広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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 敵陣へ

「・・・・・・おい。起きたようだなぁ」

 

 スキルアウト達にリンチにされた真壁竜一が目を覚ますと、そこは見知らぬ一室だった。

 両手はロープで縛られ、地面に寝転ばされ、その周りを、囲むように男達が竜一を威嚇している。

 周囲を見る。

 ブラインドは閉じられ、室内は電気もついていないので薄暗い。外部から漏れる薄明かりで、かろうじて室内の概観が把握できる。

 

「・・・・・・・・・あ・・・・・・がッ・・・・・・」

 

 痛みで再び意識を失いかける竜一を、男達の1人が、しゃがみこみ、耳たぶに装着しているピアスに触れ、引っ張る。

 

「・・・・・・眠るなよ。お()ぇには、聞きたい事があんだからよぉ・・・・・・」

 

 そのままピアスを強引にひっぱり、引きちぎる。

 

「ギッ!? うぎゃ――」絶叫をあげようとする竜一の口を塞ぐ。そして、今度は鼻に装着されているピアスに手をかける。

 

「女の居場所は、どこだ? 言わねぇと、その趣味の悪りぃピアス、全部引っこ抜くぞコラァ!」

 

(お、おかしいっ!? スタンドが! 出せねぇっ!?)

 

 竜一は動揺した。この程度の人数、たとえ拘束されていようと、スタンド能力を持つ竜一なら簡単に倒す事が出来る。だが、いくら待っても、スタンドが現れない。

 変わりに分かるのは、自分に新たな能力が備わっている事だけだ。――発火能力(パイロキネシス)・レベル1――

 

(な、なんじゃこりゃあ!?)

 

 訳が分からなかった。自分の中にあったはずの能力が、ごっそり失われている現状が理解できない。そして目の前には、敵意むき出しの男達。竜一に、はじめて恐怖の表情が浮かぶ。

 

「おい。無視してんじゃあねえぜ」

 

「んごぉおおおおお!?」

 

 竜一がシカトしていると判断した男は、そのまま躊躇いも無く、鼻のピアスを引きちぎった。

 

 

 竜一が尋問されている部屋とは別の一室。

 

「・・・・・・・・・」

 

 ブラインドを指で広げ、丞太郎は周囲の状況を確かめる。

 とりあえずは、自分達を追うアンチスキルの様子は確認できない。

 いつもと同じ街の光景に感じられる。

 

 ここは第七学区の廃ビル。ビッグスパイダーの根城である。

 日々他のチームとのケンカの絶えない彼等は、騒ぎを聞きつけたアンチスキルやジャッジメントの追撃を避けるために、こういった拠点を他にいくつも持っている。

 いわば彼等にとってのセーフハウスのようなものであった。

 

「――おー。このスタンドはなかなか使い勝手が良さそうっすね。射程距離は長いし、小回りも利く。複数を相手にするにはもってこいの能力っす」

 

 玉緒が真壁竜一から交換したスタンドを発現させ、使い加減を確かめている。銀色に輝く液体金属が縦に長く延びたり、鉄板の様に平らに伸びたりと、形状を様々なものに変化させている。

 

「・・・・・・おっかねぇ能力だな。他人と能力を交換しちまえる能力なんてよぉ・・・・・・。つくづく、あんたが敵じゃなくて良かったって思えるぜ」

 

 ブラインドを閉じた丞太郎は、玉緒の方へと視線を向け、その場に腰を落とした。

 壁に寄りかかりながら、ライターにタバコで火をつけ、そのまま虚空に向けタバコをふかす。

 

「これから、どうするんです? 助けてもらって感謝はしています。でも、クラスメイトをあんな(・・・)目にあわせるなんて・・・・・・」

 

 ブスッとした表情の孝一が、棘のある声色で丞太郎を見る。

 

「・・・・・・あの場じゃ、あれが適切な処置(・・)だと思ったのさ。他に方法も思い浮かばなかったしな」丞太郎は孝一の視線を平然と受け止めている。

 

