晴天の雲ひとつ無い空に、明らかに不釣合いな大量の黒いネズミ。その大群がまるで決壊したダムの様に、孝一達に向ってくる。上空から。地面から。我を先にと土石流のごとく襲い掛かる。
「――え?」
不意に、孝一の胴体が不意に持ち上がる。何事かと背後を見た孝一が目にしたのは、丞太郎のスタンドの腕だった。あの丸太のような豪腕が、孝一の服を無理やり掴み宙に浮かせている。
「――フンッ・・・・・・」
そして一息短い呼吸を吐くと、孝一を思い切り投げ飛ばした。
「うわっ!?」
一体何が? 何で? と思う間もない出来事で、孝一は受身がまったく取れないまま、遥か前方に飛ばされる。コンクリートの地面が背中にもろにぶつかり、何度も横転しながら、やがて壁にぶつかり止る。
「・・・・・・うぐっ!」
ヨロヨロと体勢を持ち直し、立ち上がった孝一が見たものは、黒い大群に果敢に挑む丞太郎の姿だった。
「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」
雄たけびをあげているのは丞太郎なのか、それともスタンドなのかここからでは判別できない。
分かっているのは、その音速を超えたような
スタンドがその豪腕をふるう度に、ネズミ達は数十匹単位で撥ね飛ばされ、あるいは千切り飛ばされ、上空に舞い上がる。地面にはヒクヒクと痙攣し、血の様なものを撒き散らし散乱するネズミの山が築き上げられる。
そのすさまじい
「――――」
一瞬、丞太郎がこちらに視線を向ける。その瞳からは「――やれる奴が、やれる事をするんだ」と言っているように見えた。
孝一の飛ばされた先、目の前には屋上を出入りする為のドアがある。
「――分かりました」
丞太郎の思惑を理解した孝一は、そのまま扉を開け階段を駆け下りていく。後ろは振り向かない。今は双葉を倒すことだけを考えるようにした。足止め役を買って出てくれた丞太郎に報いるためにも、今はそれが一番だと判断したからだ。
「――――」
丞太郎の地面に散乱するネズミ達は数を増してきている。その状況に不利なものを感じたのか、エルは一端攻撃を中止させ、生き残ったネズミ達を周囲に集結させる。
「アル」
白ねずみのあるに命令し、スタンドをエルの影の中に戻す。それに伴い、地面に散乱していたネズミ達もその姿を消し始める。後には給水塔で佇むエルと、その肩に乗るアルだけとなる。
「・・・・・・哀れなものだな。自分の意志すら奪われ、戦わされるなんてよ。人間ってのは精神と肉体が合わさって、初めて生きているって言えるんだぜ。その一つを奪われちまったあんたは、そういう意味じゃ、死人と同じだ。主の命令に忠実な、ただの人形」
「・・・・・・・・・」
エルの表情は変わらない。元より感情を奪われた彼女には、丞太郎の言葉に反論する権限も与えられていない。あるのはただ一つ。『侵入者を撃退せよ』。それが彼女に与えられた、ただ一つの心のよりどころなのだ。
「取り戻してやるぜ。双葉にきっちり落とし前をつけさせてからな。その為には悪いが・・・・・・倒させてもらうぜ」
丞太郎がスタープラチナを出すのと、エルがアルに号令を出すのはほぼ同時だった。
アルが甲高く雄たけびをあげる。
「!? こいつは・・・・・・」
丞太郎の顔が驚愕のものとなる。エルの影から再び300匹近い黒ネズミ達が湧き出てきたからだ。
給水塔近くを、まるで黒い染みの様に侵食し始めるネズミ達は、再び丞太郎に向かい、襲い掛かって来る。
「おいおい。ひょっとしたら、無限に呼び寄せられるってのか・・・・・・。こいつはかなりヘビーだな」
丞太郎が思わず軽口を叩きたくなるほど、状況は切迫していた。
あれほど叩きのめしたネズミ達が、もし無限に復活出来るとしたら。たとえ音速を超えるほどのスタープラチナの攻撃といえど、いずれ数で押し切られる。
今は無傷で済んでいるが、撃ちもらしの可能性がある以上、ダメージはいずれ追ってしまうだろう。
相手はただ待てばいい。丞太郎が弱るその時まで、延々と同じ攻撃を続けるだけでいいのだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」
