発端 ―内田和喜―
AM10:15 2F 食品売り場
見渡す限りの人、人、人。
買い物カバンを持った年配のお年寄りから、制服姿の学生まで、千差万別の人間がこの施設に集まり、ワイワイガヤガヤとにぎやかな音を発生させている。それもそのはず、『オーシャン・ブルー』はこの一週間、『閉店セール』と称して、店内の品物を半額以下の価格で売りに出しているのだ。
――――『オーシャン・ブルー』 建築物の高さ:51.6m 最高高度86.8m――――
この『オーシャン・ブルー』は第七学区の一区画に立てられた複合レジャー施設だ。地上12階・地下2階建てのこの建物は、アミューズメントフロアから、ブティック、歴史展示場、飲食フロアなどで構成されている。
建物は築50年と古く、目を凝らすと所々薄汚れていたりうっすらとした傷が付いていたりと、よく言えば歴史を感じさせる、悪く言えば、古臭い概観をしていた。――――なんでも学園都市が建設された当初に出来た、由緒ある建物らしい――――。
まあ、ぼくが生まれてもいない時代の話なので、『だからどーした』で済んでしまう話なのだけど・・・・・・。問題はここのオーナーがこの『オーシャンブルー』を本当に閉店・建て壊しを決めたことだ。
なんでも、高齢の上、跡継ぎもいないし、建物自体も老朽化のための決断だそうだ。その為、利益も損得も考えず大還元フェアと称し、ここ一週間、店内の全ての商品、施設、食べ物を半額以下で売りに出しているのだ。(交渉次第ではそれ以上の値引きも可、らしい)
うわさを聞きつけた来客は、我こそは先にと、長い長蛇の列を作り、店内に入る。
「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ! 本日は最終日となっております。今回は出血大サービス! なんと、今月誕生日を迎えられたお客様には、最大8割で商品をご購入いただけるサービス券を配布しております! 御入り用の際は受付のカウンターにて、身分照明となるものを提示下さーい!」
店員の人が拡声器で大声を張り上げ、持っていたベルを鳴らす。それに吊られて、何十人もの人間が店員の人の指示に従い、受付のほうへ向かう。
「――――すごい人だかりね。このままだと身動きが取れなくなりそう。内田君。早く上に行きましょう」
「う、うん」
そういうと委員長は僕の手をとり、一目散に上の階を目指す。人ごみではぐれないための行為だと分かっていても、やっぱり異性に手をとられると緊張してしまう。
僕、こと「内田和喜」は、現在クラスの委員長と一緒にこのオーシャン・ブルーにショッピングに来ていた。もちろんデートとかそういうやましい事ではなく、単なる友達同士としてだ。
――――おっと。そうだった。まだ友達ではなかったんだ。僕たちは、まだ友達”見習い”の関係だったっけ――――
僕はかつてクラスメイトからイジメにあっていた。その現状を何とか打破したくて、僕は怪しげな人体実験に参加してしまった。もちろん、そんな不正で得た何かが、僕にプラスに働くはずもなく、状況は以前より最悪になってしまったけど・・・・・・
委員長とはそこで知り合いになった。
以前は、簡単な挨拶を交わす程度だった僕らだが、あの事件から少しだけ親しくなった気がする。
今日はその親睦もかねて、このオーシャン・ブルーに一緒に出かけることにしたのだ。
ちなみに、なぜ”見習い”かというと――――
「――――内田君。あなたが私と友達になりたいと言う気持ちは良くわかったし、悪い気はしないわ。でもね。その――――。なんというか・・・・・・。んっと・・・・・・」
めずらしく委員長が恥ずかしそうに言いよどむ。視線はちらちらと。おさげ髪をいじいじと、なんだかせわしない。
「と、友達”見習い”からなら、はじめてあげてもいいわっ・・・・・・」
消え入りそうな声で僕にいった。
「見習い?」
「し、しかたないでしょっ。わ、私だって、その・・・・・・。友達なんて、いない・・・・・・から・・・・・・。どうやったら友達なのか、わからないもの・・・・・・」
最後のほうはごにょごにょとしか聞けなかった。
でも、そうか。
委員長も、僕と同じなんだ。
そう思うと、同じ道を志す相棒の様に思え、親しみが増した。
――――なんていったら、怒り出しそうなんでいわないけど・・・・・・
とにかく。
この日から僕と委員長は友達”見習い”となったのだった。
出来うるなら、早く友達にまでランクアップしたいものである――――
「――――どうしたの? 内田君。さっきから黙っちゃって」
おっと。
いけないいけない。
今までの回想に耽り過ぎた。
「ごめんごめん。ちょっと人の気にあてられちゃって・・・・・・」
ボーッとしていたなんて思われたらせっかくの関係も壊しかねない。
意識を切り替えよう。
なんて思っていたら、早速人にぶつかってしまった。
なんてこった。
「おい。お前。気をつけろ」
ぶつかったのは一人の女の子だった。でも、なんだろう? この格好は? コスプレだろうか?
