広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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ちょっとした息抜きに、こんな話も書いてみました。


短編
おいしいオムライスの作り方


 とあるマンションの一室。

 1人の少女が、キッチンで大量の食材をまな板に並べている。

 

「さて、アル。早速取り掛かりましょう」

 

「チュー」

 

 少女はエプロンをきゅっと結ぶと、肩に乗っている白いはつかねずみに語りかけた。

 

「よし」

 

 少女・水無月エルは、自分に気合を入れると早速調理に取り掛かった。

 

 事の発端は、数日前に遡る――

 

 

 ズルズル・・・・・・と、カップラーメンを啜る音が室内に響き渡る。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 夕食時。

 エルは彼女の母親である水無月良子と食事を取っていた。実に質素な食事である。

 彼女達は、ただひたすら、無言で、カップラーメンを啜る。

 

 ・・・・・・非常に気まずい雰囲気が、辺りを包んでいた。

 

「あの・・・・・・。母様・・・・・・。このカップラーメン・・・・・・。おいしいですね」

 

 この気まずい現状を打破しようと、エルが何でもいいから話題をふろうとする。

 

「そう? スーパーで98円であったから、適当に放り込んできたけど。それ程おいしいかしら」

 

「ぁぅ・・・・・・」

 

 見事に玉砕してしまった・・・・・・。

 カチコチカチコチと、壁にかかっている時計の音が、酷く大きく感じた・・・・・・

 水無月良子暮らし始めてから分かった事が1つだけある。それは、彼女は料理をまったくしない人だということだ。

 ここ数ヶ月のレシピを思い返すと、全てレトルト食品。たまに出前。そしてカップめんといった、あまりにわびしい食事だった。おまけに、彼女はエルと同じく非常に口下手な性格で、まともに会話をした事がここ最近、思い出されなかった。

 

 

 

 

 

 

「これでは、いけません!」

 

 アルを手のひらに載せ、話しかける。自分に言い聞かせるように。

 

「なぜでしょう? 研究所にいた時は、こんなことはなかったのに・・・・・・」

 

 あの頃は、観察対象兼、飼育係という立場だったエル達だが、それでも今よりは会話があった様に思える。

 初めて暮らし始めたときも、最初はポツポツとだが、会話があった。

 だが、最近ではそれらしい会話も、殆んどなくなってしまった。

 

「ひょっとしたら、母様は、エルの事を嫌いになってしまったのでしょうか? アル・・・・・・。エルはどうしたらよいのでしょう?」

 

「キュー」

 

 いくらアルに訊ねても、彼はただ困惑するばかりで、答えをくれることはなかった。

 

 

 

 

「――会話が、ない?」

 

「はい・・・・・・。研究所にいた時は、こんなことはなかったのに・・・・・・」

 

 とある病院にて。

 薬品のチェックを行いながら、水無月良子は職場の同僚にエルのことを相談していた。

 

 良子の話はこうだ。

 最近、食事の際にも、日常生活の際にも、会話がギクシャクしがちになっているという。

 最初、エルと一緒に暮らし始めたときは、それでもポツポツとだが、会話があった。

 だが、最近ではその会話も、殆んどなくなってしまったらしい。

 

「・・・・・・特に、食事時は酷いです・・・・・・何も会話がありません・・・・・・。ひょっとしたら、あの子・・・・・・。エルは、私の事が嫌いになってしまったのでしょうか?」

 

 そういって、良子は同僚の女性の手をガッチリと掴み、涙目で訴える。

 

「・・・・・・うーん。そりゃ、お互いに気を使っているからじゃないかしら?」

 

 同僚の女性苦笑して良子に答える。

 

「気を使っている・・・・・・ですか?」

 

「水無月さん。あなたと娘さん・・・・・・。失礼ですけど、実の親子ではないのでしょう? だからお互いに嫌われないように、必要以上に怖がって・・・・・・。それで会話が無くなってしまったんじゃない?」

 

「そうかも、しれません・・・・・・。私、子供を持ったことなんてないから・・・・・・。あの子に嫌われるのが、怖かったのかも・・・・・・」

 

 良子が項垂れていた肩をあげ、エルとの暮らしを思い返す。

 そういえば思い当たる節はいくつもある。

 エルに質問を投げかけ、それにエルが答え、その答えの意味を熟考しながら、次の答えを考える。

 エルに嫌われないように、不快に感じないような答えを返す。

 エルとの現状を維持するために、当たり障りの無い会話でその場を取り繕う。

 壊れ物を取り扱うように、慎重に、慎重に・・・・・・

 

