「皆さん! 近隣に不審な物体を見かけた場合は、絶対に触れないようにして下さい!」
「特に、小箱のようなものには気をつけてください! 絶対に開封などはしないように!」
「もしそのようなものを見かけた場合は、最寄のジャッジメントか、アンチスキルに一報を入れてください!」
プロメテウスによる第五の犯行を受けて、ジャッジメントとアンチスキルは周辺施設の見回りを強化、情報提供を募った。
事件から二日後、いつもなら数名で各所を見回るだけのジャッジメントだが、今回は数十名の団体行動で、拡声器を使い周囲の人々に呼びかけている。
「――――よろしくお願いします! 事件解決にご協力下さい!」
「――――僅かな情報、思い過ごしでも構いません。周囲に不審人物がいた場合、是非、一報をお入れ下さい」
ジャッジメントの白井と初春もこの二日間、時間の許す限り周囲の人々にビラを配り、注意を呼びかけている。だが現在、特にめぼしい情報は得られなかった。
いつ何時、次の犯行が発生するのか、今度はどこが狙われるのか・・・・・・。
その見えない恐怖に、しだいに彼らに焦りの感情が芽生え始めていた。
「・・・・・・いい具合に、カオスってるなぁ。・・・・・・面白いからいいけど」
ビルの屋上にて、彼らジャッジメントの活動をフェンス越しに眺めていた少女がいた。
肩まであるセミロングの髪が、ビル風でたなびく。それを手で押さえながら、少女は携帯の画面を操作する。
●プロメテウスの犯行も五回目かぁ。後、どれくらいやんのかな?
●というか、爆弾ってそんなに簡単に作れるものなの?
●たぶん、海外のサイトとか探せば、出てくんじゃね? 俺はやらないけど。
とある掲示板のやり取り。プロメテウス事件について盛り上がっているスレッドがあった。
少女は、そのやり取りを見るとにやりと笑い、携帯を操作する。
●爆弾についての情報でーす★ 爆弾はIEDと呼ばれる即席爆弾です★ たぶん皆でも作れるよ♪ 作り方のURL張っとくね♪ みんなも神になろー★
「・・・・・・ウフフフ。燃料投下っと。さてさて、みんなどう動くかな? ボクの思い通りに動いてくれればいいけど」
その時、非常扉がガチャっと開いた。そこから顔を出してきたのは、
「あ、いたいた。玉緒さん。隊長がみんな集合っていってたよ? 早く一緒にいこ?」
玉緒を呼びに来た纏(まとい)であった。玉緒と呼ばれた少女は、纏の呼びかけにくるりと振り向き
「・・・・・・わかったっす。わざわざ呼びに来てありがとうっす。まゆまゆ」
と、答えた。
◆
「――――模倣斑?」
孝一が素っ頓狂な声をあげた。
「うん。ここ数日から急にその手の輩が増えだしたんだ。原因は不明。正直、状況はさらに混迷の度を深めたと言っていい」
数日後。
S.A.Dビルに集まった孝一達を待っていたのは、四ツ葉からの模倣犯発生の報だった。
ニュース報道やインターネット、ここ最近のジャッジメントの活動などで刺激を受けた一部の人間が、プロメテウス事件を真似て、犯行に及んでいるのだ。
昨日分かっているだけで12件。不審な小箱が発見されている。その大半は、爆発してもたいした被害も出ない子供だましのような代物だったが、中には本格的な、人を殺傷する目的で製造されていたものもあった。 今回、ジャッジメントの精力的な活動で、危機意識を持った市民達により、発見者は誰も箱には触れはしなかった。そのため幸運にも死傷者の数は0であった。しかし、それは今回たまたま運が良かったと言うだけだ。次回は安全だと言う保障はない。
「――――とりあえず、そんな馬鹿な輩が、今も、どこかに爆弾を仕掛けようとしているのかもしれません。と言うわけで、今回は我々も爆弾探しをしようかと思います。情報源はコレです」
そういうと四ツ葉はS.A.Dのホームページを開き、『緊急募集』という項目を表示させる。
「今回のために設置したプロメテウス事件についての情報提供の欄です。この中から、不審者情報や、怪しい小箱を設置しているのを見たという情報が寄せられているので、まずは現場に行って、情報の有無を確かめたいと思います。と言うわけで、孝一君。纏君。君達でペアを組んで、情報提供者に会ってみてくんない? 私とハルカは他の箇所を当たってみるから」
