広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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一撃 ―内田和喜―

 PM 13:00

 

 上の階層を目指して走る。

 走る!

 走るっ!

 

 重力子爆弾。

 それがどのような形状で、いつ爆発するのか、想像もつかない。

 解体する方法も、分からない。

 だけど、走らずにはいられないっ!

 何かをせずには、いられないんだ。

 

 11階のフロアが見てきた。

 後、一階・・・・・・。

 それで、中央管理室に到着する。

 

「あっ!?」

 

 その時、僕達の後ろで何かが飛んでくる気配を感じた。

 上条さん達は気が付かない。

 たまたま彼らの後ろ側を走っていて、背後に空気の流れを感じた僕だけがその異変に気が付いたんだ。

 

 それはツララだ。まるで杭のような馬鹿でかいツララが何本も。何十本も。僕達に向かって、まるで弾丸の様に飛んできたのだ。

 

「うわあああっ! あぶないっ!」

 

 僕は前を走る二人を思いっきり突き飛ばした。

 

「ぐうぅ!?」

 

 その瞬間、僕の左足に激痛が走った。

 たまらず僕はその場にうずくまる。

 僕は恐る恐る自分の足を見る。

 

「あ、あしがっ・・・・・・!?」

 

 僕の左足の太もも部分に、でかいツララが突き刺さっていた。

 そのツララの先端部分は僕の太ももを貫通し、地面にまで及んでいる。

 

「――そのツンツン頭のガキを狙ったのによぉ。まさか、避けられるとは・・・・・・。ボウズ。お前、俺のスタンドが見えているのか?」

 

 コツンコツンと靴音が下の階段から聞こえてくる。

 そして、白髪の、オールバックの男が姿を見せる。

 取り巻き二人組みはいない。

 きっと、ジャックさんがうまい事やってくれたのだ。

 だけどスタンドとは何だろう?

 このツララの能力の事か?

 

「お、おい。和喜っ。大丈夫か!?」

 

「あいつは何にもしてないのに、いきなり足に大きな穴が開いたんだよっ!? どういうこと!?」

 

 上条さん達が駆け寄り、心配して僕に声を掛けてくれるがそこで大きな違和感が生じる。

 

 その口ぶり。まるでさっきの攻撃が見えていなかったかのよう・・・・・・

 まさか・・・・・・

 二人には、さっきの攻撃が、あの鳥のような物体が、見えてないって言うのか!?

 見えているのは僕だけなのか!?

 そこで僕ははっと気が付く。

 

 ・・・・・・そういえば。

 僕は以前違法な薬を投与された事がある。

 あいつがいうスタンドという能力が見えているのはせいなのか!?

 

「はやくっ。おきるんだよっ!? あいつが上ってくるっ!」

 

 インデックスさんが僕を必死で引き上げようとするが、うまくいかない。

 

「――うまく、固定されたようだな。その氷は、もう抜けねえ。どうする? 仲間を見捨てて逃げるか? それとも命乞いでもするか? どっちでもいいんだぜ、俺はよぉ。どのみち三人とも、生かしては帰さねぇけどよぉ」

 

 男がにやりと、罠にかかった獲物を見てほくそ笑むハンターの様な表情で笑う。

 

 僕のモモを貫通し、地面に突き刺さった氷の先端。その先端部分は地面の温度で溶け、再び凍り始め、完全に地面を固定してしまっている。まるで接着剤でくっつけてしまったかのように。

 

「くそくそっ! だめだ動かないっ! 上条さんっ! 行ってくれ! 僕をおいて、上の階へっ」

 

 僕は、もうだめだ。

 僕が出来る事は、せめてアイツが少しでもこの場に留まるように、時間を稼ぐ事だけだ。

 

「・・・・・・いやだね」

 

 だけど、上条さんはそんな僕の声を無視して、アイツと対峙する。

 

「あん!? ボウズ。なんか、いったか?」

 

「・・・・・・アンタのいった。二つの選択肢。どっちもNOだといったんだよ。仲間は見捨てない。命乞いもしない」

 

「だったら、どうするってんだ!? クソガキィ!!」

 

 男が激昂し、スタンドからツララを何本も発射する。

 

「分かりきったことを!」

 

