広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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不協和音

 さすがに動物達が大勢いる一階でする話でもないので、孝一達は五階の、我らがS.A.Dのオフィスまで白井たちを案内した。

 来客用のソファに座った白井と初春に対し、四ツ葉が依頼内容についての確認と応対を請け負う。

 

「いやあ、まさかジャッジメントの方にお越し頂けるとは思いもしませんでした。・・・・・・何でもうちの孝一君を頼って来て頂いたそうで。やはり持つべきものは人望を持った仲間という所でしょうか。あっ、すみませんなんのお構いもしませんで、いまお茶をお持ちいたしま・・・・・・」

 

「・・・・・・四ツ葉さん、でしたかしら? 」

 

「は、はい。そうですが・・・・・・」

 

「わたくし、あなたのくだらないおべんちゃらに付き合うつもりは毛頭ありませんの。とっとと本題に入りたいのですけど、よろしくて?」

 

「はいぃ。スミマセン・・・・・・」

 

 取り留めのない話で場を和ませてから本題に入ろうとする四ツ葉だったが、白井にそうバッサリと切り捨てられてしまった。四ツ葉の様子は見るからに『落胆』そのもので、がっくりと肩を落として小さそうにしている。そのやり取りを遠巻きに眺めていた孝一は

 

「うーん。あいかわらず、おっかない・・・・・・」

 

 と率直な感想を述べた。

 

 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ。お二人とも、ケンカは、やめましょー。みんな、なかよく。『らぶ&ぴーす』ですよぉ・・・・・・」

 

「纏(まとい)さん・・・・・・。そういうセリフは、もっと近くによって、大きな声でしゃべらないと・・・・・・」

 

 孝一と同じくその様子を物陰で(孝一を物陰代わりにして)ブルブルと眺めていた纏は、文字通り孝一にしか聴こえない小声でそう呟いた。そのさらに後ろには玉緒が隠れているが、そちらは意外と辛辣な言葉を誰にともなく投げかけていた。

 

「・・・・・・ああいうタイプはどこにでもいるっす。自分の信念は絶対に正しいと信じていて、それによって他人がどれくらい傷付いても気づかない、構わない、見てもいないタイプ・・・・・・。きっと世界が自分を中心に回っているっていう、お花畑の世界で両親にぬくぬくと育てられたんでしょうね。『ボク』の母親とは大違い・・・・・・」

 

「え?」

 

 そのあまりの異質な発言に。普段の玉緒をしっている孝一と纏は思わず振り返ってしまった。

 

「・・・・・・なんっすか?」

 

 そこには普段と同じ微笑を浮かべた玉緒がいた。

 

「い、いや・・・・・・」

 

「な、何でもないですよ。玉緒さん」

 

 それ以上は深く追求することも出来ず、二人はさっきの発言はきっと聞き違いだったと強制的に思い込んだ。そして再び四ツ葉達の方へ視線を移すのだった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・うーん。なるほどねぇ・・・・・・」

 

「伝えるべき情報は全てお伝え致しましたわ。今の情報から、あなた方の言う『スタンド』? 能力を使った犯行だと思われますか? それともただの悪質なイタズラですか? あなたの見解を是非ともお聞きしたいですの」

 

 現段階で提示できる情報を四ツ葉に伝えた白井と初春は、じっと四ツ葉の顔を見て意見を求める。しばらく腕を組んで考え事をしていた四葉は

 

「・・・・・・白井さん。確か、明後日にジャッジメント支部で専門家の人達がやってくるんでしたよね? その席に、私達も参加させてもらえないかな?」

 

 そういって白井に提案した。

 

「それって、オブザーバーとしてジャッジメントの会議に参加したいということですの? 残念ですが、一般人の立ち入り権限は・・・・・・」

 

「残念ですが、一般の人ではないんですね。これが。一応統括理事会から認可された組織ですので、会議に参加する権限位はあるのですよ」

 

 そういうと四ツ葉は携帯を操作して、白井たちに身分証明書を提示する。そこには統括理事会から認可を受けた旨を証する文面がたしかに記述されていた。

 

「・・・・・・うーん。意外ですわ。どうやら、あなた方の認識を改める必要があるようですわね。てっきり、おふざけの同好会だとばかり思っていたものですから。ごめんなさい」

 

 白井はそういって素直に頭を下げる。こういった切り替えの早さが、彼女の長所だろう。現に先程までの、胡散臭いものでも見るような視線は消え、ある程度の信頼のまなざしで四ツ葉を見つめている。四ツ葉は「さてと」とつぶやくと、後方でやり取りを伺っていた孝一達に視線を移すと、