四ツ葉はそう孝一達に伝えた。相方であるはずの玉緒はいない。彼女は2、3日家を離れなれない事情があるそうだ。なんでも妹さんが病気になったらしい。彼女に妹がいたとは驚きだが、それを聞いたとき、孝一は安堵していた。今の彼女に何を話したらいいのかわからなかったし、仮に話しかけても口論となるだけだろうと思っていたからだ。
(――――やめよう。今は事件に集中するんだ)
孝一はブンブンと頭を振り、玉緒についてのことを頭の中から追い払う。そして「――――それじゃあ、情報提供者と会ってきます」というと、纏と二人、情報提供者の元へと急ぐのだった。
◆
纏と二人、現場を目指す。
その間彼らは他愛のない話で盛り上がった。孝一はテストの成績が悪くて、そのことをクラスメイトの女の子にからかわれたことや、よく読んでいる雑誌のことを話し、纏はアパートにいついた猫をひそかに飼っている話をした。そのアパートは動物を飼う事は禁止されているらしく「ホントはだめなんですけどね、ないしょですよ」と纏は人差し指をたてて、『ないしょ』のしぐさをした。
孝一は久々に心が軽くなった気がした。やはり気を使わない友達というものはいいな。そう思うと同時に、やはり思い出してしまうのが玉緒のことだった。
あの時から何度も何度も思い返す。あれは本当に玉緒だったのだろうかと。ジャッジメント本部に出向く前まではなんともなかった、はずだ。孝一が違和感を感じ始めたのは、白井達が、尋ねてきたあの日だ。
あの時の二ノ宮玉緒・・・・・・。
客観的な意見が欲しかった。当事者ではなく、第三者としての玉緒の印象を聞いて見たい。
孝一はチラリと纏を見た。
彼女はあの日、会議に参加していない。彼女の視線から、玉緒はどう映っていたのだろう。それを聞いてみたかった。
「・・・・・・なあ、纏さん。最近、玉緒の様子がおかしいと思わない?」
「玉緒さんが、ですか?」
現場に向かう道すがら、孝一は玉緒の事を纏に相談していた。孝一はジャッジメントビル内の出来事をかいつまんで纏に説明し、意見を求めた。
纏はしばらく考えた後。「確かに、あの日の彼女は、どこかおかしかったように思えますけど・・・・・・」他人の影口はあまり言いたくないのだろう。どこか言葉を選んでいるような感じだった。
「でも、私は隊長を信じます。あの人は決していい加減な気持ちで私達を組織に入れたんじゃないんだと信じます。現に、孝一さんを含め、みんな良い人ばかりです。だから、玉緒さんのことも信じます。きっと何か事情があったんですよ。私達には言えない、何か事情が・・・・・・」
それは違うと孝一は思った。確かに人を信じるのは人間の美徳の一つだと思うが、今回ばかりは違う気がする。あれは、いうなれば・・・・・・
「――――その制服、S.A.Dのひとですか?」
「へ?」
見知らぬ男子学生に声を掛けられた。
「あの、何時間か前にメールしたものなんですけど・・・・・・」
「あ、ひょっとして・・・・・・」
サイトに情報提供をくれた人だ。
纏と話しこんでいたら、いつの間にか現場の公園にまで来ていたらしかった。
とりあえず、小箱を見たという情報が本物か、現物を拝む必要がある。この学生に案内してもらおう。そう孝一が思っていると、学生は先に「スンマセン」とあやまった。
「えっとぉ、ほんとにあんた達が来てくれるか分からなかったんで、アンチスキルの人たちを呼んじゃいました。たぶんもう来る頃だろうと思います。余計なことしちゃいましたね? ゴメンナサイ」
孝一が「マジで?」と言おうとした瞬間。青色のアンチスキルの車輌が到着し、中に搭乗していた隊員が、すばやく姿を現す。
「げ!?」
「て、てめぇは!? あの時の小僧!」
現れたのは、ジャッジメンと本部にて、玉緒と大乱闘を繰り広げた五井山だった。
「ど、どうも・・・・・・」
その五井山の後に、同じくジャッジメント本部で、爆弾の説明と、レクチャーを行っていた溝口が姿を現す。
「あ、うう・・・・・・」
運が悪い、よりにもよって現場に現れたアンチスキルの人間が、彼らだなんて・・・・・・。孝一は思わず顔をしかめた。
