広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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夕闇の中、二人

――――2日後。

 プロメテウスは自宅のアパートを出て、バスを乗り継ぎ、ジャッジメント支部を目指す。

 

 

 持参したカバンの重みが心地いい・・・・・・。

 

 こうしてバスに揺られている間も、彼の心は揺れ動いていた。

 このまま、大量殺人を実行に移すのか、それとも思いとどまるのか・・・・・・。

 両者を天秤にかけ、勝つのは果たしてどちらの気持ちだろう・・・・・・

 

 などど、考えている瞬間もまた、気持ちが良かった。

 

 ――――充足感を感じる。かつてないほどの満足感だ。こうして死と隣り合わせの瞬間。ボタン一つで周囲が吹き飛ぶという緊張感。はじめて自分が生きているんだという実感を得る事が出来る。

 

 

 そうこうしている内に、ついに、ジャッジメント支部に到着してしまう。

 

「・・・・・・」

 

 IDを見せ、本部に入り、エレベーターで会議室を目指す。

 

 心臓の動悸が激しい。もうすぐ、全てが終わる。・・・・・・そして、伝説が始まるのだ・・・・・・

 

 プロメテウスはガチャリと、会議室のドアを開けた。

 

「?」

 

 プロメテウスは中央まで歩み寄り、周囲を見渡す。

 

「いない?」

 

 違和感の正体はすぐに分かった。講義を行う為に集まっているはずの、学生の姿がない。誰もいないのだ。

 

 

「――――まってたぜ。お前が来るのをな・・・・・・」

 

「!?」

 

 驚き振り返ると、そこにはドアの鍵をロックしている孝一と、プロメテウスを悲しげな表情で見ている五井山の姿があった。

 

「――――そういう、ことか。・・・・・・あの女は、お前達の仲間だったと言うわけだ・・・・・・。こうなることを予想して、僕に情報を与えたのか? やられたよ・・・・・・」

 

 プロメテウスは瞬時に状況を把握した。自分は、罠にはまってしまったのだ。どうりで、ビル内が静か過ぎると思った。だが、後悔してももう遅い。ここが、彼の終着点だった。

 

(・・・・・・女?)

 

 孝一はプロメテウスの発言に訝しんが、すぐさま思考を切り替えた。犯人の戯言に構っている暇など、今はないのだ。その発言の意図は、彼を逮捕してから確かめればいい。

 

 

 

 

「あなたのスタンド。遠隔自動操縦型のスタンドですね。この能力のデメリットは、スタンドを回収する必要があること――――。でも、全ての犯行の後、アンチスキルが到着する前に、わざわざ犯人が回収に訪れるという危険を犯すとは思えない。この時点で、一般人の犯行という線は薄れました。唯一可能だとすれば、内部の犯行。それも、爆弾処理班の人間なら、簡単に小箱を回収できる。そして、あの暗号。あれ、数式は関係なく、答えが重要だったんですよね? 」

 

 孝一がメモ帳を開き、犯人に見せる。

 

「第一の犯行に残されていた数式の答えは13。これはアルファベットに直すと13番目と言う意味。つまり、『M』って事になります。そのまま、第2から第6までの答えを合わせると――――」

 

 第2の犯行 答え9  『I』

 第3の犯行 答え26 『Z』

 第4の犯行 答え15 『O』

 第5の犯行 答え7  『G』

 第6の犯行 答え21 『U』

 

 メモ帳にはそれぞれの犯行時の答えと、該当するアルファベットが書き込まれている。

 

「ここまでくれば後の答えもわかります。20と9。『T』と『I』です。そうですよね? 『溝口』さん?」

 

 孝一が、『プロメテウス』こと『溝口』にそう告げた。対する溝口は、特に動揺も見られずに、孝一達を見つめている。

 

「まさかこんな結末になるとはね。・・・・・・僕は弱い人間だから、一人で死ぬ事なんて、とてもじゃないけど出来なかった。でも、大勢の学生達を道連れにするのなら怖くない。そう思って、この部屋なんて簡単に吹っ飛ばせるくらい強力な爆弾を持参してきたのに、無駄になっちゃったね・・・・・・。まあ、いいさ。あの世への同行者の数に、いささか不満はあるが、仕方ない。君達二人で満足することにしよう」

 

 溝口はそういうとバッグから白い小箱を取り出した。

 

「!?」

 

