「やってきたっす、ショッピングセンター! さあ、さくさくっと撮影を始めるっすよ~! って、みんなどうしたんすか?」
とあるショッピングセンター内。
そこで元気に撮影開始を宣言する玉緒をとは裏腹に、他のS.A.Dメンバーはこそこそと建物の物陰に隠れ、恥ずかしそうにしていた。
「た、玉緒君? 今更だけど、ほんとにやるの? 正直、おじさんにはレベルが高いというかなんというか・・・・・・」
「は、恥ずかしいです、恥ずかしいですっ。うううう、私にはレベルが高すぎますぅ~」
四ツ葉はと纏(まとい)は、顔を真っ赤にしながら「恥ずかしーっ!」を連呼して、周囲を見回している。特に纏は顔が真っ赤で、今にも煙が出そうなほどである。彼女は四ツ葉の制服にしがみつき、イヤイヤと頭(かぶり)を振っている。それは同行している孝一も同じだった。
「ひ、人じゃない。これはじゃがいも、じゃがいも・・・・・・。人間じゃない、人間じゃない・・・・・・」
彼はブツブツとなにやら呟き、顔を能面の様にして一点を凝視している。だが、特にどこを見ているというわけではない、あまりの羞恥心にそこ以外見る事が出来ないのだ。こんなに恥ずかしいのは、演劇でステージに立ったとき以来だろうか。まるで、全ての視線が孝一たちに向けられているようだった。
「・・・・・・なんだなんだ? コスプレのイベントか何か?」
「そんなチラシ、あったっけ?」
「どっかの劇団の人かな?」
道行く人達がヒソヒソと孝一たちを見ている。無理も無い、孝一たちは現在、S.A.Dの制服を着込んでいるのだ。ダークグレーの制服は、ショッピングセンターの日常の景色とはあまりにも不釣合いで、それだけで目立ってしまう。
「孝一君ー、ファイトー。ばっちりいい絵を撮るからねー」
「広瀬さん。頑張ってくださいっ」
その後ろで、佐天涙子と初春飾利が、孝一を激励している。涙子はハンディカメラで孝一の顔や、他の隊員達の表情などを撮影している。
「ひ、人事だと思って・・・・・・」
そういって、孝一は涙子たちを恨めしそうに見つめるのだった。
----事のいきさつは玉緒のPV・ゲリラ撮影宣言まで遡る。
「・・・・・・そうっす! 今回のPVのキモは臨場感っす! その為にはゲリラ撮影を敢行するしかないっす! そしてメンバー全員にも出番があるッすから、気合入れて頑張るッす!」
「ええええええ!?」
メンバー全員の絶叫のさなか、一人の少女が手を上げた。孝一のクラスメイト佐天涙子だ。
「・・・・・・あのー。もしよろしかったら、私達にも撮影を手伝わせてもらえませんか?」
その表情は、自分達も面白いイベントに参加したいといっているような満面の笑みだった。玉緒は「おお?」と涙子達に視線を移すと、やがて、何かを閃いたのか、手をポンと叩いた。
「そうっすね! 誰か第三者に撮ってもらうっていうのも、アリっすね!」
そういうと玉緒は自分のハンディカメラを涙子に手渡し、その手を握った。
「決めたっす! るいるいにはPV撮影を担当して貰うっす! その方が全員を色んなアングルで撮れるっす! よろしくっ、るいるいっ!」
「る、るいるい?」
玉緒は即断即決で涙子を撮影担当にしてしまった。当の涙子も、いきなり大役を任され若干戸惑い気味だったが、やがて「・・・・・・うん。わかった」と玉緒の手を握り返した。
◆
「さあ、みんなっ! 覚悟を決めるっすよ! 一発勝負のつもりで撮影に挑むっす! ほら、こっちこっち!」
玉緒が痺れを切らしてメンバーに手招きをしている。
「はぁ・・・・・・こいつは、もう・・・・・・」
「覚悟を決めるしか、ないですね・・・・・・」
四ツ葉と孝一は覚悟を決めたように、互いの顔を見て苦笑いを浮かべた。
これまでの短い付き合いで、孝一は二ノ宮玉緒という少女の人柄をある程度理解した。それは、彼女は一度決めたことは必ず成し遂げようとする鉄の意志をもっているということだ。ここで撮影を拒んでも、きっと彼女は諦めない、あの場所を離れる事は無いだろう。きっといつまでも待つに違いない。
