スタンドとは精神エネルギーの具現化である。その形状、能力は、それぞれの本体が持つ願望に如実に反映される。だとすれば、現在孝一と対峙しているこの人狼型のスタンドは、高井直人の夢・希望・こうありたいと願う理想の自分。それらが結実して産まれた、彼そのものであるといえる。
彼、高井直人は未来に展望を見出せない少年だった。いつもどことなく息苦しくて、周りと同調する事に抵抗を持っている。自分には何かが出来るという漠然とした思いはあるが、その何かが分からない、そんないらつく毎日を送っていた。
この窮屈な毎日をぶち壊したい。
いつしかそんな鬱屈した思いをもつようになっていた。
--破壊する--
その願望が恐らく、このスタンドの誕生理由である。だが、そのスタンドを押さえ込むだけの精神力を高井は持ち合わせて居なかった。産まれた瞬間は従順であった彼のスタンドは、日数を重ねるたびにしだいに彼のコントロールを離れていった。
これからどうするのか?
それはこのスタンドにも分からない。だから、自分の中にある欲求に素直に従うことにした。
それは
”敵対するもの全てを破壊すること”
「ウオオオオオオオオオ!!」
スタンドが吼え、孝一に向かい突進してくる。
その足元には、エコーズact2が作りだした相手を吹き飛ばす文字が張り付いている。だが、狼の巨人は吹き飛ばされても、しばらくするとムクリと起き上がり、再び孝一に向かって突進してくる。
「これで何度目だよ? 何て頑丈なヤツなんだっ!」
まるで堪えていない。スタンドはダメージを追うどころか、逆に孝一の攻撃に対して怒りを募らせている。本来なら、もっと強力な音を作り出すことも可能だ。だが、それをすれば本体である高井にまで影響が及ぶ。
「!?」
ちょっと目を離した隙にスタンドの姿がない。
「孝一様。上デス。奴ハ上空ニジャンプシヤガッテイマス」
act3の指摘で、ハッと上空を見た時にはもう遅い。スタンドがその巨体を揺らしながら孝一に向かって急降下し終える直前だった。
「うわあああ!? act3ッ! このスタンドを重くしろぉ!!」
「了解。3 FREEZE(スリーフリーズ)!!!」
とたんに、スタンドの右腕に、何十キロもの重さがかかり、そのまま地面に叩き付けられる。そのあまりの衝撃に、床のコンクリートに大きな亀裂が入る。だが、それでもこの狼の巨人は止まらない。その重い右腕をズルズルと引きずりながら、地面から立ち上がってみせたのだ。
「馬鹿な!? 右手を重くしたはずだ!? 立ち上がれるはずなんてないんだ! ・・・・・・はっ!?」
スタンドは足を大きく後に振り上げると、そのままコンクリートを抉り、その塊を、まるでサッカーボールの様にして孝一に蹴りだした。まるで弾丸の様に打ち出されたそれを、孝一はact3でとっさに防御する。
「ウグッ!?」
だが完璧に、とまではいかなかった。その衝撃に、孝一の体はたまらず後方に弾き飛ばされ、ビルの壁にしこたま頭をぶつけてしまう。一方のスタンドは、さっきまで重かった右腕が急に元に戻ったので、再び孝一の方へとその歩を進める。
「~~痛っ~~!? なんて頑丈で、馬鹿力のヤツなんだ。エコーズの攻撃がまったく通用しない・・・・・・」
孝一は先程からエコーズを様々な形態に切り替えては、狼のスタンドと対峙している。だが、まるで効果を得られない。ヤツは重くしようが、文字で吹き飛ばそうが、かまわず孝一に向かってくる。
(アイツを高井君から引き剥がしたいけど、それは少し難しい。アイツの強靭な肉体は、けっしてその手を離さないだろう・・・・・・。おまけに、あまり強力な攻撃は出来ない。スタンドが傷付けば、本体の高井君にもダメージが及ぶ。・・・・・・くそっ、せめて後一人、援軍がいれば、何か妙案でも浮かぶかもしれないってのに・・・・・・!)
