広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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僕の物語 ―epilogue 内田和喜―

 PM15:30 11F 会議室

 

 

「・・・・・・ぉい! おいっ! 生きてるか!? しっかりしろ!」

 

「・・・・・・ぅ?」

 

 闇の中を漂っているような混濁した意識の中、ワンワンとうるさい声がどこからか響き渡る。

 

「起きろったら起きろっ! じゃなきゃ、鼻と口を塞いじまうぞ!」

 

 

 ・・・・・・うるさい

 耳元で怒鳴らないでくれ・・・・・・

 こっちはもっと寝ていたいんだ・・・・・・

 

「内田君!」

 

 この、声は・・・・・・?

 

「内田君っ! しっかり! 死なないで!」

 

 僕の元に駆け寄る足音。

 そして、聞き覚えのある声。

 僕の体を抱きしめてくれる感触。

 

「い・・・・・・いん、ちょ・・・・・・う?」

 

「内田君っ!!」

 

 うっすらと覚醒した意識が最初に知覚したのは、涙を浮かべ、顔を歪ませている委員長の姿だった。

 委員長は僕の意識が戻ったことを確認するなり、僕の体にすがりつくようにしてワンワンと泣き出した。

 

「ゴメンなさいっ! 私が爆弾を止めてって言ったせいで、内田君にこんな怪我を負わせてしまって! 本当にゴメンなさい!」

 

 爆弾?

 そういえば、爆弾はどうなったんだ?

 僕が意識を失ってから、どれくらい時間がたったんだ?

 それに委員長が元も状態に戻っている?

 それって、つまり・・・・・・

 

「そうか、やったんだな。上条さん・・・・・・」

 

 周りを見渡してみる。

 そこにいるのは、委員長とジャックさんと知らない若者達が数十名ほどいた。

 そこで違和感にきずく。

 

 え?

 ジャックさん?

 ジャックさんが地面に腰を下ろし僕を見ている。

 あの別れ方からして、絶対無事に戻っては来れないと思っていたジャックさんがそこにいた。

 テロリスト達に撃たれた傷口からは、新たな血は出ていない。

 無傷とは行かないものの、それでも僕よりは遥かにマシな状態だった。

 ジャックさんは僕と目が合うと、「グッ」と親指を立てる。

 

 ・・・・・・そうか、逃げ切れたんだ。

 ジャックさんの様子を見て僕はやっと、彼がが無事なことを、実感を伴い認識できた。

 

「う・・・・・・ぐっ」

 

「内田君! ムチャしないで!」

 

 僕は委員長に「大丈夫だよ」と答え、体を起こしジャックさんと向き合う。

 

「よかった。無事だったんですね」

 

「おうよ。この不死身のジャック様がこんな所でくたばる訳ねぇだろ」

 

 ジャックさんがニカッと僕に対し笑いかける。

 

「敵をまいて物陰に隠れていたんだがよぉ。しばらくしても誰も追ってこねぇ。こりゃ変だと思って顔を出したら、敵はもう全滅した後だった。」

 

「全滅? じゃあ、僕達以外にも闘った人がいるってことですか?」

 

「たぶんな。でも、そいつはたぶん、俺達の敵だ。あの殺し方は、素人にゃあ真似出来ねぇ」

 

 ジャックさんはそのときの状況を思い浮かべたのか、顔を曇らせる。だけどそれも一瞬で、また元の飄々とした彼に戻った。ジャックさんは後ろで後ろでせわしなく駆け回っている若者達を見やる。

 

「そんなときに遭遇したのがあいつらさ。和喜よ。あいつらの顔に見覚えがないか?」

 

「え?」

 

 ジャックさんが顎をしゃくって見せた先にいる若者達。

 彼らは・・・・・・

 そうだ。彼らの数人には見覚えがあった。

 確か、1階のフロアで一緒になって拘束されていた人だ。

 彼らは能力者を毛嫌いし、そんなヤツラのために命を賭けるのは馬鹿だと、僕達にいった人達だ。

 それが、なんで?

 

「まあ、人間追い詰められれば本性が出るってことさ。あの連中、口では能力者を非難していたが、それでも罪悪感はぬぐいきれなかったらしい。テロリスト達が下に降りてこないことを好機と考えて偵察に行き、そこでヤツラが全滅していることを知り、こうして救出に駆けつけてくれたって訳さ」

 

「そうかぁ。みんなが・・・・・・」

 

 世の中の人間全てが、善人ではないと分かっている。

 そうじゃなきゃ、僕達はこうしてテロリストなんかに襲撃されていないんだから。

 だけど、それでも、人間の本質は善なんだと信じたい。

 

「俺は嬉しいぜぇ。人との関わりが希薄だというこの現代でも、やっぱり人は人。本質は変わらねぇ。世の中、まだまだ捨てたもんじゃねえなって思えてくるからよ。・・・・・・ほっ! と」

 

「あれ? ジャックさん?」

 

 ジャックさんは腰を上げ立ち上がると、僕達に背を向け歩き出す。

 

「世の中捨てたもんじゃネェとは言ったが、それでも融通が利くとは思えねぇってのが悲しい性だな。悪いがこのままアンチスキルと鉢合わせする訳にゃあいかねぇんだ。だってよ、俺は密入国者だからな。IDパスも偽造されたもんで、尋問されれば確実に嘘がばれる。捕まる訳にはいかねぇんだ。上条も、アイツが連れていた女の子も、それが分かっているから姿を消したんだろうぜ」

 

 ちょっと胡散臭い人だとは思っていたけれど、正体を知ったら実は犯罪者だったなんて・・・・・・

 だけど、何故だか知らないけど、この人に騙されたとか、嫌悪感を抱くということはなかった。

 

