも留めなかった。でも、分かるわけないわ。だって内田君、何かあってもヘラヘラ笑っているだけだったもの。あたしがたまに尋ねても「なんでもない」ってしかいわなかったもの。本当のこと、話したいことを話してもくれなくて、どうやって分かれって言うのよ!? 内田君のこと、常に気にしてろっていうの? 片時もそばを離れずに? そんなこと出来ない。あたし、そんな出来た人間じゃないっ!」

 

 そういうと委員長はそのまま和喜から逃げるように去っていった。

 

 

 

 

 

 

  ●たくま  :今日、レベル5の御坂美琴をみかけたよ。

  ●リンク  :マジ!?どこで?

  ●たくま  :駅前のクレープ屋。そこで友達とクレープ食ってた。

  ●リリアナ :なんか・・・・・・普通だな。

  ●たくま  :ほんと、もっと凶暴な人かと思ってた。ほんで、記念に写真撮ろうかと思って

         たら、ツインテールの女に携帯奪われた・・・・・・データ消された・・・・・・(涙)

  ●フラワー :盗撮は犯罪です!!

  ●ガチ兄さん:いつも思うけど、フラワーさんって、いつもここにいるね・・・・・・

  ●たくま  :もしかして、友達いないとか

  ●フラワー :wそ

  ●ガチ兄さん:あ、動揺してる

 

 

 

 くだらないチャットのやり取りを眺めながら、和喜は、委員長の言葉を思い出していた。

 

(本当のこと、話してもくれないのに、どうやって分かれって言うのよ!?)

 

 本当にそうだろうか?

 ぼくがもっと意思表示をしていたら現状は変わったのだろうか?

 助けてくれる人間は現れたのだろうか?

 

 最後に・・・・・・一度だけ、試してみよう・・・・・・

 

 和喜はカチャカチャとキーボードを操作して文字を打ち込み、送信ボタンを押した。

 

 

 

  ●日陰者  :ぼくはころされる。怪しげな薬を投与され、変な出来物が出来た。そいつは、

         ぼくに憑り付いている。学校でもいじめを受けている。もう、どうしようもな

         い。

 

 

 その投稿内容に、他の投稿者の反応は・・・・・・

 

 

  ●リンク  :なにこのひと?電波さん?

  ●たくま  :なにかのコピペじゃね?

  ●リリアナ :スルーしましょう。

 

 

 ほらな。やっぱり無駄だった・・・・・・。みんなほくのことなんか興味ないんだ。そう思っていると--

 

 

  ●フラワー :詳しく話してください。

 

 

 ・・・・・・意外にも食いついてきた人がいた。

 

 和喜はもっと詳しい内容を投稿した。

 

 自分がイジメにあっていること。

 変なメールの誘いに乗ったこと。

 そのせいで奇妙な出来物ができたこと。

 

 

  ●フラワー :あなたと、直接会いたいです。

 

 

 こんなに親身に話してくれる人は、初めてだった。和喜はつい、この相手に心を許しそうになる。だが、これまでのつらい経験が、それを邪魔する。

 

 (きっと、この人も、最後には裏切るんだ。他人を信頼なんてするな。)

 

 そうだ、もう遅い・・・・・・

 全ては、手遅れだ・・・・・・

 急に冷めた気持ちになった和喜は、チャットからログアウトした。

 

 

「・・・・・・気が済んだかぁ? 和喜よぉ」

 

 出来物が気持ち悪い笑い声を上げる。

 

「ああ・・・・・・。もういいよ。契約するよ」

 

 全てを諦め、和喜は考えることをやめる。

 

「OK。契約成立だ」

 

 その瞬間、出来物がボコボコと動く。

 

「!?」

 

 自分の心が侵食されるのを実感しながら、和喜の意識は遠のいていった。

 

 

 

 

 深夜。とあるマンションの一室。

 

「ふぁ~あ」

 

 オンラインゲームを眠気をこらえながらやっていた少年は、ついにガマンできなくなり、ログアウトしてしまう。彼は、和喜を虐めていたグループの一人だった。

 

「あのATM。今度はお金持って来るかな?」

 

 ATMとはグループが和喜から金を巻き上げるときに使う、俗称であった。彼らは、カードの挿入と称して和喜をしこたま蹴ったり殴ったりして、金を出させていたのだ

 

「そろそろ遊ぶ金がなくなってきてんだ。明日はもってこいよなぁ・・・・・・」

 

 少年はそう独り言をつぶやくと、パチリと電気を消した。

 

 暗がりになる少年の部屋。

 

 その少年の天井の壁に

 

 悪魔の形相をした内田和喜がへばりついていた。

 

 和喜は少年の元までゆっくりと降りてくると、手にしていた金槌で少年の前歯を叩き折った。

 

「・・・・・・ムガァアアアア!!!」

 

 あまりの激痛に少年は声をあげようとするが、和喜は瞬時に口の中に自分の左腕を突っ込み、叫び声を上げさせない。

 

「ハアロゥォオ!! 調教の時間だぜぇえ!?」

 

 和喜は・・・・・・和喜の主導権を奪った出来物は、ゲハハハと笑いながら、少年に向かって、手にした金槌を振り降ろした。

 

 

 

 

 

 


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