 孝一が小箱に反応して一歩前に踏み出す。それと同時に、溝口はジリジリと後ろに下がる。

 

「溝口っ! どうしてだ!? 何でお前が、こんなことを!!」

 

 五井山は溝口に向かって、あらぬ限りの声で叫んだ。このまま溝口の心に届いて欲しい。そういう願いをこめた叫びだった。だがその問いかけを、溝口は一笑に付す。

 

「まあ、君には分からない理由さ。それなりの地位は約束されていたし、安定した毎日だった。だが、面白みも何もない、退屈な毎日だったよ・・・・・・。毎日毎日、鑑識で証拠探しの日々・・・・・・。次が終わればまた次だ。そんな毎日にうんざりしたのさ。正直、犯罪を起こしているヤツラがうらやましかったよ」

 

 溝口はさらに孝一たちと距離をとり、「だから」と小箱に手をかけ話を続ける。

 

「僕もそちら側に行ってみたくなった。そう思ったら、この能力に目覚めていた。その時、はじめて『あちら側』に足を踏み入れたんだよ」

 

 溝口はまるで神に出合ったかのような恍惚として表情をして語る。

 

「・・・・・・すばらしい経験と、充実した日々だったよ。これまでの無為な人生全てを犠牲にしてもおしくないと思えるほどのね・・・・・・」

 

「・・・・・・もう、いい。それ以上、しゃべるな・・・・・・」

 

 五井山は声を詰まらせそう言った。その瞳にはうっすらと涙が混じっている。

 

「・・・・・・頼むから、だまってくれ・・・・・・。これ以上、俺の友達の口から、そんなセリフを聞きたくねぇ・・・・・・」

 

「・・・・・・はっ! 友達? 五井山、お前と僕がいつ、友達になったというんだ? 僕はね、お前が大ッ嫌いだったよ。運動神経抜群で、明るくて、誰からも慕われるお前と、運動音痴で、根暗で、友達もなく、同僚からも馬鹿にされる僕。憎くて憎くてしょうがなかったよ。お前を見るたび、自分がどんなに惨めな存在か、思い知らされるんだ!」

 

 激情にかられた溝口は、持っていた小箱を、空中に放り投げた。小箱が回転をしながら放物線を描く。

 

「溝口ぃぃいいいいいいい!!!」

 

 その軌道を目で追いつつ、五井山は即座に反応した。

 

 目の前の机を踏み代替わりに駆け上がり、大きく跳ぶ。空中の小箱まで、必死に手を伸ばした。

 

「つかんだっ!!」

 

 五井山が小箱をキャッチすることに成功した。だがその際、蓋がはずれ、箱の中身が露見する。

 

「!?」

 

 ――――中身は、ただのアナログ時計だった。これは、ダミーだ!! つまり・・・・・・

 

 五井山は溝口を見る。溝口は、ポケットから小箱を取り出し蓋に手をかけている。

 

「孝一ぃい!! 本命は、あいつだ!! あいつが取り出した箱が本物だっ!!」

 

 孝一に向き直り、あらん限りの声で叫ぶ。

 

「・・・・・・っ!!」

 

 孝一は既に反応していた。

 

 エコーズact2を溝口の元まで飛ばし、今まさに箱を開けようとする溝口の手を掴んだ。

 

「ちぃ! こいつ!?」

 

 溝口はエコーズを振り払おうとする。

 

「今だぁあ!!」

 

 そのスキに孝一は溝口に飛びつき、箱を奪う。バランスを崩し、地面に倒れる両名。

 

「返せ! 返せ! 返せ!」

 

 溝口は半狂乱となり、孝一に飛びつき殴りかかる。

 

「ぐっ! もう、あきらめろ! あんたの負けだ!!」

 

 溝口の拳を顔面で受け止め、箱を死守しようとする孝一。

 二人は互いに体を入れ替え、箱を奪い合う。

 

「あっ!?」

 

 箱に手を伸ばす溝口の手を振り払った瞬間、孝一はバランスを崩し、小箱の蓋を地面に落としてしまった。

 

 その瞬間――――

 

『・・・・・・箱を、開けたな!? 開けたからには、受けてもらうぞ! 運命の試練を! ・・・・・・3分やろう! 生き残るための時間を!』

 

 黒帽子のスタンドが出現し、孝一の体を掴みかかってきた。

 

「!!」

 

 体をガッチリと固定されてしまった。こうなったらこのスタンドは決してこの手を放さないだろう。その様子を見ていた溝口は、半狂乱だ。

 

「違う、お前じゃないっ! 箱を手にするのは僕だっ! 伝説になるのは僕だっ! 僕こそがプロメテウス!