 そういうと上条さんは、僕のももの部分に、そっと右手を乗せた。

 

「――全員、助けるに決まってんだろうがっ!!」

 

 その瞬間。

 僕のモモに突き刺さっていたツララが、はじけるように、跡形もなく四散した。

 

「な、にぃぃぃい!?」

 

 驚く男を尻目に、上条さんと女の子は僕を担ぎ上げ、その場を離脱した。

 

 

 11F 会議室

 

「か、上条さん。あなた、一体・・・・・・」

 

「まあ、上条さんは生まれつき、こういう能力を持ってまして・・・・・・」

 

 そういって照れ笑いをする上条さん。

 だけど、どういう能力なんだ!?

 相手の能力を無効化する能力なんて、聞いたこともない。

 

 11階に上った僕達はフロア全体を見渡す。

 

 このフロアにも戦闘の後がある。

 所々に机や椅子が散乱して酷い有様だ。

 

「さてと・・・・・・」

 

 上条さんは僕をその倒れている机の一角におろすと、階段の方に視線を向ける。

 ちょっとしたバリケードのつもりなんだろう。

 

「インデックス。ちょっとの間、和喜を頼む」

 

「とーま!?」

 

「あいつとやりあう。無事に上の階にたどり着くためには、どうやったってあいつを何とかしなくちゃならない。・・・・・・大丈夫。ああいう輩の対処法は、心得てますから」

 

 インデックスさんを心配させまいと、努めて明るく笑う上条さん。

 

「・・・・・・わかったんだよ。でも、絶対。絶対、無事に帰ってきてっ。そうじゃないと、許さないんだよっ!」

 

 インデックスさんが叫ぶ。

 ウルウルと目に涙を浮かべ、修道服をぎゅっと握る。

 まるで、上条さんを引きとめようとする心を、ぎゅっと押し留めるように。

 だけど、それでも零れてしまう心の声。

 インデックスさんはポツリと、

 

「・・・・・・いやなんだよっ。とーま。とーまが死んじゃうっ。いかないでっ」

 

 そう呟いていた。

 

 

 コツ。

 

 コツ。

 

 と、階段を上がる靴音。

 

 やがて11階に姿を見せる白髪の男。

 

 上条さんはそこらへんに転がっていた椅子に座り、相手を待ち構えている。

 

「・・・・・・逃げんのは、やめたのか?」

 

 男はそういって上条さんを見つめる。

 上条さんは座っていた椅子から立ち上がり、相手を見据える。

 

「ああ。ここで決着、つけようぜ」

 

 上条さんと男が対峙する。

 

「さっきの能力。あれはどういう能力なんだ? てめえが触れた瞬間。能力が解除された。スタンド使いってわけでも無さそうだし・・・・・・。てめえ、何もんだ?」

 

「・・・・・・別に。ただの、無能力者さ。なんの力もない。最弱の、普通の高校生のな」

 

「はっ。最弱、ねぇ・・・・・・」

 

 男は笑うと、自分のスタンドを発現させた。

 スタンドの口から、巨大なツララが生み出され、上条さんに狙いを定める。

 

「・・・・・・そういうやつが、一番おっかねぇ!!」

 

 男はそう叫ぶと、スタンドで上条さんを攻撃した。

 巨大な一本のツララが、上条さん目掛けて発射される。

 

「うぉおおお!! 和喜ぃいいいい!!」

 

「前方! 巨大なツララ、目の前っ!!!」

 

 僕の声に反応した上条さんは、座っていた椅子を構えると、前方に突き出す。

 ツララに触れた椅子が、大きな音を出し、ひしゃげ、原型をとどめないほどになる。

 

 だがそれはそれ以上先には進まない。上条さんを串刺しにはしない。何故なら、上条さんの右手に触れた巨大なツララは、触れた瞬間、きれいな結晶体となって四散したからだ。

 

「なにぃ!?」

 

「俺は! お前の能力を見ることは出来ない!」

 

 上条さんはそのまま全速力で男の下まで走り寄る。

 

「だけど、お前が驕っているのは分かっていた。俺の能力を警戒していたとしても、能力を見ることも出来ないヤツに負けるはずがない! あんたは心の中でそう思っていた!」

 