「市民の通報で駆けつけてみれば、まさか会いたくもなかった顔を再び見ることになるとはよ! あのガキは今日はいねぇのか!? あったらボコボコにしてやろうと思ったのによ!」
「・・・・・・」
五井山はじろりと孝一と纏を見やり、「出ていきな」と冷たく言い放った。
「ちょ!? それはないでしょ!? こう見えても僕達は上層部から認可された組織なんですよ? 現場に立ち入る権利はあると思うんですけど!」
孝一は食い下がった。もし犯行にスタンド能力が使用されているなら、それを見ることの出来る自分なら、犯人の手がかりをつかめるかもしれないからだ。だが五井山はまたも冷たく「いいから、でていけ」とあしらう。この不遜な態度に、さすがの孝一もカチンときた。
「人が下手に出てれば・・・・・・。なんだよ! そんなに子供が憎いのか!? 全ての学生が犯人なのか? 玉緒が最後に言っていたけど本当だな! カチカチのクソ石頭って! そんな頭ごなしで犯人って決め付けて、正常な捜査なんて、できるわけないよっ!」
売り言葉に買い言葉、孝一の罵りの言葉に吊られて、五井山も怒りの言葉を返す。
「捜査なんて関係ねぇ! 俺は、ガキが信用ならねぇ! お前らは若気の至りと称して、暴れ、騒ぎ、誰かを傷つける。そして、その責任も取れやしネェ! 最終的には大人に尻拭いさせる最低最悪の生き物だ!」
「訂正しろ! それは一部の人間だけだっ! それで子供全てを悪者にするな!」
「だが、事実だ! そうじゃなかったら、俺の娘は傷付かなかった!!」
「え?」
話すべきでもないことも話してしまったのだろう。五井山は「ちっ」と舌打ちをする。やがて、この際だからと思ったのか、続きを話し始める。
「・・・・・・娘はただ、止めようとしただけだ。酒を飲んで酔っ払ったガキ共のケンカを・・・・・・。だが、ヤツラは娘の仲裁も聞かずに・・・・・・それどころか酒の力で気の大きくなったヤツラは、自分の持っている能力で、娘を傷つけた。娘は、全治二ヶ月の重症だった・・・・・・」
五井山は哀愁の漂った視線を孝一に送る。
「全ての学生が悪いわけじゃねぇ・・・・・・。頭じゃ分かってるさ、そんな事・・・・・・。だがよぉ、理屈じゃねぇんだ・・・・・・。ガキ共は許せねぇ・・・・・・。路上で馬鹿面で笑い転げているガキ共を見るたび、俺はその気持ちに苛まれる。この溝口の右腕もそうだ。今は隠れて見えないが、この袖の下には酷いやけどのあとがあるんだ。つい最近、パイロキネシスの馬鹿ガキ能力者に絡まれた時につけられた傷らしい・・・・・・」
溝口は困ったような、悲しそうな顔をして右腕を服の上からそっと押さえる。五井山はそんな溝口を同情の視線でしばらく見つめた後、孝一に視線を戻す。
「これで、分かっただろ! 俺がガキが嫌いな理由が! だから俺は信じねぇ! ガキなんて大嫌いだ!」
「五井山。そろそろ・・・・・・」
溝口が現場に急ぐようにせかす。そこでようやく本来の仕事を思い出した五井山は、最後にこう言う。
「・・・・・・爆弾処理は俺の専売特許だ。誰にもジャマはさせネェ。部外者は引っ込んでな」
そして、情報提供者の学生を伴い、小箱の置いてある現場に姿を消してしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・ど、どうしましょう」
後に残された纏はどうしたら良いか分からずに、オロオロと孝一の顔を見る。
「・・・・・・決まってるさ、僕らも行こう」
「で、でも・・・・・・」
しり込みする纏に、孝一は
「あの人が子供を嫌う理由は分かった。だけど、それで『はい、そうですか』って引き下がれるもんじゃない。事件解決の糸口になるかもしれないんだ。無理やりにでも、お邪魔させてもらう」
そういって五井山たちが消えた方向へ、孝一は走った。
「あ、孝一君、まってぇ」
纏も慌てて孝一のその後に続いた。
◆
「おい。その怪しい小箱ってのは、どんな形状で、どこに置いてあった?」
現場に向かう五井山は、案内人の学生にプロメテウスが犯行に使用した箱かどうかの確認を取る。
「はい。白いプレゼント用の小箱で、ベンチにおいてありました。最近騒いでいる爆弾入りの小箱だと思って、中は確認していませんけど・・・・・・」
