広瀬"孝"一<エコーズ>   作:ヴァン

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 戦闘開始

廃墟。散乱するゴミ。破壊された車。そして至る所に施されている落書きの後。

 第10学区の一区画、通称ストレンジに、孝一達はやってきた。

 この荒廃した街を見た玉緒の第一声は「まるで世紀末なんちゃらの世界っすね」だった。

 その意見に孝一も賛成だったが、あえて何も言わなかった。玉緒の発言で、男達の眉がピクリと釣りあがったのを見逃さなかったからだ。

 そんな彼等は、現在、物陰に身を潜め、辺りの様子を伺っている。

 街の様子が、明らかにおかしかったからだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 荒廃した街を、目的も定まらない男達が、まるでゾンビのごとく徘徊しているのだ。

 彼等は全て、この第10学区の住人達だ。

 彼等は手にそれぞれ角材や金属バットなどを持ち、意識の無い表情で、ゆっくりと街中を歩き回っている。

 

「・・・・・・こりゃあ、いったいどういうこった?」

 

 様子を伺っていた男の1人が、思わずそう洩らすほど、異様な状況だ。

 だが、孝一達には心当たりがあった。こんな事が出来るヤツは、あいつしかいない。

 

「・・・・・・双葉」隣で玉緒がポツリと洩らす。

 

 そうだ。これは双葉のスタンド能力だ。記憶を奪い、まるでロボットの様に、相手を従わせているのだ。

 

「――なるほどな」

 

 周囲の状況を観察していた丞太郎が孝一達に向き直る。

 

「どうやら双葉って野朗は、相当用意周到な奴らしいな。俺らの行動は相手に読まれていたらしい。俺とした事が、迂闊だったぜ」

 

「どういうことです? 一体どうやって双葉は、僕達がここに来ていることを知ったっていうんですか?」

 

 孝一のその問いに丞太郎が「真壁竜一だ」と、忌々しそうに答えた。

 

「定時連絡だ。一定の時間になると相手に携帯で連絡しあい、安否の確認を行う。それをヤツラは実践していたんだろうぜ。だが、真壁竜一は今頃夢の中だ。連絡なんて出来るはずもねぇ。そこでばれちまったのさ」

 

「双葉は当然、真壁の口からこの場所が特定されるのを予測したんでしょうね。そして、猟犬を放った」

 

 玉緒が双葉の奴隷と化し、周囲をうろつく男達を見る。

 

「つまり奴はやる気満々。来るなら来いと、挑発してるんだろうぜ」

 

 丞太郎は「おい、お前等」と男達を数名呼び、指示を出す。

 

「ヤツラを精一杯挑発しな。そして所定の場所までおびき寄せるんだ。適当に数が増えたら、その後は逃げていい。合流地点で落ち合うぜ」

 

 合流地点。双葉が本拠地にしている廃ビルだ。男達はコクリと頷くと、早速行動を開始する。

 意思のない表情で周囲を徘徊する男達の前へ躍り出て、挑発行為を行う。

 

「おい、ウスノロ! デクノボウ! 俺らを見な!」

 

 持っている角材で地面を鳴らし、仲間をおびき寄せる。それを見た彼等は、とたんに表情を一変させ、男達を取り囲もうとする。

 

「捕まるかよぉ! こっちだ! こっちまで来やがれ!」

 

 そのまま、狭い裏路地へと男達は逃げ込む。それに吊られ、彼等も後に続く。

 

「・・・・・・・・・」

 

 後には、何事も無かったかのように、無人の廃墟が立ち並ぶのみである。

 

「――双葉は、恐らく男達を簡単に操るために、殆んどの記憶を奪い、ゾンビの様にしているっす。その上で、単純な命令を与えているッス。すなわち、『異物を排除しろ』『異変があればすぐに知らせろ』。・・・・・・たぶん、そんな命令だと思うっす」

 

 玉緒が無人となった道路に身を晒す。誰も来ない。あのゾンビのような男達は、うまく誘導されていったようだ。丞太郎と、孝一。そして残ったビッグスパイダーのメンバー達も玉緒に続く。

 

「これで僕たちがここに来た事が、双葉に分かってしまいましたね」

 