 上条さんが男の懐に入る。

 

「!?」

 

 そして思いっきり体をねじり、右手でボディーブローを放つ。

 

「げえぇえ!?」

 

「だから、アンタの軌道を読むのはわりかし簡単だったぜ。あんたは絶対。馬鹿正直に、真正面から攻撃してくるってな。」

 

「ぐえぇぇぇぇぇっ!!」

 

 そのまま男は鳩尾を押さえ、ガクリと膝を落とした。

 

 

 上条さんはスタンドを見る事が出来ない。だけど触れるものを打ち消すことの出来る能力を持っている。対する僕は体力もないし、今は満足に動く事が出来ない。だけど、スタンドを見る事が出来る。

 

 圧倒的有利に立った人間というものは、必ず驕りを見せる。

 そして揺るがない自分の勝利を確信し、どこかで必ず詰めが甘くなる。

 驕りは油断を。

 油断からは隙が生じる。

 こういう勝負どころでは、先を読んだほうが先手を打てる。

 僕達は賭けたのだ。

 アイツは必ず、僕達に対し油断し、馬鹿正直に攻撃すると。

 

「――やったっ!」

 

 僕達の予想通りに事が運び、思わず喜びの声をあげる。

 

 でも、それも一瞬だ。

 男の様子がおかしい。

 今まで男の傍らにいたスタンドの姿がないのだ。

 一体どこへ!?

 

 ・・・・・・!? 音がする。

 ベキベキと、何かが膨らむような音が。

 目の前じゃない。

 少なくとも僕の視界の中には・・・・・・

 そこで、はっとなり、視界を天井に移す。

 

「ああああ!?」

 

 スタンドは、いた。

 上空に佇んでいる。

 そして何かを作り出している!

 それは、氷だ。

 スタンドが、氷を、少しずつ少しずつ巨大にしている。

 直径3cm。

 5cm。

 10cm・・・・・・

 

 ま、まさか、コイツっ!?

 

「か、上条さんっ! 逃げろぉっ! 上だっ! 巨大な氷が落下してくるっ!」

 

「なにっ!?」

 

 僕の声に反応して、地べたに突っ込むようにダイブし、その場所から離れる上条さん。そのすぐ後で、巨大な氷が、さっきまで上条さんがいた地面に落下した。

 ベキベキという凄まじい音を出して、地面にめり込む氷の塊。

 

 スタンドの見えない上条さんには何が起こったのかきっと理解できないだろう。

 

「ぐぅっ!? この衝撃っ。助かったのか? ・・・・・・ヤツは?」

 

 衝撃にたじろぎながらも上条さんは上体を起こし、男の姿を追う。

 

「・・・・・・・・・」

 

 男はいた。

 ただ立っていた。

 立って、鬼のような形相で、僕達を睨みつけていた。

 

「うぉのぉれぇえええええええええ!!!! よぉおおくぅううもぅおおおお!!!!」

 

 スタンドの体がブルブルと震えだす。

 全身から血の様なものが大量に噴出す。

 

「ぐへへへへっへへへへへえ!!!」

 

 それと同時に男の体からも大量の血が噴出す。

 こいつ。

 自分で自分のスタンドを傷つけているのか!?

 

「いてぇえええええええ!! ぐへへえええ!! 痛てぇええけどぉ!!! これで、スタンドパワーはたまったぁ!!! スタンドは意志の力っ!! その力が強ければ強いほどぉ!! そのパワーは増すぅう!!今の俺は、絶好調だぜぇ!! テメエらをぶちのめすっていう、恨みのパワーでぐつぐつと煮えたぎっているからよぉおおおおおお!!!!」

 

 スタンドから大量のつららが浮き上がる。

 それも10本や20本じゃない。

 それ以上だ。

 

「てめえええええ!! 軌道がわかるとか抜かしたなああああ!! これでもっ!!! こぉれぇでぇもぉおおおお!!!! 同じ事がああいえんのかあああ!!! このスカタンビチグソ野朗がぁあああああ!!!!」

 

「!?」

 

 大量のツララが、上条さんに向かって・・・・・・。いや、上条さんだけじゃない。やたらめったら、目標なんてお構い無しに、撃ちまくっている。

 辺りの建物が、机が、破壊され、穴だらけになる。

 

