広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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やっと終わりです。終わってよかった。
一気に気が抜けました・・・・・・


スタートライン

「いやあ、今回は残念な結果になっちゃったね」

 

 とある研究施設。その一室で、佐伯は部下のネリーからの経過報告書を読み、彼女にそう答えた。

 

「・・・・・・5名の被験者のうち3名が死亡。一名はスタンドが消失。そしてもう一名は・・・・・・」

 

 そういってネリーは、部屋の透明ガラスのはるか向こうにある、巨大な水槽に目を向ける。そこには、実験体である高井直人が入っているからだ。彼は今、佐伯による新しい実験のサンプルとして、スタンドと本体とを切り分ける実験に強制的に参加させられている。

 

「・・・・・・私は以前。このT-01を、世界中の軍事各国に売り渡すといっていたけど、それはヤメ。中止することにしたよ。だってそうだろう? 100人が投与して、約半数もの人間が意識不明になったり、能力を暴走させてちゃ、話しにならない。兵器としてはあまりに不完全で危険極まりない薬品だ。・・・・・・つまり、T-01は完全な失敗作ってことだ」

 

 腰掛けている椅子をギィとならし、佐伯は今回の実験の正直な感想を述べる。だがその顔には落胆したような表情は見られない。むしろまた、新しい悪戯を思いついた子供の様に、ニヤニヤと一人笑いをしている。

 

「・・・・・・開発は、中止ですか?」

 

「中止? とんでもない。確かにT-01を海外に売りに出すことはやめにしたよ? だけど、それで終わりじゃない。もっと、別の使い道もあると思うんだ」

 

 ネリーの問いに佐伯は、”何を言ってるんだ?”と言う様な表情でそう答える。そしておもむろにこんなことを言い出す。

 

「昔、ある科学者がいてね。人間の体を機械のパーツに交換した場合、どこまで自我が維持できるかという実験を行っていたんだ。その結果得られたのは、人間は脳みそとそれに繋がっている神経さえあれば、自我を保てるということなんだ」

 

「はあ・・・・・・」

 

 佐伯が何を云わんとしているのか分からず、ネリーは曖昧な返事を返す。

 

「つまりさ、脳みそを大量に複製し、それにT-01を投与すれば、今よりもっと隠密に、かつ確実にスタンド能力を入手出来るとは思わないかい?」

 

 すごいことを思いつくなとネリーは思った。だが、すぐさまある疑問が浮かんだので、素直に質問してみることにした。

 

「ですが、スタンドの発現条件や能力は、本体のそれまでの生活環境・人生観などに左右されます。全てが白紙の状態の脳にT-01を投与しても、意味が無いのではないでしょうか?」

 

 そのネリーの問いに佐伯は「その点は大丈夫さ」と自信たっぷりに太鼓判を押す。

 

「わが組織が誇るスーパーコンピュータを使う。そいつに様々な年齢、性別、職業、環境、親友の有無、家族間構成その他諸々を何パターンもシュミレートさせ、それぞれの脳に移植する。まあそれでも成功確率は30パーセント位だけど、数人を攫って足がつくよりかは遥かに安全だし、なにより隠密に活動できるしね」

 

 佐伯は両手を頭で組み、机を蹴ると、椅子をクルクルと回転させた。

 

「子供ですか」

 

 ネリーは佐伯の行儀の悪さに辟易してつぶやく。しかし、当の佐伯は我関せずだ。

 

「スタンドの研究に関しては、我々はまだスタートラインに立ったばかり。ずぶの素人と同じだ。まあ色々と、試行錯誤してみましょう・・・・・・。試してみたいこともあるしね」

 

 そういって、彼はこれからのことを思い浮かべ、ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 あの出来事から一週間が経過した。その間、彼・内田和喜の生活は劇的に変化・・・・・・することもなく、今までと変わらない毎日を送っている。唯一変わったことといえば、イジメグループが和喜の事を虐めなくなったことくらいだ。彼らは、和喜の姿を確認すると、とたんに恐怖で顔を歪ませ、その場から逃げるようにして去っていってしまう。

 

