幼女の体を、黒帽子のスタンドが胸の空洞に引き寄せる。その中にあるのは爆弾の入った小箱。
「あぅ・・・・・・。うぇぇえええ・・・・・・」
幼女は自身の身に何が起こっているのかわからず、泣きじゃくっている。
『さあ、選択を行え。運命に立ち向かうか、それともこのまま、破滅の時を待つか・・・・・・』
時計の短針がカチカチと冷酷に時を刻む。
残り、後2分15秒。
「――――時間がない! 纏さん。このままあのスタンドの腕を切り離して! その瞬間、僕のエコーズであの子を救い出す!」
「うん!」
孝一は纏にそういって、スタンドに掴まれている女児の元まで走る。纏は孝一の言葉にすぐさま反応し、倍の速度で孝一を追い越し、スタンド目掛けて一直線に突っ込む。
その纏の肩に、孝一はエコーズact2を張り付かせ、いつでも女児を救出可能な体勢をとる。
(―――― 一撃だ。一撃であのスタンドの腕を切り落とす! そしてあわよくば、ニ撃目でアイツを消滅させる。それなら、孝一さんの手はわずらわせなくて澄む。・・・・・・いける!)
纏が抜刀体勢をとりながら、弾丸のようなスピードで敵のスタンドの元まで、突き進む。相手との距離は、約20メートル。そのままなんの邪魔も入らなければ、後10秒後には、敵は纏の斬撃で完全に消滅するだろう。
「!? 敵がこちらを向いた! 何か仕掛けてくるつもりだ! 纏さん! 一端距離をとるんだ!」
黒帽子が三日月状の口を開け、こちらに視線を移している。いち早く異変に気が付いた孝一は、纏にそう叫ぶ。だがそれは少しばかり遅かった。
ガパァっと、黒帽子の口が大きく開く。そこから大量の黒い塊が、纏目掛けて吐き出された。
「!?」
吐き出された塊は、一瞬で姿を変え、纏の進路方向上、四方八方に漂う。
「――――黒帽子の付録? 分身か!?」
孝一がそう指摘したように、それは黒帽子のスタンドが作りだした分身だった。身長は130センチ位で小学生程度、本体と同じく黒い帽子とマントを装着している。黒一色で覆われて表情などはうかがえないそれは、フワフワと前方を漂い、纏の進行方向を塞ぐように立ち塞がる。
「――――こけおどしを! いくら数を出したって!!」
纏は、前方に展開する大量の小型黒帽子の一体に狙いを定め、抜刀した。
その瞬間――――
小型黒帽子が爆発した。
周囲に孝一達だけに聞こえる爆発音が響き渡る。
「ぐぅぅう!?」
妖刀を握る纏の剣先から煙が立ち昇る。
爆風の衝撃に、纏とエコーズはその場からはじき出されるように後退する。
「こ、これは!?」
――――自爆!? スタンドの一体が自らの体を爆発させた!?
纏はチラリとオシリスの妖刀を見る。
刀身に傷は見当たらない。無傷だ。纏は「ホッ」と胸をなでおろす。だがそのせいで、隙が生じてしまう。
「纏さんっ! 左だ! 敵スタンドの一体が、左から接近している!」
「!?」
一瞬気を緩めてしまった纏は、敵の接近に反応が遅れる。
・・・・・・小型の黒帽子が纏の左肩に密着する。
「しまっ・・・・・・」
その言葉を最後まで言う暇もなく、再び辺りに爆音が轟いた。
一瞬、爆風で巻き上がる土煙で辺りが見えなくなる。
「纏さん!!」
孝一は急いで爆発の中心地に急ぐ。
「う、ぐっ・・・・・・」
――――纏は左肩を押さえ、地面にうずくまっている。スタンドが触れた左肩からは煙が立ち昇り、S.A.