 こんな攻撃を避けるなんて、スタンドの見えない上条さんには無理だ。

 

「上条さんっ、逃げろぉ!! 軌道なんて、読めない! 四方から襲ってきているんだっ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 僕の発言に危険を感じた上条さんは、その場を離れようとする。

 

「にぃがぁすぅかああああ!!! ボケがああああっ!!!」

 

 男が叫ぶと同時に、大量のツララが、上条さんの足元に着弾する。

 

「あ、足が!?」

 

 着弾した床が、瞬く間に凍りつき、上条さんの両足を包み込む。

 

「固定したあああっ!! そしてええ!!」

 

 スタンドから大量のツララが発射された。

 

「目の前だっ! 上条さん目掛けて、大量のツララが発射されているんだぁああ!!右手で防ぐんだぁ!!」

 

「っ!」

 

 上条さんは体制を低くし、左手で頭を庇いながら右手を構える。

 少しでも、タメージを受ける面積を最小限にしようという苦肉の策だった。

 そして大量のツララが、上条さん目掛けて着弾する。

 

「ぐぅぅ!?」

 

 その大部分は上条さんの右腕が無効化する。

 上条さんの右手に触れたツララは結晶と化し、そのまま四散する。

 だがそれ以外はそうはいかない。

 

「うがああああ!!!」

 

 上条さんが絶叫をあげる。

 

 左肩や、腹部、そして右足などに大量のツララが、上条さんに突き刺さる。

 それでも即死にならなかったのは、体を縮めたお陰で急所だけは攻撃されるのが免れたのと、突き刺さった箇所を即座に右手で、無効化したからだ。

 

「おーおー。生きているとはしぶてぇな。やはりその右手の能力、あなどれねぇ。だが、それも、もう終わりだ。後一回。同じように攻撃されたら・・・・・・クククククッ」

 

 男は歓喜の表情を浮かべ、スタンドのツララを発現させる。

 

「ま、だ・・・・・・だ。ぐっ! ま、だ・・・・・・」

 

 一方の上条さんは、死に体だ。全身は血だらけで立っているのはやっとに近い。だけど、それでも上条さんの表情は死んでいない。

 痛む左肩を押さえ、腹部から血を流し、右足を引きずりながらも、それでもヤツに向かいその歩を進めようとしている。

 上条さんはまだ、戦おうとしているんだ。

 

「ちくしょう・・・・・・」

 

 僕は自分が悔しかった。

 なんの力にも、なってやれない

 遠くから眺めていることしか出来ないのか!?

 それでいいのか!?

 でも、僕に何ができるんだ!?

 スタンドを見る事が出来たからって、戦うことも出来やしない。

 結局ただの、足手まといなのか?

 

「・・・・・・・・・」

 

 だめだ! 思考を停止させるな!

 止まるな!

 考えるんだ。

 まだ何か方法があるはずなんだ。

 

 やつのあの攻撃。

 触れるだけで、周囲のものを凍らすというあのツララの能力。

 あれさえ何とかできれば!

 

 ・・・・・・まてよ。

 触れるだけで?

 

 そのとき僕の頭の中である事が閃いた。

 ひょっとしたら・・・・・・

 何とかなるかもしれない。

 その考えに至ったのは、ジャックさんだ。

 彼が残してくれたこのリュック。

 答えはこの中に入っている、はずだ・・・・・・

 

「――ううっぎぎっ・・・・・・」

 

 僕は出血の酷い左足を引きずりながら、リュックの中身を取り出す。

 今まで気が付かなかったけど、この出血、やばいかもしれない。

 少しでも気を抜くと意識が飛んでしまいそうだ。

 

 

「どうしたんだよっ!? かずきっ!? こんな時にりゅっくなんか漁って!?」

 

 隣にいたインデックスさんが心配そうに訪ねる。

 ちょうどいい。

 この子にも手伝ってもらおう。

 

「インデックスさんっ。これっ。この容器の蓋を開けてくれっ。」

 

「うわわっ。なにこれ!? んんー? 掃除用の洗剤?」

 