「内田君、次の授業は多目的ホールよ。急がないと遅刻しちゃうわよ」

 

「うん。ありがとう、委員長」

 

 訂正、もう一つ変化した事があった。それは----

 

 

 

 

 4日前、つまり和喜が、黛によってスタンドから解放されてから3日後。彼女の上司という人間が現れ、事情聴取を受けることとなった。とはいえ事件について根堀葉堀、執拗に聞かれるということは無く、ごく形式的なものだった。

 

 場所はどこで、どのような種類の薬を投与されたのか、和喜の他に何人の被験者がいたのか、それくらいだった。それが、あまりにあっけなかったので、思わず「本当に終わりなんですか」と聞き返してしまったほどだ。

 上司の人が言うには、スタンド絡みの事件は立証が難しく、特に目立った被害が確認できない以上、踏み込んだ捜査は出来ないとのことだった。むしろ事件を解決できたこと自体が珍しく、今回は非常に稀なケースらしかった。上司の人は事情聴取を終えると、「それではお疲れ様」と言い残しそのまま帰ってしまった。

 

「・・・・・・」

 

 事情聴取を終え、和喜はベッドに横になる。そしてそのまま壁の一点を見つめ、動かない。

 

 和喜はこの三日間、学校をズル休みしていた。学校に行くのが怖かったからだ。暴言を吐いてしまった委員長に合わせる顔が無かったし、何よりあの四人組がどうなったのか、知るのが怖かった。だけど、いつまでもこうしていることは不可能だった。どんな結果でも、それは自分が引き起こした事、甘んじて受け入れなければならない。

 

(あした、学校へ行こう・・・・・・)

 

 そう和喜が決意したその時、不意にドアをノックする音が聴こえた。先程の上司の人だろうか? そう思いドアを開けるとそこには意外な人物がいた。

 

「委員長・・・・・・」

 

 そこにはブスッとした顔をして、和喜の顔をジロリと睨み付けている委員長がいた。彼女は手に持ったプリントの束を和喜に押し付けるようにして手渡すと、「卑怯者!」といって、和喜を糾弾した。

 

「・・・・・・あの時、暴言を吐いたのは悪かったと思っているわ。でも、次の日から三日も学校を休むなんて、卑怯だわ。なによ? 無言の抵抗、いやがらせって訳? 私が和喜君をどんなに傷つけたのか、反省しろって?」

 

 矢継ぎ早にぶつけられる委員長の言葉に和喜は成すすべがない。

 

「あの・・・・・・その・・・・・・。なんというか・・・・・・ゴメン」

 

「本当に悪いと思ってるんだったら、ちゃんと学校に来なさい! じゃなかったら、イヤミすら言えないじゃない・・・・・・バカ」

 

 何か、いつもの委員長と違う。和喜はそう思った。ひょっとしたら、今の方が彼女の”地”なのかもしれない。

 

「とにかく! この三日間。あたしは罪悪感に苛まれていたの。まずその謝罪を請求するわ。だから、ズル休みなんかせず、きちんと学校で、あたしに謝ること! 以上!」

 

 そういうと委員長はくるりと背を向け、そのままドアから出て行った。心なしか顔が赤かったのは気のせいではないだろう。

 

 

 

 

「内田君、次の授業は多目的ホールよ。急がないと遅刻しちゃうわよ」

 

「うん。ありがとう、委員長」

 

 和喜は委員長と並び、一緒にホールまで向かう。

 

 あれから、委員長とは少しだけ仲良くなった。必要な時しか会話しなかった今までとは雲泥の差だ。何故だろう? お互いの地の部分を見せ、罵りあったからだろうか? でも、悪い気分じゃなかった。むしろ心地よく、和喜はこの関係をもっと維持したいと思うようになっていた。でも、それにはやらなければならない事が一つある。彼女と本当に友達になるためには、和喜の口からキチンと相手に伝えなければならない。

 

 それが、すごく怖い。

 

 彼女に拒絶されたらどうしよう? それが怖くて、一歩踏み出せない。

 忌々しいけど、あの佐伯って人の言葉が思い出される。

 

(何かを得るためにはリスクを犯さなくちゃならない時がある)

 