 

「はい、みんな。集合。集合ー」

 

 と、顎をしゃくり、こちらに来るよう促した。その言葉を受け、孝一達はゾロゾロと四ツ葉達の方まで歩み寄る。

 

「詳しい話は後でお話しするけど、明後日、白井さん達のいるジャッジメント本部まで足を運ぶことになりました。そのときにこられる専門家の人たちの話を伺うためです。とりあえず、孝一君と玉緒君は私と同行して、纏君とハルカは待機と言うことでヨロシク」

 

「・・・・・・隊長。そんなにわたし、頼りないですか、役立たずですか、仲間はずれですか・・・・・・」

 

 ハルカと待機を命じられた纏は机にノノ字を書き、どよーんとした表情で、四ツ葉を恨めしそうに見る。いつものネガティブ思考が発動したようだ。

 

「・・・・・・いや、まあ。来られたらいいんだけどさ。纏くん・・・・・・。本部には、大勢の学生がいるわけだよ。その彼らの視線はいきなりやってきた、見ず知らずの私達に注がれることになるわけだ。・・・・・・君、その視線にさらされる勇気、ある?」

 

「はっ。そ、それは・・・・・・。スミマセン。待機してます。・・・・・・はいぃ」

 

 四ツ葉の回答にぐうの音も出なくなった纏は、がっくりと肩を落としてそう答えるのであった。

 

 

 

 

 

◆  

 

 

 

 精神を研ぎ澄まし、爆弾の信管をセットする――――

 

 この作業だけは、毎度の事ながら緊張する・・・・・・だが、一番の楽しみの時間でもある。

 

 明日、明後日、明々後日。

 

 この箱を設置した後、何日で、何時間で爆発するのだろう――――

 

 この白い箱を開ける運のないお方は誰?

 

 その時、マスコミはニュースでどんなに騒ぎ立てるのだろう?

 

 ・・・・・・ネットの反応が知りたい。

 

 

 掲示板を除いてみる。

 

 

 ●プロメテウスの犯行って次はどこだろうね?

 

 ●きっと彼は、世の中の間違いを正すために犯行を行っているんだよ。

 

 ●ええ? でも規模が小さいぞ。こんなので世直しになんの?

 

 ●馬鹿。違うよ。これは見せしめだよ。学園都市という機械化文明に対する反抗なんだよ。

 

 ●今度は学校を爆破して欲しいなぁ。そしたら休校になるのに。

 

 ●13歳学生です。虐められています。以下の名前の人たちを爆破してください。

 

 

 皆が自分の一挙手一投足に注目しているのがわかる。

 

 ネットは正直だ。普段心の奥底に隠していえない本音も、匿名という隠れ蓑を被ればホラこの通り。

 

 まるで自分が、本当に神になったような気がしてくる。

 

 ――――まっててね。

 

 この爆弾が完成したら、また大騒ぎになるはずだから。

 

 だから、皆でこの祭りを盛り上げていこうね――――

 

 

 

 

 

 

 ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ。腕章をした学生達が、孝一たちを遠巻きに眺めている。良く耳を済ませてみると

 

 ――――あの人たち誰? なんでここにいるの? ジャッジメント以外立ち入り禁止のはずじゃ・・・・・・

 

 ――――あの見慣れない服って、軍服? 軍の関係者?

 

 ――――でも、私達とあんまり年は変わらないんじゃない?

 

 という声が聞こえてくる。

 やはり、というか。当然の結果なのだが・・・・・・

 

 その場にいる人間全ての視線が、まるで孝一達を突き刺すように凝視している。

 

 

 ジャッジメント第177支部の会議室。その一番後ろの片隅の机に、孝一は居心地悪そうに座っていた。爆弾処理班の人間がまだ現場に到着していないらしく、会議はまだ始まっていない。その為、手持ち無沙汰になった彼らの視線は、自然と異物である孝一達に注がれることになる。

 

(今なら、纏さんの気持ちが痛いほどわかるよ・・・・・・。視線が痛すぎて、とてもじゃないけど前なんて見れないよ・・・・・・)

 

 孝一は右も左も見ることが出来ずに、先程からジッと床を見つめている。『ああ、良く磨かれた床だなぁ』なんて思考を別の所に持っていかないと、とてもじゃないが耐えられそうにない。そんな孝一を、隣に座っていた四ツ葉は 

 

「孝一君。リラックス、リラックス。今から緊張していたんじゃ、身が持たないよ?」

 