神の代行者だ!」

 

 そういうなり、孝一から箱を取り戻そうと手を伸ばす。しかしその手は、彼のスタンドの手により、阻まれてしまう」

 

『試練を邪魔する不届き物よ! この崇高な時間を邪魔する行為は万死に値する! ・・・・・・受けよ! 報いを! 』

 

「ヒッ!?」

 

 スタンドの口から大量の黒い塊が、溝口目掛けて吐き出される。

 それら全ては、瞬く間に人型を形作り、彼の体に密着する。

 

 ――――その瞬間、閃光が走った。

 

「ぐわああああああ!!!」 

 

 大音量の爆音と共に、溝口の体が踊る。顔が、手が、足が、爆発の衝撃で醜く焼け爛れ、肉の焼ける、不快な臭いを発生させる。

 

「溝口っ!」

 

 黒煙を上げ、その場にピクリせず横たわる彼を、五井山は助け起こそうと歩み寄る。

――――だが、

 

「来るなっ!」

 

 孝一は一喝し、五井山を制す。

 

「・・・・・・爆弾を、解除するのが先です。五井山さんには見えないでしょうが、今、大量の機雷型のスタンドが周辺を漂っています。それ以上近付けば、五井山さんも、ただでは済みませんよ」

 

 五井山はその場に留まり、周囲を見渡す。この、何の変哲もない空間に、溝口を攻撃したスタンドが漂っていると言うのか・・・・・・。思わず、ゴクリと唾を飲みこむ。

 

「・・・・・・このスタンド。ルールさえ守れば、こちらに危害は加えてこないようです。ですから、このスタンドの言うとおり、爆弾を解除します。・・・・・・爆弾の構造自体は、以前説明を受けたとおりです。これなら僕でも解除できます。・・・・・・五井山さん。ニッパーはありますか? 上空に投げてください」

 

 五井山は「・・・・・・わかった」というと、ニッパーを取り出し上空に放る。それをエコーズが受け取り、孝一の元へと運ぶ。

 

「・・・・・・」

 

 爆弾の中身をじっくり見る。以前と同じ、赤、青、黄の導火線が時計とバッテリーに繋がれている。時を刻む短針の時間は――――1分30秒――――急いでコードを切断しなくてはならない。

 孝一は、以前習ったレクチャーの通り、赤のコードにニッパーの刃先を持っていく。一瞬、指先が震えたが、神経を集中させて、震えをとめる。

 

 そして、パチンと、コードを切断する。

 

 ・・・・・・何も起こらない。やはり、以前とまったく同じタイプの爆弾らしかった。これなら大丈夫だ。孝一は「ふうっ」と安堵の息を吐く。

 よく映画で、赤と青の導火線のどちらを切ればいいのか、という選択に迫られる場面があるが、今回はどのコードを切ればいいのか丸分かりなのだ。気を楽に、と言うのは変だが、かなり負担が軽減し、作業に当たる事が出来る。孝一は続けて、黄のコードをニッパーで切断した。

 残り1分。十分にお釣りが来る。

 

「・・・・・・や、め、ろ・・・・・・。や、め、て、くれ・・・・・・」

 

 見ると溝口が意識を取り戻し、血だらけの手を伸ばし、こちらに歩み寄ろうとしている。

 

「神に、なるんだ・・・・・・。プロメテウスの名を、もっと、知らしめるんだ・・・・・・お前達のせいで、全てがパーだ・・・・・・。どうして? なんの権利があって・・・・・・」

 

 この期に及んでの神様気取り、反省の色などまったくない。あまりの身勝手さに腹が立った。だから、孝一は仕返しのつもりで、溝口の恨み節にこう返した。

 

「神様ねぇ・・・・・・。残念だけど、僕は見たものしか信じない性質なんだ。・・・・・・僕から見たアンタは、ただのイカレた犯罪者だ。アンタにお似合いなのは、堀の中の独房だ。そこで、自称・神様を気取っていればいいさ」

 

 そういって孝一は、最後の青のコードを、ニッパーで「パチリ」と切断した。

 

 ――――爆発30秒前。タイマーはそこで停止した。

 

 爆弾は、無事解除されたのだ。

 