 そうだ、ここで一歩踏み出さなきゃ・・・・・・。何も変わらない。友達になってほしいなら、キチンと伝えなきゃ。その思いが、和喜に勇気をふるい起こさせる。

 

「あのさ・・・・・・委員長」

 

「ん?」

 

 和喜は突然ぴたりと止まり、委員長を呼び止める。

 

(伝えたい思いはたくさんある。だけど、長々と説明なんて出来ない。頭では分かっていても、言葉が追いついていかない。きっと吃(ども)ってしまう。だから、一言。たった一言でいい。言葉に出して言うんだ。断られても構わない。何もしないよりずっといい!)

 

 そして和喜はその一言を口にする。

 それがたぶん、彼にとっての、スタートライン。

 

「委員長! ぼくと、友達になってくだしゃひ!」

 

 ・・・・・・思いっきり、噛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・久しぶりだね、美晴さん。そろそろ会えるんじゃないかって気がしていたよ」

 

 いつか夢で見た草原が広がる場所で、孝一は美晴と再会を果たしていた。あの事件から一週間ぶりの再会である。だが、美晴を見る孝一の表情はどこか浮かない。

 

「・・・・・・失望、させちゃったかな? あんな不甲斐ない結果になっちゃって。結局、君との約束は守る事が出来なかったよ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 美晴は答えない。いや、それどころか、体が少しずつ透けてきている。よく見ると微妙に、周囲の景色もうすぼんやりとしている。おそらく美晴は、最後の力で孝一に会いにきたのだ。

 

「何か、言ってくれよ・・・・・・。罵ってくれよ。”うそつき”でも、”ふざけんな”でも何でもいいから!」

 

 孝一は感情をあらわにして、あらん限りの声で美晴に向かい叫ぶ。その孝一の絶叫にも近い感情の吐露に、触発されてか、ようやく美晴が口を開いた。

 

「・・・・・・思ってもいない事を、言うことはできないわ・・・・・・。そんなに自分を卑下しないで。あなたは、良くやってくれた」

 

「でもっ! でもっ! 救う事が出来なかった! 助けてあげられなかったっ! 悔しい・・・・・・。すごく、悔しいんだ・・・・・・」

 

 孝一はワナワナと振るえ、拳をぎゅっと握り締めた。

 

「ごめんね・・・・・・。かってにあなたを巻き込んで・・・・・・。あなたに辛い思いをさせちゃった・・・・・・。あなたに期待していなかったっていえば嘘になるけれど・・・・・・。よく言うでしょ? ままならないのが人生って。だから、この結末にも一応納得している」

 

 美晴の体は、すでに下半身が消えており、その体も消滅する一歩手前だ。だが、そこに悲壮感はまったくない。むしろ、晴れやかともいえる表情で、まっすぐと孝一を見つめている。

 

「私は全ての出来事には意味があると思っている。私がこうして君に出会う事が出来たのも。高井君のために奔走してくれたことも、何か意味のあることだと思っている。それが何なのかは、分からないけれど・・・・・・」

 

「美晴さん・・・・・・。行ってしまうのか?」

 

「ええ。でも悲しむことはないわ。死人が、あるべき場所へ戻るだけだもの」

 

 そして、彼女の体は粒子状の粒に変化し、そのまま周囲の景色と同化してしまう。それと同時に世界が白一色に覆われ--

 

 孝一は夢から覚めた。

 

 

 目覚めると、目の前に机があった。どうやら机で書き物をしていて、眠り込んでしまったらしい。孝一の頬に、下敷きにしたノートの痕がうっすらと刻まれている。

 

 時刻は深夜の十二時。朝ではなかった。

 

「美晴さん・・・・・・」

 

 夢の内容は、はっきりと覚えている。あの時、彼女は全ての出来事・出会いには意味があるといっていた。それは本当だ。この一連の出来事は、孝一に何らかの影響を及ぼした。

 

 この一週間。孝一には思うところがあった。だが、それを行動に移すのは、やはり勇気がいる行為だ。なにより本当に信用できるのか・・・・・・。

 

 誰かの助言が欲しかった。孝一の背中を後押ししてくれる誰かの・・・・・・

 