その時、狼のスタンドは孝一の約10メートルで突然その歩みを止め、その拳をコンクリートに叩き付けた。
「何、を!?」
そう言おうとして、スタンドのやろうとしていることを理解した。
スタンドの右手には、自身の拳で砕いた、コンクリートの塊が握られており、その腕の筋肉が次第に盛り上がっていく。
「グワゥルルルルルルル・・・・・・」
投石
そのシンプルな攻撃手段に孝一は震えた。
(こいつっ! 近寄らせないつもりだっ! 一定の距離を保ったまま。延々と投石を繰り返す! シンプルだけどヤバイッ! この攻撃はヤバイッ!)
そして、狼のスタンドは軽く助走をつけながら、孝一に向かって投石を開始した。肉眼では追い切れないほどの超スピードで投げつけられたコンクリートは、もはやそれ自体が弾丸や大砲と同じである。
「act3っ! 叩き落せるか!?」
「S・h・i・t! コイツハ、骨ガ折レソウダ」
そういいながら、必殺の3 FREEZE(スリーフリーズ)を繰り出すact3。
その瞬間----
「!?」
投げつけられたコンクリートは、act3によって、何とか防ぐ事が出来た。叩き落されたコンクリートは、地面に深く深くめり込んでいる。
だがそれよりも驚いたのは、突然乱入してきた少女の存在だ。褐色の肌を持つ彼女は、自身の体から何か手のようなものを浮き上がらせると、その拳で、スタンドの両目を殴りつけた。
「ウギャォオオオオオオオ!!!」
それがあまりにも突然だったので、不意をつかれたスタンドは、思わず握っていた高井の体を離してしまう。すると、少女は今度は高井目掛けて攻撃を仕掛けてきた。
「どすっ」という音が聴こえてくるくらい、深く心臓を抉る少女のパンチ。
「・・・・・・心臓を停止させた。いくら強靭なスタンドだろうが、本体が死亡しては、その存在を維持することは出来ないわ」
「・・・・・・」
狼のスタンドはそのままズシンと膝をつくとそのまま倒れこみ、やがてその存在が嘘だったかのように、消えていった。
「・・・・・・なんてね。ホントは仮死状態にしただけだから、適切な処置をすればまた蘇生できるんだけどね・・・・・・。たぶん・・・・・・」
小声でそういうと、少女は孝一の方に振り返る。
褐色の肌にウェーブのかかった髪。グレーの制服。おそらく孝一より年上であろう少女は、孝一をじっと見つめながら目を細め、微笑む。その笑みは、孝一が「ホントに笑っているのか? 」 というほど作り物っぽかった。
「・・・・・・君には感謝しているわ。このスタンド、頭は悪いけど、体力だけは馬鹿にあるから。一人だと骨が折れるなって思ってたのよ」
「彼らに人体実験を行った組織の人ですか・・・・・・?」
突然の乱入者に驚くも、美晴との会話から大体の察しはついていた。たぶん彼女は回収人。こうして自分達が行った実験の、後始末専門の人間。今回は高井のスタンドが暴走した為、こうして回収に来たのだ。
「察しがいいね。それじゃあこのまま、黙って引き下がってくれるとうれしいな」
少女はそういうと高井を担ぎ上げようと身をかがめる。だが、それを広瀬孝一は許さない。
孝一は、彼女の肩を掴みこう宣言する。
「あんたを捕まえる。ついでにあんたの組織のやつらも捕まえる。そして、高井君も助ける。・・・・・・あんたがどんな強力なスタンドをもっていようが、必ず・・・・・・」
孝一が掴んだ肩を、彼女は撫でるようにして触る。彼女は少しも動揺していなかった。まるで、自分の絶対的立場が揺るがないというかのように。そして--
「やっぱりね。簡単には通してくれないかあ。それじゃ力ずくで!」
言うが早いか、彼女は自身の体からスタンドを出現させ、転がっている高井の体を持ち上げ、孝一に投げつけた。
「な!?」
何かやるとは思っていたが、まさか高井を盾に使うとは予測できず、孝一は反応が遅れてしまう。瞬間、鋭いパンチが孝一の顎にヒットし、思わずのけぞった。
「グゥ!?」
さっきの攻撃で脳震盪を起こしたのか、頭がぐらぐらする。だが、何とか体制を整え直し、敵である少女に向き合う。
(これが、こいつのスタンド・・・・・・!)