先程と同じ状況の再現。スタープラチナの攻撃に触れたネズミ達は、次々と上空を舞う。だが、今回は状況は少し異なる。
「――成程。考えたな」
一瞬。冷や汗が流れる。
ネズミ達は今度は、上下左右、あらゆる所から丞太郎に対し攻撃を仕掛けてきているのだ。
羽を生やし、上空から。羽は使わず地面から。丞太郎の正面。背後。右側、左側。その全の死角から、丞太郎を覆うように展開している。
いくらスタープラチナのスピードと破壊力がすごいといえども、スタンドの数は一体。凶暴な攻撃性を誇る群体型スタンドの前では、圧倒的に不利だった。
案の定。
多い。あまりにも、数が多すぎる。倒しても倒しても攻撃を止めないスタンドに対し、ついにスタープラチナの動きも鈍くなる。
その好機をネズミ達が逃すはずも無く、やがて完全にネズミ達に覆われていく。
「・・・・・・・・・」
丞太郎の体をすっぽりと覆いつくすネズミ達。その黒く蠢く物体を遠目で見ながら、エルは給水塔から降りていく。全てが終わった後、下の階層へと降りた孝一を追撃するためだ。
「!!」
ふいに、丞太郎を覆いその全身を貪っていた黒ねずみ達を押しのけ、スタープラチナがエルに向い何かを投げつける。
それは、コンクリートだ。ネズミ達の攻撃の際に破損させた、直径5cm程度のコンクリート片。
それが一直線に、給水塔から降りたばかりのエルを狙う。
それを察知したアルが、黒ねずみ達を呼び戻す。丞太郎を攻撃していた黒だかりは攻撃を中断し、一斉にコンクリート片へと追いつく。
追いついたネズミ数体がコンクリートにワザとぶつかり犠牲となり、威力を削く。そのカケラにネズミ達は食らい付く。
一瞬にして、丞太郎の投げたコンクリート片はこの世から消滅した。
「・・・・・・・・・」
ネズミ達の攻撃から介抱された丞太郎は、酷い有様だった。髪の毛は乱れ、全身に酷い噛み傷の跡がつき、学ランを鮮血で汚している。
「――成程な。分かったぜ。お嬢ちゃんのスタンドの弱点が」
ボタボタと鮮血を地面に垂らしながら、丞太郎はスタープラチナでコンクリートをぶち抜き、新たにコンクリート片を手に取る。
その表情は敗北感や絶望の色など、まったく感じていない。それどころか勝利すら感じているような、不適な笑みを浮かべている。
「
スタープラチナが全身の筋肉を込め、コンクリートを握る。
「無駄なことを」
エルが黒ねずみ達を前方に展開し、攻撃に備える。
「いくぜ、嬢ちゃん。負けても恨むんじゃあねえぞ」
スタープラチナは大きく振りかぶり、全身の全ての力を注ぎこみ、コンクリート片を投げつけた。
音にならないうねりを上げ、コンクリートが音速の弾丸となり、エルに向う。
その破壊力は、黒ねずみ数十匹を犠牲にしても防ぎきれないだろう。
「・・・・・・・・・」
エルは表情を変えない。自分の勝利を確信しているからだ。いくら丞太郎の攻撃が凄まじくても、自分には300匹のネズミ達がいる。たとえ数十匹犠牲にしても、余りある位の仲間がいるのだ。
エルは黒ねずみ達を突進させ、その威力を殺そうとする。
その後は、もう決まりきったこと。コンクリートを食いつくし手薄になった丞太郎に攻撃を加え、仕留める。あの傷ではネズミ達の攻撃を防ぎきれないはずだ。
頭の中で勝利の方程式が出来上がる。後はそれを実践するだけだ。
コンクリート片がネズミ達に到着するまで、あと数m・・・・・・
「オラァ!!」
その時丞太郎がもう一投、コンクリート片を投げる光景が見えた。
その間にネズミ達が、最初の投石のコンクリートを餌食にする。
「無駄です。何投来ても、全てネズミ達の餌食です――」
だがその一投はまったくの桁違いの方向へと投げられた。エル達の遥か上空、何も無い場所へ。
いや、あった。
その場所は、エルが最初にいた場所。給水塔のあった場所だ。
とたんに嫌な音が上空から発生する。
「――っ!」
エルは息を呑む。給水塔のタンクには大きく穴が開けられ、そこから大量の水がちょうど真下にいるエルの方へと降り注いで来たからだ。その水圧、およそ一t。直撃すればただではすまないだろう。
「さて、選択だ。どっちを避ける?」