――――箱の形状は合っている。後はそれが本物か、それとも愉快犯の作った偽者かの確認だけだ。プロメテウスの爆弾ならば箱を開けなければ起爆しないが、ニセモノの場合、どのような作りになっているのか、まったく持って不明だ。まずは、その確認からしなければならない。
どのような爆弾でも即実対処出来るように、頭の中で、複数の爆弾解体のパターンをいくつも呼び出す。あとはぶっつけ本番。臨機応変に対処しなければならない。だが、そんな五井山達を出迎えたのは、想定外の出来事だった。
「な!?」
――――失念していた。爆弾が置かれている場所のことを・・・・・・
五井山達がそう思っても、もう遅かった。
爆弾の置かれていたのは、公園のベンチである。当然、周囲には遊戯で遊ぶ子供達の姿がある。好奇心旺盛な彼ら、彼女達がポツンと置かれている小箱に興味を示さないはずがないのだ。
事実、その小箱に一人の女児がやってきて、今、まさに箱を開けようとしていた。
「ば!? やめろ!! その箱を開けるな!!」
五井山が声を限りに叫ぶが、遅かった。女児は、小箱の蓋を開けてしまった。その瞬間、奇妙な現象が起こった。
――――黒長い帽子に、三日月状の口。そして、黒いマントを纏った怪人が突如現れたのだ。
五井山達にはその姿を視る事は叶わないが、そいつは爆弾入りの小箱を胸の空洞に押し込み、女児の体を掴む。そして、
『・・・・・・箱を、開けたな!? 開けたからには、受けてもらうぞ! 運命の試練を! ・・・・・・3分やろう! 生き残るための時間を!』
三日月状の口から、機械的な声色で、死の宣告とも取れる告知をした。
「―――― 一体何が起こっていやがる!? 子供と小箱が空中に浮いている!?」
五井山は訳が分からなかった。箱を開けたとたん、このような奇妙な現象が起こるなんて・・・・・・。
能力者の犯行? だが、それでは相手はどこにいる?
この広い園内で、それらしい人物はいない。予測の範疇を超えている現象だった。
だが現状が危険なのは分かる。もしこれがプロメテウスの爆弾ならば、爆発するまで猶予は後2、3分しかない。大人でも瀕死の重傷を負うあの爆弾の威力、それが女児ならば・・・・・・
「・・・・・・」
五井山は最悪の状況を想定し、思わず舌打ちをする。
「――――あれは!? スタンド!? やはり、この事件はスタンド絡みだったのか!」
「・・・・・・スタンドの本体は・・・・・・。目視だけじゃ、怪しい人物は発見できません」
声のしたほうを振り返ると、そこには遅れて五井山たちを追いかけていた孝一たちがいた。
「お前ら!? 出て行けと・・・・・・」
五井山はそう言おうとして、言いよどむ。先程とは孝一達の雰囲気が違っていたからだ。
「悪いですけど、『出て行け』という命令は聞けません。この事件がスタンド絡みだと判明したからには、出張らせてもらいます」
纏がスラリと剣を抜き、バースト・モードに入る。
「スタンド対策は、僕達の専売特許。部外者の人はすっこんでてください」
孝一も、エコーズを体内から出現させ、臨戦態勢で挑む。
「・・・・・・お前らは、一体・・・・・・」
五井山は呆然と事の成り行きを見守ることしか出来なかった。
◆
孝一達が小箱から出現したスタンドと対峙しているその背後で、その状況を観察している人物がいた。
少女は髪を掻き分け、双眼鏡で、そのやり取りを遠巻きに見ている。
「・・・・・・こーいち君の後を追ってきてみれば・・・・・・本命に遭遇するなんて・・・・・・。四ツ葉隊長の方に行かなくてよかったー」
少女は持参した『カロリーメイト・ヤシの実味』をかじると視線を孝一達から外す。
「爆弾処理班がいる。ってことは・・・・・・。げっ! あれは、ゴリ山! まさかまた会うなんて・・・・・・。犯人が爆殺してくれりゃいいのに・・・・・・」
ぎりぎりと歯軋りをした後、また視線を別のほうへと移す。少女はそこで目当ての人物を見つける。
「見ぃーつけた。さてさて。後はどうやってコンタクトをとろうかなぁ」
少女はまるでゲームでも観戦するかのように、再びその視線を孝一達に向けるのだった。