広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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 増長する悪意

 件名:おはよう

 本文:孝一君、今日は君へ朝食を届けにきたよ。

    恐らく不摂生な生活を送っている君のことだ。朝食もまともに取っていないんじゃないの

    かな?

    それではいけない。

    朝は血糖値が下がり、内臓や神経脳の機能が最も低下している状態だ。

    朝食とはこうした状態を回復させる役割を持っているんだよ?   

    君が授業中に身が入らないのは、集中力が低下しているからだ。

    それでは勉学に支障が出てしまってもしかたがない。

    だから、僕が作ってきてあげたよ。

    それを食べて、学校に生きたまえ。

    食膳はそのままでいいよ。

    後でボクが回収に行くから。

    

 

    追伸

    寝ている君の笑顔は、とてもかわいかった。

    思わず壊してしまいたいくらいに。

                                       双葉。

 

 

 朝、孝一が自室で目を覚ますと、キッチンからとてもいい匂いがしていることに気が付いた。

 そしてそれと同時に、携帯に自分宛にメールが入っていることにも気が付いた。

 差出人は、二ノ宮双葉。

 

 キッチンに行く。

 テーブルには、ご飯に味噌汁。そして焼きシャケなど、とても健康的なメニューが作られていた。

 だが、孝一はとてもその料理を食べる気にならなかった。

 背筋が凍り、食欲がなくなったためである。

 携帯を取り出し、メールの受信ボックスを確認する。

 

 127件。

 

 件名:おはよう孝一君。

 件名:今日はいい天気だね

 件名:君に色目を使っている女子学生がいるね

 件名:君の友達って、女の子が多いよね

 件名:無視しないでくれよ

 件名:そこにいるんだろう?

 件名:なあ!

 

「・・・・・・・・・」

 

 こんな調子の文面が127件も。流石に眩暈がしてきた。

 この数週間、突然双葉からのメールが頻繁に届くようになってきた。

 メールアドレスをいつ知ったのか? それは分からない。

 だが、その内容は次第に狂気じみてきているように思う。

 そして今朝は、ついに実力行使に出てきた。

 

 自室に侵入されてしまったのだ。

 あいつは・・・・・・

 寝ている僕の顔を何時間も・・・・・・じっと・・・・・・

 

「ハァ・・・・・・。ハァ・・・・・・。ハァ・・・・・・」

 

 自然と息が荒くなる。

 冷や汗もたくさん出てきた。

 

「もう、耐えられない・・・・・・」

 

 このままでは本当にどうにかされてしまう。

 そうなる前に、あいつをどうにかしないと。

 

 

「そうだっ」

 

 双葉の姉。玉緒だ。

 玉緒なら、あいつについて、何か知っているのかもしれない。

 孝一は早速玉緒にメールを打つ。

 

『今すぐあえないか? 駄目なら放課後でもいい。とにかく今日中に会いたい』文面を作成し、送信する。

 

 メールはすぐに来た。

 

『なにか、あったんすね?』孝一に何か起こっていることを察したような文面だった。

 

『ああ。君の妹のことで話がしたい』だから孝一もそのつもりで文面を返す。

 

 しばらくして。

 

『授業があるんで、放課後でいいすか?』

 

 それで十分だ。

 孝一は即答で『かまわない』という文章を打ち、送信した。

 

 

 

 

「それじゃ」

 

「今日は急ぐんで」

 

 孝一と涙子は、放課後になったとたん、初春とエルにそう告げ、同時に席を立った。

 

「あれ? 孝一君も用事?」タイミングが合ったことに驚きつつも、涙子は手提げカバンを掴み、ドアを目指す。

 

「うん。ちょっと待ち合わせ」

 

 孝一もカバンをとり、ドアを目指す。

 

「そっか」涙子がドアに手をかける。そしてくるりと孝一に向き直る。

 

「なに?」

 

「幸一君達とは最近、遊びに行けてないね。でも、もう少しまってね? あたし、もう少しで何かを掴める様な気がするんだ」

 

 ニッコリと健康的な笑顔を浮かべ、涙子は教室を後にした。

 

(・・・・・・なんか、たくましくなった?)