「え? え? 嫌です嫌ですっ! 私には無理です! 堪忍してくださいぃぃ!」
「ハルカちゃん、お願い・・・・・・」
「了解です。さあ、纏(まとい)。観念して行きましょうね」
孝一たちはスクッと立ち上がると、いまだイヤイヤと壁にしがみついている纏を引きずり、玉緒の元までやってきたのだった。
「さ~て、始めるっすよぉ! るいるいっ! シーン1スタートっす!」
玉緒は全員が揃ったのを満足そうに見つめ、涙子に撮影スタートの合図を送った。
◆
撮影はその後も場所を変えながら順調に行われた。当初は通行人の視線が気になり挙動不審だった隊員たちも、しだいに慣れてきたようで、多少の演技も出来るまでになっていた。ただ一人を除いて・・・・・・
「さあ、シーン31っ。街中を歩くまゆまゆっ。何かの気配を感じ、上空を凝視するっす!」
「ダメですダメですっ! 出来ません出来ませんっ! 恥ずかしいですぅ!」
纏はハルカの体にピッタリとしがみつき、動こうとしない。客観的に見ると、路上でその格好もかなり恥ずかしいものがあるのだが、纏にはそんな事はわからない。彼女は、まるでコアラのようにハルカにしがみつき、イヤイヤと泣き出してしまった。
「・・・・・・玉緒君。ここは日を改めるか、纏君のシーンは何かに置き換えるかした方がいいんじゃない?」
あまりに纏が不憫に思い、四ツ葉が思わず助け舟を出す。だがそれを玉緒は「だめっす」と一喝した。
「このシーンにはまゆまゆは絶対必要っす! ・・・・・・自分、今のメンバー結構気に入ってるっす。だから、誰一人欠けてもだめなんす。このPVにはみんなが揃わないと意味ないんす! だって、これからやってく”仲間”なんすから!」
「なかま・・・・・・」
その言葉に纏がピクリと反応した。
「そうっす! 仲間っす! だから、まゆまゆの力を貸して欲しいっす! これからやっていく仲間として、そして友達としてっ!」
「・・・・・・」
纏はグスッと目元をぬぐうと、ハルカから体を離した。
「・・・・・・わかりました。やってみます・・・・・・。うまく出来るか、わかりませんけど・・・・・・」
「いよぉっしっ! 撮影最再会っす! 気合入れて撮るッすよぉ!」
玉緒は満面の笑みを浮かべて、纏の手を握った。
◆
「・・・・・・ふぅ」
撮影は一端小休止を挟む事となった。孝一達は、街の通りに設置してあるベンチにこしかけ、思い思いに休憩をとる。
「お疲れモードだね、孝一君」
そんな孝一の隣に、涙子が座ってきた。その手にはタオルが握られており、彼女はそれを孝一に「はい」といって手渡した。孝一はそれを「ありがとう」と言って受け取り、額の汗を拭く。
「いやあ。PV撮影がこんなに疲れるなんて思わなかったよ。組織の制服なんかを着るのも、初めてだし。やっぱりなれない事はするもんじゃないね。もう、首がキツくってしょうがないよ」
そういって孝一は制服のネクタイを緩めた。
「でも、孝一君楽しそうだねー。一週間前はあんなにうんざりした顔をしてたのに・・・・・・」
涙子の言葉を受け、孝一は「そうかもしれない」と言った。たしかに、最初は騙されたと思ったし、今日限りで見切りをつけようかとも思った。だけど、次第にその意識が変わっていった。その原因はやっぱりあの少女だ。
二ノ宮玉緒。
彼女の持つ不思議な魅力に、孝一は次第に感化されていったようだ。もう孝一は以前の様にS.A.Dにマイナスのイメージを持つことはなくなっていったし、愛着も持ち始めていた。そういえば、孝一は正式に隊員になると四ツ葉には言っていない。・・・・・・そろそろ、覚悟を決めなくてはならなかった。
ふいに、涙子が手にしたハンディカメラを構え、孝一を撮影する。
「孝一君。これから組織で働く事になるとして、何か抱負を一言お願いします」
「えええ?」