黒いフードを被った僕と同じくらいの(15,6くらいだろうか)少女は、明らかに気分を害した様で、僕を睨みつけた。
フードの下から見える顔立ち、金色の髪。そして青く光る瞳は明らかに日本人ではない。
その様子は、ゲームや漫画・小説なんかで登場する魔法使いみたいだった。
あ。しまった。いまはそんな事に驚いているときじゃない。あやまらなくちゃ。
「ご、ごめんなさい。前を見てませんでした。あの。怪我とかはしてませんよね?」
「そんなもの。見れば分かるだろう? お前のそのもやしみたいな体で、ワタシが怪我を負うとでも思ったか? タワケが」
うわあ。
すごい尊大な女の子だ。
しゃべらなけりゃすごいかわいい子なのに。何てもったいない・・・・・・
でもガマンガマン。悪いのは僕なんだから。
「――――あっ。ごめんなさい。この子ちょっと口が悪くて。でも、悪気があったわけじゃないからね」
どうやら連れがいたらしい。
連れの少年はぺこぺこと頭を下げると少女の服を掴みその場を離れていった。
「――――オイ。コーイチ。今のはあの男が悪いのだ。何故に誤る必要がある?」
黒いフードの少女は連れの男の子に文句を垂れながら、人ごみの中に消えていった。
「はあ。緊張した・・・・・・」
一緒にいた委員長が大きな息を吐き、安堵の表情を浮かべた。
「もう、内田君。気をつけなさいよ。ぶつかったのがかわいい女の子だったから良かったものの。いかつい不良とかだったらどうする気だったのよ?」
「・・・・・・うう。面目ないです」
返す言葉がない。次からは気をつけなくては。
「まっ。無事だったから良しとしましょう。さあ。ショッピング、ショッピング」
委員長と僕は、気を取り直してといった感で、目的の場所へと歩を進めるのだった。
場所は3Fのファッションと生活雑貨売り場だ。
うーん。
ファッションはまったく興味ないや。こういうときどんな会話をすればいいんだろう?
わからん。
僕としては、7Fのミリタリーフェアに興味があるけど・・・・・・。
たぶん、無理だよね。
AM 10:45 3F ファッション・生活雑貨フロア
「ちょっとあんた! それはあたしが先に手を伸ばしていたでしょうが! 離しなさいよ!」
「なにいってんのよ! 私のほうが先だったでしょ! そっちこそ離しなさいよ!」
戦争だ。
フロアの至る所で女学生と年齢の行ったおばちゃんによる物品の奪い合いがおこっていた。
正直言って、少し怖い。
まあ、どの品物も二束三文の値段で売りに出されれば当たり前と言えば当たり前か。
しかし女性と言うのは、どうして割引という言葉にこうも過剰に反応するのだろう?