「でもっ」

 

「まあまあ、こーいち君。過ぎたことを悔やんでもしょうがないっす。ここで今言い争っていてもどうしようもないですし・・・・・・」

 

 不粋な表情の孝一を玉緒がなだめる。彼がこのように不快な表情をしているのには訳があった。

 

 ――真壁竜一を倒した後。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 孝一を追いかけ、校門前に追いついたクラスメイト達が襲い掛かってきた。

 手にはハサミやらモップなどを装備し、一直線に飛び掛る。それを――

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!」

 

 丞太郎のスタンドが全て叩きのめした。

 もちろん、威力を落とし、気絶する程度に加減してだが・・・・・・。

 だがそれでも、クラスメイト達が無残に殴られていく様は、孝一には耐えがたく、思わず目をそらしてしまった。

 

「――丞太郎さん。こいつらどうします?」

 

 その場に倒れ、気絶しているクラスメイト達を、ビッグスパイダーの男達が見下ろしている。

 

「目が覚めて、また暴れられるとやっかいだ。とりあえず縛っておきな」

 

 丞太郎の指示に即座に反応した男達は、ロープを片手にクラスメイト達を拘束する。

 だがそこで、思わぬ事態に遭遇する。

 事情を知らない学校関係者や生徒達が、こぞってアンチスキルに通報したのだ。

「スキルアウトの連中が柵川中学を襲撃している」と。

 このままここに留まっていては、アンチスキルの包囲網から抜け出せなくなる。

 それを察知した丞太郎達は逃走。

 現在に至る――

 

 

「――こーいち君。丞太郎さん達の事情は、さっき話した通りっす。自分も、こーいち君も、丞太郎さんも、理由は違えど、双葉を止めたいっていう思いは同じはずっす。なら、ここは協力したほうがいいと思うっす」

 

 玉緒は「ねっ?」と孝一をなだめる。

 

「そう・・・・・・だけど・・・・・・」

 

 こういうのは理屈ではない、感情がどうしても優先してしまう。だけど二人の大人な対応の後では、まるで孝一が駄々をこねて不貞腐れているように見えてしまう。実際、孝一はそう感じていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 これ以上何かを言っても、自分が余計に子供に感じてしまうので、孝一はそのまま何もしゃべらなかった。

 

「――丞太郎さん。野朗の口が割れました。女の居所はなんと、俺らのホームグラウンド。『ストレンジ』です」

 

 

 

 

 ストレンジ。

 それは第10学区にある、ビッグスパイダー達が根城にしている地域の俗称である。

 その治安の悪さから、犯罪の温床とまで言われ、良識あるほかの学区の住人達は、めったなことでは立ち寄ろうとはしない。

 その荒廃とした街の、とある廃ビルに、双葉達はいた。

 

「・・・・・・あんた。あたしをどうするつもり? 何が目的なの?」

 

 後ろ手をしばられ、椅子に拘束された涙子が双葉をきっと睨む。

 

 双葉は、涙子の目の前に椅子を置き、腰掛ける。そしておもむろにその顔に手を伸ばす。

 

「え?」

 

「普通だ。何の魅力もない、ただの小娘。何の能力も無い、ただの役立たず。・・・・・・孝一君は、どうしてこんなのがお気に入りなんだ・・・・・・」

 

 涙子の頬を握る手の力が強くなる。涙子はしだいに圧力を感じ始める。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「君とボクの違いは何なんだろう? 能力? 容姿? 出会い方? 分からない。全てにおいて、ボクの方が君より劣っている事なんてありえないのに」

 

 さらに、双葉は力を込める。はっきりとした激痛を涙子は覚え、

 

「や・・・・・・やめてっ!」

 

 涙子は顔を思いっきりふり、双葉の手を振りほどく。

 荒くなった息を整え、キッと睨み付ける。

 

