教卓では教師が熱弁をふるい、ホワイトボードに数式を書き込んでいる。
生徒達は各々に、ペンを走らせ、ノートに授業内容を書き写す。
孝一達も同様、それに倣っている。唯一、佐天涙子だけは昨日の睡眠不足から、机に突っ伏し静かな寝息を立てているが――
カリカリという音と教師の声のみが支配する、当たり前の風景。その静寂が破られたのは、「カラカラ」という入り口のドアが開かれる音だった。
「?」
いち早く察した教師は、最初、自分に用件がある職員の誰かだと思っていた。しかし、開けられたドアは5cm程度。それ以上は開かれなかった。
誰かの悪戯か? だとしたら、性質が悪い。
教師はそういきり立つと、ドアを閉めるために一歩踏み出す。
ゴロリと、教師の足元に丸い円形状の何かが当たる。
教師がその正体を確認するため、足元を見た瞬間――
「な!?」
ボシュゥ! という大きな音がしたかと思うと、大量の煙が噴出し教室中を満たす。
「ゲホゲホゲホッ!?」
煙の充満と同時に、目に大きな痛みが走り、涙が止まらなくなる。いや、目だけでなく、鼻や口に至る全ての呼吸器官が、煙を吸い込むたびに焼け付くような激しい痛みを発生させる。
この突然の異常事態に、生徒達はパニックを起こす。静寂に包まれていた授業光景は、一瞬にして、悲鳴と戸惑いの絶叫に支配される。
煙の探知機が作動し、「ジリリリリリ」というベルが廊下中に響き渡る。
その音に反応して、隣のクラスメイト達が廊下から「何だ何だ」と顔を出す。やがて室内に煙が充満していることを察知すると、急いで自主的に教室から避難を開始する。
「ゲホゲホゲホッゲホ!? みんな! 早く! 早く、教室から逃げるんだぁ!!」
その教師の声が引き金となり、生徒達は悲鳴を上げながら、我先へと教室のドアから逃げ出していく。
「ゲホゲホゲホッ。佐天さん! 初春さん! エル! 無事か!?」
口元を押さえ涙を浮かべながら、孝一は姿勢を低くし、周囲を伺う。
すぐに「はい」「はいです」という初春とエルの声が聞こえたが、涙子の声だけは聞こえない。
「佐天さん!?」
孝一が煙を掻き分け、涙子がいるであろう方向を見る。
「・・・・・・・・・」
涙子は、いた。床にうずくまり、ボーゼンとした表情で事の成り行きを見ている。
「・・・・・・狙いは、あたし?」口元を両手で押さえ、涙子がカタカタと全身をふるわせる。
そうだと、孝一は直感した。
やったのは、二ノ宮双葉だ。あいつは、本格的に涙子を始末するつもりらしい。
「・・・・・・野朗」孝一が唇をかみ締め、こみ上げる怒りを必死に抑える。
(今はまだだ。冷静になれ。あいつの狙いは佐天さんだ。だとしたら、この場にいるのは不味い。
この教室には初春とエル。そして逃げ遅れた生徒達がいる。
このままここに留まるのは、彼等を巻き添えにしてしまう可能性がある)
「――くっ。エルちゃん。両足をしっかり持ってくださいっ」
「は、はいですっ」
初春とエルは、逃げ遅れた生徒達の肩を抱き、必死に廊下まで出そうとしている。
本来なら孝一もこれに加わるべきなのだが・・・・・・。
「佐天さん。立って!」
「え? 孝一君!?」
孝一は涙子を無理やり立たせると、急いで教室の外へと向う。
「初春さん! エル! ゴメン。この騒動の原因は僕達だ。だからこれ以上被害が出ないように、この場所を離れる! 」
孝一は「まって!? 待ってよ!?」と手を解こうとする涙子を強引に引っ張り、教室の外へと連れ出す。
「広瀬さん!」
初春が教室の中から声を張り上げる。
「後で、ちゃんと、説明してくださいね!」
――ゴメン。初春さん。エル――
孝一は心の中で二人に謝罪すると、涙子を伴って校舎からの脱出を試みるのであった。
「――孝一君、痛いよ。離して――」
二階まで全力で駆け下りた孝一に、弱々しい声で涙子が声を掛ける。
「――え? あっ!?」
どうやら思いっきり手首を掴んでいたらしい。孝一がその手を離すと、涙子はその部分を手でさすりながら立ち止まった。
「佐天さんっ。立ち止まっちゃ駄目だ! 双葉に見つかる! 早くこの場所から離れないと!」
「・・・・・・でも、離れて・・・・・・。逃げてどうなるの? ずっとあいつに怯えて過ごすの? 」
「そ、それは・・・・・・」
「あたしは嫌よ。そんなの。双葉はここに来てるんでしょ? だったらここで戦おう! ここで決着をつけよう?」
涙子の気持ちは分かる。だけど、敵がどんな隠しだまを持っているのか、まだ分からない。それを見極めないうちは、迂闊に攻撃をするのは不味い気がした。
「――あらぁん? 勝気なお穣ちゃんね? でもいーけないんだっ。身の程ってものを分かってないお馬鹿さんわぁ、殺しちゃうわよん」
廊下から孝一達に向かって、ゴスロリの服を着た少女・エリカが歩み寄ってきた。
「!?」孝一は息を呑んだ。その足元には、骸骨状の人形達がゾロゾロと歩いてきているからだ。
