「・・・・・・えっとぉ。最初に、おかっぱ君に触ったっす。その後は、眉毛ちゃんに触って、その後はゲジゲジ君、メガネちゃん、ツインちゃんにおさげくんでぇ・・・・・・」
「ちょっと待って、ちょっと待って。・・・・・・ニックネームで呼ぶのは止めようね。とりあえず、この写真を見てね。この中で触った覚えのある人は?」
「・・・・・・ううううーーんっ。覚えがないっす」
「うそでしょ!? ややこしいことになったなぁ・・・・・・」
S.A.D本部にて、玉緒は今回の事件についての取調べを四ツ葉から受けていた。厳密に言うと玉緒が触れてしまった人達の確認作業である。彼女は机に突っ伏したり、こめかみに手をやったり、はたまた椅子の上で座禅を組んだりと、彼女なりに何とか思い出そうとしているのだが、芳しい成果は得られていないようだった。
「・・・・・・おい! まだかよっ! 何時間待たせるんだよっ!」
「早くして欲しいかもです」
「自分はこの能力気に入ってるんですけどね」
「てめっ。それは俺の能力だっ!」
5階のビルには玉緒が能力を交換したと思われる人達でごった返していた。皆共通しているのは、「能力を返せ」と「早く帰りたい」と言うことだけだ。
孝一は彼ら全員の持っていたとされる能力と書庫(バンク)の中のデータが一致しているのかの確認作業に追われていた。現在このビルには隊員は四人(うち一人はハルカ)しかいない。纏は、全身筋肉痛で早退し、涙子は一応病院で精密検査を受けている。それに付き合う形で初春も病院に行っている。正確には涙子達は隊員ではないのだが、数時間前まで一緒だった人間が居なくなると、やはり寂しいものがある。
結局、作業が終了したのは深夜0時を回った頃だった。彼らは去り際に口々に「ふざけんなー!」と捨てゼリフを四ツ葉達にあびせ、憤慨して帰っていった。しかし一番泣きたかったのは、部下の不始末の一切合財を引き受けた四つ葉だろう。彼ら全員が帰り終わった頃には、げっそりとした頬で、机に突っ伏していた。その表情は、まるで生気を抜かれたようで、目の焦点も合っていない。
「ぐぅ~。すぴ~・・・・・・」
一方の玉緒は、仮眠室の畳の上に大の字になって眠っていた。精も根も尽き果ててしまったようで、自分のバッグをマクラ代わりに、制服のまま爆睡している。
「・・・・・・それじゃ・・・・・・これで、失礼します・・・・・・」
全ての作業が終わった孝一は、四ツ葉と同じくげっそりとした表情で足取りもおぼつかない感じで、四ツ葉にそう告げると、エレベーターの所まで行き、「開」のボタンを押そうとする。その指を四ツ葉の「孝一君。ちょっといいかな」という声が静止させた。
「・・・・・・一体なんです? 正直、もう帰りたいんですけど・・・・・・」
孝一はうんざりした表情で、声を掛けられた方へ振り向く。そこには先程までの死顔だった表情とは一転して、真剣な顔つきをした四ツ葉が孝一を見据えていた。
「・・・・・・こんなときに恐縮なんだが、そろそろ君の答えを聞いておきたい。今後、我々の組織でやっていくのか否かをね」
いつかは出さなければならなかった答え。それを回答する時が唐突に訪れた。孝一も気持ちを切り替え、四ツ葉の表情を見据える。
「私の意見は変わらない。君の能力は買っているし、君自身も好きだ。だが、肝心の君はどうなんだい? これまで無理やりつき合わせてしまった感があって、反省しているんだが、君は本当に嫌々我々と行動を共にしていたのかい? もしそうなら、深く謝罪する。明日からは来て貰わなくても構わない。でも、もし違うのなら・・・・・・」四ツ葉は一端そこで区切り、「我々の力に・・・・・・本当の意味で仲間になって貰いたい」そう付け加えた。
「・・・・・・」
その視線は、まっすぐと、孝一の視線と重なった。おちゃらけも、ごまかしもない、本音の対話。だから孝一も、嘘偽りなく、今の自分の気持ちを、自分の口で四ツ葉に伝えることにした。
「・・・・・・最初は、騙されたと思っていました。甘い言葉で誘いに乗せて、無理やり組織で働かせる。よくあるブラック企業の一つと思っていました」
「それは、今もかい?」
苦笑する四ツ葉。今までの組織の実績から行ったらそう思われて間違いない。ある意味自虐的な表情を浮かべ、孝一に尋ねる。
「いいえ。今は、違います。いつの間にか、好きになっていました。組織の現状はどうあれ、みんな本気で街のことを心配して頑張ろうとしている。今回のPV撮影だって、通常ならこんなこと考えも付きませんよ。まったく、無茶苦茶な組織です」
そういう孝一の表情は肩をすくめ、やれやれといった仕草をする。その表情は出来の悪い子供を持った親のようでもあり、「それでも嫌いになれないんだよなぁ」といった風でもあった。
しばらくそんな顔をしていた孝一だったが、やがて表情を元に戻す。そして2,3秒ほど何かを思い出すようにして目を瞑り「・・・・・・でも、楽しかった」と率直な感想を述べた。