「あんたは、間違ってる。あんたは、孝一君の何になりたいの? 友達? 恋人? でも、今のあんたじゃ、そのどれにもなれない。決してなれないっ」

 

「ほう・・・・・・?」

 

 その発言に、双葉の眉がピクリと動く。

 

「参考までに、ご高説賜ろうかな。それはなぜだい?」

 

「あんたは、相手との関係を、すべて有益か無益かで判断している。自分の役に立てば有益、そうじゃなければガラクタ同然。・・・・・・でも、そうじゃないでしょう? 友達も、恋人も、そんな物差しで計りきれるものじゃないでしょう? 気が合うから・・・・・・。お互いが気持ちよく、対等に付き合えるから、一緒にいたいって思えるんじゃない。そこに有益か無益かなんて、関係ないわっ!」

 

「それは弱者同士の理論だよ。群れることで、心の隙間を埋めたい、ただの弱者のね・・・・・・。有益な人間は有益な人間とだけ付き合えばいい」双葉は涙子の顔をじっと見て、話題を変える。「・・・・・・君はボク達のスタンドと呼ばれる能力についてどう考えている?」

 

「なに? なにを・・・・・・」

 

 唐突にスタンドについて話し始める双葉。何でそんなことを話し始めるのか、涙子は分からなかった。

 

「このスタンドと呼ばれる能力。これは学園都市だけじゃない。世界中で確認されている現象だ。今は少数の報告だけだが、いずれ世界中がこの能力について認めざるを得なくなるだろう。ボクはこれを進化だと考えている」

 

「進化?」

 

「そうだ。かつて類人猿が道具を手に取り、言葉を発し始め、急速に進化を促されたように。このスタンドと呼ばれる能力は、その一端を担う事になるとボクは踏んでいる。つまり人類が新たな段階へと進むための、前触れということさ」

 

「そんな・・・・・・。そんなこと・・・・・・」

 

 ありえないとは、涙子はいえなかった。思い返せば、これまで関わった事件の大半が、スタンド絡みのものであったからだ。この数ヶ月で、それは異様ともいえた。

 

「今は少数だが、いずれボク達の方が、逆転する時が来るだろう。その時、旧人類(・・・)である君たちは、どんな顔をするのかな? そして、この学園都市の存在意義はどうなるんだろうね?」

 

 双葉は「だからね」といって椅子から立ちあがる。

 

「君たちはもう不要だ。クズはクズ同士仲良くしたらいい。だけど、孝一君は渡せない。彼はボクといるべきなんだ。・・・・・・それを横恋慕しようとする君には、罰を与えないとね」

 

「な、なんて自分勝手なっ! そんな訳の分からない理由で!」

 

「最初は、君を廃人にする事を考えたよ。全ての記憶を奪い。そのまま朽ちさせる。でも、それじゃ全然罰にならない事に気が付いた。だってそうだろ? 君自身は思考する事が出来なくなるんだから、ある意味気楽さ。全然罰にならないってね。だから考えたよ。君がもっとも苦しむ方法を・・・・・・」

 

 双葉がニッコリと笑う。

 

「だから、君が関わった人間すべての記憶から、君を抹消することにした」

 

「なっ!?」

 

「やり方は簡単さ。僕の能力で、君のクラスメイト達の記憶を奪ったように、周りの人間の記憶を消す。その上で残りの人生を、誰にも認識されないまま、孤独に生きさせてやる。・・・・・・ボクは細かい作業が好きなんだ。一人ひとり、念入りに調べ上げ、確実に記憶を消していく」

 

 双葉は涙子に背を向けるとドアのほうへと歩み寄る。

 

「君がこの部屋から出るとき、その時は全てが終わった後だ。孤独に、二ノ宮双葉に逆らったことを生涯後悔しながら生きるがいい」

 

 バタンと、ドアは閉められた。残された涙子はしばし呆然としながらも、すぐに正気を取り戻し、必死に高速から逃れようともがく。

 