そこには白銀色に輝くスタンドがいた。全体的に丸みを帯びた人型フォルム。そいつが孝一の前に立ちはだかる。
「メタル・イリュージョン・・・・・・。君はもう、逃れられないよ」
少女はそういって再びパンチを繰り出す。
(早いけど・・・・・・。かわせない速さじゃない。このまま3 FREEZE(スリーフリーズ)を叩き込む!)
そういって、孝一はカウンターを狙い、act3のパンチを繰り出す。だがそれは失敗に終わった。
「え?」
体が揺れる? 足がふらつく・・・・・・。さっきの脳震盪が、まだ回復していないのか?
結局孝一の体は、少女のスタンド『メタル・イリュージョン』の攻撃をかわす事が出来ず、そのパンチをまともに受けてしまった。とたんに、激しい激痛が、孝一を襲う。
どろり、と 口の中で鉄の味がする。どうやら口の中を切ってしまったようだ。
「・・・・・・何が起こったのか、理解できていないって顔をしてるね。わかっている? 自分の置かれている現状に」
「ぐっうう・・・・・」
孝一はたまらず膝を落としてその場にうずくまってしまう。
頭がぐらぐらする。
口から血がボタボタと滴り落ちる。
殴られた箇所の、激痛が酷い。
(なんだこれ? なんだこれ? なんだこれ?)
孝一は訳が分からなかった。体からは力が抜け、視界全体が揺れているかのようだ。まともに立ち上がる事が出来ない。
・・・・・・さっきから、血が止まらない・・・・・・
何故だ? そろそろ止まってもよさそうなものなのに・・・・・・
その時孝一はある可能性に思い至った。それを確かめるために、act3に孝一自身の腕を手刀で傷つけさせる。
「・・・・・・」
傷つけさせた箇所から僅かに血がにじみ出るが、それはしばらくするとやがて、止まった。
ボタボタとさっきから延々と流れ続ける口の傷と比べると雲泥の差だ。
(・・・・・・まっ、まさかっ! こいつの能力は!?)
「やっとわかったの? お馬鹿さん? でも、もう遅いよ。我が『メタル・イリュージョン』の能力からは逃れられない」
「っ・・・・・・!!」
・・・・・・生命には再生能力が備わっている。手を切ったり、擦り傷をした時、しばらくすれば出血が止まり、やがて傷が塞がるのは、体の組織がその損傷箇所を修復するからだ。
それがもし、阻害されたら?
(”再生させない”・・・・・・。くわしい言い方は分からないが、こいつの能力は殴ったものの再生能力を阻害するというもの・・・・・・。殴られればダメージは回復せず、刺されたら、その箇所からは延々と血が流れ出すっ! ・・・・・・だとしたら、この状況で、僕に勝ち目は・・・・・・)
そう、もうない。
この少女の、スタンドの攻撃を食らった時点で、孝一に勝機はなかったのだ。
完全に、かたに嵌められた・・・・・・
孝一の、敗北だった。
「悪いけど、タイムアップだよ。ぐずぐずしてると、本当に彼が死んでしまうからね。お遊びはここまで」
そういうと、少女は孝一の胸倉を掴むと、その顔面を思いっきり殴りつけた。
「ぅ・・・・・・」
「あっ。そういえば、名前を言ってなかったね。私の名前はネリー。下の名前はない。ただのネリーだよ。また機会があったらあいましょう」
そしてネリーはスタンドで高井の体を抱え上げると、ビルの屋上から姿を消した。
後に残されたのは、殴られ、気を失った孝一だけ。
時刻は午後八時三十分。
一連の事件はこうして幕を閉じた・・・・・・
たぶん、後1話で完結です。