 そういって、孝一の肩をもみし抱き、緊張をほぐそうとしている。

 四ツ葉はこういう場面を何度も経験しているらしく、平然と座っている。きっとここがジャッジメント支部でなかったなら、タバコでもふかしていたことだろう。

 だがそれは傍から見れば、中年男性が、中学生に過剰なスキンシップをしていると言う、一部の誤解を招きかねない行為だ。現に先程とは違う、「ああ、そういう関係ね」という納得にも似た視線が(特に女子)増えている気がする。

 

「・・・・・・こーいち君。大丈夫っすよ。ここにいる人たちとは、もう二度と会うこともないですし、自分達とはまったく係わり合いのない人間ばかりです。だから、ただの『物』として捉えてください。自分達以外は全て排除するんです。そうしたら、多少の恥ずかしさも我慢できるってもんすよ」

 

 玉緒があっけらかんとした表情で、そんなことを言い出す。

 

「そんなこといっても、それが出来ないから、苦労してるんじゃないか・・・・・・。君はよく平然としていられるね」

 

 孝一は苦笑にも似た表情を作り、玉緒を見る。そんな孝一に玉緒は

 

「だって、ここにいる人たち全員、ただの『肉の塊』ですもん。音を出し、呼吸をし、動き回る、肉の塊。ただの『物体』。そんなものに、いちいち反応していたんじゃ身が持たないっすよ」

 

 そういって、先程と同じ、にこやかな視線を孝一に投げかけた。

 

「は? 君、なにいって・・・・・・」

 

 孝一が聞き返そうとした瞬間、玉緒は座っていた椅子から立ち上がる。そして孝一を見る。

 

「!?」

 

 それはどこか無機質な昆虫のそれを連想させ、思わずゾッとしてしまう。

 

「・・・・・・こーいち君。大丈夫っすか? 汗、びっしょりですよ。・・・・・・自分、お水を貰ってきますね?」

 

 ・・・・・・そのまま、後ろの扉から出てしまった。

 

 

 ――――汗? そんなに、かいてたっけ?

 

 孝一はそう思い額をぬぐう。

 

 ・・・・・・いつの間にか、大量の汗をかいていたようだ。

 これは、なんの汗だろう? 大勢の視線にさらされた、緊張から来た汗だろうか? それとも――――

 

 孝一は玉緒が出て行ったドアを振り返る。するとそこには、腕組みをした白井黒子がいた。

 

「白井、さん・・・・・・」

 

「どうしたんですの、広瀬さん。顔色が優れないようですが・・・・・・。みなの好奇の視線にでも、おやられになりましたの?」

 

 そういって悪戯っぽい視線を孝一に送る。

 

「は、はは。まあ、そんなとこです」

 

 正直、何故か救われたような気持ちになった孝一は、四ツ葉に「ちょっと席を外します」というと、白井の下まで歩み寄った。

 

「意外ですね。心配して声を掛けてくれるなんて。もっとクールな人かと思っていました」

 

 そういって、孝一も先程の白井と同じようにして、悪戯っぽい視線を送る。

 

「意外はこっちのほうですわ。まさかこうして、広瀬さんをジャッジメントの施設にご招待することになるとは・・・・・・」

 

 孝一の視線を受け流して白井は話を続ける。

 

「何があなたを、その行動に駆り立てましたの? 参考までにお教え願いませんこと?」

 

 ――――そういえば、白井さんには話してなかったかな。

 

 孝一はこれまでの経緯をかいつまんで白井に教える。

 

 スタンドによる犯罪が急増していること。その能力を悪用している組織の人間がいること。一度手ひどく敗北を喫したこと。そのせいで救えなかった人達がいたこと。等々・・・・・・

 

「・・・・・・だから、罪滅ぼしって訳じゃないですけど、自分の能力を活用して、少しでも多くの人たちを助けれたらなって、そう思ったんです」

 

 白井は孝一のセリフを黙って聞く。そして孝一が話し終えると「そうでしたの」と呟いた。

 

「・・・・・・孝一さん。あなたのお考え良くわかりました。あなたの能力を活用して人助けをしたい。その気持ちわたくしも分かりますもの。・・・・・・ですがっ!」

 

 ズイッと孝一の前に一歩踏み出す。

 

「何故ゆえにあの組織ですの? 街の安全を守りたいのなら、何故、わたくし達、ジャッジメントを頼ってくださいませんでしたの? ・・・・・・回りくどい事はやめて、率直な感想を述べましょう。わたくし、あの組織に、広瀬さんはふさわしくないと思います。あなたの能力は、我がジャッジメントでこそ、その真価を発揮できる。わたくしはそう思います。今からでも遅くはありません。お考え直しなさい」