「まずは、どんなに不恰好でもいいから、腹を割って話し合うことが重要なんじゃないかしら。だって血は繋がってはいなくても、あなた達は家族なんですもの。家族なら本音をぶつけないと」

 

 同僚の女性の言う事はもっともだった。良子は目からうろこが落ちたような感覚を味わった。

 

「アドバイス。ありがとうございます。私、早速今晩にでも実践してみます」

 

 良子は同僚の女性にお辞儀をして、お礼をいった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 エルは心、ここにあらずという感じで学校の授業を聞いていた。

 授業中の教師の会話も。

 お昼時の孝一達との会話も、なにもかも、ぜんぜん耳に入ってこない。

 

(何か良い方法はないのでしょうか? このままではいけませんっ。家庭崩壊です。一家離散の危機です)

 

 エルは机に突っ伏し、うんうんと唸る。

 そしてついに放課後となってしまった。

 

(何か方法は・・・・・・。何か方法は・・・・・・。何か方法は・・・・・・)

 

 ブツブツと呟きながら、通学路を歩き帰宅する。

 

「!?」

 

 その時、あるアイデアが浮かんできた。

 

(そうですっ。これですっ)

 

 エルは、初めて孝一様に食べさせてもらったオムライスを思い出していた。

 同時に、孝一に言われた言葉が脳内に再生される。

 

 ――食事とは、暖かくて、嬉しくて、食べた瞬間に幸せにものなんだよ――

 

 脳内に稲妻が走った。まさに今のエル達に必要なものだと思ったのだ。

 これまでの良子との食事の光景を思い浮かべる。

 食事の時の彼女は、まったく幸せそうな顔をしていなかった。

 

(それではいけません。エルと母様は家族です。家族とは、幸せにならないと、いけないのです)

 

 そう思うと、いてもたってもいられなくなった。

 エルは、来た道を引き返し、スーパーへ直行する。

 良子に笑顔を浮かべてもらうために、今自分が出来ることはそれだと思った。

 

 

 

「どんっ!」と購入した商品をまな板の上に置く。

 

 購入した品物。

 鶏肉(ブラジル産2k)

 玉ねぎ(10k。網に入ったやつをそのまま購入)

 米(コシ●カリ。白米5kg)

 卵(一パック)

 その他、塩、コショウなど調味料各種。

 

 『サルでも出来る、簡単調理BOOK』という本を参考にして、必要なものは全てそろえた。購入の際あまりに超重量になってしまったので、殆んどの荷物は黒ねずみ達に運んでもらった。

 スタンドの見えない一般の市民は、宙に浮かぶこれらの品々を見て目を丸くしていたが、そんな事、今は些細な問題だ。

 問題はこれから。果たして、自分にオムライスを作る事が出来るのか?

 まな板に置かれた品々を、エルは戦々恐々と見つめていた。

 

「――やるしか、ないです。これにはエル達の未来がかかっているのです」

 

 ゴクリと唾を飲み込み、エルは戦闘態勢(右手に包丁。左手に料理の本を装備)に入った。

 

 パラリと、オムライスの作り方が書いてある項目を開く。

 

『美味しいオムライスの作り方』『ケチャップと鶏肉のハーモニー』『半熟とろとろの卵が絶品』食欲をそそる単語が次々と目に飛び込んでくる。

 

「まず、最初にやるべき事は――」

 

 最初の項目を読み込む。

 

『熱したフライパンに油を引き、みじん切りにした玉ねぎと、細かく切った鶏モモ肉を炒める』

 

「みじん、ぎり・・・・・・?」

 

 いきなり最初でつまずいてしまった。みじんぎりとは一体?

 

(こういう場合は、ネットで検索です! )

 

 エルは携帯を取り出し、みじんぎりを検索する。

 みじんぎりとは?