Dの制服はぼろぼろに千切れ、素肌が露出している。その肌からは大量に出血しており、ポタポタと血のしずくが地面を赤く染め上げていた。
纏の前方には大量の小の黒帽子たちが浮遊している。だが、彼らは何も仕掛けてこない。ただ周辺を漂っているだけだ。それを見たとき、纏はピーンと頭に浮かんだ。
(――――機雷――――)
自らは何もせず上空を漂い、対象が触れた瞬間に爆発する。これはその類だ。
爆弾が作動する3分間。その間、邪魔者を近付かせないためだけに存在するのがコイツらの役割なのだ。
「――――纏さん、平気か!?」
遅れて駆けつけた孝一が纏を発見し、その肩を抱こうとする。だが、纏はそれを手で制し、かわりに刀を地面に突き刺し、それを支えにしてヨロヨロと立ち上がる。
「・・・・・・孝一さん。爆弾が作動するまで。時間がありません。・・・・・・何としても、このスタンドの機雷群を突破して・・・・・・。グッ・・・・・・。黒帽子のスタンドを叩かなければなりません」
纏はゼーゼーと息を吐きながら、約20メートル先の黒帽子のスタンドを見る。
残り、1分15秒。もう時間がない。
「だ、だけどどうやって!? 残り時間であそこを突破するのは、不可能だ!」
孝一がそう叫ぶ。
「・・・・・・孝一さん。よく見てください。機雷群は、あの子供と、黒帽子のスタンドの周辺には漂っていません。彼らを中心に、円をかくように、取り囲むように浮遊しています。・・・・・・恐らく、巻き添えの恐れがあるからでしょう。・・・・・・そこを、狙います・・・・・」
「ま、まさか・・・・・・」
「孝一さんのエコーズの能力なら、機雷の届かない上空まで、私の体を飛ばす事が可能でしょう? 相手の懐まで入り込めば、こちらの勝ちです」
「・・・・・・」
――――残り1分を切った。もう考えている時間はない。やるしかないのだ。孝一はしぶしぶ「わかった」と答え、右腕に、エコーズact2のシッポ文字を貼り付けた。
「孝一さん! 早く! もう時間がない!」
「わかってる!」
孝一はact2を纏の肩につかまらせる。そして、その手で纏の背中に触れた。
『ドォオオオオオオン!』
その擬音の通りに、貼り付けた右手は、纏を敵スタンドのいる方向へ吹き飛ばした。
「ぐ、ううう!」
ものすごい衝撃が、纏の背中から起こる。上空10メートル。彼女は機雷の届かない空を、まるで、大砲で打ち出されたかのように飛んでいた。
一瞬の浮遊感と同時に、落下の感覚が襲ってくる。
重力に体を引かれ、落ちるその先には、敵の帽子スタンドの姿があった。
「!!」
徐々にその勢いを失い失速して行く纏の体。反対に敵の姿はドンドンと大きくなっていく。
「はああああああああ!!!」
纏は刀を構え、下っ腹に力を入れる。そして、ついに射程距離に相手を捕らえる。地面までもう僅か―――― そしてついに着地に成功する。
その衝撃に足を踏ん張る事が出来ずに、纏は地面をニ回転三回転と転げ回り、やがてその動きを止める。だがそれも一瞬だ。纏は全神経を足に集中させ、それを解放させ、相手の背後から切りかかった。
「くらえ!」
その振り下ろされた切っ先が、黒帽子の左の肩先を裂く。
『ウギャアアアアアア!』
黒帽子の肩先から、鮮血の変わりに粒子の粒のようなものが吹き上がる。オシリスの妖刀の能力により、切られた部分が消滅し始めているのだ。黒帽子は思わず、幼女を掴んだ腕の力を緩めて、彼女を放してしまう。
「!? いまだ!!」
その隙を孝一のエコーズは逃さなかった。エコーズは幼女を抱え挙げると、一目散に黒帽子から離れる。
爆弾のタイマーは後30秒。ぎりぎり間に合った。
「これで! トドメェ!!!」
纏は突きの構えを取ると、そのままスタンドの胸部に刀を突き刺そうとする。だが、その瞬間
「な!?」
黒帽子の胸部に収められていた爆弾が、突然爆発した。
『オオオオオオオオオオオ』
黒帽子とその分身たちが、機械的なうめき声を上げる。それと同時に体が透け、やがてその存在など始めからなかったかのように、消えてなくなってしまった。
後には、ぽとりと落下した小箱が残るのみであった。
その小箱の背面には例のごとく、
99÷9+10
という暗号が刻まれていた。
「・・・・・・う、うええええええええん!!」