そのパワーたるやブルドーザーの如し。
うーん。
おそろしい。
「あった。ノートにペンに、消しゴム。やっぱりゲコ太シリーズの文房具はいいわぁ」
当の僕たちは、そんな戦場をすり抜け、一目散に文房具コーナーへ向かっていた。
委員長は、ゲコ太グッズのノートやら消しゴムなどを次々と買い物籠に放り込むと、ご満悦そうにうっとりしている。
どうやら委員長は変わった品物が好きらしかった。
授業中には見かけたことはないので、恐らく自宅にはこういう変わったグッズが大量に溢れているに違いない。
しかし、なんというか。
ファッショングッズを華麗にスルーして、真っ先に文房具コーナーに向かう所が委員長らしいと言うか何と言うか・・・・・・。僕は思わずおかしくなり苦笑してしまう。
「――――あああ!? あった! ゲコ太の指キャップ、レインボーバージョン! ずっと探していたレア中のレア! こんな所にあったなんて! やっぱり来てよかったー」
僕達のすぐ隣でしゃがんでいた女性が歓喜の声をあげていた。少し茶髪系の髪をヘアピンで止めた、可愛らしい顔つきの女の子だった。
常盤台の制服を着用していることからかなりのお嬢様だと思われるが、それがなぜかゲコ太の指キャップを大事そうに手に取り、頬ずりしていた。
「えへへへ。さっきはゲコ太にサインしてもらっちゃったし、レア物もゲットできたし、今日は最高の一日ね。ちょっと早いけどご飯でも食べて帰ろっと」
女の子は「フンフンフン♪」と上機嫌で鼻歌を歌い、その場を立ち去った。
何故に、ゲコ太?
女子の間で流行なのだろうか?
わからん。
「内田君。お待たせ。この後どうしようか? 少し早いけど、ご飯でも食べる?」
委員長はいつの間にか買い物を済ませていた。
食事かぁ。
でも、いまレストランに行くと、さっきの女の子と鉢合わせするかもしれないなぁ。
それはなんか気恥ずかしい。
少し、時間を遅らせていくことにしよう。
「その前にちょっと喉が渇いちゃったな。近くのベンチでジューズでも飲んでからにしない?」
僕のその提案に、委員長は「そうね」と頷いた。
AM 11:00 6F 漫画・コミックフロア
「クレ」
「はい?」
このフロア全体は、書籍がメインだ。電子書籍などがもてはやされる今日では、その需要は半分以下と言ってもいいだろう。実際、このフロアにいる利用者の多くは、若者ではなく年配の人達が多く見受けられた。
何故ここのフロアに来たかというと、ひとえに他の所より静かだったからだ。読書用のテーブルなんかも配置してあるしね。一休みするにはちょうどいいかと思ったんだ。なんだけど・・・・・・
「クレ」
「・・・・・・」
目の前に突然現れた等身大のゲコ太が、僕の飲もうとしている缶ジュースを血走った眼(?)でじっと見ていた。
「な、なんなんですか? あなた!? 非常識にも程がありますよ!」
委員長がゲコ太を指差し注意する。
だがそんな様子をゲコ太は気にする風でもなく、「クレ」と同じ単語を繰り返し言うだけだ。
・・・・・・怖すぎる。
今日は厄日だろうか?