「・・・・・・」

 

 爆弾の解除が成功した瞬間、孝一を掴んでいた黒帽子と、付属の小型スタンドは、音もなく消えていった。

同時に、空中に浮かんでいた小箱が、コロンと地面に落ちる。

 

(x-9=11と3x-4=23か・・・・・・)

 

 小箱を拾い上げ、底に書かれている文字を、孝一は確認する。プロメテウスからの最後のメッセージだ。

 

 世間に注目されたい。認められたい。それは理解できる。だが、そのために、どうして人を傷つけたり、大量殺人を行おうとするのか・・・・・・。地面にうずくまるプロメテウスこと、溝口を見て

 

「犯罪者の考えている事は、わかんないよ・・・・・・」

 

 孝一はそう呟き、小箱をテーブルの上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件から数十時間後。

 ジャッジメントビル屋上にて。

 五井山はフェンスに持たれかかりながら、タバコをふかしていた。

 時刻は6時。そろそろ周りの景色が、夕刻色に染まる頃だ。

 

 あれから――――

 アンチスキルの人間は、すぐ後にやってきて、溝口は逮捕された。その際お互いの目が合ったが、彼らは何も語らなかった。

 

 ――――溝口の自宅のマンションからは、爆弾の部品と遺書が見つかった。遺書には、これまでの犯行は自分であることと、自分はこれから神に生まれ変わる等の、内容が書かれていたらしい。その内容から、溝口の精神状態に疑問が生じたため、裁判で責任能力の有無をめぐって、争う事になるらしい・・・・・・。

 

「なんだかなぁ・・・・・・」

 

 五井山はタバコをプカプカふかしながら、ボーッと上空を見上げた。

 

 その時、ガチャリと扉が開く音がした。見るとそこには孝一の姿があった。

 

「こんな所にいたんですね・・・・・・探しましたよ」

 

「なんだよ? 俺に用でも会るのかい?」

 

 五井山は孝一に背を向けたまま、ぶっきらぼうにそう答える。

 

「まあ、何ていいますか、落ち込んでいる見たいでしたので、ちょっと気になって・・・・・・」

 

 孝一は照れながら頬をかく。

 

「それで、慰めようとしてくれたってのか? やめてくれよ、気持ちわりぃ」

 

 五井山は、今吸っているタバコの火を消し、もう一本取り出す。

 

「・・・・・・禁煙ですよ」

 

 孝一は五井山に苦言を呈す。

 

「かてぇこと言うない。今は、無性に吸いたい気分なんだよ・・・・・・」

 

 五井山は構わずタバコに火をつけた。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 しばらく二人、沈黙の時が続く。

 空の端は次第に赤みを増し、青色の空と交じり合う。遠くには風力発電用の風車がゆっくりと回転しているのが見える。昼の頃とはまた違った情景だ。

 

「・・・・・・あいつとは同期でよ。最初の頃はドン臭くて何をさせてもドジばかり踏む野朗だった」

 

 ポツリ、と五井山が口を開く。昔を懐かしむように、その口調はどこか優しげだ。

 

「だけどよ、嫌いに離れなかった。あいつは、仕事は遅いが、人一倍、犯罪を憎む心を持ったやつだった。皆が仕事を終えても、一人残って現場の残留物から犯人を特定できる何かを探すようなヤツだった・・・・・・。その時は、確かにアイツの中に溢れんばかりの正義の心って物を感じたんだ。・・・・・・なのに・・・・・・それなのに・・・・・・」

 

 五井山の肩がワナワナと震える。背を向けているので顔は判らないが、その声色から五井山の表情は容易に想像できた。

 

「・・・・・・どこで捻じ曲がっちまったんだよぉ・・・・・・溝口ぃ・・・・・・」

 

 五井山は嗚咽の混じる声で、かつての友人の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 五井山は孝一と話して幾分気が楽になったらしい。先程までの張り詰めたような表情は消えているようだった。そして去り際に「ありがとよ、世話になったな」というと屋上を後にしていった。

 

「・・・・・・」

 

 孝一はその場に留まった。そしてジィっと何かの音を聞いているようだった。

 

「・・・・・・そこにいる奴。出てこいよ。一体なんのつもりで、聞き耳なんか立てているんだ」

 

 孝一は五井山が出て行ったドアに向かってそういった。やがて――――

 