 

「え? ちょっと・・・・・・白井さん?」

 

 白井が孝一の肩をガシッと掴み、詰め寄る。

 

 ――――おいおい。今度はウチの白井女史にいいよられてるぞ、あの少年。

 

 ――――やだぁ、あんなかわいい顔して、両刀使いだなんてぇ。

 

 ヒソヒソヒソ、と。周囲のざわめきが再び孝一に集中しだす。恥ずかしい。あまりにも、恥ずかしすぎる。このままどうにかなってしまいそうなくらい、恥ずかしい。

 

「そうですわ。それがいいですわ。孝一さん。今からでも柵川中学で志願書を提出なさい。そうすれば、後は契約書と適正試験のみ。どうとでもなりますわ。・・・・・・さあ、孝一さん。ご決断なさい。さあっ! さあっ!」

 

 白井は一人で勝手に納得して、孝一の肩をゆする。そのたびに孝一は首を前後にガクガクと揺さぶられる。

 

「ちょ、し、白井さんっ。く、苦しっ・・・・・・」

 

 もう勘弁してくれ。そう、孝一が思ったとき、

 

「・・・・・・くぉら」

 

「いだだだだ! 誰ですの!?」

 

 少々暴走気味の白井を止めたのは、水を持ってくるといって退出した玉緒だった。彼女は白井の背後に回ると、両方の手でそのほっぺたを抓る。

 

「ぬぅわあに、ウチのこーいち君をかどわかそうとしてるんすかぁ? たいちょーへの暴言といい、今までは大目に見てきましたけど。あまりちょーしこいてると全力で排除するっすよ?」

 

 『ゴゴゴゴゴゴ』という効果音が聞こえてきそうなほど、玉緒の表情には凄みがあった。顔はいつもどおりにこやかだが、目はぜんぜん笑っていない。というか怖い。

 

「ほぉう? わたくしを? 排除する? どこの口がそんな戯言をいっていますの?」

 

 一方の白井も、玉緒の腕を振りほどくと、同じように、凄みのある笑顔を見せ、玉緒のほっぺたをぎゅうっと抓り返す。

 

「あぎゃっ!? このっ! 泥棒猫がっ! 人のものを盗るのは、立派な犯罪っすよ!?」

 

「いだだだ!? いつ、広瀬さんがあなたのものになりましたの!? きちんと本人の意思を確認しまして!?」

 

「したっすよ!? したからこうして自分達の下にいるんじゃないっすか!? 後から出てきたくせにしゃしゃり出てくるなっす!」

 

「あら残念。わたくし、広瀬さんとのお付き合いは、あなたよりずっと前ですのよ。しゃしゃり出てきたのはあなたの方ではなくて!?」

 

 白井と玉緒は、お互いの頬や髪を引っ張り合いの取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまう。

 

 

 ――――おお、すげえ! 一人の男子をめぐって、二人の女の子が取っ組み合いのけんかをしている!

 

 ――――恋の三角関係ってやつかぁ。

 

 ――――いや、あの中年男性を入れると、四角関係だぞ!

 

 ――――いやあんっ。どっちが受けかしらぁ?

 

 ざわざわざわ、と。

 周囲がどよめきに包まれる。

 

「ちょっと、ちょっと! もうすぐ会議を始めるんだけど!? そこの二人! なにやってるのよ、もう!」

 

 そんな固法の言葉も、二人はまったく意に介さずに争いを続けている。その様子をボーゼンと眺めていた孝一は、頭の中が真っ白になっていた。

 

(・・・・・・なんだこれ? どうしてこんなことに? わからない。まったく持ってわけが分からない・・・・・・

 分かっているのは、今すぐここから逃げ出したいと言うことだけだ・・・・・・)

 

 立眩みにも似た感覚を覚えながらそんなことを考える孝一。本当に気絶できたならどんなに楽だろう。だが現実は非情である。孝一は気絶することを許されずにその場に佇むしかできなかった。(エコーズで止めるという発想は、今の孝一には思いつかなかった)その孝一の代わりに、突然表れた野太い声が、白井と玉緒の二人の動作を止めた。

 

「くぉら! ガキ共! なにしとんじゃ! コラぁ!」

 

「スミマセン、遅れました。アンチスキル・爆発物処理班、鑑識課に所属している溝口(みぞぐち)といいます。こちらは、相方の五井山(ごいやま)です。よろしくお願いします」