その数は、約十体程。身の丈は20cm大の人形達は、手にそれぞれナイフなどの武器を携え、孝一達に向かってくる。
「竜一はハズレだったわねん。まあ、普通に考えて上の階に逃げるわけないでしょ? ねえ。君もそう思うよねぇ!」
エリカがクスクスと笑い、人形達に号令を出す。その合図を待っていたかのように人形達は孝一達に向かって襲い掛かかってくる。
「ギョギョギョギョ」
「ゲギギギギギギギ」
「ギシャアアアアア」
「佐天さん。下がって」各々のうめき声を挙げる人形たちに、孝一は冷静に対処する。
涙子を後ろに下がらせ、自身のスタンド・エコーズact3を出現させる。
「ウリャア!!」
掛け声と共に人形の一体をその拳で完全に破壊する。
「!!」破壊された人形を見て、エリカの顔色が変わる。
「セヤッア!! ハイッ!! クタバレ!! S.H.I.T!!!」
act3の連続攻撃が人形達に炸裂する。
頭部を砕き、回し蹴りでしとめ、一体一体を原型無きまでに完全に破壊していく。
「act3を舐めるなよ。
全ての人形達を破壊したact3が仁王立ちでエリカを指差し挑発する。
「次ハ、モット歯ゴタエノアル敵ヲ用意スルンダナ。
この挑発に、エリカが切れた。
「このクソ野朗がぁ! エリカの大事なコレクションを!! よくもぉ!?」
瞬間に現れたのは黄金色に輝く人型スタンド。そいつが周囲の廊下やら、掃除用具のロッカーなどをやたらめったらと殴りつける。
「なに!?」
その瞬間、スタンドが殴り、砕け散ったタイルや、窓ガラスの破片や、ロッカーが、不規則な動きをし始める。窓ガラスやタイルの破片は、それぞれが合わさり人型の形をとりはじめ、ロッカーはメキメキと嫌らしい金属音を響かせ、こちらに突進してくる。
「くっ!」
まるで意思を持ったように突進してくるロッカーを、act3は
「能力ヲ解除シ、迎撃シマス」
act3は瞬間的に
「無駄よ。無駄無駄ぁ。まだまだ、いっぱい来るわよぉん!」
見ると、エリカのスタンドが再び周囲の建造物を攻撃し、破壊している。そして、再び意思を持った教室のドアや、タイル片などが再び孝一達を襲い始める。
「――孝一様。撤退ヲ進言シマス。一ツ一ツの攻撃ハ、私ニトッテハ大シタ事ハアリマセンガ、数ガ多スギマス。コノママ無尽蔵ニ敵ヲ生産サレタラ、イズレ押シ切ラレマス」
「それって、僕達を守る自身が無いって事?」
孝一の問いに、act3は無言でコクンと頷いた。
(確かに、こんなとこで時間を食っている暇はない。こいつはたぶん双葉の仲間だ。一体後何人の仲間がいるのか分からないけど、このまま敵に囲まれたら不味い)
エリカの作りだした生命体(?)は、いつの間にか30以上までにその数を膨らませていた。このままだとact3の言うように、数に押し負けてやられてしまうだろう。
「グギャギャギャギャ」
「キキキキキキ」
「ケケケケケケケ」
不気味な声を出しながら、スタンドの生み出した物体がジリジリと孝一達の元まで迫ってくる。
「よしっ!」
孝一は決断する。
「きゃあ!?」孝一はact3に涙子を抱き上げさせると、そのままエリカのいない廊下へ全速力で逃走する。
「悪いけど、構ってられないんだ!」
エリカを一瞥する。しかしエリカはそれ以上追ってはこない。
諦めたのだろうか? それならこちらとしても助かるけど。
孝一は頼むから追ってこないでくれよと心の中で願い、エリカの視界から消えて言った。
「――もしもし。双葉ぁ? 言われたとおり、ちゃんと足止めはしたかんね。エリカの役目、これで終了ってことでいい?」
孝一達が去った後、エリカは携帯を取り出し、双葉と連絡を取る。
『ああ。十分さ。こちらももうすぐ片がつくから。孝一君達をこの校舎に引き止める役目は、真壁さんにしてもらうことにするよ』
そのまま携帯は切られた。エリカは「フン」と大きく鼻を鳴らし携帯をしまうと、パチリと指を鳴らす。
そのとたん、意思を持って動いていた道具類は、無言でその場に崩れ落ちた。後には廊下に散乱するゴミが散らばるだけである。
「ああ! ムカツク! あの孝一ってやつ、よくもエリカのお気に入りを粉々にしてくれたわねぇ!!」
エリカが「きぃぃぃ!」と歯軋りしながら地団太を踏む。
「あ~あ・・・・・・。ま、お小遣いは稼げたし、いっか。エリカし~らない。もう、し~らないっ」
エリカは手にした日よけ用の傘をクルクルとまわしながら、その場を去っていった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・よぉ」
一階に降り、そのまま校舎から出ようとした孝一は、金髪の髪をした、顔の至る所にピアスを嵌めた男に声をかけられた。壁に寄りかかり、不敵な笑みを浮かべるこの男は、明らかに学校の関係者じゃない。ということは、双葉の仲間か?