 

 孝一は涙子の浮かべる笑みから、そんな印象を受け取った。

 

 

 

 

 佐天涙子・能力開発。

 第二十一日目。

 

 いつものようにジャージ服に着替えた涙子は、両手をホワイトボードに突き出すようにして立っている。その距離約5m。そして手のひらには、葉っぱが一枚ほど乗せられている。

 

「うかべっ!」

 

 涙子が目を閉じ、念じると、木の葉はそこからゆっくりと浮き上がり、手のひらの周りを回転し始める。

 ここまではいい。

 これから、第二段階に入る。

 今までは上空を漂わせるだけだった木の葉。それをホワイトボード目掛け、水平に飛ばす。

 ボードには4重丸でそれぞれ「100点、80点、50点、30点」と書かれている。

 涙子が目指すのはもちろん真ん中部分の「100点」だ。ちなみに30点の外は「はずれなのです」と小萌先生直筆のメッセージと、かわいらしい猫が描かれている。

 

「・・・・・・すぅ・・・・・・」

 

 息を大きく吸い込み、気持ちを安定させる。

 イメージする。

 木の葉が、真っ直ぐ、ホワイトボードまで飛ぶ光景を。

 参考にするのは婚后光子。

 トラックを吹き飛ばす程の彼女の能力。

 自分も同じ空力使い(エアロハンド)なら、同じように出来るはず。

 イメージが固まる。後はそれを、実行に移すだけ。

 

「いけっ」

 

 涙子は能力を発動させた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 木の葉が手のひらからぺっと吐き出され、ヘロヘロっと、地面に落下していった。

 ホワイトボードには届きもしなかった。

 

「だぁあああ! 何なのこれ!? 手の平だと簡単なのに、なんで離れるとうまくいかないの!?」

 

 涙子は「きぃいいい」と地団太を踏む。

 

「まあ、自分の周りで数m浮かすのと、目標に向って水平に打ち出すのとでは、演算の仕方が違うということですよ・・・・・・。こればっかりは練習あるのみ、としかいえません」

 

「婚后さんのようには、いかないなぁ・・・・・・」自分の手の平を見つめながら、涙子は愚痴た。くやしくて、少し涙が出てきた為、視界が滲む。そんな彼女に小萌は「婚后ちゃんのように、やる必要はありませんよ」と涙子を諭した。

 

「人間が一人ひとり異なるように、能力もまた、一人ひとり異なります。それは、同系統の能力でも同じです。佐天ちゃんは空力使い(エアロハンド)ですが、それで婚后ちゃんと同じ能力が使えるかは、また違ってきます。まあ、どこかは似通っているでしょうが、それでも同一になる事はありません。例えば発火能力(パイロキネシス)でも、手の平から炎を発生させる能力者がいれば、逆に、対象を見つめるだけで発火させる事が可能な人も存在するようにです」

 

「・・・・・・練習したら、真っ直ぐ飛ぶように、なります?」

 

 涙子は涙混じりに小萌を見据える。

 

「なります。いまの佐天ちゃんは単純に、力不足! 筋肉がついていない状態なのです。ではどうやったら筋肉がつくのか? それは何度でも練習するしかありませんっ」

 

 小萌がビシッと涙子を指差す。

 

「さあ、6時までまだ時間がありますね。それまで何度でも繰り返しやりましょう」

 

「ふぁい」涙を手でぬぐい、鼻声で返事を返す。

 

 授業が終了すまでの間。涙子は何度も何度も、木の葉を飛ばし続けるのだった。

 次の日も。そのまた次の日も。何日も、何日も・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「こーいち君。こっちっす」

 

 ファミレスのドアを開け、店内を見渡すと、手を上げ自分の名前を呼ぶ人物がいた。

 同じS.A.Dと呼ばれる組織に所属している二ノ宮玉緒だった。

 その玉緒は学校帰りでこのファミレスに立ち寄ったため、ブレザーを着用している。

 普段は動きやすいラフな服装の方が印象が強いため、幸一の目にはそれが新鮮なものに映った。

 

「突然呼び出しちゃって、ごめんよ。でも、とても重要な話なんだ」

 

 玉緒がいるテーブルの、真向かいに着席する。ウエイトレスがすぐに来て孝一にメニューを手渡す。

 孝一は「オレンジジュース」を注文した。玉緒は既に注文しており、手元には「クリームソーダ」が置かれている。

 

「双葉のことっすね」

 

 ウエイトレスが厨房に消えたのを見計らって、玉緒が孝一に訊ねた。

 

「ああ。あいつについて、君に聞きたい。あいつは一体、どういう奴なんだ?」

 

 孝一は双葉の異常な行動について、玉緒に詳しく説明した。自分がストーキングされていること、『プロメテウス事件』で入れ替わっていたこと、全て説明した。

 

「・・・・・・・・・」

 

 孝一の説明を聞いていた玉緒は、クリームソーダのアイスの部分をストローでプスプスと突き、孝一に答えた。

 

「あいつは、双葉は・・・・・・。後天的な性格破綻者っす」

 