 インデックスさんに渡したのは、業務用の青い容器に入った洗剤だ。トイレなんかを掃除する際に使用する。もちろんこれだけでは何の役にも立たない。必要なのはもう一つ。ジャックさんが一般では入手困難だといっていたものだ。その容器も取り出す。

 

「インデックスさんっ。僕がこの蓋を開けるから、君はその青い容器の蓋を開けて! それでいっせーので床にぶちまけるんだ。それで、上条さんを助ける事が出来るかもしれない!」

 

「う、うんっ。分かったんだよっ」

 

 上条さんを助ける事が出来るという言葉を聞き、インデックスさんは俄然やる気を出す。

 

「蓋を開けたんだよ」

 

「じゃあいくよ。いっせーの・・・・・・」

 

「せっ!」

 

 僕達は二人同時に中の薬品を全て床にぶちまけた。

 そのとたん、大量の煙とものすごい異臭が当たり一面に広がっていく。

 

「ゲホゲホゲホっ。な、なんなんだよっ!? これ!? げほげほげほっ!」

 

 想像していたとはいえ、すごい異臭だ。

 

 僕達がぶちまけたもの。それは洗剤とアンモニアだ。

 洗剤は中の成分に塩酸が含まれる。そしてアンモニア。この二つを合成すると、ある化学反応を引き起こす。それが、この煙だ。塩化アンモニウムという物質だ。

 

 あたり一面が煙に覆われ、視界をさえぎる。

 だけどそれもしばらくの間だ。あの容器の容量じゃ、もって2,3分。

 その前に、あの場所に、行かないと!

 

「てめえっ! 煙幕のつもりカァ!? そんなことして、逃げられるとでも思ってんのかあ!?」

 

 男が怒りの声をあげ、ツララで周囲を攻撃する。

 だけど、視覚の塞がれた状態での攻撃なんて、そうそうあたるものか!

 

「ぐっううう! 早く、あの場所までっ!」

 

「おっ重いんだよっ! むぐぐぐぐっ!!」

 

 インデックスさんに支えてもらって、僕はある場所を目指す。

 煙幕を生成したのには目的があった。

 それは、少しでもやつに攻撃されるリスクを回避するため。

 目的の場所――どんなビルにも必ずある。窓際に設置されたカーテンに近付くためだ。

 

「そ、それで? これからどうするんだよっ!?」

 

「しばらくの間、少し離れていてっ」

 

 そういうと僕はリュックの中にあったペットボトルの容器を取り出し、蓋を開け、カーテンにふりかけた。

 

 そして僕は、ライターに火をともし、カーテンに向かってそれを投げた。

 

「!!」

 

 僕が投げた容器にはガソリンが入っていた。

 それが炎で引火し、カーテンに燃え移り、たちまち巨大な火柱となり、天井を焦がした。

 

「たのむっ! うまくいってくれ!」

 

 しばらくの沈黙の後・・・・・・

 

「ジリリリリリリリリリリリリリリ!!!!」

 

 という非常ベルの音と共に、天井に設置されているスプリンクラーが一斉に作動を開始した。

 とたんに大量の水が豪雨のごとくフロア全体に降り注ぐ。

 

「やった・・・・・・」

 

 僕が考えたこと。

 それは頭上にあるスプリンクラーを作動させることだった。

 

「・・・・・・なにやってんだ!? てめえ。頭でも、いかれたのか?」

 

 男が気でも違ったのか? といった表情と声色で僕を見ていた。

 

「――なるほど。そういうことか。わかったぜ、和喜。」

 

 上条さんは僕の意図したことが分かったらしい。

 全身に力を入れ、一歩。また一歩と男に歩み寄る。

 

「決着を、つけようぜ。・・・・・・たぶん、次の一撃で、全てが終わる」

 

「ああん!? そんな満身創痍の体で、スタンドも見えないテメエに、何が出来るってんだっ? 対等の立場にでも立ったつもりか?」

 

 土砂降りの暴雨のような雨がフロア内に降り注ぐ。

 男と上条さん。

 しばらくの間二人はにらみ合った後・・・・・・

 

「いくぜっ!!」

 

 最初に先手をとったのは上条さんだった。

 自分の間合いに近付くために。

 あいつに一発をぶち込むために!