上に気をとられ、丞太郎から視線を外してしまった。視線を戻したエルが見たものは、スタープラチナが大きく振りかぶり、第三投をエルに向い投げている場面だった。
再び、弾丸のような速球がエルに飛んでくる。
上からは水。正面からはコンクリート。
とてもネズミ達を使い回避する暇はなかった。
「アルッ! 部隊を二手にっ!」
そう指示を飛ばすだけで精一杯だった。
ネズミ達の大半は上空から降り注ぐ水に、残りのネズミは真正面のコンクリートに対処する為に飛んでいく。
上空に飛び立ったネズミ達は降り注ぐ水流からエルを守るために、それぞれが集まり逆vの字型の形状を取る。
ネズミ達に触れた水流が二手に別れ拡散し、エルのいる箇所だけを避け地面に降り注ぐ。
――直撃は免れた。
そうほっとしたのもつかの間、いつの間にか丞太郎が目前まで迫っていた。
「っ!?」
「オラァッ!」
エルには何が起きたのかわからなかった。
スタープラチナの手が瞬間的に動いたかと思ったら、いつの間にか肩に乗っていたアルがいなくなっていた。そしてそのアルはスタープラチナの手の中。有り得ないほどの早業だった。
「やはりガードしたな。本体を守るためにはガードせざるを得なかったな。いくらスタンドが強力だろうと、本体が死んじまったら元も子もないからなぁ」
手の中でもがくアルを、スタープラチナはぎゅっと強く握りしめる。とたんにエル自身にもその圧迫された痛みがやってきて、地面に倒れこむ。
「最初から、これをねらって――」
「注意深く嬢ちゃんの戦いぶりを見てれば分かる。この白ネズミだけ、
「この白ねずみが本来のスタンドで、後はおまけって事だ。300匹近くのネズ公をまとめ上げるリーダーってとこか? そのスピード、統率力は賞賛に値するぜ。・・・・・・まったく。不意を付かなけりゃ、やられてたのはこっちの方だったぜ」
その瞬間エルのスタンド達が姿を消し、水流がエルに降り注ぐ。それをスタープラチナは即座に庇い、共に脱出する。
エルを抱きかかえた丞太郎は、水流がコンクリートに降り注ぐサマをしばらく眺めて、
「――やれやれ。思いのほか骨の折れる仕事だったぜ。・・・・・・あの孝一の坊や、うまく辿り着けたかな? 返り討ちにされてなきゃいいが・・・・・・」
そう呟いた。
やがて給水塔タンクの水が空になり水が流れ出なくなる頃には、エルを地面に寝かし、自らも孝一の後を追っていった。
◆
「ホラホラホラッ! こっちっすよ!」
「こいつぅ!! ちょこまかとっ!」
地上では玉緒とエリカが激戦を繰り広げていた。
地面は抉れ、周囲の建物はひび割れ、ガラス片やコンクリート片が散乱している。
百戦錬磨のビッグスパイダーの猛者達も、さすがに彼女達の戦闘には参加しようとはしない。
近付けば、巻き添えになることを分かっているのだ。
よく見ると周囲にまともに立っている敵は、エリカしかいない。殆んどの敵はビッグスパイダー達が倒したが、止めを刺したのはエリカだった。
双葉に操られ逃げるという意識さえ奪われ彼等は、自身にコンクリートが降りかかろうが、巨人の下敷きになろうが、ただ成すがままにされるしかなかった。そしてついに最後の1人も、エリカの蹴り上げたコンクリート片の直撃を受け、その場に倒れこんだ。
「なんなの? コイツッ!? 攻撃が全然当たんない。スピードもさっきより速いしっ!」
エリカは焦っていた。圧倒的な攻撃力を誇るはずの巨人の攻撃が、全然当たらないからだ。
撃ち振るわれる豪腕を拳状に変化させたスタンドで防がれ、全霊を込めた蹴りすら、まるで端からそこに攻撃するのが分かっているみたいに回避されてしまう。
「自分の事ってのは見えにくいっすよね。――その攻撃。確かに威力は凄いっすけど、そんな巨体から繰り出される攻撃なんて動きがスローすぎて簡単に避けられるっすよ」
玉緒はエリカの攻撃を全て、予測することで回避していた。相手の眼球の動き、巨人の繰り出されるモーション。そこから予測軌道を読み、かわす。
それを可能としているのは、竜一から奪ったスタンドだ。玉緒は竜一のスタンドを、まるで自分の手足の様に使いこなし、エリカを翻弄している。