 そして玉緒が双葉について説明し始める。

 

 かつて、ある実験が行われていた。『幼少期の愛情不足が子供にどのような影響を与えるか』それを調べるための人体実験だった。その対象として玉緒と双葉は選ばれた。両親は反対しなかった。まだ新人の研究員だった両親は、むしろこの実験による論文をまとめ、所長に気に入られることに躍起だった。

 そして比較実験が行われた。

 対象Aとして選ばれた玉緒は、一般的な環境と親子の愛情を与えられ。

 対象Bとして選ばれた双葉は、劣悪な環境に、劣悪な両親という元で育てられた。

 

「双葉を引き取った両親役の男女は、それは酷い奴等だったらしいっす。食事を与えない。殴る蹴るは当たり前。もし双葉が普通の人間だったなら、彼女はそこで死んでいたかも知れないっす」

 

「でも、双葉は生き残った」

 

 孝一がコップの中の水を飲み干して言った。

 

「そうっす。きっかけは、双葉が6歳の頃。両親に野次られた際、この実験について知らされたと、双葉はいってたっす」

 

 そのときの双葉の心情はどのようなものだったのだろう。偽りの家庭。偽りの両親。それを手引きしていたのが、自分の本当の両親だったと知った双葉は・・・・・・

 

「その時、双葉にスタンド能力が宿りました。双葉はその能力で、偽りの両親を攻撃し、もっと詳しい情報を聞き出したそうっす。目的は、復讐」

 

「それで? 君達はどうなった? 何があったんだ?」

 

 孝一が身を乗り出して尋ねる。しかし玉緒は首をふり「わからないっす」と暗い表情で返した。

 

「わからない? わからないって、どうして?」

 

「すいません。実はそこからの記憶が自分にはないんです。分かっているのは、自分が気が付いたら双葉が当たり前の様にそこにいて、両親や、研究所の全員。その全ての人間が、双葉をまるで本当の家族の様に扱っていたって事だけっす」

 

「なん、だって?」

 

 孝一は椅子にもたれかかり、双葉の能力を思いだす。

『記憶を奪う』もしかして、自分の都合の悪い記憶だけを消し去ったのか?

 当時6歳の少女が?

 研究所の人間全てを?

 それだけの精神力を持つ双葉という女を、改めて恐ろしいと孝一は思った。

 

「自分が真相を教えられたのは、1年ほど前。この学園都市で能力開発を受けている時だったっす。双葉が突然やってきて、自分に声を掛けたっす。あいつが何をしたのか、スタンド能力のない自分には分からなかったですけど、急に頭の中に、知らない情報と記憶が流れ込んできたんです」

 

「そして、今に至るのか・・・・・・」孝一が腕を組み、唸るように言った。

 

「これまで双葉と暮らしてみて分かったのは、あいつは人の気に入ったものを、自分のものにしたがるクセがあるということっす。玩具から始まって、時計やサイフ。お気に入りの友達・・・・・・。全部あいつに盗られたっす。そして、思い通りに事が運ばないと、すぐに癇癪を起こす」

 

 思い当たる節はある。プロメテウス事件の時、五井山に食って掛かったこと。そしてエスカレートするメールの文面。今朝の行動。このままだといずれ、誰かが犠牲になることは明白だった。

 

「玉緒。双葉の居所は? 同じ家に住んでいないのか?」

 

「残念っすけど・・・・・・。あいつは学園都市に来たとたん。どこかに行方をくらませたままっす。この間。酷い時間の喪失感を味わったっすけど、あれも、双葉の仕業だったんすね」

 

 おそらく入れ替わった時だな。そのときから自分の事を目に付けていたのか。

 だが、どうする? 居場所が分からない相手をどうやって特定する?

 そしてどう説得する?

 孝一には、解決策が思い浮かばなかった。

 だけどこのままにしてもおけない。

 

「そうだ。メール!」

 

 孝一は携帯を取り出す。今朝届いたメールの文面を見る。

 

「・・・・・・たしか食器は後で回収するって。つまり僕の自宅を張っていれば、いずれヤツが出てくる」

 

 孝一はガタッと席を立つ。

 

「どうしたんすか? こーいち君!?」

 

「あいつは僕に執着している。つまり僕が自宅にいれば、双葉は必ず現れるんだ。その時、決着をつける」

 

 こうしてはいられない。孝一はテーブルにお札を置きそこから離れる。

 

「・・・・・・でも、そううまくいくと思えないっすけど・・・・・・」

 

 背中を向けた孝一に、玉緒はボソッと呟く。

 