 

 後ろから現れた二組の男性は、アンチスキルの制服を着用して、それぞれ両手にバッグを持っている。おそらくあの中に今回の事件の資料でも入っているのだろう。

 

「あ、あの。できれば通りたいので、そこをどいてもらえませんか?」

 

 二人組の内の一人・溝口は、申し訳無さそうな表情をして、お互いのほっぺたを抓り合っている白井と玉緒を見ている。ちょうどドアの入り口の所でのケンカだったので通行の妨げになってしまっているのだ。

 溝口はいかにも人がが良さそうな外見をしており、身長は孝一とほぼ同じくらいだ。そのため、孝一はなんとなくこの人物に好意、というか親近感を抱(いだ)くのだった。

 

「けっ! これだからガキは嫌いなんだ。どこでも構わず騒ぎやがる。おらっ! 通行の邪魔だ! どけどけっ!」

 

 もう一方の相方、五井山は溝口とは正反対の体格と性格をしていた。五分刈りに刈り上げた頭髪。筋肉質な体。身長は180cmくらいあるだろうか。五井山は白井達のやり取りを心底馬鹿にしたように見下ろし、やがて持っているバッグで白井たちの頭を小突くと、無理やり押しのける。

 

「いだっ! ちょっと!! うら若き乙女の頭を叩くなんて、どういう神経をしていますの!」

 

 白井は激高して抗議するが、五井山は振り返りもせずにそのまま前方のモニター横に設置された、自分達専用の机まで進む。そして、どっかりと腕組みをしながら、テーブルにふんぞり返る。当然、視線はこちらに合わせもしない。残された溝口は「ごめんね」と苦笑を浮かべ謝罪すると、いそいそと五井山の後を追う。

 

「・・・・・・攻撃、されたっす。これは敵対行動とみなして良いっすね? ・・・・・・排除するッす」

 

 一方の玉緒はフラッとした足取りで、前方の五井山達のいる方へ歩み寄ろうとしている。

 

 おいおい勘弁してくれよ。これ以上のトラブルはゴメンだ。孝一はそう思い、とっさに彼女の体を後ろから羽交い絞めにする。

 

「まった、まった。ちょっと待った。とりあえず落着こう、ね? はい、どー、どー」

 

「うーっ! 離すっすよ! あれは敵っす! 攻撃されたっすよ!? 例え体格面で敵わなくっても、一矢報いなければ気が治まらないっす! 離せーっ!」

 

 玉緒は駄々っ子の様にジタバタとして孝一の拘束から逃れようとする。

 

 いや、ダメだ。ここで手を離したら乱闘騒ぎになるのは確実! それだけはなんとしてでも避けなければ!

 孝一はこの場で玉緒を押し留める事が自らの使命とばかりに必死に食らい付く。もう一人いればおとなしくなるかもしれない。そう思い、チラッと四ツ葉の方を見る。

 

「ぐうぅ・・・・・・」

 

 中年オヤジは鼻ちょうちんを作り、惰眠をむさぼっている。

 だめだ、あのオヤジは。まったく役に立たない。

 

(ああ、そうだ。エコーズだ。act3で動きを止めよう。何で今まで忘れていたかなぁ)

 

 孝一がやっとエコーズの事に思い至ったと同時に、

 

 バアンッ、と。

 

 手にした資料の束を固法が机にたたきつける。

 その衝撃に、この場にいる全ての人の視線が固法に集中する。

 

「・・・・・・いい加減にしてください。ここは、ケンカをする場でも、ましてや乱痴気騒ぎを起こす場でもありません。会議をする場です。そんなにケンカがしたいのなら、どうぞ、ビルの外に出て好きなだけやってください」

 

 彼女はビキッと青筋を立てて、この場にいる全ての人間の顔をジロリと睨み付ける。そのあまりの剣幕に、冷静さを取り戻した孝一や玉緒、学生達は、いそいそと自らの席に戻る。四ツ葉はいつの間にか目を覚まし、じっと正面を見据えていた。ある意味神業である。

 

「・・・・・・白井さん」

 

「は、はいですの」

 

「・・・・・・後でお話があります。会議の後、私のところまで顔を出しなさい」

 

「は、はい・・・・・・」

 

「なんでわたくしだけ!?」といった表情の白井を見据え、固法はメガネをくいっと持ち上げると

 

「それでは、プロメテウス事件の対策会議を始めたいと思います」

 

 会議開始の宣言をした。

 

 

 

 

 

 

 


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