黒いフードの少女といい、さっきの女の子といい。さっきから変なヤツと遭遇しすぎる。
しかしこのままだとまずい。ほっとくとこのゲコ太。何を仕出かすかわからない。
しかたない。
「・・・・・・わかりました。どうぞ」
僕は、無難に、特に抵抗を見せず、手に持った缶ジュースをゲコ太に差し出した。
こういう輩には、逆らわない。
今までの生活で僕が身につけた処世術だ。
ゲコ太は受け取った缶ジュースを握り締めるとブルブルと震えだした。
「おおおおお・・・・・・」
その様子は、まるで砂漠で遭難中にオアシスを見つけたかのよう。
そしてそのまま、ゲコ太はダッシュでその場を走り去ってしまった。
「・・・・・・なんだったんだろう? あれは」
「・・・・・・さあ?」
取り残された僕たちは、二人顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
AM 11:30 9F 飲食フロア(ファーストフード)
小腹が空いて来た僕達は、とあるファーストフードの店内でイベントをやっているのを見かけ、立ち寄ってみた。
見せの周りには『フードファイト・最終章 夏の陣』という立て看板が立てられ、それに興味をもったお客が人だかりを作っている。
店内はなかなかの盛況のようだ。
「すごい! すごいぞっ! ハンバーガー10個目完食! あの小柄な体のどこに、そんなスペースがあると言うのかっ! まさに”俺の胃袋は宇宙だ”状態! 現在トップを独走中なのは、まだ若いお嬢さんです。 まだペースを落としません! このまま11個目も、飲み込むように平らげたぁ!!」
司会を勤めている男性が興奮気味に実況をしている。その目の前には並列に置かれた5つの机と、そこに座り、もくもくとハンバーガーを食べている参加者達。そして大勢のギャラリーが見守っている。
その視線の先には、司会の男性が信じられないと叫んだ少女がいた。
「あぐっ。んぐっ。んぐっ。おかわり、なんだよっ」
「おおーっと! 12個目に突入! いったいこのまま何個平らげてしまうと言うのか!? その様は、まさに早食い界のボルトの如し! このまま逃げ切り、独走を許してしまうのでしょうか!?」
開催されている競技はハンバーガーの早食い競争である。他の選手も負けじと胃袋にハンバーガーを押し込むようにして貪っている。そのスピードは決して遅くはない。だけど、それにも増して少女の食べるスピードは尋常じゃないくらい速かった。
「むがっ! んぐっ! んぎゅっ! ごっくん! おかわり! なんだよっ!!」
「すげぇ・・・・・・」
僕は思わずそう呟いてしまった。いや、僕だけじゃない周りのギャラリーも口には出さないけれど同じ事を思っているに違いない。それ位少女はすごかった。
しかし・・・・・・なんのコスプレだろうか?
白い修道服? のような出で立ち。腰まで伸びた銀色に輝く髪。そして緑色の瞳。明らかに日本人じゃない。
十四学区の生徒だろうか?
それで敬愛なクリスチャンとか?
「いいぞっ! いけっ! お前ならやれるっ! そのまま他のヤツラをぶっちぎれ!」
シスター(?)の女の子の隣には、付き添いの男性がいて、激を飛ばしていた。
年は高校生くらいだろうか? ツンツン髪の、少しガタイのいい学生だった。
「オーケーなんだよっ! ターボ! 全開っ!」
少女は男子学生の激に相槌を打つと、目の前に置かれているハンバーガーの山に次々に手を伸ばして言った。
「あぐっ、あぐっ、あぐっあぐっ、あぐっ、あぐっ、んぐっ、あぐっ、あぐっ、んぐっ!!」
「・・・・・・し、信じられません! あれで全開ではなかったと言うのカァ!? 消えるっ! 目の前に積まれているハンバーガーの山がっぁ! 少女が手を伸ばすごとに次々と切り崩されていくぅ~!! わたくしは夢でも見ているのでしょうかぁ!?」
圧倒的だった・・・・・・。
もはや食べるというより、飲み込むという表現のほうがいい気がしてきた。
しかし、明らかに少女が食べたこれまでのハンバーガーの体積と、少女のお腹の容量が一致していないのだが、本当にどうなっているんだろうか?