孝一は、まだ入ると決まったわけじゃないと否定するが、涙子は「あくまで”もしも”の話しだから」とガメラを向けるのを止めてくれない。孝一は涙子の押しに負け、あくまで”もしも”としての話をする。
「・・・・・・まあ、自分の能力を使って、誰か困っている人の役に立てるのなら、喜んでこの力を使いたいと思うよ。たぶん、この力はその為に授けられたと思っているから・・・・・・」
そういって孝一は握りこぶしを作り、その手を見つめる。嘘偽りの無い正直な気持ちだった。
「・・・・・・はーい。みなさーん。後10分したら撮影再開っすよぉ~! 後はたいちょーのシーンをとって、今日のところは終了っす!」
玉緒がベンチから立ち上がり、撮影再開の旨を伝える。
「後10分かぁ。それじゃ、あたしみんなの分のジュース買ってきてあげるよ」
涙子はそういうとハンディカメラをカバンにしまうと、近くにある自動販売機まで駆け出していった。
その時、孝一たちの近くで何かの破壊音が木霊した。良く見ると、銀行の防犯シャッターが派手に壊されている。そこから二人組みの男が飛び出してきた。男達は顔にマスクをしており、手には重そうなカバンを抱えている。誰がどう見ても銀行強盗だった。
「どけっ! このアマっ!」
「きゃっ!?」
その男達の進行方向にいた涙子を、男達は思い切り突き飛ばした。涙子は持っていたカバンを地面に派手に落としてしまう。強盗の一人はそのカバンが何か金目のものだと思ったのか、さっ拾い上げると、さっさとその場から逃げ出そうとする。だが、それを涙子はさせなかった。
「これはダメっ! この中には、とても大切なものが入っているのっ! 他のものはあげる。でも、これだけはっ・・・・・・」
彼女は、その強盗が取り上げたカバンにしがみつこうとする。しかしそれは出来なかった。カバンを持った強盗は自身の体から、人型の物体を出現させたのだ。
「あ・・・・・・からだが!?」
涙子の体はスタンドの力によって易々と持ち上げられ、やがて床に投げ捨てるように地面にたたきつけられてしまった。
「・・・・・・お前ら」
その光景を見たとたん、孝一は切れた。孝一は自身のスタンド、エコーズact3を出現させると、男達のほうへと歩み寄って行く。だが、そんな孝一より早く彼らの前に立ち塞がる人物がいた。
「・・・・・・何を、してくれちゃってるんですか・・・・・・私の友達に・・・・・・」
纏はこれまで孝一たちに見せたことの無いような表情で犯人を睨み付けると、手にしたオシリスの刀の柄を思い切り地面に叩きつけた。そのとたん、妖刀から、スタンドが出現する。
「ちっ! おい、例の場所で落ち合うぞ!」
もう一人の強盗はスタンド能力を持っていないのか、スタンド使いの強盗からカバンを受け取ると一目散に逃走を始めた。残った男は足止めのつもりなのだろう、自身の体からスタンドを出現させ、孝一たちと対峙している。
「・・・・・・孝一さん。はやく、玉緒さんの後を追ってください。ここは私が引き受けます」
纏は感情を押し殺したような声を出してそう孝一に告げる。良く見ると玉緒の姿がない、どうやら逃走を始めた強盗に瞬時に反応して追跡を開始したらしかった。
「で、でも纏さん! 相手の能力もわからないのに一対一なんて・・・・・・!」
「いいから! 行きなさいっ! この男だけは、どうしても許せませんっ! 私がこの手で倒しますっ!」
纏のあまりの剣幕に、孝一はたじろぎ、その言葉に従う事にする。
「・・・・・・」
孝一が玉緒を追ってその場から離れる。
「へっ、いいのかぁ? 二対一じゃなくて? 正直お前の剣と俺の能力、相性は最悪だと思うぜぇ!」
強盗は仮面の下からニヤニヤとした表情で纏を見つめている。だが、纏はその挑発の言葉にもまったく動じない。その視線はあくまで冷徹に、相手を見据えている。
「今の内に、その減らず口を叩いておきなさい。もうじきそれも出来なくなるのですから」
そういうと纏はオシリスのスタンドを操り、強盗犯の男に突進させた。