緊張の糸が切れたのだろう。解放された女児はこらえきれず大粒の涙を零しながら泣きじゃくる。纏はそんな幼女のそばに歩み寄ると、視線を低くし
「よしよし」
そういってその髪を優しくなで上げるのだった。
「・・・・・・」
その様子を遠巻きに眺めていた五井山は
「・・・・・・あれが、スタンド・・・・・・。スタンド対策斑・・・・・・」
そうポツリとこぼすのだった。
◆
周囲はけたたましいサイレンと、無線のやり取りの音で騒然としていた。公園周囲には『keep out』のテープが張られ、周囲に散乱している爆弾の破片を、溝口ら爆弾処理班の人間が回収している。
「まさか、いきなり本命にぶち当たるなんてなぁ・・・・・・。運がいいんだか悪いんだか・・・・・・」
事件の一方を聞き、現場に駆けつけた四ツ葉はタバコをふかしつつ、そうぼやいた。
纏の傷は思ったより深かった。使用したバースト・モードの後遺症もたたり、彼女は救急車に乗せられ、救命病院に運ばれていった。
「・・・・・・」
残された孝一は、五井山と共にアンチスキルから事情聴取を受け、解放された所である。
「・・・・・・孝一君。お疲れ」
四ツ葉が差し入れのコーヒーをポケットから取り出し、孝一に投げてよこす。
「どうも」
孝一はそのコーヒーを受け取ると、早速蓋を開け、中身のコーヒーを一口飲んだ。
どことなくほろ苦い、大人の味が口の中に広がっていった。
「・・・・・・事件についての詳細な情報は、あらかた聞いたよ。そこで、ここじゃいえない話をしたいんだけど・・・・・・。孝一君。まだ、時間いいよね?」
四ツ葉は急にヒソヒソ声になると、孝一にそう耳打ちした。
「・・・・・・面白そうな話だな。俺も参加させてくれねえか?」
孝一達が声のしたほうを振り返ると、そこにいたのは孝一とともに事情聴取を受けた五井山だった。
「・・・・・・」
五井山は先程までとはうって変わり、怒りの感情を孝一にぶつけることもない。その表情は真剣そのものだ。
「・・・・・・この事件が、ただの爆弾を使った犯罪じゃないことは分かった。だが、まだわからない事がある。・・・・・・スタンドについて。詳しく聞きてぇ。・・・・・・捜査に、協力して欲しい。この通りだ」
そういって五井山は深々と頭を下げた。それを見た四ツ葉は、いつもと違い真剣な表情と声色で五井山に問いかけた。
「・・・・・・いいですが、あんまり気持ちのいい話じゃないですよ?」
そう告げると、「場所を変えましょう」といい、三人は現場を離れるのだった。
◆
時刻は夜の7時を回ったところだ。ビルの外は日が落ち、しだいに薄暗くなる。その代わり、街灯がぽつぽつと点灯しだす。後数時間もすれば、周りはネオンやライトアップの照明などで、昼の頃よりも数倍明るくなることだろう。
その様子をS.A.D本部のオフィスで眺めていた四ツ葉は、先程まで聞いた孝一達の証言や、今までの事件の事を頭の中で整理し、話を切り出す。
「――――今回の事件、犯行動機などは不明ですが、犯人の目処は粗方つきました」
その四ツ葉の発言を聞き、五井山は驚きの表情を浮かべた。
「ほ、本当かよ? 犯人が分かったのか? それは、一体!?」
五井山は、四ツ葉を突き飛ばすような勢いで詰め寄る。だが「・・・・・・順を追って話します。だから落着いてください」と冷静になるように諭されてしまう。
「今までの話を推測すると、犯人は遠隔自動操縦型のスタンド能力を有しているということが分かっています」
「あの、隊長。遠隔自動操縦ってなんですか?」
知らない単語が出てきたので孝一は四ツ葉に質問してみる。
「ああ、すいません。遠隔自動操縦というのは、物体にとり憑かせ、一定の条件を満たすことで自動的に発動するスタンドのことですよ。スタンド使い本人がスタンドを動かすのではなく、あくまで自動的に、命じられたことだけを延々と繰り返すスタンドのことです。どんなに遠くに離れていても、命令を実行するメリットもありますが、反面、自動的なので、スタンド自体が何を行っていても本体は察知する事が出来ず、回収するためにわざわざ現場にまで出向かなければならないというデメリットも存在します」
四ツ葉が孝一に説明する。その様子を五井山は黙って聞いている。