「うぷっ・・・・・・。見てるだけで、わたし、胸やけが・・・・・・」
委員長が口元を抑えている。
当然だ。一緒に見ていた僕も、気分が悪くなってきたんだから。
それは僕達ギャラリーだけでなく、参加していた選手達も同じだったようで、戦意を消失した彼らは次々と棄権していった。
「――――終了ぅ~。参加者全員棄権のため、勝者はシスター服の少女になりました~! いやあ、わたくし感動いたしました。人間、あそこまで胃袋に物が詰め込めるもんなんですネェ」
「やった! やった、やったぞ!! 俺達の勝利だっ! インデックス! やれば出来る子だと思っていましたよ、上条さんはっ!」
「ふぃ~。腹八分目なんだよ」
上条さんという名前の学生は、シスターの少女を抱きしめ、全身で喜びを表現している。
対する少女はまだ余力を残しており、ごくごくとテーブルに置かれたお茶を飲みながら上条さんの賛辞をご満悦そうに聞いている。
そんな彼らの前に、司会者の男性がマイクを片手に歩み寄る。
「ええ~。では優勝商品授与を行いたいと思います。皆さん! 優勝した少女に、暖かい拍手をお願いいたしますっ!」
司会の男性の言葉が終わるや否や、ギャラリーから少女の検討を湛えて、大量の拍手の雨が木霊した。
「うおおおおおおお!!! すげえっ! お穣ちゃん! あんたすげえよっ! おれっち、ちょー感動しちゃったよぉ!!」
「信じられないっ! ナイスファイト! わたくしは今日あった出来事を決して忘れないでしょう!」
「勇気をもらった。人間。為せば成る。不可能なことなどないんだな」
ギャラリーの人達が口々に、少女を賞賛し、健闘をたたえている。
「おお。きたきたきたっ! これだよ、これをまってたんだよ!」
一方の上条さんは商品授与の言葉を聞き、ガッツポーズをして少女に商品を受け取るように促している。
「ではお受け取り下さい! ゲコ太INエコバッグ。 通称ゲコバック1年分です。末永くお使い下さい!」
「ぐは!?」
その瞬間、上条さんがその場から崩れ落ちた。漫画的にいうと『ズコー』とその場に卒倒したといった所か。
「ちょ、ちょっとまって? あれ? 俺の耳がおかしくなったのかな? 優勝商品って無料食事券1年分なんじゃあ!?」
上条さんはおそるおそるポケットからパンフレットを取り出し、司会の男性に見せる。
「ああ、これは昨日のチラシですね。申し訳ありませんがそれはもう終了してしまいました。と、言うわけで改めてゲコバッグ1年分です! どうぞお受け取り下さい!」
「そ、そんなぁ!?」という上条さんの声を強引にさえぎり、司会の男性は、ずっしりとした重さのダンボールの束を上条さんに手渡した。
「うぉ!? 重たっ!?」
「はい。30キロ近くありますので、お帰りの際にはお気をつけてお帰り下さい」
「いっ、いらねぇ~!? ・・・・・・ううううう。じゃあ何のために俺達は来たっていうんだ・・・・・・。参加料まではらって・・・・・・。食品売り場に直行すればよかった・・・・・・。ああ、格安のタマゴが、キャベツが、にんじんが・・・・・・」
ズシーンという音を響かせ、ダンボールと共に、上条さんはその場に崩れ落ちた。
「あっ。ちなみに現物はこんな感じです」
司会の男性がゲコバックを手に取る。
緑色の三頭身くらいのゲコ太がそこにいた。
首がパカッと取り外しが利き、その胴体の中に商品を詰め込むようだが・・・・・・
正直な感想を言うと・・・・・・キモイ。
これを、1年分・・・・・・
「電子回路搭載型でしてね。会話が可能なのがチャームポイントなんですよぉ」
そういうと司会の男性はへその所にあるボタンを押した。
「ヤア! ボクゲコ太! 君ノ友達サ! ヨソ見ヲシテルトォ・・・・・・。イ・タ・ズ・ラ・シチャウゾッ♪」
「・・・・・・」
「どうです!? いい出来でしょう? 末永くお使い下さいね」
司会の男性はポンッと上条さんの肩に手を置いた。
「・・・・・・ふっ、不幸だぁああああああ!?」
上条さんの絶叫がフロアに木霊した。
PM 12:30 10F 飲食フロア(洋食・和食レストラン街)
「それにしても・・・・・・。さっきのはすごかったわねぇ」
「うん。別の意味で・・・・・・。あの人、最後は泣いて土下座してたもんね・・・・・・」
あの後・・・・・・。
司会者の人に土下座をしながら「せめて敢闘賞のティッシュに交換して下さいませんか!?」と、すがりよる上条さんを見て、さすがにいたたまれなくなった僕達は、そっとその場を離れた・・・・・・。
男子学生と外人の少女。