 孝一が遠い目で目的地のある辺りを見る。

 双葉。お前にもう、情けをかけたりはしない。お前は、必ず、僕がぶちのめす。

 戦うことは苦手だが、それでも時には手を下さなければならない時もある。

 孝一は意識を切り替え、凶暴な自分を呼び覚ます。

 いまが、その時だと、孝一は感じた。

 

「・・・・・・望む所だ。これは俺等流の宣戦布告だ」丞太郎は人差し指で、双葉のいる建物を指し示す。「――やっつけてやるぜ。首を洗って待ってな」

 

 

 

 第10学区の中心部にある、とある廃ビル。

 真壁竜一がいっていた奴らの合流地点。

 その場所に、孝一達はいた。

 物陰に身を隠し、ビルを見る。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 ビルの敷地内には、先程と同程度の奴隷状態となっている男達がいる。その数、約100人以上。

 皆、手にそれぞれの獲物を持ち、臨戦態勢だ。おそらく今身を晒せば、たちまち男達と交戦状態に突入してしまうだろう。

 

「もう、物陰から身を隠す必要ねぇな。こうなったらよぉ・・・・・・」

 

 丞太郎は孝一達に目配せをする。その場にいる全ての人間が、コクリと頷く。

 

「こういう時は、正面突破あるのみっすね。敵陣まで、一直線ッス」

 

 玉緒がバシッと両手を叩く。彼女なりに気合を入れているのだ。

 

「邪魔する人には悪いけど、容赦しない」

 

 気持ちを切り替えた孝一も、眼光を光らせ、丞太郎の号令を待つ。後ろにいるビッグスパイダー達も同様だ。

 そしてついにその時が来た。

 

「――行くぜ」

 

 丞太郎の短いながらも力強い一言に、孝一達は一斉に敷地内に飛び込んでいった。

 

「オラオラオラオラオラオラ!!」

 

 最初に切り込んだのは丞太郎だ。

 彼のスタンドが雄たけびをあげ、拳を一振りするごとに、ニ、三人の敵が吹き飛ばされていく。

 

「エコーズ!」

 

 孝一も容赦しない。無用心に近付く男達に、act2のシッポ文字を踏ませ、その衝撃で大量に吹き飛ばしていく。残った男達はact3の連続攻撃で、全て気絶させた。

 

「やるじゃねぇか」

 

「丞太郎さんこそっ」

 

 孝一と丞太郎は互いの健闘を称え合い、男達を次々となぎ倒していく。

 

「うおおおおお!!」

 

 その孝一達がとり溢した敵を、ビックスパイダーの男達が、それぞれの獲物を手に襲いかかる。

 圧倒的有利な数を誇っていた敵陣は、たった数人の男達によって、次第にその戦力を低下させていった。

 

 一方の玉緒も負けてはいない。ボール状に変化させたスタンドを周囲の遮蔽物にバウンドさせ、敵の顔面や胴体に次々にヒットさせていく。

 玉緒は、スタンドだけに頼っていない。

 前方に切りかかってくる敵がいれば、瞬時に懐に入り相手を背負い投げ、背後から遅い来る敵には、回し蹴りを顔面に食らわせる。

 

「ぐはっ!」

 

 男達がうめき声を挙げ、次々と倒れていく。その先には、先程まで男達が立ち塞がっていた、入り口のドアが見える。玉緒はこれを好機と捉え、そのまま入り口まで突き進む。

 

「一番乗りっす――」

 

 一歩、入り口に足を踏み入れようとした瞬間。激しい違和感に襲われ、玉緒が急停止する。

 その瞬間。

 入り口にあるドアやコンクリートの一部が吹き飛び、玉緒に襲い掛かる。

 

「っ!」

 

 一瞬の判断で、玉緒はそれを回避する。

 

「――ふぅん。結構すばやいんだあ。あんた」

 

「ほほほほ」という少女の笑い声が入り口から聞こえる。それと同時に、地面が盛り上がり、ロッカーやベニヤ板、テーブル、木材などが一箇所に集まり、一つの大きな巨人を形作る。

 その高さおよそ10m。そいつが不気味なうめき声を挙げ、玉緒達を見下ろしている。

 

「――なっ」

 

「なんじゃあ! ありゃあ!?」

 

 その信じられない現象に、ビッグスパイダー達が挙って、驚きの声をあげる。

 