「今回犯人はミスを犯しました。纏君にスタンドを消滅させられることを恐れた犯人は、予定の時間より早く、爆弾を作動させました。おそらく、携帯電話や無線電波などを利用した『リモートコントロール(遠隔操作)式』の起爆装置があの小箱に設置されていたんでしょう。・・・・・・つまり、あの場に犯人もいた事になります。そして、自動操縦型の特性。『スタンドを回収するためには現場まで赴かなければならない』――――この場合小箱ですね――――。そこから導き出される答えは?」
四ツ葉はそこで一端区切ると、暗号の書かれたメモ帳を開く。
●第一の犯行 x-8=5 答え13
●第二の犯行 36÷6+3 答え9
●第三の犯行 2x+4=56 答え26
●第四の犯行 -5x=-75 答え15
●第五の犯行 x+12=5 答え7
●第六の犯行 99÷9+10 答え21
「・・・・・・恐らく後二回。プロメテウスは犯行を行うつもりなのでしょう。その時の答えは、『20と9』のはずです。この暗号。一件難解なようですが、これをこうすると・・・・・・」
四葉が書き込んだその名前を見て、孝一と溝口は息を呑んだ。
「・・・・・・まさか、そんな・・・・・・」
「あの人が・・・・・・どうして・・・・・・」
「後は証拠固めですね。今のところ、仮説の域を出ていませんから。犯人の家を家捜しして、爆弾を押収する必要があります。そのためには、犯人に外出してもらう必要があるんですが・・・・・・。いいアイデアがあります。犯人を所定の場所におびき出す方法が」
四ツ葉がそのアイデアを孝一と五井山に伝える。
「――――と、言うわけなんだが、孝一君、頼めるかな? 犯人がスタンド能力を有している以上、通常の人間が取り押さえるのは難しい。追い詰められた犯人が何をするか分からないからね。私の能力では役に立たない。今いる隊員では孝一君しか頼れる存在がいないんだ」
「了解です。やってみますよ。aut3なら犯人を拘束するのに便利ですから・・・・・・」
孝一は「人払いはお願いしますよ」というと大きく頷いた。
「俺も同行させてもらう。もし犯人があんたらの言うとおりなら、俺が止めなくちゃならネェ・・・・・・。いや、止めたいんだ」
五井山も孝一と同行する旨を伝える。その確固たる決意は、揺ぎ無いものだろう。恐らく「行くな」といってもついて来るに違いない。
「わかりましたよ。・・・・・・やれやれ。では明後日、予定の場所にて・・・・・・」
四ツ葉はそういうと、集合場所を孝一達に伝えた。
◆
――――失敗した。失敗した・・・・・・。まさか、自分と同じような能力を有する人間がいるなんて・・・・・・。おかげでリモートコントロールで爆破せざるを得なくなった・・・・・・。
プロメテウスは自室の机で頭を抱えていた。
――――スタンドは回収したが・・・・・・。やがて自分にまで捜査の手が及ぶだろう・・・・・・。もう、おしまいだ・・・・・・
机に置かれた小箱を見る。
――――これが、最後の作品・・・・・・。このまま、潔く逮捕されるのか、それとも・・・・・・
その時、インターホンのベルが鳴り響く。プロメテウスは一瞬、どきりと心の臓をならす。こんな時間に来客なんて、一体誰なんだ!? まさか、特定されたのか? あの暗号から? だとしても、何で今、この時間なんだ。
時刻は夜の8時を回っている。ベルの主は「ピンポンピンポン」と何度も何度も、ベルを鳴らしている。おそらくこちらから出向かない限り、この音は鳴り止まないだろう。それにこの時間にこう何度もベルを鳴らされたんじゃ、近隣住民に不審がられてしまう。最悪、中に踏み込まれでもしたら・・・・・・
プロメテウスはその光景を思い浮かべ、身震いする。
――――まだだ、まだ捕まるわけには・・・・・・
とりあえず相手が誰なのか確認するのが先だ、プロメテウスはブザーの主を確かめようと、モニター越しに相手の姿を確認する。
その瞬間。相手は、ベルを鳴らす手を止める。そしてまっすぐと、設置してあるカメラを見つめる。
「プロメテウスさぁん。いるんでしょぉ!? あなたが犯人なのは分かっているんすよぉ。・・・・・・もし、このままだんまりを決め込むんなら、通報しちゃおうかな?」
ブザーの主はそういうと、手にした携帯を高々とプロメテウスに見えるように掲げる。
――――この少女が!? なんで!? ばれた! どうして!? どうすれば!?