「それにあんた、一つの事にこだわり過ぎっす。たぶん圧倒的な戦力差を見せつけ、自分たちを屈服させたいんでしょうけど、そのお陰で攻撃がずいぶん単調になってきているっすよ?」
スライムの形体をとっているスタンドをブーメラン状に変化させ、反動を付け投げつける。高速で回転するブーメランは、エリカの乗る巨人の足元に突き刺さり、そのバランスを大きく崩す。
「おわ!? っとっ、とっ・・・・・・」
突然訪れた落下する衝撃に、エリカは巨人の肩にしがみつくことで何とか凌ぐ。
一方の巨人も地面に片膝をつき、何とか転倒をするのだけは免れる。強烈な衝撃が地響きとなってあたりに振動する。
「あいつが、いない!?」
ふと目を離した隙に、玉緒の姿が消えていた。エリカは周囲を必死に探す。あの女がこのまま逃げるはずが無い。隙を見て自分を攻撃するつもりなのだ。
エリカは地面に片手をついている巨人を再び立ち上がらせる。
「――だから、一つの事にこだわり過ぎなんですって」
「!!」
声のする方向をエリカは見る。そこにはスタンドをゴム状に変化させて腰掛けるようにしている玉緒がいた。よく見ると、スタンドの両側から紐状の何かがエリカの巨人の左腕に巻きついている。
――まさか。
エリカがその意図を理解すると同時に、玉緒が一直線に跳ね飛んだ。
要領はバンジージャンプやスリングショットなどと同じだ。相手に張り付き、ゴム状のスタンドで自身を飛ばす。だが分かっていてもなかなか実践できる人間はいない。圧倒的な精神力を持つ玉緒だから出来る芸当だといえた。
跳ね飛んだ玉緒はそのままの勢いで巨人の左腕に張り付く。全身を使い、衝撃を受け止めると一気に左腕を駆け上る。目標は、その頂上にいるエリカだ。
「そらそらそらっ!! もうすぐご対面っすよ!」
「く、来るなぁ!」
悲鳴に近い叫び後をあげながら、エリカは巨人に命じ、玉緒を振り落とそうとする。
「そうは、させないっす!」
それを予期していた玉緒は、スタンドを巨大な手裏剣状にして回転。玉緒より早く駆け上らせる。ザクザクと、スパイクの様に巨人の腕を抉り、上昇していく手裏剣。
「ひ」
自分に向ってくるそれを、エリカは紙一重で避けた。いや、避けさせられた?
そのまま上昇を続ける手裏剣は、巨人の頭部にまで到達。その顔面を大きく抉る。
擬似生命とはいえ生命は生命、痛みを感じないわけではない。
突然発生した痛みに、巨人は両手を抑え、体を大きくくねらせる。
これで、しばらくは攻撃できない。
そう判断した玉緒はそのまま駆け上り、ついにエリカを正面に捕らえる。
「来るな来るなくるなぁ!」
巨人の一部から凶器になりそうなものを取り出し、能力で玉緒に向って投げつけるエリカ。
意思を持った物体が、玉緒の命を奪うために心臓部分をねらう。
その凶器たちを玉緒のスタンドは主を守るために、全て打ち落とす。
まるで始めからスタンドの持ち主が玉緒であったかのように、液体金属のスタンドはボール状に、刃状に、様々な形態に変化させ、玉緒を守る。
「ばあっ!」
やがてエリカの前に飛び出した玉緒は、さらに擬似生命を生み出そうとするエリカの肩口に軽く触れた。
その瞬間。玉緒の
「え? え? え? え?」
突然のことに頭の中が真っ白になるエリカ。無理も無い。突然自分能力が消え、変わりに新しい能力が入ってきたのだから。例えるなら愛車で走行中に、気が付いたら突然まったく見知らぬ車を運転していたという状況か。
その認識の違和感、迫り来る玉緒に対処するための認識の切り替え。思考が正常になるためのタイムラグ、約0.8秒。だが戦闘中のその遅れは、命取りだ。
「貸した能力、返してもらうっすよ!」
相手の懐に入ると、いまだ状況が把握できていないエリカに対し、強烈なボディブローを叩き込んだ。
「――!!?」
あまりの衝撃に声にならない声をあげ、直後大量の吐しゃ物を撒き散らすエリカ。両手で鳩尾を押さえ、両膝を押さえながらうずくまる。
「あ、あん・・・・・・た・・・・・・」
両目いっぱいに涙を浮かべ、口からは唾液を吐き出しながら、エリカはその場に昏倒した。
