能力開発
「広瀬君。今日、何でここに呼ばれたか分かっているかい?」
「・・・・・・はい。なんと、なくは・・・・・・」
柵川中学の応接室にて、広瀬孝一は担任教師の
「確かに、うちの学校は偏差値が高いとは言えない。でもそれを理由にして、勉学をおろそかにしていい言い訳には、ならないよね?」
「はい、その通りです・・・・・・」
「特に十代というのは、学んだことをスポンジの様に吸収しやすい、人生において一番重要な時期だ。今はくだらない、面倒くさいと思う授業内容が、大人になった時、どれだけ大切だったと後悔することか・・・・・・。僕はね、何も君に、意地悪をしようとしているんじゃない。君に将来、辛い思いをさせたくないから、あえてこうして苦言を呈しているんだ」
「うぅぅ・・・・・・」
孝一は終始うつむき加減で、時たま大圄の問いに「はい」とか「そのとおりです」など返答し、叱責をすべて受け入れている。
自分自身に責任があるため、孝一は何も言い返せなかった。
耳が痛いなと、孝一は自己嫌悪に陥るのだった。
ここ最近、孝一は勉強を殆んどしていなかった。
理由は特にない。
ただなんとなくやる気にならず、気が付いたらテレビゲームや漫画を読みふけり、気が付いたら深夜を越えていたり、という不摂生な生活を送っていただけだ。
その結果。
学期末のテストで、見事な赤点を取ってしまった。
そして現在、孝一は大圄から呼び出され、お叱りを受けている・・・・・・
(おかしいよなぁ。今日こそはやろうとは、毎回思っているんだけどなぁ・・・・・・)
大圄の説教をうわの空で聞きながら、孝一は首をかしげる。
孝一は知らない。いつかやろうと思っている人間に限って、そのいつかが永遠にやってこないということを。
「・・・・・・おい。広瀬君。聞いているのかい?」
「はっ。はいっ」
まずい。
昨日も徹夜でゲームをしていたため、頭に酸素が回らなくなって、ついボーッとしてしまった。
気持ちを切り替えないと。
結局、孝一が解放されたのは、時計の針が6時を回った頃だった。
◆
「ううぅ~。酷い目に合った・・・・・・」
帰りの道をトボトボと帰る。
「遊びは程ほどにしないとなぁ・・・・・・。今度あんな点数を取ったら洒落にならないぞ」
とりあえず、今日こそは真面目に勉強しないと。
孝一は自分に活を入れ、今晩の遊びの予定を全てキャンセルする。
「・・・・・・やあ。孝一君」
そんな時だった。
夕暮れ時の通学路。日が傾きかけ、そびえ立つビルが地面に大きな影を伸ばし始める黄昏時。
ビル壁に寄りかかっていた誰かが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。ちょうどビル影が出来ていた所だったので、最初は顔が分からなかった。しかし、しだいに日の陰から出てくるその人物に、孝一は驚愕する。
「お前は・・・・・・。双葉っ」
「うれしいなぁ。ボクの名前。覚えていてくれたんだ」
双葉はにっこりと微笑み、孝一に前に姿を現した。
二ノ宮双葉。
二ノ宮玉緒の双子の妹であり、その容姿は姉の玉緒と酷似している。
しかしその性格は、あまりに違いすぎる。
玉緒はそのポジティブさ、アグレッシブさで周りを引っ張っていくタイプなら。
双葉は、そのどれとも当てはまらない。
単独行動を好み、決して誰とも群れようとしない。しいていうなら、アウトサイダーな性格をしていた。
「な、何のようだよ。言っとくけど、僕から君に話すことは何もないからなっ」
孝一は双葉から距離をとり、エコーズを出現させる。
前回のことを警戒してのことだった。
そんな彼女は、Tシャツに赤いカーディガンをはおり、下はデニムのジーパンというボーイッシュな出で立ちで孝一と向き合う。
「なに。孝一君。君が困っているようなんで、ちょっと協力してあげたくてね」
「協力、だって?」
孝一は何の事か分からずに首をかしげる。
「君を叱り付けていた、担任の・・・・・・。えーっと。たしか大圄先生だっけ? あいつ。ずいぶんと調子に乗っているみたいだからね。僕がお仕置きしておいてあげるよ」双葉はそういうと、自分の影からスタンドを出現させる。黒い影をした彼女のスタンドは、その瞳だけを怪しく光らせてこちらを凝視している。「そうすれば、君はもう叱られなくて済むだろう?」
「や、やめろ!」
この女。さっきまでの大圄先生の会話を立ち聞きでもしていたってのか?