 

 

 

 

「・・・・・・ありゃ、孝一君?」

 

 パソコンで対戦式のネット麻雀をしていた佐天涙子は、孝一からの突然の電話に驚くも、ゲームを中断し、すぐに電話に出る。ここ最近の孝一の様子が少しおかしかったので、それ絡みの電話なのではないかと直感的に思ったのだ。

 だが、電話に出たものの肝心の孝一は「こんな深夜にゴメン」というとそのまま黙り込んでしまう。このままではラチが明かないが、急いで先を促す事はせず、孝一が話しだすまでじっと待つ。やがて、孝一がその重かった口を開き、涙子に質問をしてくる。

 

「あのさ・・・・・・。誰かを助ける事が出来る力を持った人が、その誰かを助けないのは罪だと思うかい?」

 

「なにそれ? ナゾナゾ?」

 

「いや・・・・・・まあ、そんな感じ・・・・・・。深く考えなくていいんだけど・・・・・・」

 

「いや、罪でしょ。それ」

 

 涙子は孝一の問いに実にあっさりと答えを出した。

 

「それって、救命用のうきわをもっている人が、溺れている人を助けないのと一緒じゃない? 絶対罪だよ、罪」

 

「やっぱり、そうだよね・・・・・・」

 

「相談って、それ? 前に夢に出てきたっていう”美晴”さん絡み? ・・・・・・それとも もう、終わってしまった?」

 

 相変わらず、鋭い・・・・・・。孝一は素直に悩みを打ち明けることにした。

 

「実は、僕の能力を人助けに使わないかっていう人がいるんだ・・・・・・。その人は、名前も聞いたことのない組織の人間で正直かなり胡散臭い。でも、話しに乗ってみようかと思う・・・・・・。その人が言ったんだ。さっきの質問を。僕は僕なりにやってたつもりなんだけど、個人じゃどうしても限界がある。だから・・・・・・さ・・・・・・」

 

「な~るほど。孝一君、あたしにハッパかけて欲しいんだ。一応聞くけど、その組織ってホントに大丈夫なの? 信頼できる?」

 

「うん・・・・・・まあ・・・・・・大丈夫だと思う・・・・・・たぶん」

 

 孝一は素直にうんと答える。涙子はしばらくの沈黙の後・・・・・・

 

「・・・・・・なら、いいじゃん。やりなよ。しない後悔よりした後悔ってね。正直、今の気持ちのままで鬱屈した毎日を送るくらいなら、その方がいいって。いざとなったら、あたし達がサポートしてあげるからさ。だから、元気だして? 沈んだ顔は、君には似合わないよ」

 

 そういって、孝一の望みどおりに元気に励ましてくれた。

 

 人間って、単純だなぁ・・・・・・。これだけで、心がジンワリと温かくなっていく。そう思いながら、孝一は、涙子としばらくの間 世間話に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 孝一は涙子との会話を終え、携帯をパチリと閉じると、以前四ツ葉から受け取った名刺を取り出した。

 

(S.A.D・・・・・・。スタンド絡みの事件を専門に扱った機関、か・・・・・・)

 

 机に頬杖をつきながら、孝一はその名刺をいつまでも眺めていた。

 

 それが孝一にとって、スタートラインに為り得るかどうかは、彼自身にも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 




これにて第四部完結です。
やはり長編は疲れる・・・・・・。
次回はたぶん、そんなに長くない話をやると思います。その後の予定は未定です。


前回書き忘れたネリーさんのスタンドのステータスです。

スタンド名:メタル・イリュージョン
本体:ネリー

破壊力:C
スピード:B
射程距離:D
持続力:D
精密動作性:C
成長性:D

 殴った生命体の再生能力を阻害する。殴られれば痛みは引くことは無く、切られれば出血は止まることはない。メタル・イリュージョンから受けたダメージは、射程距離外に逃れない限り回復することは無い。相手の体力を少しずつ奪う戦法が得意。


以上です。
正直名前は語感で決めました。特に意味は無いです。なんとなくかっこいいかなと思ったもので・・・・・・

それでは失礼します。

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