「・・・・・・ばれちゃったっすね。こーいち君のエコーズはすごいなぁ。心音が一人分多いって事を聞き分けるなんて・・・・・・」

 

「おまえ・・・・・・」

 

 現れたのは、ここにいるはずのない少女。孝一は警戒してエコーズを出現させる。

 

「やだなぁ。『おまえ』なんて他人行儀で・・・・・・ちゃんと玉緒って呼んでくださいっすよぉ」

 

 少女はエコーズに一瞥をくれると、馴れ馴れしく孝一に近付こうとする。

 

「・・・・・・おまえ、だれだ?」

 

「やだなあ。自分は玉緒っすよぉ。SADの隊員の二ノ宮玉緒。ボケちゃったんすかぁ?」

 

「違うっ!」

 

「ちがう?」

 

 少女は首をかしげる。

 

「二ノ宮玉緒は、そんな事をいわない! アイツは、おかしな奴だったけど、人を惹き付ける魅力に溢れた奴だった。そんな彼女だったからこそ、僕たちはどんなムチャな要求にも、答えてやろうと言う気になれたんだ。だけど、お前は違う! お前は、嫉妬深く、好戦的でぞっとするくらい冷酷な奴だ。僕の知っている彼女と、明らかに違う!」

 

「あのさぁ・・・・・・」

 

 少女は髪を掻き分け、うざったそうにこちらを見る。

 

「こーいち君は、自分のことをどこまで知ってるっていうんすか? 今まで隠してきた本性を、ついにさらけ出したのかもしれないじゃないっすか。なのに、『そうだろう』、『そうであってほしい』、『そうに違いない』。希望的観測や憶測だけで自分を批判するのは御門違いっすよ」

 

「だったらなんで、さっき僕のエコーズを見た」

 

「・・・・・・っ!」

 

 一瞬、焦りの表情を浮かべた彼女を、孝一は見逃さなかった。

 

「さっき、エコーズと視線を合わせたな? 二ノ宮玉緒は能力者だが、スタンド使いじゃない。なのにエコーズを見た。それってどういうことだ?」

 

「やだなぁ・・・・・・。つまり、交換したんすよぉ。他のスタンド使いの方とぉ」

 

「それは誰で、どこにいるんだ? 教えろよ。ついてってやるから」

 

 やっと、確信が持てた。この女は、二ノ宮玉緒なんかじゃない。別人だ。思えば、白井がSADに来た時から、玉緒の様子はおかしかった。あんな発言をするような子じゃない。

 あの時、既に入れ替わっていたのだ。

 

「・・・・・・本物の、二ノ宮玉緒を、どうした?」

 

「・・・・・・」

 

 少女は口をつむぎ、押し黙る。

 

 一瞬、辺りが静まり返る。その静寂を破ったのは、他でもない、少女自身だった。

 

「・・・・・・フフフっ。あーあ。気づかれちゃった。入れ替わりゲームもこれにて終了かぁ」

 

 少女はしばらくの間クスクスと笑い、やがて姿勢を正すと、まるで舞台で演じた役者が客席の観客にするような丁寧なおじぎをした。そして

 

「始めまして。二ノ宮玉緒の妹。二ノ宮双葉(ふたば)と申します。以後お見知りおきを」

 

 と芝居がかった口調で自己紹介をした。

 

「・・・・・・妹、だって?」

 

 孝一は目を見開き、目の前の少女・双葉を見た。何から何まで、玉緒にそっくりな容姿だった。しかし、溢れんばかりの気力とやる気に満ち溢れていた玉緒とは違い。双葉は、どことなく浮世離れした、それでいて人を小ばかにしたような雰囲気が全身からにじみ出ていた。

 

「ウフフフ。姉が酷い風邪を引いてしまってね。それでも、君たちの元に行きたいと寝言で言うもんだから、ちょっと興味が出てきてね。しばらく入れ替わることにしたんだ。うまい演技だっただろう?」

 

 双葉は少しおどけてみせる。その視線を孝一はあえて無視する。

 

「溝口に入れ知恵をしたのはお前か? どうして? 何でそんな真似をした?」

 

「なあに。ちょっとした演出さ。普通に逮捕したんじゃ全然面白くないからね。なかなかスリリングな展開になっただろう?」

 

 双葉は平然と言い放った。

 

「ふざけたこと、しやがって! 一歩間違えれば、大勢の死人が出るとこだったんだぞ!」

 