「せっかくの能力なのに、うまく使いこなせてないっすね。スピードでかく乱されている事が分かった時点で、すぐに巨人を解除して通常攻撃に変更すれば、善戦くらいは出来たのに・・・・・・変なプライドを持つから・・・・・・」
そのとたん巨人が音を立てて崩れ落ちる。巨人を構成していた土やロッカー、ベニヤ板などがばらばらに分解され元に戻り、地表に落ちる。
エリカが完全に戦闘不能状態に陥った証拠だ。
玉緒とエリカ。2人は重力の法則に乗っ取り、そのまま地面に真っ逆さまに下降を始める。
巨人の高さは約10m。このまま地表に落下すれば間違いなく即死の高さだった。
このまま自分だけが助かるのならスタンドを使えば問題ないが、それはさすがに気が引ける。
エリカも助けなければならない。しかしそれにはどうしてもエリカに触れなければならない。だがそうなると能力が強制的に発動してしまう。
「――しかたないっすね」
玉緒は地表に落ちる寸前再びエリカに触れ、能力を交換することにする。
落下する土砂にスタンドで触れ、等身大の土人形を二体作り、それぞれに玉緒達を抱きかかえさせる。
「よっと」
無事地面に着地した玉緒は能力を再び交換し、一息入れる。
「ふう。ちょっとハードだったっす」
「――あんた! すげえ! なんだかよく分からんがすげぇ!」
「大したもんだぜ。あんたならビッグスパイダーの幹部を任せてもいい」
「玉緒さんと呼ばせてくれっ!」
エリカを撃退した玉緒に、ビッグスパイダーの男達が思い思いの言葉を投げかけてくる。その全てが自分を賞賛する声で、玉緒は少し気恥ずかしくなる。
「これで、地上は片付いたな。後は正面。堂々と侵入できるってこったな」
男達はそれぞれボロボロになった武器を敵から奪い取り、正面のビルに集まる。
「――さて、上に行った丞太郎さんは無事だろうか?」
「無事に決まってんだろう? あの人なら、今頃双葉の息の根を止めているかもしれねぇぜ」
「・・・・・・それは、急いだほうがいいっすね」
丞太郎ならしかねない。
玉緒は男達の言葉を聞き、強くそう思った。
しかるべき報いは受けさす。だが、それでも殺させたくはない。
双葉は悪人だが、それでもなるべくは殺したくない。そう思うのはやはり家族だからだ。
「――まじかよ」
ビッグスパイダーの1人が突然顔色を変え、後ずさる。
「? どうした?」
男が指を指し示す方向。
そこには100人規模の団体が、虚ろな表情でビル周辺に向ってきていた。
「・・・・・・・・・」
彼等はそれぞれ獲物を片手に包囲網を縮め、玉緒達を取り囲みつつあった。
「こりゃまずいわ」
「まいったな。まだ仲間がいたとは」
男達は頭をボリボリと掻き、互いに顔を見合わせる。
「・・・・・・こうなりゃしょうがねぇ」
「いっちょ、覚悟をきめますか」
違う男達が金属バットと角材を持ち、号令をかける。
生き残ったビッグスパイダー達が即座に反応し、玉緒を後ろに押しやる。
「ち、ちょっと!?」
戸惑いの声をあげる玉緒を、男達は無視した。変わりに男の1人が、金属バットで後ろを指し示す。
双葉のいるビルへ向えと、男達は言っているのだ。
「玉緒さん。あんたは行ってくれ。ここは俺たちで何とか食い止める」
「この現象は双葉って奴が起こしてんだろ? だったらソイツをブチのめしゃ、この現象は止まるって事だ」
「だったら話は早い。この中で一番戦闘力のあるあんたが行ってくれ。俺たちじゃ足手まといになるのは分かっているからな」
男達は玉緒に背を向けたまま振り返らない。これは意地だ。長年不良をやってきた彼らの、自慢にもならないやせ我慢だ。
だがそれでも、ここは通さねぇ。
男達の目はギラギラと輝き、臨戦態勢にはいる。
「うおおお! こいやあ! 死んでも、ここから先はとおさねぇ!」
「通りたきゃ、殺す覚悟でくんだなぁ!!」
その男達の覚悟の背中に、玉緒は純粋に尊敬の念を抱いた。
「・・・・・・なんかあんた達。ちょっとかっこいいかもっすよ」
その玉緒の呟きが聞けただけでも十分だ。
男達は「いくぜ!」と気合と威圧の掛け声を上げ、敵陣へ一斉に切り込んで行った。
その光景を見て、玉緒も動く。
目指す愚妹・双葉のいるビル。
孝一君たちより早くつければいいけど――
玉緒はビルに侵入しながら、一抹の不安を覚えていた。