「広瀬孝一ぃ!」

 

 その巨人の肩に、ゴスロリ服を着た少女がちょこんと乗っかり、孝一に敵意のこもった声をかける。

 

「よくもエリカの大事なお人形を、ぶち壊してくれたわねぇ! 」

 

「これはまた・・・・・・。えらい女の子とお知り合いのようっすね・・・・・・」

 

 玉緒が冷や汗を描きながら、ビル二階分に相当する高さの巨人を見上げる。

 

「あんた達の、邪魔をしてやるっ!!」

 

 巨人が轟音を立て、孝一のいるほうへ蹴りを放つ。

 

「ぐっ!?」

 

「やべえっ!!」

 

 土ぼこりと凄まじい風圧のケリが、孝一と丞太郎を襲う。

 

星の白銀(スター・プラチナ)!」

 

 丞太郎がスタンドを出現させ、地面を蹴り上げる。孝一の首根っこを引っつかみ、真横に飛ぶ。

 瞬間、ものすごい突風が生まれ、先程まで丞太郎達のいた所を強襲する。

 

「がああ!?」

 

「ぐはぁ!?」

 

 自分たちの味方であるはずの男達がその風圧によって、次々と吹き飛ばされていく。上空に飛ばされ、血反吐を吐きながら、地面に激突する。

 

「あいつ、自分の味方をっ」

 

「見境無しだな。あいつにとっちゃ、手前(てめぇ)だけが世界の中心。他人のこと何ざ、どうでもいいって事か」

 

 ヨロヨロとした足取りで、孝一達は起き上がり、体制を整える。しかしこの巨体をほこる相手から、そういつまでも逃げ切れられるとは思えなかった。

 

「――こーいち君。丞太郎さん。行って下さいっす。あいつは自分が引き受けるっす」

 

 玉緒が孝一達のほうへと合流し、先に行くよう促す。

 

「正気か? あれを1人でどうにかするってのか?」

 

 孝一が驚きの表情を向ける。

 

「こーいち君。さっき言ってたじゃないですか。双葉をぶちのめすって。あんなザコ(・・)に構ってる余裕、無いんじゃないっすか?」

 

 玉緒が流し目でエリカを見る。余裕綽々といった感じで、玉緒達を見下ろしている。

 

「正面突破は無理っす。だから、()から行ってください。自分が援護しますんで」

 

「・・・・・・・・・」

 

 孝一は「ぐっ」と唸り真正面を向く。入り口は完全にエリカが立ち塞がり、通ることは出来ない。となると残された通り道は、上空のみだ。

 上を見上げる。ビルの屋上にはフェンスと、丸い給水塔らしきものが見える。

 しかし高さは数十メートル。目の前の巨人より遥かに高い。

 あそこを昇る。孝一はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「――やるぜ。ぐずぐずしてたら、あの巨人の餌食だ。誰か1人でも双葉の元にたどり着き、ぶちのめす。そういう段取りのはずだろ?」

 

 丞太郎が玉緒の提案にのり、孝一を見る。その目は「どうするんだ?」と語っている。

 孝一はしばらくの間沈黙し、決意する。

 

「・・・・・・分かった。君を信じる。だから、まかせた(・・・・)。必ず、追って来いよ」

 

「了解っす」

 

 その言葉を聞き、玉緒はさっそくスタンドを出現させる。

 銀色に光り輝くスタンドはその形状を再びボール状に変形させ、上空に大きくバウンドさせる。

 

「なっ!? これは、真壁のスタンド!? なんであんたがっ!?」

 

 今までビル内に留まっていたエリカは、玉緒が竜一のスタンドを使えることを知らない。

 バウンドし、球状のスタンドに乗る孝一達より、驚きの方が優先し、反応が遅れる。

 

「今っす! 乗ってください!」

 

「っ!」

 

 その言葉に瞬時に反応し、丞太郎はスタンドで思い切り地面を蹴り上げる。孝一の襟首を掴み、数10mの高みへ。エリカの巨人と同じくらいの高さに、丞太郎は飛んだ。

 

「あ?」

 