その脳裏には、これまでのS.D.Dでの活動が思い出される。大半はろくでもない思い出だったが、彼らと共有した時間・活動は少しも嫌なものではなかった。・・・・・・もう少し、彼らと一緒にいたい、活動していきたいと思った。だから、孝一はその胸に沸き起こった感情をそのまま素直に四つ葉に伝えた。
「改めて、こちらからお願いします。これからもこちらで働かせてください。よろしくお願いします」
孝一はぺこりと頭を下げた。
「・・・・・・」
四ツ葉は椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄ると、頭を下げている孝一の手をとり、硬い握手を交わした。そして
「・・・・・・こちらこそ。ようこそS.A.Dへ」
そういって力強く、孝一の手をいつまでも握り締めるのだった。
◆
数週間後、とある動画投稿サイトにある映像が投稿された。
それはある組織の宣伝、PR動画だった。
その映像をクリックすると、突然けたたましい音楽が鳴り響き、ナレーションが始まった。
『スタンドとは、一般の人間には認識できない生命エネルギーのようなもの。それを操るものをスタンド使いと言う・・・・・・』
場面は変わりショッピングセンター。その人ゴミの中央に軍服のような紺色の制服を着た男女四人(+なぜか掃除ロボット一台)が集合してカメラを見据えている。
『今、学園都市内ではスタンドを悪用した犯罪が急増しています。あなたの周りで起こる不可思議な現象。私達、S.A.Dが解決します』
彼ら画面の中央に「どーん」という効果音と共にS.A.Dというテロップがデカデカと表示される。
『S.A.Dとは、スタンド犯罪に対抗するために結成された専用機関です。もっと詳しい情報を知りたいと言う方は、こちらのURLからアクセスして下さい』
◆
「・・・・・・う、うううう。恥ずかしいですっ」
S.A.D本部にて、この場にいる全員と動画を見ていた纏(まとい)は顔を赤らめ、両手で視線を塞きながらそういった。
「いやいや、まゆまゆの凛々しい表情、大変えになってるっすよ? ねえ? たいちょー?」
ニコニコ顔の玉緒はそういって四ツ葉に視線を移した。
「いやはや・・・・・・。私、写真写りとか悪いほうなので、大丈夫かなぁ? 映像の私、ちょっと顔色悪くありません?」
と、いいながらも四ツ葉はまんざらでもないといった顔で、動画を見ていた。玉緒の質問には当然、まったく耳に入っていない。
「大丈夫ですよ。堅一郎はいつだって男前ですから」
ハルカはそんな四ツ葉をしきりにヨイショしていた。ヨイショ機能でも備わっているんだろうか? このロボットは。
「ああ、恥ずかしい・・・・・・。これ何万人にも見られてるんだよねぇ・・・・・・。そう思うと・・・・・・。うわあっ。とんでもないことしちゃったなぁ・・・・・・」
孝一も纏と同様、顔を赤らめ動画を見ている。
このPV。タイトルに『S.A.D/PV01』と表記してあるように、PV02.PV03も存在する。こっちは一般視聴者には視えないスタンドをCGを駆使して表現したり、それを倒す隊員のショートドラマも盛り込んでいたりする。もっとも、そこは素人が撮影したので、演出にも乏しく役者も大根なのだが・・・・・・
「だけど、これで取っ掛かりは出来たっす! 後はこれで興味をもってくれた人がホームページを見てくれれば・・・・・・!」
玉緒はノートパソコンのホームページを開き、その閲覧数を確認する。
閲覧数:98人
投稿したてにしてはいい数字だ。
「へぇ。もう見てくれている人がいるんだ。・・・・・・あっ。感想を書いてくれている人もいる。なんて書いてあるんだろう」
孝一はBBSの書き込み画面を表示させ感想をみてみる。そしてすぐさま「げっ」と呟いた。
●その節はどうもお世話になりました。何時間も拘束してくれてありがとう
●周囲に被害を及ぼす迷惑組織S.A.D!
●荒らしてやる荒らしてやる荒らしてやる
●給料どろぼー。
そこには罵詈雑言の雨あられ。おそらく玉緒に能力を交換された学生達であろう、恨み辛みの書き込みが大量に投稿されていた。
「これは・・・・・・。悪い意味で認知度が上がったみたいだね・・・・・・」
四ツ葉が「ははは」と引きつった笑い声を上げる。
「・・・・・・うううう人間怖い人間怖い・・・・・・」
纏が書き込まれた内容を見て、何度も「人間怖い」とお経の様に唱えている。孝一はそんな彼女の肩を抱き「よしよし」と慰めてやった。一方、騒ぎの張本人・玉緒はそんなことなど気にも留めないでこう宣言する。
「まあ、言いも悪いも含めて、これからスタートっす! みんな気合入れていきましょ!! 合言葉は『悔いのない人生を』っす!」
そういって一人「おー」といって拳を天高く掲げる。言葉の意味はわかるが、「お前が言うなと」その場にいる全員がそう思った。
こうして、非常に多大な不安要素を残しながらも、S.A.Dは活動をスタートさせたのであった。