でもいつから? まさかずっと聞いていたのか?
それとも?
孝一はカバンやポケットなどを大急ぎで調べる。私物を地面に撒き散らすことになるが、そんなことをいっていられない。双葉は「あちゃー」といった。まるで悪戯が見つかった子供のような表情で孝一を見ている。
「あっ!?」
そしてついに見つけた。
一㎝大の黒い長方形状のそれは、孝一のカバンの隙間に挟まっていた。
「盗聴器・・・・・・」
これを、この女がしかけたのか?
「ふふっ。好きな男の子の事は、何でも知っておきたいからね? 出来れば四六時中監視しておきたいくらいさ」
この女。異常だ。
孝一は背筋に寒気を覚えた。
そしてはっきりと分かった。
この女とは決して相容れない。コイツは敵だ。
「act2!」
しっぽ文字を丸め、攻撃態勢に移る。いつでも、双葉を攻撃できるように。
「・・・・・・スタンドを、引っ込めてくれないかなぁ・・・・・・。さっきも言ったけど、君の事が好きなだけなんだ。君の事が知りたい。そしてボクの事も知ってもらいたい。その為には、邪魔者は排除する。ただそれだけさ」
双葉の影が、急速に伸びる。
陽が傾いているからではない。彼女のスタンドが、自分の意思で伸縮の動作を行っているのだ。
目だけが異様に光り輝くスタンドは、その体内から黒い触手を出す。
小型の鎌の様なそれを、スタンドはヒュンヒュンと音を鳴らす。孝一を威嚇するためだ。
「くっ!?」
ジリジリと、孝一は後ろに下がる。
こいつの能力は、その一端だけだが、味わっている。
『相手の記憶を奪う』恐らくその類の能力だ。
だとしたら、こいつの射程距離に入るのはまずい。
遠距離から、一気に方をつけなければならない。
(先手、必勝だ!)
act2が投てき体勢に入り、双葉にシッポ文字の攻撃を加える直前で、双葉はくるりと背を向ける。
「え!?」
思わずact2の攻撃を中止させてしまう。
「・・・・・・やめておこう。君と戦うのは、ボクも望むことじゃない。それほど嫌がるのなら、大圄先生への攻撃も中止しよう」
そのまま背を向け、孝一の前から去っていく。「だけど、ボクは絶対に君を振り向かせて見せる。君は必ずボクの事を好きになる。いや、そうさせて見せる。・・・・・・必ず」
「・・・・・・・・・」
夕闇の中へと消えていく双葉を、孝一はただ見送ることしか出来なかった。
体が動かなかった。
自身に向けられた異常な愛情に、どうしたらよいかの判断が出来なかったのだ。
額をぬぐう。
びっしょりとした、嫌な汗をかいていた。
◆
「ごめん初春。あたし、用事があるんだ」
放課後の教室にて、涙子は「帰り道でちょっとお茶して帰ろう」という初春の誘いを断り、手提げカバンを引っつかむと、急ぐようにして教室から出て行った。
「・・・・・・うう~。またですかぁ。ここ最近。佐天さん、一体何をしているんでしょう? エルちゃんに孝一さん。何か聞いていませんか?」
涙子が開けて出て行ったドアを、どこかしょんぼりとした表情で見つめながら初春は訪ねた。
「いえ。エルは何も聞いていませんよ。孝一様は?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・孝一様?」反応がない孝一を不審に思い、エルが首をかしげる。
孝一は机に頬杖をつきながら、ボーっとした表情で黒板を眺めていた。
完全に上の空と言った感じだ。
だがそれには理由があった。
あれから、自室に帰った孝一は、自室のいたるところを調べてみた。
監視カメラや盗聴器の類が設置されていないか、調べるためだ。
そして、出てきた。
合計14もの小型のカメラや、マイク等が。
それはベッドの下や、本棚の奥。
そして極めつけは風呂場やトイレにまで設置されていた。
これには流石の孝一も絶句した。
自分の知らない所で、赤の他人が自室に入り何かをしていたという事実に、孝一は戦慄した。
(どうする? どうしたらいい? アンチスキルに通報でもするのか? でも、あいつはスタンド能力を持っている。それにあの性格だ。ヘタに刺激をしたら何をされるのか分かったもんじゃない。最悪・・・・・・。どうする? どうなるんだ? この先・・・・・・)
そんなことを一晩中考えていたら、気が付けば朝になっていた。
あれから殆んど一睡もしていない――
「――孝一様っ」
「!? うわっ!?」
気が付けば目の前にエルの顔があった。思わず机からのけぞる。