「ふざっけんなぁ! あたしの人生は、あたし自身のものだ! 他の誰かに、良いようにされるなんて、そんなの絶対にさせるもんかっ」

 

 涙子の瞳には絶望の色はなかった。

 曲がりはするが、決して折れない精神力。

 これまで、色んな出来事に遭遇してきた彼女は、最後まで諦めない強い意志こそ、未来を切り開くことだと本能的に感じ取っていた。

 

 

 

「――俺はこれから、敵陣へと乗り込む。お前等がどうするか。そいつは自分自身で決めな」

 

 出発の前に丞太郎は、ビッグスパイダーのメンバーを集めそう切り出した。

 丞太郎らしい短く簡素な説明だったが、その場を去るメンバーは誰もいなかった。

 皆、強い決意に満ちた表情で前を向いている。

 

「・・・・・・いいんだな? 敵は俺と同じスタンド能力を持っている以上、人死にが出るかもしれん。間違っても、お前等が束になっても敵う相手じゃねぇ。それでも構わないんだな?」

 

 その丞太郎の問いに、彼等は笑みを浮かべ答える。

 

「もちろんっす。理屈じゃあねえんですよ。黒妻さんが・・・・・・。俺らの仲間がやられた。何の落ち度も無いあの人を、一方的に・・・・・・。これで引き下がったんじゃ男じゃないでしょう?」

 

「・・・・・・黒妻さんは、クズ同然でその日を生きてきた俺らにも普通に接してくれた。俺らに居場所をくれた。・・・・・・弔い合戦、させてくださいよ・・・・・・」

 

 男達の各々の言葉を丞太郎は黙って聞き、

 

「――愚問。だったな。もう俺から話す事は何もねぇ。女をぶちのめして、全員、生きて帰るぜ」

 

 その言葉を待っていたかのように、男達が「おおおおおおお!!!」と一斉に雄たけびを上げ、廃ビルに響きわたる。

 

 丞太郎が歩く。廃ビルの出口まで、決意の表情を浮かべ。

 それに男達が無言で続く。

 

「・・・・・・・・・」

 

 出口の前に、孝一と玉緒の姿がある。

 

「――妹の不始末は、姉である自分がつけるっす」そういって丞太郎の後に続く。

 

「――双葉を倒す。そして、佐天さんを救い出す」孝一も一団に加わる。

 

「・・・・・・惚れた女の為か。いいじゃねぇか。嫌いじゃないぜ、そういうの」

 

「ち、ちがうっ。そういうんじゃあなくて・・・・・・」

 

「こーいちくん、ひゅーひゅーっすよぉ」

 

 丞太郎の冷やかしに、孝一が赤面しながら否定し、玉緒がそれを茶化した。

 そんな他愛も無いやり取りも、じきに出来なくなるだろう。

 激戦の予感がしたからだ。

 

「ま、なんにせよ、惚れた女なら、二度と離すな。強引にでも、自分のものにしちまいな。後悔したくないんならな」

 

 丞太郎のアドバイスに、孝一は「はい」と素直に頷いた。その言葉にはさっきまでの茶化しはなく、真摯さが含まれていると感じたからだ。

 

(そろそろ自分の心に正直に向き合わないといけないな。)孝一は丞太郎とのやり取りのさなか、そう思った。

 

 廃ビルを出ると、薄暗い室内から一転、青空が広がっていた。

 だが、そこに開放感はない。爽快感も生まれない。

 それを感じるのは、双葉を倒した後でだけだ。

 

「行くぜ」

 

 丞太郎を筆頭に、男達が歩く。それぞれの思いを胸に。

 それは病室の友人のため、愚かな妹のため、さらわれた友人のため。

 思惑が異なる彼等が一丸となり、一つの場所を目指す。

 目指すは第10学区。

 彼等のホームグラウンドだ。

 

 

 

 

 

 

 


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