あのコンビはどういう関係なんだろう? という疑問は残ったが、それは彼らのプライベートだ。
僕達がとやかく言う事はない。
で、もう少し静かなところで昼食を取ろうということになり、現在10階の洋食レストランで食事中である。
大きなガラス窓から学園都市の概観を一望できるこのレストラン。
黒を基調にしたシンプルでモダンな空間。
そして店内に流れるジャスの音楽。
さっきまでの騒音が嘘の様に静かで落着いた気持ちになれる。
僕は一発でこの店の雰囲気が好きになった。
でも、それも、今日で終わりだ・・・・・・
そう思うとなんだか寂しい気持ちになってくる。
「それにしても、残念よねぇ。今日でこの『オーシャン・ブルー』が終わりだなんて・・・・・・」
委員長がしみじみと、哀愁に満ちた表情で周辺を見渡した。
「委員長が今日ここを選んだのって、何か思い入れがあっての事なの? 閉店セールが理由とかじゃなくて?」
「ふふっ。特に理由はないわ。ただ、半世紀近くの間、この学園都市の人々と存在を共にした建物の歴史が、今日、終わるのよ? 学園都市の住人として、その最後を見取ってあげたいと思っただけ。そう思っているのは、私だけじゃないと思うわよ」
委員長は食事後にウエイターが持ってきたカプチーノを一口啜ると、そう答えた。
「今日いるお客さんの大半が私達より年配の人達だったの、内田君は気づいてた? きっと、みんな、それぞれに想う所があったのよ」
「想い・・・・・・?」
「そう。人と人が触れ合えば、その瞬間から歴史が生まれる。このビルは、そんな人達のふれあいの架け橋として、50年間歴史を刻んできたの。嬉しいこと、悲しいこと、色んな想いがその人たちに刻まれていった。それはある人にとってはビル内の行きつけのお店だったり、店員さんとの他愛ないやり取りだったり、何かを落として出来た傷だったりしてね。その瞬間に存在した、誰かと誰かの関わりや想いが歴史を形作っていくの。それが、今日で終わりを迎える・・・・・・。50年間そんな人達を見守ってきたビルは、明日には立て壊されてしまう。新しい思い出を、歴史を築くことはもう出来ない。それは、とても悲しいことだわ」
「・・・・・・」
「だからこそ、最後の瞬間までこのビルを覚えていて欲しい。例えそれが、どんな形であれ。出来るだけ多くの人の心に・・・・・・。たぶん、ここの社長さんはそんな思いで還元セールと銘打ってお客を呼び集めたんじゃないかしら? まあ、全てわたしの推測なんだけどね」
そういって僕に話をする委員長は、いつものどこか子供っぽい顔つきとは違い、どこか大人の女性の様に感じた。
そんな僕の知らない表情をする委員長に、僕は何故か、一抹の寂しさを覚えた。
一人だけ先に、僕の知らない場所に行って、僕の知らないものを見ている気がしたのだ。
こうして見ているものは同じはずなのに・・・・・・
僕には何も感じない・・・・・・。そんな風に物事を感じた事がない。
浮かれていた。
うぬぼれていた。
これを機会に、今以上の関係になれると思った。
そんなことしか考えられない自分・・・・・・。
僕は、自分がたまらなく子供なんだと思い知らされた。
それが、たまらなく、嫌だった。
「? どうしたの? 内田君。さっきから黙っちゃって」
その委員長の言葉に、僕は何も答えられなかった。
PM 12:59
「さあて、ご飯も食べたし、今度はどこいこっか? 映画でも見ていく?」
レストランを出た僕に委員長はその後の予定を尋ねてきた。
でも、正直そんな気になれない。
自分でも馬鹿だと思う。
子供なんだと思う。
でも、さっきまでの楽しい気持ちが消えて、暗い、嫌な気持ちが僕の心に広がっていくのを感じた。
これは、嫉妬だ。
こんな、くだらないことで嫉妬するなんて・・・・・・
その思いが、僕をさらに落ち込ませ、さらに暗い気持ちを増幅させた。
このままだと、いけない。
このままだと、言いたくもない言葉を委員長にぶつけてしまう気がした。
それだけは、避けないと。
「・・・・・・ご、ごめん、実は・・・・・・」
かろうじて感情を押し留めて、努めて冷静に用事があった風を装い、この場で解散することを委員長に提示しようとした。
『――――ガ、ガガガガガ。ザザザザーー』
「なんだ?」
店内の外部スピーカーから変なノイズ音が聞こえてきた。その後、「ブーーーーゥウウン」という少しうるさい音がさっきから断続的に聞こえだしている。
そして――――
ギャリギャリギャリという振動音と共に、周辺が暗くなっていく。
それと共に落とされる電灯。辺りが暗闇に包まれていく。
これは、ビルの防火シャッターが閉じられていく音?