「でも、結果として君達が阻止したじゃないか。終わりよければ全てよし。今回の件で君たちの株は上がること間違い無しだろう。むしろボクに感謝して欲しいね」

 

 孝一はあまりの自分勝手さに思わず怒鳴る。しかし双葉は、そんな言葉など意に介さす、話を続ける。

 

「溝口のスタンド。どうして3分なんて時間を設けていたと思う? スタンドは精神エネルギーの具現化。あんな能力になったのは、彼自身の心の弱ささ。彼は、爆弾で世間を騒がせたいと思う一方で、死者は出したくない。出来るだけ傷つけたくないと思っていたんだ。矛盾してるだろ? そんな、彼の不安定な精神が、そのまま能力に反映された。『生き残る3分と言う時間を与える代わりに、それで怪我を負ったのならそれは自分のせいじゃない。悪いのは解除できなかったお前らだ』ってね。そんな弱い彼だからこそ、懐柔できるとボクはふんだ。人を操るっていうのは、初めての経験だったけど、意外とうまく出来たと思うよ」

 

「ふ、ざ、け、る、なっ!!」

 

 孝一ははっきりと分かった。こいつは敵だ。決して自分とは相容れない存在だ。孝一はエコーズact2を双葉に向かい突進させ、殴りかかった。

 

「ふふふ。無駄無駄。この状況じゃ、君に勝ち目はないよ」

 

 双葉は余裕綽々で笑う。それが益々癪に障る。

 

「そんなの、やってみなくちゃ、わからないだろ!」

 

「無理無理。・・・・・・だって――――」

 

 夕日に照らされて出来た双葉の影法師が、不自然に形をゆがめ、孝一の足元まで伸びる。そこから、ギラリとした二つの目がこちらを覗きこむ。

 

「!?」

 

「君は、ボクのスタンド『ザ・ダムド』の射程距離の中にいるんだ。もう、逃げられないんだよ」

 

 影法師から黒い鎌のような触手が二本伸び、孝一の体を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

一瞬、記憶が途切れた。

 違和感がある。自分の中の何かが奪われたような、消失したような。

 彼女に対して怒りを感じていたのだが、それが何なのか、思い出そうとすると記憶が曖昧になってしまう。

 

「孝一君」

 

 気が付くと、目の前に双葉がいた。彼女は孝一の両頬に手を添えると、強引にその唇を奪った。

 

「――――んんん!?」

 

「んっ・・・・・・」

 

 突然の衝撃に、孝一の頭は真っ白になった。口の中に生暖かい感触が侵入してくる。それが彼女の舌だと気づいた孝一は、双葉を突き飛ばすようにして引き離す。

 

「――――な!? な、な・・・・・・何を、したんだぁ!? お前っ!?」

 

 双葉はペロッと唇を舐め、不敵なな笑顔のまま、孝一を見る。

 

「君と行動を共にしたのは、僅かな時間だけだったけど、君はいいね。君は、どこか頼り無さげな外見とは裏腹に、曲がる事はあっても、決して折れない精神力、人間性を兼ね備えた人間だ。君には、不思議と人を惹き付ける『魅力』ってやつを感じるんだ。初めてだよ。ボクが『異性』に興味を覚えるなんて」

 

 先程のキスのショックが抜け切らない孝一の顔をしばらく眺めた双葉は、やがてドアの元まで行き、ドアノブに手をかけた。

 

「孝一君」

 

 双葉はドアを開けて孝一に声を掛ける。

 

 

「正体がばれたんで、今日のところは退散することにしよう。君に免じて、『タマ』はそちらに返してあげる。・・・・・・君とはもっと仲良くなりたいな。友達としてだけではなくて、もっとそれ以上の関係に・・・・・・」

 

 双葉は孝一に投げキッスを送ると、「それじゃ、またね」と言い残し、そのままドアを閉じた。

 後には、あまりの衝撃に、呆然とした表情の孝一だけが残った。

 

 

「・・・・・・二ノ宮、双葉・・・・・・」

 

 孝一は唇にそっと指をはわせ、双葉が出て行ったドアをジッと凝視する。

 玉緒とは別の意味で台風の目となる存在の彼女。

 次に会うときは、敵か味方か・・・・・・

 

 夕焼けに染まった空は、次第に日が陰り、黒い闇に包まれていった――――

 

 

 

  

 

 

 プロメテウスの炎 END

 

 

 

 

  

 

 

 

 


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