「一体どうされたのです? まるで心ここにあらずといった感じです」エルが心配そうに見つめている。
「寝不足ですか? 目の下にクマができていますよ」初春も心配そうに言う。
「・・・・・・大丈夫。大丈夫さ・・・・・・。ちょっと、ゲームをしすぎてしまっただけだよ」
孝一は嘘をついた。
下手に心配をかけさせて、彼女たちを危険に巻き込みたくなかったからだ。
だが、状況はかなり悪いといえる。
このままだと、取り返しの付かない事態に発展しそうだ。
(そうなるまえに、あいつを何とかしないと・・・・・・)
だけどその方法は? そしてどうしてあいつは自分にここまで執着するのか。
孝一はその理由を見つけるのが先だと思った。
◆
とある高校の準備室。
佐天涙子・能力開発。
第十四日目。
その一室で、涙子は持参したジャージ服に着替え、座禅を組むように座っている。
室内は日光を押さえるためカーテンが閉められ、両の耳には、ノイズキャンセラーを装着している。
雑音を抑え、精神を集中させるためである。
そして手の平には、葉っぱが数枚乗せられている。
「この葉っぱを、宙に浮かす」それが今回の課題だ。
集中する。
手のひらに、能力を集中させる。
頭の中で、イメージする。
自分の手の平に噴射口を作り、そこから葉っぱを舞い上がらせるイメージを。
1分経過。
2分経過。
3分経過。
(・・・・・・くっ・・・・・・)
しかし、何も起こらない。
首筋にかいた汗が一筋、肌を伝い落ちていく。
次第に焦りの気持ちが表情に表れてくる。
そしてさらに、意識を集中させようとして。
そこで唐突に、室内が明るくなった。
「!?」
「は~い。佐天ちゃん。そこまでです。一端休憩をしましょー」
涙子の様子を教卓から伺っていた小萌が、室内の電気をともす。
急な明るさに軽いまぶしさを感じながら、涙子はノイズキャンセラーを外し「ふぅ」と一息吐いた。
ここ数週間。
涙子は小萌の指導の下、能力開発のカリキュラムを受け直していた。
放課後の、生徒が帰ってからの1日、僅か1時間程度の授業だったが、涙子はそれでも構わなかった。
強くなりたい。その一心だったからだ。
だが、その成果は芳しいものではなかった。
ここ数週間、自分ではかなり真面目に取り組んでいるはずだったが、能力の鱗片は欠片も見えてこないのだ。
「くそっ」思わず自分に対して苛立ちの言葉をぶつける。
手のひらを見る。
吹けば飛ぶような、小さな葉っぱが一枚。
そんなものもすら、動かせられないなんて。
それがたまらなく、悔しい。
「こんなに、努力しているのに・・・・・・。なんで? どうして何の力も出てこないの? こんなのじゃ、あたし、本当にただの『無能』だ」
木の葉をぎゅっと握り締め、うつむく。
「佐天ちゃん。自分で自分の可能性の幅を狭めるのは、良くないことだと先生は思いますよ」
そんな涙子を小萌は優しく励ます。
「能力発現において、
かつてレベルアッパーで能力を使用したことを思い出す。あの時は、同じようにして簡単に葉っぱを数枚、宙に浮かせていた。
「自分の力を信じてください。そして、妄想してください。自分は能力が使えるんだと」
「妄想・信じる力・・・・・・」
あの時、レベルアッパーを使用した時はどうだったっけ?
特に複雑な計算式を用いず、簡単に木の葉を浮かせていた気がする。
そうだ。思い出せ。
そして、妄想しろ。馬鹿になれ。私には出来ると、自惚れろ。
「・・・・・・・・・」
誰に言われるでもなく、涙子は目を閉じ、再び腰を落とす。
「・・・・・・・・・」
再び葉っぱを手のひらの上に。座禅を組む。
(出来る。出来る。あたしは出来る。こんな葉っぱ一枚。息を吐くくらい簡単に空に吹き飛ばせる)
信じる。
自分を、自分の中に眠る能力を。
自惚れる。
妄想する。
自分はすごい能力者なんだと。
「佐天ちゃん。能力というのは、例えるなら自転車と同じなのです。色、形、機種。人それぞれ好みがあり、みんなそれぞれ好みの自転車が違うわけです」
「・・・・・・自転車」
「能力も同じことだと仮定してください。佐天ちゃんが学園都市に来た時点で、すでに能力開発は完了しているのです。つまり、もう涙子ちゃんは自分だけの自転車を持っているのです。そしてその操作方法も頭の中に入っているはずです」
今まであたしが能力を使えなかったのは、せっかく自転車を持っていても、それを自転車だと認識できなかったから?