一体何人の仲間がいるんだ!?
孝一は身構える。
「双葉から聞いてるぜ。お前の能力。物体を重くする事ができるんだってな? ひとつ、その能力を俺に見せてくれよ」男はチャランとピアスを揺らし、孝一と対峙する。「手合わせしようぜ。俺の能力とどっちが強いか」
男が銀色をしたスライム状の物体を出現させる。これがこの男・真壁竜一のスタンドだった。
「俺だけお前の能力を知っているのもなんだから、俺も教えてやるぜ。・・・・・・俺の能力は形状変化。用途に応じて様々に形体を変化させる事が出来る。・・・・・・こんな風になぁ!」
スライム状だったスタンドが大きな球体に変化すると、全身から鋼の針を何本も出現させる。それはまるでウニや毬栗の様に、全身を覆う。その毬栗がまるで車のタイヤの様に、急速な勢いで回転し始める。針が触れている地面が、次々と抉り、削り取られていく。
「さあ、くらいなぁ!!」竜一の一声で、球体ははじき出された様に超高速で、孝一に真っ直ぐ向かっていく。
(はやいっ!)
超高速で向ってくる球体はとても孝一の目では追えない。
「だとしたらっ! act3ッ!」
スタンドの目でなら、act3なら、このスピードを捉える事が出来るかもしれない。
呼び出されたact3は拳に力をため、間合いを計り、ギリギリまで敵をひきつける。
やがてact3の射程距離に入ると、
「奥義!
必殺の、一撃を繰り出した。
◆
「ゲホゲホッ! これで、全員ですね」
「ごほごほっ。はい。あっていると思います」
初春とエルは、教室に残されたクラスメイトの救出に全力を注いでいた。
最初は、一人ひとり肩を抱きながら教室に運んでいたのだが、それでは埒があかない為、最終的にはエルのスタンドで全員を教室から連れ出すことにした。
スタンド能力は必要に迫られた時以外は、あまり人前では使用しないこと。彼女の母、水無月良子はそう言っていたが、今がその必要なときなのだ。エルは心の中で母親に謝罪しながら、クラスメイトをスタンドを使い救出したのだ。
「・・・・・・エルちゃん! カザリン! ハァ・・・・・・。ハァ・・・・・・。良かった。間に合ったっす」
「え? 玉緒さん!? どうしてここに?」突然目の前にやってきた少女に初春が目を丸くする。よほど急いできたのだろう。立ち止まった少女はゼーゼーと背中から大きく息を吐き、呼吸を整えている。
「みんなに危機が迫っていたから、急いで知らせにきたっす。ゼーッ。ゼーッ・・・・・・」
「それは、昨日の妹さんの件と関係アリですか?」エルが昨日の夜の出来事を思い出し、訊ねる。
「・・・・・・そうっす。双葉です。あいつが性懲りもなく、孝一君たちに復讐を企てていたんです。早くどこかに非難しないと・・・・・・。そういえば、幸一君達はどこっすか?」
「わかりません。佐天さんを連れて、どこかへ消えてしまいました。だぶん、私達を巻き込まないように、離れたんだと思います」
初春がしょんぼりと、先程のやり取りを思い出し肩を落とす。その表情には、足手まといになってますかね? といった感情がありありと見て取れる。
「無事だと、いいですけど・・・・・・」同じくエルも、初春と同様に肩を落とし、心配そうにしている。
「・・・・・・大丈夫っすよ。孝一君なら無事っすよぉ。だって――」
その瞬間。初春はグラリと体のバランスを崩し、地面に転倒する。
異変を察知し、エルが初春に駆け寄ろうと手を伸ばす。だが、それは叶わない。
「あ――」
エルも初春同様、体を崩し、地面に倒れこむ。だが、スタンド使いであるエルには見えた。黒い触手のような物体が、自分たちの体を何度も切り裂いたことを。
切り裂かれた箇所から、大量のシャボン玉が空中に飛び散り、浮遊している。
「――孝一君はぁ。ただいま戦闘中でぇす。・・・・・・だから、迎えにいってあげないとね。フフフっ」
「・・・・・・あ・・・・・・ぅ・・・・・・」
地面に突っ伏したエルが少女を見る。その表情は、笑顔のはずなのだがどこか恐ろしい、歪んだものに見えた。
補足。
スタンド解説。
真壁竜一
小アルカナの棒(
岸井エリカ
小アルカナの金貨(