 

「えーっと。みじんぎりとは、『材料を細かく切り刻むこと』。なるほど、そういうことでしたか」

 

 エルはまな板に玉ねぎを五個程取り出すと、言われたとおりに細かく切り刻みだす。・・・・・・皮ごと。

 

「せいっ」

 

 包丁を振り上げ、叩きつけるようにして玉ねぎを切る。何度も何度も。

 

「うっ!?」

 

 玉ねぎの強烈な臭いに、思わず顔をしかめる。そして同時に。

 

「うぅうぅうううう。目がっ。痛いっ。痛いですっ」

 

 目の奥がツーンとなり、涙が止め処(とめど)もなく流れ落ちる。

 思わず床を転げまわる。

 

「うううう。負けませんっ。こんなことで、負けてなるものですかっ」

 

 エルは起き上がり、玉ねぎを次々と気合で刻んでいく。しかし悲しいかな、出来上がったものはみじん切りではなくぶつ切りであった。

 

「次ですっ」

 

 鶏を細かく刻んだエルは、油を大量にフライパンに投下し、大量の玉ねぎをそこにぶち込む。

 

「あれ? あれ?」

 

 みじん切りに気をとられてしまった。フライパンは、まったく熱していなかった。それに気が付いたエルは、IHレンジのメモリを最大にする。

 しばらく待つと、フライパンから蒸気が発生し、ぱちぱちと中の油が跳ね上がる。そして中に投下した玉ねぎと鶏肉が、「ジュワー」という音を立てて、揚がりだす。こんがりと狐色に揚がった玉ねぎは完全に素あげの状態だ。

 

「いまですっ」

 

 エルはその間に急いで次の項目を読む。

 

『玉ねぎがしんなりしてきたら、塩、こしょうで味を調え、最後にご飯を加え、一緒に炒めます』

 

「こ、この中に、調味料を投下すればいいんですね・・・・・・よしっ」

 

「どばどば」と、塩とこしょうを投下してみる。そして最後に、ご飯。

 お米をそのまま、フライパンに入れてみる。なみなみと、油と同じくらいまで。

 

 しばらく待ってみると、米が油を吸収し、ギトギトとした光沢を放ち出す。

 

「そして、これをお皿に移す・・・・・・」

 

 ご飯茶碗に、ギトギトの米をよそい、型とりを済ますと、大皿に盛り付ける。

 

「最後です」

 

『熱したフライパンに油をしき、溶き卵を入れて半熟の状態で火を止めます』

 

 エルはフライパンをもう1つ用意すると、同じように油を投入し、卵を入れる。

 溶き卵はさっき検索した。『タマゴの黄身と白身ををかき混ぜたもの』これならエルでも出来る。

 だが、大量の油と合わさり、これも溶き卵の素あげ状態となり、半熟にはならなかった。

 

「そーっと・・・・・・そーっと・・・・・・」

 

 油でべちょべちょとなった卵を、箸でつまみあげると、型とりをしたご飯の上に乗せる。

 それを最後に、ケチャップで「お母様へ」と文字を書き、それはついに完成した。

 

「できたっ。できましたっ」

 

 エルは満足げな顔で、作品の仕上がりを見ていた。

 

 

 

 

 エルは大皿を抱えたまま、公園を歩いていた。

 この公園を突っ切ったほうが、良子の職場が近いからだ。

 自分の初めて作った料理を、良子に食べて欲しかった。

 そう思ったら、いても経ってもいられなくなった。

 

 良子は今日は残業のはずだ。

 その時に、これを食べてもらおう。

 そうしたら、きっと良子は自分のことを褒めてくれるに違いない。

 

「・・・・・・お腹、減ったんだよ・・・・・・」

 

「?」

 

 公園のベンチに何かが横たわっていた。

 

「・・・・・・お腹、へったんだよ・・・・・・」

 

 それは、修道服を纏ったシスターらしき少女だった。少女はベンチで仰向けになり、うつろな視線を上空に向けている。

 

「ぐぅううう」という大きなお腹の音が、エルのほうにも聞こえてきた。

 

「・・・・・・ひもじいんだよ・・・・・・。今月は食費が底をついたんだよ・・・・・・。おかずが沢庵しかないんだよぉ・・・・・・」

 

 少女はうわごとのようにお腹がすいたことを、ぶつぶつと繰り返し呟いている。その様子は、浜辺に打ち上げられたトドかセイウチの様だった。そのあまりの惨めさに、エルは思わず足を止め、持っていた大皿とベンチに倒れている少女とを見比べる。やがて。

 

「・・・・・・あの。もし良かったら。これを頂いてください」

 

 そういってエルは、うつぶせになっている少女の隣に、オムライス入りの大皿を置くと、急いでもと来た道を引き返していった。

 もう一つ。自分用に作ったオムライスがある。今から取りに戻れば間に合うと思ったのだ。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 一方。突然ふって湧いた幸運を、少女は驚きと喜びの入り混じった表情で迎え入れていた。