使い方が分からなかったから?
じゃあ、今は?
レベルアッパー使用時には、能力を使う事が出来た。
それが出来ないということは?
「・・・・・・そうです。今の佐天ちゃんは、例えるなら、自分の自転車を駐輪していた場所が分からなくなっている状態と同じなのです。仮にも一度獲得した能力なのですから・・・・・・。思い出してください。佐天ちゃんだけの、能力の保管場所を」
手のひらに意識を集中させる。熱い何かを感じる。
だけど何かが、
常識という壁が涙子を邪魔をする。
あともう一息だというのに・・・・・・
そんな時、小萌が涙子にそっとアドバイスをする。
「佐天ちゃん。先程、自転車を例えに出しましたけど、佐天ちゃんは自転車を運転するとき、何を考えていますか?」
自転車の運転? 「そんなの特に・・・・・・。ただそこにあって使うのが当たり前だって、特に何も考えていません」即答する。
「脳に視点を移してみましょう。人間が自転車を運転するとき、脳内では複雑な演算が行われているのです。転倒しないように、体とハンドルのバランスを水平に維持するにはどうしたらいいのか? ペダルを漕ぐタイミングは? 重心移動は? それら複雑な計算を脳は行っているのですが、私達は普段それを実感する事がありませんよね?」
確かにそうだ。
そんな質面倒くさい事を一々考えていたら、頭がパンクしてしまう。
「あっ」
そうか・・・・・・
ただそこにあって、使うのが当たり前・・・・・・
自分で言っていたじゃないか。
答えは、もう、そこにある。
(あたしは、出来る! 常識なんか、クソ食らえだ!)
脳内で自分をイメージする。
大きな竜巻を巻き起こし、周囲の建物を浮かび上がらせ、破壊する自分。
常識を取っ払う。
中二病でも何でもかまわない。
自身から沸きあがった衝動を。
すべて手の平に集中させる。
「・・・・・・・・・」
集まる。
集まっていく。
暖かい血潮が心臓に流れていくように、涙子のイメージした思念が、意志となって手のひらに集まっていく。
それを極限に極限にまで高め、ついに解放する。
「浮かべっ!」
その時、頬に風の感触が触れたような気がした。
恐る恐る、両の目を開ける。
最初に見たのは自分の手のひらだった。
そこに葉っぱは、無かった。
ドキドキと、胸の鼓動が早くなる。
この感覚は、涙子が初めてこの学園都市に来る事になった日の夜と同じだ。
あの時も、ちょうどこんな感じだった。
本当はレベルアッパーの件でも同じ感動を味わったが、あっちはズルをしたからノーカンだ。
手の平から離れた木の葉は、ゆっくりと涙子の手のひらの上を、円を描く様に回転している。
「ぁ・・・・・・ぁぁぁっ!」
思わず声が出た。
それくらい、涙子は嬉しかったのだ。
真面目に取り組んで、ついに獲得した自分だけの能力だ。
他の能力者にとっては取るに足らないちっぽけな能力かもしれないけど、これが第一歩だ。
「やったぁ!!」
おもわず両手を上げ、万歳をする。
そのとたん、手の平で円を描き回転していた木の葉は、上空に撒き散らされた。
ぱらぱらと、木の葉が地面に落ちていく。
「先生っ! ありがとう! ありがとうございますっ!」
涙子が小萌の体に抱きつき、喜びと感謝の気持ちを全身で表す。
「先生は何もしていないですよ? この力は、元々佐天ちゃんが持っていたものなんですから」
小萌はしばらく涙子にされるがままに抱きつかれていた。
その時、ふと、地面に落ちた木の葉を見る。1つの葉っぱだけ、くるくると地面に立ち、今だに回転を続けていたのだ。
(これは・・・・・・。ひょっとしたら佐天ちゃん。このまま成長したらものすごい能力者になるかもしれませんね?)
小萌は、この突然押しかけてきた佐天涙子という学生に、思わず期待を抱かずにはいられなかった。