「でも、それならどうしてさっさと逃げてしまわなかったんです? ぐずぐずしていたらアンチスキルの包囲網から逃げ出すのは難しくなるってのに」

 

「そりゃあな、あいつに、上条に伝言を頼まれたからな。」

 

「伝言?」

 

「――ああ。『和喜。お前のお陰で、俺達は敵を倒すことが出来た。お前の気転がなけりゃ、俺は今頃アイツに串刺しにされていただろうよ。それに、後1分遅かったら、爆弾は作動して、俺達は全滅だった。敵を倒したのは俺だが、間接的にみんなの命を救ったのはお前のおかげだ。ありがとうよ。ヒーローってのはお前みたいなやつのことを言うんだろうぜ』・・・・・・以上だ」

 

 ・・・・・・上条さん。

 そんなことない。

 そんなことないよ。

 僕はただ、目の前の彼女を助けたかっただけだ。

 それが結果として、誰かを助けることに繋がったってだけだ。

 僕はヒーローなんかじゃない。

 ヒーローにふさわしいのは・・・・・・

 

「じゃあな。縁がありゃ、また合おうぜ。今度は、事件とか関係無しにゆっくり話しをしたいもんだな」

 

 ジャックさんは後ろ手を振って別れを告げると、そのまま歩いていく。

 

 ・・・・・・そうだ、ヒーローにふさわしいのは、ジャックさんや上条さんだ。

 たとえ裏の世界で生きている人でも、僕はあなた達に憧れる。

 ヒーローはあなた達であるべきなんだ。

 

 上条さんの残してくれた言葉をかみ締めながら、僕はジャックさんの後姿を、彼がフロアから姿を消すまで見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 ――あれから、数ヶ月が過ぎた。

 事件というものは熱しやすく、冷めやすい。

 当初は連日連夜ぶっ通しで報道していたメディアも、時の流れと共に、報道する回数が減っていった。

 おそらく、数年後には「ああ、そういえばそんな事件もあったなあ」といった具合に、風化していってしまうのだろう。

 結局、あの事件はなんだったのか?

 テロリスト共の目的はなんだったのか? 僕にはヤツラの意図が最後まで読み取れなかった。

 もし事件を俯瞰してみる事が出来たのなら、この事件の裏側を見ることも叶ったのだろうが、一介の中学生である僕にそんな能力は備わっていない。

 『物語の登場人物は、自分の役割以外の出来事に干渉する事は出来ない』といったのはどんな小説だっただろうか?

 だからこれは、僕にとって本筋の話ではないのだ。ただの番外編。サブストーリーだ。

 僕の物語は終わりを告げた。

 本筋は、きっと別の登場人物が演じている。

 彼、ないし彼女は僕達とは異なる世界感で、異なる物語を紡いでいることだろう。

 それがどんな物語かは、僕には知る由もないけれど――

 

「内田君。おはよう」

 

「あ、おはよう」

 

 通学路で同じ学校の女性徒と出会い、僕は挨拶を交わした。

 せっかくなので、思考を中断し、クラスメイトとおしゃべりを楽しむことにする。

 

 あの事件をきっかけとして、僕は自分を変えようと努力するようになった。

 クラスメイト達に積極的に挨拶し、言葉を交わす。

 多少ウザがられても、諦めない。

 クラスの行事にも積極的に参加する。

 学校外での活動にも参加するようになった。

 その内ポツポツと話をふられる事が多くなり、次第に教室の輪に溶け込める様になっていった。

 

 努力できる事は、自分の力で頑張る。

 それは、ジャックさんや上条さんに教わったことだ。

 結局、上条さんやジャックさんとはあれから会うことはなかった。

 彼らがどこで何をしているのか知らないけれど、この学園都市にいる限り、どこかでばったりと出会うかもしれない。

 その時のために、彼らを失望させないために、後ろを向くことはもう止めた。

 精一杯、前を向いて努力して行こうと、僕は誓ったんだ。

 

「ねえ、ねえ、内田君?」

 

「ん? 何?」

 

 ふいにクラスメイトの女の子が僕に尋ねてきた。

 

「何かさ、内田君、変わったね。前より明るくなって、話しかけやすくなったって言うか・・・・・・」

 

「へん、かな・・・・・・?」

 

 自分では自覚がないのだけれど、そうか、少しずつ変われているのか、僕は・・・・・・

 そんな僕に女の子は「ううん。そっちのほうが断然いいよ」と明るく笑いかけてくれた。

 

  

「おはよう和喜」

 

「よう、和喜」

 

 クラスメイト達が次々と声を掛けてくれる。

 

「おはよう。内田君」

 

 その中には委員長の姿もあった。

 僕の中に芽生えたもの、あの時に感じた委員長への想い。

 それが恋なのか、それとも淡い憧れなのか今だ不明瞭だ。

 だから今は、少しづつ、その芽を育てていこう。

 いずれその時が来たら――

 

 だから、今はもう少し、歩くような速度で・・・・・・

 育んでいこう。委員長へのこの思いを。

 僕は委員長達に笑顔で

 

「うん。皆、おはよう」

 

 と挨拶を交わした。

 

 僕の本筋。

 たぶん、きっと、これから始まるんだ。

 それがどのような物語を紡ぐかは、まだわからない。

 ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか・・・・・・

 それはこれからの僕次第、といった所だ 

 だからこれからも、努力していこう。まだ見ぬ未来が、より良き物であると信じて。

 

 epilogue 内田和喜 END

 

 

 




ちょっと短いですが、ここで一区切り。
次からは孝一君の話となります。

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