プロメテウスは少女の出現に軽い混乱を起こしている。モニターに映る少女は、まるでこちらの胸の内を見透かすように笑い、「大丈夫。自分は敵ではないっすよ」そうささやいた。
「・・・・・・フーン。意外と普通の一室って感じっすね。もっとこう、爆弾の部品が散乱する、メカメカしい部屋だと思っていたのに・・・・・・」
少女は興味深げに部屋を見渡す。
机に爆弾の部品が散乱する以外、そこは当たり前のマンションの一室と言うくらい、質素な部屋だった。
――――少女を自室に招かざる得なくなった・・・・・・。どうしよう・・・・・・隙を見て始末するしかないのか・・・・・・。女は後ろを向いている。やるなら、今しかない・・・・・・
プロメテウスは自分の先を行く少女の首筋を狙い、両手を伸ばす。
「・・・・・・ああ、ところで」
少女がくるりと回転し、こちらを向く。
「もう、だめだと思うっすよ?」
犯人にそう告げた。
「リモコンでの爆破は失敗でしたね。これで完全に証拠を残してしまいました。見る人が見れば、分かる証拠をです。いずれ、あなたにも行き着くのも時間の問題っすよ。つまり、もうお終い。ゲームオーバー。詰みです。もっと遊べるかと思っていたのに、残念。期待はずれでした」
少女は仰々しく首を振り、犯人を見る。
その瞳に映る色は失望だろうか。興味を失ったゲームを見るような、冷めた視線だった。
――――おわり・・・・・・か・・・・・・。こんな少女にまで、自分の正体が知られてしまった。きっともう、アンチスキルでは自分に対し、逮捕礼状が出ているのかもしれない。いや、もう向かっているのかも? ・・・・・・来るべき時がきたのだ・・・・・・。今更この少女を始末した所で、何も変わりはしない・・・・・・。少女の言うとおり、これでもう、詰みだ・・・・・・
プロメテウスはがっくりと膝を落とす。気力が急激に失われていく。もう何をしても手詰まりなのだ・・・・・・
その犯人に対し、少女はポンと肩に手をおくと
「安心してください。敵ではないって言ったでしょ? ・・・・・・もっとも味方でもないんすけどね・・・・・・。今のところ他に正体を知る人間は、一部の人たちのみっす。その人たちも、確たる証拠があるわけでもない段階です。つまり、逮捕までまだ猶予はあるって事ッすよ」
口元をにやりと歪めた。
「だからね? 有終の美を飾ってくれないっすか? あの爆弾。もっと火薬の量を増やせるんすよねぇ? それで大量の人間を巻き込んで、自爆してくださいよ。どうせ、一人で死ぬつもりだったんでしょ? だったら、連れ添う相手は多いに越した事はないっす・・・・・・。――――ああ、この口調面倒くさいな。やめよ――――」
少女の口調が変わる。さっきまでのは誰かの物まねだったのだろうか?
「明後日、ジャッジメント支部にて、もう一度爆弾の講義が行われます。その席にて、爆弾を作動させてください。恐らくあなたを含め、大量の人間が死ぬでしょう。でも、それであなたは永遠になる。全ての人間がこの事件のことを忘れない。プロメテウスの名前は、未来永劫語り継がれることでしょう」
少女は犯人に置いた手をそっと離す。そして最後に
「これはただの戯言ですから、決めるのはあなたです。このまま逮捕されて誰からも注目されずに長い時を過ごすのか、それとも伝説となるのか。猶予は2日。それまでに、『あなた自身』で決めてください。『ボク』個人としては、あなたが、予定通り遂行してくれることを『期待』していますけどね・・・・・・」
そういい残し、少女は流し目で犯人の姿を見ると、やがてその場を離れた。バタンというドアが閉まる音だけを残し、この部屋は再びプロメテウスひとりだけとなった。
「・・・・・・」
沈黙がしばし部屋を支配し、やがて犯人は、笑った。
「・・・・・・伝説・・・・・・か。それもいいかもしれない・・・・・・。どの道、一人で死ぬには寂しすぎると思っていたんだ・・・・・・。アンチスキルはまだ来ない・・・・・・。猶予は2日・・・・・・。彼女の言葉を、信じてみようか・・・・・・。フフフッ」
その瞳にはさっきまでの怯えや諦めの光はなかった。変わりに、暗く深い、どす黒い闇の光が宿っていた。