「なんで、そう思うの?」

 

 思わず聞き返してしまう。

 

「自分は双葉という人間を知っていますけど。あいつああ見えて、勘が異様に鋭い所、あるっす。もし少しでも異変を感じたら、目標を変更するかも知れないっすよ?」

 

「変更?」

 

「もし自分なら、たぶん外堀から埋めていく作戦を取るっす。例えば友達を先に攻撃して廃人にするとか」

 

『件名:君の友達って、女の子が多いよね』

 

「ああ・・・・・・っ」

 

 メールの文面が思い出される。僕の部屋に盗聴器を仕掛けたくらいだ。ひょっとしたら、ここでの会話も、どこかで聞いているかもしれない。だとしたら、佐天さん達が危ない?

 

「そんな、どうすれば・・・・・・」

 

「こーいち君。多少危険ですけど、こういう方法もあるっすよ」

 

 うなだれる孝一に玉緒が耳打ちをする。

 

「まさか!? そんな、友達を危険にさらすことっ!」

 

「でも、このまま何も手を打たないでいるのは、事態をさらに悪化させることになるかもしれないっすよ? こーいち君はそれでもいいっすか?」

 

「・・・・・・ううう」

 

 孝一はしばらく目を伏せ、やがて携帯に手を伸ばした。

 

 

 

 

 佐天涙子・能力開発。

 第二十八日目。

 

「すぅ・・・・・・。はぁ・・・・・・」

 

 涙子は息を大きく吸い、吐き出してを何度も繰り返す。

 今回は、今までの集大成。

 一月近いこの期間で、あたしが身につけたものを小萌先生に示す。

 涙子はホワイトボードから20m近く離れ、そこに描かれている4重の円を見据えている。

 目指すのはもちろん真ん中の「100点」だ。

 

「いきますっ」

 

 小萌に開始の宣言をすると、手の平に力を込め、葉っぱを浮き上がらせる。

 

(大丈夫だ。あれから家に帰宅しても何度も何度も練習したんだ)

 

 そのお陰で、射程距離は少しずつ伸びていった。

 だけどまだ、1回もホワイトボードにはたどり着けないでいる。

 手から放たれた葉っぱは、飛距離こそは伸びたものの、コントロールを失ったように床に滑空するだけ。

 今度こそは。涙子は気合をいれ、葉っぱの着弾予想地点を見る。

 

「とべっ!」気合と共に葉っぱを打ち出す。

 

 だが、真っ直ぐに飛ばない。

 ヘロヘロと、木の葉自体が回転して、右に大きくスライドしたり、左によれたりとメチャクチャな軌道で飛行している。

 

(でも、落ちていませんね)小萌は冷静に観察している。

 

 前回とは違い、落下はしていない。

 だけど、この軌道は・・・・・・。

 小萌はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「ううっ・・・・・・くっ! このっ! おとなしく、いう事を聞けっ!」

 

 涙子は手の平に力を込め、何とか葉っぱをコントロールしようと努める。

 

(前に! 前に進みなさいっ!)

 

 心の中で強く念じる。やがてその願いが通じたのか、木の葉は右に大きくスライドしながら、まるで激突するように、ホワイトボードにぶつかり、止まった。

 点数は・・・・・・

 的の外。

『はずれなのです』というセリフがかかれた猫に葉っぱはぶつかったのだ。

 

「あああああ!?」

 

 涙子はがっくりと両膝から崩れ落ちた。「あれだけ頑張ったのに、的にすら当たらないなんて・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 しょんぼりと落ち込む涙子を、小萌はわくわくといった表情で見つめていた。

 

(確かに的には当たりませんでしたね。でも、佐天ちゃん。あなたはそれ以上のことをやって見せたのですよ? 風の噴射口を作り対象を打ち出す空力使い(エアロハンド)。通常は打ち出された対象は、直線の軌道でしか進みません。でも、佐天ちゃんの場合は、それを遠隔操作してみせたのです。空気を操作する風力使い(エアロシューター)とも違う、空力使い(エアロハンド)の亜種。これは本当にひょっとするのかもしれませんね?)

 

「ああぁっ!! くやしいっ!! もう一回、やるぅ!!」

 

 涙子はそういうと、再び立ち上がり、木の葉を目標に打ち出す。

 小萌は、そんな涙子を温かい目で見守っていた。

 

 

 

 同時刻。

 涙子が能力開発にいそしんでいる校舎を、1つの人影が様子を伺っている。

 

「フン」

 

 物陰から、双眼鏡を取り出し様子を伺っているのは、玉緒の妹、二ノ宮双葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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