どうして?
「ううっ!? っ・・・・・・。頭が・・・・・・」
「委員長!?」
委員長に注意を向けると、彼女は肩肘をつきとても気分が悪そうにしている。
いや、それは委員長だけじゃない。よく見ると周りの人達も、大半が地面に突っ伏し、苦しそうに呻いている。
なんだこれは!? 一体何がどうなってんだ!?
僕は委員長の肩を抱きながら、今起きている現象を冷静に観察しようとする。
――――この現象はあのスピーカーのノイズ音から始まった。
そしてなぜか僕を含め、効果のない人達も多数見受けられる。
誰かが意図的に?
これは事故じゃない?
人為的なのか?
何のために?
とにかく、通報だ。この現状をだれかに伝えないと!
僕は携帯を取り出しアンチスキルに通報しようとする。
「あれ?」
電波状態を示すアンテナが立っていない。
何かの通信障害か?
くそ! それなら、非常電話だ。
それならどこの階にも備わっていたはず!
「委員長、ゴメン。少しの間、まってて!」
委員長を置いてこの場を離れるのは気が引けたが、一刻も早く現状を打開しないと!
僕はそう思い、電話のある場所を目指し、走った。
「あった!」
電話はすぐに見つかった。しかしそこには既に僕と同じ考えに至った人々であふれていた。
やっぱりこの現象、効果のある人とない人が存在するようだ。
一体どういう基準で!?
「くそ!? くそくそ、どうなっているんだ? 電話が繋がらない!」
「エレベーターは使える。とりあえず一階に降りてみないか?」
「倒れている人達はどうします? 正直、全員を一階に下ろすのは無理だと思いますよ」
「そんなの、後回しだろ! とにかく、この現状を外部に伝えるほうが先だ!」
残った人達はワイワイと今後のことを相談している。
そうか、エレベーターは無事なんだ・・・・・・。それなら、委員長も一緒に一階に降りられる。
この人達が降りた後、使用させてもらおう。
僕がそんなことを思っていると、突然、耳障りな音が聞こえてきた。
一発。
二発。
三発。
それは断続的に僕の後ろの方で続いた。
これは、銃声!?
「動くな」
そして冷たい地を這うような声で、僕の背後で声がした。
その瞬間――――
「がっ!?」
僕の後頭部にものすごい衝撃が襲った。
世界が、揺れる。
受身も取るまもなく、地面に倒れこむ自分。
倒れた後の数秒間で、僕はやっと頭を殴られたんだと気が付いた。
「・・・・・・うぅ」
意識が途切れる寸前。僕が最後に見たものは、僕を殴ったヤツが着用している軍用のブーツだった。
PM 13:30 へ続く。
久々投稿です。
ネタがまったく浮かばなかったので、投稿できませんでした。
完結までゆっくりスペースですが頑張りたいと思います。