 きょとんとしたエリカの目線と丞太郎の目線が重なる、だがそれは一瞬だ。

 丞太郎の足元に、玉緒がバウンドさせた球状のスタンドが見える。

 つまり、これを足場代わりにしろと言っているのだ。

 丞太郎は、玉緒の意図を汲み取り、スタープラチナでスタンドを思い切り蹴り上げた。

 

「オラァ!」

 

 あまりの衝撃に、球状だった玉緒のスタンドが大きくUの字にひしゃげる。

 だがその甲斐はあった。

 蹴り上げた力で、丞太郎達は遥か上空まで飛び上がる。

 

「――しっかりつかまってな」

 

「は、はいっ」

 

 丞太郎の腰にしがみついた孝一は、突き上げる衝撃に必死に耐える。

 屋上まであと数m。地上から見たときは小さかったフェンスが少しづつ原寸大へと戻り、ついに眼前に捕らえる。距離にして2メートル弱。手を伸ばせばすぐ届く所に、孝一達はいた。

 

 スタープラチナがフェンスに無理やり手をかけ、強引に体を手繰り寄せる。そしてそのままよじ登り、ついに屋上に孝一達は到着した。

 

「終点だぜ」

 

「はぁ。はぁ。はぁ」

 

 丞太郎から離れ、地面に腰を下ろし孝一は息を整える。

 

 その時、

 

「――え?」

 

 と思わず間抜けな声をあげてしまう。孝一達が登ってきた屋上。その給水塔に何者かが佇み、視線を送っているのを発見したからだ。

 

「君は――? エル?」

 

 そこには、冷酷な表情を浮かべ、孝一達を見下ろすエルがいた。

 

「――侵入者を確認。これより排除します」

 

 同時に大量の黒ねずみ達が、孝一達に襲い掛かってきた。

 

 

 

 

「――あんた一体、何者なの? どーして真壁のスタンドを使える訳?」

 

 孝一達を逃したエリカが1人残った玉緒を見下ろしている。

 その表情は怒りよりも、驚きの方が強かった。

 

「さあ? 何ででしょうかね?」

 

 相手の質問に答える義理はない。玉緒は思いっきりシラを切り通した。

 

「・・・・・・まあ、いいわ。それよりもあんた、さっき、聞き捨てならないことを言わなかった? エリカの事をザコだとか何とか?」

 

「それっすか。言葉通りの意味っすよ。あんたは、こーいち君が戦うまでも無い。自分一人で十分って意味っすよ」

 

「はぁ!? 意味わかんねぇし! この体格差で、どーやったらエリカに勝てんの?」

 

 エリカを乗せたスタンドが、ズシリと重い足取りで玉緒のほうへと向う。

 だが玉緒は動じない。エリカに視線を定め、いつでも飛びかかれるよう、身構える。

 それがエリカには我慢が出来ない。

 なぜ脅えないのか。この戦力差では勝つのは自分のほうじゃないか。

 

「やせ我慢! やせ我慢! やせ我慢っ! 本当は怖いくせにっ! 泣き叫んで許しを請いたいくせにっ! でも、許してあーげないっ! そのかわいい顔を血反吐に沈めてやるっ!」

 

「・・・・・・わかんない人ッすね。あんたじゃ、役不足だっていってんすよ」

 

 玉緒がスタンドを発現させる。手を形作り、中指を立てさせ、エリカを挑発する。

 

「御託はもういいから、かかって来るっすよ。これからまだ、馬鹿な妹をぶん殴りに行くっていう大仕事が待ってるんですから」

 

 それを見たエリカの額に、青筋が浮かび上がる。

 

「コロス! あんたなんか、一捻りでブッコロス!」

 

 巨人が吼え、強烈な蹴りを、玉緒に向けてお見舞いする。

 すさまじい砂埃と衝撃が、玉緒に向って一直線に伸びていく。玉緒は瞬時に真横に避けそれをかわす。砂埃と衝撃は、スタンドの形状を真四角の盾に変化させ、防御する事でほぼ無効化した。

 

「こ、こいつ~!!」

 

「見え見えっすよ。そんなモーションの大きい振りじゃ、避けてくれと言っているようなものっす」

 

 そして玉緒はスタンドの形を巨大な拳――玉緒とほぼ同じ大きさ――に変化させ、

 

「さあ、始めましょうか」

 

 エリカを指差して、高らかに戦闘開始の宣言をした。

 

 

 


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