 

「おせえっ!」

 

 スタンドから大量のツララが生み出され、上条さん目掛けて打ち出される。

 

 その数18本。

 スタンドの見えない上条さんが、かわしきれる量ではない。

 だが――

 

「なるほど、これがお前のスタンドって奴か・・・・・・」

 

「なぁにぃぃぃいいいいい!?」

 

 上条さんが、ツララを避ける。

 かわす。

 右腕で打ち払う。

 

「な、何故だっ!? 何故、俺の攻撃がぁ!」

 

 男が絶叫する。

 今起きている現象が信じられないといった表情だ。

 

 スタンドの攻撃をかわし、上条さんが次第に相手との間合いをつめていく。

 

「・・・・・・おまえ、負けた事がないんだろ。ずっと連戦連勝。一撃で相手を負かしてきたんだろ? だから、自分の能力の弱点も気が付かないんだ」

 

「弱点だとぉおお!?」

 

 そうだ。

 それが僕がスプリンクラーを作動させた理由だ。

 アイツは氷のスタンド。

 攻撃する際は、必ず、周囲の物体を凍らせてしまう。

 

「今降り注いでいるスプリンクラーの水。この水滴が凍って、てめえのスタンドを浮かび上がらせていることに気が付かないとはなあ!!」

 

 攻撃で発射されたツララは水滴で強制的に凍り、軌道が丸見えである。

 弾道の予測さえ出来れば、上条さんの右手で相殺できる。

 つまり、アイツの攻撃は、もう通じないようなものだ。

 

 そしてついに上条さんが男との距離を数mにまで縮める。

 完全に上条さんの距離だ。

 

「うわああああああ!!」

 

 男はスタンドを急いで自分の所に戻し、ツララで攻撃をしようとする。

 だけどそれは無駄だ。

 上条さんの繰り出す拳のほうが、早い。

 

「お前の、負けだぁあああああああ!!」

 

 上条さんの拳がうなる。

 

「馬鹿な!? こんなっ! こんなことがっ!?」

 

 いままで好き勝手してくれた分を上乗せして、全体重を乗せて、右拳がうなりを挙げる!

 

「歯ぁ、食いしばれっ!!!」

 

 そして、男の顔面に、見事な右ストレートが炸裂した。

 

「がっ、はぁああああああ!!!」

 

 男の顔に拳がめり込む。

 上条さんの一撃を受けた男は衝撃で吹っ飛ばされ、男の後方にある机や椅子の障害物をなぎ倒す。

 

「ガ・・・・・・ァ・・・・・・」

 

 そしてしばらく、びくびくと痙攣すると、やがてそのまま動かなくなった。

 

「・・・・・・・・・」

 

「はーっ。ハーッ。はぁーっ」

 

 上条さんは拳を振り下ろした姿勢のまま、全身で大きく息を吐いている。

 

 勝った。

 

 勝ったんだ・・・・・・

 

 上条さんの、勝利だ。

 

「すごい人だ、あの人・・・・・・」

 

 ぽつりと、自然と、そんな言葉が飛び出していた。

 無意識から飛び出した言葉は真実だと言うけど、本当にすごいと思う。

 

「・・・・・・うん。すごいの。かっこいいの。とーまは。・・・・・・だって・・・・・・」

 

 僕の呟きを聞いていたインデックスさんは、一区切りおくと、

 

「だって、とーまは、みんなのヒーローなんだもんっ」

 

 満面の笑みで、続きの言葉を答えた。

 

「・・・・・・ヒーロー、かぁ」

 

 僕はそう呟き、そのまま地面に横たわる。

 

「かずきっ!?」

 

 張ってきた気が抜けると、とたんに全身から力が抜けていた。

 インデックスさんの声が、どこか遠くに感じる。

 本当に出血が酷いらしい。

 

 視界が、ぼやける。

 世界が、回っている。

 

「おいっ、しっかりしろっ」

 

 上条さんが僕に駆け寄ってくる。

 

「か・・・・・・み・・・・・・」

 

 もう、言葉も出ない。

 ・・・・・・上条さん。

 僕はここまでです。

 後の事は、お願いします。

 

 そうして、僕の意識は暗闇の中に沈んでいった。

 

 epilogue ―内田和喜― へ続く

 

 

 

 


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