 

「うわぁ! すごいんだよ! ご飯を貰ったんだよ! 世の中捨てたもんじゃないんだよぉ!」

 

 少女は起き上がると、さっそくご好意に甘えさせてもらうことにする。

 

「あぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐあぐ」

 

 ものすごい勢いで、オムライスをほおばる。

 

「・・・・・・・・・ん?」

 

 しばらく咀嚼した後。

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・・・・

 

 

 

「・・・・・・ぐはぁ!?」

 

 およそ少女らしからぬ声を上げ、シスターの少女はその場に昏倒した。

 

 

 

 

 エルが自宅に戻り、ドアを開けると、そこには見慣れた履物があった。これは、良子の履物だ。

 

「どうして。お母様が?」

 

 今日は残業があるといっていたのではなかったのか。

 エルは恐る恐る、玄関をくぐり、良子がいるはずであろうリビングへと向う。

 

「あ・・・・・・」

 

 エルは小さな声をあげた。

 そこには、エルの作りかけのオムライスを皿によそい、スプーンで食べている良子の姿があったからだ。

 

「おかえりエル。これ、あなたが作ってくれたのね。さっそくいただかせてもらっているわ」

 

 良子はさらに一口、二口と口に運ぶ。

 

「お母様。残業だったのではないのですか?」

 

「今日はね、無理を言って早引けをさせてもらったのよ。エル。あなたとお話がしたくてね」

 

 良子は、オムライスを半分以上平らげている。その様子を見てエルはオズオズと、自分のオムライスの評価を良子に尋ねる。

 

「あの・・・・・・。お母様。お味のほうは?」

 

「そうね。はっきり言うと。不味いわね」

 

「え?」エルは慌てて駆け寄り、残ったオムライスを口に運ぶ。

 

 とたんに、口いっぱいに油のギトギトした食感と、芯の硬い米粒が歯にまとわりつく。味も塩から九手食べれたものじゃないし、何よりオムライスなのに、ケチャップがご飯に絡んでいない。それを、良子は半分近く食べた。その事が分かったとたん、エルは良子の手をつかむ。

 

「お母様。もう止めてください。こんなもの食べては駄目です。こんな・・・・・・こんな失敗作・・・・・・」

 

 エルは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だが、良子はその手をどかし、また一口オムライスを口に運ぶ。

 

「お母様っ」

 

「そうね。確かに不味いわ。でも、エル。あなたが心を込めて作ってくれたのが、手に取るようにわかる。だから、残すわけにはいかないじゃない。味は残念だけど、このオムライス。とっても、心が温かくなる味だもの」

 

 そういって良子は、またオムライスに手を伸ばし、やがて全て完食してしまった。

 

「・・・・・・お母様」

 

 エルは胸がいっぱいになった。でも、涙を零すことは出来なかった。表情の変化に乏しい彼女は、声を震わせるだけで精一杯だった。

 

「おいでエル。私、あなたとお話したい事がいっぱいあるの。学校のことでも、お友達のことでもなんでもいい。もっと、あなたの事が知りたいの。だって私達、家族じゃない。・・・・・・始めから、遠慮なんかすることなかったのにね。始めから、こうしておけば――」

 

 良子はエルの体を胸に抱きしめた。

 とくんとくんという心臓の音が聞こえてくる。

 それはどこか懐かしい、原始の音。聞いていると心が落着く、優しい音。

 

「お母様・・・・・・」

 

「エル。そのお母様って言うの。もう、やめにしない? だってそれは、あの研究所であなた達を従順に管理するために刷り込まれた、偽りの記憶だもの。だからね、これからは、「ママ」って呼んで欲しいな」

 

「・・・・・・ママ」

 

 エルは目を閉じ、その単語を何度もかみ締める。やがてもう一度。今度ははっきりと自分の意思で「ママ」と答え、良子の体を強く抱きしめた。

 

 おいしいオムライスの作り方。

 それは塩とこしょうと、ケチャップと。

 玉ねぎ鶏肉、油を少々。

 料理の腕は後回し。

 経験なんて二の次だ。

 この世で一番大切なのは。

 料理を作る人間の、

 あなたに食べて欲しいという。

 

 精一杯の、愛情。

 

 

 おいしいオムライスの作り方 END

 

 

 


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